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21 ツングースカ事件
 1908年(皇紀371年)



 史実では日米紳士協定が結ばれたが、この世界では結ばれなかった。

 日米紳士協定とは排日法の一つで、日本人労働者のアメリカへの渡航を禁止するが、アメリカ在住の日本人に差別待遇をしないという協定だ。
 日本政府はアメリカの反日感情を考慮して厳格に協定を守ったのだが、アメリカは1913年にカリフォルニア州で排日土地法を成立させ、意図も容易く協定を破り、これ以降も排日法は次々と制定されていった。

 前記した通り、この世界ではアメリカに移民した旧日本人達のほとんどは日本帝国に帰属したので、わざわざ日系移民を排斥する必要は無かった。
 しかし、史実で日露戦争に勝利した日本にアメリカが脅威を感じたように、日本帝国も脅威に認定されていた。それも日露戦争前、1897年に日本帝国の存在を確認した瞬間に脅威と認識され、対日戦を想定したオレンジプランが作られていた。そして更に、日露戦争で日本帝国がロシア艦隊を撃滅してシベリア全土を掌握した事で、アメリカの日本帝国に対する警戒は更に高まった。
 しかし日本帝国は史実日本と違い、アメリカの大陸への参入を許したのでそこまでアメリカ人の反日感情は強くなかった。確かにその強大なる戦力は脅威だが、別にこれといったアメリカに不利になることはせず、むしろ新たなフロンティアである大陸市場を解放してくれたのだから悪感情は抱きにくい。
 日本車など高品質な商品を販売する日本ブランドは国内産業にとって脅威になり得るが、かなりの高価格なので住み分けも出来ている。買うのは少数の富裕層程度なので市場への影響は薄い。

 このように、日本帝国とアメリカは程よい距離を保ちながら良い関係を築いていた。日露戦争の結果により日本人に対する認識は変わり、日本人を黄色人種と切り離して考えるアメリカ人も増えていた。
 ――最も、異世界人という事で怖がられる事もあるが。









 オーストリアが管理下にあったボスニアとヘルツェゴビナを併合したボスニア危機が発生

 当時、オーストリアはオスマン帝国領だったボスニアとヘルツェゴビナの2州を1878年のベルリン条約により行政権を獲得し、皇帝直轄の管理下に置いていた。オスマン帝国で青年トルコ革命が勃発すると、革命により民族意識が高まりボスニアとヘルツェゴビナに再びオスマン帝国の影響力が浸透することを恐れたオーストリアは、革命による混乱を利用して2州を併合した。
 この併合宣言に同じく2州を狙っていたセルビアが猛反発するも、オーストリアはこれをきっかけにセルビアと戦端を開き、かねてより計画していたバルカン問題を一気に解決しようとしていた。しかしロシアではセルビアへの同情的な世論が高まり、日露戦争で弱っていたロシア政府はこの世論を無視出来なかったために、バルカン南下政策にとって重要な同盟国であるセルビアの意向に応え、オーストリアに対して強硬な態度を取った。
 こうして、セルビア側には主権を侵害されたオスマン帝国にロシアが加担する事となり、併合宣言後の約半年間に渡って開戦が危ぶまれる外交危機(ボスニア危機)が続いたが、オーストリア帝国は開戦準備が十分でないことを理由に開戦を断念。また、オーストリアの同盟国であるドイツがロシアに最後通牒を突きつけてセルビアへの圧力をかけさせたため、セルビアは併合を承認して戦争の危機は回避された。









 シベリアのツングースカにて大爆発が発生

 6月30日7時2分頃、強烈な爆発が発生して半径約30kmに渡って森林が炎上し、広大な範囲の樹木がなぎ倒された。
 史実では当時のロシア帝国は日露戦争後で国内は革命機運が高まり混乱し、更には第一次大戦やロシア革命が起きたために調査は遅れに遅れ、1927年にようやく始まった。事件発生後の19年も後に調査したからか、爆発の原因については現代に渡っても解明されていない。

 しかし、この世界ではシベリアは日本帝国領に入っており、更には北郷は勿論この事件を知っていたので即座に調査に乗り出した。


「で? ツングースカ大爆発の真相は判明したのか?」
「はい、倒木の中心である爆心地周辺を綿密に調査した結果、四散した小惑星らしき破片と地球表面上ではあまり確認されないイリジウムが大量に確認されましたので、爆発規模から考えて約100mの小惑星が地表から約7000m上空で爆発したのだと推察されます」

