第4話: 世界一周17か国。一番よかった国は? / 井澤仁美
「一番よかった国はどこ?」
これは私が最も多く聞かれる質問だ。そのたびに私はこう答える。
「一番よい国というのは決められない。よかった国なんてたくさんあるし、私はその国の本当に一部しか見ていないし、一部の人にしか会ってない。『いい』っていうのも、その国にはその国にしかないよさがあって、どの観点でみるかによって違う。」
だから、今日は様々な観点からよかった国や体験を紹介しようと思う。その国、人たちのよさが少しでも伝わればいいな。
それだけじゃなくて、逆に困難に遭遇した経験やそれをどう乗り越えたかを紹介することで、もっと私の旅のいろんな側面を知ってもらいたい。
① 一番美しいと感じた風景
トルコの海。イスタンブールで見た黒海はずっと見つめていたいくらい美しかった。南にあるフェティエで訪れた数々のビーチは、深い青、エメラルドグリーン、スカイブルーなどそれぞれ色が違っていて、それまで知らなかった海の美しさを知った。
ネパールのアンナプルナ(山)もすばらしかった!
② 一番爆笑した体験
イギリスで施設整備のボランティアをした日々は爆笑の連続だった!私が旅で出会った中で最高のエンターテイナーであるイタリア人コンビ、アントニーノとジョルジョは日本の漫画、特にドラゴンボールが大好きで、毎日私にかめはめ波を繰り出してきた。だから、私も魔貫光殺砲などを繰り出すことで対抗しなければならなかった(笑)彼らはギニュー特選隊の名前を全員言えるくらいドラゴンボールを知り尽くしていた。日本の漫画はすごい!
ある日の夜、アントニーノが言った。「俺は日本で有名になりたいから日本語で漫才をやって、その動画をyou tubeにアップしてくれ。」
以下が台本だ。台本は私ともう一人キャンプに参加してた日本人女性とで考えた。ちなみに、本人の希望でジョルジョの額には「パスタ」、アントニーノの額には「ピザ」、頬には「いっちょやってみっか」、腹には、「妊娠中」と書かれている。
ジョルジョ:オラ、ジョルジョ。
アントニーノ:あたい、アントニーノ。オラ、東京さ、行ってくるだ。ピッツァ!パス
タ!パスタ!ピッツァ!
ジョルジョ:なんでやねん(つっこみ)
アントニーノ:ああぁ
問題の動画がこれである。
③ 一番仲良くなれた友人
ドイツで一緒にユダヤ人女性収容所の発掘作業を行ったボランティアメンバーである18~25歳までの世界中の若者21人とはとっても仲良くなれた。彼らとは、3週間一緒にきつい発掘作業を行い、学校で寝泊まりをし、ユダヤ人迫害などの歴史を学び、議論をした仲だ。英語ができない私に幻滅せずに、根気強くつきあって理解させようと努めてくれた。
今でも、他の国から絵葉書を送りあったり、別の国でみんなで再会したり。帰国後、大学院に入学するために私が英語で書いた長文の志望動機等を速攻でチェックしてくれたのもこの時のメンバーだった。特に、ドイツ人のカタリーナは、震災の時も実家が被災し、家族と連絡がとれなくなっていた私に誰よりも早く連絡をくれ、何度も気遣ってくれた。彼らとは、今後もつきあうことができそうだ。
④ 一番うれしかった経験
第三話で書いたケニアの村で、ボランティア終了後に、同い年で仲良くしていた村の女の子、キャロラインから私にぴったりにあつらえたケニアの民族衣装をプレゼントしてもらったこと。
ちょっとひとみ来て!って言われてキャロラインのところに行くと、「お金はないけど」って言って、私のために最後のセレモニーに備えて作ってくれた衣装を手渡してくれた。村では最初は警戒されていたために、涙が出るほどうれしかった。
⑤ 思い出の曲
piano man・・・ドイツでボランティアをしているとき、寝泊まりしていた学校にピアノがあり、スペイン人のマイタニがpiano manを弾き始めた。それから、マイタニが韓国人のユンに教えて、ユンがグルジア人のメイヤーに教えて・・・ピアノを弾けるメンバーがみんなで連弾をしたり。いつも誰かがpiano manを弾いてた。
⑥ 一番危険な体験
旅の初日にベトナム、ハノイで夜中に3時間見知らぬ男2人にタクシーに連れまわされ、誰もいないATMの前で降ろされてお金を要求されたり、見知らぬホテルに連れていかれたりしたこと。すごく怖かったけど「私はこれからやらなきゃいけないことがいっぱいあるからまだ死なない」と自分に言い聞かせ、苦労して得たお金を簡単に手放したくなかったので、その要求を拒否し、相手を説得し続けた。要するに命知らずだった(笑)結果、相手が折れ、乗車してから3時間後にやっと予約してた宿に着くことができた。事前に危険管理のための情報を仕入れることの大切さを身をもって学んだ。
⑦ 一番奇妙な体験
南インドのサイババの聖地プッタパルティでの経験。みなさんはサイババをご存じでしょうか?少し前に亡くなってしまったようだけど、私はサイババに興味があり、wikipediaで検索してその聖地プッタパルティに行くことにした。
プッタパルティ行きのバスは一生忘れられないものになった。出発してすぐにそれは起きた。突然後ろの方から、低いトーンで「ごぉぉぉ」という声が聞こえた。すると次の瞬間、誰かが高い声で「サイババ*Д●+@>〝・・・」とテンポよくお経のようなものを唱え始めた。すると私以外のバスの乗客全員が手拍子とともにそのお経を復唱し始めた。私はとんでもないバスに乗ってしまったと思った。が、後悔先に立たず。お経、復唱の連鎖はその後3時間近く続いた。私は、怪しいものだと思われるのを防ぐために周囲の信者たちに合わせて、手拍子と全く意味の分からないお経を唱え続けなければならなかった。
⑧ 一番つらかったこと
ネパールでのボランティアに参加したとき、行ってみると何も活動がなく、2週間ほぼ放置させられ続けたこと。インドで体中、虫に刺されたり、ドイツで熱中病になって吐き続け、救急車がきたりしたけど、本当につらいのはずっと何もできることがないことだった。
⑨ 一番焦った交通トラブル
インドのムンバイでネパールのカトマンズ行きの飛行機に乗ったはずなのに、寝て起きると飛行機がなぜか見知らぬ砂漠に着陸していたこと。カトマンズの空港でトラブルがあり、飛行機が着陸できないために、インドのどこかで数時間一時着陸したということを後で知った。