リフとマリオン 第2話
黒使い・作
リフとマリオン
黒使い・作
前口上
さて、これから語られるクジャール王国公記(荒唐無稽の贋作とされている)と呼ばれる古文書の中の一部の物語。
その背景を少しでもより多くの事を知りたいというのであればグジャール王朝の中庸の祖であり仲裁王と表され白熊王と字(あざな)されるパリパルロス・カルカンデロス・グジャール三世が統治するグジャール王国の身分制度と王国と国境を接する隣国との関係の説明が閑話休題的ではあるが必要となる。
まずは身分制度。
当たり前の事で、改めて今ふうに表現すると差別制度と称すべきこの代物。
これは古今東西の軍隊的な組織系統と同じでピラミッドの形をしている。
グジャール王国の国王であり国家の主席宰相をも兼任するパリパルロス・カルカンデロス・グジャール三世を頂点とし、その下には王族、僧曹(国教である景教の関係者)、貴族(魔法使い)、平民、そして平民以外と末広がりに続くのであるが、この身分制度の境界はかなり曖昧である。
なぜかと言えば人間が二人寄れば必ずと言ってよい程に上下の関係が出来上がる。
また、人が三人寄ればそれに派閥までもが出来上がるのは人間の性であり、本能であり、宿命であり、それぞれに区分されるそれぞれの階層においてまた個別のピラミッドを形成する事となる。
つまり、身分制度の巨大なピラミッドの中にまた個別の目的を持つ組織のピラミッドが幾つも重なり入り込む形となっているわけである。
その結果。
王族よりも国政に顔や幅を利かし影響力を行使する僧曹(具体的な宗旨は明記されていないが、どうも景教の司祭等らしい)。
王族(傍系が主)や僧曹(若い修道士や尼僧)を財力や国政を担うための権力を行使し己が我欲を満たす為、名目上は相談者や部下として自分の情婦や情夫にする貴族。
王族や僧曹、それに貴族等を財力で買い、暴力で従え、そして己の才覚や才能でそれらをアゴで使う平民が存在する事と相成り統制のある渾沌状態となっている。
で、その下には平民以外の最下層にあたる異邦人等となるであるが、そこでもまた新たなる渾沌状態の身分制度のピラミッドが形成される。
まず、その最底辺の上位を占めるはグジャール王国の国内では仮の国民とされるグジャール王国だけでなく国境の境を越えて隣国のすべてを巡回する者たち。
家畜を放牧させる遊牧民と娯楽を与える事を生業とする流浪民である。
その下の身分と言えば他国にからの無許可で移り住む難民やら流民と言った異邦人。
そして辺境の荒地など開墾や汚く危険な作業の為に集団で集められた罪人となる。
つまり、これもまた身分制度の最下層、つまりピラミッドの底辺においてもピラミッド中に新たな組織のピラミッドが幾つも形成されている事とあいなるワケである。
次にグジャール王国と国境を接する隣国との関係である。
グジャール王国の国土全体の形を表すならば歪な上弦の月の形である。
そして、その上弦の月に似たグジャール王国の国土と国境を接する隣国の公式の数は六カ国で上弦の月に似た国土の北東全体をクルース山脈を国境としてトウ帝国。
月の上部、つまり北部の針葉樹林の樹海のベルトを国境とするロスタン。
月の上部先端部分を接する樹海のベルトを二分してロスタンの西側を支配するガザス王国。
西側、つまり月の弧を描き凸んだ面にそって存在する草原地帯。
そこにはまったく目に見えない国境があり、その草原を西へと流れるカムール川を境にして上部にガザスに国境を接するアフス。
その下の草原地帯とデルビア海に面するイーデア。
そして最後に月の下部の先端。
デルビア海から黒潮が流れ込むライガル湾。
そのライガル湾にグシャール王国をほぼ縦断する形に流れるロール川を境にグジャール王国と国境を面する小国で海の民草を実質統治する海洋国家のミルマ−となる。
そしてもう一つ忘れてはならないのが公式には存在しない国。
ロール河のやや東の河口の三角州。
そこを人の手で埋め立てて作りあげられた作り上げた小さな半島。
七つ目のピースとなる国名なき国。
トウ帝国とミルマー、そしてグジャール王国と仮の国境を接し、グジャール王国の一部とし直轄される元流刑地。
異邦人と罪人の吹き溜まりのウーラン自治区である。
今回の物語はこの国境が三つ巴となったウーラン自治区での『リフとマリオン』。
グジャール王国の国内でのイザコザやら勢力争い、はたまた隣国との外交問題まで、つまり、戦争、内戦、内紛、暴動、喧嘩、諍い、争い事。
それらの隠語あるいは比喩的な表現としてグジャール王国内で流行する『リフとマリオン』言う言葉とその語源の元となる二人。
今回はその二人が……。
……先に述べた身分制度の最底辺の民衆が川の澱みに溜まる流木や塵芥ごとく意図的に、自発的に、政策的に集まり集められたそのウーラン自治区での騒動。
その騒動の中、リフとマリオンの二人が薮を突いて這い出させた毒蛇の話である。
第2話 お馬のマリオン
プロローグ
儀式が始まる。
お義父さまの口が動き始める。
厳かに太く強く低く通る言葉が辺りに響く。
「決して罪なき者の血を流すな。だが悪を行う者の血は川のごとくに流せ…」
私はそれを見守る。
見守るだけ。
私には儀式に参加する事はない。
いつも片隅で見守るだけ。
街の片隅の暗がりや闇の中で繰り返し行われる儀式に私は参加させてもらえない。
なぜなら私は魔物の血を引く化物なのだから。
心は神に帰依しようとも魔性の一部をこの体に持つ者だから。
「……黒い翼を広げし我らはアンゲロス(訪れる者。天使)。神の鉄槌と化して汝に裁きと報いを与えん者」
お義父さまの声が続く。
「同志諸君。この審問は我々の存在を唯一明かす場である。我々一族、同志、兄弟たちは今から起こる事の神の証人となるのだ。そして、よく見守り、よく学び憶え、この聖なる使命を我らは死するまで遂行し続けるのが神の命である」
お義父さまは細い銀ナイフを取り出しうやうやしく神の子の姿を象眼した柄の部分に接吻する。
そしてナイフを握ったままにお義父さまは向き直る。
魔女に。
私の魔物の部分が探り出し見つけ出した魔女に。
全裸に剥かれ陰毛を剃り落とされ、悪魔との契約のイレズミを探る為に体中の黒子やシミ、傷跡、痣に太い針を何度も打たれて魔女の印を探られ全身から無数の細い血を流す魔女に。
細い張形を女の部分に突き入れられても乙女の証である鮮血が流れる事がなかったので少なくとも姦通の罪で斬首の刑からは逃れる事が出来なくなった罪人に。
淫乱でスベタな妖婦で悪魔の情婦である魔女の確認の為に釘鋲が付いた鞭で乳房や尻を鞭打たれながら屈強な修道士の集団に女の部分と尻の穴を貫き抉られてヨガリ狂いながら自ら魔女であると認め自白し失神した血みどろの少女に。
司祭でもあるお義父さま自らが祝福を与えて聖水となったオリーブ油を無理矢理に上の口からは漏斗で飲まされ、鍛冶屋が使うフイゴで尻の穴からも同じ様に大量のオリーブ油を注ぎ込まれて臨月の妊婦のように腹を膨らまされたままに苦悶する魔女に。
その口から神を冒涜する言葉が漏れないように猿ぐつわをされて。
魔女の邪眼の魔力を封じる為に目隠しされて。
修道士たちの腕力を持ってその体を軽々と持ち上げられ、立ち木にから下がる石綿に包まれたロープを首に巻かれ、堆く積まれた生木の薪の山の左右に置かれた二つ空の樽に大きく股間を広げてその少女は跨がされる。
生きたままに焼かれる為に。
修道士の一人が積まれた薪の上の小さなロウソクに火を灯すとお義父さまの言葉がまた辺りに響き始める。
「良く聞け。主は貧困も飢えも許される。主は怠慢も堕落も許される。不正や不義をはたらく者をもだ」
お義父さまが接吻したナイフが刃を手前にしてサーベルグリップに握り直される。
「…だが魔女は許されん。悪魔に魂を売り渡し愚劣な快楽だけを求めるシモベとなった者を見過ごしはしない。そして我ら同志。煉獄や地獄の果てであろうと我らは魔女を追いつめ、ひとり残らず殺し尽くして血と屍の雨を降らせてやる」
お義父さまは両足を大きく広げたままに閉じる事の出来ない魔女に語りかける。
「この世に悪行、悪業、悪事、悪徳、罪悪の種を撒く堕天使の王シャイターン(サタン)。その悪しき手や腕やその指となりてその種から果実をたわわに実らす女農奴。そしてまたその果実から種を集めて撒き散らす邪悪なる諸悪の根源……。魔女よ。殺すな。姦淫するな。盗むな。これが神を信じる者の掟。人として神の子として基本的な振る舞い。これら三つの掟を守らず、さかしくも冒涜せんが為に悪魔に生かされている肉の人形でしかない汝らに我らは死の裁きを与える…」
魔女の股間から流れ出て太股を濡らしながら白く糸を引き滴る粘液。
修道士たち。
聖職者の卵たちが互いの股間に祝福を与え合って魔女の胎内に住むの悪魔の魔力を弱める為に注ぎ込まれた聖水。
魔女の体内に住む悪魔の魔力を弱めんが為に尻の穴に注ぎこんだお義父さま祝福を受けて聖水と化したオリーブ油は漏れ出さぬように押し込まれた太い栓。
「罪悪にも程度がある。それが人で軽い罪悪ならば主の御心のままに我らはとがめはしない。だが、それが魔女ならば我らの出番だ」
お義父さまはナイフの切っ先をこの世の諸悪の根源である魔女の肉の合わせ目に、貝の肉に似た肉の花弁に当てがう。
「そして、それは主の純粋なる御心である神の怒り。魔女を切り裂け。焼き尽くせ。殺し尽くせ。葬り尽くせ。亡ぼし尽くせ。そしてその灰は清らかなる聖なる川に流し浄化せよ…」
そしてお義父さまが握る細く緩やかに弧を描くナイフは修道士たちの白い粘液を滴らせたままにヒクヒクと動く魔女の肉の亀裂の奥へと鍔元まで突き立てられる。
魔女はのけぞけり跨いだ樽を蹴って暴れようとするが修道士たちに両足を押さえ込まれままに二つの樽の上で苦悶し身悶える。
「それでは魔女よ。報いを受ける時が来た。キサマが崇める邪神の下に送ってやる」
そして、お義父さまの祈りの言葉が続く。
「我らは黒き天使。邪悪なる魔女を狩りたて封印する。
主のために我らは我らを守り汝ら魔女のすべてを裁かん。
主の御力を得て我らはすみやかに主の命を受け実行し汝ら魔女を滅ぼさん。
清らかなる川は主の下へと流れ魂は無垢に洗われはやがては一つにならん事を。
父と子と聖霊の御名において…」
そしてお義父さまのナイフは魔女の体を一気に上へと斬り上げられる。
魔女の肉と脂とハラワタを鋼の刃が切り裂くメリメリ、プツプツと湿った音。
魔女を取巻く修道士たちが飛ぶようにその場から離れる。
そして切り裂かれて魔女の体内から吹き出るように溢れ出る血とオリーブ油にまみれたハラワタに灯されたロウソクが引火して一気に薪は燃え上がりロープで宙づりのままに魔女は炎の踊り続ける。
そう。
必ずにとどめは刺さずに魔女は生きたままに吊るされ燃やされる。
絞首と火炙り。
古(いにしえ)の時代より魔女葬る唯一の方法……。
やがて儀式は終わりを告げる。
すべての薪がくべられて燃え尽きる事の無い石綿のロープと灰と残骸だけが残される。
後は灰と残骸を清らかな川に流すだけ。
そして、私は灰と残骸を集めた汚れた手のままにお義父さまに尋ねてしまう。
いつもの疑問と質問。
「お義父さま。どこまで私たち……、私はやればいいんでしょうか?」と。
お義父さまはその問いに答える。
いつもと同じ答を。
「そうではない。問題は我々がこの手で魔女のすべてを葬り尽くす事ではない。我々が、そして私たちの一人一人が、神への深いこの信仰を何処まで持ち続けられるかどうかだなのだ」と……。
1
「……いつも通り。エモノ(武器)はなんでもアリ。先に上半身から少しでも血を流した方が負けだ。それと互いに魔法を相手に使うのはナシ。いいな。マリオン?」と、め手(利き腕)に棍棒、ゆん手(左手)に丸い金属の楯を握りを身に歩兵団員の装備と歩兵団員が身に付けるの焦げ茶色の皮の軍服を着たリフ事、リフムト・スチャリトル。
これに応えて、
「ああ。……いや、待て。気にはなってたんだがリフ。オマエ魔法を使えるのか?」と、重騎士が身に付けるプレートアーマーに刃引きしたガザスの騎兵が使う刀身が弧を描くように彎曲した剣を握り、その峰を肩に乗せたマリオン事、マリオム・ザークム・ソムトウ改め爵位のザークム(伯爵)の称号も取れてしまったマリオム・スチャリトル。
「苦手だョ。でも、一応貴族(魔法使い)の端くれだからな。恥ずかしながら火花ぐらいならばなんとか……」と口籠りながらリフの口が動く。
「ほう。初めて知った。まったく使えんのかと思ってたが、リフは火炎系か……。わかった。それでいい」とマリオン。
そして、その二人を取巻く歩兵団員たち。
もちろん、目の前に立つ二人の戦闘訓練に名を借りた夫婦喧嘩の延長戦をつぶさに見守り、状況を判断し、事と次第によれば瞬時に乱入して二人を引き離す為に待機しているワケでもある。
この後、古式の決闘よろしくリフとマリオンの二人が左手で握手し次に離した互いの左の拳をぶつけ合いその場から少し後へと下がると訓練、いや、戦闘訓練の名を借りた夫婦喧嘩の死合開始となる。
夏の終わり。
残暑が厳しくまだまだ鳴き足りないのか余計に熱気を感じさせてしまう蝉の声。
ひと雨降るか日が落ちればかなり楽になるのだが、日が射す内はただ立ってるダケで粘い汗が吹き出し背中や脇の下を濡らし、アゴの先から汗が垂れる。
そんな日ざしの下。
先の騒動で完全燃焼後のスチャリトル家。
唯一原形を残す屋敷を取り囲む塀の内側。
踏みつぶされた消し炭ダケが残された広場と化した火事の後の焼野原に立つリフと同じ革の具足に身を固めた十数人の歩兵団員達。
「しかし、まあ。団長も姐さんも三日と開けずにヤットウ(剣檄)三昧の夫婦喧嘩。派手こそ華ってウチらしいって言うか、よくもまあ飽きないと言うか」と鼻の頭に汗を溜めたままみじろぎもせずに見守る団員の一人の口が開く。
「そうそう。まったくだ。で、今日の夫婦喧嘩の原因。誰か知ってるか?」と別の団員が口を開くとそれに続き顔面に汗を溜めた他の団員達の口が次々小さく動き始める。
「一昨日は卵はカタ茹でか半熟。どちらの方が美味しいかだったが今日のは知らんワ」
「俺も知らねえよ」
「俺知ってるぜ。教えてやろうか。ウチの厩舎の伝令用の馬だよ。姐さんは元は貴族(魔法使い)で元騎士。つまりイケイケ、パカパカの騎兵様だゼ。だからお馬さんは大好き。で、ここから馬とはどう言う動物かって事で口論になったらしい」
「団長は馬は嫌い。ツーか、団長は地が足に付いてない物は全部ペケだからなァ」
「姐さんは馬好きてより無類の馬好きだゼ。厩舎の使用人とはえらく仲がいいし、馬とはもっと激しく仲がいい。知ってるか? こないだの夜の歩哨の帰りの事だ。朝も早く厩舎から青毛(黒色)の頑丈そうなの引っぱり出してなにやら馬の耳に話しかけながら姐さんが楽しそうにブラシかけてやってるのを見たゼ。生の人参を馬と一緒に齧りながらな」
「その話は本当か? いや、あり得るよな。あのバカ正直さがウリの姐さんならョ」
「でもよ。不思議なんだが、なんでこうも三日とあけずに殺り合うんだよ? 団長と姐さんは。普段は見てるこっちが腹立つ位にエラク仲睦まじいのによ」
「仲がいいからだろう。あるいは環境の急変に心の方は仲睦まじいケド体の方は今まで通りにタマにボコリ合いたがるんだろうよ」
「ウマイことを言うねぇ。ところでカノー十隊長殿。いつも通りにニギリませんかね?」と、団員の一人が少々おどけた声で問いかける。
「………いいだろう。ピノンどっちだ?」と、歩兵団員達より一歩前に出た男が首を少し後に曲げてそれに答える。
「そりぁ、目下連勝中の団長に20ブロン」とピノンと呼ばれた歩兵団員。
「他のモンは?」とカノーと呼ばれる隊長。
その小さな声に答えるようにピノンと肩を並べる他の団員達の声が上がる。
「団長に10ブロン」
「俺も団長に10ブロン」
その後は「俺も」「俺も」と団員達の一方的なリフの勝ちに賭ける声が上がる。
「これじゃ賭けになりませんね」とピノンが細く息を吐くように呟く。
「それじぁ。俺はよ。姐さんに賭けさせてもらう」とカノー。
「ええッ? し、正気ですか? カノー十隊長殿。全部受けて、もし姐さんが負けでもしたら……」
「わかってねぇな。テメー達は。姐さんがなんでワザワザ使いづれぇ騎兵のエモノを握ってるワケを……。いいだろう。俺は姐さんに賭ける。テメー等の全員ウケてやるよ。落ちてる金は全部。拾わせてもらわーナ」
その一人勝ちか、一人負けの賭けを受けたカノーの声に他の団員達の驚嘆のどよめきが走る。
「あ。そう言えばカノー十隊長。最近団長が不在の時、負けが続いてる姐さん。頭に来たのかしきりにアンタを捕まえてはタテモチ(歩兵団)のケンカ(戦闘)の仕方(棒術及び楯の使い方)を教えろってまとわり付いてましたよね。それでですか?」
「そうだよ。俺は姐さんにタテモチのケンカの仕方を指南したよ。姐さん。スジも良いし飲み込みも早い。ついでにあの山猫真っ青の反射神経。アレは天稟、生まれついてってヤツなんだろうな。俺はいいセン行くと思うゼ。で、姐さんの勝ちに乗るのは俺だけか。テメーらも当てりゃあ大穴だぜ。どうだ?」
そのカノーの問いに他の団員達は互い顔を見合わるダケだった。
残念な事にカノー以外は誰も首を立てにふる事はなかったのだった。
「あら? リフ。どうしたのです。頬に血が滲んでますよ。カミソリ負け?」と、喪も明けたのに相も変わらずにヒラヒラにトゲトゲの黒づくめの異国の衣装に身を包んだレディ・アイネス。
歩兵団の指令部及び詰め所と化した酒場兼娼館『ブーゼン・アルシュ』。
その二階の一室でのこと。
「なんでもありませんよ。レディ・アイネス」とリフ。
「そうなの。そう言えば今、下の酒場で非番の団員たちとこの店のきれい所に囲まれたカノーが御機嫌になって笑い転げたけど何かあったの?」
「なんでもありませんってば。レディ・アイネス」
「……そう。……なるほど。わかった。また夫婦喧嘩ね。で、リフ。勝ったの? 負けたの?」と、にこやかに微笑みながらレディ・アイネスは問う。
「いえ。まぁ。その。上からの斬檄を楯で斜上に弾いて、前のめりになったマリオンのがら空きになった顎に楯の底をスコーンとブチ当ててきれいに決めたんです」とリフ。
「それで?」
「手ごたえありって、勝ちを確信したらマリオンのヤツ。俺の膝を踏み台にして後に飛んで間合いを取ってショックから直ぐに回復しやがった…」
「それから?」
「わかりますか? マリオンのヤツ素直に負けを認めればいいのに口の中に溜まった血。吐いたら負けだからって飲み込み続けて負けを認めようとしない…」
「なるほど。で?」
「また、ありきたりの左からの斬檄が来て楯で弾いて避けようしたらマリオンのヤツ、フェイントかけやがった。楯の前でダンビラ止めやがってダンサー真っ青の回れ右の足さばき使ってバックハンドで右から斬檄をかましやがったんです」
「……で、負けたの?」
「その峰打ちの斬檄も楯でふせいだんですよ。ただマリオンのヤツ。ガザスの騎兵のダンビラ握ってたので剣の反りの分、楯の内側の切っ先が入り込んで自分の顔に……」
「で、カミソリ負け? で、間違いなく負けたのね」
「いえ。ですから勝負には勝ってましたが、試合には負けたと……」
「でも、負けは負け。完璧に負けたのでしょうリフ?」
「…クッ。はい。おっしゃる通りです。負けました。マ・ケ・マ・シ・タ・よッ!!」
「納得。そして残念」とレディ・アイネス。
「理由はわからんのですが…。何故か無性に、ヤタラと腹が立つのですが。レディ・アイネス。私をからかってらっしゃるのですかね?」
「とんでもない。そんな事は考えもしませんわ。で、マリオンさんは?」と何故か妙に妖しく微笑むレディ・アイネス。
「着替える前に厨房で口の中をゆすいでるのを見ましたよ。マリオンに何か?」
「ここ(ブーゼン・アルシュ)の女将から今日も早めに魔法のお勉強会をやってくれないかって言われましたの」
「また暑気払いに氷玉をやって欲しいってわけですか。ここ(ブーゼン・アルシュ)は本日も満員御礼。このクソ残暑が厳しいおり、お二人の魔法のお勉強のおかげで窓に氷柱が垂れ下がり、ブーツと靴下をちゃんと履かないと水虫の代わりに霜焼けができる程に涼しいですからね。ま、それは構いませんが…。今晩は裏の会合の日ですよ。どうします。ヤッパ、そろそろ裏の方にもお披露目の顔見せって事でマリオンを連れて行きませんと」
「そうですわね。確かに裏の連絡会にも顔を出しておくベきですわね」
「それとアレの件でレディ・チキータがキレまくって是非来てくれとも言われてます」
「リフ。アレと言うのはやはりアノ件なのかしら?」
「はい。侍従長から受け取った書簡の件もそうです。早急に処理するようにと…」
「偉大なる仲裁王。我らが名君。彼の白熊王カルカンデロス三世陛下も少々焦れている御様子ですわね。アノ件で何通もの密書が直でわたくしの方にも届いておりますもの……。さて、そうですわね。裏の会合にマリオンさんを連れて行くは構いません。でも魔法のお勉強会の方もココ女将からのたっての頼みですから書き入れ時前までにキチンとやっておきませんと…」
「いた。いた。今、小官、いや、自分を呼んだかなリフ? それと一寸耳に入ったんだけどなんなんだ。アレっての?」
リフとアイネスはその少しくぐもった浮れ声に反応してドアを見る。
右の顎の下に青痣を貼り付けたままに左の中指を口に入れて歯並びの具合を確かめながら貴族の乗馬服に着替えた男装の令嬢と化したマリオンがいた。
「あら。マリオンさん。丁度よかった」とレディ・アイネス。
「い、いつの間にッ! ど、どこから現れ出やがった? こ、ここ、この、このッ、天下御免の歩く負けず嫌いはッ?!」
勝てたハズの勝負を落としてしまった悔しさが再び込み上げた為か、耳をすませば歯ぎしりまでもが聞こえて来そうなリフの震える声も続いて上がったのだった。
夕闇せまる中を疾走する三頭立ての馬車の中。
馬車の座席にうつむく様に腰掛けた軍服姿のリフ。
その反対側に腰掛けたマリオンは着替える事なく乗馬服のままのマリオン。
顎の下の痣とは言えばレディ・アイネスの化粧技術の賜物なのだろう。
目立たぬぐらいまでにきれいに消されていた。
そのマリオンはレディ・アイネスとの魔法のお勉強の復習中。
呟くように風系の呪文を唱え続けていた。
マリオンの両手は椀の形に合わされ、その上には大粒の真珠程の水滴が浮いている。
マリオンの唇が韻を含んだ呪文を紡ぎ出す都度にその真珠にも似た水滴は風に巻かれて回り両の掌の上で浮いたままに揺らめく。
そして微かに響き続けるキンキンという大気の中の水分が凍りつく音。
その小さな音が響く度に揺らめく水滴を包み込ように回わり続ける風の壁がゆっくりと白く凍り付き始める。
やがてマリオンは「出来た」と呟く。
「風の小さな卵の黄身の出来上がり」と、また呟くとしばらく掌の上の小さな氷の球の出来をシゲシゲと見つめてから馬車の窓を明け外の様子をうかがってから惜し気もなく投げ捨てる。
ビキッ、パシャーーーン。
投げ捨てた氷玉が地面に当たった音なのだろう。
瞬間に一瞬にして何かが凍り付く凄まじい音が走り行く馬車の後方で響いた。
その音に反応してかマリオンの対面に腰掛けたリフの顔が上がり、向かい合う形に座ったマリオンはそのリフに声をかけた。
「目覚めたかリフ。一寸聞きたいんだが、ウ−ランのカムロンって人のトコでやる裏の会合ってのは一体どう言う代物なんだ?」
「五月蝿い。悪党同士がツルむ生ゴミに蠅が集るて便所の底みてーなシロモンだョ。クソ。クソッ! そ、それにな。こんなトコで魔法のお勉強の続きなんぞするんじゃねェッ。音が胃袋に障るだろうがッ!」
かなりトゲのある言葉がマリオンに返される。
「おい。リフ。オマエ顔面が青いと言うより、群青色っぽいぞ。大丈夫か?」
「五月蝿い。今頃気付きやがって。ほっといてくれ。ま、まったく、俺とした事が、わ、忘れてた。完璧に。いつもなら馬車で早く出て気分が悪くなったら止めてもらってゆっくりと休み休み行くのに。魔法のお勉強のおかげで時間がねぇからってんでノンストップかョ。チクショウ!! まったく情けねェ。だ、だ、大丈夫なんかじゃねぇよ。クソッ! 死にそうだョ。今にも胃袋とハラワタ全部口から吐き出して悶え死にしそうだよ。クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!」と馬車の窓際で風に当たろうとしてから力尽きたのかへたり込むリフ。
「……しかし、シャレ抜きで凄い顔色だな。リフ。ダメなのか? 馬車が? 馬が? だからか? 馬に対する価値観から始まった昼間のケンカの隠された原因ってのは?」と、リフの身を気遣ってか、身を乗り出し労り気持ちがこもった声でマリオンは問う。
