自信も頭脳もプライドも全てを失って私は家に戻った。こんな時でも湧き上がってくる性欲が憎かった。部屋で自慰を終えてぼんやりと外に出ていると、A高の友達だった坂本小春が通りかかった。一日会っていないだけなのにとても懐かしく感じ、思わず声を掛けようと近寄ると、彼女は私の制服を見るとおびえた表情をして行ってしまった。きっと今の私は頭の悪いバカ商の生徒で、きっと小春も私がA高で勉強を教えていたことなど覚えていないのであろう。心が締め付けられるように痛くなりうずくまっていると薄手アスナが自転車に乗って帰ってくるのが見えた。

「あれっ?コトネさん、どうしたんですかこんなところで?」

「…………これはあなたの仕業なの?」

「仕業って何がですかぁ?」

「私が漠下商業の生徒になっている事について何か知っている事はないの……?」

「知っているも何も、コトネさんがそういう風になるように契約したんじゃないですかぁ」

「えっ!?」

 ……そういう風?契約?何が?何を言っているの!?

「まぁ可哀想なのでそろそろ教えてあげますねぇ、大分低下も進んだと思いますし……ほら、これ見てください、あなたのサインじゃないですかぁ」

 彼女が鞄から取り出したのはこの間私が書いた引っ越しの書類だった。

「そ、それが何だっていうのよ!?」

「紙に描かれているこの黒い枠って実は文字になっているんですよぉ、アラビア語なんですけどねぇ、これって悪魔との契約書なんですよぉ、嘘みたいですよねぇ、でも本当なんですぅ……日本語で書かれている部分には何の意味も無かったんですけどねぇ」

「ア、アラビア?悪魔?何を言っているの!?分からない!」

 ふざけているのか、彼女の笑顔に対し無性に腹がたってくる。

「そりゃあ、コトネさん知性はほとんど無くなってしまったから分からないのは仕方ないのかもしれませんねぇ、でも代わりに女性の喜びを知ることが出来たじゃないですかぁ」

 一瞬で昨晩や学校で襲ってきた欲求とそれに答えるしかなかった自分の姿を思い出す。

「そ、それもあなたの仕業っ!?」

「だからぁ、私じゃなくてコトネさんが契約したんですよぉ」

 すると彼女は模様の様な文字の意味を説明しだした。

「これは、サインをした互いの持つものを入れ替える、契約者Aは己の持つ知識を、契約者Bは己の持つ色情欲を、両社とも大半を相手へと捧げそれによる世界の変化を認める、要約するとこんなところですかねぇ、もちろんAはコトネさんでBは私ですねぇ」

「そんな勝手に……お、お願い元に戻してっ!!馬鹿になんかなりたくないのっ!!」

「戻してって言われても、もう交換しちゃいましたし、なりたくないって言われても、もうなっちゃってますしねぇ……」

「そ、そんなぁ……こんな落ちこぼれの劣等生みたいな生活を続けるなんて……少しでもいいから元に戻してください……!!」

「フフフ大丈夫ですよ、知力って学べば増えるものじゃないですかぁ……入れ替えて知ったんですけど、以前の私の性欲って強いと思っていたら、じぞくせいせいかんきしょうこうぐんだったみたいです、それで小さい頃から勉強も出来なかったんですけど、今だととうけいがくもゆーえぬでぃーぴーもかんぶんのさいどくもじについても簡単に理解することができるようになったんですよ、女性の喜びが少なくなったのは寂しいですけど、コトネさんもその体で新しい生活を楽しんだ方がいいですよ

 途中から彼女が一体何語を喋っているのか私には分からなかった。どんなに泣きながらお願いしても、条件を出しても、今の状況が覆る事は無かった。

 私は訳も分からず契約書の紙を奪い取ろうと彼女に掴みかかった。

「フフフ、この紙を奪い取ろうとしているんですか?でも無駄ですよ……だってこれはもう願いを叶えたタダの紙クズ、あなたが私になにをしてもいらんとうせきですよ」

「イ、イラン!?いいからよこしなさいよ!!」

私は彼女から紙を奪うと怒りにまかせてビリビリに引き裂いた。

「……まぁコトネさんの好きなようにしてくれていいですよ、どうですか、満足ですか?少しは頭が良くなった気がしましたかぁ?私はコトネさんとこれからも仲良くしたいんですからぁ、いさかいはててのちぎりってことでなかよくしましょうよぉ

破いても状況は変わらず、私はなすすべを無くしてその場に座りこんでしまった。もうどうしたらいいのかわからない。何をすべきなのかわからない。きっと全てを元に戻す逆転の展開があるはずなのに頭がそこまで回らない。

「ねぇコトネさん、もういいじゃないですか、今のあなたが何を考えてもえにかいたもち、子供の空想程度なんですから。あなたは以前からバカ商に通っていて私はA高に転校してきたそれでいいじゃないですか、頭が良い私が言うんだから間違いないですよぉ……」

「い……いやぁ……私はA高に通う優等生で……バカ商の生徒なんかじゃ……」

「大丈夫ですよぉ、今はまだ過去の記憶があるから辛いかもしれませんが、そのうち思い出す事も無くなって今の状況に満足すると思いますよぉ、だってコトネさんみたいにいんらんでびたいで自分のせんじょうをあおってもあおり足りない女性はきっと元に戻るよりもそっちの方が大切になっちゃうと思いますしねぇ……」

