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【シンポジウム】

ワークシェアリングは働きやすい社会を可能にするか

【第2セッション】「多様な働き方を支える枠組みとは」



 ■自立できない賃金水準は是正を■

 中野 まず、私の前提は、要らない仕事はないと、どんな仕事であっても、生きていけるだけの自立した賃金というものが保障されてしかるべきだと、そういう立場に立っています。

 パートタイム労働の低賃金というのは、1つは、先ほど冒頭に申し上げましたように、「男は仕事、女は家庭」と、家計補助的労働であるという、あるいは企業との結び付きが弱いということで、自立して生活できないほどの低賃金に置かれているわけですから、そこを改善するということが主たる改善策であって、専門性を身につける、専門的な技能を身につけるということは、確かにそういった問題を改善していく1つの大きな柱ではあろうかと思います。

 これは、とかく構造を変えるという点からいきますと、もう一歩後に退く問題なのかなというふうにも思います。ただし、その重要性というのは改めて言うまでもありません。

 しかしながら、一般的に、その地域の相場で決まっているパートタイム労働者の賃金水準ということからしますと、賃金相場を決めているエリアで代替可能性のない技能を持っているということでなければ、賃金が上がらないということを意味するわけでして、これは大変なことだと思うんです。みんながその水準を身につけた場合には、また家計補助的労働という原理が働いて、低い賃金に押し下げられるということでは意味がないと思います。

 それから、教育訓練なんですけれども、確かにパートタイム労働者の場合に、教育訓練の機会が与えられていないということは間違いないことです。しかし、これを派遣会社が代わってできるのかということですが、派遣会社で見ますと、マナー、それからワード、エクセルといったような基礎的な訓練については無料ということがあり得ますけれども、高付加価値の他に代替可能性のない、自分を高く売れるという技能を身につけるためには、基本的には無料では絶対に提供しません。

 それはなぜかと言いましたら、派遣会社は、数社登録する派遣スタッフを抱えているわけですから、そんな流動的に、自分の所で無料で提供した技能を他の会社で働くために活用されるというようなことを許すわけはないですから。これはもう八代先生ご存じの通り、市場原理で決められていくわけです。

 ですから、無料である訓練の機会をどこまで保障できるかということが、大きな課題になります。特に、賃金が下がってきているという状況では、こういった技能をどれだけ無料で提供できる機会を保障していくのか。それから、時間をどう保障するのかというのは、やっぱり戻ります。働くのに非常に長時間拘束されるということでは、そういった技能というものを身につけられない。

 このことは、有償の労働というだけではなくて、パートタイム労働者の場合に、仕事も家庭もという、そういう負担の中で生きていますから、家族的責任というものを考慮に入れて、どれだけ訓練の機会が与えられるのかと。その社会的なシステムというのをどう作るかということがポイントになると思います。

 竹信 どういう訓練の方法を作るかということですね。非常に大事な問題だと思います。辛さん、「辛さんは写真に比べて実物が色白で美人なので驚いた」というコメント付きですが、「現在、外国人労働者は高度知識の仕事に限られているが、一般労働についても日本に移入自由化すべきか」という規制問題です。いかがでしょうか。

 辛 私は、自由化すべきだと思うんです。その理由は、自由化すべき前に、今、既に日本の社会の基礎となって、あらゆる権利を剥奪された状況のままで、日本の社会に税金を納めて、そして、資格が与えられていないというだけで、人権を無視されて働いている人たちが何十万人もいるわけです。ここの部分からやっぱり変えていかなければいけないだろうというふうに私は思います。

 竹信 分かりました。もう少し時間はありますので、もう一わたりぐらいできそうなので、やってみます。神野さん、「短時間労働が必ずしも生産性を下げることにならない、上げることになるという考え方はどうでしょうか。必ずしも皆が集中的に労働できるとは限らないのではないでしょうか。例えば、パートタイマーがある一定の仕事に慣れ、生産性を上げられるようになるまでには、ある程度の時間を要すると思いますが、途中でやめたら、むしろ雇用者の負担が大きくなると思います」というご質問ですが、意味はお分かりいただけますか。