「だから五月蝿いってーノっ! 似合わない声を出すんじゃない。胃袋に響くだろうが、俺は、ば、馬車も、馬も、船も、揺れる乗り物は全部ダメ……。お、俺は鳥肉と同じぐらいに揺れる乗り物が大嫌いなんだよ。オマエ以外の乗り物は悪魔に呪われて全部この世から消えてなくなればいいんだよっ。クソッタレがッ!!」
「……リフ。なんか悪態を付きつつ凄い事をさり気なく言ったな。今」
「ほっとけ。クソ! 馬車を揺らすな。揺らすなったら揺らすなッ! 揺らさずに走らせろ。聞こえててんだろうがッ!! クソ御者がッ! コノッ! コノッ! コノッ!」
ガバッと身を起こしたリフは群青色の顔色のままにマリオンが腰掛ける直ぐ右横。
ちょうど御者が腰掛けているであろう馬車の天井近くの壁を軍靴の底で満身の力で繰り返し蹴り始める。
「こら。リフ。暴れるなバカ。ヤメ、やめないか。ば、馬車が壊れるだろう」
「誰がヤメるかッ! 俺は壊してるんだよ。邪魔するな。この世の諸悪の根源…」
リフの罵声が突如止まる。
それは刹那の時間に起こった事。
馬車の中の狭い間合いの中での一瞬の出来事。
マリオンの固めた拳がリフの鳩尾にめり込み動きが一瞬止まる。
そしてリフの髪を左手でつかんで自分に引き寄せたマリオンの右手がリフの首筋に手刀が食い込む。
その一撃が決まりリフは馬車の座席で即座に昏倒してしまったのだった。
「昔レディ・アイネスにされた事を見様見真似でやってみたのたが…。ナイスなマグレと言うか、一寸、結構、イヤ、かなり恐いな。こうも簡単にリフをノシてしまうと……」
そう言いマリオンはリフの首の骨の具合を確かめ首筋に2本の指を当て脈を診る。
次は口元に耳を当て呼吸を確かめてみた。
そしてリフの片方の目蓋を指で広げて目の動きも念の為に確認する。
最後に軽くリフの唇に軽く接吻し、
「なーんか調子がいいな。これで本日は二連勝と」
そう呟くとマリオンは満足げに馬車の座席にゆっくりと腰掛け再び魔法のお勉強の復習の続きに専念したのだった。
二人を乗せた馬車が停車した。
居城カランコルラムから39000ヤーズ(今の尺度で約90キロメートル)。
ロール河の下流の河口を人工的に埋めたてて作られた巨大な三角州ウ−ラン。
トウ帝国とグジャール王国と国境を面し、海と陸のキルークエトル(シルクロード)の中継地点に位置するミルマ−。
それら三国の食料生産地であり、唯一グジャール王国内でオピューム(阿片)の栽培を許された罪人と元罪人がひしめく街。
なおかつ未知なる快楽を求める人々のエゴを満たす盛り場としての顔を持つ街。
そのウーランに馬車から降り立つまだ群青色の顔色のリフとマリオン。
教会の前で待つ迎えの物に二人は手早く身体を改められ目隠しされて教会の中へと入り、その後あちらこちらと人を介して歩み続ける事となる。
マリオンのブーツに付けた拍車の音が規則正しく小さく鳴り続ける。
「あとどれくらい連れ回されるんだリフ。それと得体の知れないハーブの匂いがするぞ」と少々くたびれたのかうんざりしたマリオン声が目隠しの闇の中に上がる。
「バカ。イヤ、すまん。ハーブじゃねぇよ。オピュームとグリューン(大麻)の焼ける臭いだ。この臭いがし始めたら会合の場所はまじかって事だョ。それとマリオン。裏の会合はこの臭いの煙に始まり、この煙の中に立つ人間が霞んで蜃気楼みたいに見え始めるまで終わらないのが習わしだ。わかってると思うが、なるべく煙は吸い込まないようにしてくれよ」と闇の中でマリオンの先を進むリフ。
地面を歩き回されて酔いが抜けたのか言動に余裕も感じられるようになり、リフ言葉の中からトゲは完全に消えていた。
「オピュームね。貴族が嗜む悪徳の最たる物だな」とマリオン。
「いや、貴族が嗜む悪徳の最たる物は近親相姦だろう? 悪徳ってのは自覚があってこそ初めて悪徳なんだ。麻薬にハマるって事には自覚もクソもない。だから悪徳ですらないんだョ。オピュ−ムってのは悪徳を超越した絶対悪って顔と神の慈悲って顔を持つ合わせ鏡ような代物なんだ。医療以外の目的で麻薬を弄って嗜んで耽美なる滅びとかノタマイ破滅に向かって喜ぶのは貴族なんかじゃないな。人間じゃなくなってる。歩く死人か、人間以外か、人間みたいな者か、あるいはそれら以外の…」
闇の中。
リフの声が止まる。
そして立ち止まったリフの背中にマリオンの顔がぶつかる。
女の声が上がった。
「アラアラ。同じ穴のムジナの言葉とは思えない程にヒドイ言われようネ。御苦労さまメル。二人の目隠しを外して下がっていいわ」と。
目隠しを外される二人。
光に目が慣れぬ二人から誰かしら人が離れる気配。
やがて二人の瞳の中に一人の女性の姿とその後に広がる酒場と人込みが映しだされる。
「ひさしぶりね。リフムト・ソーク(子爵)・スチャリトル。いいえ。リフ」
再びその女性の声が上がる。
肘下までのキッドの手袋。
豊麗な体の起伏のラインをクッキリと惜し気もなく見せつける赤い絹のドレス。
そのドレスのくびれたウエストに緩く巻き付けられた長く黒い革鞭。
容貌は野生味と言うよりはどことなく猛禽を思わせるかなり個性的な美人。
その女性の肢体は荒々しい程に女性の身体の起伏にとんでいた。
男女の区別なく見た者が思わず振り返ってしまい我知らずの内に喉を鳴らして空唾を飲んでしまう程に豊熟と言う言葉の具象その物の女の肉体美だった。
「ソーク(子爵)と馴染みのない爵位で呼ばれるのは久々ですね。レディ・チキータ。御無沙汰しております」
一呼吸ほど間が開いた後にリフの声が上がる。
「歩く死人に、人間以外に、人間みたいな者に、それら以外の者? リフ。それでも、それら全ての者も結局は人間でしかないとあたくしは思うんだけどね。ま、いい。彼女ね。アンタの新しい良人は? ウワサは色々と耳に入ってるわ」とレディ・チキータ。
「いえ。レディ・チキータ。俺のではなく、ウチのバシタ(嫁)ですョ」とリフ。
今度はレディ・チキータが一瞬に息を飲んだようにマリオンの顔を見つめてからリフへ言葉を続ける。
「ウチのバシタ? ウチって歩兵団じゃなくウラ? あのレディ・アイネスが見初めたわけ? この世界の闇の中に蠢く恐い物知らずの魍魎どもが唯一恐れるあの女傑が?」と。
「俺も見初めたんですがね。それとレディ・アイネスはかなり気に入ったみたいです。色々とヤバイ魔法の裏技を今仕込んでますよ。マリオン。こちらがレディ・チキータ。知ってるよな。それと挨拶ぐらいはまずしろよ」とリフ。
「初めましてレディ・チキータ。小官、いえ、自分もおウワサはかねがねリカルト・クレランス聞いておりましたが……。しかし、リフ。評価はオマエの方が正しいな。こんなに素敵でエレガントその物の女性をどうしてリカルトは嫌うんだろうか?」
そのマリオンの声はレディ・チキータには届いていないようだった。
「……信じられない。しかし、ま、いいわ。御家の諸事情に口を挟める立場じゃないしね。リフ。それとレディ・マリオン。付いて来て。今日の裏の会合のホストのカムロンを紹介するわ」とレディ・チキータ。
リフとマリオンはレディ・チキータの後に続く。
後ろ姿のままに先を歩むレディ・チキータはそれでも首をひねってて考え込むように見えた。
「レディ・チキータに紹介された酒場の入口近くに陣取ってる凄い体臭の巨漢デブがウーランの罪人街の裏のボスのカムロン。そのカムロンに紹介されたのが……。あっちの奥の角に固まって水パイプでオピューム吸ってた肉食するヤギみたいな顔のヤツがトウ帝国の裏のボスの名代のホー。その反対の角に固まってグュリューンの煙を鍛冶屋の煙突みたいに吐きまくってたカフィール(黒人)系の男がミルマ−の裏のボスのナパンダ。その手前の角に固まってる集団がグジャール王国の裏のボスとしてレディ・チキータ。そして、彼の偉大なる仲裁王。我らが名君。白熊王カルカンデロス三世陛下の裏の名代としてここで寂しく二人で酒を飲んでる我々二人。で、いいのかな。リフ?」
「それにつけて、それ以外。つまり残りの四国。ロスタン、ガザス王国、アフス、イーデア各々の息がかかった裏社会の代表やら密偵らもチラホラしてる事を忘れるなよ。オマエもさりげなく、なるべく全員の顔を憶えるようにしてくれ」とリフ。
「ああ。わかった。だが、そんなことよりいいのか? 何かもの凄く険悪な雰囲気だぞ。後の四人のボスたち。放っといていいのかな?」
レディ・チキータに案内された酒場の中。
カウンターに腰かけて酒精を酌み交わす二人。
その後方。
酒場の中央に置かれた丸いテーブルに腰かけた四人の裏社会のボスたち。
「……また一人ウチの者が殺されたわ。前と同じくお貴族専門の淫売よ。わかる? ウチの身内が消し炭にされそうになって殺れた。で、どいつが? わかってるの? ウチの身内を殺るってコトの結果をっ!!」
「止せよ。チキータ」とナパンダ。
「だからこそ、こうした裏の会合をもっている。共存の時代だ。流血と殺戮の刃と仲間や同志の屍の山の果てにようやく手いれたかりそめの均衡だ。大事にしたいね。レディ・チキータ」と、たしなめるようにホストのカムロン。
「アラアラ、カムロン。あたくしが何時言ったの? 共存なんて寝言を求めているなんて? 口が裂けても言えるワケがないそんな戯言を?」
「吐いてくれるネ。この女色牝(レズの淫売)。互いの尻の穴。しゃぶり合ってヨガる 女色牝の分際でここ(ウ−ラン)の女帝きどり。笑うに笑えないくだらなさネ。私、 女色牝に躾と吐いた唾のナメ取り方を仕込んでやるかネ」とホー。
リフとマリオンの背後ではボスたちの汚い言葉の罵り合いに近い会話が続いていた。
そして酒場の四隅に固まったままに粘い殺気の光を目に浮かべた手下たちの集団。
彼等は会合の成り行きを見守り続ける。
誰かの不用意な一言で偽りの和平という名の均衡が破られれば彼等は狂いし修羅のごとくに自分たちのボス以外の見境のない殺戮に興じるつもりなのは明白だった。
「……いいんだよ。今回の裏の会合はオマエの顔見せダケだ。紹介と挨拶はそつなく終わった。あと会合の後にレディ・チキータから話を聞いて終わりだ。わかるだろ。俺たちは取り締まる側なんだよ。義理と形式で参加してるだけだ。放っとけ。放っとけ。一通り顔を憶えたら酒のんでショーでも観てろ」
そう言って茹でた腸詰めを齧り酒精の入ったグラスを傾けるリフ。
グラスの中のぶどう酒を飲み干すとマリオンは大皿に盛られたコルン(小麦粉を練って焼いた甘辛いのクッキーのような物)を数個口の中に放り込み噛み砕く。
そして咀嚼しながら口を開く。
「わかった。後は大丈夫だから無視と。しかしなぁ。リフ。それでもショーでも観てろってオマエは言う。で、お芝居だと言うのもわかってる。わかってはいるんだ。が、少ないとはいえ会合の参加者や取巻きの中には女子供もいるよな。しかも、顔を仮面で隠した身分の高そうな貴族なんかも……。つまり何が言いたいのかというとだな。酒のアテにしては少しばかりアクが強過ぎる。いや、かなり、あまりにも、ヒドク、エゲツなく悪趣味が極まり過ぎないか。これは?」とマリオンは舞台を指差しリフに問う。
舞台の上では三人の役者が各々の演技力とセリフで観客の心と股間に訴えようと迫真の演技の真っ最中だった。
後ろ手に皮ベルトと縄で縛られた線の細い貴族顔の美女が天井の滑車から吊るされ白く痛々しい裸身が揺れている。
その苦悶に揺れる女体を背後からカフィール系の男が苦悩に弾み踊る白い豊かな乳房を鷲掴みにして、黒い巨根で悶える白い臀を割って小さな蕾に押し入り荒々しい腰の動きで攻め貫き、前方からは柄の部分が張形になった皮鞭を握る貴族顔の若い全裸の少年が身を屈めて熟れて花蜜にまみれた女芯と肉芽を指で責め嬲っていたのだった。
「あああっ、おお神様、お慈悲を! おおっ、痛い、痛いわ……許して…そこはやめて!ああっ! 裂けるっ! ヒギィーーッ 裂けちゃうっ! わたくしを引き裂いてしまうわ! ああ、痛い。痛いのっ! わたくしの哀れなアルシュ(お尻)が……」
「いい声で歌いますね。色っぽく素敵なお義母さま。でも、いいんでしょう、ええ? クンタのリンガ(ペニス)は大きくて太くて長くて熱いでしょうお義母さま? それにアルシュにくわえ込んだ嬉しさのあまりヨガリ泣きの素敵なケツ振りダンスはとても魅力的ですよ。前の密壷もはしたないぐらい大洪水で指がふやけてしまいそうですね。クンタ。お義母さまのソドムの薔薇のぐあいはどうだい?」
「素敵です。最高ですよ。ぼっちゃま……。いえ、マスター・レオン。レディ・バニオンの尻は、正真正銘の生娘に間違いありませんぜ。あっしのマラがぶっ千切れそうに締め付けてきやがる。おおっ、こいつはたまんねぇや!」
「しかし本当にいい声だ。うっとりと聞き惚れてしまう。でも、言葉は届かない。届きませんよお義母さま。今さらいくら泣き言をおっしゃっても私には何も聞こえません。お義母さまのすごいブーゼン(おっぱい)と蜜でドロドロになったシャイデ(オ○ンコ)を見て私はピンピンに張り切ってってるんですからね。では、まずはお義母さま上の口で慰めて戴きましょうか」
舞台の上では淫媚な陵辱劇のショーを三人の役者たちは脇目もふらず演じ続ける。
そして彼等が流して飛び散る汗のしぶきがかかる程の距離でリフとマリオンの二人は酒を酌み交わしているのだった。
「………………」
悪趣味すぎるのではないかと言うマリオンの問いにしばらくは沈黙で答えるリフ。
(マリオン。仕方ないだろう。ここが一番安全そうな場所なんだから。出口はカムロンの舎弟が塞いじまってるし、後の会合の状況はシャレ抜きにマジでヤバいわ。タマの取り合い(殺し合い)がおっ始まったらオマエを担いでカウンターの中。舞台を駆け上がって舞台のソデから楽屋を通って外に逃げる予定なんだからョ)と心の中ではそうリフは呟いていたが、かわりに目の端でテーブルの四人の様子を窺いつつ、
「何事においてもな。学ぶ事は多いハズだぞマリオン。これも社会の勉強だゾ」と心の中の不安と心配を顔には毛程も出さずにリフはそう言ったのだった。
続く
リフとマリオン
黒使い・作
第2話 お馬のマリオン
2
オピュームの焦げる煙とグュリューンの煙がこもり視界がかすみ行く酒場の中。
酒場のカウンターで酒を酌み交わしているリフとマリオン。
その二人の前方の舞台の上。
天井の滑車から伸びたロープが緩められ這いつくばる貴族女に背後からのしかかり肛門を貫く男根をなんとか根元まで突き通さんとゆっくりと根気強く腰を揺すり両の乳房を千切らんばかりに揉みしだくカフィール(黒人)系の男。
前からは配役として義理の息子役の少年が貴族女の鼻を塞ぎ無理矢理に開かされた唇をこじ開けて喉の奥深く己の股間で脈打つ肉の槍を突きいれる。
そして義理の母親役の女性の亜麻色の髪を両手で鷲掴みにして自分に引き寄せて邪悪な快美感に酔いしれ酷薄な笑みをその顔に浮かべて荒々しく腰を打ち振るい続けている。
「マスター・レオン。いかがです。レディ・バニオンのおしゃぶりのテクニックは?」
「クンタっ! 思い描いていた以上っ。こ、こっ、こたえられない味っ……。ああうううううっ、ち、畜生め! なんて凄い口なんだ。お義母さまのお口と舌はッ!あ、熱くて、べっちょりとして、き、きつくて、淫売のシャイデ(オ○ンコ)以上っ!! う、うううっ………」
次の瞬間に義理の息子役の少年は神を冒涜する卑猥な罵声を喚きながら昇天する。
義理の母親役の美女の口腔に陵辱の証である大量の濃い樹精を噴出させて。
「マスターレオン。元は言えばレディ・バニオンはミ・ロード(先代当主)様の囲い者からのしあがった筋金入りの淫売。マラしゃぶりで勝負かけても淫売の手練手管を使われるだけでかないっこありやせんぜ。で、そろそろ前の穴ん中に指以上にでかい物をぶち込んでやりませんとね。このままだとこの白い淫売女はあっしのカマ掘りでの気分の出し過ぎて発狂しちまいやすぜ」
「ふう。わかってるよクンタ。一回出したけどまだ根元に残っててピンピンにおっ立ったままだしね。では、お義母さまの餓えたシャイデにこの一番槍をたっぷりと御馳走してあげましょうかね。二番槍はクンタが…。お義母さまのシャイデも腰も骨までもが完全に溶ろけ切るまでタップリとね。そして生んでもらうんだ。私の白い赤ちゃんをね。黒い赤ちゃんを生んだりしたらお義母さまはクンタ専用のシャイデなっちゃうからね。いや待てよ。その前にお義母さまの小さな噴水を見ておきたいな……」
義理の息子が嬲り物にされる美女から離れ何やら新たな道具を取り持ち戻る。
女の魅力である肉の穴を責めさいなむ淫具。
尿道を貫き抉ぐる責め具。
黒檀の柄が付いた細くまがった金の管であった。
舞台の上の役者三人が演ずる陵辱劇は佳境へとますます進み始める。
で、リフとマリオンの二人の後方とはいえば………。
「は? 誰が誰に躾と吐いた唾のナメ方を仕込むって? 口が過ぎるって言われたことないホー。救いようがないわねェ。口が臭い上に礼儀を知らない人種は……。ところでトウ国人はドラゴン(竜)の子孫だって言う戯言は実は本当の事なのね。あたくし考えを改めるコトにしたわ。ホー。アンタの口臭はドラゴンのブレスそのものよ。いや、違うわね。口臭じゃないわ。腐り切って腐敗したハラワタ臭いよね。ドラゴンゾンビのホー大人。そうなんでしょう?」
「ほう。女色牝。吐くだけでなくサカリまでかかったか? 狂って吠え始めたネ。狂犬は棒で殴り殺すが一番。それにゾンビの臭い? それ某さんの体臭ね」
「オイ。ホー。某さんってのは俺のコトか? ああ? 答えろホー」とカムロン。
「カムロン。ホストのアンタまで頭に血昇らしてんじゃねぇョ。それと二人とも口を慎んでくれ。何の為の会合だョ?」とナパンダ。
「黙んな。白人のケツ拭き奴隷のカフィールがっ! で、ホ−よ。血の海が見たいのか? それともこのままウチへ帰りたいのか? どっちだっ!!」とカムロン。
唾を飛ばしての罵り合いの裏の会合が変わろうとしていた。
血で血を洗い血と屍の雨が降り出す泥沼の未来。
その鱗片が見え始めようとしていた。
会合の参加者の一部。
特に女子供がそれを察したのか部屋の中央のテーブルから少しでも遠ざかろうと動き始める。
「リフ。あれは尻に入れてるのかな?」と、食い入るように陵辱劇を観ていたマリオン。
「ああ尻だ」とリフは答え、
(そろそろ腹をくくらんとヤバいな。ホストのカムロンが切れてナパンダにも噛み付きやがった。誰が口火を切る? 誰が真っ先に腰を浮かす? 誰がどう動く?)と、顔はだけはマリオン向けて横目で4人のボスの動きを捕捉するリフ。
「そうか……。しかし、後で『白人のケツ拭き奴隷』なんてヒドイ事言ってるけど、きれいと言うか、美しいと言うか、羨ましいと言うか……。どう言えばいい? カフィールって人種は冗談抜きで男も女も裸の姿は本当に美しいよな」とマリオン。
「はあ?」
「いや、カフィールの肌は乾いてると灰色か青っぽいと言う感じだよな。で、ところが汗まみれになったりして濡れた感じになると途端に変わる。何か躍動感が凄く増すと言うか、存在感が倍以上に栄えると言うか…。前のクンタって男の身体を見てみろよ。顔は取れたてのジャガイモみたいに個性的だが身体の方は凄い筋肉美だ。特にアノ尻と脚。鍛え上げた軍馬のケツみたいにパンパンに引き締まって惚れ惚れする程の美しさだゾ」
「マリオン。オマエは一体何を観てる?」
「ショーに決まってる。で、こうして酒飲んで観てると人間の姿と馬の姿はあまり変わらないな。春先に牡馬が笑う(サカリが付く)時期になると丁度こんな感じだ。種付けする牝馬が暴れるからロープと皮ベルトで縛り上げ鞭で威嚇して大人しくさせる。それでベロっと剥け切って拳から二の腕ぐらいの長さと太さにナニをおっ立てた牡馬をけしかけるんだ。本当にそっくりだ」
「何が言いたいんだ。オマエは?」
「目の前のショーの本質がお馬さんごっこだと言ってるんだ。春先の雪解け前のリカルトのとこの厩舎の中での話だよ。リカルト家の使用人は国際色が豊でね。自分とリカルトはそれをよく見物してた。リカルトの家の一族郎党揃っての大仕事をな。わかるかリフ? 種付けって言えば聞こえがいいが、その実は強制相姦に強制強姦に強制近親相姦に強制近親強姦だ。そうそう。リカルトは面白かったぞ。お姉ェ言葉と破落戸(ごろきつ)の言葉使いで牝馬と牡馬になりきるんだ。
『へへへ。美しいレディ。どんな気分だ? シャイデの入り口から奥深くまでくわえ込んで腹の中で暴れ回る俺っちのナニの具合は?』とか、
『…いやっ……やめて耐え…られないわ。ぬ、抜いて……抜いて下さいませ。わ、わたくしには夫がいるの。わたくしは人妻なのよ。…いやっ…嫌よっ! あ…あなた、ゆ、許して、不実なわたくしをどうかお許しになって……』とか、
『嫌っ! お、叔父様! おお神よ……なんて無慈悲な……この世の地獄だわっ! お願い叔父様。もう、し、しないで、や、やめて、もうやめて下さい……あ、あたくしを許してっ! こ、こんな恥知らずで、は、はしたない事、もう嫌よっ! もう嫌なのっ! お願いです。叔父様。いっそ、一思いにあたくしを殺してよっ!』とか、
『何を言う? 可愛い可愛い血の繋がった姪っ子を殺したりするものか。それにこんな事になったのはオマエが可愛過ぎるからだ。可愛い可愛いオマエがその魅力的な体で私を誘惑するからこんな事になってしまったんだ』とかな。兎に角、思いっきりに、感情込めて、なりきりのノリノリで何度ものたまうんだ。リカルトはな。その度に作業をする人員は全員で大爆笑……。わかるかリフ。厩舎の中の人間は肌の色も身分も関係なく一族郎党が一致団結して仲良く大爆笑しながら目の前のショーそっくりの事をやらかしたって事だよ。後の会合とは違ってね」と、一気にまくしたてるようにしゃべったマリオンはグラスに残ったぶどう酒を一気に飲み干して一息付く。
「わかった。わかった。マリオン。オマエ一寸飲み過ぎだ。少しピッチを落とせ」
(おいおい。マリオンのバカ。参加者の皆の目がこっち向いてやがる。トチ狂いやがって注目浴びまくりじゃねーか。しかも後の会合。互いをにらみあったまま固まっちまったゼ。しかも4人共が腰を浮かす寸前。全員が凄まじい顔してやがる)
「こんなもん酔ったうちに入らないよリフ。で、まだあるんだ。似てる事が。ああ言う尻の穴ん中に入った状態だ。よくあるんだ。あー言った状態がな。牝馬はロープと皮ベルトで動けんようにするが、それでも尻だけが暴れて狙いが狂う事がある。また種馬の牡馬の方もはやり過ぎて狙いが狂ってケツの穴にズッポリと入っちまうって事が。そうなると大変だ。牡馬は人間みたいに自主的に入れ直したりしない。放っておいたら牝馬のケツが牡馬のナニで裂けるまでケツを降り続けるし、もっと放っておいたら牝馬のハラワタまで裂き殺してしまってもケツだけは牡馬は懸命に降り続けようとする。だから全員でロープやベルトをかけた牡馬を引き離すんだ。
『ええい。このバカ馬。ゴホンゾンを思いっきりに外しやがって』とか、トウ国人が吠え狂う。
『テメーのナニをシャイデに入れ直すんだよ。このアホ馬っ、種付けの暗黒面にキッチリと取り憑かれやがってからに!』とか、グジャール人が罵声を上げる。
『このまま、ぶちまけちまってもクソ塗れのカフィールすら生まれやしねぇョ。ちゃんと収まるトコに納まって、抉るベきトコを抉りなおさんかい。クソ馬がっ!』なんてえらく自虐的な罵声を飛ばすカフィールなんかもいたよな。兎も角、リカルトの家の色々な国の人間があらゆる罵声を上げて一致団結して引き離して仕切り直しの再突撃になるんだ……」
そこで言葉を切り、マリオンは大皿のコルンを口に放り込み咀嚼する。
「もうよせ。話に品がないゾ。いや、一寸、下品だ。もうしゃべるなマリオン」
横目で後方をうかがうリフ。
固まったままの4人のボスたち。
ホストのカムロンの顔は茹で蛸のように真っ赤。
レディ・チキータはひそめていた眉が吊り上がっている。
ホーは上目使いに粘いつくような視線。
ナパンダは歯を噛み締めて唇の端に血が滲んでる。
「……悪い。言い過ぎた。ナパンダ。許してくれ。それと話題を変える気はサラサラねぇが少しばかり一息入れねぇか?」としばらくしてカムロンの口が開く。
「同感ネ」とホ−がその言葉に続く。
「確かに。それに少し空気を変えてみたいわね」とレディ・チキータ。
「わかった。それと謝罪は受け入れる。俺は気にしてないョ。カムロン」とナパンダ。
そして4人全員の視線がスーッと動く。
彼等はカウンターのマリオン後ろ姿を見つめていた。
そして真っ先に破顔してマリオンを指差して爆笑し始めたのはカムロンだった。
次に天を仰ぎテーブルを平手で叩きながらナパンダが笑い出し、テーブルに少し伏すように肩を揺らしてホーが笑い出す。
最後にレディ・チキータまでもが歯を見せて笑い出した。
(おい。怒りをこらえていたいたんじゃなくて、笑い声を押し殺してたのか? 一安心していいのか?)
