DESIRE ~背徳の螺旋~
『DESIRE ~背徳の螺旋~』は1994年にPC98用として、
シーズウェアから発売されました。
剣乃ゆきひろ氏の名前を一躍有名にした出世作でしたね。

物語を複数の人の視点から多角的に捉える。
これは本来、マルチサイトシステムにあたるものです。
最近ではザッピングと混同されることも多いのですが、
かつてはマルチサイトを伴わないザッピングシステムも多数用いられており、
ザッピングとマルチサイトは本来異なるものなのです。
そのマルチサイトシステムの元祖とは言い切れませんが、
マルチサイトシステムの名の下にこの手法を初めて効果的に使用したのが、
『DESIRE』だったのではないでしょうか。
ここでもう1つ、時代背景を理解しないと分かりにくい部分が存在します。
昨今のノベル全盛時代においては、
マルチサイトなんてたいしたことないじゃんって思う人も、
もしかしたら結構いるのかもしれません。
確かにノベル、ひいては元々の小説等においては、
視点が変わるのはごく普通にあることでしょう。
いろんな人物の視点から語られる小説なんて幾らでもありますしね。
だからノベルという形式においてはマルチサイトは大した手法に見えないし、
実際に大した効果がないのです。
だからゼロ年代前半にマルチサイトを用いたノベルが増えたものの、
代表作と呼べる物が出てこなかったのです。
詳しくは私が最初に書いた「ADVとは」にありますが、
ノベルとADVは、本質的に構造が違います。
ADVっていうのはプレイヤーとコンピューターとの、
言葉のやり取りにより成立するゲームなのです。
従ってADVにおける主人公というものは、
プレイヤーの意図をゲーム上でコンピューターに伝える、
いわば代理人・通訳的な存在といえました。
だから80年代頃の初期のADVの主人公は無個性だったりするのです。
時が経ちコマンド選択式が主流になり、
ストーリー性を高めるために次第に主人公にも個性が付き始めました。
しかしながら、それによってADVの根幹たる構造、
つまりプレイヤーとコンピューターとのやり取りという構造が、
決して無くなったわけではありません。
個性を持った主人公がプレイヤーの話しかけるような、
ちょっとしたメタ的な構造は生まれましたけどね。
プレイヤーの行動の自由がまず前提として存在し、
主人公≒プレイヤーという分身に類似した構造がある以上、
複数の視点から物語を多角的に表現するのは、
それまでのADVでは無理だったのです。
プレイヤーの意思に反して知らない人の視点に飛ぶのは、
ある意味タブーとも言えますからね。
だからこそ、マルチサイトシステムに意味があったのです。
プレイヤーの分身である主人公を複数用意して、
それぞれの視点から物語を多角的に表現する。
この手法ならば、ADVの構造を崩さずにすみますからね。
今としては何だって思う人もいるかもだけど、
それこそコロンブスの卵ってやつですよ。
それまでに誰もやらなかったからこそ、インパクトが大きいわけで。
つまりマルチサイトは、従来的なADVにおいてこそ効果的だったわけです。
視点変更に縛りの無いノベルでは、何の意味もありません。
むしろ下手に複数視点を強調すると、
かえって表現に制限をきたすおそれすらあるのではないかと思います。
94年にはノベルゲームもありましたし、
コマンド選択式にしてもノベルに近い簡易化されたものも増えています。
しかしそのような方法を採るのではなく、
あくまでもしっかりしたコマンド選択式を採用したからこそ、
余計にもこのシステムが映えたということですね。
ノベル全盛期の今日、
最近の人はADVを小説的なイメージで捉える人も多いでしょう。
その人たちにはきっと、
マルチサイトが果たした役割は解らなかったのではないでしょうか。
『DESIRE』が果たした役割は、そんなところにもあったのだと自分は思うのです。

ということでマルチサイトの話が長くなりましたが、
『DESIRE』の基本はコマンド選択式のADVになります。
ただ、アルとマコトの二人の主人公がいて、
この2人の主人公を任意で切り替えて進めていく事になります。
加えてラストでは第3の視点が登場し、物語の真実に迫ります。
切り替えるということで厳密には、
『DESIRE』はザッピングも伴ったマルチサイトシステムになります。
もっとも切り替える必要性がほとんどなく、
ザッピングシステムとしての楽しみ方はほとんどありません。
魅力のほとんどはマルチサイトに依存することから、
基本的にマルチサイトの代表例として語られるようになったのでしょう。
このゲームで語るべき事。
1つは上述のマルチサイトシステムですね。
もう1つは、何と言っても寝取られでしょう。
時々うがった見方をする人もいますが、
このゲームを寝取られゲーの元祖とは言いません。
ただ、2chのNTRゲースレをたてた人が、
このゲームが原因でスレをたてたってだけで。
スレのできた原因となったゲームなんですよね。
まぁ、由来は何であれ、
アルの恋人であったマコトが、別の男に犯されその男にのめり込んでいく。
その様子にショックを受けるとともに、
新たな属性に目覚めていった人も多かったのではないでしょうか。
ぶっちゃけ、『DESIRE』の価値の多くはそこにあるとさえ思いますしw
さて、物語は第3の視点により衝撃の真実が判明します。
しかし、そこで衝撃を受けた、感動した~で終わってませんか?
