そんな陽菜子の頭を撫でながら琴葉は新しいおむつに取り替えていく。陽菜子の涙が少し収まってきた頃には新しいピンク色のおむつカバーに取り替えられロンパースの股ボタンを止められていた。

 ひっくひっくと泣き止め方が分からない陽菜子に対し琴葉は慰めるように優しく声を掛けた。

「大丈夫、不安なのは分かるけど私が全部面倒見てあげるから……私のことをママだと思って接してくれていいのよ……だって、あなたは自分じゃ何もできない赤ちゃんなんだから……食事も着替えもお風呂も全部私がしてあげるから安心して……」

 そう言うと琴葉は自分の胸に陽菜子の頭を抱き寄せた。人の温かさ、心臓の鼓動、心の何処かが満たされていくような心地よさに陽菜子の目が陶酔したようにとろけていくが、何もできないという言葉で我に返り力の入らない腕で無理やり琴葉を押しのけた。

「……そう……そうよね、まだ自分じゃどんな状況になっているのか分からないものね……時間を掛けてゆっくりと最善の方法を見つけ出しましょう……」

 先ほどと違い何処か寂しそうで冷たい口調で琴葉が呟く。その時上半身を起こしたままの状態でいた陽菜子のお腹からきゅるるるると可愛らしい音が部屋に鳴り響いた。

「……フフフフ……あらまぁ、お腹が空いちゃったのね、今何か食事を持ってくるから陽菜子ちゃんはこのお部屋で待っていてね」

 琴葉が立ち上がり部屋を出て行くと陽菜子は心を落ち着かせ、ようやく今の自分がどの様な状況に置かれているのか把握してきた。自分が病気で倒れ、親類もいない自分の世話を古賀坂琴葉がしてくれていた事。そしてこれからの自分の身辺についても色々と手伝ってくれると言ってくれた事。先ほど自分が琴葉にした行為がそれこそ子供の駄々の様に思え、自分の世話をしてくれていたのに悪い事をしてしまったと少しだけ心を痛めた。

 陽菜子は無理を承知でゆっくりと立ち上がろうとしたがやはり足に力がはいらずバランスを崩し尻餅をついた。幸いながら厚いおむつがクッションの代わりになり痛さは感じなかった。

 そして声を出そうと適当な単語を口にするが、出てくるのは自分でも理解してもらえないと分かる程、言葉として完成していない喘ぎ声だった。さらにその声が実際の赤ちゃんのような喋り方になってしまい余計に羞恥と思い通りにならない苛立ちを募らせた。

 そうして自分に対し落胆していた陽菜子の目に入ってきたのは数メートル先に掛けられていた姿見だった。陽菜子は自分自身が今どのような姿になっているのか純粋に確認したくハイハイをして姿見の方へと移動した。

 ハイハイという四つんばいの移動でさえ上手くできず、はいずるようにして姿見に近づき鏡面に両手をついて上半身を起こし自分の姿を確認した。

「……あぶぅ……あぇしぇぃ?」

 これが私?と思わず呟いた陽菜子の目に映ってきたのはあられもない自分の姿格好だった。

 フリルのついたピンク色のロンパースはスカート部分が細かい花柄模様になっており、襟や袖口も小さな女の子が好むような可愛らしく彩られている。下半身に目を向けると不恰好なまでにお尻が膨らんでおりスカートの裾からもロンパースで包まれているとはいえおむつの膨らみが見えてしまっている。おむつを取りかえやすくするためとはいえ、あまりにも隠すことのないデザインは大人が着るにはとても情けなく見えた。さらに立ち上がることができないので、誰かが陽菜子を後ろから見下ろせば、この恥ずかしいおむつ姿がはっきりとバレてしまうだろう。そしておむつが厚く当てられているため足は閉じる事ができず、それはまるでまだ足を閉じる事のできない幼児の様で陽菜子をより惨めにさせた。

 そしてセミロングまで伸ばしていた髪はボブアレンジにカットされており、以前は自分のコンプレックスであった丸い童顔に対し髪を伸ばし輪郭を隠すことで大人っぽく誤魔化していたのが、頬のラインからスッキリとカットされ、さらにこの子供の様な髪型のせいでより幼さが演出されていた。

 自分の姿を見つめてポカーンと口を開けたまま鏡を見つめるその姿は遠目から見ればおむつの外れない幼児そのものであったし、近くによっても少女趣味のある小学生女児ぐらいにしか見えず少なくとも大学に通う成人した女性には到底見えなかった。

