琴葉は放心状態の陽菜子を抱き上げると部屋のドアを開けて廊下へと向かった。

 陽菜子が意識を取り戻してから部屋を出るのは始めてで、廊下を出てから今自分がいる家の広さをお漏らしで戸惑いながらも感じ取った。廊下はフローリングで少なくとも十メートル以上続き、途中二階に上がる階段もあったことから一軒家であることが予測できた。

 琴葉は陽菜子を抱きかかえたまま突き当たりのドアを開けるとそこには自分の住んでいたアパートのよりもかなりの広さがある洗面台と脱衣所へと繋がっていた。

 陽菜子はこれから自分の身が着替えのため脱がされるという事は予測できたが実際の行動へと移られると何度目でも困惑を隠せなかった。

 琴葉はまずマットの上に陽菜子を寝かせるとおむつカバーのボタンを外し、一枚一枚おむつをはがし始めた。されるがままの陽菜子はどうしようもない恥辱と粗相感に襲われたが今の自分は逃げ出すことはおろか立ち上がることすら出来ず、嫌がったところで琴葉に適うはずもなくさっさと済ませてもらうようにジッと耐え忍んでいた。

 しかしそこである事に気づく。おねしょをしてしまった時は自分の居た部屋で取り替えていたのに、何故今回はわざわざ脱衣所にまで連れて来たのか?ということであった。しかしその疑問はすぐさま打ち消される。

 無毛の下半身が露になると次に琴葉は陽菜子の着ていたトップスに手を掛けた。慌てて嫌がる陽菜子だったが力の入らない腕を取り上げられるとスルスルと脱がされ一糸まとわぬ全裸にされてしまった。

 ただでさえ発育の悪いこの肉体をこんな状況で豊満な肉体を持つ同姓に見られるのには耐え難い劣等感があったが、今の陽菜子はただ目に涙を浮かべ我慢することしかできなかった。もはやまともに琴葉の顔を見ることすらままならない。

 だがそこから琴葉が陽菜子の肌を拭くわけでもなく新しいおむつを用意するわけでもなく、何やら物音がするので顔を琴葉の方向へと向けると陽菜子は絶句した。

 琴葉は既に来ていた衣類を脱ぎ終えて自らの下着に手を掛けていたところだった。陽菜子とは違い豊かな乳房と円熟した肉体、下着を脱ぎ終えるとしっかりと大人の毛も確認することが出来た。

 何をされるのか分からないといった陽菜子をよそに琴葉はスグ横のドアを開くとそこからは白い煙が広がり裸の二人を包み込んだ。

 そこまできてようやく陽菜子は何が起きるのかを把握する事が出来た。ドアの先にあったのは浴場で、先ほどの白い煙は湯煙であり湯船が既に温まっていることが分かった。

「ちゃんとお風呂に入って隅々まで綺麗にしましょうねぇ、嫌がっていちゃ駄目でしゅからねぇ……」

 お風呂を嫌がる幼児に投げかける様な言葉遣いで琴葉は陽菜子を抱き上げて風呂場へ進入した。

 テキパキと入浴の準備を進める琴葉に陽菜子はうろたえながら、されるがままに身を任せていた。

 気付くとタイルの上にそっと怪我をさせないように座らせると、掛け湯を浴びせさせられ、そこでも琴葉は生ぬるいお湯で洗うからといって汚れている箇所に咥え陽菜子が敏感に感じる場所へと指をくねらせた。赤ちゃん用のボディーソープを肌になじませながら乳首やへそ、足の指と様々な場所を泡に包んでいくがその行為の全てが艶かしく意識しないようにと絶えている陽菜子に対し、琴葉は器用に指を一本、二本と時には撫でるように時にはつまむように変化させ秘部を含めた肉体のより悶える箇所へと弄らせる。

 息も荒くなり体が何処か火照ってきたところで、見計らったように琴葉は手を止め、綺麗になったから湯船につかりましょうねぇーと今自分がやったことが本当に体を洗っただけかのようにお湯で泡を洗い流すと抱きかかえたまま湯船に使った。もちろん陽菜子の体には疼きが残っており、何故琴葉がその様な行為をして途中で止めたのかも理解できなかった。