そんなリフの内心をも無視してマリオンは言葉を続ける。
「下品? どこがだ? 生きとし生ける物の全ての根源となる話だぞ。……では続ける。引き離した牡馬のナニは当たり前だが血とクソ塗れだ。そうなるとただでさえ牡馬を押さえ付ける人手が足らないので見物してる自分とリカルトの出番が回ってくるんだ。リカルトは暴発させないように牡馬のナニの根元を両手で強く握りしめる。自分は湯の入った桶と布でクソ塗れのナニのふき掃除だ。きれいになるまで。サスガにこれはクソ臭いし青臭く生臭い。が、臭いなんて言ってるヒマはないし思ってるヒマはもっとないんだ。牡馬は人手を全部、弾き飛ばしてゴホンゾンでもケツもどっちでもOK状態のままに突撃しようと暴れまわるんだからな。で、手早くきれいにぬぐってやって自分の手で牝馬のシャイデに導いてやって再突撃。で、グジャール人の言う所の種付けの暗黒面から解放され、トウ国人の言う所のゴホンゾンに、カフィールが言う収まるトコに納まって、抉るベきトコを抉りまくって、牡馬が手桶に満杯程の濃い子種を牝馬の腹ん中にまんべんなくぶちまけてくれればメデタシ。メデタシだ……」
「まだ続くのか。そろそろ話をシメろよマリオン」
「あともう少しで終わるよ。で、言いたいんだ。目の前のショーの事だ。面白いと思う。股ぐらにも結構くる。アクが強すぎるから好き好きな面もあるけど自分も人間だから興味は尽きない。が、自分が言ったようにほとんど春先の厩舎の様相と同じだ。ほとんどお馬さんごっこだ。で、違うトコロは……つまり、お馬さんごっことして観てしまう自分が心の中にいて不満に不足に思う事だ。それは桶や手桶がまったくないことだ。特に乾いた海綿が中に入った手桶がな。どう言う意味かわかるかリフ?」
「……乾いた海綿?」
「ああ。きれいな桶に入ったきれいな乾いた海綿だ。ま、わかりはしないだろう。先に言ったろ。引き離されてロープで吊り上げられて牡馬はサオ立ち状態。牡馬のナニもサオ立ち状態。リカルトはその牡馬のナニの根元を握り、自分は湯の入った桶と布でクソ塗れ、血塗れのサオ立ちのナニをきれいに拭うって。で、自分が拭いてる最中にリカルトまでが罵声をあげた場合がそうなんだ。『マリオン。駄目だ。もう持たない。根元が膨らんじまってもう持たない。爆発しそうだ』ってな。そうなると自分も『わっ!筒先からもダラダラと出始めたゾ。ヤ、ヤバい。お、桶っ、桶、桶を下さい』とか叫んじまう。もちろんきれいな桶に入ったきれいな乾いた海綿の事だ。で、自分がおっ立った牡馬のナニの先端にその桶を当てがう。リカルトが手を離して自分と同じようにナニの先が動かぬように掴んでサポートする。そして牡馬は桶の中に子種を空撃ちのままにぶちまける。シャレ抜き桶からあふれるぐらいにな。凄いぞ。よーく想像してみてくれ。息がかかり匂いまで感じる距離で種馬のナニがイク瞬間ってのを。凄まじいの一言に尽きる。ほとんど火山の大噴火だ」
『ほとんど火山の大噴火だ』と言うマリオンの声があがった瞬間に二人の後方で会合の参加者ほとんどの爆笑が巻き起こる。
いや、目の前のショーを演じてる役者たちも顔までもが歪みはじめ、演技の動きが鈍く硬くなり、セリフを途切れさせたり噛んだりし始めていた。
「ほう。それで海綿ってのは何なんだ」とリフ。
「やっぱりわからんか。空撃ちの火山の爆発が起こってしまうと何が残される? 答は強制相姦に強制強姦に強制近親相姦に強制近親強姦されなかった牝馬だ。で、それを放っておくワケにはいかない。かと言って空撃ちした牡馬はもう使い物にならない。憑物が落ちてしまって完全に大人しくなってしまってる。で、なら別の牡馬? それならOKだ。だが、それがほとんど言ってていい程にないんだ。厩舎の中で行われる交配は事前に考えに考え尽くされた最良のかけ合わせなんだ。予備の牡馬なんかいないんだよ。そして種馬が目的以外に残された牡馬は全部、ナニもタマも取られたセン馬なんだ。で、裏技って事になる。つまり、自分かリカルトが一番歳が若くて腕が細くしなやかだろうって事で責任回避のトバッチリを喰うんだ。桶の中の子種まみれの海綿を酒精で洗った素手でつかんで、牝馬のシャイデに自分の手のひらから肩口まで突っ込んで、皆で『元気な子馬を孕んでくれよ』って祈りながら中でギューって海綿を絞ってやるんだ。桶が空になるまでな。またよーく想像してみてくれ。自分の腕が肩口まで牝馬のシャイデの奥深くまで入っている状態を。わかるかな。リフ? あっさりと片付いて終ってくればいいんだ。が、牝馬がその気なってサカリ始めたら恐いぞ。まったくに抜けないんだ。腕が。もっと欲しい。奥の奥まで欲しいって牝馬のシャイデが収縮して腕や肩の関節が外れそうに締めつけながら奥へ奥へと腕を、体まで呑み込もうとするんだ。かろうじて頭と脇でつかえて、それ以上の大事にいたらないって事が頭で理解できる事が唯一の心の救い。ほとんど蛇に絡み取られて頭から喰われ呑まれてしまうカエルになってしまったって心境なんだゾ」
と、マリオンが叫ぶように言い放つとまた笑いを押さえようとしていた会合の来客者全員の腹をかかえての大爆笑が巻き起こる。
また来客者だけではなかった。
舞台の上で演技を続けるショーの役者たちまでもが完全に絶句してしまって笑いを必死になってこらえようとしていた。
特に無惨だったのは悲劇のヒロインであるレディ・バニオン役の美女。
義理の息子のレオンとカフィール系のクンタに挟まれ前と後の女の魅力の部分を嬲られ理不尽な陵辱をなされるがままに受け入れねばならない演技を、悲痛で悲惨な涙に泣き濡れる表情を必死になって保とうとしていた。
結局はこらえきれずに笑い出してしまって無駄な努力に終わり陵辱ショーは完全にぶち壊しになってしまったのであったが……。
「……しかしリフ。あ、アンタの時。レディ・アイネスに連れられて、…の裏の会合の初の顔見せ。ホーの前任者のグォンを敵に回して大立ち回り。ハデと言えばハデだったけど……あ、アンタの良人はまた別の意味でハデそのものね。しかも初めてよ。コジれにコジれて一触即発だったアノ張り詰めた空気が完全に変わってしまって笑い声が絶えないって裏の会合ってのは。ああ、笑い過ぎてお腹がまだ痛い……」と、まだおさまらないのか思い出し笑いなのか口元を手で隠して笑いをこらえようとするレディ・チキータ。
罪人街ウーラン。
そのウーランのレディ・チキータの別荘の中での事。
裏の会合はと言えばマリオンの『お馬さんごっこ』体験談の後はコジれる事なくつつがなく終了した。
結局はレディ・チキータの提言した問題の『連続淫売殺し』は他の三人の領袖(ボス)の部下や手下の女たちまでもが殺されている事から、この街ウーランの仕組みを知らぬ流れ者の犯行と推断され、誤解による流血を避けるために4つの領袖からの夜の闇の世界に共同布告を流す事で異存なく終結しお開きとなったのだった。
その後。
カウンターの座ったリフとマリオンの元に4人の領袖を筆頭に闇社会のうさん臭く、いかがわしく、凄まじく、強面の中の強面の見るからに悪人面した悪党の面々が帰りがけの駄賃よろしく来るわ来るわ。
親愛の表情をその凄まじいその顔一杯に浮かべて二人に、いや、マリオンに挨拶しに来たのだった。
「リフ。お馬の姐さんに一杯おごらせてもらって良いか」とか、
「馬族小姐(馬使いのお嬢さん)。今日。笑わせてもらた。貴方の一人勝ちネ」とか、
「何か、それとなく、くさされたような。なにげなく凄く誉められたような複雑な気分なんだ今、俺は。が、俺は笑っちまってたんだョな。思いっきりに。ところで俺の裸も見たいのかな? マリオンの姐さんョ。ハハハ。冗談だよ。リフ。そんな恐い顔するな」とか、中には片言のグジャール語で、
「海綿の話は本当なのか? それで本当に牝馬が孕んだりするのか」と、真剣な眼差しでマリオンに問いかける者までもがいた。
そんな者たちにそつなく、礼儀正しく応対し、なるべく正確な答を返すマリオン。
リフの存在がほとんど無視されてるような社交事例的ではあるが、かなり親身な挨拶と会釈が続きやがては会合が終了する。
そしてまた目隠しされて二人はやっとその場から解放される。
そして、リフが先に言っていたレディ・チキータからの話の件だけが残されていたのだった。
「リフ。ハデって何をしたんだ?」
レディ・チキータの別荘の私室の中。
笑いをこらえつつしゃべるレディ・チキータの言葉を聞いていたマリオンはリフにそう問いかける。
「別に。オマエ程ハデじやないことだ」とはぐらかすようにリフは答える。
「フフ。レディ・アイネスの事を侮辱したトウ国グループのグォンって男にケンカを売って命知らずにも裏の会合で暴れまわったのよ。料理に使う肉切りナイフ二本振り回してね。その後トウ国グループと歩兵団との流血騒ぎか戦争が起こるのかと見てると、どう言う手を使ったのやら。そのグォンて男を引退に追い込んじゃったのよ。このリフムト・ソーク・スチャリトルはね。おかげで裏の会合ではそれ以来、料理にナイフは出さなくなったわ」とレディ・チキータ。
「ふむ。過激だ」とマリオン。
「レディ・チキータ。話題を変えませんかね。それと爵位を付けて名前を呼ぶのも止めて欲しいのですがね」
「やっぱり嫌? 昔話も? ……わかったわ。では、ま、話題を変えましょうか。もうわかってると思うけど裏の会合で提言した淫売殺しの件よ。ウチは3人。ホーの所は1人。ナパンダの所も1人。カムロンの所は人肉商売はしてないからゼロ。でも5人よ。5人も殺されたのよ」
「その件は4つの領袖(ボス)からの共同布告を流す事で終結したのでは?」とリフ。
「裏ではね。でも、駆け引きなしでリフ。裏の裏でアンタに動いて欲しいの。それにあたくしのツテを使ってカルカンデロス三世陛下からもレディ・アイネスにも書簡が回ってるハズよ。違う?」
「そう来ましたか」とリフ。
「何の事なのかサッパリ見当がつかないな。自分を無視して話を進めるのが最近のウーランの流行りなのかなリフ? 自分にもわかるようにまず説明してくれないか。それは昼間にアレの件とかレディ・アイネスと話し合っていた事なのかな」と少々不貞腐れた感じのマリオンが口を挟んだ。
事の始まりは三月程前の事。
犠牲者は他に生活手段を持たぬウーランの若い街角に立つ少女娼婦。
場所は人気のない入り組んだ路地の奥の奥。
そこで別の娼婦の少女が金の指輪を見つけて自分の物にしてしまおうとした事が発端だった。
夜の街に立つ淫売女がある日突然消える事はままある。
良い男が出来た。
今の生活が嫌になり街を出た。
死んだ。
殺された。
色々な原因と結果が考えられる。
が、消えた淫売の少女がレディ・チキータの身内でその消えた少女が身に付けていた形見の金の指輪を手に入れたのがこれまたレディ・チキータの身内であった。
指輪を拾った少女は手に入れた指輪の持ち主に心当たりがあった。
また、その持ち主がこの街から消えてしまった事。
そして、この指輪の持ち主。
ハナ・ピニースが太って指から抜けなくなった事と指輪がハナの母親の形見の代物で絶対に手放したりしない事を知っていた。
そして、一番の理由は恐怖からだった。
指輪の内側にビッシリと貼り付いた焦げ目。
肉の焦げ跡ではなかろうかと拾った少女は想像してしまったのだった。
そして指輪を自分の物にする考えを改めた少女はレディ・チキータに訴え出た。
「そして、その路地の奥を調べてみたの。ほとんど何もなかった。でも気になった。徹底的に調べに調べたわ。そして灰と指の骨の欠片が見つかった。怒りに我を忘れそうになったわ。ウチの身内を殺された。許せると思う? で、調べてみたの。他にも被害者いないかってね」
「で、三人いる事がわかった?」とマリオンが問う。
「いいえ。まったくわからなかったのよ。そして一月が過ぎて次の犠牲者が出た。双児の淫売の片方よ。場所は潰れた教会。妹の方が殺された。シャンデリアの鈎に首を吊るされて腹をナイフで裂かれて火で焼き殺された。わかる? 双児の姉妹でペアを組んだお貴族専門の淫売よ。そんな場所に行くわけない。バラで仕事なんか絶対にしない。てっきり身内の中のグァルクァン(狂った毒蛇)に呼び出されたのだと考えてまた調べに調べた。わかった事は身内にグァルクァンはいない事と現場の教会の近くの農具小屋をねぐらにしてた酔っぱらいが『灰色の僧服』みたいな衣装を着た若い者が教会に頻繁に出入りしていたってネタだけだったわ」
「灰と骨ではなく焼死体ですか?」とリフ。
「ええ消し炭。その酔っぱらいが教会から出てる煙に気付いて『火事だぁぁ』って大騒ぎしたおかげよ。そして、また一月たって、その時点でホーとナパンダのトコにも犠牲者がいることが判明してた。そして丁度7日前また殺された。今度はお貴族の女性専門の淫売女。場所はお貴族専門の淫売宿の中。わかる。ウチの縄張り。ウチの庭場。あたくしの手の中で殺されたのよ。あたくしの顔は丸つぶれ……」
「で、どう言う状況、状態で?」とリフ。
「酔っぱらいが正しかったって事。客の貴族の御令嬢を満足させて帰した後の事。雨が降り始めてたけど、淫売宿の表ではその女性専門の淫売をポンピキが待ってて見てたの。灰色の僧服を身に付けた者が雨の中を店の横の路地を通って闇に消えるのをね。しばらくしてマサカと思ったそのポンピキが女の部屋戻ったらドアの下から煙が出てた。ドアを蹴り破ったポンピキはベッドの毛布で必死になって吊るされて火ダルマになったの自分の女の火を消したの」
「で、状態は?」とリフ。
「レア状態よ」とレディ・チキータ。
「で、裏の会合での問題提起とウチにも動いて欲しいと言う要望ですか?」とまたリフ。
「そうリフ。貴方に動いて欲しい。貴方が調べて欲しい。お願いよっ!」とレディ・チキータ。
「大体。状況はわかった。で、質問。どうしてリフに? ウチは……」とまで言ってマリオンは言葉を切った。
「マリオン。大丈夫。レディ・チキータは身内ではないがウチと共同路線を取ってる」とリフ。
「マリオンさん。なぜリフに頼むかと言うのはね。物凄くヤバい物が絡んでるかもしれないのとリフがこう言った事の解決に魔物以上の働きをしてくれるからよ」
そうマリオンの目を見据えてレディ・チキータはそう言ったのだった。
「しかし本当なのかな。宗教が絡んでいるっての。リフはどう思う?」とマリオン。
レディ・チキータの別荘の一室。
二人はレディ・チキータの好意で一拍する事となり、部屋の角に備え付けられたダブルサイズのベットの上に腰掛けるマリオン。
その前に椅子を寄せて飲み足らななかったのか酒精の入ったガラスを持ち座ったリフ。
「どうかな。だが、レディ・チキータの女のカンってのは信憑性があるな」
「どのへんに?」
「そうだな。三人目のレア(生焼け)の犠牲者の姿を見た子飼いの女の一人が何かの宗教的な儀式ではないかって言ったトコだな」
「どうしてだ?」
「レディ・チキータのトコは酒、バクチ、アヘン、女からの水揚げが活動資金なんだが、そしてそのほとんどが女とガキ(子供)なんだ。お貴族様専門のな。で、女のやる仕事ってのは客のお貴族の様々な要望や願望を叶えてやる事だよな。で、多いのが女の体を売る買いするってのよりもだ。変わった嗜好を満たすてのが多い。もっとも主流なのが若くきれいな少女や少年に身も心もズタズタにいたぶられたいってヤツだ。ま、わからんでもないな。厚顔無恥と傍若無人と杯盤狼藉に加えて落下狼籍の生活が服着て歩く毎日が続くのがお貴族さまの日常ならば目先の変わった事に男も女もハマりたがるのはな。で、わかるかマリオン。そんな御趣味のお貴族様の身も心もズタズタに……、特に心の方だな。本当に体を切り刻んで痛めつけるの流石にマズイから心を徹底的に追い込んでいたぶる方法っての?」
「そうだな。自分の経験上、結構キツイと感じたのは飢餓かな。それと集団で罵声を浴びせられるってのは?」
「経験上? 継母に虐待されてたってのと、お馬の交配の苦労話も聞かされたんで結構、叩かれてて、打たれ強いのは知ってるが、飢餓が先かョ。オイ。シャレ抜きでキツイイジメにあってたみたいだなオマエは……」
「苦労話? あれは楽しかった思い出だぞ。で、答は?」
「……ハカリ(価値観と常識)がズレてるな。まったくに……。まあいい。飢餓も集団による罵声も効果的だが、金で買われた……失礼な言い方だが、娼婦がだよ。客とのタイマンでそんな事は出来んだろう?」
「だったら……」
「答は純粋で崇高なる神の正しささ。人間の心のよりどころとなる信仰心に訴える事だ。宗旨は違えど共通するのは人間とはかくあるべき姿である。それにならおう。いがみ合うな。殺しあうな。それよりも共に助け合わねばならないって共通意識が根本だ。絶対の理想。それが信仰心って物だ。そして信仰心ってのは貴族も平民も罪人さえも関係ない。だから娼婦の方は神の代理人である人格を客の方は神に唾する咎人であるとする人格の関係を作り上げようとする」
「えらく話が具体的ではないかリフ?」
「あたりまえだ。経験上の話だ。俺にも色々あったって事だ。レディ・チキータに……。話がそれちまうな。戻すぞ。マリオン」
「その話は是非聞きたいな。ま、いいか。明日レディ・チキータに聞く事にする。で?」
「………。で、そんな人格を作り上げる手段としてレディ・チキータは身内の娼婦全員に仕事の一つとして積極的に宗旨に関係なく宗教的行事に完全参加させてる。身内の女たちが生きる術を学ぶ為にだ。また落伍した聖職者や神学生、修道士や尼僧なんかを積極的に娼婦たちの教師として組織の中に取り込んでもいる。下手な聖職者の宗教解釈の講議ならば完全に論破しちまうような娼婦がゴロゴロしてるんだぞ。レディ・チキータのトコには。そんな見栄え以上に内側にも金をかけてるレディ・チキータの身内の者が『宗教的な儀式』に見えるって言ったんだぞ。信憑性は高いと思う」
「それだけか?」
「もうひとつ。レディ・チキータのカンに対する答になってはいないが歴史的な事実だ。聖職者が布教の為に新天地に来る。そして布教が軌道に乗り始める。で、何かが起こる。起こされる。起きてしまう。そして、なぜか聖職者と信徒、信者の迫害が始まる。そうすると次に来るのは聖職者の名を借りた何処かの軍隊だ。そして何処かの国との戦争だ。今までの戦争を起こそうとする者たちの常套手段。いや、常套手段の芽の部分なのかもしれないんだ。今回の娼婦殺しが本当に宗教的な儀式ならばな。わかるよな。オマエも軍人のはしくれだったんだから」
「だから、それを、その可能性を恐れてレディ・チキータはウチに?」
「そう言う事だ。戦争の芽かもしれんから芽の内に摘んでしまってくれって事だな」
「で、どうしてリフ。オマエに依頼するんだ? ウチの裏の組織ではなくて?」
「それは……。そーゆーのが俺は得意なんだョ。俺は凄腕の狩人なんだよ」
「で、凄腕の狩人さん。自分たちは、自分はこれからどうするんだ?」
「決まってる。相棒だからな。一緒に調べてみて回る。そしてオマエには学んでもらう」
「何を?」
「もちろん色々とだよ。さて、夜も深けたし、そろそろ寝るか。だが、その前に……」
そう言い、リフはグラスの残りを飲み干す。
「その前に? 何だ?」
「……確か一昨々日は徒党を組んだバカ貴族が暴れて俺は夜の街に出撃したよな?」
「ああ。そうだった。あの晩は自分はレディ・アイネスと魔法のお勉強三昧だった」
「一昨日は卵はカタ茹でか半熟かで言い争いになって俺が勝ってケリは付いたがオマエは残りの半日。まったく口も聞いてくれなかったよな」
「うん」
「昨日は昨日でオマエは魔法の勉強の自習してて失敗。寝室のドアを分厚い氷付けの壁にして塞いでしまってオマエは立て籠った状態だった。仕方ないので俺はサビシク夜の街に巡回に出るハメになったよな」
「うん。まちがいない。その通りだ。リフ。オマエの記憶はすべて正しい」
「つまり新婚間なしの熱々状態で俺たちは3日も閨のお務めがなかったって事だよな」
「そうなるな」
「オカシイと思わんのか。マリオン?」
「可笑しければ笑えば……。って、リフ。また目が…。グジャール人の言う所の目が座り、カフィールが言う所の鷹と蛇と獅子のキメラの目になり、トウ国人の言う所の目がテンパってるぞ。な、何を考えて……」
「何を考えてるって……。ここまで言ってもまだわからんのか? このタコは! トウ帝国では言わんかもしれんがお馬さんごっこだ。ロスタンでも言わんかもしれんがお馬さんごっこだ。ガザス王国でも言わんかもしれんがお馬さんごっこだ。アフスでも言わんかもしれんがお馬さんごっこだ。イーデアでも言わんかもしれんがお馬さんごっこだ。ミルマ−でも言わんかもしれんがお馬さんごっこだ。ウ−ランにいるグジャール人のマリオム・スチャリトルが言う所のお馬さんごっこだ。つまりオマエの楽かった思い出のお馬さんごっこだ。つまり俺とオマエの二人っきりでオマエの大好きであろうお馬さんごっこをここで徹底的にするんだョっ!!」
そう言い放つとリフはグラスを投げ捨てマリオンに飛びかかる。
二人の後方でグラスの割れる音が響く。
「わっ! バカ。リフ。引っぱるな。ふ、服が破れる。く、くく、靴を脱げ。ベッド汚れる。あ、あああ、ああ、明り、明り消せ。わッ! わわ、ふ、服、脱ぐまで、う、う…」
「お馬さんは蹄鉄やら毛皮を脱いだりせん。明りも消さない。このまま。このまま…」
マリオンの抗議の声を接吻で沈黙させたリフはマリオンの乗馬服を中途半端に脱がせてて牡馬のようにマリオンの背後から攻める状態でコトに及ぼうとする。
ベッドの上。
拍車の付いたブーツを履いたままに膝上まで乗馬ズボンごと下着を脱げられ、乗馬服の胸元を布越しにリフの手で愛撫されるマリオン。
「ふむ。布越しの物足りなくて焦れったい柔らかさがなんとも言えん感じだ。それに何故か物凄く俺は楽しいぞ。心踊るぞマリオン。では三日分を取り戻すとするかナ」
そんな事をリフはマリオンの耳元に囁く。
その囁きに答えを返しはしなかったがマリオンもまんざらではない状態であった。
結局この二人。
仲睦まじい時は本当に仲睦まじいと言う言葉ソノモノの二人なのであった。
続く
リフとマリオン
黒使い・作
第2話 お馬のマリオン
3
ソレは思い考える。
新たなる魔女を狩る儀式の中で思いを巡らす。
幽霊が出るとウワサされる屋敷の中。
魔女を狩る儀式にそってソレは滞りなく手を進める。
邪眼の魔力を封じる目隠し。
神を冒涜する言葉を出さぬように猿ぐつわ。
魔女の腹の中に巣つ喰う悪魔の力を弱める為にフイゴで尻の穴から大量に注入した祝福を与えられて聖水となったオリーブ油。
そして魔女の魔女たる部分。
邪悪を撒き散らす女の肉のトンネルも聖水となったオリーブ油を大量に注いで浄める儀式はすませていた。
いつものように魔女は妊婦のように腹を膨らまされたままに苦悶する。
(前はあせり過ぎた。その前は酔っぱらいに邪魔された。魔女を完全に灰に出来なかった。魔女の灰を雨で清らかな川に流す事が出来なかった。だが、今度こそは……)
屋根のハリからから下がる石綿のロープを首に巻かれ、ひっくり返した空の酒樽二つに大きく足を広げてその上に魔女は乗る。
堆く積まれた生木の薪の山。
ソレは2回の失敗を経験し、学習したのであろう。
魔女だけでなく、すべてを灰にする為に必要以上に薪の山を用意し、屋敷の中も祝福を与えて聖水となったオリーブ油をまき浄化の炎で屋敷ごとに焼き尽くす事に決めた。
(外で雨は降り始めた。このまま生きたままに焼き、燃やし、灰にする。そして雨に魔女の灰だけでなくすべての灰を清らかな川に運び流してもらう)
ソレは言葉を紡ぎ始める。
「主は貧困も飢えも許される。主は怠慢も堕落も許される……」
そして魔女のハラワタの中に巣つ喰う悪魔を切り裂くナイフを取り出す。
そしてソレはナイフの柄に接吻する。
「…だが魔女は許されん。悪魔に魂を売り渡し愚劣な快楽だけを求める……」
魔女の股間からシャイデとアルシュにはめた太い栓と女の二つの肉の隙間から流れ出るオリーブ油は太股だけでなく空の酒樽までを濡らす。
ソレは両足を大きく広げたままの魔女に語りかける様に言葉を続ける。
「……魔女よ。殺すな。姦淫するな。盗むな。これが神を信じる者の掟。人として神の子として振る舞い。これら三つの掟を守らず、さかしくも冒涜せんが為に悪魔に生かされている肉の人形でしかない汝らに我らは死の裁きを与える…」
ソレは祈り言葉を続けながらシャイデにねじ込むようにはめられた男根を象った太い栓をゆっくりと引き抜く。
ほんの少し魔女のウエストが細くなり、魔女のシャイデから溢れ出たオリーブ油は跨ぐ酒樽だけでなく積まれた薪までもビシャビシャに濡らす。
ソレはその薪の上に置かれた小さなロウソクにソレは火を灯すと呟くように祈りの言葉を唱え続ける。
「罪悪にも程度がある……」
ソレは指先で魔女のシャイデを割り広げてナイフの切っ先をその肉の花弁に当てがう。
「……それは主の純粋なる御心である神の怒り。魔女を切り裂け。焼き尽くせ。殺し尽くせ。葬り尽くせ。亡ぼし尽くせ。そしてその灰は清らかなる聖なる川に流し浄化せよ…」
ソレは当てがったナイフをオリーブ油を吐きつくし、なまめかくし油で濡れ光る魔女の肉の亀裂の奥へと鍔元まで突き立てる。
いつもの反応。
魔女はのけぞけり跨いだ樽を自らが蹴り飛ばし己の首が締まるがままに暴れる。
「それでは魔女よ。報いを受ける時が来た。キサマが崇める邪神の下に送ってやる」
『主のために我らは我らを守り汝ら魔女のすべてを裁かん。
主の御力を得て我らはすみやかに主の命を受け実行し汝ら魔女を滅ぼさん。
清らかなる川は主の下へと流れ魂は無垢に洗われはやがては一つにならん事を。
父と子と聖霊の御名において…』
ソレはナイフは悪魔が巣つ喰う魔女のハラワタを陰毛に隠れた女の肉の割れ目にそって下から上へとアバラの下までを一気に斬り裂く。
そして『うっ』と祈りの言葉とはまったく関係のない小さく呻き声を放つとソレは後へ飛び離れる。
『エィーメン』
祈りを締めくくるソレの声が上がった後。
灰色の僧服を身に付けたソレはその場を後にする。
舞い上がる紅蓮の炎がすべてをなめ尽くして灰となりその灰がこの雨で洗い流してすべてを清らかな川に流し出してしまう事を思い描きながら……。
ソレは自分の仮の住処へと戻る。
そして悔い改めるように神の祭壇の前にかしづき己が信じる唯一神に祈るように心の中で言葉を語り続ける。
(主よ。今日また私の魔物の部分が見つけ出した魔女を一匹、地獄へ送り返しました)
(そして朗報です。また私の魔物の部分が2匹の魔女を見つけました)
(片方は魔女ソノモノ。咎人たちの闇の世界に君臨する大魔女。もう片方は男と女の営みを獣の交配と同一視し、言葉巧みに咎人たちの心を支配し、地獄の住人どもの共食い、神の慈悲である咎人の淘汰を妨げた地獄の底よりも冥く汚い心を持った狡猾な若い魔女です)
(主よ。私はこの2匹の邪教の魔女を地獄に送り返します)
(古の時代より魔女葬る唯一の方法で滅ぼし送ります)
(魔女は地獄へ)
(滅して殺します)
(殺して、殺して、殺しまくります! エィーメン)
そして、灰色の僧服をまとったそれはその場から静かに立ち上がった。
夜が明けてレディ・チキータの小間使いに叩き起こされたリフとマリオン。
横に立つリフの方はヨレて汚れてはいたが素材が頑丈で地味な色の軍服だからそうは目立たなかった。
