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【シンポジウム】

ワークシェアリングは働きやすい社会を可能にするか

【第2セッション】「多様な働き方を支える枠組みとは」



 ■職場でのルール作りには限界■

 中野 職場でルールを作り上げていくとは言いましても、やはり社会的な規模で考えていく必要もあるわけです。例えば、私たちが職場の中で直面しますのは、性による差別を排除したいといったときに、どういう物差しに基づいて性による差別というものを認定し、そして排除していくのかという問題ですね。

 間接性差別というのは日本の法律の中では禁止されていないわけですけれども、これがまさに八代さんの言われていた「男は仕事、女は家庭」という文化に基づいて築き上げられた制度によって、直接、性という基準ではないけれども、結果的には女性を不利益に追いやっていくと。そういうものも含めて差別をなくしていくということがなければ、言われているような社会構造はでき上がっていかないわけです。

 しかしながら、職場の中では、そういった差別というものを差別と意識しないで非常に根深く残っているわけです。こういったものを積極的に取り除いていくという場合、職場の労使が決めれば、それで良いのだということでは、社会の改革は全く進まないということなんです。ですから、これを進めていくためには、何らかの職場から離れた所でのルール作りが求められるということだと思うんです。

 「同一価値労働・同一賃金原則」に基づく、男女の賃金格差の解消も、国際的なレベルでは求められてきている。このワークシェアリングを進める上でも、こういった原則に基づいて賃金格差をどう是正させていくのかということは、非常に大きな課題になっているわけですけれども、これについても、やはりルール化していくということが求められるのではないかと思います。

 それから、派遣法の規制について、いろいろ八代さんが言われました。労使双方が合意していても長期間働けないものについては規制を緩和すべきだということを言われましたが、労働現場の実態は全く違います。契約期間は短期化しているにもかかわらず、産業界は期間制限を廃止して、長期にわたって活用したいというギャップはどこに生まれるのか、どこから生まれてくるのかということですね。

 長期間活用したいが、契約期間は短期化したいというわけです。これは短期の雇用を繰り返すことで、都合が悪ければ即やめてもらうということになるわけです。そうすると、フレキシブルに選択の可能性を高めるために、規制を緩和したはいいけど、後は放りっぱなしということでは、働いている人たちの権利は守られないわけですね。

 雇用の安定のために、本当にそういうニーズにこたえるために、今のようなシステムで良いのか、雇用安定化のためのきちんとしたルールづけは何なのかということを一方では議論しなければならない。フレキシビリティーとセキュリティーというものをドッキングさせて、「フレクセキュリティー」というような言葉もヨーロッパでは出ていますが、そういった発想法が求められるのではないかと思います。

 竹信 分かりました。八代さん、いかがですか。

 ■雇用安定市場主義は終わった■

 八代 最後に中野さんが言われた点から、また逆に行きたいと思うんですが、やはり私は、中野さんの考え方、及び多くの法律家の考え方は「雇用安定至上主義」なんですよね。雇用安定さえあれば、あとは何でもいいというか、それは逆であって、今の雇用安定のために労働者が払っている犠牲もすごいんですね。

 それが、先ほど私が言いました長時間労働であり、職種の権利を放棄している。ヨーロッパの労働組合は雇用の安定よりも職種の安定を重視するわけです。自分がしたくないような仕事まで無理やりやらされる、これは雇用保障のためにやむを得ないというのが今の考え方。

 ですから、一方的に派遣労働は雇用の保障がないから惨めだというようなイメージで言われますが、そんなことはないのであって、もちろん正規労働者になりたい人もいますけれども、正規労働者になりたくない派遣労働者の人も、いろんなアンケートをとればたくさんいるわけです。むしろそういう人たちの方が多いぐらいである。

 それはなぜかと言うと、派遣労働者というのは正規労働者じゃないメリットがあるわけで、働く場所と職種を選べる、労働時間も基本的には選べると、そういうトレードオフなんですね。ですから、まさに「多様な働き方」というのは、そういう人たちのニーズを汲み上げるようなものではないか。