 現代においてはミステリーであるツングースカ大爆発の原因が、意図も容易く分かった事には北郷ですら驚いた。

「ほぅ、小惑星の破片が見つかったのか? 1929年の調査では破片は発見されなかったというに」
「我々が調査した時点でもかなり粉々に砕けていましたから、事件が発生して19年も経てば四散して発見出来なかったのも無理は無いかと」
「成る程……幽霊の正体見たり枯れ尾花…か、史実では散々騒がれたツングースカ大爆発も、判明すれば何て事の無い事件だったんだな…」



 その後、日本帝国はツングースカ事件を小惑星による爆発と発表した。
 しかし、各国政府はあれは日本帝国の新型兵器による爆発で、小惑星の発表はフェイクではないかと疑った。普通ならば、1908年に核兵器なんて存在すら知られてないのだから爆発規模を考えれば兵器など思いにくいが、先の日露戦争で日本帝国軍は様々な新型兵器を使用していたため、大爆発を起こせる兵器を開発出来たとしても不思議は無いと各国は疑いを消せなかった。

 この反応に日本帝国政府は小惑星による爆発である科学的根拠を分かりやすくした記事や小惑星の破片の公開は勿論の事、ツングースカ付近限定だが各国の調査隊派遣要請も受け入れた。
 何故ここまで日本帝国が敏感に反応したのかと言うと、実際にツングースカ大爆発のような被害を出せる原爆を所持しているからだ。とは言っても、他国は愚か自国民にも知られないように地下核実験のみなので人目につき易いキノコ雲や爆心地などは無く、精々小規模な地震が起きるぐらい。
 では何が問題なのかと言うと、他国が核兵器の可能性に気付き、史実より早く核開発をする事だ。1908年の時点では原子力関連の研究はほとんど進んでいないが、今から開発を始めれば確実に開発速度は早まる。もし史実より早く他国に核兵器を開発されれば、流石の日本帝国も簡単には攻められない。
 流石の日本帝国も核戦争は御免だからだ。






 日本帝国のツングースカ事件発表を信じていない国の中に、勿論アメリカも含まれていた。

「それで、ツングースカ事件はどうだったのかね?」

 セオドア・ルーズベルトは部下に尋ねる。
 史実では日露戦争の講和仲介を勤めたとしてノーベル平和賞を受賞しているが、この世界の日露講和は日本帝国の要求で行われたのでルーズベルトは全く絡んでおらず、ノーベル平和賞も受賞していない。

「科学者達の調査によれば、やはり日本帝国の発表通り小惑星の爆発との事です」
「確実かね?」
「えぇ、科学者達は実際にツングースカを見て「いかに日本帝国が強力な兵器を持っていようと、あんな事が出来るのは神のみ」と強く断言していました。
 それに、実際に小惑星の破片なども発見したようなのでまず間違いないかと」
「そうか…」

 補佐官の報告を聞いて、ルーズベルトの心中に1番始めに浮かんだのは安堵だった。もし日本帝国があんなとてつもない威力を出せる兵器を開発したのだったなら、最早勝てる筈が無いからだ。
 アメリカは日本帝国にトラウマに近い感情を抱いていた。1897年に日本帝国との接触の際に見た香取級や薩摩級といった大型戦艦10隻は、アメリカに大きな衝撃を与えた。当時のアメリカ海軍では到底太刀打ち出来なかったからだ。
 そのため、アメリカ海軍は戦力増強のために戦艦を次々建造した。これで日本帝国軍にも対抗出来るかと思いきや、日本帝国軍は日露戦争でロシア艦隊に圧勝。更には新たな戦艦である河内級戦艦も公開した。
 日本帝国の戦艦は計15隻なので数だけで言えばアメリカ海軍が勝っていたが、新機軸である河内級戦艦によって河内級以前の戦艦は全て旧式艦に変わってしまった。
 アメリカ海軍の戦艦は全て前河級戦艦なので価値は下落、現在はアメリカの国威を見せつけるために戦艦16隻のグレート・ホワイト・フリートを世界一周の航海に出している。日本帝国にも寄港し、史実日本ならアメリカ海軍の戦艦による大艦隊に脅威を覚えたのだが、日本帝国では逆に「頑張ったんだね」と見下されるかのような視線を浴びせられた。
 日本人にとっては幾ら数を揃えようとも全てが旧式艦に過ぎず、日露戦争でロシア艦隊に圧勝したのでグレート・ホワイト・フリートなど眼中に無く、ただ物珍しさから集まるだけ。自国軍こそが最強だと微塵も疑っていないからだ。