 ■生産性向上で時短と賃金上昇を■

 神野 私が申しましたのはむしろ逆で、生産性を向上させて、それを時短と時間賃金の上昇に結びつける、こういうことですね。私の所に来ています、今、世界的な政治経済学の権威であるスタイモン先生がこう言われています。「日本は、日本の企業の税金を低くしたり、労働賃金を安くしたりしないと、企業は日本から他の国にフライトして行ってしまうと考えている」と。

 しかし、スウェーデンを見習いなさいと。スウェーデンは、高付加価値で、そして知識集約型の産業に特化してしまっている。そうすると、企業がフライトしようにも、フライトした国に高付加価値で知識集約型の産業を担える人材がいないと成り立たないから、フライトしていかないわけです。

 短時間労働をするだけの、つまり、パートタイマーに対する教育ということを言っても、私はパートタイマーである必要は全くないと思いますが、スウェーデンではご案内の通りフレックスタイムできちっとやっておりますので。

 私がここに選ばれたのはあまり居心地がよくないのです。つまり、「オランダモデルなんていうのはろくでもないので、スウェーデンモデルだ」と言っている人間ですから、スウェーデンのやり方というのは、徹底した訓練、徹底して能力を高めることによって時間を短くするというやり方だということですね。

 スウェーデンは、もう1つお話ししておきますと、先ほど、人間というのは怠け者で、私の所にもたくさんいますよというお話がありました。しかし、スウェーデンでは、子どもたちにこう教えています。「人間というのは、自分の心の中しか分からない。相手の心の中は分からないんだ。だから、相手も自分と同じことを考えていると思いなさい。相手が何らかの形でサボっていたりすることがあれば、あなたがサボっていたときに、本当にやりがいがなかったからサボっていたように、その人も本当はサボりたくないんですよ」ということを教えているわけです。

 日本の場合には、いつもこういう話をしますと、「いや、人間というのは、心の中は自分のことしか分からない。日本人はいつも自分はサボりたいと思っていたり、相手を憎しんだり、嫉妬したりしか考えていないんでしょうか」ということですね。

 私の言いたいのは、人間というのは自分の心の中しか分からない。学ぶということは心の中のプロセスで、だれも援助してくれない、自分でやるしかないんだという基本的な考え方に立って、スウェーデン社会は成り立ち、人間の能力を高めようとしているということです。

 竹信 分かりました。このシンポジウムは必ずしも「オランダモデル」を宣伝するためにやっているのではありません。「スウェーデンタイプ」は、私も多少取材したことはありますが、要するに、「残業をなくす」ですよね。残業をなくすことによって、ケアの時間とか、地域生活の時間をきちんととる。しかも、出ていった人の……。

 神野 リリーフ。

 竹信 そうですね。家事育児なんかは公的にきちんとシェアをしてくれるということで、そういう意味での一種のワークシェアリング、広義のワークシェアリングだというふうにもとれるものだと思いますので、その点はご心配なく、ずっといらしていただいて結構だと思います。

 次は中野さんです。「保育園の長時間開所についてというようなテーマ」、つまり「多様な働き方を支えるという議論のときには、必ず保育園を長時間開いて欲しいという話が出てくる」と、この方は言われています。ただ、「日本の労働では長時間労働か安価なパートかのいずれかに集約されてしまっているので、男女が働いて『保育所の長時間開所』と言ってしまうと、男女とも長時間労働になるんじゃないかと思うが、どうだろうか」。こういうご心配だと思いますが、それについてはいかがでしょうか。

 中野 私は、そういう所で、日本の保育所が市民のニーズにこたえられるような仕組みを大きくとることが遅れてきたのではないかと思っています。

 確かにそういう指摘があるということは分かりますが、現に生きるために働かざるを得ないという人たちにとってみれば、保育所がニーズに即して存在している、開設されているということは極めて重要なことだと思います。そして、障害を持ったお子さんを育てている親御さんであるとか、多様なニーズにこたえていくために、保育所はもっと開設時間も含めて再検討する必要があるのではないかと思うのです。

 むしろ、労働時間短縮は、そういう所でニーズにこたえないで開設を制約していくという所から始まるのではない、そういうものではないのではないかと思うのです。職場の中の枠組みを根本的な所から変えていく必要があるのではないかと思います。