 それから、私はちゃんと言ったつもりですけれども、雇用機会均等なんていうものは、労使が決めるんじゃなくて社会的に決めなければいけない。それはまさに先ほど言った現場の労働組合だけで決めてもらったら、むしろ問題になる場合もある。

 しかし、働き方の自由ですよね。どういう雇用契約をするか、どういう働き方をするかというのは、基本的な労働基準法、あるいは最低賃金法というのをきちっと社会的に決めたら、あとはできる限り、労使というのは、必ずしもその「労」は労働組合という意味ではなくて、個人の労働者、あるいは従業員代表制みたいな広い意味をとっていますけれども、そういうような強化すべきルールと緩和すべきルールをきちっとミックスするわけで、とにかく「雇用の安定が至上主義だ」という時代はもう終わっていると思います。

 それは、やはり工場労働者が主体のときの考え方であって、今、サービス業の場合には、いろいろな職種というものが非常に重視されている時代です。むしろ、労働者の選択肢を高めるということが労働者自身のためになっているという状況が、これも辛さんの先ほどのお話と同じで、まだそんな社会は来ないと言われて怒られるかもしれませんが、どちらを見るかであって、確かに、中野さんは非常に悲惨な労働者のケースをたくさん抱えておられますが、逆に言うと、そうでない労働者もいっぱい増えているわけで、そこはどちらで線を引っ張るかということではないかと思います。

 竹信 ありがとうございました。どういう人の情報がたくさん入ってきているかというので違うと思いますし、中野さんの方からまた反論もあるかもしれませんが、それは最後のときでよろしいですね。辛さん、いかがでしょうか。

 ■日本国籍がない人への差別是正を■

  私は、優遇されている人間を見るよりも、最も優遇されていない人間から物を見るほうが人間としてのあり方だと思うんです。

 それで、今、私たちが生きているこの社会は、東京だけで見てみますと、毎日生まれてきている子供の14人に1人は外国籍住民の子どもです。東京の新宿区と港区では、5人に1人、生まれている子どもは外国籍住民の子どもです。今日、これからいろんなところにお帰りになる際に、どこかで食事をしたりして、外国籍住民の人が働いていないお店で食事をする人の方が、多分少ないのではないかと思うわけです。見えていない所では、たくさんの人が働いています。

 でも、その人たちは、例えば、今回のワークシェアリングと言ったときに、その参加のベースの中にも入ってこない人たちがいるわけです。ここにいる人たち、ここに生活している人たち、そのすべてを入れて、人々が生きていける社会にするためにはどうするのか。そのためには、私は、今ある日本の民主主義のルールそのものも多数決というものをベースにしている以上、その中で、99人にとってはものすごく豊かな社会でも、たった1人が生きていくことができない社会であるならば、その多数決で決められたものはどこかおかしいという形が言えなければいけないと思うんです。

 日本の法律、憲法も含めて、日本国籍を持っていない人間は、これは差別をされてもいいということが、ある程度、合法化されている部分があります。そういうふうに考えるならば、一番最初にやらなければいけないのは、国籍条項の撤廃であったり、それから、だれがやったから幾らではなくて、この仕事は幾らなんだという最低ラインの賃金を絶対的に決めておくということは大事なことだと思うんです。

 そして、民主主義のルール、私だったらこうしたいというのがあります。決定権を行使できる人たちを選ぶのに、「3分の1ずつのルール」。1つは多数決。要するに、一般的に過去に言われていた民主主義のルールで、多数決で、とっても票の入った人が入ってくる。2つ目は推薦。こういう人がいいんじゃないか。3つ目は抽選。変な言い方ですかね。でも、そうなんです。つまり、抽選で無作為に入れる。

 この選ばれた3人、3グループというのはみんな対等に発言力を持つというような形で、何回か繰り返していくと、今までに社会のテーブルの上に上がってこなかった意見が、やっぱりテーブルの上に上がってくると思うんです。どう考えても、何をしても、健康な、日本国籍を持った、異性愛の男の人たちだけで物が進んでいる。これはやはりおかしな社会だと私は思うわけです。

