Theory
2008年1月6日
アビームは何故速いのか?

10 ヨットはアビーム付近がどうして速いのか?

 

一般に小型のディンギーではアビーム付近が最も艇速が速いといわれているし、実際にそう感じる。下記に或る艇種のポーラダイアグラム(知っているかな?)を示す。

これは相当に速い艇種のものなのだが、470でもスナイプでも傾向は同じであり、真の風に対して90100°付近が最も艇速が出るようになっている。では何故、速いのだろうか?

順風の場合で考えてみよう。セイルのキャンバー率をデザインどおりの値に設定すると、揚力が最大になる迎角(α)はだいたい15度前後だろう。風速によって当然変わってくるが、ひとまずα=15°と仮定して話を進める。これは、クローズでもアビームでもブロードリーチでもクローズリーチでも相対風速~翼型~揚力の関係から変わらない筈である。艇速が大きくなる為には次の2つの物理的要因がある。

   揚力の進行方向ベクトルが大きい事

   抵抗が小さいこと

今回は②の抵抗については、取り敢えず置いておいて、①の揚力の進行方向ベクトルについて以降に考えることとしよう。

揚力の進行方向ベクトルを大きくするためには、次の2つの事が要因となる。

A.揚力そのものを大きくする。

B.揚力の向きを艇進行方向に近づける。

については揚力そのものが大きくなるためには、主要因としての見かけの風速(相対風速)が大きくなる事が最も効果的である。揚力は相対風速の二乗で大きくなるというのは揚力の物理式からも皆さん既に知っている事と思います。

については下図B-1を見てみましょう。揚力は見かけの風向に直角に発生するので、仮に揚力の大きさが同じであるならば出来るだけブームを開いた方(右の画)の方が艇進行方向と揚力ベクトルの向きが一致してくるので当然、艇速は大きくなります。

更に風の捩れについても風速5m/sではクローズで3°前後、アビームで10°前後、で20°前後というようにベクトル合成により角度を落としてゆくほど大きくなってゆきます。セイル上部がより進行方向に近づくという事からも、揚力の大きさが同じであればクローズ<アビーム<ブロードリーチの順で艇速に有利に作用します。

ではアビームよりもブロードリーチの方が速いのでしょうか?実際には揚力の大きさも風に対してヨットが走る角度で変化するのでどうなのでしょうか?

下記に真の風に対して90度で帆走した場合(図B-2)と真の風に対して135度で帆走した場合(図B-3)を示します。470でも艇速は真の風速を超えないので、艇速<真の風速と仮定しました。


これを見るとB-2よりもB-3の方がブームは開いていて揚力ベクトルは艇進行方向を向くのですが、揚力の絶対値そのものが小さくなってしまっています。

このような理由で、B-2とB-3の間あたりに最も揚力ベクトルの前進方向成分が大きくなるポイントが存在するようになるのではないのでしょうか。

さて、ひと先ず置いておいた抵抗についてですが、当然小さいほど減速要因が減るので望ましいのですが、艇の向きと見かけの風向を見た場合、アビームではクローズよりもより艇側面に風が当たるため風圧抵抗は(形状抵抗)は少し大きくなります。470ではスピンによって大きなリーヘルムも作れるので、ヘルムが小さくなるようなポイントにトリムする事も艇速を最大値に近づける為には必要です。

また、ヒールモーメント(転倒モーメント)の処理に関しても、アビームではセンターの上げ量で調整できるので、クローズよりもブローによる風速の増大変化には対応し易いものとなっています。アビームでは出来るだけ揚力を大きくしたいので、剥離しない範囲に於いてより大きな風圧をかけたいのですが、風速が大きくなるとその分センターを上げてモーメントを処理しなければなりません。センターが上がるということは横流れ(リーウェイ)が大きくなるので艇進行方向をリーウェイに合わせるように気をつけないと少し艇速を落とす要因にもなってしまいます。

サイドマークを45度に打つのは最も艇速の出るコースに設定しようと意図的にしているからなのかも知れませんね。このような事からもアビームではリーチリボンを見ながら、艇速の最も大きくなる角度を常にフネの向きで探ってみるという事が必要ですね。また、アビームでは風が流れる範囲内に於いて出来るだけブームは出した方が速いというのも理解出来たでしょうか?ブームを引き込み過ぎて遅くなっている艇をよく目にしますが、皆さんは艇の向きそのものを変えて風に合わせる(迎角を保つ)ようにしてみてくださいね。また、艇速は有るが何故か上っていってしまう(落とせない)艇はセンターの入れ過ぎですね。