 竹信 どうもありがとうございました。八代さん、幾つかありますが、「自立できる収入を得られない母子家庭は福祉の世話になりなさいと言ったが、それは最初から子どもを抱える女性は、自立などできなくてもいいということなのでしょうか」という疑問の形なので、「違えば違う。そうならそう」と言っていただきたいです。

 ■雇用保障要求が雇用機会を減らす■

 八代 ありがとうございました。それは私の言い方が悪くて、そもそも母子家庭の人でも働けるだけの賃金を保障するようなルールにすべきだというお話があったので、それができる人はそれでもちろん結構ですけれども、やはり、子供を抱えてフルタイムで働けない人に対して、例えば、特別の生活保障をするというのは、労働市場ではなくて福祉の役割だということです。

 ですから、それは何も全面的に福祉に依存しろということではなくて、労働市場では、やっぱり需給で決まる賃金、その賃金が人間の生存すべき、政府として保障すべき生活水準を満たさなければ、それは労働市場ではなくて補足的な分を福祉でやらなければいけないというふうに言ったわけです。ですから、もちろん、バリバリ働く母子家庭の方も当然おられますし、母子家庭の人が全部福祉の世話になっているわけでもないわけです。

 ですから、問題は、労働市場と社会保障の役割分担が日本では極めてあいまいになっている。福祉でも、社会保障と社会保険と福祉との役割が不明確になっているという、いろんな問題がありますから、ルールを明確にしなきゃいけない。

 それはなぜかと言いますと、労働市場において、いわばニーズに応じて賃金を決めるというのは、社会主義の考え方なんですね。つまり、能力に応じて働き、ニーズに応じて報酬を受けるというのは、マルクスが言ったことだと思いますけれども、それはやはり競争市場の考え方とは相いれないわけで、ニーズに応じて所得を保障するのは福祉でなければいけない。さもなければ、全員を公務員にする中国のかつての国営企業みたいな考え方にならざるを得ない。

 そうなると、ぎりぎり、だれが市場でニーズを決めるのかと。要するに、個々の企業が全部、「この人は困っているから高い賃金を」「この人は母子家庭だから高い賃金を」と言い出したら、それはもう企業としては、とても成り立てないと思います。ですから、そういう意味では、「労働市場と福祉との役割分担を明確にしろ」ということをもう一回言いたいと思います。

 それから、また余計なことかもしれませんが、保育所についても一言言わせていただければ、まさに女性を男性的な働き方にするというのはこれまでの男女平等であって、これはもう全然、サステーナブル(持続可能)じゃないわけです。なぜならば、家事、子育てを全部やってくれる専業主婦を持った男性と同じことを単身の男性、女性、あるいは共働きの女性に要求したら、できるわけがないわけで、問題は、「働き方の多様化」というのは、これも中野さんが言われたように、男性の労働時間を同時に短くして、女性の就業を促進するということしかあり得ないわけです。

 それから、そうは言っても、過渡的にやっぱり保育園が長時間開いていなければいけないというのも事実であって、それにもかかわらず今の公立主体の保育園は、なかなか延長保育をしてくれません。休日保育もしてくれないんですよね。ですから、「休日に働く人はどうするのか」と私が聞いたら、「休日ぐらい母親は子供のもとにいるべきだ」と保育園の人が言うわけですけれども、それはまさに働き方を一方的に政府が決めるようなことである。休日も働かなければいけない人がいる。それは全部無認可の保育所がカバーしている。こちらは一切補助金がないわけです。

 大事なことは、今の保育所のやり方を、「バウチャー」というような、先ほどの神野さんの話がありましたが、今の政府が公立保育所を作って、そこに膨大な補助金をつぎ込む仕組みじゃなくて、直接利用者に補助金を出す、利用者がそれをうまく自分の使える保育所に持っていくということが大事だと思います。

 保育所についても、過度の正社員主義であって、雇用保障、年功賃金の保母さんを使っているから、逆に言ったら、なかなか延長保育、休日保育に対応できないわけで、保育所というのも一つの保育サービスと位置づけて、どんどん開所時間は長くならなきゃいけない。しかし、個人の労働時間は短くしなければいけないとなれば、当然、それは1人の正規社員じゃなくて、2人の短時間労働者がカバーし合うような、サービス産業と同じようにならなきゃいけない。そのときに過度の正社員主義、過度の雇用保障、年功賃金が邪魔になっているわけです。