 そうしたら、私たちが今やらなくてはいけないこと。男の社会の中の弊害が今出てきているわけです。「負けるな、泣くな、やり返せ」と言われてきたこの社会ですよ。やり返すときは、死ぬ気でやり返さなきゃいけないわけですね。

 経済は、だれかが1人勝ちすることは時としてあるかもしれません。でも、その1人勝ちする人のために、何百倍という人が、そこで踏み台にされているわけですね。その人たちに光が当たるシステムを考えていかなきゃいけないだろうと今は思います。だれも勝てない。勝てないときに、ともに手を取り合える社会、そして企業のあり方というのは、今がチャンスなんじゃないかと考えています。

 【質疑応答】

 竹信 ありがとうございます。ご質問がかなりたまってきましたので、30分か20分か取って、該当する方に伺って、一番最後にお1人ずつ、最後、「私はこれが決め手」という提言をしていただいて、終わりにしたいなというスケジュールで考えています。みんな結構おもしろいご質問なので、どうしようかなと思っているんですけれども、できるものから順番にやっていきます。

 神野さんへ。「私の職場には、ほとんど仕事もせず、1日雑誌をながめたり、パソコンのゲームをしたり、時間つぶしをして過ごす人も多い。自由時間があれば人は皆自分の成長のために時間を使うようになるとは思えませんという(笑)、うーんというご質問ですが、いかがでしょうか。

 神野 先ほども言いましたけれども、それは適切な動機づけが与えられていないからということですね。繰り返すようですけれども、仕事のやり方、皆さんご存じの通り、今は閉鎖されましたが、流れ作業を廃止して、台車に乗せてチームで仕事をやっていたボルボの工場もあります。動機づけは様々です。

 一番重要な点は、皆さんご存じのとおり、まず生理的な欲求、安全的な欲求、その次に仲よし欲求が出てきて、その後、自我の欲求、自己実現の欲求が出てくるという、人間の欲求というのは段階があるんだという考え方に立ちますと、安定的に人間の生活が満たされて初めて人間は、自己実現、つまり自分の能力を発揮しようという欲望が出てくる。これは安定的に満たされていなければだめです。現在の日本のように、下の方の生活がおたおたおたっとされてしまったのでは、上の安定的な欲求は出てこないということだろうと思います。

 ついでに補足ですが、私の言い方が誤解されたかもしれませんが、先ほど私は、まず現場で当事者同士が決めるということを重視しましたけれども、それはある意味で、その現場で現場の人々に同質性があるということが前提です。異質性があった場合には、上の公共空間が介入していかなくちゃいけません。

 例えば、マイノリティーの問題とか、障害者の問題とかというのが、つまり、メンバーシップの中に異質性があった場合には、同質のメンバーシップと違った決定をする可能性がありますので、その場合には上の公共部門が出ていって関与するというのは、これは原則的な、ご存じのとおり「補完性の原理」と申しますので、下からルールを上げていくと強調しましたので、ちょっと誤解を招くかもしれませんので、上は上でもって介在する必要があるということです。

 竹信 分かりました。それでは、中野さんです。「パートタイマーは賃金に合った作業内容ではないが、パートタイマーでも高技術取得者は高賃金をもらっているというようなことをまず置いた上で、結果として、パートタイマーの技術の向上をどのように図っていくのか説明していただけるとありがたい」ということです。

 中野 質問の趣旨がちょっと、どういうことを意図しているのか……。

 竹信 つまり、パートタイマーの技術の向上というのは、細切れだったりするから、短時間労働なので、どういうふうにしていったらいいのかと、こういうご質問じゃないかと思うんです。

 技術が向上して、よければ高い賃金をもらうんじゃないかというつもりがバックにあるのかどうかは、ご質問では分かりませんが、「パートでも高技術取得者は高賃金をもらっている」とありますから、多分、技術を上げていけばパートタイマーの賃金も上がるのではないか。だとすれば、どういうふうにして、それをやっていったらいいのかというご質問ではないかと思います。もし違っていればご容赦願いたいですが、そういうことではないかと思います。

