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労働者にかけられた生命保険 保険金は全て労働者(遺族)へ!
会社が受け取った生命保険金 遺族に半額支払いを 広島高裁判決
会社がかけた生命保険は遺族へと画期的判決
会社が従業員にかけた生命保険の保険金を会社が受け取ったのに遺族に満足な支払をしなかったことから、遺族が保険金の支払いを求めていた「パリス観光生命保険事件」で、広島高等裁判所は十四日、実質全額を遺族に支払うべきとした一審判決を変更し、会社が受け取った保険金八千万円の半分の四千万円(約三年間の遅延損害金を合め約四千六百万円)を遺族に支払うよう命じる判決を出しました。
死亡した被保険者が保険契約にあたり保険金の一部を会社が取得することについて了解していたと推認できるとし、死亡当時の収入その他の事情を考慮し、社会通念にてらして判断したとしています。
この事件は、九五年一月に交通事故で死亡したパチンコ店の店長・辻井弘さん=当時(三七)=にかけられていた生命保険(八千万円)を会社が受領しながら、遺族には生活費などとして計四百三十万円を払ったのみだったため、遺族が保険金の引き渡しをもとめて会社(有限会社パリス観光)を訴えたものです。
昨年二月二十五日、山口地方裁判所宇部支部は、従業員の生命にかけられた保険で会社が利得することは許されないという立場から、未払いの保険金七千万円余を遺族に支払うよう会社側に命じる一審判決を出し、判決を不服として会社側が控訴していたものです。
判決のあと記者会見した遺族側の代理人・田川章次弁護士は「遺族への保険金の支払い額を一審から半額に減らされたことは残念です。とはいえ、約四千六百万円を認めたというのは、この種のものとしてはかなり多額」と話しています。
原告らは、一九九三(平成五)年一月二日宮崎県高鍋市において交通事故で死亡したAの妻と四人の子供達である。Aは、在日外国人であるBが、婚姻外で日本人女性との間にもうけた子供であり、母親の下で生活していたが、母親死亡後には養護施設で成長し、横浜市で就職、稼働していた。
そのような生い立ちをしていたAは、一八才になったころ、Bより探し出されて、実子として面接をした後、宇部市に連れて帰られ、Bの弟Cが経営するゲームセンターで稼働するようになった。
その後、Aは、原告たる妻京子と婚姻し、四人の子供をもうける。Cは、本件で被告となるパリス観光有限会社(以下、たんに会社という。)を設立してパチンコ店の経営を始めるが、風俗営業法の前歴の関係が災いして自らは代表者になれないため、実兄のBが代表取締役になり、Aは、宮崎県の延岡、日向二店の責任者となって原告ら家族を連れて宮崎県に赴任した。Aの立場は、会社の取締役ではなく、会社の部長という立場で、右二店舗について、会計も含めて包括的な権限を授与されていた。
このような経過の中で、会社は、一九八八(昭和六三)年六月一日、明治生命保険相互会社との間で、Aを被保険者、会社を受取人とする五〇〇〇万円の定期保険特約付終身保険契約(以下、S契約という。)を締結した。同じ時に、この団体保険の被保険者となったのは、オーナーのCと他店の店長の三名であった。その後、一九九一(平成三)年六月一日に右契約が、総額八〇〇〇万円の保険契約(以下、T契約という。)に転換された。
Aは、一九九三(平成五)年一月二日宮崎県高鍋市において交通事故により死亡した。会社は、Aの死亡後保険金八〇〇〇万円を受領した。ところが、会社には、死亡退職金規程および弔慰金規程が作成されていなかった。そのためか、死亡退職金や弔慰金は、原告ら遺族には全く支払われなかった。
一方、原告ら遺族は、当初延岡で暮らし、Aの死亡退職金代わりに生活費として月額三〇万円程度を支給されていたが、その後、月額を二〇万円に減額された。
そのようなころ、明治生命保険の外交員が、保険金を原告ら遺族が貰っているだろうと考え、新規保険の勧誘に来たことから、原告ら遺族は、会社がAを被保険者とする多額の生命保険金を受領していたことを初めて知った。
そこで、原告らの親族が会社に対し、生命保険契約の内容を明らかにして、会社が受け取った保険金を原告ら遺族に引き渡すように求めると、月々支給されていた生活費も、翌年の八月には、打ち切られてしまった。そのため、原告らは、宮崎から実家のある山口県宇部市に引き上げて生することになった。
会社の代表者Bも、同じ宇部市にいたため再三に渡り、原告ら遺族は、会社側に保険金の引き渡しを求めたが、会社は、これに応じなかった。そこで、原告らは弁護士に問題の解決を依頼したが、代理人は、A、B、Cがいずれ親族であることから、家事調停で解決した方が良いと考え、BがAを認知するのと併せて前記保険金全額を支払うよう求める調停を山口家裁宇部支部に提起した。
この調停では、Bは、最終的には、Aを認知したが、保険金は会社が受け取ったものであるから、原告ら遺族に渡す必要はないと頑に主張し、会社としての支払いは全面的に拒否し、不調となった。そこで、原告ら遺族は会社を被告として、会社が受け取った保険金八〇〇〇万円は不当利得であるとして、その引き渡しを求める訴訟を提起した。