 ですから、あらゆる問題はそういうところにも来ているわけで、雇用保障ということをぎりぎり言えば、結果的に雇用機会は狭まるんですね。ですから、そこをぜひ理解していただきたい。企業というのは基本的に市場原理で動いていますから、雇用保障を要求されれば、その分だけ雇用機会は逆に減って、結果的により劣悪な労働条件の労働者を求めるわけですから、そこは需給の均衡ということを尊重してやらなければいけないということです。

 ですから、企業ではなくて、労働市場ではなくて、社会保障の方できちっと雇用保険を充実する、年金を充実する、医療を充実するという形でカバーしなければいけないという考え方は、保育についても成り立つと思います。

 竹信 ありがとうございました。辛さん、これ、どういうふうに言ったらいいでしょうか。「玄関マット」の夫に養われてきてしまった女たちは、個人になったとき社会から何と呼ばれるでしょう、無能な女と呼ばれるのでしょうか」という、ご質問とも恨み節ともとれないものですが、簡単に、時間も迫っていますので……。

  変な言い方ですけど、女は、男は傷つかないと思っているんですよ。例えば、男の子と女の子を、パチパチと両ほほをぶったとしますね。女の子が泣いたら、ああ、かわいそうと言う。でも、男の子が泣いたら、あんたは強いんだから頑張りなさいと言いますね。そして、女は男が人を殺しても傷つかないと思っているから、平気で兵隊になることを求めたりします。「怖いから、他の国が攻めてくるかもしれないから、だから自衛隊、頑張って」と言う女性を見ると、「あんたが行ったら」といつも思うわけですね。

 つまり、ある意味で言うと、お互いにお互いを抑圧してきた関係なんです。その意味で言うと、「玄関マット」で働いてきた男の人たちが、家で妻に対して「玄関マット」かといったら、その多くは暴君になっているわけですね。そうすると、自分の解放が実は夫の解放にもつながるということだけは言えるんじゃないかと思います。

 竹信 ありがとうございました。男性の方たちも力づけられたと思いますので、いいコメントかと思います。これでおしまいで、そろそろ時間になっておりますので、最後に、皆さん、反論も含めてですが、2分ずつぐらい、私は、働きやすい社会、だれもが参加しやすい社会を作るためにこれを提言しますというのを、一言ずつ言っていただけるとありがたいんですが、辛さん、いいですか。そちらから逆にこっちに回ってくるという形にしましょう。

 ■政治や地域社会は弱者救済で■

  本当は言いたいことがたくさんあったんですけど、なかなか時間がなくて申しわけないです。幾つかパーツに分けましょう。企業とか行政はどうしなきゃいけないのか。一番シェアできる仕事というのは、給料が安過ぎてシェアできないものが多かったわけです。例えば、女が働いていた部分、介護であるとか、福祉であるとか、それから、外国籍住民が働いていた部分、これは実は、シェアしたら働いている人は食べていけません。そうすると、本当にシェアできる職業からきっちりとワークシェアリングしていくということが、まず第一に求められるだろうと思うわけです。

 例えば、それは国家公務員の上級職であったりとか、それから新聞社や放送局などの大手マスコミであったりとか、これが朝日新聞に載るかどうか分かりませんけれども、文部省認定の数々の教職員であったりとか、一部上場企業の会社員であるとか、この人たちは、指定校制度の中で、そして学閥の中でエスカレーターで上がっていって、そのまま何の問題もなく、そこでずっと生きてきた人たちがたくさんいるわけです。その人たちは、職業としての賃金のほかに、人としての部分の賃金がまたプラスアルファされます。それを分配していくということがあっていいと思うんです。

 それから、やっぱり経営者のワークシェアリングが必要です。どこかに行って顔を出してくるということと、会社を何とかやり過ごすことと、社長だって幾つもの顔を持っていますから、それをやっぱり分配していくというようなこと。その中に人が入っていく。

