代々木公園の清涼な空気が漂ってくる渋谷区富ヶ谷。その中に現代という時代を象徴している精神科・心療内科クリニックがある。「市橋クリニック」の市橋秀夫院長は、精神科のドクターとして数々のキャリアを築いてこられた先生。大学教授も務め、多くの書籍も執筆。その中には若いドクターのための教本も多い。これだけの実績を築いたドクターでありながら、気さくで飾ることのない人柄も、患者さんには大きな安心感となっているようだ。孤独になりがちな現代社会で、前を向いて歩んでいくための心掛けも教えてくださった。(取材日2011年7月14日)
―先生がドクターを目指したきっかけは?
じつはかつてエコノミストになりたいと思った時期があります。そこで文科系の大学を受験したのですが、同時に東京医科歯科大学も受験しました。当時の東京医科歯科大学は学生の定員が40名で、少数教育を行っていました。その教育方針に魅力を感じ、東京医科歯科大学医学部に進みました。同大学の神経精神医学教室で精神医学を研修し、その後は都立松沢病院や都立墨東病院神経科などで勤務し、東京都精神医学研究所兼務研究員も務めました。また福島大学障害児病理教授としても研究と臨床に携わりました。たくさんの学生も教えましたよ。その間、多くの書籍も執筆し、医学部の学生向けの教本にも数多く関わりました。そのまま教授として過ごす道もあったのでしょうが、私の本業はやはり臨床だと思いました。そこで1995年に当院を開院しました。
―先生が精神医学を究めようと思ったきっかけは?
最初は外科か精神科の2つで迷いました。当時、医療の世界もIT化の黎明期で、どんどんITが医学の領域にも浸透してくることはわかっていました。しかしこの2つの診療科目は、どんなにIT化が進んでも人間の存在感が大きく軽減することはないだろうと考えたからです。また母校の東京医科歯科大学は非常に高いレベルの精神医学を学べる環境でした。このように医師になった動機も、精神医学の専門医になった動機も、他の先生方のように、特別はっきりした理由やエピソードがあったわけではありません。医学に使命を感じて、などと高邁な情熱を語るのって、なんだか性に合わなくて(笑)。あくまで私の持論ですが、情熱で仕事をするのは少々大変ですよ。なぜなら情熱が費えてしまったら、そこで駄目になってしまいます。それはプロとは言えません。プロは前進していくものであり、小さな発見を積み重ねていきます。医療だけに限らず、持続してこそプロではないでしょうか。
―実際に開院してみて、あらためて気付いたことは?
ここにはとても幅広い年齢や職業の患者さんが来られます。なぜならここは都心の中の精神科・神経科・心療内科のクリニックだからです。つまり時代を反映しているクリニックなんですね。すると今まで会うことのなかった新しいタイプの患者さんを診ることも増えました。例えばうつ病のような状態でここに来られても、その背景には発達障害、あるいはパーソナリティー障害が控えている方がいます。解離性同一性障害、摂食障害なども多いですね。また統合失調症の患者さんもおられます。かつては統合失調症と聞くと、暴れたりする様子を思い浮かべる方も多かったでしょう。しかし最近の統合失調症は軽症化してるのが特徴で、普通に会社に行っている方も多いんですよ。これは新しい現象と言えます。精神科・心療内科というのは、診断能力を非常に必要とされるのが特徴なのかもしれませんね。なので当院では初診についてはしっかりと時間をかけて診るようにしています。