 大統領の安堵に補佐官も無言で頷く。
 これはアメリカだけではなく、列強諸国全てが同じ思いだった。もし日本帝国軍が都市一つを一撃で滅ぼす事が出来る兵器を開発させていたなら、その時は多大な被害が出る覚悟で列強諸国全てで日本帝国に挑むしか無かったからだ。
 そのため、ツングースカ事件は単なる隕石の落下と分かった時、列強諸国の首脳や閣僚達は心の底から安堵したのだった。








 しかし、その安堵は間違いであった。

「…水爆が完成したか」
 既に日本帝国ではツングースカ大爆発より更に威力が高い、水素爆弾が完成したからだ。

「はい、シベリアを手に入れた事でようやく水爆の核実験を行えました」

 原爆の場合は北海道でも行えるが、水爆は狭い日本本土では難しい。原爆なら地下核実験を行ってもそこまでの規模の地震は発生しないが、桁外れに威力が高い水爆では大地震が発生する可能性が高い。
 幾ら地震に慣れている日本人でも、震度6や7の大地震に何度も襲われては耐えられない。更に日本本土は狭いから、どこで核実験を行おうが大被害が発生してしまう。そのため、広大でいて尚且つ人口が少ないシベリアを手に入れるまでは水爆の核実験は出来なかった。

 シベリアを手に入れたは良いが、次なる問題は実験場の選択だった。シベリアはそこかしこに地下資源が埋蔵する宝の山であり、そんな所で水爆の地下核実験などやればせっかくの資源が放射線に汚染されてしまう。
 ソ連やロシアが核実験場として使用しているノヴァヤゼムリャ島があれば良かったのだが、残念ながらウラル山脈以東に入っていないので日本帝国領土では無い。
 そのため、代わりにノヴォシビルスク諸島を地下核実験場として選択した。
 北極圏に入っているノヴォシビルスク諸島ならば、大地震であっても本土には伝わらず、大津波が起きても被害は最小限に食い止められる。

「…ようやく水爆か。原爆はもっと早く出来たのだが…まぁ良い。
 それよりも核実験のデータをもっと集め、臨界前核実験が行えるようにするのだ。そうすれば他国の目を気にする必要は無くなる」

 幾ら北極圏の島の地下深くに実験場を作ろうが、地震計で見れば本当の地震か核爆発により地震かは直ぐに分かる。徐々に反応する普通の地震と違い、核爆発の場合はいきなり大きな反応が起きるのだから。そのため、今は地震計を騙すために何度か小さな爆発を起こして、本物の地震が起きたかのように偽装しなければならない。
 その一方、臨界前核実験なら核物質を臨界状態に至らない条件に設定されているので、核爆発に特徴的な閃光や熱線、爆音などは起きない。
 これなら他国にバレずに核実験を行えるのだ。しかし、その代わりに臨界前核実験を行うなら膨大な核爆発のデータが必要になるため、現代においてはアメリカやロシアなど核大国以外では極めて困難である。

「はい、ようやく念願だった核実験場を手に入れましたので、北海道の時とは比べ物にならない頻度での核実験を行う予定です」
「良し、今ならまだ他国の地震についての研究は未熟であり、地震計の数も少ない。出来る限り早く実験データを収集して臨界前核実験に移行するのだ」



「水爆については分かったが、肝心のICBM開発についてはどうなったのだ?」
「ICBM開発につきましては間もなく完成すると思われます。
 水爆と違って原爆は既に小型化に成功していますし、集積回路も開発出来たので電子装備についても目処が立ちました」