 学校教育の中にも、例えば、地域で一生懸命インド料理のお店を出しているインド人に学校に来てもらって、いろいろ話してもらうとか、そういった形で、絶対的に既得権を持っているところをしっかりと多様な人たちにシェアしていくことによって、社会はやっぱり大きく変わっていくと思っています。

 行政も同じです。行政も、NPOと公的サービスを競争するということを考えないといけないと思うんです。そのためには、NPOに対して免税特権を出すとか、つまり、金もうけを目指さない人々の生活のネットワークをいかに作っていくのか。金もうけをする人たちだけで考えるのではなくて、「金もうけなんか考えないよ。でも、我々はその中でサービスをしていくことによって生きていくんだ」という人たちのネットワーク。その意味で、私は、NPOに対してもっと積極的な支援が必要だと思っています。

 そして、その生活ネットワークを築いていく中では、例えば、非常にグローバル化と言われていますけれども、ある意味で言うと、非常に暴力的な変革が求められている部分でもあるわけです。そうしたら、そうでなくて、それになるべく関わらなくて生きていける方法、今、町で出ているのは、例えば、「地域通貨」というのも一つの方法ですよね。それから、「コレクティブハウス」みたいな、それぞれの人たちがともに一つの新しい家庭を作っていくということもできると思うわけです。

 そして、私たちは、ある意味で言うと、女の人が生きてきた生き方から学ぶべきものもたくさんあると思うわけです。女性は多様な職業を選択せざるを得なかったわけです。マルチプルな生き方をしてきたわけです。その中でやり繰りをしてきました。これは抑圧された結果として出てきました。ただし、そういった柔軟な生き方というのは、今まで男性の中になかったんですね。

 そうすると、生活をデザインしたり、なおかつ、いろんな職業に対応していく、そして、無権利状態になったときには、しっかりと「やめてください」と言えるような言葉を持つ、そういうことによって社会はかなり大きく変わってくるんじゃないかと私は思っています。

 少し夢な言い方ですけれども、金がなくても生きていける社会をいかに作れるのか。「競争したい人は競争してください。おれは金をブワーッと使って、すごいリッチな生活をするんだったら、どうぞやってください」と。だけれども、「そんなに稼ぐのは嫌なんだ、そういうことに私は目的を持っていないんだ」といったときに、その人の生活がそれでも豊かであるという社会を作らなければいけないものだと思っています。

 もう一度申し上げます。経済は弱肉強食です。ならば、どんなことがあっても政治や地域社会は弱者救済でないといけない。そして、ワークシェアリングというのは、地域社会すべてを含めてシェアリングすべきであると思います。以上です。

 竹信 ありがとうございました。八代さん、お願いします。

 ■規制ではなく競争で労働者保護を■

 八代 私は、今、辛さんがNPOのことを言われましたが、日本で最大のNPOは労働組合だと思うんですよね。労働組合にもっと頑張ってほしい。労働組合に、決して企業内だけで正社員のためだけに雇用を守ったり賃金を守ったりするんじゃなくて、これは先ほども龍井さんが言われましたけれども、同じ仕事をしている派遣とかパートの人も、同じ労働者として、その人たちの権利も守る。それは、禁止するんじゃなくて、「同じ仕事をしていれば同じ賃金で」という形で守っていく。

 その代わり、「管理職を守るのはやめていただきたい」と。「管理職は労働者じゃないんだ」と。管理職はもちろん経営者の一部であって、ハイリスク・ハイリターンなんですよ。高い賃金をもらえば雇用保障なんかないのは当たり前であって、日本の問題点は、労働者の範囲が限りなく広くて、ものすごい高給の管理職と非常に貧しいパートの人を同じ労働者として規制している。これが過剰規制なんですね。

 ですから、私は、やはり低賃金の労働者をきちっと守るべきで、雇用保障もすべきで、労働時間の基準もある。しかし、今の管理職を同じ労働者として厳しく解雇制限するというのはやり過ぎだと思う。ですから、組合のやり方を、本当の意味で守るべき労働者を守るのが大事だ。そのためには政府の規制ではなくて、もっと競争を通じてやっていったらどうか。