この訴訟での最大の争点は、契約時に「付保規定」が作成されていたか否かという点であった。この付保規定なるものは、会社が、第三者である従業員を被保険者として生命保険契約を締結するに当たって、その保険金が全額あるいは相当部分が当該従業員死亡時に退職金あるいは弔慰金として支払う旨を、会社と当該従業員が同意をして相互に署名捺印をするという書面である。会社は、そのような付保規定が実際作成されているならば、会社が取得した保険金を遺族たる原告に支払うが、そのような付保規定は作成提出していないのであるから、会社が、この保険料を支払っている以上、保険金は会社が取得すべきものである。また、会社において保険金をどのように使おうと、遺族からとやかく言われる筋合いはないと強弁した。
そこで、原告側の主張立証の重点は、この付保規定の存在に置くことになった。その一環として、生命保険契約の当事者である明治生命に対し、この付保規定を含む契約締結時の一件書類全部の文書送付嘱託を申立て採用された。
ところが、これに対する明治生命の対応は、不自然かつ不明朗極まりないものだった。明治生命は、当初会社からだされた本件保険金請求書のみを送付してきただけであった。
そこで、書記官が、不審を抱いて、明治生命の担当者に電話で問い合わせをしたところ、「送付した書類の他に、本件契約の内容に関する書類があるか否かわからない。請求書に添付されていた死亡診断書や印鑑証明書等の書類は、現在所在不明になっている。」という回答があった旨の担当書記官の聴取書が編綴されている。
その後、もう一度一件書類の取り寄せが採用されたが、その時には契約書(申込書)も送付されてきたけれども、付保規定は、「現在保管されていません。」という回答があっただけで送られて来なかった。
一方、遺族の友人で明治生命に勤めている社員は、この生命保険契約は、明治生命内ではこの付保規定がなければ絶対に締結出来ない、といって励まし、付保規定の用紙(白紙)を提供してくれた。そこで、原告側も自信を深め、契約を担当した明治生命宮崎支店の担当外務員を証人として申請し採用された。
この外務員は、わざわざ宮崎から宇部の法廷まで出頭し、会社側代理人の反対尋問にぐらつきながらも良心に従って証言してくれた。
その要旨は、次のとおりであった。
契約締結の際に押捺された印鑑は、A本人が会社の印鑑を押捺して締結したが、明治生命においては付保規定の合意の書面がないと契約を締結しないと思う。
また、明治生命側は、この保険を勧誘するに当たっては、死亡した時従業員の側で死亡退職金として受け取ることができる、保険料を会社経費として落とすことができる、融資があったときそれで借入金残額を返せるという三つの点を勧誘のポイントとしている、と。
この証人調べの後、遺族たる妻とBの本人尋問があった。
Bは、被告会社代表者として本人尋問をされた際に、Aが管理していた宮崎の二店舗での月額売り上げは、計四億円で利益率は一〇パーセント位であり、本件生命保険契約の窓口になって実際に契約を締結したのはAであり、付保規定の用紙に印鑑を押したりすることはAに全部任せていたこと、この生命保険契約に加入したのは、C、Aと他の店長の三人であったと述べた。
本人尋問を経て双方が最終準備書面を提出して結審したが、被告側から弁論再開の申立があり、再開後Cの証人尋問があった。会社の実質的経営者であるCも、付保規定の存在は頑強に否定したが、原告側の反対尋問に対し、Aの担当していた二店が高収益であったこと、経営や会計に関して、Aにかなり包括的な代理権が与えられていたこと等を認めることを余儀なくされた。
そこで、一九九七(平成九)年一月二一日結審し、二月二五日に判決の言い渡し期日が指定された。
そして、指定された期日に判決の言い渡しがあった。
しかしながら、この事件と判決の位置づけが、原告ら代理人においてきちんと出来ていなかったことから、法廷で判決言い渡しを聞くことなく、翌日、判決文が送られてきてから、この判決の重大さに気づいて過労死弁護団の水野幹男弁護士に相談したところ、至急記者会見して発表して欲しいと要請を受けた。
そこで、急遽、下関市において、記者会見をしたところ、多くの記者が詰めかけ、驚いた次第である。その後、テレビや新聞の報道がなされると、全国各地からの問い合わせがあり、予想外の反響の大きさに戸惑う程であった。そこで、私も、当事務所のインターネットのホームページに登載したところ、アクセス件数が飛躍的に増加し、電子メイルでの照会も多数に上った。
なお、会社は、本判決が不服であるとして控訴し、広島高裁で争うことになった。
一、被告会社内では、Aが死亡するまでの間に死亡退職金規定等は作成されなかった。ところで、本件合意の趣旨は、被告会社内で死亡退職金規定等が定められれば、保険金は右規定に基づいて算出される死亡退職金ないし弔意金に充てるというものであると解せられるが、これらが定められなかった場合に被告が被保険者たるAの遺族に支払うべき金額については、一義的には明らかでない。
