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【シンポジウム】

ワークシェアリングは働きやすい社会を可能にするか

【第2セッション】「多様な働き方を支える枠組みとは」



 司会 お待たせ致しました。それでは、第2セッション「多様な働き方を支える枠組みとは」を始めます。では、パネリストの皆様にご登場いただきましょう。皆様、大きな拍手でお迎えくださいませ。

 第2セッション、パネリストの皆様をご紹介いたします。東京大学大学院経済学研究科教授の神野直彦さんです。日本経済研究センター理事長の八代尚宏さんです。弁護士の中野麻美さんです。人材育成コンサルタントの辛淑玉さんです。では、この後は竹信さんにお願いいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

 竹信 どうも皆さん、残ってくださって、ありがとうございました。引き続き第2セッションをやりたいと思います。第1セッションでは、かなりいろんな問題が出ました。「非正規雇用、パートの働き手と正社員の均等待遇を一体どうするのか」とか、「そのために必要なセーフティーネットと申しますか、社会的な保障、つっかい棒はどうしたらいいのか」という問題は、不十分なまま積み残されたという印象です。

 先ほど、廊下に出ていましたら、「本当にワークシェアリングをやれば、女は働けるのかしら」という女性の声が聞こえてきました。確かにそういう問題、いろいろたくさん疑問はあるだろうと思います。

 第2セッションでは、ワークシェアリングにとどまらず、そうした働き方、多様性を通じて、だれもが働きやすく、労働市場に参加しやすくなる方法、社会というのを作るためにはどういう枠組みが必要なのかということをめぐって話し合いを進めていきたいと思います。

 神野さんからでしょうか。神野さんは東京大学大学院経済学研究科の教授でいらっしゃいます。「社会の活性化には競争システムよりもセーフティーネットが必要である」と、社会の枠組みについて非常に積極的な発言をされています。まず、神野さんから、こういう社会の枠組みには一体何が必要かということからお話しいただきたいと思います。恐れ入りますが、5分でお願いします。

 ■冒頭発言■神野 直彦
 安心して暮らせるための「社会的トランポリン」を

 神野 東京大学の神野です。まず、初めにお断りしておきたい点は、私は労働経済の専門ではありませんので、こうした問題については全く素人です。ただ、1つだけ強みがありまして、私は大学を卒業してから半年間、自動車の工場で組立工をやっていました。それから、1年半はセールスマン、その後6年間は、労務管理をやっていますので、そういう実践的な意味で申しますとプロだということですね。

 私たちは、今日はワークシェアリングという問題ですが、こういう改革の問題を考えるときに一番重要なのは、その改革の点みたいなものを忘れないということだろうと思います。点というのは、長さもなければ面積もありませんけれども、位置だけ示しています。その位置だけを示すようなものを失ったら、物事は転倒してしまいます。竹信さんの言葉を使えば哲学と、こういうふうに言っていいかと思います。

 ワークシェアリングという言葉を私が最初に聞いたのは、リビエッツが言い始めたあたりから聞いていまして、フランスの影響を強く受けているので、正確な定義ではないかもしれませんが、もともとワークシェアリングを支えている哲学というのは、より少なく労働するために、労働というのは人間が自然に働きかけて有用なもの、グッズを取り出してくる自然との闘いの時間ですが、より少なく労働するためにより多くの人に労働に参加してもらおうという思想が背景にあったのではないかと思います。

 それはおそらく、フランスないしはベルギーで非常に発達している社会経済の考え方、「エコノミー・ソシエテ」と言われている考え方に裏打ちされていて、人間が人間の暮らしを幸せにするために、すべての人間がそうした幸せにするための事業に参加する権利を持っているという思想に裏打ちされているのではないかと思います。

 私が大学時代に読んだ本で『4万時間』という本があります。これはジャン・フーラスティエという有名なフランスの経済学者が書いた本ですが、1日6時間労働で週5日間の労働をすると、週30時間労働制ができ上がります。この週30時間の労働でカウント致しますと、人間の労働時間は1年間に1200時間、19世紀末には1日の労働時間は13時間でした。それで計算しますと、生涯35年間働いたとして、労働時間が4万時間になる。

 私たちの人生が80年間とすると、70万時間の人生時間がある。そのうち4万時間しか労働しなくていい。そうなってくると、膨大な自由時間で、人間はお互いに愛し合い、お互いに優しさを分かち合い、そして、お互いに学び、お互いに遊ぶわけですが、こうした自由時間が増加する。

 もちろん、生理的な時間も費やされますので、生理的な時間に30万時間使ったとしても、残りの35万時間は、膨大な人間が人間として生きる時間、こういう時間を作り出すために、我々は時短をやるんだというフランスの思想ですね。時短の思想から生まれていると考えています。

