2012年07月18日 15時40分08秒 posted by uruseiblog

普遍的真理 VOL18

テーマ:ブログ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
432 :リンゴクリスチャン ◆oPXbhrKCUQ :
2012/07/17(火) 15:32:25.25 ID:62bE3snY


聖書に書いてあるように、神の子キリストを信じる人たちは、

神の御子の霊を授けられ神の子供と認められます。


主イエスキリストを信じるだけで神の子供としての特権が与えられるのです。

「神の霊」はキリストを信じる人たちにはだれにでも与えられます。
-----------------------------------------------------------------


【主イエスキリストを信じるだけで
神の子供としての特権が与えられるのです。】


このような記述を鵜呑みにすると、
イエスキリストが神の子であるという思想がそのまま
特定の人間にとっての特権となります。


「信じるものが救われる」と言う話になれば、
それは万人に対する真理ではなくなりますし
選民思想と変わらないものとなるからです。


その事が真のイエスの教えを誤解させてもいます。


キリスト教徒でなくても
創造主の恩恵は受けることはできます。


イエスの想定していた創造主は
万人に平等に日を照らし、雨を降らしてくれる存在です。


つまりキリスト教徒だけにとっての特別な神ではなくて
誰にとっても父である存在であった事をまず理解すべきです。


そして私達は誰もが創造主の子供です。


そうなるとイエスキリストを信じる事で
神の子供としての特権が与えられると考えることは、
例えイエスが神であったとしても矛盾ですし


「神の霊」なるものは”特定状況下”では誰にも平等に与えられるもの、
もしくはすでに平等に与えられているものと判断すべきなのです。


そして覚醒者にとってのここの解釈は、
イエスキリストの教えを信じて実行する人間は
神の霊(私たちの魂)を感じることができるようになる、


もしくは神の霊(創造主からの掲示)を受けることになるというものです。


私の言う”特定の状況下”とは
イエスの奥義を理解し実践する事です。


神の霊を受けたと言っても、それで一体私達の何がどう変わったのかを
このような方は体感することも説明することもできないはずです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


433 :神も仏も名無しさん:2012/07/17(火) 15:41:12.21 ID:5HycosSp
それもパウロのつくった作文です

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私も使徒の手紙の内容が、
イエスの奥義の理解者に対するものであると言うことに気がつかなければ
パウロの作文だと思い込んだことでしょう。


しかし私達にしてみれば、
パウロの手紙の記述はイエスの奥義を理解している事で
初めて理解可能なものであることを知っていますし、


イエスを信じることで与えられる神の霊とは、


イエスを信じイエスの伝えた神の国の奥義を使用することで
感じることになる、創造主の分身としての私達の”魂”


もしくは魂に届いてくる
創造主の意識であると認識できます。


イエスの奥義を理解できなければ
聖書を正しく理解できる人間はいないのです。


そのために、一般のクリスチャンでも、
異端とされているスエデンボルク教会でも


イエスの言葉の真意を理解することなく
互いに争う羽目になるのだとおもいます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


434 :リンゴクリスチャン ◆oPXbhrKCUQ :2012/07/17(火)
15:45:22.38 ID:62bE3snY
>>433
新約聖書に書いてあることです。
スエデンボルクやカトリックのサタンから来る偽りの教義とは違います

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

マリア様崇拝やスエデンボルグ思想が
他のキリスト教の教えと異なることは理解できますが


聖書を文字通り解釈しても
真のイエスの教えにはたどり着くことができないと言うことを


一般のクリスチャンには是非
今すぐにでも理解していただきたいと思います。


イエスキリストという人物とその教えを理解するためには
イエスの奥義=生命の科学は必須だと言うことです。


誰もが授けられたわけではないイエスの奥義、


そしてそれを伝授するためにも選ばれた12人の使徒。


イエスキリストは、
”見ているが見えていない、聞いているが聞いていない
そして悟ることもない人間”


に対しては与えず、
自らの選んだ人間に対して密かに教え与えた神の国の奥義は、


本来人間であれば誰もが感じる事ができる
”意識の魂への経路”を開くことです。
(通常は意識の経路は心にばかり繋がっています)


私達が本来あるべき人間の姿からかけ離れてしまっているがゆえに
通常感じる事もできなくなっている意識の魂への経路を感じとり、
そこから創造主の意識の分身としての私達の魂のささやきを感じること


もしくはそこから創造主の意識を感じることこそが
イエスキリストの真の教えを理解するために必要なものであり


イエスは限られた時間の中で
自分が資質的に見込んだ12人の弟子に対して
そのための奥義と称して伝授したのだと思います。


マタイの福音書13章

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

すると、弟子たちが近寄って来て、イエスに言った。
「なぜ、彼らにたとえでお話しになったのですか。」


イエスは答えて言われた。
「あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているが、
彼らには許されていません。


というのは、持っている者はさらに与えられて豊かになり、
持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです。


わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らは見てはいるが見ず、
聞いてはいるが聞かず、また、悟ることもしないからです。


こうしてイザヤの告げた預言が彼らの上に実現したのです。


『あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。
確かに見てはいるが、決してわからない。


この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、目はつぶっているからである。
それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、
わたしにいやされることのないためである。」


しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。
また、あなたがたの耳は聞いているから幸いです。


まことに、あなたがたに告げます。


多くの預言者や義人たちが、
あなたがたの見ているものを見たいと、切に願ったのに見られず、
あなたがたの聞いていることを聞きたいと、切に願ったのに聞けなかったのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここではイエスキリストがたとえ話で語ることの理由と、
イエスの奥義についてのヒントが触れられています。