 そして呆然としていたところに部屋の扉が開くと、琴葉がお盆を持って戻ってきた。

「あら、自分のお洋服を見ていたのかしら?可愛いでしょう?おむつを取り替えやすいロンパースにしたのだけれども市販の物は可愛いデザインが無かったからとある子供服のお店に特注で作ってもらったのよ、気に入ってもらえたかしら?」

 笑みを浮かべて琴葉が自分をこの様な容姿に仕立てたことに対し陽菜子は声を上げたが意味が通じるはずもなく、琴葉も喜んでもらえてよかったわと聞く耳を持たなかった。

 

 食事を載せたお盆は部屋にあった少し高めのリビングテーブルに運ばれ、琴葉はそこにテーブル付きのベビーチェアを運んできた。しかしベビーチェアといえどもサイズは明らかに大きく、それは陽菜子が使用するために運ばれてきたという事は一目見て理解できた。

 小柄な陽菜子を琴葉は楽々と掲げてベビーチェアに座らせると腰の部分をベルトで固定させた。足元は落ちないように両足の間に滑り止めが付けられそのせいで足は自然と開脚状態になり、ロンパースで隠れているとはいえスカートの奥にあるふっくらと膨らんだおむつ姿が晒され陽菜子はどうしようもないこの状況に顔を赤くしてしまい迷妄を隠せないでいた。

 ベビーチェアのテーブルに載せられてきたのはコーンスープ、ナポリタン、チキンライスにポテトサラダとまるでお子様ランチの様なメニューであった。そして食事を乗せた食器も、りんごジュースが注がれたコップも、箸もスプーンもフォークも全てがプラスチック製で動物がデフォルメされているイラストが描かれた子供用のものであった。

「これは普通の大人の食事だと陽菜子ちゃんの弱った胃が受け付けないから栄養のバランスを考えて消化しやすいメニューにしてあるのよ?食器も不器用になっている陽菜子ちゃんが怪我をしないために用意したものなの、だから遠慮しないで食べて頂戴ね」

 辱めを受けた気分になっている陽菜子に対し琴葉は満面の笑みを浮かべて食事を勧めようとしてくる。陽菜子もしばらくジッとしていたが空腹には勝てず箸に手を掛けてさっさと食事を片付けようとしたのだが。

 ツルッ

 掴もうとした箸は手から滑り落ちチャイルドチェアの下に落ちてしまった。今の陽菜子には箸を片手で器用に動かすだけの器用さと握力が足りておらず、二本の箸を上手く使い食事することなど到底不可能であった。

「お箸は私が拾っておくわ、スプーンとフォークがあるからそれを使ってみて」

 琴葉に言われ仕方なくスプーンを持ちコーンスープを救い上げ口に運ぼうとする陽菜子だったが、救い上げた先からスープは零れ落ち口まで運ぶ事が出来ない。一般人には簡単なスプーンの面を水平にしたまま口に運ぶ事すら今の陽菜子にはかなり労力のいる作業であった。スープを落としながら口に運んでも喋ることすら上手くできない口は、口元からスープが垂れ陽菜子の口元を汚していく。こんなにも難しい作業を以前の自分……いや、そこらの子供でも出来るという事が信じられないほど難しく、集中力を必要とした。

 ナポリタンは麺が太く作られていてもボロボロと零してしまい、やっと口に含んでもすする様にして食べるのでソースが口周りを赤く染めていく。チキンライスやポテトサラダも同様で、そのたびに陽菜子はムキになって食事を口に持って行こうとし、気がつくとテーブルの上はグチャグチャに散らかり口元や頬はおろか着ていたロンパースの胸元にはソースのしみや零したパスタで前衛的に描かれており、挙句の果てには飲もうとしたりんごジュースを倒してしまい散々たる食卓になってしまった。

 ふとさっき自分の姿を確認した姿見を見るとそこにはまるで食べ物で遊び顔を汚してしまった赤ちゃんのような自分の姿が目に入り、陽菜子は情けなさからこみ上げてくる涙を必死でこらえようとした。

 そんな陽菜子の食卓を見て琴葉は片付け始めながらそっと陽菜子の頭を撫でた。

「ほら、今の陽菜子ちゃんはきちんと食事もできないんだから……出来ないことは私が手伝ってあげるから無理しないで甘えていいのよ?今零してしまった食事の代わりを持ってくるから少し待っていてね」

 琴葉の暖かい言葉に陽菜子の目は赤く滲んでいたが、それが恥ずかしさによるものなのか琴葉の優しさによるものなのか陽菜子は自分でも分からなかった。

 しばらくしておかわりを持ってきた琴葉は上手い具合に食事をスプーンで適量をすくい上げ陽菜子の口まで運ぶという作業を続けてくれた。度々あーんと子ども扱いするのに軽く嫌悪感を抱いてはいたが料理の味は申し分なく、りんごジュースもストローで飲ませてもらい、空腹は大分満たされ気分も落ち着いていた。