 ところが、ともすると日本ではそういう思想が失われてしまっているのではないか。今みたいな理想を実現しようとすれば、どうしても生産性を上げざるを得ないということになるわけです。高度な生産性を上げ、そして、その高度な生産性を時間短縮と時間賃金の上昇に振り向けていく、これがワークシェアリングの思想ではないかと私は考えています。

 そうしたことをやるためには何が必要かといえば、後で詳しく議論になるかと思いますが、人々が安心して暮らせるための社会的な安全のネットを引いてあげる。安全のネットというのは、皆さんもご存じのとおり、サーカスの空中ブランコや、それから綱渡りで、落ちても死なないように引いてあるネットのことですけれども、これは京都大学の佐和隆光先生が言い始めた言葉ですが、それをもっと強化して、「社会的トランポリン」にする。

 つまり、一たび市場経済で落ち込んだ人々を、ただ単に救ってあげる、救済してあげるだけじゃなくて、もとにもう一回戻してあげる、そういうシステム。知的資本と申しますと、2つあります。個人的な知的能力を磨く教育投資と、もう1つはソーシャルキャピタル、「社会資本」。日本の場合には「社会資本」と訳しますと、物的な資本を意味しがちですが、社会経済の概念から「社会資本」と言いますと、人間のきずなを言います。お互いに与え合うこと、これによって「社会的なトランポリン」を形成して、もう一度戻すような社会を作っていく。

 そうしないと、ワークシェアリングは私たちの未来、先ほどから聞いていても、どうも暗いんですね(笑)。人間の歴史というのは、未来に向かって、人間と自然との闘いの中で、人間が自然を克服して、自由の領域が増えていって、ますます人間的な生活ができるようになるということになるはずなんですが、私がちょっと書きましたけれども、どうも何か、これから来る厳しい冬の時代におびえながら、歴史の時計の針を夏時間から冬時間に移していくように、逆転させるかのごとき発想方法が非常に強過ぎるのではないか。

 我々は、未来は人間が知恵さえ絞れば克服できる、人間の尊厳と人間を信頼すれば必ず未来は開けるという思想に裏打ちされてワークシェアリングも考えていかなければならないのではないかと思います。以上です。

 竹信 ありがとうございました。次は、座っている順番からいくと中野さんですが、八代さんになぜか振られてしまいましたので、八代さんに基調のお話を伺いたいと思います。そういった「働きやすい社会」を作るためには一体何が必要かということですが、八代尚宏さんは、今、日本経済研究センターの理事長をされていまして、経企庁、それから経済協力開発機構、OECDのエコノミスト、それから上智大学の教授をやってこられ、「多様な働き方を選べるためには規制改革が必要だ」ということをずっと主張されてこられている方です。八代さん、お願いします。

 ■冒頭発言■八代 尚宏 
 仕事と個人の関係を切り離せ

 八代 私は、今ちょっと神野さんが言われたような、あまり哲学的な話より、もうちょっと下賤というか、現場的な話をしたいと思うんです。結局、ワークシェアリングというのは、単なる労働時間の短縮ではなくて、「個人がどれくらい働くかを選べるという選択制」が大事であって、その意味では、ワークシェアリングによってもっと長時間働くというオプションだって構わないんですよね。

 私なんかはそのオプションであって、要するに、「働ける限り働くという主義」でずっときていまして、これは、働くことと余暇とがほとんど区別がつかないような状況であれば、そうだと思いますし、ある意味で小説家の人もそうだし、音楽家の人もそうだし、そういう働き方もあるんじゃないかと思うんです。「仕事は苦痛だから、労働時間を短くして、働くこと以外のことをやろう」というオプションもあっていいし、長く働いてもいい。そのときに、画一性ということを排除しなきゃいけないんですね。

 これまでの日本の働き方というのは、サラリーマンはサラリーマン、ホワイトカラーはホワイトカラー、ブルーカラーはブルーカラーというふうに極めて画一的だった。その1つの象徴が、ホワイトカラーあるいはサラリーマンの兼業規制なんです。これは当たり前と思われるかもしれませんけれども、ナンセンスであって、会社のために8時間あるいは10時間きちっと働いたら、あとの時間は何をしようが本人の勝手なはずなのに、仕事は会社のためだけにやれと、複数の仕事を持つ正社員はとんでもないと、そんなことをしたかったらパートをやれと、そういうことが起こっていくわけです。

 ですから、ワークシェアリングをするための1つの重要なカギというのは、兼業を認めること。会社のためにきちっと働いて、それに対して報酬を払えば、あとは、個人の時間は他の仕事をしたって構わないんだと。これは先ほどの忠誠心という問題と絡むわけで、私は、「仕事に対する忠誠心」と言いますか、プライドというのは重要だと思いますけれども、別に会社に対して忠誠心を持つ必要はない。