 実は既に日本帝国はトランジスタからIC(集積回路)に移行していた。他国では未だに真空管すらマトモに使えていないというのに。

「ほぉ、水爆に続いてICBMもようやく実用化が可能になるか…」

 感慨深そうに北郷は言う。
 ICBMが完成した瞬間、例え世界中が敵に回ろうが圧倒的な勝利を収める事が出来るのだから、北郷にとってこれほど嬉しい事は無い。相手国が同様に核兵器を持っているならそう簡単に撃つ事は出来ないが、相手国が持っていないなら一方的に核攻撃が可能になる。
 正に北郷にとっては理想的な戦争なのだ。

「それとSLBMについてですが、こちらの方も順調に進んでおり、ICBMと同時期に開発出来ると予想されます」
「おぉ、それはますます喜ばしい。ICBMとSLBMの両方が完成すれば我が国の核戦略は完璧となる。
 引き続き迅速な開発に取り組むのだ」
「畏まりました」



 この他にも、新型自動小銃の開発も完了した。
 新型自動小銃とはM-16系ライフルの事で、現在使用しているAK-47は劣悪な環境下でも使用出来るという素晴らしい性能を誇る。が、機構が単純故にメンテナンスもそれほど必要としないので鹵獲されれば他国に使われる可能性が高く、更にはその単純さからこの時代の工業レベルでも製造が可能かも知れないので、新たにM-16系ライフルを開発した。
 M-16系は精密な射撃が出来るが、その代わりに撃ったらキチンとメンテナンスをしなければ簡単に壊れ、複雑な機構なのでこの時代にコピー銃を作るのは難しい。メンテナンスにも専用器具が必要になるので日本帝国軍で無ければ運用するのはほぼ不可能だろう。そのため、直ぐ様主力小銃のAK-47からM-16への移行が始まった。
 主力小銃の他にも、分隊支援火器として新たにミニミ軽機関銃も開発した。使用口径がM-16と同じ5.56mm弾なので弾丸が共用出来て、自動小銃より弾幕を形成出来る。



 この他にも、ソ連軍からアメリカ軍への兵器移行を開始した。
 日露戦争までなら劣悪な環境下にも耐えれるソ連製兵器の方が向いていたが、基本的に太平洋戦争までは秘匿兵器を使う事は無いので精密で質の高いアメリカやヨーロッパ製兵器の方が都合が良いのだ。








 日本帝国は現代日本同様、銃刀法が存在するので武器の所有や所持は厳しく規制されているのだが、国営の射撃訓練施設は存在する。
 利用出来るのは20歳以上からで、拳銃やライフル、ショットガン等の射撃訓練が可能。勿論銃はレンタルのみで、使用出来る銃は表向きの日本帝国軍が使っているのと同じなのでリボルバー式拳銃や自動拳銃、三八式、九九式歩兵銃など。
 ただし銃を撃つには事前に講習や適性検査を受ける必要があり、それに合格すれば訓練施設においての銃の使用許可証が得られる(3年事に更新が必要)。
 銃ごとに許可証は違い、許可証が得られる順番は拳銃、ショットガン、ライフルと決められていて、新たな許可証を取得するにはその都度1年以上の経験が必要。

 何故射撃訓練施設などが存在するのかと言うと、主にはストレス発散と猟師の増加のためだ。
 銃を撃つという行為は非常にストレス発散に有効で、わざわざ銃を撃ちに外国に行く者達もいる程だ。ならば国内でも規制付きだが銃の訓練を許可すれば外国へ行かずに手軽に射撃を楽しめ、わざわざ改造銃など作る必要は無くなる。
 そして射撃に物足りなくなれば実際に獲物を狩る猟師や兵士になりたがる。射撃施設で銃の経験もある程度は積めるので、どちらとも事前に練度を上げる事が出来る。

 そして更に言えば、現代日本では警官や自衛隊員しかなれない射撃の選手になれる可能性すらある。
 一般人にも狙撃の素質を持つ者は存在するだろうから、そういった者達を狙撃手や射撃選手にスカウトする事も出来る。

 無論、銃の持ち出しは出来ないように銃は射撃台に細いワイヤーで繋がれていて、更には犯罪防止のために射撃訓練をする際には毎回必ず免許証など身分証明出来る物を提出し、顔写真も取る。
 もし不法に銃を持ち出したなら、テロリストとして扱われるので本人は勿論の事、家族や場合によっては親戚も死刑になる。

 ちなみに訓練施設や、許可証が発行されるのは一等国のみ。


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