 風呂の広さも一般家庭のものよりは余裕がある作りになっており、陽菜子の身長なら足を伸ばせそうなほどの広さがあった。

 しかしお湯の中で上手くバランスが取れず、未だ上半身を起こすことがやっとな陽菜子は何度かお湯に顔が浸かって溺れそうになり、それに気づいた琴葉が両脇に腕を入れそっと自分の身に引き寄せた。

 まるで本当の子供の様に陽菜子を胸元まで引き寄せた琴葉は、

「溺れないようにママにしっかりと抱きついていなさいね」

 そう呟くと優しく微笑んだ。先ほどの行為でまだ下半身がジンジンと疼いていた陽菜子だったが、言われるがまま自らの身を琴葉の胸元に寄せ、腕を回して抱きついた。

 風呂の温度がぬるめだったとはいえ、人肌は陽菜子が思っていた以上に温かく、柔らかい乳房もどこからか漂う髪の匂いも脳の思考を曇らせ、まさに夢心地で湯船に体を漂わせた。

 半分寝ている様な状態で陽菜子はあまりの気持ちよさに涎を垂らし、疼く下半身に手を押し当てて身を縮こまらせた。

 そしてしばらくして琴葉が呼びかけても反応がしなくなると陽菜子は口元にあった乳房に唇を触れ甘えるようにしゃぶり付いた。もはや自分が何をしているのかも分かっていなかった。無意識の状態で肉体の何処からか欲する欲求で乳房を吸いだしたのだ。そんな陽菜子の頭を琴葉は優しく抱えると、うっとりとした表情を浮かべ溺れさせないように陽菜子の体を自らに引き寄せた。

 

 気を失うように眠っていた陽菜子は過去の記憶をぼんやりと思い出していた。

 あれはいつだったか……そう、確か小学校六年生の修学旅行。この時期から陽菜子は幼児や赤ん坊が母親の乳房に吸いついていたり、着替えや泣きだしたのをあやされたりしている姿を見て胸の中にしこりが出来るような、奇妙な感覚に困惑していた。懐かしいような寂しい様な自分でもよくわからない気持ち。そして無意識のうちにそのような場面を避けるようにしていた。

 祖父の体調が悪くなり病院に通いだしたのもこの時期だった。陽菜子は祖父を安心させようと家事全般を今まで以上にこなし、勉強も塾に通わず常に成績上位をキープして周りを驚かせるほどだった。しかし陽菜子が身の回りを完璧にこなせばこなすほど、同級生は離れて行った。本当はテレビの事や芸能人の事にも興味があったし、同姓の友達と外で遊びたかったがそんな暇は無かったし、祖父を安心させるためにも常に側にいてやり、両親がいなくてもおじいちゃんが入院する様な事になっても大丈夫だよと言葉を使わずして身を案じていた。

 そんな時期の修学旅行、陽菜子はクラス委員であったが同級生とはなかなか上手くコミュニケーションが取れず、旅行場所の京都でも静かにぼんやりと行動していた。事が起こったのは初日の就寝時間だった。明日もあるということで同じ部屋の女子グループは早々にトークを切り上げて布団に身を潜らせた。しかし陽菜子は他人と同じ部屋で、しかもすぐ横に誰かが寝ているという状況に慣れていなかったせいで眠りが浅かった。

 そして日の出すらまだ迎えていない、午前四時過ぎ。そっと部屋の襖が開かれ副担任の女性教員が入ってきた。皆を起こさないように息を殺して忍び足で侵入してくるがその気配に陽菜子はゆっくりと瞼を開けていた。そして副担任は部屋の入り口に一番近い場所で寝ていた女子の一人に近づき静かに体をゆらして起こすと、何やら小声で会話したと思うと立ち上がって部屋の外に出て行ってしまった。その時陽菜子はその女子がやたらと部屋の入り口の近くに布団を占領していた事を思い出した。特に深い考えもなく、陽菜子は布団を抜け出すと皆の眠りを邪魔しないように部屋の外へと足を向けた。

