FC2ブログ

あよっぴぃ体験記

あよっぴいの日常

【北海道芦別市・志願寺支部 太田常美 赤平市・市議会議員(無所属)】

【御住職夫妻の度々の訪問に心動かされ】
私は、平成二十三年十一月十五日、志願寺御住職夫妻の熱心な折伏により、約五十四年にわたる創価学会人生に決別し、日蓮正宗に帰伏いたしました。
私は小学一年生の頃から母に連れられて折伏活動をし、水や塩をかけられながら、それでもあきらめずに折伏を続ける、というように、まさに学会活動に邁進する学会幹部の一族の中で育ちました。
青年部時代は副本部長でしたので、創価班として登山の輸送を、また、牙城会として会館の警備を何十年も務め、さらに、市議会議員(無所属)に立候補するまでは副支部長として、常に第一線で私なりに精一杯頑張ってきたつもりです。
破門後の創価学会の現実は、座談会や会合では毎回、同じ人が同じ体験を繰り返し発表し、雰囲気も暗く、何の感動もありませんでしたが、それでも私自身は、学会員としての誇りは失っていませんでした。
そのような私の家に、御住職夫妻は、その四年前から定期的に通ってきて折伏して下さったのですが、私は、「お寺に付けるために都合のよいことを言っているのだ」と思い込み、まったく聞く耳を持ちませんでした。
何度訪問されても迷惑にしか思えず、とくに私の妻は、居留守を使ってドアを開けなかったり、面と向かって、「何度来られも気持ちは変わりません。迷惑ですので、二度と来ないで下さい」と言って追い返したりと、ずいぶん失礼なことをしてきました。
しかし、御住職夫妻は、何度追い返えされてもあきらめることなく、ニコニコしながら熱心に通い続けて下さったのです。御住職が一人で来られることもあれば、奥さん一人のこともあり、時には、体験談を話してもらうために講員さんを連れてくることもありました。
私が応対する時は、妻のように上手に断ることができず、ついつい、御住職の奥さんの笑顔に乗せられて、玄関先や庭先で話を聞いてしまうこともありました。そういう時はいつも、帰られる際に「話を聞いて下さってありがとうございます。また、来ますね」と元気に帰っていかれるのです。
この御住職夫妻の生命力と行動力を間近に見て、いつしか私の心にも変化が現れてきました。
【ついに夫婦揃って帰伏を決意!】
そして、昨年十一月、私は妻に、「志願寺の御住職夫妻の話や折伏の振る舞いは、なぜか、学会草創期に自分がしてきた折伏とダブって、懐かしい感じがする。まさに信心の原点のような気がする。唯一無二の正しい御本尊様は総本山にしかない、そこに連なっている末寺こそ正しいと思う」と話しました。すると、妻も「お父さんが志願寺に付くなら、私も一緒に付く」と言ってくれたのです。
御住職夫妻が我が家に訪問して下さるようになってから、四年の月日が流れていました。
その数日後、訪ねてきて下さった御住職夫妻に、創価学会をやめ、志願寺の信徒になる意志をお伝えしたところ、ご夫妻は大粒の涙をこぼして喜んで下さいました。「太田さん、広宣流布のために一緒に頑張って行きましょう」気が付くと、お互いに固い握手を交わし、顔は涙でぐしょぐしょでした。
そして、御住職に創価学会のニセ本尊を外してもらい、翌十一月十五日、晴れて勧戒を受け、御本尊様を御下付していただきました。十三年年振りに我が家に血脈正しい御本尊様をお迎えできたのです

