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がんばろう!!日本
富士山の落石事故と落石実験と日本テレビ『バンキシャ』報道

■はじめに

 平成21年7月13日に富士山スカイライン(静岡県道)の富士宮口新5合目駐車場でキャンピングカーに落石が衝突し、キャンピングカーに乗っていた筒井良孝さんが死亡した痛ましい事故が発生しました。この落石事故が全国で放映され、日本テレビ『バンキシャ』の取材班が、地盤工学会四国支部で行われている落石研究会に実験で落石が防護柵を突き抜けるのかどうかを検証したいとのことで、急遽、高知で実験を行うことになりました。今回は、その現場を報告したいと思います。

■事故現場の状況からの検証

 報道等によれば富士の現場状況は以下の通りです。

・落石は直径1.2m 
・重量は1t (1,000kg)
・落下高さは600m
・落石原因は「雪解けと強風」 (推定)
・斜面勾配は約30°(これは、落石研究会で聞いた話です)
・静岡県では直径60センチ、重量約300キロの岩が高さ40メートルの斜面から落下しても耐えられるフェンスを設置していた。事故の落石規模に関しては「想定外」と発表。
・富士山には年間40万人が訪れている
・防護柵の高さはコンクリート面から3.0m
※公式発表ではないため、実際の寸法・数値が異なる可能性があります。

防護柵に落石が衝突した際の時速やその後の飛び方など研究者や技術者が推定しています。報道では、時速200kmで衝突したと伝えられました。一方で落石研究会の右城※さんのように時速50km程度で衝突したのではないかとも推定されています。 右城さんの推定方法を参考に掲載(一部)します。

※ 右城 猛【うしろ たけし】 椛謌黹Rンサルタンツ 代表取締役社長
 工学博士、技術士(建設部門/総合監理部門) 土質及び基礎,鋼構造およびコンクリート

 建設コンサルタントの技術者として、数々の表彰を受ける。数多くの出版物を若手技術者や熟練技術者が愛読している。特に右城さんの出版物である「擁壁の設計法と計算例シリーズ」は建設コンサルタントの技術者に分かりやすい内容で幅広く愛用されている。

 

右城さんによる推定方法 

 

 上図は右城氏が物理学的観点から算出した飛び出し速度と飛行軌跡のイメージ図です。時速200km程度であれば、キャンピングカーを飛び越え落下地点は60m付近になることが分かります。  (ただし、落石の飛び出し角度を水平とした場合の推定となります。)  

 

■衝突実験

 落石研究会では、落石研究会で利用している実験施設にて検証を行うことになりました。

■1回目の衝突実験(7/17)

 実験準備段階では小雨が降っていましたが、開始直前には雨が上がり曇り空となっていました。

 落石の直径は1.5m程度で、重さは2.1tあります。落下高さは6.0mに設置しました。ここで、不思議に思われる方も多いと思います。何故なら、落下高も落石の径も現場の条件に合わないからです。実際の落石現場と同等の条件で実施しようとすると、相当な日数と費用が必要となってしまいます。「バンキシャ」の報道が2日後に控えてることもあり、実験施設にあった2.1tのコンクリート塊を用いて衝突時の運動エネルギーを現場に合わせた結果、このような条件になりました。

 また、衝突させる防護柵は写真のような条件で設置しました。


 防護柵の設置条件においても、事故現場の防護柵と若干異なります。結果として反映するのは、ワイヤロープの吸収エネルギーが小さくなるため、ワイヤロープが破断(ちぎれてしまう)しやすくなります。

 「バンキシャ」の取材班は実験方法を始め、現場との相違点などを右城さんと確認していました。一回で実験が終わってしまうことから、カメラを複数設置し、様々な角度から“良い映像”を入手しようと熱心でした。


 

 実験開始の合図で、止めてあるワイヤロープを切断し、コンクリート塊が2、3秒程度で防護柵に衝突しました。現場で実際に感じたことですが、実際に衝突した音なのか、それとも鋼材が潰れる音なのか、とにかく凄まじい衝撃音が響き渡りました。上の写真は衝突直後のものです。コンクリート塊のエネルギーが金網、ワイヤロープに伝えられ、端末の支柱が激しく変形しました。残念ながら、我々が想像していた結果と異なり、コンクリート塊は防護柵を突き破ることなく停止しました。

■何故突き抜けなかったのか?

 突き抜けなかった原因としては、以下のようなことが考えられます。

@衝突直前の落石速度が異なる
 実験で得られた速度は事故現場の53km/hに対して、34km/h(9.4m/s)でした。
 落石エネルギーは88kJ

Aコンクリート塊の大きさや形状が異なる
 事故現場の落石が1.2m程度であったのに対して、コンクリート塊が1.5mです。事故現場の写真と比較してみると、事故現場ではワイヤロープが3本程度影響しているのに対して、実験では5本全てのワイヤロープが影響しています。また、事故の落石は角状であったのに対して、実験では球形のもので行われております。落石の大きさや形状によって、防護柵の変形に何らかの影響があるのではないかと考えられます。


現場の防護柵は3本のワイヤロープが破断していることが分かる


B防護柵と地盤の位置関係
 実験では落石衝突と同時にコンクリート塊が地面と接触しました。ワイヤロープが破断される前に地面がコンクリート塊のエネルギーを吸収してしまった可能性が高いと考えられます。