 副担任とクラスの女子が向かったのは女子トイレで、陽菜子はその様子をトイレの外から見つめていた。しばらくすると二人がトイレから出てきて会話をしているのに気づく。どうやら早く部屋に戻って早く寝なさいと言っている様だった。トイレから出てきた女子の顔が赤くなっていたことから陽菜子は女子が副担任に変なイタズラをされたのではないかと疑った。女子児童に対し変な行動をとる教師というのは、男性だけではなく女性の教師もいるという噂を何処かで聞いたのを思い出していた。女子と副担任はトイレの出口で別れると女子は部屋へと戻り、副担任は教員が泊まる部屋の方へと歩いて行った。陽菜子はそこでふと、副担任の手に先ほどにはなかったビニール袋がぶら下がっている事に気づいた。副担任は教員部屋の前に出されていた、おそらく飲み会か何かの後の残飯やゴミを集めるためのゴミ箱の中に手にしていたビニール袋を捨てると、今度は別の児童が寝ている部屋へと歩いて行った。まるで探偵の様な事をしている自分に対し軽く興奮覚えていた陽菜子は副担任がいなくなったのを確認すると先ほどビニール袋を捨てたゴミ箱へ近づき辺りをよく確認してから袋の中を確認した。

「あっ……」

 陽菜子の口から小さく声が漏れた。袋の中には女児用の紙おむつが入れられており、薄い黄色に変色した様子から先ほどの女子がおねしょをしていた事が分かった。陽菜子の心臓は鼓動を打って高まり、紙おむつを手にしてみるとおしっこを吸った重さと独特の酸っぱい臭いが鼻をついた。脱いだばかりなのかまだ温かい。来年には中学生になる女の子がいまだにおねしょをしており、それを防ぐために紙おむつを履き、汚したそれを副担任に処理してもらっていたという事に陽菜子はショックを受けると同時に自分の事でも無いのに頬を赤らめた。おねしょなんて小学校に入る前にはしなくなり、それこそおむつなんてしっかり触ったことすら無かった陽菜子にとってそれは衝撃的な出来事だった。こんな身近にまだ寝るときにおむつをして寝ている同級生がいるなんて想像だにしていなかった。

 その後、部屋に戻る途中で見回りの教師に見つかり、トイレのためだと誤魔化し部屋に戻った。先ほどの女子は既に寝息を立てていたが、陽菜子は興奮と先ほど手にした紙おむつの感触が忘れられずそのまま起床時間を迎えた。

 修学旅行中はその女子の事がずっと気になり、夜もなかなか眠りに就くことができなかった。何故自分がこんなにも心を乱しているのか分からなかった。もちろん自分はおねしょなんかしないし、おむつの世話になる様な事もないし、赤ちゃんじゃあるまいしトイレだって一人で行ける。それに両親がいない自分にとっておねしょをしたからといって叱られたり怒られたりされる事はないが、きっと祖父を心配させてしまうだろう。そう考えて修学旅行から帰ってしばらくしてから陽菜子はその時の事をすべて忘れようと心に決めた。それから間もないうちに祖父の容態が悪くなり病院と家を往復する生活が始まって、文字通り頭の中から修学旅行の一件は消し飛んでいた。

 

 上水流陽菜子は目が覚めてから体内時計の感覚を失いつつあった。今自分がどれだけ寝ていたのか、ぼんやりと部屋を見回しただけで何秒経ったのか、一時間、一分、一秒という時間覚が曖昧になっていた。今が夜なのか朝なのかはもはや分からない。部屋は少し暖かい程度の温度で調節されており、ぬいぐるみやおもちゃを弄っていると多少は気を紛らわす事ができた。食事も朝食や晩飯でメニューが変わる事も無く、大抵はペースト状のベビーフードか幼児向けの消化しやすいメニューだった。

 古賀坂琴葉には心を完全に開くことはできなかったが、おむつを替えてもらったり食事を手伝ってもらうことにはある程度慣れ、言葉も多少ではあるが口に出せるようになってきた。