「次からは飲み物はコップじゃなくて哺乳瓶で持ってきた方が零さなくて済むかしらね」

 と、琴葉がイタズラっぽく言うので陽菜子は力いっぱい顔を横に振った。しかしこれじゃあ涎掛けは必要になるわよねぇと琴葉は陽菜子に対し同姓ではなく、それこそ本物の幼児に接するように語り続けた。

 琴葉が食事を片付け陽菜子の顔をタオルで綺麗にしていると、空腹が満たされたせいか眠気が陽菜子を襲い大きなあくびをさせた。手で目をこすり、何とか目を覚まそうとするのだが、睡魔は強烈で少しだけうとうととすると陽菜子はベビーチェアに座ったまま眠りに落ちてしまった。

「あらあら、このままじゃ元の生活には当分戻れそうにないわね……でもいいのよ、あなたは赤ちゃんなんだから……可愛い可愛い私の赤ちゃん……フフフフ……」

 陽菜子を両腕で抱きしめ髪を摩りながら琴葉はお気に入りにのぬいぐるみを抱いた少女の様に頬刷りをしてそっと頬に口付けをした。

 

 眠っている間、陽菜子は不思議な夢を見た。桜の花びらが舞っている。自分の体は今より小さく背中にはランドセルを背負っている。手を握っているのは祖父の温かくてしわくちゃな手だ。そこで陽菜子は今日が小学校の入学式であることを思い出す。どこか気持が嬉しくなり父親と母親を探そうと辺りを見回すがそれらしき人物はどこにもいない。

 周りの入学式に出る子供たちにはみんな父親か母親がいて写真を撮ったり、抱っこされたりしている。そこで陽菜子は祖父と一緒にいるのが急に恥ずかしくなり、歩いていた足を止めてしまう。そんな陽菜子を祖父は何も言わずに頭をなでてくれた。陽菜子の両親は、陽菜子がまだ物心付くか付かないかという時期に亡くなっている。でも夢の中で陽菜子は何処かに二人が居るような気がして泣きそうになりながら辺りを探し回る。もう二人の顔もよく思い出せないのに必死で見つけようと駆け回る。しかし居るのは自分と同じ年齢の子供たちと、その両親たちだけだ。そこで陽菜子は耐え切れなくなって立ち止り顔を地面に向けて静かに泣いた。さっきまで胸に抱いていた入学への期待や心のはずみは消えてしまい、残ったのは皆にはいる両親が自分にはいないという疎外感だった。

夢の中で陽菜子は祖父に抱えられ、胸を締め付けられる侘しさに耐えながら、心の奥底にその気持ちをしまおうとしていた。

 

 陽菜子の睡眠サイクルは昼間に関しては二時間起きて二時間眠り夜は十時間以上を眠るが途中で何度か目が覚めるといった具合である。しかし陽菜子本人は自分がどれほど眠っていて、どれだけ目覚めているのかは把握していない。

 眠りに落ちた陽菜子が目覚めたのは食事を済ませてから二時間半ほどしてからであった。

 気がつくと先ほど着ていたロンパースは脱がされ変わりに上はイチゴ柄のトップスだけに着せ替えられていた。おかげでへそから下はおむつしかつけておらず、見るだけでも恥ずかしいおむつカバーが強調するように下半身を包み込んでいた。

 食事やチャイルドチェアは全て片されており、時おりカランカランという音が響いてくるので天井を見上げるとメリーサークルがクルクルと周り、それに付いているおもちゃの楽器が音を鳴らしていた。

 陽菜子は動いてくれない体と上手く回らない頭で部屋を見回しおかしな事に気づいた。

―あれ?……この部屋には時計と窓が無いのかな……―

 陽菜子が今居る子供部屋は今が何時なのか、外の風景がどうなっているのかが一切分からない様になっていた。あるのはぬいぐるみや積み木といったおもちゃ、そしておしゃぶりやおむつや着替えといったベビー用品ばかりでそのどれもが実際の物よりも少し大きめに作られていた。おかげで陽菜子は本当に自分の体が小さくなってしまった様な錯覚に囚われた。

 部屋をハイハイで動き回り、ドアノブを回そうとしたが部屋には鍵が掛かっており外に出ることは出来ない。壁を叩いても反応はないし、他に抜け出せそうな箇所もない。どうしようもない状況下で陽菜子が途方に暮れていた時、一瞬だけブルッと体が震えた。