だが、マリオンはひどい姿だった。
乗馬服を身に付けたままにリフと夜の営みを続けて、そのままに眠り込んだのだからそれは当たり前。
昨日は颯爽とした乗馬服に身を包む男装の麗人が今日はヨレヨレのクシャクシャのドロドロの地に落ちた小娘の状態。
「リフ。また昨日の晩にウチの者が一人殺さ………」
激怒し、二人を呼び寄せたレディ・チキータもそのマリオンの姿に言葉途中で一瞬絶句してしまったのだった。
「何度も聞くようだがリフ。おかしくないか?」
「おかしくない。良く似合う。可愛い。美しい。素敵だ。無敵だ。このまま押し倒して昨晩のお馬さんごっこの延長戦をおっ始めたくなるほどに愛しいぞ。でも、今は少しだけ黙っていてくれないか?」
全焼した幽霊が出るとウワサされる屋敷の跡。
屋根とかろうじて残った数本の柱。
そして消し炭となり床の上に落ちて半分は崩れた遺体。
その遺体に身を屈めて調べる軍服姿のリフ。
その場所からかなり離れてた場所に立つマリオン。
ヨレヨレのドロドロのグシャグシャになった乗馬服のかわりにレディ・チキータの別荘の小間使いから借りたが黒サージのメイド服に身を包み拍車を外した履き慣れた乗馬用のブーツといういでたちのマリオンがいた。
「しかし、リフ。しつこいのにも程があるぞ。三日分とか言って立て続けに本当に6回もするか普通? その後も焼けた鉄みたいに硬いままで暴れまわってくれたおかげで意識を飛んで……。オマエは化物か? まだ股ぐらが痛むんだぞ」
「黙ってくれと言っても黙らんなァ。まあいいさ。俺の方は太陽が黄色いを通り越してドス黒い茶色とドドメ色。しかも出し過ぎで下っ腹が鈍く痛くて、ナニと腰はひどく痛む。マリオンすまんが手を貸してくれ。これのそっちを持って持ち上げてひっくり返すんだ。違う。そっちじゃない。足跡が消えちまうだろ。こっちから大回りして来てくれ」
メイド服のマリオンが右回りの最短距離を進もうとし、踵を返してトコトコと左回りの遠回りしてリフが佇む遺体のそばにやってくる。
「リフ。これを持てばいいのか」
「おう。セーノで持ち上げてゆっくり崩さぬようにひっくり返すんだ。わかったな」
「わかった。ゆっくりだな」
そう言って二人はそれを持ち上げひっくり返す。
シゲシゲとひっくり返った物を見つめていたマリオン。
苦悶の表情を浮かべた女の顔がマリオンを見上げていた。
「リ、リフ。リフ、リリリ、リフ。こ、これ、こここ、これ……」
顔色が見る見る青ざめマリオンは取り乱す声を上げていた。
まる焦げの裏側には焼け残った全裸の女の肉体の一部が象眼されたように貼り付いていたからだった。
「ひょっとして今頃になってコレに気付いたのかオマエは…。ロゥザス・シェンカーだよ。犠牲者の遺体を目の前にして平然としゃべくり回ってるし近寄って手助けもしてくれるんでエラク胆(ハラ)が座ってやがる。流石軍人。と俺は感心してたんだがな」
「て、てっきり、もう死体は片づけた後だと、こ、焦げて倒れた柱だとばかりに……」
「うつ伏せだったんで背中側は消し炭だが前の方はきれいなモンだ。シャイデから鳩尾までナイフで裂かれてる。燃やしたのは薪。火力を上げるのに油が使われてる。飛び出たハラワタは焼けまくってる。で、股ぐらはナイフの切り傷とアルシュにはまった張形。それ以外は気付く傷はない。儀式の手順のキッチリとした署名付きと…」
「わっ! リフ。何をしてる!?」
「犠牲者の股ぐらを見て臭いを嗅いでる」
「な、なぜ、そんな事を。死者に対する冒涜だぞ」
「色々と理由はあらーな。まず、見てくれではわからんでも臭いが残るだろ。中(体内)まで火が通ってないからな。切り刻まれたシャイデにシーメン(精液)の跡も臭いもない。クソの臭いもなく肉の焼けた臭いだけだ。シーメン(精液)の臭いがすればグァルクァン(狂った毒蛇)の正体は少なくとも男だとわかる。クソの臭いや跡が残ってればカマ掘り、ソドムの味も知ってる男って事になる。だがまったくそんな物はまったくない」
そう言ってリフは死者の目を閉じ手を合わせ深く頭を垂れてから立ち上がる。
「つ、つまり、こんな事したヤツは男か女かもわからないって事か?」とマリオン。
「いや、多分男だろうな。それも一人。そこの床を見ろ。油の付いた足跡が見えるか?」
「わ、わからん。自分には床と煤の汚れと焼け焦げしか見えん」
「……一人分の足跡が後へ飛んで離れてるのがわかるんだ。床の足跡の油の汚れが流れてるからな。そして、この足跡の前のこのちょっとした薄い黄色い床のシミだ」
「それはわかる。何なんだ」
「シーメン(精液)の跡さ。自分の手でヌイたのか人を切り刻んで殺す快感に取り憑かれ興奮して漏らしちまったのはわからんが……。ここはこんなモンだろう。追うぞ」
「お、追うって、これやったヤツをか? どうやって?」
「言ったろ。俺は凄腕の狩人だって」
そう言ってリフは踵を返し床の上の足跡を追い詰めるべく追跡を開始する。
そして、そのリフの後を、いや、肩を並べるようにリフにマリオンは続く。
どんよりと分厚い鉛色の雲。
屋外はひどく蒸し暑かった。
丸焼けとなった屋敷の表の事。
レディ・チキータの部下たちが屋敷を取り囲み部外者の立ち入りを遮断している。
その中。
リフが指差す屋敷の軒の地面の上を覗き込むメイド姿のマリオン。
「わかるよな。雨で流れてないクッキリとした足跡が。貴族のブーツやグジャールの革靴じゃないよな。トウ帝国の木靴やミルマ−のサンダルでもない。布の靴の足跡だ。平民。身分はかなり低いか擬装だろう。油の塗れた布の靴。これを追うんだマリオン」とリフ。
「昨晩の雨で足跡が流れてわからなくなってしまってたら……」
「別の物を探し出して追うんだ。ま、簡単に言えばだな。こういったマネするヤツはほとんど獣と頭の中が同じ状態なんだ。理屈にあわない事はしない……」
その時だった。
リフとマリオンの一番近くにいたレディ・チキータの部下たちの声が聞こえたのは。
「なまじ人並み以上の別嬪に生まれてくるもの災難だ。冷たくなるまでツッコミ(強姦)まくられて極楽往生か。自業自得て言うか、あの淫売には似合いの死に様だョな」
「ツッコミ? そんな生易しいシロモンじゃねぇってョ。女の肉に餓えた野郎どもに寄って集って前後ろ姦られまくってから切れないナイフでシャイデとブーゼン抉り取られたらしいゼ。多分ケツ掘られながら前の肉を交互に切り刻まれたんだろうってサ。確かに自業自得。女だからこういうことになるんだ。しなし、俺たちにとってエライ迷惑だよな。このクソ蒸し暑い中のタチンボ(見張り)はョ」と。
リフの目が瞬時にアノ獣の目に変わるのをマリオンは目撃した。
そして、立ち上がったリフは静かにその場を離れその二人に音もなく近付く。
不意打ちだった。
片方の男の股間を膝で蹴りあげ弾き飛ばしてもう片方の男には鳩尾に拳の一撃。
鳩尾を殴って地面の上を転げ回る男の腹を先にリフは蹴りまくり、次に股間を押さえて蹲る男の顎を蹴り上げる。
「テメ−頭出せッ。蹴り潰してやる。死者の悪口叩きやがって、このガキが。イヤ、口出せ。口っ。テメ−のケツの穴並みに汚いその口を軍靴で削り取ってくれるッ!!」
返り血に加えて汗みどろになって鬼のように荒れ狂うリフの姿を見たマリオンは流石にヤバいと感じて駆け出し、リフ背後より取りすがってそれを止めようとする。
それに続き他のレディ・チキータの部下たち異変に気付きリフを止めに入る為に動き始める。
「リフ。らしくないゾ。落ち込んでるのか? 似合わないぞ」
「ちょっとな。自分が嫌になってるんだ。やり過ぎちまった」
「やり過ぎ? いや、気持ちはわかるゾ。小官も、いや、自分も止めには入ったが、本当は加勢したかったのがホンネだ。が、らしくない。我を忘れてレディ・チキータの部下を本気で半殺しにするなんて」と鼻の頭に汗を浮かべたマリオンが言う。
先の足跡の残った地道に佇む二人。
「悪いマリオン。俺は幽霊が恐くッてな」と目の回りに薄い青痣と顔面に粘い汗を貼り付けたままに仮面のように無表情なリフが答える。
「オイオイ。焼死体の女の股ぐらの臭いを嗅いどいて幽霊もクソもないんじゃないか?」
「死体は失礼だが物だ。物体だ。が、死者は生きた人間に取り憑くだろう? 楽しかった思いでやら、幸せだった時、嬉しかった思い出なんか共有した素敵な過去が原因となって。親、兄弟、姉妹、友達、仲間に……。わからんかな。オマエは魔法を使う。言葉に魔力を込めて敵の戦闘能力を削り殺す。それと似たようなモンなんだ。魔法は使えなくても言葉だけで、悪意のある言葉ってのには魔の力は作動してしまう事があるんだよ。死者の悪口を誰が聞いてるかわかりゃしないだろ? その悪口を聞いた犠牲者と親しくしていた誰かが、本当に過去の思い出に取り憑かれて狂うかもしれない。それが俺は恐い。それが俺にとっては本物の幽霊だからだ。俺はその本物の幽霊が恐いから死者の悪口を言ったヤツらを半殺しにしてしまってたんだョ……」
「なんか、エラク説得力があるな。わかった。だが、そろそろ落ち込むのをやめて追跡を続行しないか? この後はどうするんだ?」
「俺、どこまでオマエに言ったっけ?」
「別の物を探して追うとかグァルクァン(狂った毒蛇)の正体は獣と頭の中が同じ状態で理屈にあわない事はしないとか」
「そうだった。同じなんだ。心がな。だから追える。人間じゃない。人間みたいに気紛れで理屈にあわない事をしない。結構まっすぐなんだ。動きがな。ネグラに戻って安心して人間のに戻るまでは……。狂ってはいても本能には逆らわない獣と同じなんだ。何かを残す。獣のように。まずは足跡だ。その次はクソかもしれん。悪いものや毒草を喰って水や野草を飲み食いして吐き出したゲロかもしれん。天敵と出会った乱闘の跡かもしれん。そな物や跡を残す物なんだ。そんな物を俺たちは探し追うんだ。マリオン行こうか」
リフはまた静かに立ち上がると追跡を開始する。
そしてマリオンもそれに静かにそれに習い付き添う。
二人は焼けた屋敷を出て右へと曲がった。
目印は布の足跡と油。
昨晩の雨に流され消えつつある微かな痕跡をリフはめざとく見つけては追い続ける。
廃屋に近い建物が並ぶスラムの曲がりくねる路地を気持ちの悪い汗をかきながら二人はひたすらに進む。
「自分には地面を見てもゼンゼンわからん。本当に足跡を追ってるのか? 先の路が交差したトコ似た感じの足跡を含めて入り乱れてたし油の跡もなかった。なのに何故にリフ。オマエにはわかるんだ?」
「消去したんだ。歩幅が違うのと目方(体重)、つまり靴のへこみの深さが違うのと足跡の特徴、へこみ具合(体重移動の仕方)の違うのをな。これで間違いのないハズだ」
「やっぱりゼンゼンわからん」とマリオン。
リフは地道に身を屈め指差す。
「わかるだろ。こいつだよ。こいつ。これだよ」とリフ。
「だから足跡はわかる。区別がつかないと言ってるんだ。何故オマエにはわかるんだ?」とマリオン。
「狼と山犬、猪と野生化した豚、虎と雪豹、鹿と羚羊の足跡以上にハッキリと区別が俺ににはわかるんだがな……」
「それは凄い特技だな」
「ま、それほどでもない。少人数で動く狩人ならばほとんどが会得する能力だ」
「そうか。しかし、自分も気付いた事が一つある。狩りならばどうして最初から猟犬を使わんのだ? その方が楽なんじゃないのか?」
「………?! そ、その手があったか!!」と驚いた声をあげるリフ。
「は? リフ。ひょっとして気付いてなかったのか?」とマリオン。
「なぁーんてな。犬は便利な動物だが自然の多い場所ならば良いが人の住む場所では強い臭いが多過ぎるんだ。よほど頭の良い猟犬でなければ鼻が直ぐにバカになってしまう。また雨が降らなきゃその手を使ったかもしれんな」と人の悪い笑みを浮かべるリフ。
「つまり、自分の言った事は無駄って事か?」
「いや、俺が絞れるトコまで絞ってみて手の打ちようのない結果になったら。考えたくないが、また犠牲者が出たら犬を最初から使ってみようかと考えていた。雨が降らなかった場合にはな」
「結局無駄って事なんじゃないか?」
「その考えはゼンゼン違う。犬を使うって発想が出る事が大事なんだョ。俺は俺の知るナワバリ(世界)のハカリ(価値観や常識)で動いている。つまり、雨が降った。臭いが流れた。そして人の多くの臭いが渦巻くウーランの町中で犬を使うのは今一つの方法だってのが俺の考えだ。だから俺の頭の中には犬を使うって発想がなかったワケだ。だが、オマエは俺の知らないナワバリのハカリで物を考え犬を使うて発想を出した。つまり、オマエの出す発想は俺の頭では思いもよらない事があるって事だ。それが大事なんだ。まずは犬を使おうと言う発想がそうなんだ。だからどんどん俺に疑問や発想をしゃべりかけてくれ。かぎりなく正解に近い答えがそのなかにあるかもしれないだろう?」
「そんな物なのかな?」
「世の中そんなモンだ。そういった発想で、馬鹿馬鹿しく思えても、下らなく思えても、現実的で実用的な物や事を出すヤツを頭が切れるヤツだと俺は思うんだ」
「なるほどな。そう言う物の見方もあるな。だが、自分を気遣って取って付けたようにも聞こえる。違うかな?」
「違うな。その内にわかるさ。異なったナワバリとハカリから出る数々の発想の淘汰。これがなけりゃ人間はここまで進歩しないさ」
リフはそう言うと立ち上がり顔の汗を両手の手のひらで拭うと再び足跡を追う。
マリオンもかなり前から顔に汗が浮く感覚を覚えていた。
ハンカチを取り出し顎の痣の化粧の部分だけ残して顔を拭ってからリフに続く。
「ここでストップかな?」とマリオン。
グシャール帝国とウーランを結ぶ大通り。
水はけを重視し平たい石と石を敷き詰めた貴族の馬車や物資をすみやかに送る為に作られた人工の石畳の路。
スラムの路地からの追跡でここにたどり着いた二人。
石畳では足跡は残らない。
油の跡は完全に途切れてしまっていた。
「獣の足跡はな。獣は人の皮を被ってる。ここは大通りだ。その姿見てる者がいるかもしれん。ここからは獣ではなく人を追うんだ」
そう言ってリフは辺りを見回し目指す最初の物を見つけるとそれに向けて歩き出す。
「リフ。どこへ行くんだ?」とマリオン。
大通りに面して立ち並ぶ建物の横を二人は歩く。
「酒場に淫売宿に安宿。兎も角、女を連れ込む寝床がある場所」とリフ。
「この日も高い内に昨晩の延長戦? リフ。自分はまだ股ぐらが痛いと言ったのを忘れたのか。本当にオマエは化物並みにタフだな。このクソ蒸し熱い日中の最中にその気になってしまってるんだから。……自分も嫌とは言わんが、もう少し日が影って気温が下がってからにしてくれないか」
「バカ。いや、悪い。ごめん。そっち方面の話じゃない。昨晩にグァルクァンはこの近くを通ったと思われるよなマリオン。で、ここは人と物資が行き来する大通りに面した盛り場だよな。当然にグァルクァンを見たかもしれないのは昨晩にこの大通りに面した盛り場にいた者だ。そんな夜更けまでも仕事をしてる者の職業は限定されるだろう?」
「……なるほど。そう言う事か。つまり娼婦か?」とマリオン。
「正解。それにポンピキに男娼にそれらを買った客だな」
「つまり、そう言った場所をシラミつぶしに聞いて回るワケか?」
「そう言う事だ。で、悪いがマリオン。そう言った場所で俺が聞いて回ってる間、オマエはこの辺りで静かに待っててくれるか?」
「どうしてだ? 別れて二人で手分けした方が早いじゃないか?」
「オマエな。自分のナリ(容姿容貌)を客観的にわかってるのか? 超美形の年頃の育ちの良さそうな娘さんがだよ。可愛いメイドの服を着込んで一人でそんな女の体を売り買いするトコ乗り込んでみろ。間違いの元が間違った服着て間違った場所に行って間違った事をするような物だ。腹空かせた虎の群れが巣つ喰う檻の中に体中に血の滴った生肉を大量にぶら下げた小羊が入る方がまだ安全かもしれん。本当にわからんのかオマエは?」
「だったら、二人で聞いて回れば……」
「あのな。女連れの客に娼婦が口聞いてくれると思うのか? オマエの顔を見て嫉妬にかられて知ってる事まで知らないってムクれるだけだ」
「そんな物なのか?」とマリオン。
「間違いない」と真剣な眼差しでリフ。
「あ。そんな事言ってひょっとして、きれいどころに囲まれてだな。ちょっとお休みなんじゃないか? 何せオマエはアレに関しては化物だからな」
「アホ。俺はな。オマエ以外の女は愛せない。浮気するなら男と堂々と……」
不要な事まで言いそうになった事に気付いたリフ。
言葉が尻すぼみになっていた。
「自分に対する無垢なる愛の誓いを立ててくれたのやら、今から堂々と男と浮気するぞって宣言されたのかわからん答えをしてくれるな。まあいい。なんとなくわかった。自分はこの辺り静かに待ってる事にする」
「やっとわかってくれたか」
「ああ。この辺で素敵な女性に声かけてみて気長に口説いて時間を潰してるよ。自分もオマエ以外の男は愛せん。だから自分も公然に堂々と女性と浮気をする事にした」と今度はマリオンが人の悪い笑みをにこやかに浮かべながらそう言ったのだった。
リフはマリオンを一人残し昼の盛り場の中を動いていた。
一軒目はベラリオンという名の酒場。
レディ・チキータの依頼で動いてる事を酒場のマスターに伝え、それとなく客や男を物色する娼婦たちに探りを入れて聞いてまわるが収穫がなく酒場の表に出たリフはマリオンを見やる。
蒸し暑い最中に数人子供たちと一緒に猿を使う大道芸人の技を見ているのが見えた。
次はガウスシャイデと言う名の淫売宿に入るリフ。
ここでは灰色のフードを着たヤツを見たと言うポンピキが一人いたが、それは昨日の昼間の事だったのでリフはその事を心にとどめて置きまた外に出る。
マリオンは子供たちと辻角の露天の店の前にいた。
鉄の串で焼いた肉をまとめて買い子供たちに分け与えているのが見えた。
その後リフは近辺の安宿やら川舟の水夫の船宿、馬車や荷馬車の御者の詰所や中継地等の娼婦がタムロしそうな所や娼婦のまとめ役がいそうな場所に粘い汗まみれになりながら足を運んで聞いてまわる。
だが、曖昧であやふやで信憑性にとぼしい情報しかリフの耳に入って来なかった。
ふと、また気になりマリオンの姿を見やるリフ。
(いない。どこに消えた)
踵を返してマリオンのメイド姿を探すリフ。
いた。
辻角の露天の店の手前のボロい屋根のある路地の奥。
数人の子供たちに囲まれた黒サージのメイド服の後ろ姿があった。
リフはマリオンのいる場所へと足早に向かう。
そしてたどり着く。
そこでは変な帽子を被ったガキが胴元となった露天の博打場だった。
三つの皮のカップが布をはったテーブルの上に並ぶ。
そのカップどれか一つに中に入った豆がどのカップに入ってるかを当てる博打だった。
杖をついた少女横で小金を賭けた博打にハマッているマリオンの姿をリフは見た。
「マリオン。何やってるんだ?」
振り返ったマリオンがその場を離れて、
「リフ。ちょっとこっちに来て」と、リフの腕をつかんで大通りまで出る。
「今、手持ちの小銭全部くれ」とマリオンはリフに言う。
「おい。俺がちょっと目を離した隙に何故に大道博打にハマってるんだオマエは。しかも『貸してくれ』じゃなく『くれ』かよ?」
「あの杖をついた少女が見えるかリフ」
「あの子がどうしたんだ?」
「あの子は目が不自由なんだが耳がとてもいいんだ。で、肉をオゴッてやったお礼に今、自分はイカサマの真っ最中。あの子が自分にどのカップに豆が入ってるか音でそれとなく教えてくれる事になってる。だから小銭を全部くれ」
「オマエは本当にバカか? それがアイツらの手なんだよ。オマエ今、大きく負けたんだろう。それで熱くなってる違うか? わからんのか? オマエはカモにされてるんだよ。あの目の不自由な子もあの胴元の仲間でまわりにいるガキども全部サクラなんだよッ! オマエはネギしょってナベかついで骨取りと筋の掃除が終わった美味しいカモにされてるんだョ! 胴元のあのガキはオマエの貼ったカップ以外のどちらか片方に豆を放り来んでだよ。当たるワケがねぇ。そんな事もわからねぇのか!!」
「それがどうしたッ! 負けッぱなしは性にあわんのだ!! 勝つまでやってやる。いいからリフ。今手持ちの小銭全部よこせ。で、さもなきゃ半月ぐらいズッと夜の閨のお務めを自分はしないぞッ!!!」
メイド姿のマリオンの目は完全に座っているように見えた。
リフは仕方なく諦めて自分の革袋を取り出し小銭を渡そうとする。
「早くくれッ!!」
「わっ! マリオン。き、金貨。金貨が混ざってる。それは小銭じゃねぇ」
袋からリフの手のひらに出た銅貨を選り分けてる最中に混ざった金貨まで横から手を伸ばしてわしづかみにかっさらってマリオンは路地の奥に取って返す。
リフはそれを黙って見ていた。
手も口も出さないと心に決めていた。
(カモられりゃいいんだ。少しは世の中を知る薬になるだろう)
などとリフは考えていた。
「わお。金貨だぜ。いいのかョ。あの軍服着たのがアンタのお屋敷の旦那なんだろう? つまりあの旦那から借りた金なんだろ。負けたらどうするつもりだ。きれいな小間使いのお嬢さんョ」と胴元の変な帽子を被った少年。
「勝ちャいいんだ。負けたらリフにはこの体で返してやる。早く!!」とマリオン。
「なるほど。そういう関係かョ。ならいいか……」
胴を取る少年が左の皮のカップに乾いた豆を入れてふせる。
右、左、真ん中とそれぞれのカップを前後左右に素早く動かす。
時折マリオンを挑発するかのようにカップをあげて中の確認させる。
また、素早くカップが動きまわり、そして止まる。
「で、勝負だ。きれいな小間使いのお嬢さん。どれに張るんだ?」と胴元の少年。
マリオンは横の目の不自由な少女を覗き見る。
(右手も左手も動かない。真ん中だな)
「真ん中に全部賭ける」と握った金貨の混ざった小銭の固まりを両手で押さえ付けるように真ん中のカップの前に置くマリオン。
「いいのかよ。本当にそれで?」と胴元の少年。
「ああ。絶対に真ん中。真ん中っていったら真ん中だッ!!」
そうマリオンが言い切った瞬間。
小銭を押さえ付けていたマリオンの両手が飛燕のごとくに素早く動いていた。
テーブルの上に置かれた真ん中の皮カップだけを残し左右の皮のカップを開けてしまっていたのだった。
「ほら見ろ。左右の中は空だ。オイ。ガキンチョ。真ん中のは開けなくても良いよ。それと足らない賭け金の分はチャラにする。文句はないよな」
そう言ったマリオンはテーブルの上の金貨を含めた小銭全部をかき集めてその場を離れるようとする。
「わかってると思うが送り狼は無し。この軍人さん相手にケンカするのは自殺モンだぞ」
と、あっけに取られる胴元の少年とまわりの子供たちに言葉を投げかける。
「それとこの子を少しばかり借りていくから。すぐに返すよ。リフ行こう」
そう言って金を全部書き集めてズタ袋に入れたマリオンは目の不自由な少女を連れてその場から離れようとする。
「何してるんだよ。リフ。早く行こう」とマリオン。
「ああ」とリフ。
リフも子供たちと同じように呆然としていた。
リフは自分の頬をつねってみたい気分でいた。
目の前で繰り広げられたマリオンのイカサマ賭博に対しての返し技。
リフにとってまったくもって思いもよらない展開だった。
信じられない思いとマリオンが見せた鮮やかなる手の動き。
胴元の少年やサクラの少年たち、それに目の不自由な少女以上にあっけに取られていたのだった。
グシャール王国歩兵団団長リフムト・スチャリトルが……。
賭場のあった路地から出た所で立ち止まったリフとマリオン。
そしてマリオンが手を取って導くように連れ出した目の不自由な少女。
「ごめんなさい。許して。許して下さい」と杖をついた目の不自由な少女はすすり泣く。
「どうして泣くのかな? 謝るのかな? 君のおかげで勝てたのに……。ところでリフ。グァルクァン(狂った毒蛇)の手がかりをなんか見つけたか?」とマリオン。
「今一つと言うより、さっぱり皆目わからん状態だ」とリフ。
「そうか。ではリフには金貨全部と小銭を適当に返す。はい。残りは……。ところで君の名前はなんだっけ?」とマリオン。
「シュミール」と目の不自由な少女は答える。
「シュミールちゃんに残り全部を渡して精算終了と」
そう言いマリオンは残った小銭の入ったズタ袋を少女に握らせてやる。
「どうして? どうして私にくれるの? 私は仲間と一緒に貴方を騙そうとしたのよ」
「山分けって約束したろう。それに自分が勝ったからそんな事はどうでもいいんだ。それとそれを持って返れば仲間たちは文句を言わないだろう? それともう一つ。リフにも話してやって欲しいんだ」
「話って?」とシュミール。
「昨日の晩の話。賭博の最中に自分に話してくれたろう? 昨日の夜はこの路地で眠くなるまで雨を聞いていたって話」
「血とオリーブ油と焦げた臭いのする人のこと?」とシュミール。
「おい。マリオン、そ、そいつは……」
「そう言う事だリフ。シュミール。それは自分たちにとって大切な事なんだ。もう一回話して欲しい」
「……昨日の晩に眠くならなくて毛布に包まってずっと雨を聞いていた。雨が降ると雨音で私のまわりの世界がなんとなく見えるような気がするから。多分明け方の前だったと思う。この路地の前を誰かが通ったの。その人から血と炒め物のオリーブ油の匂いと肉の焦げる臭いがした。それと微かな混ざった薬の臭いも。とても静かな足音がしてた。それと意味のわからない小さな声。異国の祈りの言葉かも……。なんかとても恐かったから私は寝たふりしてた。それだけ……」
「どっちに向いて歩いていった?」とリフ。
「あっちにずっと真直ぐ」と横を向いたままに大通りのグジャール王国のカランコルラムへと続く路に向けて指差すシュミール。
「背の高さはわかるかな」とリフ。
「多分貴方ぐらい」とマリオンに耳を向けて指差すシュミール。
「男か女かわかるかな」とまたリフ。
「わからない。声と汗の臭いはなんとなく女性みたいな気がしたけど……。男の人の臭いが強くしてた」
「男の臭いって?」とマリオン
「シーメン(精液)の臭い。貴方の腰の高さぐらいの所」とマリオンを再び指差してシュミールはそう言った。
「他に気がついた事は何かないかな? どんなにつまらない事でもいいんだ」とリフ。
「わからない。わからないわ。雨の跳ねる音と臭いしか私にはわからないもの!」とシュミールは泣きじゃくり始める。
「わかった。それじゃぁ何か思い出したら……。レディ・チキータを知ってるよなシュミール。俺たちはレディ・チキータの命で動いてる。なんでもいいから思い出したらレディ・チキータの配下の者に必ず伝えてくれ。他の三人のこの街のボスもそれは了解している事だし、決して悪くはしない。逆にシュミール。オマエと仲間を守ってくれるハズだ。俺が言ってる事の意味はわかるよなシュミール。レディ・チキータにどんなに小さくともカシを作れるって事の意味の重大さを。ウソじゃない。証拠を見せよう。これも持っていってくれ」
そう言っリフはマリオンから返された金貨の混ざった小銭の固まりまでもシュミールに渡したのだった。
「しかし暑い。しかも、俺の面目丸つぶれじゃねぇか」と呟くリフ。
大通りをグジャールに向けて歩き始めたリフとマリオン。
二人はどんよりとした天空の下。
水はけは良いはずなのだがそれでも渦巻くような熱気を持ち二人の体に貼り付くようにまとわる湿気の中。
石畳の上を二人は汗に塗れて歩み続ける。