 陽菜子が目覚めてから八度目の食事が済んだ時だった、琴葉が真剣な面持ちで陽菜子に語りかけた。

「陽菜子ちゃん……急にごめんなさい、今のあなたは病気でこんな生活を送っているけれども、いずれは外の世界と向き合わなければいけないの……だから今の自分がどの様な変化が起きているのかを分かってもらいたいの……」

「…………」

 琴葉の台詞に対し陽菜子は何も言うことができなかった。ふと姿身を見ると自分でも情けなくなる姿恰好をした大きな幼児がこちらを見ている。涎かけには食事が零れ、口の周りもうっすらと汚れている。とても大学生とは思えない自分の姿に涙がこみ上げてくるが、陽菜子はそれをグッと耐えた。

「私も何かの用事で外出しなくちゃいけなくなるかもしれないし、かといって陽菜子ちゃんを一人にすることも出来ないわ……だからあなたをリハビリのためにも一時的に預かってくれる保育所に連れて行こうと思うの」

 保育所という単語に自身が幼児と一緒に戯れる場所に入れられるのかもと陽菜子は一瞬想像して背筋が冷えたが、話を聞くとそうではない事が分かった。

「あなたのように、元は学生として生活出来ていた子たちが何かしらの影響で幼児退行かそれに近い症状になってしまった場合にリハビリや自立の面倒を見てくれる施設があるの」

 リハビリや自立と聞いて陽菜子は二つ返事で顔を上下に揺らして賛同した。しかし、それを見た琴葉は難しい顔をした後、眉間にしわを寄せながらほほ笑んだ。

「そういう反応をしてくれると思っていたわ……じゃあ陽菜子ちゃんが今どれだけ退行現象が起きているのか、どれほどの大人としての悟性があるのか検査しなくちゃならないの……それでも大丈夫?」

 何が大丈夫なのかと陽菜子は首を傾げた。今の惨めな自分から少しでも元の生活に戻れるのであれば、多少の恥辱や慙愧な思いなどこのまま酔生夢死な暮らしを送るよりか何倍もマシだった。

 そんな陽菜子を見て琴葉は決心したように食事を片づけて検査の準備を始めた。準備と言っても陽菜子をベビーチェアに座らせたまま、テーブルの上にプリント用紙三枚と鉛筆、消しゴムにストップウォッチを用意しただけだった。プリント用紙は裏返しになっており、中身を確認することはできない。

「陽菜子ちゃんには今から二十分間でプリントに出題されている問題を解いてもらうの、これで今の状態を数値として表して陽菜子ちゃんが入るクラスが決まる、いいかしら?」

 目で確認をとると、陽菜子は多少の緊張はしていたものの自信ありげに頷いた。鉛筆も、意識を取り戻してからある程度感覚を取り戻していたので掴むことができた。そしてしばらくの間があった後。

「よし、じゃあスタート」 

 琴葉は開始の合図を出すと握っていたストップウォッチをスタートさせた。

 陽菜子は不器用ながらにプリントを裏返し、慎重に鉛筆を握ると問題に取り掛かった。

 

 プリントをめくってほんの数秒だった。ほんの数秒で陽菜子は自分に起きた変化を肌で実感した。今までは肉体的な変化に戸惑っていたが、自分がどう変わってしまっていたのか理解していなかった事に気付いた。

 文字が理解できない。

 プリントに記載されている文字はほとんどがひらがなで難しい漢字は使われておらず、しかも全てにルビがふってあったが陽菜子は自分の読解力の遅さに息が詰まった。

 問題自体は簡単なものだと自分でも分かるのに、一文字一文字を認識して文章を把握するのが困難になっている。解答を導き出す以前の問題だった。こんなにも脳をフル回転させているのに、以前は流すように読めていたはずなのに、今では文字を覚えたての幼児のように文字を読んでも内容がなかなか入ってこない。

 とりあえず少しでも問題を進めなければと思った陽菜子は、鉛筆を持って自分の名前を書こうとしたところで手が止まった。

 自分の名前を漢字で書けない。『かみずるひなこ』と音声で発せられるのに、どの漢字もはっきりと頭に浮かんでこない。薄らとした記憶で紙に書いてもその漢字で正しいのか不安になってくる。結局陽菜子は手を震わしながらひらがなで自分の名を書いた。しかしその字も歪でそれこそ字を書けない幼児が初めて書いたような文字になった。

