ベトナム戦争中、アメリカ軍が散布した枯れ葉剤。
その汚染の影響と見られる健康被害が相次いだものの、アメリカは因果関係を否定し、問題は放置され続けてきました。
しかし、ついにアメリカが動きました。
巨額の資金を拠出して、枯れ葉剤を除去する作業が、先週、始まったのです。
新たな局面を迎えたベトナムの枯れ葉剤問題に迫ります。
ベトナム戦争から37年 ようやく始まる枯れ葉剤除去
終わらない“枯れ葉剤”との闘い
傍田
「ベトナム戦争が終わって37年。
アメリカとベトナムは関係の改善を進め、経済交流も進んできましたが、両国の大きな足かせとなってきたのが、枯れ葉剤の問題でした。
アメリカが巨額の資金を拠出して、枯れ葉剤を除去する作業が、先週、ようやく動き出しました。
その一方で、ベトナムの人たちの間からは”遅すぎた”という声も上がっています。
今日(8月14日)の特集は、今も残るベトナムの枯れ葉剤問題の現状と除去作業の行方に迫ります。」
鎌倉
「アメリカ軍による枯れ葉剤の散布がもたらした深刻な傷あとは、いまだに癒えていません。
枯れ葉剤は具体的にどのような被害をもたらしたのでしょうか。」
黒木
「1961年に始まったアメリカ軍の『枯れ葉剤作戦』。
およそ10年間にわたり、ベトナム中部から南部にかけて200万ヘクタールにも及ぶ広大な土地に、4万5000キロリットルあまりの枯れ葉剤が散布されました。
散布された枯れ葉剤の大半は有機塩素系の除草剤で、猛毒のダイオキシンが含まれ、発がん性作用など人体に深刻な影響を与えると考えられています。
散布された地域周辺では、人体への被害の報告が相次ぎます。
1986年、治療のため来日した結合性双生児、ベトさんとドクさん。
この2人の障害も枯れ葉剤による影響と見られています。
健康被害は、枯れ葉剤に汚染された土壌で栽培された作物を摂取するなどして起こるとされていまして、体内にダイオキシンが蓄積して、ガンを誘発したり、遺伝機能に影響を与えるとされています。
枯れ葉剤被害者を支援する団体によりますと、現在、ベトナム全土で300万人以上が何らかの影響を受けていて、ベトナム戦争のずっと後になって生まれた孫や、ひ孫の世代にも影響は広がっているということです。」
鎌倉
「ようやく動き出したアメリカの取り組みを、複雑な思いで見つめるベトナムの人々をハノイ支局の市原記者が取材しました。」
ベトナム枯れ葉剤 ようやく除去作業始まる
ベトナム中部のダナン。
先週、ベトナム戦争中に使用された枯れ葉剤の成分の除去作業が始まることを記念して、式典が開かれました。
アメリカ シアー駐ベトナム大使
「今日はアメリカとベトナムにとって、重要な節目の日です。
我々は負の遺産を葬り去るための、重要な一歩を踏み出しました。」
ダナンの空港はベトナム戦争中、アメリカ軍最大の航空基地が置かれていました。
「枯れ葉剤」の散布に使われたアメリカ軍の航空機の多くは、この基地から飛び立ちました。
基地では枯れ葉剤を保管したり、調合したりしていたため、今でもこの周辺の土地では、枯れ葉剤の成分である猛毒のダイオキシンが高濃度で検出されています。
しかし、ダイオキシンを除去するための資金も技術力もないベトナム政府は、汚染された土壌をコンクリートで覆うのが精いっぱいでした。
アメリカが資金を拠出して行われる枯れ葉剤の除去作業。
まず、枯れ葉剤で汚染され、猛毒のダイオキシンを含んでいるダナン空港周辺の土、7万3000立方メートルを一度掘り返します。
そして、有害物質が周辺に漏れ出さないよう、掘り返した土を鉄などの絶縁体で覆い、335度の高温に加熱。
こうすることで、猛毒ダイオキシンを二酸化炭素や塩化物、それに水に分解するのです。
この作業にはアメリカ政府が4300万ドルを拠出し、4年間かけて行われます。
今回、作業の対象となっている面積は19ヘクタール。
ベトナム全土で除去作業が必要とされる場所のほんの一部です。
“遅すぎた”除去作業 ある家族の思い
ベトナム戦争終結後も長い間、汚染土壌が放置されたことで、枯れ葉剤の被害は世代を超えて広がっています。