 私は、最近、連合がやられたことで一番良いと思うのは、派遣会社を作られたことなんです。つまり、連合自らが労働者派遣会社を作って、悪い派遣会社を淘汰する、それによって一部搾取されている可能性のある派遣労働者を救う、これが本当のNPOであるべき労働組合のやり方だと思うんです。規制で守るんじゃなくて競争で労働者を守ると、こういう方向をどんどん進めていただきたいと思います。

 竹信 ありがとうございました。中野さん。

 ■多様な働き方ができるできる社会を■

 中野 多様な人たちが参加できるような経済であるとか、企業の仕組みというのが問われているんだろうと思います。そのために何が必要なのかということで、最後に申し上げておきたいと思いますが、まず第1に、多様であることが自由に選択された結果でなければならない。これは当たり前のことではないでしょうか。

 しかし、日本の社会で見てみますと、パートであるとか派遣という形でしか雇用の機会がないという女性たちはたくさんいます。先ほど八代さんは、派遣で働きたいという人たちの方が正社員志向の人たちを上回っているということを言われましたが、私が見た統計データでは、若干なんですけれども逆なんですよね。

 それが逆かどうかということではなくて、半々の人たちで正社員志向の人たちと派遣プロパーで働きたいという人たちがいると。じゃあ、同じ数だけの余儀なくされた、派遣という形でしかという人たちの権利はどこにあるのか。実は、この問題は、パートだとか派遣の人たちの権利が保障されていないという問題と、正社員たちの長時間労働であるとか、バリアーというのが問題になっているわけで、ここを改善していく必要があるんだろうと思います。

 そして、そのためにはやっぱりジェンダーという問題、これを解決しなければならないと思います。移動の自由を阻害する最大のものは、私は男女による性別分離ではないか、これを基礎づけているジェンダーというものではないかと思います。それをどう改善するのかということが課題である。

 大きな2番目としては、多様であることが、生きづらさだとか、働きづらさの原因になってはならない。こういうものがあると、自由に選択するということはできないと思うのです。生活できない低賃金というのが問題になりましたけれども、こういったものは改善されなければいけないし、生活できる賃金のためには死ぬほど働かなきゃいけないというのもおかしな話です。

 こういうのは、どのようにして改善していったらいいのか。結局の所、いろんな人たちが、例えば、健康だとか、あるいは年齢だとか、そういったさまざまなハンディを人生を送る中で抱えていくわけですけれども、そういったハンディを抱えながら、自分の力というものが発揮できる限り、その職場の中で働き続けていけるというためには、強い者だけが生き残っていけるという職場であってはならないのではないか。そんなことも含めてルールづけを行っていく必要があるのではないかと思うのです。

 そして、3番目に、どんな働き方でも、その人の持っている力だとか可能性というものがふんだんに発揮できる職場のルールがなきゃいけません。差別というのは人の意欲をそいでいきます。そして、自由を奪うということは、その人の将来の発展の可能性を奪うわけです。

 こういったところで、労使が共通の認識に立ちながら、この厳しい時代に新しいルールを作り上げていくと。そういうプロセスに、派遣であるとか、パートであるとか、今まで労使の関係に登場しなかった人たち、外国人の方も含めて、どのように参加するシステムを築き上げていくのかということも、大きな課題だということを申し上げておきたいと思います。

 竹信 ありがとうございました。神野さん、いかがでしょうか。

 ■「4つのE」で活力ある社会を■

 神野 私、2つお話をさせていただきたいと思いますが、1つは、今、ヨーロッパでは「ヨーロッパ社会経済モデル」というのを作っています。これは、「アメリカモデル」に対抗して、これまでヨーロッパは雇用と福祉を重視してきたわけですけれども、そうしたヨーロッパモデルの良い所を生かしながら、いかに「アメリカモデル」に対抗していくのかということを作っていまして、ヨーロッパ評議会でヨーロッパ社会経済会議をつくり、合意を幾つかしています。

 そこで言われていることは「4つのE」ですね。1つは「エンパワーメント」ということで、これは、状況は変わった、だから私たちの「ヨーロッパ社会経済モデル」を新たに変えなければならない。しかし、そのときに、重化学工業の時代から知識社会に大きく変わっていきますから、そのときに、だれもが新たな時代に対応でき、それぞれ、かけがえのない能力を新たな状況で発揮できるような「エンパワーメント」、力をつくるような、力を与えるようなシステムをつくろうと。