しかしながら、S他人の死亡を保険事故とする他人の生命の保険契約には、賭博的に悪用されたり、不労利得の目的のもとに不正に利用される危険があるため、これを防ぐ目的で被保険者の同意を要件とした法律の趣旨(商法六七四条一項)、T事業保険の保険料は労働者の福利厚生を目的とするものという前提から、税法上損金に計上できるものとされていること等に鑑みると、本件付保規定は被告が従業員であるAを被保険者とする生命保険によって利益を得ることは予定していないと解するべきであるから、死亡退職金規定等が定められていない場合の本件合意の趣旨は、被告が受け取った保険金から、被告が支払った保険料総額及びAの死亡に伴い被告がAの遺族のために支出した金員があればその金額を控除した残金をAの遺族に死亡退職金ないし弔意金として支払うというものであると解するのが相当である。
その場合遺族が受け取るべき金額が死亡退職金ないし弔意金としては社会一般の水準よりも多額となってもやむを得ないというべきである。
二、被告が原告らにAの死亡退職金ないし弔意金を支払うに際し、保険金から差し引くべき金額として、次のものがあり、合計金九五五万七七四〇円である。
(S)被告が負担したAの葬儀費用金二〇〇万円
(T)被告が支出したAの墓石代金一五〇万円
(U)被告が原告らの生活費の援助として平成五年二月から同年六月まで一か月金三〇万円ずつ、同年七月から平成六年八月まで一か月金二〇万円ずつ送金した金員合計金四三〇万円
(V)被告が支払った保険料 合計金一七五万七七四〇円
三、被告が原告らに引き渡すべき保険金は、被告が受領した金八〇三八万〇九四九円から右の合計金九五五万七七四〇円を差し引いた金七〇八二万三二〇九円となる。
この事件は、いわゆる団体生命保険のAグループに属するものとはいえるが、同族会社で、同時に保険契約を締結したのが三人しかおらず、被保険者と会社代表者が実の父子であるといった特殊な身分関係があり、かつ、被保険者本人が同意をして生命保険契約を締結しているという点では、典型的な団体生命保険に関するものとはいえず、むしろ、個人保険に近い性格を持ったものと言えるかもしれない。
しかしながら、本件判決は、保険の形態の点をさしおいても、従業員にかけられた生命保険については、その全額がその遺族に引き渡されるべきものだと判示している点が高く評価されるべきものである。また、会社が支出した諸金額を控除した後に、七〇〇〇万円余という多額の金員を遺族に支払うことを命じた点は、その金額の大きさの点で画期的なものである。本判決は、商法の規定に基づき、生命保険契約の本旨に立ち、従業員の死亡により会社が不当な利益を得るようなことがあってはならないと明確に判示している点も高く評価されるべきものと考えられる。
特に、文化シャッター事件で、静岡地裁浜松支部が、団体生命保険契約は無効であると判断しながら保険金を遺族ではなく生命保険会社に返還すべきだ等という、一般国民の法感情に反するような形式的な判断をしたのに対比すると、本判決の輝きは一層増すものと考えられる。その点で、高裁においても、この判決の立場を確立させるために努力する所存である。
交通事故で死亡したパチンコ店の店長(部長扱い)に付されていた生命保険金8000万を会社が受領していながら、遺族である妻と4人の子供達に対しては、生活費として、月に30~20万円を1年半程で合計430万円を支払っただけで、後は、放り離しという事件の相談を1昨年に受け、取り組んできました。
当初、調停を提起しましたが、会社は、全く応じませんでした。そこで、1昨年の1995(平成7)年12月25日山口地方裁判所宇部支部に、8000万円の生命保険金全額を遺族に支払えという訴訟を提起しました。その後、同裁判所において、8回の弁論が開かれ、証人2名、本人2名の尋問があり、1997(平成9)年1月21日に結審し、昨日、2月25日に判決言い渡しがあり、本日判決文が送付されてきました。
この判決文を検討したところ、その内容において、画期的なものであり、昨夜NHKの「クローズアップ現代」でも取り上げられていたということから、全国の同じような問題に取り組んでおられる方々を励ますことになるので、是非ともマスコミに発表するようにと、全国過労死弁護団事務局長の水野幹弁護士(名古屋市)よりアドバイスを受けました。そこで、発表する次第です。 この判決が画期的であると考えられるのは、次の諸点です。
(1)会社が受け取った生命保険金の中から「会社が支払った保険料総額及び従業員の死亡に伴い会社が従業員の遺族のために支出した金員があればその金額を控除した残金を従業員の遺族に死亡退職金ないし弔意金として支払うというべきものであると解するのが相当である。その場合、遺族が受け取るべき金額が死亡退職金ないし弔意金としては社会一般の水準より多額となってもやむを得ないというべきである。」と明確に判示しています。
これは、会社が、従業員の死亡によって「もうけ」てはいけない。保険金全額を従業員の遺族に渡しなさいと判決していることになります。
(2)そのような観点から、会社が取得した8000万円の生命保険金のうち未だ支払っていない残額7082万円余という多額の金員の支払いを命じています。これまで、400万円位が最高額でしたので、最高額の支払いを命じたことになります。(田川章次)