「どうしたリフ?」とマリオン。
「自分のアホさ加減と言うか、このクソ暑い最中歩きまわってクソにもならんネタばかり聞いて拾いまわってた自分が呪わしいと言うか、ガキと一緒に遊んでてもキッチリと正確なネタを拾って来たオマエが恐ろしいと言うか、一つ文句を言ってもいいかマリオン?」
「なんだ? 文句って?」
「アノ目の不自由なシュミールって子からオマエは話を先に聞いたよな。その時に何故すぐに俺を呼ばなかったんだ?」
「自分は『間違いの元』になるから、あの露天の辺りで一人で残って『静かに待ってくれ』って言ったは誰だった?」
「……俺だ」とリフ。
「自分は静かに待ってたゾ」とマリオン。
「そ、そうだった……」と呟くように小さな声を上げたリフは天を仰いでいだ。
「お。あった。そっくりの足跡。でも全部違うな。大きさも目方もグァルクァン(狂った毒蛇)とはまったく違う……」とリフ。
グジャール帝国へ向かう石畳の大通り。
潅木の生えた植え込みの土の上に残った入り交じった足跡。
それをしゃがんでそれを指差すリフ。
「うーん。やっぱり自分にはサッパリわからん」とマリオン。
「作りが同じタイプの布の靴……」
「だから自分にはサッパリわからん。ところでリフ。この植え込みの後の壁の向側に見える建物の事だが……」
「つまり、職業的に同じ物を履いてる事か。これは。かなり絞れて……」
「人の話を聞いてないな」そう言ったマリオンはリフから一人離れて植え込みの中を進み壁に右足をかけて上へと飛ぶと壁の上に両手をかけてその上半身を壁の上に乗り出す。
「……絞ってみてわかった事。グァルクァンは灰色の僧服らしき物を身に付け布の靴を履いた職業。制服かもしれない。そしてオリーブ油が多分身近にある職業。そして間違いなく男……」とリフは声を上げる。
「それはどうかな。僧服を身に付けて布の靴を履いてるのは同意する。が、職業と言うよりもそう言った服装して生活をしており、男かどうかはまだわからんというのが正確なのではないかな? それとオマエは一つの事に心を奪われると他の物事がよく見えないタイプなんだと自分は考えるが、その見解は間違いかな。リフ?」とマリオン。
「それはレディ・アイネスにチョクチョク言われ……て、どうしてオマエにそんな……て、わっ! マ、マリオン。降りろ。見えてる。まる見えだ。スカート中がっ。ちっちゃな下着が凄く喰い込んでるのまで丸見えッ。目の毒。それは目の毒その物。いいから、頼むから、お願いだから、今直ぐに降りてくれっ!!」
マリオンの声のする方向に目をやったリフは慌てふためく。
「気にするなリフ。そんな事よりもオマエもここに上がって来ないか。面白い物が見えるぞ」とマリオン。
「わかってない。そんなオマエの姿を見てたら……。太陽が茶色とドドメ色を通り越して真っ黒になるまで、出し過ぎで下っ腹とナニと腰がひどく痛もうが、出し過ぎで血を噴き下腹と腰がすり潰される激痛に苦しもうが、腹にへばり付きそうにおっ勃っちまう。シャレ抜きでその気になっちまうだろうがっ!」とリフ。
「……わかった」
そう言ってスカートをはためかせてマリオンは植え込みの中に着地する。
「何を考えてるんだ。わかってるのか? オマエは俺のバシタ(嫁)だが、ハタから見れば年頃の娘なんだぞ。もう少し恥じらいって物を少しは持ってくれ」とリフ。
「何を見てるんだ? わかってないのか? オマエは一つの物事に捕われ過ぎなんだ。もう少し離れた場所から物事を見るクセも付けるベきだ」とマリオン。
「は? 何を言ってる?」とリフ。
「あの壁の向こうに自分が見た物だよ。灰色の僧服に布の靴を履いた人々が中で野良仕事をしていたゾ。わからんか? この壁の向こうの建物はなんだ?」とマリオン。
リフは壁の上を見る。
リフの目に建物の上に備え付けられた十文字の尖塔が映る。
そしてリフを嘲笑うかのように荘厳なる鐘の音が計ったように辺りに鳴り響き始めた。
「……カ、カテドラル(修道院)かよ!?」とリフ。
「正解。そして問題。カテドラルだ。一定の戒律と規律を守って共同生活を営む人々の団体が集まる場所だ。ただし、中にいる人々は全部が女みたいだゾ」とマリオン。
「……僧院。違う。尼院って事か?」とリフ。
「ひらたく言えば尼寺って事だ。尼寺の中に股ぐら勃起させてシーメン(精液)を漏らす修道女が紛れ込んでいるとオマエは考えるのかな?」
マリオンもカテドラルの尖塔を見上げながらそう言った。
続く
リフとマリオン
黒使い・作
第2話 お馬のマリオン
4
「申し訳ありません。そちらは礼拝堂です。異教徒が通ると死にいたる天罰が覿面(てきめん)に下ります。どうぞこちらへ」と灰色の僧服を身につけた修道女。
「かなり丁寧にひどく脅されたような気がする。ところでリフ。オマエの宗旨は何?」とマリオン。
「一応シャモン(仏教徒)だ」とリフ。
「改めて考えると自分の宗旨はなんなんだろうか? 悩む。敬虔ではないが……」
「どうぞ。こちらの方へ」と再び二人を案内する修道女。
二人を礼拝堂に続く通路とは反対側の一室に招き入れる。
「……お話は良くわかりました。お二方。ですが、おかしいとは思われませんか?」
修道院の来客者用の応接室なのだろう。
リフとマリオンが腰掛ける長椅子の前。
質素な細長いテーブルの前に腰掛けた慈母と言う文字をその顔に温かい微笑みと言う形で具象化したやや年かさの中年の女性がリフとマリオンの反対側の長椅子に腰かけ、その後にはリフとマリオンをこの場に案内した若い娘。
線が細く淡く印象を与え痩せたと言うよりはやつれた感じのする修道女が小間使いよろしく椅子に腰かけた女性の命を待つようにその横に立っていた。
「失礼。シスター、いや、院長。……ええっと……」とリフ。
「アデラールです。院長でも構いませんが……」
「では、シスター・アデラール。自分たちの話がおかしいとおっしゃるその理由は?」
「貴方がたお二人のお話です。私の耳にもその俗界(世間、修道院の外の世界)のウワサ話は耳に入っております。望まぬしも夜に咲く花となり春を売る堕落した婦女子たちが狂った化物に無差別に殺された事。そして、その化物をお二人が追い求めている。そこまではわかります。ですが、ええっと。リフさんでしたね。貴方が話の中でおっしゃりませんでしたか? 狂った化物。犯人は男だと。ここに住まう迷える小羊たち。私たちは全員が女なんですよ」
「リフ。オマエ言ったっけ? グァルクァン(狂った毒蛇)が、犯人が男だと?」とマリオンが口を挟む。
「言ってない。どうしておわかりになったのでしょうか。シスター・アデラール?」
「ミリト。このお二人にお茶を。後は下がっていていいわ」とシスター・アデラール。
痩せ細った娘が一礼してその場を離れ部屋から出てゆく。
「申し訳ありませんね。小羊たちの前で男性の話。それも血なまぐさい話は……。それとなぜ犯人が男だとわかった理由ですね。簡単です。この当院は神のしろ示すこの世界の門。神が統治される天国への門となる場所です。そして俗界の者が主に、神に赦しを乞う場所でもあります。つまり神に懺悔し赦される事で心のよりどころを取り戻そうと願う者が集う場所。そんな迷うる小羊たちの懺悔の声を、血を吐くような心の声を、夜に咲き春を売る女性の肉声を、憎悪に、怨嗟に、恐怖に、哀惜に、殺意の声をどれほど私が聞いて来たとお思いですか? その経験の上での判断です。女が人を殺す時の凶器は忍耐の凶器と呼ばれる毒薬がそのほとんどです。女が女を無差別に殺す? 知らず知らずに、あるいは男に脅迫された共犯ならばありましたが、そんな話は聞いた事がありませんわね。この世界で狂って無差別に女や子供を殺してまわるのはいつも季節の変わり目の時期の男です」とシスター・アデラール。
「何か凄まじい見解を聞いた気がする」とマリオン。
「ふむ。言われてみればその通り。納得しました。シスター・アデラ−ル」とリフ。
「おわかりいただけて嬉しいですわ」とシスター・アデラール。
「リフ。いいかな?」とマリオン。
「なんだ?」
「だから自分が言ったろ。ここは女性の園の尼寺だって。尼寺の中に自分がしでかした事に興奮して股ぐら勃起させてシーメン(精液)を漏らすようなヤツはいないって」
「マ、マリオン。ここはカテドラルだぞ。露骨な表現はやめろ」とリフ。
「構いませんわ。マリオンさんでしたわね。春を売る娼婦たちの懺悔の言葉はもっと露骨で悪意に満ちてますから」とシスター・アデラール。
「そうですか。なら構わないな。自分からもシスターにうかがいたい。順番はわかりませんが、全裸の女性を縛り上げ、縛り首にして、シャイデ(オ○ンコ)に刃物を突っ込んで腹を切り開き、薪とオリーブ油で全裸の女性を焼くって宗教的な儀式を御存じありませんか?」とシレッとした顔でマリオンは問う。
「ネ、ネロアンゲン レ……。そ、それ…、そんな事を……。可哀想に……。存じません」とシスター・アデラール。
その時、ドアがノックされて先程退出したミリトと呼ばれた修道女がお茶の入ったポットとカップをトレイの乗せて入ってきた。
修道女はリフ、マリオン、シスター・アデラールの前のテーブルにお茶を入れるとそそくさと退出する。
「うん。いい香り。良い葉っぱ使ってますね。トウ帝国の物かな? それと……」と真っ先に口をつけたマリオンはそう言っていったん言葉を切ると両手でカップを抱え込むようにゆっくりと味わって飲み始める。
「ほう。マリオンさんはお目が高い。確かに……グッ!」
次の瞬間にリフの左の腕が伸びてシスター・アデラールの喉をわしづかみにした。
「もう一つ俺からもたずねたい事がある」と右手で胸元に付けた短剣を引き抜くリフ。
「どうして嘘をつくんだ? シスター・アデラール!」
リフの腕を振り放そうとシスター・アデラールが暴れテーブルの上のカップがひっくり返りテーブルと床を濡らす。
「先を越さ……。 リフ。あまり手荒なマネは……。仕方ないな」とマリオンは自分のお茶の入ったカップをかかえたままに立ち上がる。
そしてトコトコとドアに向かうと鍵をかけ、ノブを回して錠が降りてる事を確認してまた椅子に戻ると腰をかけ『フ−』と息を付くとまたお茶を飲み続けるマリオン。
「俺を止めないのか? マリオン」とリフ。
「止まらんのだろう? リフ。目がまた獣の目に変わってるもの」
「……………」(なんからしくないな)
沈黙のままに左手の短刀をシスター・アデラールの右目に突き付け、首をつかむ右手の握り方を変えるリフ。
シスター・アデラールが呻いて膝をガクガクさせた。
「刃物で脅す事は先に謝っておくシスター・アデラール。時間はあるが手をこまねいていると新たな犠牲者が出るかもしれん。だから手っ取り早く聞く……」
「ひ、人を呼びます」
「どうぞ」リフは静かにとぐろ巻く蛇のようにそう囁くと、
「しかしシスター・アデラール。まず、気を利かせたマリオンがドアに鍵をかけている。次にドアが開けっ放しでも俺にはアンタの耳を潰し、目を潰し、喉を潰す時間はある。アンタは修道女で院長だ。で、そうなったらアンタは神におつかえする責務をどうするんだ? また使えるようになるなんて甘い考えは真っ先に捨ててよく考えるんだ」とリフ。
「ああ。お茶がとっても美味しい」とマリオン。
「本当の事を言え!」リフが声を高めていい、短刀の切っ先を髪の毛2本分ばかりを残してシスター・アデラールの右目に近付ける。
「アンタは『そ、それ…』を『そんな事を……』に言い直した。目が左に動き何か別の事を考えてもいた。その後は目が泳ぎッぱなしだ。つまり、何か思惑があり働いてるって事だ。しゃべれッ! 『そ、それ…』って言うのは? それと目を左に寄せて泳がして何を考えてた? そ、そいつをしゃべってもらおう……」
「ネロアンゲン レ デァブロカモ デァブルメンデ カウワルンテ サンク……」とシスター・アデラールの口が動く。
「俺にわかる言葉でしゃべれ。シスター・アデラール」
「ああ。お茶が本当に美味しいなァ。ところでシスター・アデラール。最初のネロアンゲン レ…、つまり『黒い来訪者…』と今の『邪悪を狩る 魔性の女 封印 5番……』って何なんです?」とマリオン。
リフに喉元を押さえつけながらも目を剥いてマリオンを見るシスター・アデラール。
「オマエわかるのか。今の言葉が?」とリフの目もマリオンを横目で見た。
「ラクン語だよ。古い僧曹の言葉で韻と節が多様で歌みたいに聞こえるのが特徴だ。今ではまったく使われる事のない死語だな。それと自分は魔法使いだぞ。聞き取りだけならば魔法の古文書読み解くより簡単だし、レディ・アイネスの魔法のお勉強よりはるかに単純だ。それにまったくわかっていなかったら椅子に座って大人しくお茶飲んでたりしない。リフ。オマエを止めてる」とマリオン。
「つまり、オマエは俺を止める気はサラサラないって事だな?」
「そーゆー事。お茶が美味しいなぁ。ホント。嫌になるぐらい美味しい」とマリオン。
「そーゆー事で説明してもらおうか? シスター・アデラール。嫌とは言いませんよね」
リフの持つ短刀の切っ先がシスター・アデラールの眼球にまた髪の毛一本分ほど接近する。
同じ応接室の中。
「ひと昔。十年近く昔の話です……」と椅子に腰かけたシスター・アデラールは力なく語り出す。
「……我々の上のもっともっと上。信徒たち管理統括する部所で5番という組織がありました。教理、神の教えを研究し追求する部門です。その部門の一部の信徒が突如狂ったのです。いえ。そういった風潮。女性の存在その物を蔑視する意識が我々信徒全員にまん延していたのが原因なのでしょう。女は邪悪な魔女であり男を堕落させるベく生まれた蛇だと考えて……。知的な女性や気高い気性の女性。美女や美少女。醜い女や老人に子供までを狂ったように虐殺しはじめたのです。そして、その方法が……」
「口籠らずにしゃべるんだ。シスター・アデラール」とリフ。
「女の体に針をさして魔女の刻印を探し……必ず何かが見つけだされるそうです。そして体内に巣つ喰う魔性の物の力を弱めるために祝福を司祭たちが祝福を与えた聖油、オリーブ油を肛門から体内に流し込み魔物を封じます。また互いの男の部分に祝福を与え合って聖水としたシーメン(精液)を魔女の胎内に……」
「続けて下さい」とリフ。
「……集団で代わる代わる陵辱してはシーメン(精液)を注ぎ込み……ま、魔女を縄に吊るす準備にかかります。石綿で包まれて燃えない縄に。その後は薪の上に火を灯しナイフで切り裂かれるんです。女の部分から真上に。そして吊るされながら血と体液だけでなく大量のオリーブ油が溢れまき散らしながらその女は一気に燃え上がる。完全に燃え尽きて灰になるまで薪がくべ続けられ……。最後はその灰を清らかなる川に流してしまう儀式をするそうです」
「それが『ネロアンゲン レ デァブロカモ デァブルメンデ カウワルンテ サンク』つまり『黒い天使(訪れる者)。邪悪なる魔女を狩りたて封印する5番(我々)』女性の虐殺を奉ずる狂信者たちだったのですね。シスター・アデラール」とマリオン。
「……はい」とうつむき答えるシスター・アデラール。
「で、そのキ○ガイどもは今は?」とリフ。
「女性の大量虐殺の件がその5番の内部からの告発で表沙汰となり淘汰されました」
「淘汰? それは淘汰でなく秘密裏の粛正ですね。皆殺しですか?」とリフ。
「お、おそらく……」
「逃げた者は? 生き残った残党は?」
「わ、わかりません。私も具体的な事は知らないのです。ほとんどがまた聞きのウワサ話の類いなんですから……」
「もう隠し事も嘘もなしでお願いします。シスター・アデラール」とリフ。
「わ、私、う、嘘なんて……」
「では、この修道院で今までにその手の類いの事件や事故は?」とリフ。
「あ、ありません」とシスター・アデラール。
「では、ある日に突如消えてしまった修道女がここにはいますか?」
「そ、それはあります。が、大概がここの生活が嫌になって逃げ出した者ですぐに家族に連れ戻されます。ほ、本当です」
「家族に連れ戻されなかった者は?」
「い、います」
「その者たちがどうなったのか、その後の消息はわかってますか?」
「さ、さだかでは、あ、ありません」
「それは調べてみないとダメなんじゃないか。リフ?」と口を挟むマリオン。
「そうだな。調べてみるか。兎も角。この修道院が今回の連続した娼婦殺しの中心でこの中にグァルクァン(狂った毒蛇)がいるか関係する者がいる可能性が高いようだからな」とリフ。
「ま、まさか……。そ、そんな事……」とシスター・アデラール。
「と、言う事で積極的で全面的な御協力をお願いします。シスター・アデラール。先に説明しましたが、自分たちはレディ・チキータの命で動いてる。協力を拒むことは貴方には出来るかもしれませんがしない方が良いでしょうね。他の三人のこの街のボスもそれを了解しているんです。それらに助けを求める事も出来ません。それでもなお協力しないとなると……。この自分の軍服が何かわかりますよね。街の治安を守る歩兵団の軍服で僭越ながら俺はその団長です。徹底的にこの修道院を団員を率いての総掛かりで捜索する事になります。そうなるとどんな間違いが起こる事やら。心配です。そしてその後は……」
「その後?」とシスター・アデラール。
「その後どうなるんだ?」とマリオン。
「ウチにケンカを売ったって事なんだから知った事かッ! どうなろうと放っとくさ。この街の四つの領袖(ボス)がどう出るか。どう動くか。おそらく間違いではすまされない狼藉と蹂躙と陵辱の嵐が吹き荒れると思うな。ここ(修道院)に対して。グァルクァン(狂った毒蛇)が死ぬか捕まるまで。いや、そうなっても止まらんかもしれん」とリフ。
「それって脅迫なんじゃないかな?」
「わかってるじゃないかマリオン。これはあきらかなる脅迫さ。で、シスター・アデラール。俺たちに、自分たちに、よりマシな我々に協力しますよね?」
そのリフの問いに対するのシスター・アデラールの答は肯定であった。
ただし、条件が付いたが………。
「で、カテドラルの内部はマリオンさんが、逃げた後が不明の修道女たちの消息を調べるのがアンタになったワケ?」とレディ・チキータ。
「ええ。シスター・アデラールに泣いて頼まれました。男がカテドラル内部を調べてまわるのはどうしてもダメだと……。それにマリオンが承知しやがったんです『リフ。オマエがカテドラルの内部を調べてまわる? それこそ、春先の季節の変わり目の猛り狂って暴れまわる頑丈その物の笑い狂う牡馬の前に、これまたサカリが付いてその気になってる愛玩用ガスト(子犬程の大きさの愛玩用の馬)の集団の生の尻を並べてやるような物だ。絶対に間違いではすまない事になる』とかのたまいやがって志願したんですよ。カテドラル内の捜索に……」
夕暮れはとうに過ぎていくぶんか蒸し暑さが引いた宵闇時の事。
いったん調査の報告にレディ・チキータの別荘に一人戻ったリフ。
レディ・チキータに足跡がカテドラル近辺で消えた事とシスター・アデラールからの情報で生き残った狂信者集団の残党の犯行か関与の疑いがある事を手短に報告した。
「そう。ならば誰かウチのコ。聖シャンヌ修道院の内部に詳しい者をマリオンさんの補佐に送るべきかしらね」とレディ・チキータ。
「それはお願いしたいですね。一応ミリトって院長付きの修道女がマリオンの補佐に付いてますが……友好的ではありませんから」
「腕に覚えのあるコの方がいいのかしら?」
「どうでしょうかね。ま、戦力的には大丈夫でしょう。魔法と俺とタメはるぐらいの剣技をマリオンは持ってますし、結構頭も切れるますし、それに運はエラク強い。たとえ、あの修道院の中で面と向かってグァルクァンの野郎と出っくわしてもおくれを取る事はないと考えるんですが、ただ、なんか、何処か、マリオンの俺のあずかり知らぬ部分がスコーンと抜けててアブナッカシイなと感じてしまうんです。補佐の件は是非にお願いします」とリフ。
「わかったわ。それは明日一番に手配しましょう。で、カテドラルから逃げた後の消息が不明の修道女たちの件は?」
「シスター・アデラールから過去2年分の書面をもらいレディ・チキータの舎弟たちの力を借りて半日調べてまわりました。全部で32人。内、その姿を確認できたのが、やはり家の戻ってそのままってのが12人。レディ・チキータの身内として引き抜かれたのが8人。別のトコに引き取られて街の娼婦となったのが3人。事故死や病死が2人。監獄にブチ込まれてるのが1人。まったく不明である日突然消えてしまったってのが6人いました」とリフは言い書面をレディ・チキータに渡す。
「6人。可能性は大ね」とレディ・チキータ。
「はい」とリフ。
「この後は?」とレディ・チキータ。
「明日。カテドラルに戻って完璧に消えた修道女6人の事を関係者や他の修道女たちに聞いてまわるようにマリオンに伝えます。必ず何かあるハズですよ。接点が……」
「わかりました」とレディ・チキータ。
「では、俺はこれで」とリフ。
「あら。もうお休みなのリフ」
「ええ。今日は疲れました。なんかマリオンにエラク虚仮(コケ)にされたような気がして精神的に凄く参ってるんです。風呂に入って酒飲んで寝ます」とリフ。
「一人で? なんならウチのコを閨のおともに……。イエ、なんならあたくしが御相手いたしましょうかリフ? 二人ッ切りで昔を思い出しながら……」
「そ、その件につきましては慎んで御辞退申し上げます。鞭で打たれるのは御勘弁を。痕が残るし、なによりマリオンに悪いし、本当に今日は疲れてるンです」とリフ。
「リフ。貴方、身持ちが固くなったわねぇ。信じられない。その昔、あたくしと可愛い男の子の二人を相手にとっかえひっかえ暴れまわったツワモノ。暴力と性欲の権化。性獣ソノモノの貴方の本性はどこに消えたの?」と、薄く妖艶な笑みを浮かべたレディ・チキータ。
「決まってるでしょう」とリフ。
一呼吸間を開けてリフは言葉を続けた。
「時折それが現れる事をマリオンに指摘されるのですがすぐに消えます。マリオンとマリオンのシャイデに丸ごと全部そいつは呑み込まれて完全に消えてしまうんですョ」
真剣な眼差しでリフはそういいレディ・チキータの私室より退席したのだった。
ソレは神たる主に声なく祈る。
(サンク ネレ ネロアンゲン レ デァブロカモ デァブルメンデ カウワルンテ サンク レ マイネレンカオ ハスカンテ ミーレ ネレソ シカーリ シカーレ シカリオン デァブルメンデ マイレネンカオミレ ミオ エレーネ エネルレン ネレ) (『5番(我々は)黒い天使。邪悪なる魔女を狩りたて封印する者。5番は唯一の神たる主に誓う。魔女を駆逐し殲滅する事を。この信仰が潰える事なく永遠に、永久に』)と。
そして神の祭壇の前にまた深くかしづき言葉を口から出す事なく祈りと祈るように心の中で言葉を紡ぎ神に訴え語り続ける。
(主よ。今日私の魔物の部分が見つけ出した魔女を一匹とその堕落の象徴たる連れ合いの情夫がこの神がしろ示す神の家に訪れました)
(言葉巧みに神の慈悲である咎人たちの淘汰を妨げた狡猾な若い魔女の方です)
(主よ。ここもまた潮時なのかもしれません。願わくばまた御許しを戴きたいのです)
(別の場所で。別の時に。別の姿で。別の身元でこの崇高なる使命を遂行する事を)
(そしてここに誓います。あの若い魔女を今晩の内に地獄へ送り返す事を)
(そして必ず残った大魔女の方もいずれ必ずこの手で地獄へ送り返す事を)
(必ず滅ぼす事を誓います)
(古の時代より魔女葬る唯一の方法で滅ぼし送る事を誓います)
(魔女は地獄へ)
(滅して殺します)
(殺して、殺して、殺しまくります! エィーメン)
灰色の僧服をまとったそれはその場からまた静かに立ち上がった。
そしてそれは後にする。
礼拝堂を。
聖シャンヌ修道院の礼拝堂から……。
そして自分の宿舎に戻る。
宿舎の新しい同居人である魔女は暗がりの中で蠢いていた。
そう。
寝床であるベッドと壁の間の隙間に潜り込み泡を口から吐き蠢く。
これから吊るし、切り裂き、焼き殺す目の前のマリオンと言う名の魔女は死期が近い犬のように狭くて暗い場所へ、もっと狭くて暗い場所へと逃げ込もうとしていた。
それはいつもの魔女たちの反応。
ベラドンナ(貴婦人の媚薬と呼ばれる毒薬)とベラドンナの毒の効き目を遅くし持続させる為に加えた少量の砒素の反応。
光を嫌って光ある場所から逃げ出したがるのがベラドンナ特性だった。
それとベラドンナ毒がまわるとの外からの暗示に対しても極めて弱くなる。
実にスムーズに魔女を拘束自分の言葉通りに動かせる便利な薬物だった。
マリオンと言う名の魔女は簡単にそれの入ったお茶を飲んだ。
「不味い。苦い。出がらしのお茶の方がまだマシだ」などと、不平を漏らしつつも愚かにも残さず全部飲んだ。
喉が乾くように蒸し暑さが続く修道院の中を聖なる礼拝堂以外の場所を連れ回してやったのだから。
マリオンと言う名の魔女が大好きな馬屋から納屋。納屋から農場。農場から地下室。地下室からそのまた地下のカタコンベ(地下墓地)そして、その奥にある封印された地下室の異端審問所の跡……。
魔女の、魔法使いの、魔法使いたる魔法その物を封ずる対抗呪文や魔力を消沈させるカウンターの呪文が所狭しと彫り込まれ、施された魔女殺しの為だけに作られた部屋。
もう使われる事のない異端者や邪教徒の魔女を穿鑿し責め殺す神聖なる場所。
「一番怪しい場所は完全に封印されてて、そこらかしこにホコリがうず高くまんべんなく積もっていて、まったくに人の出入りした形跡がないなんて本当にバカにしてるよな」
などとその時の魔女マリオンは私に言った。
自分がその聖なる場所で滅ぼされるとも知りもしないで……。
だが、一つきがかりな事がある。
灰だ。
清らかなる川に流す浄めの儀式はできない。
だが、この若い魔女を見ていると浄めの儀式は不要だと言う考が頭にしきりに浮かぶ。
魔女の探索の為に咎人の魔窟に紛れ込み目撃してしまったあの光景が幾度も頭に蘇る。
魔法を使えるのに口先ダケで人々を操り丸め込むあの狡猾さと邪悪さ。
末恐ろしい。
この魔女に浄めの儀式の神の慈悲など無用だ。
幾人、幾十人もの魔女を葬ったあの場所。
あの神聖なる異端審問所で焼き尽くし人が立ち入らないように封じ込めれば良い。
地下の異端審問所を構成する梁や柱をも燃やし尽くして落盤させる完全なる封印。
主もこの私の考えを御許しになる事だろう。
ここでの活動が潮時である事を。
ここを引き払って別の場所でこの崇高なる使命をまっとうし続ける事を。
もうすでにその事を主に願い許しを乞うたのだから……。
強烈な悪寒と倦怠感。
目を開けると目に見える物は目を灼く程の強い光。
とてもじやないが目を開ける事が痛くて出来ない。
それは窓から差し込む月の光なのだが太陽を直接見る以上に目は痛んだ。
それでもマシになりつつあるが、まだ体中が熱く全身の筋肉がゆるんで力は入らない。
自分の息が聞こえる。
嵐の中で吹きすさぶ風ように荒い。
口に何かが粘い物が貼り付いているのを感じる。
それを拭い取ることさえ面倒でおっくうだった。
そして何かを求めて自分の体が暗く狭く安心できる場所を求め続ける。
「起きて下さい。マリオンさん」
マリオンの耳に誰かの声が聞こえた。
顔を上げほんの少し目を開けてみるが部屋の中が明る過ぎてその姿は影にか見えない。
「貴方は病気なんです。お医者さまがみえたんです」
(病気!? 医者!?)