 1つは学校教育を充実することですね。もう1つは再教育、リカレントの教育を充実すること、それと実際の職業と結びつける職業訓練を充実させていくこと、こういったシステムを作っていかなければならないと言っているということです。

 第2番目は「エンプロイメント」でして、これはここのテーマに関わるかもしれませんが、あらゆる人々に雇用の機会を与え参加してもらおうと。女性は多分参加しているせいかもしれませんが、特に高齢者とか障害者などに参加の機会を与えようというような運動をしている。

 もう1つは「アントレプレヌールシップ」、つまり起業家精神ですが、これも、新しいグローバル化した経済に対応できるような強い経営組織をつくっていこうということを言っています。

 もう1つのEは「エンラージメント」ですが、これはちょっと省かせていただきます。そういうヨーロッパの努力を見るにつけ、私たちも、状況は変わった。しかし、これまでの日本のモデルを変えなければならないわけですが、そのときに、良い所、悪い所をうまく選別しながら、うまく状況に対応させていくにはどうしたらいいのかということを、真剣に考えていくべきだろうと思います。

 これはだれも助けてくれない。自分たちが知恵を出すしかないということだろうと思います。どこかの国にいい制度があるとして、それを入れるということではなくて、私たち自身が考えていくということが重要だろうと思います。

 もう1つ重要な点は、私の思想ですけれども、それは山登りの思想です。それは、すべての人間がかけがえのない能力を持っていて、すべての人間がかけがえのない能力を発揮してくれたときに、社会というのは活性化し、発展していくんだということです。女性に社会に参加してもらう機会がないから参加してもらうのも、女性の能力が必要だからであって、それぞれの個人がかけがえのない重要な能力を持っていて、それを発揮してもらわないと、社会というのは活性化しないんだという思想です。

 どうして、そこに気がついたのかというと、スウェーデンに行って、保育園でマイナス20度の中で子どもたちに山登りをさせているわけです。岩山ですけれども、「登れ」と。「何でこんなことをやらせているんですか」と聞くと、1つは、3歳の子供がこの山を登ろうとしたら、お互いに協力し合わないと登れない。だから、協力していくということの重要性というのを自ら体験させることが第1です。

 その次には、第2番目ですが、山登りをやったことがある方がいらっしゃるかと思いますけれども、山登りでは、一番遅い人にペースを合わせていかないとだめなんですね。その人も必要なんです。そうしないと安全確保できない。どんな人間でもかけがえのない能力を持っていて、そういう能力を発揮してもらわないと社会全体は動かないんだ、うまく機能しないんだという思想、そういう仕組みを作っていくということが重要だろうと思います。

 特に、私は既に網膜剥離を起こしていて、目の中に血が出ておりますから、血が出ている所はほとんど見えないわけです。もちろんそういう人間は、学問できないんだから、役に立たないから捨てるんだといって捨てられるのか、あるいは、私にも一部の能力がある、だから生かして欲しいというふうに言われるのか、どちらの社会をつくっていくのかということだろうと思います。

 竹信 ありがとうございました。もう時間が終わって、とうに過ぎてしまったんですけれども、すみませんでした。雇用は、雇用の世界だけじゃなくて、教育や社会保障とか、さらに、それを支える公的資金の配分とか、さらに、それを決める私たちの政治的な意思の決定とかまで広く及んでくるものだということを、お分かりいただけたんじゃないかと思います。

 今日は、本当に実り多いディスカッションをしていただきまして、ありがとうございました。辛さん、八代さん、中野さん、神野さん、ありがとうございました(拍手)。それから、皆さんも大変すばらしいご質問でこの会を支えていただきまして、心から感謝しています。全部ご紹介できなくて本当にすみませんでした。どうもありがとうございました。

 司会 パネリストの皆さん、そしてコーディネーターが退場されます。盛大な拍手でお送りくださいませ。  皆様、長時間ご清聴いただきまして、どうもありがとうございました。これをもちまして朝日新聞シンポジウム「ワークシェアリングは働きやすい社会を可能にするか」を終了させていただきます。本日のシンポジウムの内容は、6月5日付の朝日新聞朝刊で特集記事として掲載する予定です。ご一読いただければ幸いです。





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