 中野 パートタイム労働者について、持っている技能に応じて賃金が上がっていく、だから、そういう方向で待遇を改善していくという可能性があるんじゃないかという……。

 竹信 そういうふうにポジティブにとっていいと思うんですけどね。つまり、「パートタイマーだって、技術が上がれば賃金が上がるはずだ」と。そのための技術の向上って、どういうふうにすればいいのか。2段階論点があると思いますが、上がらないという人もいますので、それはどうでしょうかということですね。

 中野 ちょっと整理させてください。後から一緒に。

 竹信 では、八代さんです。知的労働、創造的、企画的な仕事についてのワークシェアリングは可能かと、こういうことですが、八代さん、どうでしょうか。

 八代 当然可能で、なぜ可能でないと考えられるんでしょうか。

 竹信 成果主義なので、成果で測るから労働時間で分けるのは難しいとか、多分そういうご趣旨ではないだろうかと推測されますが。

 八代 よく分かりました。そこがワークシェアリングの問題点なんですね、はっきり言いまして。ですから、ワークシェアリングという考え方は2つありまして、いわば政労使合意のワークシェアリングというのは、従来型の正社員をベースに、労働時間で働く人たちをベースに、8時間を7時間にして雇用機会を分け合いましょうと。これだと、まさにご質問の方が言われたような知的労働者だと、どうするんですか、8時間を7時間にしたから、その人の知的能力を7分の1削れるかというと、そんなことはないから、これはできません。

 だからこそ、ワークシェアリングというのは、もっと社会的な、これは第1セッションで皆さん言われましたけれども、例えば、男女の役割分担、長時間労働をし過ぎる男性の世帯主がもっと労働時間を減らして、働いていない、あるいは、あまり働く機会のない女性がもっと働くことで、仕事と家庭の両方でそれぞれワークシェアリングをすることによって、より豊かな社会を作っていく。

 その場合は家族の所得は減らないんですね。つまり、夫の賃金は下がりますけれども、奥さんの賃金は上がりますから。それがある意味で理想的なワークシェアリングであって、こっちはまさに知的労働にフィットするわけなんです。ですから、フィットするかどうかというご質問は、まさにどんなワークシェアリングを想定するかで答えは変わると思います。

 それから、ついでに、中野さんの質問の方が非常に私は魅力的なので、私も先にちょっと答えさせて……。

 竹信 どうぞ。代わってお答えいただくということで……。

 八代 多分違うと思いますから、大丈夫と思いますけど。それは、つまりパートの技術をどうやって高めるかというのは非常に重要なことで、これははっきり言って非常に難しいですね。そこで、また中野さんに後で批判されますけれども、派遣の問題が出てくるわけです。派遣労働者は正社員と比べて、雇用が不安定で惨めだと言われますけれども、仮にパートと比較したらどうなりますか。派遣会社の人はきちっと訓練をするんですね、パートと比べて。逆に言うと、派遣会社の人というのは、パートのように自分自身で、個人で雇い主と交渉しなきゃいけないんじゃなくて、代わりにエージェントとしてもやってくれる。

 ですから、派遣労働者を厳しく規制するということは、結局、パートの人をそのままの位置に置くことにもなるわけで、私は、パートの技術形成の一つのやり方というのは、パートを派遣にしていくと。それによって派遣会社の訓練を受けるという方がよりプラスになるんじゃないか。そういう意味で派遣をもっと、今のように毛嫌いするような悪い働き方じゃなくて、社会的な地位をきちっと確立していくというのがパートの技術形成にもプラスになるんじゃないかと思います。

 竹信 それは、第1セッションでウォルフレンさんが派遣会社についてご発言されていまして、それに近いものを作った方がいいというご提案かなというふうに思いますけれども、中野さん、戻りますか。よろしくお願いします。





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