「立ってみて下さい。マリオンさん」
(の、喉が乾く……)
腕と肩を背後からつかまれて体を起こそうと誰かの力が込められる。
(だ、誰? ミリト?)
その後も脇の下や腹に誰かの腕が入り、巻かれて自分の体を持ち上げて運ぼうとする動きをマリオンの不明瞭な意識が感じる。
誰かの声の質が変わる。
小さな消え入りそうな呟き声。
「完全に動けないのか? 薬が多すぎたか…。仕方ない……」
(薬? 薬? 毒薬? これは毒?)
「一輪車で運ぶしか……」
声の主が遠ざかる物音。
マリオンの口が動く。
「…毒。毒なら……。どうする?」
今にも消えそうなリフの声が頭の片隅で聞こえる。
「……悪いものや毒草を喰って水や野草を飲み食いして吐き出したゲロかもしれん……」
(水。飲む物。毒を薄める。は、吐く)
マリオンは起き上がる。
目を開けると涙がボロボロと流れ出る。
修道女の宿舎の中。
歪む景色の中何度も目を開けては閉じて宿舎の中を探る。
そして見つける。
扉のない棚の上に置かれた儀式に使われるのであろうぶどう酒の瓶。
銀の装飾がされた古い陶器の瓶が2本。
中身の入った重さ。
その片方を痺れる指先でそれを取り上げ口で歯で栓を抜こうとしてマリオンの荒い息が瓶に息がかかる。
銀の部分が一瞬の内に曇り始める。
(ぎ、銀が曇る。や、やっぱり毒。き、貴族の謀殺毒……ひ、砒素? 何故?)
マリオンは栓を抜き瓶を口に含む。
腐っていた。
中身は酒の時期を通り過ぎて酢に変化していた。
マリオンはそれでも飲んだ。
麻痺する舌でそんな事にも気付かずに飲み続ける。
そして中身をすべて飲み干すと目の痛みをこらえて明る過ぎる窓に向かう。
上半身を乗り出し、口に指を突っ込んで胃袋の中身を全部外にぶちまける。
吐瀉物のなごりを口元に残したままにマリオンはもう一本の瓶を開けようとする。
ダメだった。
体が斜によろけた。
酢の入った瓶をつかんだままに床の上に崩れ落ちる。
そしてマリオンは意識を完全に失った。
「ああっ! チクショウッ! 目眩しそうなほどに、発狂しそうなほどに良い気分だゼ。これで側にマリオンがいりゃ、まったくに文句がねえんだが……」とリフ。
レディ・チキータの別荘の中。
全裸のリフはトウ国風の作りの汗蒸幕。
つまり今風の言葉でいうとサウナの中にいた。
風呂場の中は半分に割った竹の表面が縦横に走り、その竹と竹の間から目に見えぬ乾いた熱気が静かに噴き上がり続ける。
腰布を冷水に浸して体に打ちつけた後、またリフはドッカリと腰を降ろして、風呂場にこもった乾いた熱気を全身で味わう。
その竹の一部にリフの顎の先から吹き出た汗がたまっては滴り落ちる。
「ふう。ホント湿気がないってコトは暑くとも気持ち良過ぎだぜ。こまったもんだ。昨晩腰が抜けそうになるまでマリオンで抜きまくったってのにシャレ抜きで股ぐらがおっ勃っちまいそうだ。なのに何故マリオンがいねぇんだ。クソッ!!」
熱気がこもりにこもった空間の中。
リフは全身から汗が吹き出て体を伝い落ちる感触を味わう。
強烈な発汗の快感を味わいつつ悪態を吐きまくっては冷水の浸した腰布で体に打ち付ける事をリフは繰り返し続けていた。
そんな中、座席に腰を降ろしたリフの脳裏に不意にマリオンの姿が蘇る
今日の昼間にカテドラルの外壁の上に身を乗り出し中を覗き込むマリオンの姿。
黒サージの小間使いの制服姿のマリオンの後ろ姿。
カテドラルの外壁とマリオンの体の間に挟まれたスカートがペチコートごとに細い腰のくびれの下の靴下止めのベルトが見えるぐらいまでまくれあがる。
スラっと伸びた足を包む乗馬ブーツ。
内股から上の若く引き締まりそれでも女の丸みを帯びた下肢。
太股の上までを包む黒絹の靴下とその前後からショーツの上までピーンと伸びる四本の靴下留めのベルト。
マリオンの体が壁からズリ下がろうとしている為に股間の女の秘部に鋭角に食い込む白絹の小さく薄いショーツ。
その鋭角にピッチリと食い込む小さく薄いショーツから大きくはみ出したむっちりと張りつめて強烈に女の体を印象付けるマリオンの白い尻。
丸みを帯びてプリプリとした二つの臀球……。
そんな物思いにふけっていたリフは、現実に引き戻される。
そして腰に置いた濡れた腰布が持ち上がり、中で臍下に貼り付きそうに雄々しく勃起している自分の男根にハタと気付く。
「マリオンはいない。コレ。どうしてくれようか……」
リフは汗蒸幕の中を見回す。
「流石に、この年齢で、バシタもらった者が、ここで一人寂しくバシタのあられもない姿を思い出してそれをオカズにセ○ズリ扱くってのは余りに変態的……。こんな事になるならレディ・チキータと……」
リフは汗蒸幕の天井を見上げ、床を見下ろし、自分のいきり立つ男根を見やる。
「しかし、今さら……。ええいッ! 我慢できんワ!!」
悲しい男の生理と言えよう。
リフは汗蒸幕の中で熱い汗を流しながら一人寂しく自分のいきり立ち男根を利き腕の手のひら握りしめて扱き狂い始める。
そしてアノ壁の上のマリオンの姿を脳裏で反芻しながら上りつめようとした瞬間、汗蒸幕の入り口でノックの音。
「わわッ! わ、わわッ!!!!」
リフは慌てふためく。
ドアが大きく開こうとする。
「バ、バカタレ。ね、熱気が逃げるだろーがッ! 扉を早く閉めろバカ!!」
リフは羞恥心にかられてパニクってはいたが比較的にまともな罵声でドアの向こうに投げかけ、ドアを開けて入ろうとする外の者の動きを止めてしまう。
開きかけたドアがすぐに閉じ、少し開いた隙間から汗蒸幕の中に声が投げかけられる。
「リフの兄さん。客人が来てやすゼ」と。
レディ・チキータの配下の者。
この別荘の中を切り盛りする執事のマネゴトをまかせられてる男の声だった。
「客? 客だと? 誰だ?」
「レディ・チキータに会いに来られたちっこい娘さんですが、レディ・チキータが先にリフの兄さんにまわした方が良いとだろうとおっしゃいまして……。どうしやす?」
(レディ・チキータが気をきかせてくれたのかな? そりゃ、結構。大変に好都合)
などと言うかなり今の自分に都合の良い思いを頭の中で巡らすリフ。
「いいぞ。合う。通せ。通せ。ここに連れてきてくれ」
リフは完全にその気になっていた。
だが、しばらくして完全にその気になっていたリフの出鼻は挫かれる事となる。
「なんだ? なんだ? なんだ? テメー、いや、アンタ、いや、君……!?」とリフ。
汗蒸幕の扉を開けて入ってきたのは昼間に出会った目の不自由な少女。
ボロ布の様な服をまとい杖をついたシュミールだった。
「その声……。リフとかいう軍人さんですね?」とシュミール。
「え。あ。う。い。おっと。……ええっと! なんて名前……。ひ、昼間に会った。シュミール。シュミールだったよな。名前は?」
目の不自由な少女はリフに右の耳を向けたまま顎を上げるようにしてしばらく鼻をヒクつかせ続けてから言葉を続けた。
「……はい。そうです。乾いた熱い空気。ここは汗蒸幕の中ですね。それと男の人の臭い。健康な男の人の汗の臭いとシーメン(精液)の微かな臭い。今、物凄く元気な状態なんですね。軍人さん……。間違ってますか?」
そう言って右の耳をリフに向けたままにシュミールは腰掛けたリフを杖を握った右手を上げ、人さし指を一本だけを伸ばしてリフの股間の辺りを指さしたのだった。
ゴトゴトと自分の体が何かに乗せられて動く音と揺れをマリオンは遠くに感じた。
意識が少しづつであったが戻ろうとしている。
一輪車の上。
毛布に包まるマリオンは動かなかった。
(怪我や病気…。頭の良い馬は、う、動かない。わ、悪い馬は動く。そ、そして身噛みする。痛い所。悪い所を自分の歯で噛んで、噛んで、噛んで、傷口を自分で広げて死ぬ)
やがて音と揺れが止まる。
(じ、自分は、悪い馬、じ、じゃない。だ、だから、だから動くな。う、動くな。毒。毒を消す。た、た、体力を、と、取り戻す。そして……)
包まった毛布が剥ぎ取られる。
ランタンの炎。
マリオンはまた目を焼くような苦痛の為に呻き声を上げる。
(た、戦う。戦って、ま、負けるのは嫌だっ! 負けッぱなしはもっと嫌だっ!! )
カテドラル内の地下。
ホコリが積もった闇の世界。
「使える聖具はたくさんあるが……」と誰かの荒い呼吸を整える音とそれでも呟くような小声がマリオンに聞こえる。
揺れ動くランタンの光の中。
西の国の宗教の教理がその発祥であり、宗教の暗黒面である狂信が生み出し、魔女と呼ばれる数多くの異端者と呼ばれる者。
そのほとんどが女性で、その柔肌と血と涙を吸い尽くし、魔女の持ち物のすべてを浄財と言う金に変える目的で作り上げたありとあらゆる種類の拷問具。
俗に『鉄の処女』と呼ばれる、内側に鋭いスパイクがびっしりと植え付けられた人型の柩のような箱。
鋭角に上向きに尖った三角木馬。
手枷足枷が付いた十字架の柱。
天井からおどろおどろしく垂れ下がった鎖やロープと滑車。
女性のシャイデにもっとも屈辱的な責め苦を与える為に棚に並べられた男根を象った太さも長さのさまざまな淫具。
また男根を象った巨大な男根の淫具が取り付けられ、そそり立つ鞭打ち台。
魔女であるのかないのかを識別する数々の太く長い針。
頑丈な木造の手枷足枷付きの椅子。
そして部屋の角に置かれた絞首台と断頭台。
そのすべてがホコリいう封印を分厚く被ったままの狂信者にとっての聖域。
異端審問所跡の審問室の中だった。
「思い出した事を伝えに来た?」と、汗蒸幕で健康的な汗と羞恥心から来る情けない事このうえない粘い冷や汗を垂れ流すリフ。
シュミールの目が不自由だった事がリフにとって唯一の救いであった。
「はい。一つ目は血とオリーブ油の肉の焦げる臭い以外の臭い。混ざった薬草が焦げる臭いの事。オピュ−ム(阿片)とグュリューン(大麻)の焼ける臭いでした」とやはり右耳をリフに向けたままに額に汗を浮かべたシュミール。
「どっかで聞いたような話だな。どこだっけか?」とリフ。
「二つ目が祈りの言葉の一部。『寝ろ安言』とか『ダブル面で』とか『参区』とか言う言葉を繰り返してしゃべってた。トウ帝国の人かもしれない……」
「それもどっかで聞いた話だ。どこだっけ?」と汗塗れの頭を傾げるリフ。
「そして最後。変な話になる。臭いの話。ここに来て気付いた事。リフさんの臭いを嗅いで今、気付いたの。シーメン(精液)の臭いと汗の臭い。股間の臭いは間違いなくシーメン(精液)の臭いだった。それと汗の臭い。昼間程蒸し暑くなかったけどアノ晩の熱かったので汗の臭いがしてた。その臭いはリフさんの臭いとはゼンゼン違ってた」
「どう言うことだ。それは?」とリフ。
「汗の臭いは少なくとも男じゃなかった」とシュミール。
「男じゃない? まったくもっておかし過ぎる。エラク矛盾した話なんじゃないか?」
「だから変な話になるって言ったの。思い出した事はこれだけ。それじゃあリフさん。サヨナラ」
そう言って顔面に汗を溜めたシュミールは汗蒸幕から出ていった。
「……汗塗れで、男じゃなくて、股ぐらで一物をおっ勃ててた者?」
リフは一人そう呟く。
「自分がしでかした事に興奮しまくって股ぐら勃起させてシーメン(精液)を漏らすようなヤツ………。これもどこかで聞いたな。で、男じゃなくて女?」
リフは頭を抱えて考え込む。
「何だ。そうか。ハハハ。やっと思い出したゾ。三つともマリオンが俺に言ったんだ……」
しばらくしてリフはガバと顔に汗を溜めて上げると一人そう呟く。
「……『混ざった薬草が焦げる臭い。オピュ−ム(阿片)とグュリューン(大麻)の焼ける臭い』てのはマリオンが言った『得体の知れないハーブの匂い』の事だ。それと『寝ろ安言』と『ダブル面で』と『参区』てのが、マリオンが言った『ネロアンゲン レ デァブロカモ デァブルメンデ』とか言ってたラクン語なんだろうなァ。そんでもって『自分がしでかした事に興奮しまくって股ぐら勃起させてシーメン(精液)を漏らすようなヤツ』で『男じゃなくて女?』ってのは『尼寺の中に自分がしでかした事に興奮して股ぐら勃起させてシーメン(精液)を漏らすようなヤツはいない』ってのがシスター・アデラールの目の前で俺にマリオンが垂れた能書きのセリフだった。そうか。そうか……」
「……つまりだな。シュミールちゃんの言った事は正しい。俺の股ぐらの状態を言い当てたしな。で、順番につないで考えるとだな。まずグァルクァン(狂った毒蛇)の臭いで『オピュ−ムとグュリューンの焼ける臭い』てのが、これはビックリ。グァルクァンは昨日の裏の会合の参加者かもしれない事を指し示している。阿片窟とお茶屋(グュリューン専門の喫煙宿)はこの街では完全に住み分けがされてるからその可能性は高い。シュミールちゃんに聞こえた『寝ろ安言』とか『ダブル面で』とか『参区』とか聞こえたのは多分ラクン語で、ラクン語を使うシスター・アデラールがグァルクァンの疑いの筆頭にある。あるいはシスター・アデラール以外であのカテドラルの修道女でラクン語が使える者がグァルクァンって可能性が高いって事だ。で、最後が俺の臭いを嗅いで気付いた二つの矛盾するグァルクァンの臭いでだな。『自分がしでかした事に興奮しまくって股ぐら勃起させてシーメン(精液)を漏らす』って事は男だ。で、流す汗の臭いは男じゃないって事からすると女って事になっちまう。股ぐらにナニを生やしていて犠牲者のシャイデを刃物で切り刻むと興奮しまくってシーメン(精液)を漏らす女で修道女って事になるよな。ちょっとにわかには信じられんが……」
で、またリフはその場でうつむいて考えをまとめ始める。
「……で、推論続きだ。あのカテドラルの中にまず間違いなくグァルクァンの巣がある。しかも、それは死語に近いラクン語をしゃべっている事からシスター・アデラールかシスター・アデラールに近いあのカテドラルの上部に食い込でいる者でもある。それと、裏の会合の参加者でありレディ・チキータの所の内情に通じている可能性もあり非情にヤバい。で、グァルクァンはオカマの可能性が大で、股ぐらにナニを生やしている以外は外見と体臭は女である。そして困った事にカテドラル内の捜索に一人残ったマリオンはグァルクァンは完全に男だと見てるハズ。つまり、俺もだが『ナニを生やした女』って可能性がスコーンと抜けてたワケだ。まるで獣を追って森を追跡してたら何時の間にか俺たちはグァルクァンの巣の中にハマリ込んでて、オマケにぐるっと獣にはまわり込まれて背後を取られた状態で付け狙われており、追う立場から追われる立場になっていたって事か? しかも、マリオンはグァルクァンの巣の中でたった一人。俺がいないから戦力が半減の状態で。ふむ。マリオン。ちょっとばかりピーンチってか……?」
リフは静かに顔を上げてかなり乾いた声で静かに笑い始める。
「……ハハハハハハ。じ、じょ、冗談じゃねェっ!!」
リフはいきり勃ち腹にへばり付きそうに勃起したままの男根をさらして汗蒸幕から飛び出す。
汗蒸幕の中には外れたままに置き忘れられたリフの腰布がダケが残されていた。
続く
リフとマリオン
黒使い・作
第2話 お馬のマリオン
5
石の床に置かれたランタンの光。
その横に置かれた刃物で切り裂かれて剥ぎ取られたマリオンの黒サージのメイド服と乗馬ブーツ。
カリカリと鉄鎖が天井の梁から下がる滑車を噛み回る音。
鎖が引かれて滑車が音を響かせる度に舞い散り落ちるホコリ。
堆くホコリが積もった審問室の石の床。
広げられた毛布の上。
手足を折り曲げてその体をなるべく小さく丸めようとするマリオン。
その右足に鉄鎖の先に取り付けられた足枷。
鎖が引かれマリオンの右足が吊り上げる度に体が毛布ごとホコリが積もった石の床に引きずられて滑る跡を残す。
完全にマリオンが逆さ吊りとなると鉄鎖と滑車の摩擦音は止まる。
破れた黒絹の靴下の残骸がまとわりついたままに逆さ吊りにされた全裸のマリオン。
毒の苦痛と吊りさげられた姿勢が与える苦痛に歪むマリオンの顔。
乳房と尻の柔らかな女の肉体の美しさがまだ完成されず満ち切らない美少女の体。
力なく大きく広がったままのマリオンの左足。
赤いマリオンの薄い恥毛。
さえぎる物なく剥き出しとなった薄い恥毛に包まれたマリオンのシャイデ(オ○ンコ)の割れ目と小さな肉の莢の中に隠れるようにのぞかせる敏感な肉の芽。
それらのすべてを床のランタンの淡い炎が審問室の闇の中に淡く映しだす。
ゴトッと音がした。
床にマリオンが握りしめていた銀の装飾がされた陶器の瓶が床に転がり落ちた音。
「儀式の前に……。先ずは検査」
誰かの声。
女の声。
聞き覚えのある声。
その声き修道女のミリトの声のようにマリオンは思えた。
「乙女かどうか。そして魔女の印。悪魔との契約のイレズミを探す」
そう言った者は床に屈んでランタンを取り上げる。
悪魔との契約の隠されたイレズミを探すために。
マリオンの赤く薄い恥毛をランタンの炎で焼き尽くして丸裸にする為に。
その後には船のマストを縫う針よりも太い針を使う。
魔女かそうではないかの判定する魔女狩りの針でマリオンの全身を突き刺して痛みを感じない箇所を探りだす為に……。
その別荘の主人の私室のドアを蹴り破るような勢いで開けて飛び込むリフ。
「レ、レディ・チキータっ!!」と、続いて獣の雄叫びのようなリフの声が上がる。
執務に使うトリネコの机の向側で先程の目の不自由な少女シュミールと話合っていたレディ・チキータはその声の主を見やり驚きに目をみはる。
「ワァーオ。とっても、とってもス・テ・キなお召し物ねリフ。あたくしとの『昔の素敵な思い出よ。今、もう一度』の性獣の状態になってるの? 今のアナタは一人家のベッドを暖めて待っている新妻に挑みかかろうとする仕事や任務で足留め喰らって帰宅が遅れに遅れた新郎の姿その物に見えるわ」とレディ・チキータ。
右手に軍靴。
左手には一まとめにした軍服。
全身汗塗れで股間を痛いぐらいに勃起した男根を隠しもせずに仁王立ちのリフ。
ただし、その目はマリオンが言う獣の目状態のグシャール王国歩兵団団長リフムト・スチャリトルだった。
ドカドカと素足で歩き書簡や書類の類いが広がる執務机の前で立ち止まる。
「レディ・チキータ。昨日の裏の会合に参加した者。女性で聖シャンヌ修道院の内部に詳しい者はいますか?」と尋ねた。
「は? ……そうね。それなら該当する組織はウチだけになるわね。ノイン、テーカ、エレナ、ミリェルってトコね」
「エレナっ!? 下の名は?」と、もどかしげに軍服を身に付けはじめるリフ。
「確かタタレスクだったと思う」
「エレナ・タタレスクだと!?」
軍服のボタンを一つかけ違えたままにズボンを穿こうとするリフの手が止まる。
そして書簡や書類の類いが広がる執務机の上で目指す羊皮紙の書類を探し出して覗き込むリフ。
そして、またリフはレディ・チキータに尋ねる。
「そのエレナ・タタレスクは今どこにいます?」と。
「聖シャンヌ修道院よ。ウチの仕事を常勤ではなく通いでやってるコなの。流石にバレるとマズイから普段は仮面を被ってる。昨晩も被ってたわ。銀のサソリのペルソナを…。どういうことなの?」
「同姓同名がもう一人いるのでなければ多分死んでますね。そのエレナ・タタレスクは」
そう言って覗き込んでいた書類をレディ・チキータに向け指差すリフ。
「……リ、リフ。これは?」と顔色が変わるレディ・チキータ。
「そう。シスター・アデラールからもらった書面です。まったく不明である日突然消えてしまったっ6人の中の名前の一つですよ。そのエレナ・タタレスクてのは。それとレディ・チキータ。馬を一頭借りますよ」
両の軍靴に足を通しながらリフは感情がまったくこもらぬ声でそう言ったのだった。
天井から下がるロープの一つにぶら下げられたランタン。
逆さ吊りにされたマリオンの前には影があった。
「痛みをほとんど感じていない……」
そしてまた誰かの声。
女の声だった。
聞き覚えのある声でもあった。
その影は力なく広がるマリオンの自由な方の脚をつかみそれ以上に股を引き裂くように割り広げ、僧服の前を男根を大きく膨らませた部分をマリオンの顔にこすりつける程に近付け、ランタンを手にしてその炎で恥毛を焼き払い、ピンクの割れ目に炎の舌を舐めはわせられた。
無毛となった女の秘裂にホコリを被ったままの張型が押し込まれ出し入れされた。
マリオンの衣服の残骸でホコリを拭われた魔女狩りの針。
マリオンのシャイデを中心にその白い肌に魔女狩りの針突き刺さり続けた。
無毛となったシャイデに針を打たれる都度に絶叫を上げ、苦悶のあまりその身をよじり狂って宙を踊りたくなるような激痛をマリオンは幾度も感じた。
だが、マリオンは毒が抜けつつあったがそれでもまだ体が鈍い痺れの為に小さくくぐもった悲鳴しか上げられないでいた。
マリオンの無毛の秘裂から張型が引き抜かれる。
「……そして破瓜の血は不着せず。乙女でもない」
(毒で痺れた者に痛みを感じる余裕があると思うのか? それに人妻で処女だと言う女がこの世界に何人いると考えてるんだ。チクショウめ。ブッ殺してやる。必ず。必ず。必ず。見てろ。この痛み必ず百倍返しにしてやる!!)