 陽菜子は泣き出しそうな表情で琴葉を見上げた。しかし琴葉は無表情で陽菜子を見つめると口を開いてあと十五分と言うだけだった。

 今思えば何故この部屋には文字がどこにも無いことに気付かなかったのだろう。日本語もアルファベットも数字も、あらゆる文字がこの部屋から取り除かれていたのに、自分はそんな事にも気付けなかった。言葉が発せられない時に筆談で意思の疎通を図ろうと考えもしなかった。それ以前に文字を読もうという発想さえ起こさなかった。

―うそよ……うそうそっ……こんなのってない!!だって……こんな問題が解けないはずないのにっ……!!少しパニックになっているだけだから!!―

 混乱と不安によって手のひらに汗が滲む。震える手で問題を解こうとする。プリントの一枚目は簡単な国語の問題だったが、ぼんやりとした思考で答えを導き出して書こうとするのだが、その文字が日本語として正しいのかも自分では分からなかった。

 二枚目は算数、文章問題に加え、足し算引き算、簡単な掛け算など小学校低学年で出される問題だったが、文章問題では意味を全く理解できず、二桁にも満たない足し算引き算も指を使って数えなければ解けない自分がとても惨めに思え胸が苦しくなる。五の次がいくつなのか六の次がいくつなのか、一から順番に数えなければ思い出せなくなっている。

 三枚目は中学入試用の問題で、陽菜子はプリントを見つめた途端目の前が真っ白になった。そこでタイムアップになりストップウォッチがアラームを鳴らした。

「そこまでね」

 琴葉が語りかけると無残な結果となってしまったプリントを取り上げようとするが、陽菜子はそれを見せまいと掴んだ。

「いぁっ……やぁっ……いぁぃぇ……」

 目からは大量の涙が溢れてきてプリントに染みを作る。今まで自分が作り上げてきたものが崩れ去った様な感覚に、陽菜子は足が地に着かず、息も上手く吸えず、まるで自分の体では無くなってしまった様な奇妙な錯覚さえ感じる。これまで何度か流していた恥ずかしさからくる涙とは違う、今まで自分が生きてきて培った造詣を失っていた事への涙だった。何故テストを受ける前の自分があんなに自信を持っていたのか疑問を覚える。それほどまでに陽菜子の知能は低下していた。

 嫌がる陽菜子の手からプリントを奪い、琴葉はテスト結果に目を通して行く。陽菜子の涙は量を増し、ショックからか下半身が生温かいものが広がっていくのを感じた。

「テストの点数は発表したほうがいいかしら?」

 琴葉の問いかけに陽菜子は両手で顔を覆い、首を横に振った。何も残されていない自分に気づき少し前までには持っていた希望を失いかけていた。

 そんな陽菜子を琴葉は優しく両手を回して頬を寄せた。背中を撫でて落ち着かせ、泣きやむまで頭を優しく撫でつけた。しばらくして泣きつかれた陽菜子はそのまま眠ってしまい、琴葉は陽菜子を椅子から降ろすと横へ寝かせておむつを取り替え始めた。

「可哀そうに……体も頭も赤ちゃんになってしまって……」

 琴葉は手を動かしながら眠っている陽菜子に問いかけた。

「それなのに心だけは大人のままだなんて……そんなの苦しいだけよね……」

 自分に対し無防備な姿を向けている陽菜子に琴葉は自分の奥が熱くなっていることに気付いた。

「体も頭も心も全部、赤ちゃんになっちゃえば楽になれるよね……陽菜子ちゃん……ゆっくりと小さな頃に戻っていきなさい……じっくりと今の自分を味わう事が出来れば過去の辛さなんて忘れられるはずよね……そうよね……」

 どこか自分に言い聞かせるように呟く琴葉の目は何も捉えておらず、ただただ怪しく輝くだけだった。

 

まえ                                             つづき