 

また、次の図はアビーム(ブームの開き=60°)で風速一定(5m/s)で艇速が増加していった場合の見掛けの風速と風向の変化を計算してプロットしたものです。

これを見ると分かるように、艇速が上がるに従って、見掛けの風は前方に廻ってゆき、見掛けの風速も増加してゆきます。同じ迎角を保とうとするのであれば、ベアーが必要になるという事を示唆しています。艇速が上がってゆくと見掛けの風前方に廻り迎角が小さくなるので、セイルを引き込む(ブーム角度を小さくする)して迎角を保とうとすると、転倒モーメント(ヒール)は大きくなるのですが、思うように艇速は出ないという事も示唆しています。
2007年12月10日(月)
抗力#2

抗力の内、ヨットで抵抗と云っているものについて、下記のURLには結構分かり易い記述がありますので参照してください。

抵抗

2007年10月8日(月)
ツイストは何故必要なのか?
1年生用に昨年記載した内容を再度UPします。

微風のクローズで『リーチが硬い、もっとツイストさせて!』とか、順風のクローズで『ツイストが大き過ぎる、もっとリーチテンションを入れて!』とか、アビームで『バングの抜きが足りないぞ!』とか、軽風のランニングで『バングを抜いてツイストを大きくして』とかいうようなアドバイスを良く耳にするが、何故ヨットではセイルをツイストさせる必要が有るのだろうか?

風が海面とマストトップ付近で同じ風速と風向ならば、ジブセールによる偏向分だけのセイルツイストと高さ毎のキャンバー率に応じたセイルツイストだけで良い筈であるし、1枚帆ならは高さ毎のキャンバー率に応じた極めて小さいセイルツイスト値で良い筈である。

では、皆さんが乗っているディンギーのような高さが6m位の海面近くの風はどうなっているのだろうか?

“海と船に関する諸々の事項”(http://homepage1.nifty.com/RINZO/SHIP/SEA01.HTM)を見ると、風の傾き(Wind gradient)という項目で、高さ方向に風速が異なっていることが説明されている。上空の方が海面や地上よりも様々な摩擦抵抗(粘性による)の影響が小さいので風速が強い事は当然の話である。ビルの屋上に上ったりすると風が強いなと感じるだろうし、山の頂上付近でも風が強いのを体験する。陸上ではソヨソヨとした軽風の日でも飛行機の通るような上空1万mの高さでは偏西風であるジェット気流が存在していて、30450 m/sというような凄い強風が吹いている。そのため福岡~東京の飛行時間は往復で異なったものになっています。

一方、地上や海面に非常に近い場所ではどうかというと、結構風のある日でも公園の芝生に寝転がったりすると意外と風が弱いのを体験したりするし、海上での表面波の速度は感じる風よりもずっと遅いですよね。また大気よりも粘性の強い水の場合では、川の中や海の底の砂や泥が水の動く速度ほど速くは移動していない事からも、境界付近に近づくにつれ粘性による摩擦抵抗(friction)の影響で流体速度が著しく低下している事が理解できるでしょう。このように、一般に高度の低い場所より高い場所の方が、風速が大きいというのは感覚的にも理解出来るのではないでしょうか。

さてここからは、理解しやすいように風向の傾斜は無視して風速の傾斜だけを考えてみましょう。この高さ方向の風速の傾斜を簡単な数式で表わすと、当然、大気の状態や地形的な影響によって変動するのですが、次のような対数で表される近似式が利用出来るとされています。気象学上の風速の基準である高さ10mの風速を1.0とした場合、

<高さ10m以下>

風速=(高さ1mの風速)×(0.465×log10(高さ)+1)

<高さ10m以上>

風速=(高さ10mの風速)×(高さ/10k   ここでk=1/61/7

これを470級の第1バテン(h5.1m)、第2バテン(h3.8m)、第3バテン(h2.4m)で計算してみると、高さ1mでの風速を4.0m/sとした場合

1バテン(h5.1m)地点 → 1.33×4.05.32 m/s

2バテン(h3.8m)地点 → 1.27×4.05.08 m/s

3バテン(h2.4m)地点 → 1.18×4.04.71m/s

となる。高さ1mというのはスキッパーが顔で感じる風の高さ位だから、トップバテン付近では感じている風よりも3割程強い風が吹いていることになる。揚力を考えると風速の2乗に比例するので単純に考えても上部に大きなセイル面積を持つほど揚力の最大化という観点からは有利になる。もちろん転倒モーメントも大きくなりはしますが。

では、高くなるほど風速が増加すると見かけの風向はどうなるのだろうか?