イエスキリストが例え話で話すのは、


多くの人達に対して、自らが見聞きしたことを
自ら思考する事を求めていたからだと思います。


【悟ることもしない】というのは
人々が見聞きした事をそのまま受け止めて
そこから何も考えようとしないと言う意味ではないでしょうか。


イエスは一の教えから一学ぶ者もいれば
60や100学ぶ者もいると話していました。


それはその個人個人の思考能力や魂の資質や
注意力に左右されることになります。


しかしイエスの奥義を学ぶには
この思考能力こそが大切だと言う事だと思います。


私の体験から言えば、脳機能が正常に働いていること
そして右脳と左脳のバランスが良い状態であることです。


そのためにも、自分の近い未来での処刑を想定していたイエスは
限られた時間の中でイエスの神の国の奥義を伝授するためにも


それを与えうる状態にあるかどうか
人間の資質を選別していたのだと思います。


同時に多くの人間に、自ら思考する機会を
与えていたではないかと言うのが私の考えです。


「持っている者はさらに与えられて豊かになり、
持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまう」の例えは


細かい記述こそありませんが、
理性や道徳、そして思考能力の事を
指し示しているのだと思います。


それはそのまま今の時代にも通じる話です。


現在の社会に当てはめて考えれば


アダムスキーが触れていたように
目に見えなくても地球規模での環境異変は
私達の肉体に見えない影響を及ぼします。


(地球の変貌は周波数や波動の異状を通じて
私達の肉体に直接影響を及ぼすと言う意味です)


それは、三次元の物質であることで
その中でおきている現象の影響を直接受ける肉体を通じ、


私達の意識の経路のひとつである心=脳機能へと
影響をもたらすものです。


中でも私達の脳機能への影響を直撃されるのは
普段心ばかりを感じている人間です。


一方精神=魂を感じることのできる人間は
その影響が少なくてすみます。
(理性や良心の強い方含む)


以前触れたとおり、
そんな人間は心の変化に直撃される人間たちを見つめては
ますます理性や道徳を強く感じるようになることでしょう。


私たち覚醒者は魂にしがみつくことで
その影響の直撃を避けることもできます。


アダムスキーはそのためにも
人間が二極化することを想定していたのだと思います。


そしてこの事こそがイエスの言っていた


「持っている者はさらに与えられて豊かになり、
持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまう」


の意味ではないかと思います。


”イザヤの言葉が実現した”とありますので
世紀末に起こると言われていたことの一つが
彼らにとって現実となったと言う意味でしょうし


イエスの時代には多くの人間にとって
一つの分岐点が存在していたのだと思います。


イエスの予言は今の私達の社会のことに関してだけを
語っていたのではなくて


イエスキリスト君臨当時の社会が
一種の世紀末にあったということではないでしょうか。


そして放置しておけば多くの魂が消えてなくなる運命にあったのを
イエスキリストは文字通り救ったのだと思います。


(記憶を持った転生ができなくても
消えることなくすんだと言う意味です)


その一方で数多くはないにしても
12使徒含めて魂の覚醒にまで進んだ人間たちを
記憶を持っての転生へと導いた。。。


(12使徒も実はイエスを協力するために
地球社会で転生したブラザーズの仲間たちであったと言う話です)


そんな背景があったのだと思います。


ブラザーズ社会の人間が地球社会で転生した時に
ミイラ取りがミイラとなってしまうのは
この地球社会の波動のためであると言うことのようです。


ブラザーズはその世界の波動を作り上げるのは
その世界で暮らしている人間たちの意識(想念)だと言っていました。


低い意識で悪しき波動に満たされている私達の社会では
その周波数の影響を受けることで
彼らであっても感化されてしまうことになる。


そのために12使徒であっても(人数が本当に12人だったかどうかは不明です)
自分の前世を覚えておらず、
おそらくはイエスの奥義で魂を感じ


その後宇宙的啓示やブラザーズたちの支援でも受けることで
ようやくその資質を現すことができたのではないかと想像しています。
(聖書の”使徒”にもブラザーズが天使として登場しています)


そんな過酷の環境の中、
凡人である私達は、自らの魂の存在を感じることすら
難しい状況におかれているのだと思います。


でも、”多くの預言者や義人達が見聞きできなかった”ことを
私達は見聞きできる立場にいます。


イエスの時代の12使徒の様にです。


その事が必然なのか偶然なのかは判りませんが
私達は12使徒のごとくイエスの奥義を伝えることのできる立場にいるのです。


【地球人の苦悩を光の前の暗黒の様に消すために
宇宙の創造主を地球の道しるべにしよう】


今の時代地球の支配者とその傀儡が
創造主の存在を無視しては神や王のごとく振舞っています。


そんな人間達の意識がどのようなものであるかを
私達であればよく理解できるはずなのです。


創造主は誰をも差別しない。


そんな中において特権階級を主張する人間達の意識こそが
この社会において一番危険なものであることを
私達は伝えていかなければなりません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
P.S.


今も地球の法則をつかさどる
ユダヤ教長老会サンヘドリンの傀儡である
八咫鳥とフリーメーソン達に攻撃を受け続けています。
(私への援助の関与もあります)


私の中で人間の良心と魔の心が戦っているような
そんな錯覚をも感じています。


コメント

[コメントをする]

コメント投稿

一緒にプレゼントも贈ろう!

気になるキーワード

    アメーバID登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト