山高きが故に貴からず

 

「……で、どうすんのよ!?」
 俺は今、1歳の妹に向かって正座で座っている。
「いや……どうすると言われましても……」
「入れ替わっちゃってるのよ!?どうにかしないでどうするのよ!!」
 ここは保健室。保険の先生はいなかったけどようやく落ち着いて話せるようになった。
静……の体になった若木を抱え、暴れる若木……の姿をした静を連れてくるのは大変だった……。夏休みで受付の人がいなくて助かったぜ……。
 俺達三人は保健室でもう一度、若木と静の頭をぶつけてみたり、強く念じてみたり、シチュエーションを再現してみたりしたけど
若木は静のままで、静は若木のままだった。ちなみに若木になった静は泣きつかれてベッドで寝ている。
 びゃーびゃー泣いて鼻水や涎まで垂らす優等生の姿なんか正直見たくなかったぜ。
「じゃあこんな姿で高校生活を送れって言うの?」
 若木は正座している俺の頭をペシペシと叩く。今の若木では正座姿の俺よりも背が低く、その小さな体ではどんなに叩かれても痛くは無い。
「はい……あの……すみません」
「すみませんじゃないわよ!!」
 今度は頬っぺたを叩かれる。しかし俺に一体どうしろと……入れ替わった人同士を元に戻せるビックリ能力なんか俺は持ち合わせちゃいない。入れ替わったこと自体とんでもハプニングなんだし……。それにしても妹に殴られるドメスティックでバイオレンスな日がやってくるとは思ってもいなかったぜ……。
 問題は静だ、親が帰ってきて女子高生になっちゃいましたなんて新しい父親に合わせる顔が無い……。下手したらバツがもう一個着く可能性だって……。
「…………」
「…………」
 二人の間で長い沈黙が続くと
「……とりあえず、近藤君の家に連れて行って頂戴」
「え?」
「このまま学校に居るわけにもいかないじゃない、とりあえず近藤君の家で作戦会議よ!」
「で、でも若木の家の人たちにはどう説明するんだ?」
「こんな情けない姿で事情を説明しに行くわけにも行かないし……そうね、ちょっと近藤君、私の鞄から携帯取って」
情けない姿って……一応、義理でも俺の妹なんだぞ……。
「……こ、これか?」
 俺は鞄から携帯を見つけ出し若木に渡す。……意外と可愛い携帯使っているんだな、ファンシーなストラップも着いているし。
 若木は受け取った携帯を両手で操作をし始める……がどうやら悪戦苦闘しているようだ。
いくら現代の携帯電話が小型軽量化していても流石に1歳児には大きすぎるようで、ボタンを押すどころか落とさないようにするので精一杯みたいだ。
「もうっ!ちょっと近藤君、代わりにメール打って頂戴!」
 怒る若木から携帯を受け取る。
「勝手に他のメールとか見ないでよね!!」
「あ、はい、わかってます・・・すいません……」
 はたから見たらかなり危ない光景だよな……高校生が1歳児に向かって敬語でペコペコ頭下げているんだから。
「……で、お前の母親になんて打てばいい?」
「えーと友達の家に泊まるから今日は帰らない、って打って」
 俺は言われたとおりに携帯を動かす。
「最後に二、三日経っても帰ってこなかったら捜索願いを出してねって入れておいて」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!それじゃあまるで俺が誘拐しているみたいじゃないかよ!」
「第三者から見たらほぼ誘拐よ!じゃあ最後に笑マークでも入れておいて、三日経っても戻れなかったら流石に親へ説明しに行くしかないでしょ」
「わ、わかったよ……」
 メールを打ち終わり送信ボタンを押す。誘拐犯として捕まらないことを祈っておこう……。はぁ……全くなんでこんなことに……。
「じゃあその携帯の電源を切っておいて、何か連絡があっても電池が切れたって言い訳がたつし」
「…………」
 体が入れ替わっても若木はやっぱり若木だ、どんな状況下でも逞しい。俺には無理だ。てか普通の人間だったら冷静に対処できねぇし適応もできねぇよ。
「それじゃあ近藤君の家に向かうわよ、こんなところ他の人たちには見られたくないし。親御さんは旅行中なんでしょ?」
「あ、ああ、わかった……静起きろー帰るぞー」
 俺はまだ眠そうな女子高生の妹を起し、義理の妹になった委員長の体を抱き上げて抱っこ紐で結び始めた。
「きゃあっ!!ちょっと何すんのよ!!」
「な、何って抱っこ紐で抱えようと・・・」
 俺はそう言いながら若木を抱っこ紐の間に入れて抱える。
「ちょっとやめてよ!は、恥ずかしいじゃない!!」
「しょうがないだろ……校内ならともかく、その体の歩幅に合わせて家まで歩いていたら日が暮れちまう」
「タクシー代出すから!!」
「じゃあ校門まで抱えていくよ」
「きゃぁぁぁっっ」
「にーちゃー!しずかもだっこー!」
「ごめんな静、お兄ちゃんは委員長様を抱っこしなくちゃいけないんだよ」
 騒ぐ静をあやしつつ、顔を真っ赤にして俺の胸元を殴りつける若木を無視して昇降口へと向かう。
 入学してから今までいろいろ文句を言われてきたので、ちょっとした仕返しだ。せいぜい1歳児として相応しい対応をされろ。
 片手で俺と若木の荷物、もう片手で静を引っ張る。胸元には若木を抱え、なんかいろいろと大変だし重い……。
それにしても本当に……冗談抜きで真面目な話……元に戻らなかったらどうしよう…………。

 

働かざる者食うべからず

 

「若木……」
「何よ?」
「にーちゃー」
「お前財布にいくら入れてんだよ……それに高校生でカードって」
「五万円ぐらいでしょ、カードは親が持たせたのよ」
「おなかーたべたいのー」
「はいはい静ー今スグ作るからお兄ちゃんから降りてねー」
「ちょっと!!それ以上私の体に触ったら殺すからね!!」
「静から寄ってくるんだからしょうがねぇだろ」
「にーちゃー」
「……一刻も早く戻らないと……近藤君に何かされてからじゃ遅いわ」
「本人目の前にして何にもしねえって……」
「ちょっと、それって私がいなかったら何かするってこと!?」
「そういう意味じゃねぇって……はぁっ……」
「にーちゃー!!」
 今の状況を説明するとエプロンを着けて台所に立っている俺、その俺に若木の姿をした静が上からオンブするみたいに覆いかぶさっていてその様子を見ている静の姿をした若木が文句を言ってくる。
 全く……なんでこんなことになっちまったんだかな……。まぁ戻る方法は今のところ頭の良い若木にまかせるとして、俺が今出来ることは三人分の昼飯を作ることぐらいだ。
……ところで静は若木の体だけど離乳食の方がいいのか?それともしっかり大人の飯を作った方がいいのか?
 少し悩んだが、結局静は上手く噛むことが出来ないと判断し、おかゆとコンソメスープを作ることにした。離乳食はレトルトだから簡単だ。
 作っている間、静はドタバタと家の中を駆け回ったり飛び跳ねたりと体が変わったことで大はしゃぎしていて気が気でなかった。
 子供は子供の体格だからこそ元気いっぱい動き回れるけど、それを女性とはいえスポーツ万能高校生の体でされると危険極まりない。
 それに制服姿だと、その、スカートが乱れまくりで、その……中の布地まで丸見えなんだよ。けどマジマジ見たり変に触ったりすると若木に怒られそうなので口で注意することしか出来ない。
 若木は考え込みながら何かノートに書いているみたいだが、はたから見たら小さな子供がお絵かきをして遊んでいるようにしか見えない。
 そうこうしているうちに飯が出来上がったので食卓に並べる。
「おーい静ー若木ー飯出来たぞー、一旦休んで食事にしようぜー」
「わかったわ」
「あいーおなかすいたー!」
 静は大人用の椅子に座らせて首には涎掛けの代わりにハンドタオルを巻いてやる。
「……近藤君、私はこれに座るの?」
「ん?そうだよ、今のお前じゃ普通のテーブルじゃ高すぎるだろ」
 若木の前に置いてあるのは静が普段使っているテーブル付きのベビーチェアだ。
「あぁ、じゃあ座らせてやるよ……よっと」
「きゃあっ!」
俺は若木を持ち上げてベビーチェアに座らせ てやる。そして足の間と腰をベルトで固定して落ちないようにしてやる。
「ちょっと……これじゃ足が閉じられないじゃない」
「……まぁ子供用の椅子ってそういうもんだからなぁ……飯食う間だけの辛抱だろ、我慢してくれ」
「はぁ……もぅ……しょうがないわね」
 情けないって感じの溜め息を吐いている若木の前に出来たばかりの離乳食にリンゴジュースの入っているストローつきプラスチックマグカップと子供用のプラスチックスプーンを並べる。
「にーちゃーたべたいー!」
「あ、そうか!ごめんな静」
 しまった、静はまだ一人で食事をした経験が無くスプーンも上手く使えないんだった、俺が食べさせてやらんと。俺は食事をスプーンで一口サイズにして静に食わせてやる。
「ほら、あーんしなさい」
「あーーーーーん」
「………………」
…………俺に向かって大きく口を開いている若木の姿の静は……なんていうかとても艶やかだった。