クローズでの見かけの風が高さ方向にどうなるかをベクトルで考えてみよう。上記の真の風速で、艇速が4.0 m/s、艇進行角度(アングル)=45.0度として計算してみると、



海面からの高さ(h)

見かけの風向(α)

風速

1バテン(h5.1m)地点

19.1

5.32 m/s

2バテン(h3.8m)地点

19.7

5.08m/s

3バテン(h2.4m)地点

20.6

4.71 m/s

1m(ブーム直上不付近)

22.6

4.00m/s

というように、ブームの高さ付近に比べて第1バテン付近では見かけの風の傾斜角度は3.5度風上側に振っていることになる。仮に、高さ方向でのそれぞれのセイル断面での見かけの風との迎角を同じにするとここでツイストが発生することになる。実際にはキャンバー率に見合った迎角に合わせるので、これも考慮に入れる事になる。更に、ジブによる風の偏向を考えるとジブとオーバーラップしている第2バテンより下方では、剥離(ストール)させずにより迎角を大きく出来るので、実際のメインセイルはよりツイストした形状となるはずである。また、アビームでもベクトル図を作ると分かるのだが、この風の傾斜は8.1度とクローズの2倍以上になる。

ここまでで、ランニング以外(揚力を用いる場合)ではセイルのツイストが何故必要なのかは理解出来ただろうか。

次に、軽風と順風と強風と言うような異なる風域ではこの風の傾斜はどういう特性を持つのだろうか?更に一歩踏み込んで考えてみよう。上記に挙げた近似式はかなり風が安定している場合(強風)のものと思われる。かなり以前のヨット協会誌か何かで、外国のオリンピックコーチがゴムボートにマストと同じ高さの棒を立て長いリーチリボンみたいなのを1m間隔くらいで取り付けて、ディンギーと同じ角度と速度で併走しているのを真後ろから撮影した写真があった。これを見ると、確かにリーチリボンは高さ方向に傾斜を示しており、3m/s程度の軽風ではツイストが割りと大きく、4~6/sの順風ではツイストが最も小さく、7m/s以上の強風では再びツイストは大きくなっていた。これについて、層流と乱流という流体力学用語を使って説明していた。4~6/sの順風時に風が最も高さ方向にも一様に流れようとするから(層流状態)であるとしていたように記憶している。直感的には何となく分からない事もないような気もする。

一方、刊誌『KAJI』では翻訳記事として、このwind gradientについての記述がある。これによると、安定した大気と不安定な大気では、不安定な大気の方がより大気の撹乱が大きいので風の傾斜は小さくなると言っている。2030mのマストのヨットについての事かもしれないので、僅か6m程度の高さのディンギーに当てはまるかどうかは、訳者も疑問を投げかけていた。前述のゴムボートでの実験は実現象なので非常に説得性がある。そして大気状態の不安定さや波などの海面状況でもこの傾斜量は微妙に異なってくるものなのであろう。

次に、無視して論を進めた『高さ方向の風向の傾斜』についてであるが、マクロ的にみると間違いなく存在する。高さの異なる場所の雲が異なる方向に移動しているのは良く見る事だし、気球はこの風向の傾斜を利用して思った場所に辿り着けるのだから存在しているのは確かである。上記の『KAJI』の翻訳記事では、かなり大きな風向の傾斜があり、大型艇では風によってはスターボとポートでツイストを変える必要があるとも書いていたが、高さ6m程度のディンギーでこのように感じる事は殆ど無いのではなかろうか。マクロ的に見ると海面から6mの高さの領域は既に粘性による影響が大きい乱された空間なのではないかと思う。よって、高さ方向の風向の変化は明確に認識し難いのでなかろうか。スターボとポートでリーチリボンが大きく変化するというような経験もない。まあ、高さ6m程度のディンギーでは高さ方向の風の傾斜考えなくて良いことだと思う。


さて、風速の傾斜があり、大気状態や地形の影響や風域で少なからず変化するという事実はセイリングについてどういう事を示唆しているのかというと、刻々と変化する高さ方向の風の傾斜に対してリーチリボンがその翼端部の風の流れを示してくれているので、いつも注意深く見なさいということである。風の傾斜角度は分からなくても、リーチリボンをストール限界付近にアジャストさえしていれば高さ方向の風の傾斜には概ね合った迎角が保たれていると言う事になるのである。昔の写真を見るとリーチリボンが付いていないので、いつ頃からか誰かが付けるようになったのであろう。あんなに上手なオリンピックのメダリスト達でも付けているのだから、皆さんも頻繁に注意深く見るようにしましょうね。





2007年9月5日(水)
揚力

揚力(LIFT)について

L(Lift)=1/2・C・ρ・S・V

揚力の大きさはρ(流体の密度)、C(揚力係数)、S(代表面積)、V(相対速度の二乗)に比例した関数として表される。C(揚力係数)は迎角、物体形状、物体の物性、レイノルズ数、マッハ数等によって変化する係数である。

揚力が発生すための大前提として、流体が物体の廻りを循環運動するという事がある。下図で示す太い矢印線のように流体の流れが物体の回りを循環しようとしているのである。実際には物体(翼)の前面を流れる流体の流れとぶつかり、きれいな円弧のような循環にはならない。粘性があるからこのような現象が起きるのであって、粘性が全くない流体では揚力は発生しない。

だから翼の形をしていなくても平たい板でも野球のボールでも紙飛行機でも水中のセンターでも揚力は発生し得るのである。魚の尾ビレやスクリューは揚力を利用している。

ヨットでは推進力(エンジンの代わり)として物理的に揚力と抗力の2つを相対的な風向きによって使用している。揚力が鳥や飛行機の翼からイメージできるなら、抗力は帆掛け舟や一般的な風圧抵抗としてイメージすることが出来る。下図に示すように物理的には揚力は流体方向に対しての直角成分であり、抗力は流体方向成分である。



揚力がV(速度の二乗)に比例するという事はとても大切で、風速が2→3m/sになると揚力は9/4=2.25倍になる。実際のヨットでは艇の前進速度もベクトル的に加わった見かけの風速になるのでもっと倍率は上がる。この事は、出来るだけ他の場所よりも風の強いブローを走ったり、風が無いときにロッキングして強制的に艇速を上げたり、ラルでは角度よりも速度が落ちないようにする事が物理的に有効な方法である事を示唆している。

次に揚力はρ(密度)にも比例し、同じ風速でも空気の温度が低い(密度が大きい)冬の方が夏よりも揚力は大きい。実際には、気温5度と35度では約1.1倍違う。これをセーラーは『冬は風が重い』というように云っている。

次に、A(代表面積)については体重の重い鳥程大きな翼をつけている事からも分るだろうし、ディンギーよりもずっと重いクルーザーは、より面積の大きなセイルをつけている事からも直感的に理解できるだろう。強風においてクルーザーで縮帆(リーフ)をするのは、揚力の減少を主たる目的としているからである。まあここで云っている代表面積は帆の平均弦長を指しているので、セイルの横幅が広いほど揚力は比例して大きくなると捉えたほうが良いかもしれない。

 

次にC(揚力係数)については、帆走理論で知っておかなければならない事は次の4つである。

①迎角(α)の絶対値が小さいとき、揚力係数は迎角にほぼ比例する。

②迎角(α)の絶対値が大きくなると、物体表面から流れが剥離して揚力係数は急激に小さくなる。この現象を失速と呼ぶ。

③風が剥離しない範囲内に於いてはキャンバー率(ドラフト量/翼の弦長の百分率)が大きい程揚力係数は大きくなる。

④風が剥離しない範囲内に於いてはドラフト位置が前方にあるほど揚力係数は大きくなる。

 

①については、セイルを引き込むと迎角が大きくなり、迎角に比例して揚力係数が直線的に大きくなり艇速とヒールが増加する事からも容易にイメージ出来るだろう。揚力は迎角で制御しやすいという特性を持つ。だからヨットは主としてブームの出し入れで迎角をコントロールしているのである。中世に帆船が発達したのも揚力の制御がブームの出し入れで容易にできたからでもある








