平安-明治 政情や災害記す6万9378通 醍醐寺文書聖教 国宝に
文化審議会(宮田亮平会長)は27日、醍醐寺(京都市伏見区)が所有する、平安から明治時代初期までの国内最多級の計6万9378通の文書群「醍醐寺文書聖教(もんじょしょうぎょう)」など3件を国宝に指定するよう下村博文文部科学相に答申した。醍醐寺の歴史や時代背景、仏教の経典(聖教)など多岐にわたる内容が、宗教史だけでなく、国文学、歴史学上も貴重な史料と評価された。
醍醐寺文書聖教は、重要文化財からの格上げで、指定点数は、国宝「東寺百合(ひゃくごう)文書」(京都府立総合資料館蔵、約2万4千通)を上回る。府教委文化財保護課は「質量とも国内屈指の膨大な史料」としている。
平安時代の醍醐寺創建時から伝わる文書を、桃山時代に義演座主が箱で保存したのが始まりとされる。足利氏や豊臣氏など時の政権と座主の深い結びつきを示す内容だけでなく、室町時代の飢饉(ききん)の様子や1703年に南関東で起きた元禄地震など、災害についての記述も豊富で、各時代の背景を読み取ることができる。
東京帝国大(現東大)の故黒板勝美教授が1902(明治35)年に点数を確認し、14(大正3)年に本格的な調査に着手した。以降約100年間にわたって調査が続き、現在はデジタル化してデータベースを構築、広く研究に活用されている。
醍醐寺の仲田順和座主(78)は「黒板先生をはじめ、調査に携わった方々の学徳に応えられ、無上の喜び。歴代座主や僧侶に深く感謝したい。残りの史料調査を続け、紙の文化の伝承の責務を果たしたい」としている。
【 2013年02月27日 23時08分 】