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【あの人は今こうしている】

毎日放送のアナウンサーだった斎藤努さん

【芸能】

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2013年2月18日 掲載

2年前の大阪市長選では後輩の平松邦夫候補をバックアップ。「テレビのワイドショーにやられました」

<斎藤努さん>

 関西発の公開バラエティー番組として、70年代に一世を風靡した毎日放送の「ヤングおー!おー!」。桂三枝、笑福亭仁鶴のアドリブたっぷりな軽妙な司会は若者の心をガッチリつかんだ。そこでもうひとり、忘れられないのが局アナだった斎藤努さんだ。長いモミアゲと流暢(りゅうちょう)な英語を織り交ぜた進行役が懐かしい。今どうしているのか。

「お待ちしてました。どうぞ、こちらへ」
 大阪は北新地、大阪高裁前のビルの一室を訪れると、笑顔の斎藤さんがいた。渡された名刺には「(株)ウィズ代表 公共政策ラボ所長」とある。

「公共政策ラボは前大阪市長の平松邦夫さんを代表に、格差がない、誰でも安心して住める国づくりをするには何をすべきか、を提言するシンクタンクです。それを裏から支えるのがウィズでして、ここは両方の事務所になってます」

 平松さんは毎日放送時代の後輩。結果的に橋下徹・現市長が勝利した2年前の11月の大阪市長選では平松候補の選対本部に詰めてバックアップした。

「あの選挙はテレビのワイドショーにやられました。テレビというのは白か黒か、大か小かと二極化する傾向がある。その方が視聴者にわかりやすいですからね。それで、大阪の事情をよく知らない東京のテレビ局が中心になり、『改革派橋下VS.守旧派平松』というスタンスで番組作りされた。そら負けますわ」

「しかし、橋下さんの手法というのは、その時々に話題になりそうなことを思い付きで取り上げるだけ。裏付けとなるバックボーンがないため、間違いが多く、朝令暮改も少なくありません。カッコつけるばかり、言いっ放しなんです。それをチェックすべきマスコミが、こと橋下さんに関しては発言を検証しないまま垂れ流してる。テレビ、新聞、もっとしっかりせい、と声を大にして言いたいですね」

<「目指すのは格差のない明るい社会」>

 さて、東京生まれの斎藤さんは日大芸術学部を卒業し、66年、アナウンサーとして大阪・毎日放送に入社。若手落語家として飛ぶ鳥を落とす勢いだった桂三枝、笑福亭仁鶴とともに公開バラエティー番組「ヤングおー!おー!」の進行役を務め、一躍人気者になった。

「最高視聴率は30%を超え、もう社会現象でした。誰もがみんなボクのことを知ってて、表を歩けないんですよ。見つかった途端、人だかりができてしまって。今でも街を歩いてると、“アンタ、昔、テレビに出てた人やろ”とオバチャンに声をかけられる。その揚げ句、人の顔をジッと見て、“変わり果てたなあ”ですから。“オバチャン、そらお互いさまや”って笑ってますが、大阪のオバチャンにはかないませんわ、ハハハ」

 TBSへの出向やプロデューサーなどを経験し、02年に定年退職。その後、堺市にある羽衣国際大学に招聘(しょうへい)され、産業社会学部長を経て、08年、副学長に。12年4月からは非常勤の名誉教授に就いた。

「一部の人だけが得をして、残りは全部貧乏。そんな社会に明るい未来はありません。幼い子供たちが夢を持つことができ、楽しく暮らせる日本を目指し、これからも微力ながら活動していきたいと思ってます」

 バツイチ。再婚相手は懐かしの「アップダウンクイズ」(毎日放送)の出題役で人気があったフリーアナの佐々木美絵さんだ。
~2013年2月18日以前の記事~

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