そんな決意を心の中で固めるマリオン。
「キサマは魔女に間違いない。そして何よりも私に与えられた神の試練。私の魔物の部分がキサマのシャイデを欲しがって雄叫びを上げているのが何よりの証拠……」
影が動く。
フードで顔を隠したままに灰色の僧服の前が大きく広げられる。
「見えるか? 魔女よ。キサマの肉を欲しがる私の魔物の部分が?」
逆さの宙づりになったマリオンの髪を影がわしづかみにする。
「見ろ。見るんだ! 見るんだ。魔女よっ! 私の体をっ!」
マリオンは痛む細めた目をあけて見た。
闇の中。
ランタンの前に立ちその光を遮り逆さに映る裸体があった。
小さく膨らむ両の乳房。
痩せたと言うより痩せ過ぎた体。
そして、マリオンの真正面。
その女の股間には以前にはマリオン自身が、今はリフの股間で見知った物があった。
紫色に張り切り反り返りヌラヌラと劣情の雫を糸のように細く垂れ流す男根と煮えたぎる劣情の樹精の固まりを今にも噴かんがために固く小さく収縮する二つの睾丸であった。
聖シャンヌ修道院。
裏口の低い門を飛び超える軍馬。
馬蹄の音を高らかに辺りに鳴り響かせてカテドラルの聖堂の正面まで青毛の馬をアブトマット(騎兵が言う最大突撃速度)で走らせ続けたリフはタズナを引き減速し止まる。
そしてトラット(だく足)で馬首を巡らせて馬上から地上に颯爽と降り立つたリフ。
次の瞬間にリフはいきなりうずくまって胃袋の中身を吐いていた。
固形物がまったくない胃液ばかりを。
「こ、これで、三回目だぜ。チクショウ。胃袋裂けそうだ。こ、この、このまま放っといたら、ぜ、絶対に脱水症状で死ぬな。俺は。ハハハ……」
月明りの下。
青ざめて群青色の顔。
吐いた汚物の残滓が貼り付く口元。
体中からは噴いた汗が乾き切って塩の粉が噴いた状態。
着込んだ軍服のボタンをかけ違えたままに立ち上がるリフの姿はほとんど冥界を彷徨い歩く伝説の幽鬼の形相を帯びていた。
「……じゃあ、狩の続きを始めるかョ」
そう呟くと月明かりの下をリフは走り出した。
「わかるか? 魔女よ。私の体の魔物の部分がっ! 私の本来の体である女のシャイデの部分の前で醜くそそり立つ魔物のリンガ(ペニス)がっ! これは魔女のシャイデを欲し求める。白くドロッとした魔物の子種をこの世界に散らばる数多のすべての魔女の腐ったシャイデの奥の奥に、地獄その物の魔女のハラワタの中にぶち撒いて強くて邪悪なる新たな魔物を孕ませてしまおうと吠え狂う。だが、そうはいかない……」
ランタンの光を遮る影の女の声は続く。
「……我はサンク。我は逆にその魔物の声を聞き利用する者。魔女を探り、炙り出し、追いつめて魔女を狩る者。ありとあらゆる身分と階級の女に紛れ込んだ魔女を探り出す魔物の一部を魔女を見つけだす魔法の杖として神から授かりし異形の者。貴族女。娼婦。少女。寡婦。淑女。この魔物の部分に劣情を覚えさせた女たち。そのすべてをこの手で私は狩り殺した。わかるか魔女よ? いくら欲してもこの魔物のリンガがキサマのシャイデにぶち込まれる事など永遠にありえないのだ」
影がマリオンから離れようとする。
「儀式の始まり……。まずは聖なる油で悪魔の力を弱めて魔女の腐ったハラワタとシャイデを、キサマの魔物が巣つ喰うハラワタとシャイデの奥の奥までを浄める……。魔女よ。そのままにしばし待て。すぐに聖油を用意する。それと愚かなる魔女よ。貴族で魔法使いの魔女よ。ここでの魔法は無駄だからな。ここは異端審問所の審問室。魔法のすべてを封ずるカウンターの呪文が施された魔女殺しの為だけに作られた部屋だ……」
影はそう言い放つとランタンを手に取り逆さ吊りのマリオンから遠ざかる。
そしてここからマリオンの反撃は始まる。
院長室の中。
シスター・アデラールは暑くとも用心の為に閉め切った執務室の中でなぜか風が動くのを感じた。
執務の机の後から立ち上がるシスター・アデラール。
そして窓を調べる。
月明かりが差し込む窓に異常はなかった。
踵を返して今度はドアを調べるシスター・アデラール。
閉じていた。
そして鍵がかけられていた。
(はて? 私は鍵までかけたかしら?)などと考え込むシスター・アデラール。
その瞬間に音もなく院長室の中に忍び込んでいたリフは襲った。
背後からシスター・アデラールの口元に左手で塞ぎ短剣を握ぎった右手を細い腰に巻き付け鳩尾にその短剣を突き付ける。
「お静かにシスター・アデラール」とその耳元に囁く囁くリフ。
「う、うう、うううン」シスター・アデラールのくぐもった声が上がり、ジタバタと両手両足を使ってリフから離れようと身悶えもがき続ける。
「シスター・アデラール。時間が本当にないのかもしれないので手ッ取り早く確認させてもらいますよ」
そう耳元に再び囁くリフは鳩尾に突き付けた短剣を使ってシスター・アデラールの僧衣の前を下に向けて真一文字にかっ切る。
そして短剣を床に落としたリフはシスター・アデラールの下着の中にその右手を差し入れて彼女の股間を指でまさぐる。
「サリサリとした絹草の茂みに彩られた女の柔らかな肉の丘と谷間の感触。チッ。本物の女だ。外れか。では、シスター・アデラール。口から手を離すが大声を出すのは禁物だゾ。もしもだ。大声をだしたら……」
リフは右の指でシスター・アデラールの恥毛をかき分けて中指の指先でその肉の合わせ目を2度ばかり軽く撫で上げ言葉を続ける。
「ここの泉が枯れ尽くすまで、このまま貴方の大事なこの女の部分を俺の指で掻き回してやる。わかりますよね? シスター・アデラール?」
そのリフの耳元で囁くような声に女としての恐怖にカッと目を剥いたたかと思うとシスター・アデラールはコクコクとうなづく。
「では、シスター・アデラール。宿舎にはマリオンはいなかった。今どこにいます?」
そう言い、リフは口元から左手を外すと素早く脇の下から二つに切りさかれた僧衣の胸元に差し入れて左の乳房をわしづかみにしてシスター・アデラールの女体を力強く抱え込む。
「ひ、人を呼びます」とシスター・アデラール。
「つまり大声を出すわけですね? また同じ事の繰り返しですか? シスター・アデラール。それとも時間稼ぎかな? ならば、こちらも前と同じ答えです。どうぞ御自由に。ドアには鍵をかけてます。次にドアが開けっ放しでも俺は構わない。イヤ、その方が良いかな。アンタをひん剥いてから、このまま後からシャイデをハメ貫いて修道院の中を二人で大声でヨガリ声上げまくりながら走りまわりましょうかね? 修道女たちにウケる事間違いなしですョ」
リフの右手の中指が割り広げたシスター・アデラールのシャイデに浅くもぐり込ませ残った指でシスターの感じやすい肉の芽を撫で上げながら左手で乳房をもみしだき指の間で乳首を挟みこする愛撫しながらリフはまた囁く。
「ああ、おお――っ! 嫌っ、嫌です。そ、そんな……」と身悶えながら見開いたまなじりの下を引き攣らせるシスター・アデラール。
「イヤ、そんな事をして敬虔なる尼さん孕らましたりするのは悪者過ぎますね。孕んだりしないようにアンタのアルシュ(お尻)の狭い方の入り口にしましょう。つまり露骨な表現で言うならカマ掘りです。シスターをこのまま抱え込んで、すっ裸の股おっぴろげて俺のナニでシスターのオカマを掘りまくってハラワタの中を掻き回しながら前の方を指で弄くりまわして修道院の中を走り回る。男が欲しくなってヌルヌルになったアンタのシャイデをここの修道女、迷える小羊の皆に見てもらいましょう。それがいい。そうしましょう。是非そうしましょう」とまた囁くリフ。
「い、いやっ、いやですっ、そ、そんな事っ、もう、もうこれ以上私を苛めないで!」
「だったら静かにしゃべれっ! マリオンはどこだ? シスター・アデラールっ!!」
「こ、この、この時間なら、し、しゅ、しゅ、宿舎です」とシスター・アデラール。
「人の話を聞いてねぇな。わかってねぇみたいだな。感じねぇのか? シスター。布越しにアンタのアルシュの割れ目に当たってビンビンになってる俺のナニが。アンタのアルシュの狭い肉の穴が欲しい恋しいと猛り狂ってる俺のリンガ(ペニス)の感触をョ!」とリフ。
「ひっ、や、止めて! ゆ、許して! そ、それ、それだけは……」
「だったら良く考えてちゃんと答えろ。宿舎の中にマリオンはいない。どこへいったんだ?」
「……だ、だっ、だったら、わわ、わ、わかりません」とシスター・アデラール。
「だったら……。そうだな。ここの修道女の中でラクン語がしゃべれる者はいるか?」
「す、数人います」
「ならその中に行方知れずのままの修道女エレナ・タタレスクと親交があった者は?」
「エ、エレナ・タタレスク?」
「思い出せ。で、ないとシスター。俺も我慢の限界なんだ。アンタのアルシュは風前の灯って事になってるんだゾ」
そう言ってリフは両手だけの愛撫だけではなく軍服のズボンの中で膨らんだままの己の分身をシスター・アデラールの僧衣につつまれた尻にこすり付ける動きを繰り返す。
「ヒッ、や、止め…。え、エ、エレナ、エレナ・タタレスク。よ、夜に、夜になると宿舎を抜け出して色街で春を売り、己の体を金に変える組織で働いていた。それだけでなく、ここの迷える小羊までもをその地獄に堕とそうと画策していた堕天使の事?」
「(レディ・チキータのトコと繋がった!?)そうだ。そのエレナ・タタレスクだ。エレナと親交があってラクン語がしゃべれる者は誰だ?」とリフ。
「……ラクン語で親交があった者?」
「そうだ。誰だ?」
「そ、それ、それならばエレナと宿舎の同室だったミリトです。ミリト・スローターです」とシスター・アデラール。
「それはつまり、先に覗いた宿舎の中は空。マリオンがいないばかりではなく同室の修道女のミリトも。つまり行方不明のままのエレナ・タタレスクと以前に同室だった院長付きのミリト・スローターも一緒に消えたって事だ。そいつは非常にヤバい。ならばシスター・アデラール。そのミリトは何処だ? 何処に消えた?」
「しゅ、宿舎のハズです。そこにいないなら私にはわかりません。こ、こんな時に、こんな時こそ、ミリトがいてくれれば、たちどころにミリトの居場所を探し出してくれるのに………」と、かなりパニクった答えがシスター・アデラールから返ってくる。
「どうする……? ならば、聞く。シスター・アデラール。夜になってからミリト・スローターが良く出入りしている場所は何処かわかるか?」
「も、もう。わ、私。な、何がなんだか。わ、わかりません。ミ、ミリトは……よ、夜だけでなく昼間もならば受け持ちの礼拝堂とその下の聖具室によく行きます」
「礼拝堂と聖具室……。なんかまだネタが抜けてる気が……。待てよ。シスター・アデラール。このカテドラルでオリーブ油がある場所は何処だ?」
「ち、調理用なら厨房に。そ、それとギ、儀式や式典などに、つ、使う聖油なら、せい、聖具室の中です」
「なるほど。……仕方ねぇ。そこで網張るしかねえな。で、一寸…、少し…、かなり…、すごく…、イヤ、ものすごくもったいないがここでお別れです。お邪魔しました。シスター・アデラール。それとわかってらっしゃると思いまずが俺の邪魔はしないように。さもないと着痩せする貴方の女の脂がノリノリに乗ったこの豊麗で素敵なこの体がどうなるか。邪魔されて頭に来た俺にナニされるかよーく想像力を働かせて考えてみてから行動して下さい。それでは……」
そうまた耳元で囁くとリフはシスター・アデラールの女体を解放し床に転がる短剣を拾うと音もなくその場を離れる。
その後はけたたましい勢いで鍵の開く音とドアの開く音。
そしてカテドラルの廊下を走り出す者の足音が響いた。
一人院長室に残されたシスター・アデラール。
リフが消えてしばらくするとストンと膝を折ってひざまづくと胸の前で十字を切る。
「主よ。お、御許しを……。ほんの一瞬。いえ、幾度となく私の体を嬲るあの男の手の動きに我を忘れてそうになった事を。囁くように私の耳元に語りかけたあの声に何故かウットリとしてしまい、あの男の言った非道な狼藉の数々を……。さ、されてみたい。つ、つつ、続けて欲しいと心の中で……。し、色欲と肉欲と劣情に溺れて負けそうになった私を。いえ、この身をまかせてみたい考えてしまった事を。いっその事あのままに心の中で膨らむ邪な欲望に負けてみたいとさえ願い考えてしまった私をどうか御許し下さい………」
院長室に残されたシスター・アデラールの懺悔の言葉。
神に許しを乞い続ける願いと祈りの言葉はその場でいつまでも続くのであった。
完全に闇に包まれた異端審問所の審問室の中。
指を口に突っ込んでまた吐いたのかマリオンの下の床が吐瀉物が飛び散っていた。
吊られた右足首の皮膚が裂けて流れ出た鮮血がマリオンの太股を濡らす。
「クソ。あ、頭に血が……。それに足首が無茶苦茶に痛い……」
全裸のままに逆さ吊りにされたマリオンの声が闇の中で小さく呻き響く。
体にはまだかなり痺れが残っていたが何とか口はまともに動くようにはなっていた。
「オマケにマナ(魔法の元となる魔界のパワー)は体に満ちるのに呪文を唱えてもこの足首の鎖の元のレバーをシュトルムントで狙っても完璧に中和、拡散、消沈、打ち消されてしまう。魔法を放っても自分のまわり約半ヤーズまでが限界。あの女が言った通りこの部屋には完璧にカウンターの呪文が施されてる……」
マリオンは逆さに吊るされた体をよじってクルッと辺りを見回した。
「そして武器になる物はここには数多く並べられてるが自分にはまったく手が届かない」
ベラドンナの毒の効き目。
目の瞳孔が完全に開ききった為に自分のまわり、ホコリまみれで乾燥していても所々に湿気があるのか小さく微かに淡く光る苔の明りを頼りに部屋の中をくまなく調べてみたマリオンは一人呟く。
「こうなるとレディ・チキータとの魔法のお勉強の方法しか残されてない。やるしかないか。水がわりの物はあるんだし……。しかし、足首が痛い……」
そう呟くとマリオンは自分の真下に転がった銀の装飾の入った瓶を手を伸ばして取ろうとする。
ソレにとっては勝手知ったる場所。
礼拝堂の横の納戸の側面からから地下へと伸びる階段。
壊れたオルガンに折り畳まれた予備のベンチ。
聖体を入れ納める杯にその血たるぶどう酒を入れる瓶に器。
儀式に使う数々の燭台にキャンドル。
そしてソレが求め欲する儀式に使われる祝福を受けたオリーブ油の入った樽。
所狭しとやや乱雑にそれらが置かれた聖具室の中。
ソレはその樽を運ぶべく一輪車を押す。
ゴトゴトと回り動く車輪の音。
一輪車の上に乗った鍛冶場から借りたフイゴと火のともったランタン。
音が止まる。
ランタンが持ち上がりオリーブ油の樽にそれをかざす。
「待ちくたびれたゾ。ミリト・スローター」と不意に聖具室の暗闇の中に声が上がる。
リフの声だった。
「誰?」とソレ、ミリト・スローターはランタンを声がした方に向ける。
誰もいないし動く物は何もなかった。
「俺か? 俺の名前はケルだ」
ミリトの背後からその声は聞こえた。
またランタンが動くが聖具室の中の備品以外何もその光は映し出さない。
「わかるか? ミリト・スローター。タルタロスの底。忘却の川の岸辺で罪なき婦女子が流す涙の色を?」
今度は右斜後からの声。
「理不尽にもオマエに惨殺されてリンボゥで彷徨う女たちの悲哀の声を?」
また背後から声が響く。
「地獄の番犬としてこの三つの頭でクソの塊みたいな罪人を無限に喰い散らかす無慈悲な俺様たちの各々の耳にもこびりつき離れる事がない罪なく、か弱く、儚く、キサマに切り刻まれて、焼かれて、くびり殺された女の声を? 意志を持つ地獄の炎までもがその罪悪感で消えそうなるあの女たちの悲痛な声を?」
「じ、地獄の番犬。ケ、ケルベロス。そ、そんなバカな……」とランタンの横に映る影の持ち主。
院長付きの修道女ミリト・スローターの怯え震えた声が上がる。
左後方からリフの声が闇の中に響く。
「怯えてるのか? ミリト・スローターよ。エレナ・タタレスクは俺たちに言ったぞ。これ以上切り刻まれる女が出ぬようにキサマの右足を食いちぎってくれと。ハナ・ピニースも言ったぞ。ヌース(絞首刑の縄)を自分の首にかけたあの左手を食いちぎってくれと。ロゥザス・シェンカーも自分のシャイデを刃物で刺しハラワタを切り裂いたあの右手を食いちぎってくれと。マリオム・スチャリトルも言った。オマエを許さない。オマエの首だけを真っ先に食いちぎってくれとなっ!!」
「う、嘘つきめ。語るに落ちたな。マリオンはまだ殺してないっ!!」とミリトの叫び声が闇の中に上がる。
「それを聞き……」
その瞬間にミリト・スローターではない別の影が聖具室の中で動く。
両刃の剣の斬檄。
リフが握る剣の一撃がミリト・スローターの真上から振り降ろされる。
鈍く重く何かに当たる音。
ランタンだけでなく重く柔らかな物が床に落ちる音。
液体が飛び散り壁に当たる音と床に滴る音。
「……たかったんだ。マリオンが生きてるて事をな」とリフは言葉を続けてから、
「あっ! クソッ! チクショウっ!」と罵声が上がった。
闇の中に響く騒音。
ミリト・スローターがなりふり構わずに聖具室の備品をひっくり返してリフに対しての障害物としながら逃げ惑い始めたからだった。
ミリトを追おうとしたリフは先程のミリト・スローターとの会話の時に見せた軽快なる足さばきの動きはどこへやら。
簡単に床の上に転がった物に足を取られて転んだ。
リフはランタンを手に取り起き上がる。
ランタンには切断された二の腕までのミリト・スローターの右手がぶら下がっていた。
「逃がした。チクショウ。なんてザマだョ。肝心な時に足を取られるなんてな。脱水症状がついに足に来やがったのか? ちとヤバいかな? が、先にマリオンと。ヤツに手傷は負わせた。血の跡を追えはいいさ」
そう呟き、ランタンについた腕を引き離し、その場にそれ投げ捨てるとリフは床を照らし、血の跡をたどりながら追跡を再び開始する。
異端審問所の審問室の中で全裸のままに逆さ吊りとなり閉じる事が出来ない股間を大きく広げたままのマリオンは呟くように風系の呪文を延々と唱え続けていた。
マリオンの両手は顔の前で大きく椀の形に合わされ、その両手の間には小ぶりの水瓜ほどワインレッドの水玉が風に巻かれて歪に浮いている。
ワインレッドの水玉の正体は床に転がった酢に変化した瓶の中身の酒。
それにマリオンは呪文の詠唱で幾つもの風を巻き付ける。
マリオンの唇が韻を含んだ呪文を紡ぎ出す都度に両の掌の上で浮いたままに揺らめく。 それはレディ・アイネスとの魔法のお勉強の基本だった。
風の呪文を紡ぐマリオンの頭の中でレディ・アイネスの言葉が蘇る。
娼館ブーゼン・アルシュ内のレディ・アイネスの私室の中。
「マリオンさん。わたくしたち貴族、魔法使いは普段はまったくと言って良い程に魔法は使いません。それは何故です?」とレディ・アイネス。
「成約と制約と誓約。魔界から送られるマナ(魔法の元となる魔界のパワー)を自分の体を通し、自分の思いや願いを成就する為の魔法の基本の条件の為です。成約は魔法を使うにあたり条件を成り立てる事。制約はその条件を己に課してそれを満たさねば魔法を使わないと自分を律し管理する事。誓約はその条件を必ず守ると約束する事です」とマリオン。
「その魔法使いとしての基本の条件とは?」とレディ・アイネス。
「他人の為に使う。人を傷つける事には必要以上に使わない。己の身を守る為に使うのは最後手段です」とマリオン。
「では、その条件を満たさず邪悪な願いと思い。悪意と欲望のおもむくままに術師が魔法を使い続ければどうなります?」
「マナの人体侵食が発生します。まず、悪意を持った人の心が、次に身体が……」
「術師のマナ中毒における離脱。禁断症状。邪悪なる悪意の具象化ですね。『人、酒を飲み、酒、酒を飲み、酒、人を呑む』とのトウ帝国の飲酒の警句のごとくにマナもそれに当てはまるって事です。それでも悪意を持って使い続けた術師が行き着く所は?」ととレディ・アイネス。
「術師が己が持つ悪意が原因でマナに喰い尽くされて完全に魔物化します。身も心までもも完全に」
「よろしい。では、風使いのマリオンさんに伝授する魔法のお勉強はその裏技。前にも申しましたが外法。邪法。左道にあたります。体にマナを無尽蔵に取り込み消費する。ただし魔法としては使いません。ただ風を起こしてマナを消費するだけです。空気の裂け目を作って敵にぶつける事も、その裂け目を自分や敵の回りに張り巡らせる事も、風を操り竜巻きを作り敵地と言う対象に送り込むなどと言う悪意のこもった物ではありません。わかりますね?」
「つまり、悪意の対象にマナを使わないって事でしょうか?」
「間接的には相手を殺し傷つける事もありますが、それはあくまで結果であり、マナを直接使うワケではありません。魔法の過程は、一つ 術師の体にマナを取り込み、二つ 消費し、 三つ 悪意なり善意なりの術師の意志をもって、四つ 対象を求めて、五つ そこへ魔法を放つ。で、わたくしが求めるのはマナを消費する二つ目までです。そこで終わる。つまり、言葉で言えばマナは使うが魔法にはなってない錬金術とでもいいましょうか。悪意は完全に不在なのです」
「……良く自分にはわからないのですか?」
「では、わたくしが試しにやってみましょう」
レディ・アイネスの風の呪文を唱えながら、右手をかざしながらそばの水指しを左手で取り上げて床に中身を少しこぼす。
たちまち、その水流は風に絡め取られて胡桃大の水の球と化す。
「これが第一段階。右手で風を操り玉にする。フルパワーの風の呪文で厚く濃い風の膜を作り強烈な圧力をかけ続けて水玉を完全な球形を作ります」
そして、レディ・アイネスは再び風の呪文を唱えながら、左手もかざす。
「完全な球形の水玉が出来あがったら次は左手。ここからはイメージが必要。もうひとつの水球まわりにの風の膜を作ります。水玉の回りに普通の空気の軽く流れる状態の膜。風は濃くも薄くもない膜を。これが第ニ段階」とレディ・アイネスは完全な球形の水玉のまわりにかざした左手で目に見えぬ膜を作りあげる。
「そして第三段階。これもイメージが最も必要。頭で目に見えぬ三本目の腕を作ります。そして第ニ段階で作りあげた膜の回りに大きく作りあげる。そうですね。わたくしならば卵の殻イメージしてそれを作り上げます」
レディ・アイネスは呪文の詠唱がまた続く。
「マリオンさん。貴方にはまだわからないと思います。やってみた物だけが感じる感覚的な物なのですが、この水玉の回りにはわたくしの言う風の卵が出来てます。これで準備段階が完了。この後は左手だけを使います。右手の風の卵の黄身と頭の風の卵の殻はそのままに……。何をするか? 左手の卵の白身部分の風を薄くするのです。薄く、薄く、完全に薄く。そして元の緩やかな状態の濃くも薄くもない状態に戻す。そして、また薄く、もとに戻す。また薄く、もとに戻す。これをなるべく早く繰り返し続ける。体を通すマナをフルパワーで消費しながら。すると……」
レディ・アイネスの両手がかざされた胡桃大の水玉のまわりで微かに響き続けるキンキンという音が鳴り響き始める。
それは大気の中の水分が凍りつく音。
幾重もの風の膜に包まれた水の球のまわりに、その小さな音が響く度に、透明の水ままに風に巻かれたの黄身の回わり続ける風の壁がゆっくりと白く凍り付き始める。
「左手の白身を抜いて薄く薄く、元に戻す。また抜いて薄く薄く、元にもどす。これを間瞬く一瞬の間の速度で交互に何度も繰り返す……。そうすると中は凍り付く事のない水のままの氷の玉の出来上がります」とレディ・アイネス。
「ええっと……。確かに魔法にはなっていません。マナを消費する過程だけで終わってますね。が、その氷玉は何なんでしょうか? レディ・アイネス」とマリオン。
「そこの床に花瓶があるでしょう。それが的です。その中にマリオンさん貴方の剣を入れて離れて下さい」とレディ・アイネス。
マリオンは立ち上がり腰に佩いた剣を抜くと部屋の角に置かれた花瓶の中にその剣を入れてレディ・アイネスの前に戻る。
「左手の風を、空気を薄くする事で右手の黄身の部分の温度が少し下がる。元に戻してそれを繰り返すとますます黄身の温度は下がる。やがては、これ以上に下がる事がない程に黄身の温度は下がります。ただし、右手の風の厚い風の膜のために水玉は凍らずにその回りだけが樹氷のように空気の中の水分を取り込み凍てつかせる。この状態で頭と左手を解除。右手の風の膜だけを残して投げます…」
そう言ってレディ・アイネスは右手の氷の玉を花瓶に向けて投げた。
ビキッ、バキッ、パシパシ、ビキビキビキ、パシャーーーン。
夏の蒸し暑い大気が一瞬にして凍り付く凄まじい音が鳴り響きレディ・アイネスの私室の中の温度は急激に真冬の荒れ狂う吹雪の中の世界のごとくに一気に下がった。
「……氷玉の氷が砕け風の膜は潰れ中の水は花瓶にぶつかる。そのちょっとした衝撃で液体だった中の水はそのまわりにある物にまとわり付きすべてを瞬時に凍らせる。そして、まわりにある物に多くの水分があれば……」
ビキッ、パン。
花瓶が砕けて割れる。
その拍子にマリオンが差しいれた剣も倒れて踏み砕かれた大根のように折れてしまう。
「……凍り付いて炸裂するように割れてしまう。水分がなくても非常に衝撃に対して脆くなり折れ砕けやすくなる。で、マリオンさん。これを人にぶつければどうなります?」
「冷気系の魔法。その物……」
「いいえ。それ以上よ。あの水玉より低い温度はこの世界にはありませんよ。そして、その次の段階は風を。水ではなく、このわたくしたちのまわりにある空気その物を液体に変える次の裏技が待ってます。そして……」
そこで言葉を切るレディ・アイネス。
「……この術者のまわりだけでマナを大量に消費する裏技に対して防呪文。カウンター系の魔法はこの物理的な力には一切通用しません」とレディ・アイネスは言葉を続けたのだった。
マリオンは風の呪文を紡ぎ続ける。
逆さ吊りのままにゆっくりとその場をまわり続けながら。
赤い水玉には霜が被り薄いピンク色になりつつあった。
(ちょうどこれくらいだったよな。魔法の勉強の復習に失敗して寝室のドアを氷付けにしてリフを夜の街に追いやった水玉の大きさは……。しかし、足首が痛い。物凄く痛い。このまま失神して痛みのない世界に行きたいぐらいに痛い。だが負けるかっ! 負けられるかっ! 負けてたまるかっ! 絶対にあの女にコイツを決めてくれる)
そしてマリオンの風の呪文の詠唱は異端審問所の審問室の中で響き続ける。
やがてそのマリオンの耳に闇の遠くの物音と小さな人の声が聞こえ始める。
物音はたどたどしく移動する人の足音。
小さな人の声は歌に聞こえた。
違った。
女が唱える祈りの言葉だった。
「……デァブロカモ デァブルメンデ カウワルンテ サンク レ マイネレンカオ ハスカンテ ミーレ ネレソ シカーリ シカーレ シカリオン……」と。
「チクショウッ! チクショウッ! チクショウッ!」とリフ。
ミリト・スロターが流す血痕と足跡を追うリフは突如、足を止めて罵声を上げて猛り狂いながら地面の上を調べ始める。
「グァルクァン(狂った毒蛇)のヤツ。ミリト・スロターのヤツ。と、止め足(猟師が獲物の足跡や痕跡をたどって追っていくと、ある所から突然足跡が消えてなくなる状態。獲物がつけた足跡や痕跡の上を全くおなじように踏んでしばらく戻ってから茂みなどに飛び込み行方をくらます方法)を使いやがった。何処だ。何処で横に飛んで逃げたんだ。チクショウッ! チクショウッ!」
月明かりの下。
地面に残された痕跡を罵声を上げながら探し出そうとするリフ。
その時だった。
リフの遠く右の後方でその音は鳴り響いた。
何もかもを凍てつかせ凍らせるその音を。
「ま、魔法のお勉強。氷玉の割れた音。マリオンの氷玉……」と呟くリフ。
リフはその音のした方向へと走り出す。
闇に包まれた異端審問所の審問室の中。
「魔女めッ! 魔女めッ! 魔女めッ! 魔女めっ!」とミリト・スローターの声。
閉じかけたドアの前。
右腕を止血の為にキツク縛るように血で染まる布を巻き付けたミリト・スローター。