 遊びすぎたのか、それともの夏の暑さのせいなのかうっすらと汗をかき蒸気している頬、ピンク色の唇、長いまつ毛に綺麗な大きい瞳、無邪気な仕草、何か俺の知っている妹の静でも委員長の若木でもない変な感じがした。
 食べさせてやると、いつもの知性的な若木の姿からは想像も出来ない雑な食べ方だった。まぁ当たり前なんだけど。
 口に入れたものはときどき胸元にこぼし、噛むというより上あごで潰している感じでくちゃくちゃと音をたてていた。
「にーちゃー、おいちーねー」
食べながら満面の笑みで微笑む静を見て思わずドキッとしてしまった。
やべぇ……一瞬道を踏み外しそうになっちまった。
「きゃあっ!」
 ガチャッて音と同時に若木が声を上げた。見るとベビーチェアのテーブルに離乳食の入った皿がひっくり返って中身が散乱している。
「おい、どうしたんだよ若……」
 若木の顔を見ると口の周りにはご飯がベットリとくっ付いており、服にもところどころこぼした後がある。
 手もベトベトで中身が女子高生とはいえ、これでは食べ物で遊んでいる幼児みたいだった。若木は申し訳無さそうな、そしてばつの悪そうな顔をしてこっちを見ていた。
「……プッ……ククククッ」
「ちょ、ちょっと、笑わないでよ!しょうがないじゃない!思うように手が動かないし指だってスプーンを持つのがやっとなのよ!?」
 俺が噴出したのを見て若木が怒る。しかし口元を汚し不器用にスプーンを持って必死に説明している若木の顔を見ると笑いがこみ上げてしまう。
「クッ……悪い悪い、ちょっと待ってろよ」
 確かに手が上手く動かないようで、スプーンも指先ではなくグーの形で握るようにして持っている。俺は若木の顔とテーブルを拭くと食器を片付けて離乳食を作り直す。
「…………」
 その間、若木は文句を言うわけでもなくずっと黙っていた。
「ほら、作り直したの食わせてやるから」
 俺は若木にいつも静が使っている涎掛けをつけてやるとスプーンを持って若木の口元まで運んでやった。
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ、その体じゃしょうがねえって」
 静と若木を交互に食事をさせてやり、自分の分も少しだけ腹に入れた。
「何か味付け薄いわね……」
「離乳食ってそういうもんだからな、ほらあーんして」
「あんまり子供扱いしないでよね」
「はいはい」
 若木は終始恥ずかしそうにしていたが、1パックとスープを食べ終わると流石にお腹いっぱいになったみたいだった。
 逆に静はたくさん食べる。茶碗一杯では全然足らず、スープもあっというまに飲んでしまった。
 結局俺の食う分も分けてやり、子供サイズのお粥とスープとはいえ二人前は食べている。同い年の女子も結構食べるんだなぁ。
「ちょっと、あんまり食べさせないでよね……少しダイエットしようと思ってたんだから」
 この体でこれ以上痩せるところあんのか?胸は結構立派だが……足とか凄い細いぞ。
「わかったよ、静はいっぱい動いてたからお腹すいてたんだって」
「にーちゃー……もーいー」
 静もようやくお腹いっぱいになったようで、胸元のタオルで口の周りを拭いてやり食事を片付けることにした。
 さて、これからどうするか作戦会議をしないとな……。まだ半日だってのにクタクタだ……これで戻らなかったら親が帰ってくるころには過労死しているかもしれないな。

 

まえ                                             つづき