(あるいは納得いかんって人もいるでしょうが)
1週目では何気ない台詞として流していた台詞に、
実は深い意味が込められていたりします。
この人はこんな気持ちでこの言葉を言ったのか~と、
2週目ではきっとまた違ったイメージで作品を楽しめると思いますよ。
剣野作品は、2回目からがまた楽しいのです。
そうそう、このゲーム。
いろんな機種で出てます。
ただ、家庭用ゲーム機のは表現上の制約から大幅に変更されてるので、
オススメしません。
もし自分の初プレイが家庭用ゲーム機のだったら、
クソゲー扱いしてたかも・・・
98版がベストだけど、入手しにくいし。
そうなるとWIN版ですが、これまたラストに付け加えられた部分があり、
そこが熱狂的ファンから蛇足だと駄目出しされてます。
なかなか上手くいかないものです。
剣乃作品は比較的移植されたりでプレイできる環境は多いのですけどね、
どの作品もオリジナルよりかなり劣るものばかりなので、
移植作品をやってこの程度かとか思われるのは心外なのですけどね。
まぁ文句ばっかり言っても仕方ないし、
蛇足ではあるけどぶち壊したわけではないので、
初めてやる人はWIN版で構わないと思いますけどね。
ランク:AA-(名作)

シーズウェアから発売されました。
剣乃ゆきひろ氏の名前を一躍有名にした出世作でしたね。
物語を複数の人の視点から多角的に捉える。
これは本来、マルチサイトシステムにあたるものです。
最近ではザッピングと混同されることも多いのですが、
かつてはマルチサイトを伴わないザッピングシステムも多数用いられており、
ザッピングとマルチサイトは本来異なるものなのです。
そのマルチサイトシステムの元祖とは言い切れませんが、
マルチサイトシステムの名の下にこの手法を初めて効果的に使用したのが、
『DESIRE』だったのではないでしょうか。
ここでもう1つ、時代背景を理解しないと分かりにくい部分が存在します。
昨今のノベル全盛時代においては、
マルチサイトなんてたいしたことないじゃんって思う人も、
もしかしたら結構いるのかもしれません。
確かにノベル、ひいては元々の小説等においては、
視点が変わるのはごく普通にあることでしょう。
いろんな人物の視点から語られる小説なんて幾らでもありますしね。
だからノベルという形式においてはマルチサイトは大した手法に見えないし、
実際に大した効果がないのです。
だからゼロ年代前半にマルチサイトを用いたノベルが増えたものの、
代表作と呼べる物が出てこなかったのです。
詳しくは私が最初に書いた「ADVとは」にありますが、
ノベルとADVは、本質的に構造が違います。
ADVっていうのはプレイヤーとコンピューターとの、
言葉のやり取りにより成立するゲームなのです。
従ってADVにおける主人公というものは、
プレイヤーの意図をゲーム上でコンピューターに伝える、
いわば代理人・通訳的な存在といえました。
だから80年代頃の初期のADVの主人公は無個性だったりするのです。
時が経ちコマンド選択式が主流になり、
ストーリー性を高めるために次第に主人公にも個性が付き始めました。
しかしながら、それによってADVの根幹たる構造、
つまりプレイヤーとコンピューターとのやり取りという構造が、
決して無くなったわけではありません。
個性を持った主人公がプレイヤーの話しかけるような、
ちょっとしたメタ的な構造は生まれましたけどね。
プレイヤーの行動の自由がまず前提として存在し、
主人公≒プレイヤーという分身に類似した構造がある以上、
複数の視点から物語を多角的に表現するのは、
それまでのADVでは無理だったのです。
プレイヤーの意思に反して知らない人の視点に飛ぶのは、
ある意味タブーとも言えますからね。
だからこそ、マルチサイトシステムに意味があったのです。
プレイヤーの分身である主人公を複数用意して、
それぞれの視点から物語を多角的に表現する。
この手法ならば、ADVの構造を崩さずにすみますからね。