 陽菜子はこの感覚を過去の記憶を失っていてもしっかりと覚えていた。お腹が締め付けられる様なこの感じは紛れもなく尿意であった。今までは眠っていた間に無意識におねしょをしていたが、目が覚めている状態で感じたのは意識を取り戻してから初めてであった。自分でも信じられないほどじわじわと尿意は高まり、意識してから一分もしないうちに、今にも漏れ出してしまいそうなほど限界まで来ていた。太ももをすり合わせて堪えようとするが厚く当てられたおむつが邪魔して上手く力が入らない。両手をおむつの上から押さえつけ何とか漏れない様にするのだが脂汗が滲み体は震えて目には涙が滲んでくる。

 ガチャッ

 その時、部屋の鍵が開いて古賀坂琴葉が入ってきた。陽菜子が両手を股間に押さえつけているので不思議そうに首をかしげる。

「あら、どうしたのかしら陽菜子ちゃん。お腹でも痛いの?」

 わざととぼけているのか陽菜子の様子を面白そうに眺めている。

「うぃ……ちっちぃ……うぇぅのぉ……」

 ボーっとしてきた頭で頑張ってトイレに行きたいことを口にするが出てくるのはやはり喃語であった。しかし。

「ちっち……?あぁ!おしっこしたいのね陽菜子ちゃん?」

 おしっこという単語にドキリとしたが、意思が通じた事に対し首を縦に振ってその通りだと伝える。だが琴葉は何も手助けしようとしない、陽菜子が尚も声を出して訴えると諭すようにしゃがみこんで答えた。

「そんなに不安な顔をしなくても大丈夫よ、陽菜子ちゃんにはお漏らししてもいいようにおむつを当ててあげているんだから、我慢せずにおしっこしちゃっていいのよ?」

 耳元で囁く様に陽菜子へ伝えたが、陽菜子は嫌だといわんばかりに今度は首を横に振る。折角お漏らしをせずにトイレまで連れて行ってもらえると思っていたのに、まさかおむつを汚すことを勧められるとは思ってもいなかった。

「あらどうしたの?……あぁ!おしっこしたいのに上手く出せないのね!だったら私が手伝ってあげるわね!スッキリしたいよね」

 そうじゃないと首を横に振り続ける陽菜子の行為を無視して琴葉は後ろに回りこむと抱き上げるようにして陽菜子の足をカエルのように開脚させた。

「ぁあっ!!っ……ぅはぁっ!!」

 もう後何秒も我慢できない状態の陽菜子に対し今度は琴葉の手がおむつと下腹部に回ると、その上からぎゅうっと力強く押し付けた。

「!!」

 しょぉ……っ

 琴葉の手が陽菜子の膀胱を圧迫させ、ボールから空気を抜く様に、少しだけ陽菜子の秘部から水が漏れ出しおむつへと吸収されていった。

 しょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ

 一瞬、ほんの一瞬だった。少しだけ秘部から漏れただけで決壊が壊れるには十分のきっかけとなった。だんだんと強まりながら尿は体外へ排出され、それはじゅくじゅくとおむつに吸収され下腹部に不快感を与えながら膨らんでいく。

 陽菜子は小声で、放出する快感と今まで経験した事の無い欲求の流露した喘ぎを喉から鳴らした。手は琴葉の服を握り締め、足の指に力を入れて、このとろけそうになる感覚を何とか耐えようとしていたが、股間はジンジンと疼き頭は真っ白になっていく。口元から涎が垂れている事すら気づかない。

 尿量は然程多くなく、僅か十秒ほどで排尿は終わったが陽菜子にとっては無限とも思える十秒であった。

 全てを出し切り、気持ちよさと下腹部に感じる不快感が徐々に頭を冷まさせていった。顔を上げると琴葉がよしよしと頭を撫でており、ようやく陽菜子は今自分が何をしてしまったのかを実感した。

「ふぇ……っ……ふぇぇぇぇぇぇ……」

 気づいたときには涙が止め処なく零れ落ち、声を漏らさないようにと胸に力を入れるが感情がそれを無視して喉から情けない声を響かせる。

「おしっこしてお股が気持ち悪くなっちゃったのねぇ、それじゃあママが綺麗にしてあげるから移動しましょうねぇ……」

 実際陽菜子が泣いているのは気持ち悪いからでもおむつを汚したからでもなく、尿意を意識して我慢して我慢した挙句にお漏らしをしてしまったからであり、そんな自分が情けなく記憶に残っていた大人としてのプライドが粉々に砕けてしまったからであった。

 

まえ                                             つづき