翌日から御住職夫妻が勤行の指導に通って下さり、本来の五座・三座の勤行・唱題の在り方を取り戻す中、御住職より「創価学会時代に積んでしまった長年の謗法をお詫び申し上げ、罪障消滅を御祈念すると同時に、折伏をするように」と指導されました。
【今まで誰にも相談できなかった怪奇現象】
実は、それまでの私達夫婦は、ある怪奇な現象に悩まされ続けておりました。
一昨年、学会員だった義兄が自殺したのですが、亡くなったその日から毎晩のように、その義兄の幽霊を感ずるようになっていたのです。親戚中が学会員ですから、義兄の葬儀はもちろん学会葬でした。
いるはずもない義兄が、玄関のドアをガチャッと開け、バタンと閉めて我が家に入ってきて、家の中を好き勝ってに歩き回る気配と生臭い匂いが、はっきりと感じられました。
ソファーで寝ていると、後ろから強い力で押されて落とされそうになったり、シーツが真っ赤に染まっていたり、布団に入った妻が羽交い締めにされたり、そうした感触をリアルに感じるのに、現実には誰もいない。あまりの不気味さに、本来ら安穏であるはずの家庭は、住み心地の悪い状態になっていました。とくに妻は一人でトイレに行くこともできず、恐怖と睡眠不足から半ばノイローゼ気味になり、仕事にも支障をきたすようになっていました。
しかも、そうした怪奇現象は、私の家だけでなく、私の姉や義兄の娘(共に学会員)の家でも起こっていたのです。
そのことを御住職に相談すると、御住職は塔婆供養をして下さり、義兄の戒名を付け過去帳も作って下さって、御祈念して下さいました。
すると、その後、我が家では怪奇現象がピッタリと起きなくなったのです。まさしく「正法」の威力であります。
この一例をとっても、創価学会の友人葬では絶対に成仏できない、ということが明白です。なお、自殺ということについて言えば、私が住む赤平市においても、創価学会員の自殺が後を絶ちません。
私達夫婦は、御住職の御指導のもと、まずは身近な学会員から折伏していくことを決意し、帰伏してから一週間後には、長女と孫を折伏し、勧戒・御授戒を受けさせることができました。さらに、本年一月二日には、札幌に住む次女も、孫と共に帰伏できました。
また、御住職夫妻と共に学会員のお宅へ何度も折伏に行きましたが、私達が志願寺に付いたことから、創価学会の中では「太田が住職を連れて来ても、取り合わないように」との通達が流れ、今まで懇意にしていた多くの学会員が聞く耳を持たなくなり、以前面倒を見た学会員でさえ、挨拶もしなくなりました。
しかし、御住職夫妻が私達夫婦の折伏をあきらめなかったように、私もあきらめることなく創価学会への折伏を続けていこう、と決意しました。
【二十数年振りの登山に大歓喜】
さて、去る三月十一日・四月一日は、御住職夫妻や講中の皆さんと共に、待ちこがれた登山をさせて頂きました。実に二十数年振りの総本山大石寺への参詣です。
創価学会では、「大石寺は、荒れに荒れて、とても怖くて危険な所になっている。もうすぐ潰れて無くなってしまう」と聞かされていたのですが、実際にこの目で見た総本山は、学会の言っていることと大違いでした!桜の木はそのままだし、各宿坊も新築や改修が施され、境内地およびその周辺まで立派に整備されて、以前にも増して総本山特有の荘厳さがみなぎっていたのです。
私は創価学会を破門した後、御僧侶と法華講員の力でこのような立派な事業ができたことに、驚きと感慨を覚えずにはいられませんでした。それと同時に、この現実を前にして、創価学会で流される情報がいかに嘘で塗り固められていたかを、まざまざと見せつけられた思いでした。
さて、この登山を契機に、私はあらためて、「残りの人生は全て、広宣流布のために御本尊様に御奉公させて頂こう」と決意し、議会や仕事の合間の時間を使い、計画的に折伏を進めました。
その結果、妻の姉家族が帰伏できたのをはじめ、この四月だけで六名、昨年十一月の私自身の帰伏した時から数えると、十六名の方を帰伏・入信に導くことができました。
【厳然たる正信正行の功徳】
現在、私は、建設会社を経営しながら、市議会議員を務めておりますが、創価学会時代の私の身体はガタガタ状態で、血圧(200以上)・血糖値(450)・ヘモグロビン(10%超)が異常に高く、心臓にも異常をきたしていたため、常にニトログリセリンを使用していました。さらに、痛風による痛みで歩けなくなることもしばしば、ストレスによる手の痺れで字も書けない状態でした。
ところが、先日の検査で、なんと、全ての数値が正常になっていたのです。主治医から「短期間でここまで良くなるとは、考えられないことだ」と言われ、看護師をしている妻も「信じられない」と驚いています。
また、長年経営している会社も、不況の波に呑まれ、潤っていた時期の十分の一以下に業績が落ちており、昨年などは業績ゼロという最悪の状態でした。
ところが、日蓮正宗に帰伏し、御住職の指導どおり、信心優先・折伏優先の生活をしてきたところ、不思議なほど順調に業績が伸び始めたたのです。これもまた、正しい信心を正しく行じていくところにあらわれた功徳だ、と実感しております。
思えば、学会時代の私は、幹部として創価学会の指示に従い、宗門や御僧侶を誹謗していました。その罪は非常に深いものであり、私は大変な過ちを犯してしまいました。
今の学会員の悲惨な状態を見た時、あやまてる宗教の恐ろしさを痛感せずにはいられません。また、創価学会の謗法、なかんずくニセ本尊の害毒が国難に大きく影響している、と強く確信します。
この現状を、宗祖日蓮大聖人様は、きっと嘆き悲しんでおられるに違いありません。大聖人様の御心を肌で感じ、折伏を実践しているのは、日蓮正宗の僧俗だけです。
日蓮大聖人様は、
『法華初心成仏抄』で、「人の地に依りて倒れたる者の、返って地をおさへて起が如し」(御書一三一六ページ)と仰せられ、正法に背いたものは、正法を受持することによって、初めて罪を消滅させることができることを御教示下さっていますが、私は、今生のみならず、過去遠々刧から積んできた正法誹謗の罪を消滅させていただくためにも、日蓮大聖人様の御当体たる本門戒壇の大御本尊様を堅く信じ、正統なる血脈に髄順して、心から懺悔して唱題・折伏を行じ、広宣流布を目指してさらに頑張ってまいることを決意しております。
  1. 2012/05/08(火) 22:58:09|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「宗門では法主は大御本尊と不二の尊体であるといっているが、これは謗法の論ではないか」 | ホーム | 「宗門では法主は大御本尊と不二の尊体であるといっているが、これは謗法の論ではないか」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1031ayasuke.blog129.fc2.com/tb.php/93-6ebbaba0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)