今としては何だって思う人もいるかもだけど、
それこそコロンブスの卵ってやつですよ。
それまでに誰もやらなかったからこそ、インパクトが大きいわけで。
つまりマルチサイトは、従来的なADVにおいてこそ効果的だったわけです。
視点変更に縛りの無いノベルでは、何の意味もありません。
むしろ下手に複数視点を強調すると、
かえって表現に制限をきたすおそれすらあるのではないかと思います。
94年にはノベルゲームもありましたし、
コマンド選択式にしてもノベルに近い簡易化されたものも増えています。
しかしそのような方法を採るのではなく、
あくまでもしっかりしたコマンド選択式を採用したからこそ、
余計にもこのシステムが映えたということですね。
ノベル全盛期の今日、
最近の人はADVを小説的なイメージで捉える人も多いでしょう。
その人たちにはきっと、
マルチサイトが果たした役割は解らなかったのではないでしょうか。
『DESIRE』が果たした役割は、そんなところにもあったのだと自分は思うのです。
ということでマルチサイトの話が長くなりましたが、
『DESIRE』の基本はコマンド選択式のADVになります。
ただ、アルとマコトの二人の主人公がいて、
この2人の主人公を任意で切り替えて進めていく事になります。
加えてラストでは第3の視点が登場し、物語の真実に迫ります。
切り替えるということで厳密には、
『DESIRE』はザッピングも伴ったマルチサイトシステムになります。
もっとも切り替える必要性がほとんどなく、
ザッピングシステムとしての楽しみ方はほとんどありません。
魅力のほとんどはマルチサイトに依存することから、
基本的にマルチサイトの代表例として語られるようになったのでしょう。
このゲームで語るべき事。
1つは上述のマルチサイトシステムですね。
もう1つは、何と言っても寝取られでしょう。
時々うがった見方をする人もいますが、
このゲームを寝取られゲーの元祖とは言いません。
ただ、2chのNTRゲースレをたてた人が、
このゲームが原因でスレをたてたってだけで。
スレのできた原因となったゲームなんですよね。
まぁ、由来は何であれ、
アルの恋人であったマコトが、別の男に犯されその男にのめり込んでいく。
その様子にショックを受けるとともに、
新たな属性に目覚めていった人も多かったのではないでしょうか。
ぶっちゃけ、『DESIRE』の価値の多くはそこにあるとさえ思いますしw
さて、物語は第3の視点により衝撃の真実が判明します。
しかし、そこで衝撃を受けた、感動した~で終わってませんか?
(あるいは納得いかんって人もいるでしょうが)
1週目では何気ない台詞として流していた台詞に、
実は深い意味が込められていたりします。
この人はこんな気持ちでこの言葉を言ったのか~と、
2週目ではきっとまた違ったイメージで作品を楽しめると思いますよ。
剣野作品は、2回目からがまた楽しいのです。
そうそう、このゲーム。
いろんな機種で出てます。
ただ、家庭用ゲーム機のは表現上の制約から大幅に変更されてるので、
オススメしません。
もし自分の初プレイが家庭用ゲーム機のだったら、
クソゲー扱いしてたかも・・・
98版がベストだけど、入手しにくいし。
そうなるとWIN版ですが、これまたラストに付け加えられた部分があり、
そこが熱狂的ファンから蛇足だと駄目出しされてます。
なかなか上手くいかないものです。
剣乃作品は比較的移植されたりでプレイできる環境は多いのですけどね、
どの作品もオリジナルよりかなり劣るものばかりなので、
移植作品をやってこの程度かとか思われるのは心外なのですけどね。
まぁ文句ばっかり言っても仕方ないし、
蛇足ではあるけどぶち壊したわけではないので、
初めてやる人はWIN版で構わないと思いますけどね。
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2013-02-07