②については、高速失速と翼端失速があり、前者は高速時に大きな迎角を急激に取る事で発生し、後者はセイルのリーチ部から渦による剥離がだんだんとラフに向かって広がっていく事を指す。

前者の高速失速は、プレーニング時や強風のアビーム時には急激なトリムは避け、迎角を安定させた方が有効であることを示唆する。鳥は舞い降りる時や枝に留まる時に意識的にこの高速失速を用いている。またこの鳥の動きを真似したジェット戦闘機もロシア軍が唯一開発して世界を驚かせた。

後者の翼端失速は、セイル後端に付けたリーチリボン(ピラピラしている赤い布切れ)を20%ストールさせるとか、綺麗に流すとかミーティングで言っていることと関係している。上の図(揚力係数~迎角)で見ると正にグラフの頂点から急激に下方に揚力係数が低下している付近の話である。

メインセイルのトップリーチのリーチリボンがストールしているのに一生懸命テルテールを見て風の振れに合わせた微細な迎角制御をしているセーラーをよく見かけるが、彼らには失速(stall)が如何に大きな揚力低下をもたらしているのか理解出来ていない。ジブセールもリーチが内側にフックして大きなストールをしているのに平然とジブ引きをしているセーラーがいるのは実に悲しい。上のグラフを良く理解して、自分のセイルのリーチ形状を常にチェックするというのがまず出来ていなければ揚力の最大化維持は望めない。日頃からこの観察を行っていないと、他艇のセイルも見れないし、トップセーラーやセイルメーカーのリーチやセイル形状を見ても何も違いが分らない者になってしまう。形状に違いがあるから物理的性能に大きな違いが出るわけで、最終的にはトリムもこの違いに左右されてしまう事が多い。下図は翼端失速を可視化したものである。少しずつ迎角を大きくしてゆくと翼後端部から渦が出来始めて、次第に大きく広がってゆくのが良く分かる。リーチリボンを見てこの現象をイメージできれば、セイルの見方は飛躍的に変わってくる。


 ③についてはドラフト量(翼弦からの最大垂直距離)が大きいほど流体の流れを大きく偏向出来るからである。このことは強風でセイルを浅くしたり、軽風では逆に深くしたりすることの物理的根拠となっている。ここで注意しなければいけないのは『風が剥離しない範囲内に於いては』という前提条件である。よって、軽風でも条件によっては風がきれいに流れなければセイルは浅くしてゆかなければならない。セーラーはこの大前提を確認しながらドラフト量(正しくはキャンバー率)を調整しなければ本末転倒になってしまうということを良く認識すべきであろう。

 

④については、ドラフト位置が前方にある程、やはり流体の流れを大きく偏向出来るからなのだろうが、イマイチ論理的に確信が持てない。飛行機の翼はヨットのセイルよりもずいぶん前方にドラフト位置がある。これは、対気速度が1~2桁速いので、このように前方に位置させても流体が剥離しないから可能なのである。やはりここでも注意しなければいけないのは『風が剥離しない範囲内に於いて』という前提条件である。

スナイプや470では前(ラフ)から43%~45%程度の位置にドラフトがあるように設計されている。風圧で少し後方に偏った時はカニンガムを引いて元の位置に戻してやるのである。カニンガムをいくら引いても初期設計位置よりも前方にドラフトは移動する事はない。どんどん引いていくとマストが曲がるだけである。

またブロードシームを主体としたデザインのセイルの方がラフローチを主体としたデザインのセイルよりもマストのオーバーベンドによってドラフトバックは生じ易い。一方、アビームではアフターを引きマストを立ててセイルを可能な限り深くしドラフトも前方に移動させるのだが、やはりこの時も『風が剥離しない範囲内に於いて』という前提条件に良く注意して行わなければならないのはもう既にお分かりの事だろう。

順風でセイル両面に風がきちんと流れている状態で、少しずつ迎角を大きくしてゆく(ブームインorベアー)と揚力は直線的に増加してゆき、ヒールが大きくなり艇速も上がってゆく。逆に、順風で少しずつ迎角を小さく(ブーム出しorラフィング)してゆくと揚力は直線的に減少してゆき、ヒールが小さくなり艇速も落ちてゆく。
この事は少しヨット乗りなれると感覚的に理解できることだが、次のような方法で確認してみると物理的にきちんと理解できる。