彼女はマリオンが逆さ吊りのままに投げた氷玉の破壊とその後の瞬時に発生する物理的な作用で膝上までを赤い氷に封印されて身動きが取れなくなっていた。
そして身に付けた僧服と両足が割れて大きくヒビが入っている状態で左手に握ったナイフでその赤い氷を突き崩して自由になるベく足掻き続ける。
「魔女めっ! 何をしたッ! 何をしたんだっ! 魔女めっ! 魔女めっ! 使えないはずの魔法を使いやがったなっ! このカウンターの呪文で満たされた聖なる異端審問室の中でっ! キサマの邪悪な魔法をッ!!」
マリオンはそのミリトの罵声を聞いてはいなかった。
足首の激痛とまだ毒の残った体でマナを消費し、氷玉を作り上げる事での体力の消耗。 それをドアの音を頼りに投げ付け、グァルクァンに氷玉が当たった事を確信した瞬間の達成感と安堵感。
そして頭に昇り過ぎた血液の為に失神し痛みのない世界にはまり込んでいたのだった。
闇の審問室の中にミリト・スローターのマリオンに対しての罵声とナイフで氷を突き崩す音とミリトが神に救いを祈り願う言葉が交互に繰り返されが響き続ける。
そこへ審問室の外からやっと追い付いたリフの怒声が重なる。
「凍り付いた半開きのドア。ここだな。マリオンはよっ!!」
リフがドアに体当たりを喰らわせ始める音。
何度も何度もその体当たりは続きやがてドアは氷を砕く音をたてて開く。
ドアの閂となった赤い氷と氷付けとなったミリト・スローターの両足を折り砕いてドアは勢いよく開いたのだった。
両足がなくなってもミリト・スローターは、左手にナイフを握り床を這ってマリオンに近付こうともがき足掻き狂う。
そのミリト・スローターに影が差す。
ランタンを握り審問室の床に映し出されるリフ影法師だった。
「よう。ミリト・スローター。ケル様が追い付いたゾ。残るは首だ。だが、首を求めたマリオンは生きてるみたいだから首はやめて残った手首にしておいてやる」
乾き空ろに響くリフの声。
そう言ってリフは剣の振り降ろした一旋でミリト・スローターのナイフを握ったままの左腕を切断した。
「やっぱり脱水症状だな。ちと手元が狂っちまった。手首じゃねぇが、ま、いいさ。それよりもマリオンだ」
リフは剣を鞘に納めるとランタンをかざす。
全裸のままに逆さ吊りにされたマリオンの姿がリフの目に映る。
「チクショウっ! ヒドイ事しやがってっ!」
リフはミリト・スローターの頭に蹴りを加えてからマリオンの元に走る。
鎖の元のレバーを外しマリオンを床に降ろすと首筋に指を当て脈を診て、口元に耳を当て呼吸を確かめ、目蓋を指で広げて目の動きを確認する。
「よかった。生きてる。起きろ。マリオン。目を覚せ。こんな寒いトコで寝てたら寝ションベンをチビるぞ。さもなきゃ霜焼けで痒くて悶え死ぬぞ。目を。目をさますんだよ。マリオン!」とリフはマリオンの頬を平手で叩き続ける。
「リ、リフ。た、助けに、助けに、き、来てくれたのか?」
やがて薄く目を開けたマリオンは力なく声をあげる。
「ああ。だがよ。オマエは本当に助けがいがないよな。ほとんどオマエが一人でグァルクァンを片付けちまってて、最後のトドメだけだぞ。俺がやった事はョ」とリフ。
「リ、リフ。さ、寒い、いい痛い。か、体中の、ほ、骨が鳴る。寒く、寒くて痛い……」
(クソ。ここは冬の雪山か? コイツはまちがいなく寒さによる間接の筋肉の収縮。シャレ抜きで凍死寸前の徴候じゃねぇか。すぐにでも暖めてやらねぇと……)
「わかった。ちょっと我慢しろマリオン。すぐに暖めてやるからな。それと絶対に寝るな。頼むから表に出るまでは絶対に寝るなよッ!」
そう言いリフはかけ違えたままの軍服を脱ぐとマリオンに着せてオンブすると右足首の鎖を引きずり、ランタンをかざして審問室を後にしようとする。
「リ、リフ。あ、あれ……」とマリオンの声。
ランタンの光に映し出される四肢を失ない鮮血に塗れたミリト・スローターの姿。
「おい。そいつも助けろってのかョ?」とリフ。
「そ、そう…」とマリオン。
「仕方ねぇな」
そう呟き、ミリト・スローターの髪をわしづかみにすると走り出すリフがいた。
地下通路をマリオンの右足に繋がったままに長く伸びる鉄鎖を音を鳴り響かせて。
地下通路を引きずりミリト・スローターの血の後を床に残しながら。
季節の変わり目の月光が射すまだまだ蒸し暑く暖かな夜の世界へと向かって。
続く
リフとマリオン
黒使い・作
第2話 お馬のマリオン
6
レディ・チキータの別荘の一室。
ベットの上で眠っていたマリオンの両目がパチクリと開く。
左右を見まわしてリフの姿を探すマリオン。
いないのを確認するとベッドから起き上がろうとするマリオン。
「グッ、ギッ、ガガガッ……」
マリオンは股間と足首に走る激痛に悲鳴をかみ殺しくぐもった声をあげる。
それでも起きあがり床に立つマリオンはよろけながらも歩き始める。
レディ・チキータの私室の中。
執務机を挟んで腰掛ける二人。
「……で、今は?」とリフの声。
「素敵なレディになる為に先ずはウチのコたちでペンテレン(顔のお化粧。俗語で平たく言えは顔射)のお勉強中」とレデイ・チキータ。
「ペンテレンね。なるほど。なるほど」とリフ。
そこにノックの音。
ドアが開きよろけながらもマリオンが入って来る。
「おい。マリオン。オマエ。もう大丈夫なのか!?」と驚いた声をあげるリフ。
「あ、頭が重い。じ、自分はどのくらい寝てたんだ?」とマリオン。
「三日三晩よ。貴方が持ち直すまで、昨日までね。リフが貴方を付きっきりで看病してた。ちょっと妬ける程にベッタリとね」とレディ・チキータ。
「そうか。リフ。ありがとう。迷惑かけた。そ、それと、ま、股ぐらが非常に痛いんです。なんか薬ありませんか?」とマリオン。
「そりァ火傷と針の刺し傷だな。わかったョ。後で優しく俺が良く効く薬を塗ってやる」とリフ。
「た、頼む。リフ。それと……。あ、アイツはどうなりました?」とマリオン。
リフとレディ・チキータは目を合わす。
そしてリフが口を開いた。
「マリオン。まだ具合が悪そうだ。腰をかけたらどうだ?」
「いや、いい。このままで……。まだもつ。で、どうなった?」
「死んだよ。どうも力が入り過ぎたらしいな。俺が斬り付けたのと助け出そうとして地下道を引きずりまわしたのが悪かったみたいだ。出血が原因で昨日の内に」とリフ。
「そ、そうか……。わかった。わかったから。……もう少し寝る」とマリオン。
そう言うとマリオンはよろける足を踏み締めて踵を返す。
「そ、それと、まったく関係ないんだが先に聞こえたペンテレンって何の事だ?」と背を向けかけたマリオンがドアの前で顔だけをリフに向けて問いかける。
「そ、それはだな。健康で仲睦まじい夫婦がだな。その夫婦の旦那の方が自分の嫁さんに優しく愛情を込めてやってやる美容のための顔のマッサージの事だ」とリフは答える。
「そうか。わかった。リフ。今度自分にもそのペンテレンってマッサージをしてみてくれ」そう言い残してマリオンは退室した。
後には不必要な事を言ったかもしれないとの後悔からか顔を小さく引き攣らせたリフ。
そして、
「リフ。本当にマリオンさんにしてさし上げるの? 仲睦まじくペンテレンを? 本気でマリオンさんに!?」と懸命に笑いをかみ殺そうとするレディ・チキータの姿があった。
一ヶ月後。
秋の始まり。
まだ完全燃焼のままのスチャリトル家。
涼しいと言うより温かいと言った日和の中。
近い過去も同じような事があり、繰り返された日常のワンシーン。
「……いつも通り。エモノ(武器)はなんでもアリ。先に上半身から少しでも血を流した方が負け。それと魔法はナシ。ついでに魔法の裏技もだ。いいな。マリオン?」と、め手(利き腕)に刃引きした長剣、ゆん手(左手)に丸い金属の楯のいつもの軍服姿のリフムト・スチャリトル。
これに応えて、
「ああ。わかった。約束は必ず守れよリフ」と、乗馬服に似た軽騎士のいでたちで刃引きしたガザスの騎兵が使う彎曲した剣と小さなこれまたガザスの四角い楯を握るマリオム・スチャリトル。
そして、過去の出来事と同じようにその成り行きを見守る十数人の歩兵団員達。
「姐さん。旅先で体を壊したとかでしばらくの間はまったく夫婦でドンパチがなかったのにとうとうまた始まっちまったい。ところでョ。今日の夫婦喧嘩の原因。誰か知ってるか?」と団員の一人が口を開く。
「俺も知らねえよ」
「俺もだ」
「知らん。誰かしってるか?」
「俺は知ってるぜ。小間使いのネミリって娘が見ててよ。俺にこっそり教えてくれたんだ。今朝の朝食時にマリオンの姐さんが団長に尋ねたんだと。『リフ。前にオマエが言ってたペンテレン(顔のお化粧。俗語で平たく言えは顔射)をいつ自分にしてくれるんだ?』ってな。レディ・アイネスの目の前でョ。で、ミネリが言うのにはマリオンの姐さん。ペンテレンって言葉の意味を顔のマッサージか何かと団長に教え込まれてるみたいで完全に騙くらかされてるみたいだったてョ」
「マール。それは、つまり本当の意味が姐さんにバレて、それが原因でこうなったって事なのか?」と別の団員。
「いや。団長はバックレて教えようとしなかったんだとョ。したら、レディ・アイネスが『リフ。口約束でも約束は約束。約束はちゃんと守らないといけませんね。貴方はしてさしあげるベキです。ペンテレンをマリオンさんに』って、わかってるのか。わかってねぇのか兎も角、そうのたもうたので余計に話がややこしくなって二人は口論に発展。で、勝負って事になった。団長が勝てばペンテレンをヤラかさないし意味も教えない。姐さんが勝てば団長はペンテレンをするハメとなり、姐さんは身を持ってその意味を知る事になるってこったな」とマール。
「そんなの嫌だっ! 俺っチはよう。あの姐さんに憧れてんだゼ。団長に抱かれるのはまだ我慢するが姐さんの口やら胸やら使って、だ、団長が……。そんなのは絶対に想像したくねぇ。嫌だ。絶対に嫌だ」
「俺も嫌だな。負けりゃあ良いが、あのバカ正直さがウリの姐さんなら勝ったら勝ったで本当は心底嫌でも絶対にやらかしそうだからな」
「それはありえますね。自分も嫌です」
その後の二人を見守る歩兵団員の「俺も」「俺も」の声が上がり続ける。
「よし。ここは是非ともに団長に勝ってもらわねばならねぇ。ピノン。俺は団長を応援するゾ。20ブロン団長に賭けるぞ。いいよな?」
「俺も10ブロン。団長に」
「自分も20ブロン。団長に」
「俺っチは有り金全部。50ブロン団長にっ!!」
その後は再びその場にいた歩兵団員全員の「俺も」「俺も」のリフに賭金を賭ける声が上がり続ける。
「おいおい。また全員が団長の勝ちの一点張りかよ。これじゃあまったくに賭けにならねョ」ピノンの声が上がる。
だが、歩兵団全員の目は一人の男に集中していた。
他の歩兵団員達より一歩前に出た男。
カノー十隊長その人に。
「カノー十隊長殿。もちろん隊長は姐さん張りですよね?」
「うっ」と自分にふられたその言葉に狼狽えて小さな呻き声を上げるカノー十隊長。
ピノンがカノー十隊長にそう尋ねたのが口火だった。
前回のリフとマリオンとの勝負の賭けで一人勝ちしたカノー十隊長。
その後方では歩兵団員全員の『賭けを受けろ』のコールがさざ波の様に上がり続ける。
結局は泣く泣くカノー十隊長殿はその一人勝ちか一人負けの賭けを再び受けたワケであった。
向かい合うリフとマリオンの二人。
リフとマリオンの二人が左手で握手し次に離した互いの左の拳をぶつけ合う。
そして前回と同様にその場から少し後へと下がると訓練、いや、戦闘訓練の名を借りた夫婦喧嘩の死合開始となるのだが、ここから先が前回とかなり違う。
リフが楯を掲げ剣の切っ先をマリオンに向けた瞬間だった。
マリオンは瞬時に踵を返すと脱兎のごとく全力失踪でリフに背を向けて走り出す。
「マリオンが勝負から逃げた? あの歩く負けず嫌いが……マサカ」と一人残されたリフは楯を降ろしそう呟く。
「姐さん。どこかへ行っちまったぜ。この場合どうなるんだョ。ピノン?」
「そりぁ団長の不戦勝だろう」とピノン。
その言葉にサーッと顔面に黒いスダレがかかるカノー十隊長。
その後は首を傾げるリフと自分たちの団長の不戦勝と言う事でカノー十隊長から賭けの賭け金を今すぐ払ってくれと叫び出す団員たちと、悪いが持ち合わせがないので金の支払いは月賦にしてくれと交渉を開始するカノー十隊長の切実なる声が上がり続けるのだがその声もしばらくして消滅する。
マリオンが再びその場の遠くにその姿を見せたからだった。
「リフ。武器はなんでもありだったよな」と、リフと歩兵団員全員に聞こえるようにマリオンは大声を上げる。
ハミを噛ませ鞍をつけた伝令用の頑丈な青毛(黒色)の馬。
それに跨がり、アブミを踏ん張り、タズナを握り、四角い楯を首から吊るして胸と腹を防護すると言う完全武装の軽騎兵姿のマリオン。
「マ、マリオン。そ、それはない。ひ、卑怯だぞっ!!」と大声を上げるリフ。
そのリフの非難にマリオンは騎兵の剣の柄に右手首に繋がる皮紐を取り付けながら、
「どうしても自分は知りたいんだ。だから今日は絶対に勝ちたいんだ。負けたくない以上に完全に勝利したいんだ。だから今日は自分のナワバリ(世界)のハカリ(価値観や常識)で勝ちを奪い取らせてもらう」と答えるマリオン。
皮紐を取り付け終わったマリオンはを二度三度と空を切らせてみて剣の握り具合を確かめると右水平に腕を伸ばす。
そして左手でタズナを握り、馬首をリフが立ち尽くす方向へと向けるとスーッと右手を伸ばしたままに握った剣の切っ先を頭上に向けて差し上げる。
そして、サッとその剣を振り降ろして切っ先でリフを差し示すと、
「アブトマァァーーートッ(突撃)!!」と、馬の腹を蹴り拍車をかけたマリオンの大音声が辺りに轟く。
満月のように力強く引き絞られ放たれた弓矢のごとくに青毛の馬に跨がるマリオンは馬蹄を鳴らし黒い弓矢のように突進する。
リフに向かって。
リフに剣と馬の死角に入られぬように向かってリフの左側に向けてマリオンと馬は突進する。
それを成す術もなく見守るリフ。
(ハハハ……。剣や楯じゃなく長槍か長巻きが欲しいよなぁ。でなきゃ勝ち目なんぞまったくねぇゾ。で、どうする。せめて足場悪けりゃ。あるいは馬避けの遮蔽物さえあれば……)
そんな事をめぐるましく考えながらリフは策を練ろうとする。
一面が焼け野原で足場はかなり良いし遮蔽物などまったくないに等しいスチャリトル家であった。
向かって左側に向けてマリオンが操る青毛の馬の馬蹄がリフから5ヤーズ(今の尺度で12メートル少々)まで近付いた頃になってやっとリフは動く。
楯を投げ捨て剣だけを握り唯一の遮蔽物に向かってその身を動かす。
リフとマリオンの夫婦喧嘩を賭けの対象にする歩兵団員たちの中へと。
生きて動く肉の遮蔽物の中にリフは逃げ込む。
「そ、それはねぇゼ。だ、団長っ!」と団員の一人の悲鳴が上げる。
突撃の鉾先が歩兵団員の中に紛れたリフに変わっても突進してくる騎兵姿のマリオン。
「退け。退け。皆、退けぇーーーーッ!!」と雄叫びを上げるマリオン。
蜘蛛の子を散らすように歩兵団員の全員がリフの元から逃げ惑い同じようにリフも逃げ続けたのであった。
かくして今回の夫婦喧嘩はマリオンの不戦勝とあいなり、またもやカノー十隊長殿の一人勝ち結果に終わるのであった。
エピローグ。
同じく一ヶ月後。
レディ・チキータの別荘の地下。
総鏡張りの地下室。
地下の住人の健康の為に日中の太陽の光を鏡の反射を使って取り込まれるその地下牢の中はことのほかに明るかった。
「何度見ても自分の目を疑うわね。アンタのこの体は」
牢屋の住人に目を向けてレディ・チキータ。
「女の肉体に男の男性自身が余計に付いてる完全な両性具有。どちらかが中途半端に付いてるコは何人か見たことがあるけど、ここまで顕著に完璧に分かれているのは本当に初めてよ。ただ惜しむらくは痩せ過ぎ。タップリ餌を喰わせて太らせてやるわ。抱きごこちの良いふくよかな女の体になるまでね」
全裸のままに黒皮の皮ベルトを巻き付けられ拘束されたミリト・スローターの姿。
口をボールのような物で塞がれ天井の鉄鈎からロープでぶら下げられたミリト・スローターには四肢がなく、それらの断面には治療され縫い合わされた傷跡が残されていた。
「それでレオン。ソイツのアルシュの具合はいかが?」とレディ・チキータ。
「か、かなり、こなれてきました。レディ・チキータ。い、いい具合に締め付けてきますよ。し、商品としても充分に通用するでしょうね。それに感度も文句なし。僕にカマ掘りされて気分が良すぎて蜜を吐き続けるシャイデ(オ○ンコ)に、これまたカマ掘りの刺激にたまらなくなってビンビンに青筋浮かせておっ勃った立派なリンガ(ペニス)。店に出すにはもう少し訓練が必要ですが、この体です。稀少価値と憐憫の情も付いてその手の御趣味のお貴族さまが一晩分の時間に天井知らずの値をつける事でしょうね」と少年。
あの日の裏の会合での陵辱劇。
義理の母親の女の肉体を嬲り抜いて孕まそうとする息子役だった全裸の少年が答える。
両手をリフに切断され両足はマリオンに氷付けにされた挙げ句に折り砕かれ、その後は残った両足も重度の凍傷の為にかなりの部分を切断されると言う延命治療を受けたミリト・スローターの肉塊。
その手も足もない状態で皮のベルトで拘束されたままに、ただ天井からぶら下がるだけの蓑虫状態のミリト・スローターの痩せて丸みの足らない左の乳房を揉みしだきながら彼女の泣き濡れる女の秘部を右手の指で嬲り弄りながら白い臀球を割り女の後の肉の穴の魅力を抉り貫き嬲る少年。
ミリト・スローターのソドムの薔薇の蕾みを散らして小刻みに己の腰を打ちふるいながらその狭い肉の通路を己がリンガで犯すレオンがレディ・チキータにそう答える。
「では、バニオンさん。ソイツのリンガの具合はいかが?」とレディ・チキータ。
「元気ですわ。ご命令通りに五日に一度だけ私の口に精の矢を放つ事を許してますが、凄い量と濃さと臭いです。生娘なら臭いだけで孕んでしまう程にとっても素敵。一刻も早く御許しをちょうだいしたいでものですわ。この可愛くなってしまったミリトさんのこの初物のリンガを。私のシャイデで白い精汁を根こそぎ搾りに搾り取って男にして差し上げたいものですわ」と、ミリト・スローターのそそり勃つリンガを舌先で舐め上げ左手でリンガの根元部分と胡桃にも似た収縮する二つの睾丸を優しく揉み上げながら、自分の右手の指を濡らす自慰に耽るの手を止めて妖艶に微笑みそう答える女性。
吊るされたミリト・スローターの前にひざまずき時折長い髪をかき上げては己の口唇で熱烈な愛撫をくわえるあの陵辱劇のヒロイン役だった美女。
白のドレスに身を包むレディ・バニオンはそう答えた。
「バニオンさん。普通の男とシーメン(精液)と何か違うところは?」とレディ・チキータは言葉を続ける。
「特に感じません。臭いも味も健康な男そのものですわ」とレディ・バニオン。
「それはとても良い知らせ。では、クンタ。ソイツにとって最初の男になって乙女を女に変える栄誉は結局は誰になったの?」と自分の右横で肩を並べるカフィール(黒人)の男に問いかけるレディ・チキータ。
「レディ・チキータ。残念な事にあっしのマラじゃありやせんゼ。結局は店で茶引いてるコやらヒマを見つけて息抜きでここにやって来たコたちに『仲間の仇』ってんで暇つぶしに代わる代わる指でシャイデ(オ○ンコ)やら肉の豆を嬲リンコにされちまって蕾みを散らし血を流して女になったってのが正解スかね」とあの陵辱劇でレディ・バニオンの尻を貫き犯す役だったクンタは答える。
「そう。わかったわ。ではクンタ。ソイツにソレを取り付けて上げなさい」とレディ・チキータ。
「本当にやるんですかい? レディ・チキータ」と手に持つ物を見下ろしてクンタ。
歪に狭くU字に曲がった細い二本の螺旋に捩じれた金の管が皮の管に繋がり、その皮の管の先にはビッシリとイボが全体に浮き出た男根を象った長い柄が突き出た二本の張形に繋がった淫具。
それには使われる者が身動きしても外されぬように細く薄いベルトが幾重にも取り付けられていた。
「ソイツは死人。もうこの世には存在しない者。いえ、存在しない物よ。何したっていいの。物なんだから……。嫌なのクンタ? せっかくソイツ用にアンタに作らせたのに」とレディ・チキータ。
「嫌とは言いやせんが……。あっしも信心深い方じゃありゃせんが、これからやるこたあ、何やらこの世の常識やら通念やら倫理やら道徳やら人倫やらを根こそぎ、いや、ブッチギリで、シコタマに、怒濤のテンコ盛りでシカトこく事ですゼ。本当に良いんですかいレディ・チキータ? 裏を全部吐かせてから皆で嬲り殺しにしてやる方が功徳ってもんじゃありやせんかね?」
「良いのよ。ソイツにそんな慈悲は……。何の罪もない何十人の女を吊るし、切り刻み、灰と消し炭に変えたグァルクァン(狂った毒蛇)よ。オマケに愚かにも闇社会に君臨するあの闇の女傑の身内に手をかけようとしたの。わかる? マリオンさんをも切り刻もうとしたのよ。生温い嬲り殺しなんかで許されるとお思い?」
「マ、マリオンさんて、あのお馬の姐さんをですかい?」
「そう。お馬のマリオンさんよ」
「あ、あの姐さんを……。わかりやした。やりやす。直ぐやりやす。今すぐやりやす。ええ。やりやす。是非やりやす。絶対にあっしのこの手で今すぐやりやす。すまねぇ。レディ・バニオン。ちょっと場所開けてくんな。それとレオン。しばらくケツ振るのはやめな。チョコマカ動くと狙いが定まらねぇ」
レディ・バニオンが立ち上がり移動すると手に持ったままの淫具を取り付けるべくミリト・スローターにの全裸の股間の前にその身を屈めるクンタ。
「エラク風向きが変わったわね?」とそのクンタの背中に声をかけるレディ・チキータ。
手に持つ曲がった金の管の短い方を舐めて唾液をまぶすクンタ。
「あっしはあの時にショーをブチ壊しにして笑いの渦に変えちまったあの姐さんが大好きになりやしてしてね。あの姐さんはパラン。天使か女神みてぇな人なんですぜ」
そう言うとクンタは唾液をまぶした先が丸く太くなった金の管を、レディ・バニオンの愛撫で勃起したままのミリト・スローターのリンガの先端。
薄く透明な男の粘液を吐く鈴口の奥へとゆっくりと捻りながら突き入れる。
その苦痛に塞がれてくぐもる悲鳴を上げ身を捩ろうとするミリト・スローター。
「ほう。主人のあたくしを差し置いて天使に女神? それにパランって何?」
「曲がった部分までキッチリ入れてと。良し良し。ションベンが流れ出やした。二本の捩じれた管の内、片方はションベン袋の中。もう一本はマラのド真ん中と。何度も苦労してモノサシで計った甲斐があったってモンだ。寸法通りにコイツのマラにの裏スジにキッチリと貼り付くようにピッタリにフィットしてくれたワ。……そんでもって言わしてもらいやすが、レディ・チキータはあっしらの女王様しょ? それに天使や女神じゃなくて天使か女神みてぇな人っスョ。パランってのはあっしらの言葉でして。パランってのは……。どう言やいいのかな? 王や女王でないが光を持つ者。皆に運を運ぶ者。人をそれとなく導く者。なんか違いやすね。必ずしも必要ではないが一番に必要な者? そうっスね。少し意味合いは違うかもしれやせんが、ムードメーカーってのが一番正しいのかもしれやせんね」
そう言いクンタはミリト・スローターのリンガの根元と睾丸の根元の二ケ所を金の捩じれた管に付いた細く薄いベルトでキツクなく緩くなく外れないように固定する。
「ムードメーカー……。確かにそうね。あのコは正も邪もなく人を引き付ける。それかしらね。あの闇の女傑が見初めた本当の理由は……」とレディ・チキータは呟く。
「そんでもってこっちのイボマラの張形をコイツのシャイデに入れてと。……レディ・チキータ。ションベン袋の方。ケツにぶち込む張形はどうしやすか?」とクンタ。
「レオンが楽しんでるから放っといていいわ」とレディ・チキータ。
「わかりやした」
そう言いクンタはミリト・スローターの蜜を吐き疲れたシャイデにふくませるようにイボ付きの張形を呑み込ませると張形に取り付けられたベルトを両の太股の根元と細く痩せてくびれたウエストに巻付けて固定する。
「出来上がりやしたゼ。レディ・チキータ」
「……わかったわ。では、レオン続きを。タップリとアルシュの良さをソイツに指南して上げて。バニオンさん。いいわ。許可します。ソイツを男にして。女のシャイデの具合の良さをタップリと堪能させてやるのよ。自分から腰を使い始めてシーメンが空っぽになるまでしぶかせ続けたくなるまでね。クンタ。貧乏クジ引かすようで悪いけど股間に取り付けた張形でシャイデをコッテリと可愛がってあげて。張形で女の悦びを骨の髄まで教えてさしあげるの。気が狂う程に。気が狂うおうとも。気が狂ってもっね。さあ皆、かかりなさいっ!!」
レデイ・チキータの号令の元、二人の男と一人の女はその命令に従い任務に取りかかる。
ドレスのスカートをたくし上げ指の汚れと愛液のシミがクッキリと付いた下着をレディ・バニオンはその場に脱ぎ捨て自らの白い手でミリト・スローターのリンガを己がシャイデに導き入れ、抱き締め、緩やかに腰を蠢かせ、ドレスに包まれたままの豊麗な体をすり寄せ、熱烈なる接吻をミリトの残った全身に浴びせかける。
レオンはそのレディ・バニオンの動きに合わせるように両手で二つの乳房を愛撫しながらうなじや耳元に舌をはわせ、再びソドムの薔薇を抉り貫く己のリンガを深く、深く、奥へ、奥へと何度も腰を振るってゆっくりと突き入れ続ける。
二人に挟まれ嬲られるミリト・スローターの横に身を屈めたクンタはミリト・スローターの股間から突き出る張形の柄を右手で捻るように左右に小刻みに動かし、リンガの根元まで切れ上がりたシャイデの上端。
女にとって一番敏感なる小さな肉芽を左手の一本の指の腹で擦り立て続ける。
そんな色責め状態のミリト・スローターに近付きその耳元で囁くレディ・チキータ。
「いいんでしょう? たまらない気分なんでしょう? 女だって前と後の肉の穴を同時にやられるのは最高にいいんだからね。オマケに床上手なバニオンさんの良く締まるシャイデでリンガが濃くて臭い樹精を噴かし女を孕ます男の悦びまで味わえるのだから、オマエもよくないはずはない。さあ、いつでもドクドクと白い精をタップリと遠慮なく何度でも狂うまでぶち撒きなさい……」
そこでレディ・チキータは言葉を切り軽くミリト・スローターの耳朶を噛む。
そして、残りの言葉を続ける。
「……オマエもわかってると思うけどもう一度教えておくわ。春先の厩舎の中の裏技。桶と乾いた海綿でする事と同じ事よ。オマエのリンガに入った二本の捩じれた金の管。片方はアンタのオシッコを垂れ流すだけ。もう片方のリンガの真ん中まで入った金の管はオマエのシーメン(精液)を集めて管を通って吹き上げる。オマエのシャイデが美味しそうにくわえこむ張形へ。その張形の先端からオマエの子袋の奥の奥にオマエのシーメンを吹き出すのよ。あたくしはとっても楽しみよ。わかるでしょう? オマエの赤ちゃん。どんな赤ちゃんが生まれ出るのかとても楽しみ。きっとオマエそっくりな素敵な体をした赤ん坊が生まれてくる事でしょうね。何人も。何人も。そのコたちにはお客を取らせてあげる。でも、アンタはこのまま。ひたすら一人で孕んで一人でアンタの子供をここで生み続けてもらう。本物の天使のお迎えがオマエの元に来るまでの久遠の時の間。とこしえの時が過ぎ去りアンタ天命が尽きるまで生かし続けてあげるわ」
そう言い捨てるとレディ・チキータは踵を返し地下牢から歩み去る。
その言葉にミリト・スローターは静かに涙するだけだった。
時が過ぎさり幾度となく男と女の両方の快楽の絶頂を迎えるミリト・スローター。
やがては己が吐き出し外気で冷え切った白濁する冷たい牡の粘液が己の牝の胎内にあふれかえる感覚をミリト・スローターは感じ始める。
そうなってもミリト・スローターはうつろな目でただ静かに涙するだけであった。
終わり
読者の感想