被害者を支援する団体によれば、ダナンだけでも、体に障害や病気など、枯れ葉剤の影響と見られる症状がある人は5000人以上にのぼり、その中には戦争終結後に生まれた子供も多く含まれると言います。
被害者の会ダナン支部 ラン副支部長
「5000人のうち1400人は16歳以下で、枯れ葉剤被害の第2・第3世代なのです。」
16年前にダナンに移り住んできたグエンさん一家です。
2008年に生まれたトゥーくんは、臓器が肥大する枯れ葉剤が原因とみられる先天性の難病を抱えています。
4歳になった今も発達は他の子供たちより大きく遅れ、言葉もほとんど話せません。
父親のズンさんは、当時ダナンの空港で排水溝を掘る仕事をしていました。
空港の土壌が枯れ葉剤で汚染されていることは、誰も教えてくれなかったと言います。
ズンさん
「数年前の報道で初めて知りました。
もっと早く警告してほしかったです。」
移住する前に生まれた長女は至って健康。
しかし、ダナンで生まれたトゥーくんには、深刻な先天性の障害が現れたのです。
ズンさんは問題を放置してきたアメリカに強い憤りを感じています。
ズンさん
「アメリカは因果関係を認めるべきです。
他にも多くの子どもが被害にあっています。」
先週、ようやく始まったアメリカによる枯れ葉剤除去作業。
ズンさんたちは、悲しい思いで見つめています。
ズンさん
「今ごろ始めても遅すぎますよ。
すでに多くの被害者が出ているのです。
アメリカには、すべての汚染地域を完全にもとに戻してほしい。」
枯れ葉剤の除去 遅れた理由
傍田
「では、取材にあたった、ハノイ支局の市原記者に話を聞きます。
ベトナムの人たち、非常に複雑な思いを抱えているということがよくわかりましたけれども、アメリカによる枯れ葉剤の除去作業、ここまで開始が遅れたのは、どういった理由があったからなんでしょうか?」
市原記者
「アメリカは、枯れ葉剤の影響を認めれば、多額の補償を行わなくてはならなくなると考えたため、及び腰にならざるをえなかったという事情があります。
除去作業が始まった今でも、アメリカは、人体の健康や障害と枯れ葉剤の散布による因果関係は完全に証明されていないという立場です。
また、かつて敵対関係にあったベトナムの国防省と信頼関係を深めて、ともにダイオキシンによる汚染の実情の調査を始めるのにも時間がかかりました。」
枯れ葉剤の除去 アメリカの思わく
傍田
「そういったいきさつがありながら、アメリカが今、このタイミングで除去作業に乗り出した、この狙いはどこにあるんでしょうか?」
市原記者
「背景には、太平洋での海洋進出を活発化させる中国を念頭に、アメリカとしてもアジアの国々と密接な関係を築きたい思わくがあります。
今年(2012年)6月にアメリカのパネッタ国防長官が南シナ海に面した軍事的要衝のカムラン湾を訪れて、ベトナムに対し、アメリカ軍の艦船の寄港をもっと受け入れてほしいと要請しました。
また、経済面でも先月(7月)、クリントン国務長官が大勢のビジネスマンを引き連れてハノイを訪問し、急速に経済発展を続けるベトナムとの関係を強化したい姿勢を鮮明にしています。」
枯れ葉剤の除去 今後の見通し
鎌倉
「枯れ葉剤の除去ですけれども、今後は汚染地域の全てで作業が行われる見通しはあるんでしょうか?」
市原記者
「アメリカ政府は今回、除去作業が始まったダナンでの作業を2016年までに完了させるとともに、かつてアメリカ軍の基地が置かれていた場所など、他の都市でも除去作業に向けて環境調査を始めたいとしています。
しかし、ベトナム全土には、今でもダイオキシンが高濃度で検出される、いわゆる『ホットスポット』が全部で28か所あるとされています。
アメリカとベトナムの専門家による試算では、これらの場所のダイオキシンを全て除去するためには、数億ドルの資金がかかるとも言われていまして、汚染地域全てで元通りにすることは非常に困難なのが現状です。
戦争のつらい過去を乗り越えるためには、まだまだ長い時間とベトナム、アメリカ両国の連携がさらに求められそうです。」