C端末支柱の変形
 実験では、端末支柱の変形が事故現場と異なり、コンクリート塊側へ大きく曲がってしまいました。端末支柱の変形によってエネルギーが吸収されてしまったことが考えられます。実際に設置されている落石防護柵は、落石を受けると、端末の支柱が引っ張られ、端末支柱が変形するといった現象が見受けられるとのことです。

 説明を聞いた取材班は、翌日にあったスケジュールをキャンセルし、条件を可能な限り合わせて実験を撮影したい旨を伝えたらしく、急遽、翌日に再実験を行うことになりました。

 

■2回目の実験

 翌日、現場に辿り着くと、見事に復旧された防護柵が設置されていました。前回の実験結果をうけて、実験の条件も変更しました。主に改良された点は以下の通りです。

@ 落下高を6mから8mに変更
 速度を逆算して衝突時に39kmに到達するように高さを2m高くしました。

A 端末支柱に斜材を配置し補強
 一回目の実験で端末支柱と端末支柱を支える基礎が破損してしまいました。

 

 曲がってしまった支柱は形状が元に戻らず、本来の強度が得られません。下端部分を溶接し、さらに、前回、端末支柱がコンクリート塊のエネルギーに耐えられなかったことから、斜材を配置取り付けて補強しました。

Bコンクリート塊が防護柵に衝突した後に地面に当たらないように防護柵前面の地面を掘りました。幅2.5m、深さ1.2m程度を掘り下げ、防護柵に衝突直後の挙動を事故現場に合わせるようにしました。

 取材班のリハーサルを終え、実験開始の合図と共にコンクリート塊が防護柵に衝突しました。結果の一部は日本テレビ系列の「バンキシャ」で報じられています。

 2回目の実験では、時速36km(10.0m/s)で衝突しました。(エネルギーは100kJ) 端末支柱を補強したため、ワイヤロープに負荷がかかり、伸びきったワイヤロープが耐えきれなくなって引抜けました。写真では、ワイヤロープが伸びるのと同時に金網も一緒に引っ張られているのが分かります。

 突き抜けたコンクリート塊は、掘り下げた終端まで転がり停止しました。上段から2本のワイヤロープは完全に引抜け、その他のワイヤロープも一部引抜けました。コンクリート塊は上部の緩んだ部分から抜けていったように見えました。

 取材班も、びくともしないワイヤロープが一瞬にして引き抜けたことに驚いていました。

 ワイヤロープの引抜けに関して、実験結果から、右城氏は次のような考えを述べています。

 ワイヤロープと引付棒を連結するには,ワイヤチャックと呼ばれる金具が用いられている。

 ワイヤロープをチャックに固定させるには,写真にあるような楔が使用されている。ワイヤロープを引っ張れば引っ張るほど楔がチャックの中に食い込んでロープを締め付けるので,ロープが抜け出すことはない。しかしながら,落石のような衝撃力が加わると,ロープが振動して引張力と圧縮力が交互に作用する。この結果,楔が緩んでロープが引き抜けるものと考えられる。(仮説なので、今後も検証が必要との事)

 ワイヤロープはチャックの中で3本のストランド分けられて,その中に楔を撃ち込むことで固定しているが,いろいろな理由で3本のストランドに力が均等に伝達されないのではないかと思われる。今回の実験では,ワイヤロープの破断荷重より小さい力で,ワイヤローフがチャックから引き抜けた。3本のストランドが引き抜けるケースと,1本あるいは2本のストランドだけが引き抜けるケースが見られた。

この実験で分かった事は、

 ・衝突する速度が35km/h程度でも落石が防護柵を突き抜けて落下する。
 ・地面から高い位置に落石防護柵を設置すると、突き抜ける可能性が高くなる。
 ・端末支柱に強い力が発生する。
 ・衝撃を受けた部材の一部が飛び出す可能性もある。
 ・索端金具からワイヤロープが引き抜かれる場合がある。

 今後も落石研究会では、実験を引き続き行う予定になっています。こうした落石防護柵に関する実験は少なく、新しい発見が次なる改良点に繋がっていくと思います。 また右城氏のホームページにはより専門的観点での資料が公開されています。こちらも是非参照していただきたいと思います。

 右城猛の研究室
 

■おわりに

 今回、二回目の実験は、スケジュールを変更して実験を依頼した取材班、改良案を検討した落石研究会のメンバー、補修や改良など夜を徹して作業された田中工業株式会社さんの熱意によって実現できました。いずれも、報道を通じて、落石に対する国民の理解度を深めて欲しいといった願いが込められているように感じました。残念なことに、この二日間の結果から、報道されたのは、数秒程度でしたが、実際の現場では、様々な問題をクリアしてきた結果であったことは、報道を見た皆さんには、なかなか伝わらないことだと思います。せめて、落石を詳しく知らない方でも、このレポートを読んで、その熱意を少しでも感じて頂ければ、嬉しく思います。

 悪天候によって、身の危険を感じ、登山を中止した筒井さん。その筒井さんが休んでいたキャンピングカーに防護柵を突き抜けた落石が衝突し亡くなられたのは、不謹慎な表現かもしれませんが、不運としか言いようがなく、富士山から見下ろす大自然の光景を楽しみにしていたと思うと、無念だったろうと思います。この事故をきっかけとして、落石対策に対する技術的発展を願い、心より、ご冥福をお祈りいたします。

[ いさぼうネット事務局 高森秀次 ]

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