何を言われたのか分からないが、まともな思考は出来ないのに体から湧き上がる欲求がジンジンと疼きだしてくる。その様子を見てとれたのか、彼女はそっと勉強を教えて欲しかったらいつでも呼んでくださいねぇと耳打ちすると高笑いながら去って行った。

 

私はその後、私がA高に通っていた時の記憶を持っている人を探したり、悪魔やらそういったものに詳しい人を探したりした。何とか以前の学力を取り戻そうと参考書と向きあったり、教材を買ったりもした。

だがしばらくしたらそんな事すらどうでもよくなってきてしまった。今の私が周りに向かって私はA高生徒だ悪魔だ契約だと叫んでもただの可哀そうな子にしか見られなかった。私が失った物はでかく、それを埋めるため彼女から引き継いだ欲求は過去のプライドを忘れさせるほどの強烈なものだった。

勉強をしようとしても湧き上がる肉欲が邪魔をする。集中する力も記憶する力も以前より低くなってしまっていたので何をするにも捗らない。過去にA高に通っていた事すら事実かどうか曖昧になってくる。私一人が元に戻ろうと苦労をしても、世界は私を愚鈍で頭の悪い女子高生としか扱ってくれない。そして私はそこからどうすればいいのかもわからなくなってきてしまった。

 

 立場が変わって数日も経つとニュースの難しい話題や新聞の一面など理解できなくなってきていた。たまに何かから凄い発見をしたり、新しい事を覚えたりしたがそれは世間からすれば一般常識であって皆がそれを知っている事にとても驚いた。おそらく以前の私はそれも覚えていたのだろうが過去の記憶が失われていくのに私は気付いておらず残っているのは優等生だったという記憶とプライドだけだった。

それでも最後の最後まで私がバカになってしまったという事を認めたくなかった。しかし複雑な計算や文章に対し体が拒否しようとする。今まで勉強をできない人がどうしてしないのかという理由が少し分かった気がする。自分が理解できないものは体が拒んでしまうのだ。知らないという恐怖を本能が退けてしまう。

 過去の私が今の私を見たら、バカでノロマでグズだと嘲笑っていたかもしれない。いや、きっとそうだ。でもそれでも、私は何とか過去の自分についていこうとする。バカでノロマでグズでも何かしらの希望を持っていかなくちゃならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれから一カ月、わたしの生活スタイルはきょくたんに変わってしまった。本をよむじかんはとてもへっちゃったし、がんばって、つくえにむかってもスグにムラムラしてきて手がのびちゃう。へやには大人のおもちゃが多くなり、そういう本もふえた。ってか、しょうせつはかんじがむずかしいしぃ、文字だけ見ても意味がわかんないから、マンガを読んでるほうがおもしろい。ガキが見るもんかと思ってたけどぉ、女がかっこいい男とキスをしているシーンはけっこうムラムラしちゃう。ひとりエッチじゃたんなくなって学校では男子とのかんけいがとても増えたし、先生ともかんけいを持つようになっちゃった。でもぉそれでもたりないときがあるので、家で一人ですることも多いかな。だけど、そういう事をしているととても気持ちいいしみたされているなって感じになっちゃう。町で好みの男せいをみかけるだけで体があつくなるし。そういう男の気を引くファッションもいろいろと覚えた。やっぱ、じみなだけで大人しいより、せっきょく的で明るい感じの方がうけがいいし、それにたまにおこづかいをもらえるし。なんか愛されるととても気持ちがいいということを、いれかえてきづいた気がする。

 それでもやっぱ、少しでも頭をよくしたいため、たまに、きょうかしょのもんだいをするんだけどめっちゃムズイ、以前のわたしってこんなのを必死にやってたんだっけ?私の頭はたりないのでとても大変だけれども、いれかえるまえはとても頭がよかったんだしぃ、いつか元のわたしになれると思う。うん、きっとそう。

そういや、うすでアスナはこの間ひっこしをした。ひっこしの前に私の顔を見ると笑ってありがとうと言ってくれた。むかついて何か大切なことを彼女に言わなくちゃと思っていたけれども、わたしのきょうみのある話をふられたので言いそびれてしまった。

 たまに同い年の子やわたしより小さいガキがわたしを馬鹿にするけれども、そういう人はまだ子供で、大人のよろこびをまだ知らない、みじゅくな人たちだと思っている。べんきょうだけしていて、頭がよくなっただけで大人になったと思う人たち。ファッションも若いときにしかできないこともわかっていない、りかいの足りないやつら。A高のやつらもそう、べんきょうばかりで人生のたのしみかたってもんを全く知らないんだもん。

 この間、ともだちから大人のよろこびをちゃんとした、しょくぎょうに出来ると聞いたのでおどろいた、それなら将来はそれをしごとにしてがんばりたいと思う。わたしがしごとをすれば、いろんな人をよろこばすことができると思ったらワクワクしてきちゃった。だから、これからもがんばりたい、私のしあわせな未来に向かって……。

 

                                              おわり

まえ