      順風(風速4m/s6m/s)のアビーム帆走で艇の向きを真の風に90度付近にしてシバーした状態から艇の向きをピクリとも変えずにブームを少しずつ引き込んでくると60度位からセイル両面に風が流れ出し、ヒールが徐々に大きくなってゆき、少し遅れながら艇速もアップしてくる。これはブームによって迎角を少しずつ大きくすると揚力も直線的に大きくなるという現象そのものである。更に、ブームをそのままセンター位置まで引き込んでいくとどうなるか、トップのリーチリボンが少しずつ乱れ始め、或る引き込み角度を過ぎると急にヒールが少し小さくなってゆく。この時、トップのリーチリボンは殆ど後には流れていない筈である。翼端に発生した大きな渦に吸い込まれてセイル後面に張り付いたようになっている筈である。

      次に、上述と同じように順風(風速4m/s6m/s)のアビーム帆走で艇の向きを真の風に90度付近にしてシバーした状態から60度付近にブーム位置を固定(カム掛け)する。今度はティラーで艇の向きを風下方向に少しずつ切ってゆくと、やはり、ヒールが徐々に大きくなってゆき、少し遅れながら艇速もアップしてくる。これもブームによって迎角を少しずつ大きくすると揚力も直線的に大きくなるという現象そのものである。

 上記2つ実験は翼面と流体の迎角という点だけでみれば、物理的にはほぼ同じ現象である。但し、実際の帆走では、艇の向きが異なるので、艇速が作り出す風と真の風の合成ベクトルも違うし、揚力の前進方向成分も当然ながら異なるのだが、どちらも迎角で揚力の大きさをコントロールしているのだという認識を持つ事が非常に重要である。
 この事を少し拡大して考えると、仮に艇速が一定ならば、クローズ~アビーム~ブロードリーチという揚力帆走の広い範囲においては、見掛けの風とセイルの
迎角を風速毎に決まる最適な角度(ex,微風ではリーチリボンが100%流れるような角度、波のない軽風ではリーチリボンが3050%流れるような角度、波のない順風ではリーチリボンが50%流れるような角度、etc)に常に一定に保つようにするのがセイリングの主たる技術であるとも言い換える事が出来る。

2007年2月12日(月)
スピンランニングについて(山羊君からの質問に対して)

     ランニングの推進力である抗力の大きさをセイルによって乱される気流の乱れの大きさと捉える事についての理由

以前、理論(theory)の項で『抵抗』について説明したと思いますが、再度説明します。まず、抗力とは何なのか?ということです。抗力は物理式では次のように表されます。

 D(drag)=1/2・C・ρ・S・V

 ρ:流体の密度、C:抗力係数、S:代表面積、V:相対速度

抗力係数(C)は迎角、物体形状、物体の物性、レイノルズ数、マッハ数等によって変化する係数です。そして抗力係数は揚力よりも迎角に鈍感です。

直感的には風によってセイルが押される力として捕らえられますよね。風圧という言葉も良く使います。では、セイルの後面からも同じ圧力が逆方向に掛かると風圧は釣り合って、或る意味でセイルには抗力が発生しなくなります。
      

という事は、風圧と云っているのは、流体中の物体の前面と後面での圧力の差という事ですよね。もう一つ例を出すと、物体に当たる風が弱くても、物体後面に大きな負圧が発生していれば物体には風の方向に大きな力を受けている事になります。
 このように抗力が物体の前後面での圧力の差の総和であるという事は、運動エネルギーから見ると揚力と同じように相対速度の二乗(v)に比例するという事には既に気付いている事でしょう。
 次に、同じ相対速度なら水中の方が空気中よりも遥かに圧力は大きくなりますよね。抗力は流体の密度に比例します。

次に、風が当たる面積が大きい物体(セイルなど)ほど大きな抗力が発生するのは直感的な理解そのままでだいたいOKです。但し、同じ面積でも下図のように斜めにすると風圧のかかる面積は小さくなってしまいますが、この抗力の変化は抗力係数の中に含めています。

   

そして抗力係数は揚力よりも迎角に鈍感です。

さて、ここまでで抗力の物理式に関係するファクターとして残るのは、抗力係数(C)と呼ばれるもののみとなりました。同じ面積の物体でも先が流線型のものと平なものでは抵抗が違うというのは直感的に理解できますよね。ではそれは流体の動きとして考えた場合にはどのような事なのでしょうか。

