作家である平野啓一郎さんが語る本の読み方。Amazonでも非常に評価が高い一冊です。
速読派のぼくには耳が痛い内容がてんこ盛りでしたが、もっと人生に余裕が出てきたら、スロー・リーディングを実践したいと思います…。とりあえずの読書メモをご共有。
スロー・リーディングのススメ
・私たちは、日々、大量の情報を処理しなければならない現代において、本もまた、「できるだけ速く、たくさん読まなければいけない」という一種の強迫観念にとらわれている。「速読コンプレックス」と言い換えてもいいかもしれない。
・読書を楽しむ秘訣は、何よりも、「速読コンプレックス」から解放されることである!本を早く読まなければならない理由は何もない。早く読もうと思えば、早く読めるような内容の薄い本へと自然と手が伸びがちである。その反対に、ゆっくり読むことを心がけていれば、時間をかけるにふさわしい、手応えのある本を好むようになるだろう。
・一冊の本を、価値あるものにするかどうかは、読み方次第である。
・速読のあとに残るのは、単に読んだという事実だけだ。スロー・リーディングとは、それゆえ、得をする読書、損をしないための読書と言い換えてもいいかもしれない。
・私たちは、情報の恒常的な過剰供給社会の中で、本当に読書を楽しむために、「量」の読書から「質」の読書へ、網羅型の読書から、選択的な読書へと発想を転換してゆかなければならない。
・速読家の知識は、単なる脂肪である。それは何の役にも立たず、無駄に頭の回転を鈍くしているだけの贅肉である。
・文章のうまい人とヘタな人の違いは、ボキャブラリーの多さというよりも、助詞、助動詞の使い方にかかっている。
・文章がうまくなりたいと思う人は、スロー・リーディングをしながら、特に好きな作家の助詞や助動詞の使い方に注意することをおすすめする。
・作者は一体、何を言おうとしているのだろうか?そしてその主張は、どんなところから来ているのだろうか?それを探るのは、常に、奥へ、奥へと言葉の森を分け入っていくイメージである。一冊の本をじっくりと時間をかけて読めば、実は10冊分、20冊分の本を読んだのと同じ手応えが得られる。これは、比喩でもなんでもない。実際に、その本が生まれるには、10冊、20冊分の本の存在が欠かせなかったからであり、私たちは、スロー・リーディングを通じて、それらの存在へと開かれることとなるのである。
・スロー・リーディングの有効な技術のひとつとして、人に話すことを想定して読むというのがある。読後に誰かに説明することを前提に本を読んでいくと、わからない部分は読み返すようになり、理解する能力も自然に高まっていく。
・小説を読む理由は、単に教養のため、あるいは娯楽のためだけではない。人間が生きている間に経験できることはかぎられているし、極限的な状況を経験することは稀かもしれない。小説は、そうした私たちの人生に不意に侵入してくる一種の異物である。それをただ排除するに任せるか、磨き上げて、本物同様の一つの経験とするかは、読者の態度次第である。
・読書で大切なことは、自分の感想を過信しないという態度だ。カフカのような難解な作品は特にそうだが、どんな小説でも、数年経って読み返してみれば、きっと違った感想を持つだろう。
・違和感を覚えた箇所こそは目のつけどころだから。このシーンは、作者が、いささかムリをしてでもねじ込めたかった重要な意味を持っていると考えるべきだろう。
・印象的な比喩というのは重層的である。たとえば、こんな例はどうだろう?「ぼくの毎日は、印刷したように同じだ。」
書中では「高瀬舟」「こころ」、カフカの「橋」などを実例に、本の読み方が解説されています。一流の小説家による国語の授業という感じで、とても贅沢。これ学校の授業にも使えそうですね。
ぼくは「質は量を凌駕する」という考えにもとづき、今はひたすら量を消化するようにしています。年間1,000冊ペースを目標にしています。当面はビジネス書を書くことになるので、まずは世に出回っている作品を速読で洗うように読み、すぐれたビジネス書とは何かについて、体感的に学ぼうと考えています。
というわけで、それでもぼくは速読を当面はつづけることにします。一通りビジネス書の世界を探求し、自分の身にすることができたら、平野啓一郎さんのいうスロー・リーディングにも挑戦してみようと思います…。小説も本当は大好きなんですけど、どうにも余裕が…。