スピンでも平らな板みたいにフラットに張った方が丸く張るよりも風を受ける面積は大きいかもしれませんが、抗力は大きくなりませんよね。また、ランニングで『スピンに風が溜まると良くない』『スピンの肩を張って風を流して』等という表現を耳にすることが有りますが、下の図-Aのように出来るだけ外側方向に風を飛ばして乱れを大きくする事が出来れば抗力は大きくなるのではないかと考えている訳です。よって、十分な風圧があるような場合には、ある程度セイルを閉じ気味にして丸みを持たせた方が外に大きく飛ばせるかもしれませんし、風圧が足りない時は少し開き気味にしないと内側で乱流(渦)が発生してしまい風はその外側を流れてしまう(風が溜まる)ので大きく乱す事が出来なくなってしまいます。

スピンの肩を開かせるというのは出来るだけ外側に風を飛ばそうとしているわけです。ランニングに主体を置いてデザインしたスピンは、この肩のリーチ形状が現在君達が使っているノースのセイルよりも少し閉じ気味なっていることがあります。何故なら、順風のランニングではその方が全体として風を遠くに飛ばす事が出来るかもしれないからです。2年前のカンタムセイルのスピンがこの典型でした。だからアビームのリーチはとても開き難いものでしたよね。一方、ランニングは結構速かったですよね。ノースセイルのデザインではアビームの走り易さも考慮しているので、肩部分は結構開き易いデザインになっていると思います。

さて、抗力を『どの位大きく流体の流れを乱す事が出来たか』と捉えることについて何となく理解出来たでしょうか。同じように揚力は、『どの位大きく流体の流れを偏流する事が出来たか』と捉える事ができるのではないかと思います。まあこれは東大の流体力学の先生の受け売りではありますが。

     ランニングでスピンを遠くに飛ばすことの物理的な理由

結論からいうと、メインセイルの影響を出来るだけ避けて3枚のセイルの抗力の総和を最大値にしたい為ではないかと思います。

仮に、メインセイルやジブセイルが無ければスピンは艇体中心線上で対照になるように張れば良いわけです。遠くに飛ばさなくても、デザインどおりの形で張れればよい筈です。

大型のクルザーではジェノアセイル(ジブ)によるスピンへの影響が大きいので、ランニングでジェノアセイルは降ろしてしまいます。470でもメインセイルによる影響は結構大きく、出来るだけメインセイルから離した方が乱れの少ないフレッシュな風をスピンに受ける事が出来ます。クローズの場合のように2枚のセイルが一体となってより大きな揚力と角度を生み出すというような事はランニングの抗力では考えにくいのです。メインとスピンが出来るだけ各自単独に近い働きをしてくれた方が抗力の総和は大きいのでしょう。

では、どこまでも離せばいいかというと、やはり限界はあります。ガイとシートをどんどん出していくとスピンは前方やや上方の向きに移動しますよね。或るポイントを超えるとフットが狭くなりだして形がいびつになりだす筈です。デザインどおりの形が保てる事が制約条件です。また、遠くに張っても、手に感じる風圧が小さくなってしまったのでは意味がありませんよね。感覚的表現としては『形が崩れず且つ風圧が小さくならない範囲内で出来るだけ遠くに張る』というところでしょうか。

     ガイバックすることの物理的な理由

結論からいうと、メヘルムを合わせる為が最も大きな理由だと思います。

メインセイルとジブセイルが作り出すウェザーヘルムに対抗するには、出来るだけガイバックしてクルー側にスピンを持ってきた方が当然リーヘルは大きくなるので良い訳です。しかし、スピンの形が崩れたのでは意味がありませんよね。デザインどおりの形を保ちつつというのが条件です。クルーが微妙なヘルムを感じとれるレベルであれば違いが分かるのでしょうが、スキッパーの方がティラーに感じるので分かり易い筈です。

バルセロナオリンピックでは、地元スペインチーム(金メダル)がウネリのあるチョッピーな海面に於いてブームと平行近くまでガイバックして特長的なスピンランニングをさせていたという記事を読んだ事があります。推測ですが、このような海面ではガイバックしたほうが揺れにくく、波に乗せ易いのかもしれませんね。

また、初心者ではガイを出し過ぎてきちんとスピンが張れていない事も良く見られます。