 先ほど大國さんも言われましたけれども、仕事をきちっとやれば、会社はそれを評価してくれるわけで、それが自分自身のためであろうが、会社のためであろうが、それは差がない。むしろ会社のためと称して会社にぶら下がっている人がたくさんいるわけであって、そちらの方がよほど会社にとってマイナスだと私は思います。ですから、「仕事と個人の関係をきちっと切り離す」、それがワークシェアリングの1つの意味だと思います。

 ワークシェアリングと言うと、「オランダモデル」と言われますけれども、実は「日本モデル」もあるんですよね。「日本モデル」というのはどういうことかと言うと、キーワードは雇用保障なんです。これを実は前回のパネルではあまり議論されませんでしたが、雇用保障というのが実はキーワードである。日本的雇用慣行、日本的働き方というのは、何よりも雇用保障を重視することである。

 そのためには代償を伴うわけなんです。その代償というのは3つありまして、1つは長時間労働。長時間労働をいくら組合の人がやめさせようと思ってもできないのは当たり前なんです。これは雇用保障を守るための1つのカギであって、普段から長時間労働しておけば、不況になったときに、残業をカットすることによって首を切らなくて済むわけで、そういう意味では、これは不可欠なメカニズムなんです。

 もう1つのかぎはパートをクッションにするということで、正社員の雇用を守るために、パートを雇止めという形で、雇用期間を延長しない形で実質的に解雇する。ですから、すべての労働者の雇用保障を守るというのは無理なんです。それはきちっと理解していかなければいけないので、そのことが実は十分議論されていない。

 私は、「短時間正社員」という言葉にかなりまやかしがあると思いますのは、正社員というときには2つの意味がある。「賃金の均一性」ですね。これはいいと思います。同じ仕事をしていれば同じ賃金をもらう。

 もう1つの正社員ということの日本の意味は、「厳格な雇用保障」なんですね。それこそ使い込みでもしなければ解雇できないと。それを全労働者に認めたら経営は成り立ちません。それは不況期にどうやって雇用調整するのかという問題がある。

 ですから、これまでの日本企業は、正社員だけに雇用保障を認めて、その代わりパート、派遣社員の人には認めない。この組み合わせで雇用保障を守ってきたわけですから、その現実から目をそむけて、全員を短時間正社員にすれば、すべて均一待遇ができるかのような幻想を振りまくのはやめた方がいいと思います。

 3番目は頻繁な配置転換であって、雇用保障をする以上、企業は労働者を常に忙しい職場から暇な職場、あるいは地域に配置転換しなきゃいけない。ですから、サラリーマンの宿命というのは、「雇用保障がある代わりに頻繁な配置転換と転勤」ですね。会社の辞令一本で日本の果てまで、アジアの果てまで飛ばされても文句は言えない。これも雇用保障の代償である。

 こういう働き方というのは、男性が働き、女性が家事、子育てをするという垂直的分業関係を維持するときには、それなりに働いた。会社は世帯ぐるみに雇用しているわけですから、奥さんはどこでも夫の元について行くという形で成り立っていたわけなんですが、こういう形で男性が働き、女性が家事、子育てをするということを前提とした日本的雇用慣行は、女性が働き出すと、いろんな矛盾が起きてくる。

 男性は結婚すると、奥さんというパートナーがいて、家事、子育てを全部やってくれる。そういう意味で生産性が上がるわけです。だから、企業は配偶者手当てをつける。女性が結婚すると、夫という重荷を負うわけですから、生産性は逆に落ちてしまうわけなんです。ですから、そういう意味で、同じ能力を持っていた男性と女性が結婚すると、男性の生産性は高まるけれども、女性の生産性は下がる。そういう矛盾が今の日本的雇用慣行では起こってくる。

 だから、ワークシェアリングというのを例えば神野さんが言われるような意味でやるためには、今の日本的雇用慣行の仕組みを根本から変えなければできないので、単に今まで残業時間を調整していたのを、それだけでは足りないから8時間労働まで減らすというような連続的なものでは無理なんですね。これは基本的に、男性だけが働き、女性が家事、子育てをするという男女の垂直的役割分担を変えなければいけない。

 その意味では、ややご反対はあるかと思いますけれども、パートとか、そういう非正規社員と言われる人たちの労働条件を良くする。それと同時に、今の恵まれ過ぎている正社員の雇用保障をある程度下げなければ、均一化はできないんです。結局、雇用調整をどういうルールでやるかということを明確にしなければ、全員の雇用はできない。全員に雇用保障をするというのは、全員を公務員にするのと同じことなんです。それは政府ならばやっていけますけれども、民間企業にはそんなことはできない。

 問題は、不公平な雇用調整をしてはいけないということで、例えば、アメリカの場合なんかは、レイオフはきちっとできますけれども、例えば、差別をしてはいけない。女性だからレイオフするとか、組合活動しているからレイオフする、そんなことは絶対許さない。しかし、組合も認めた、納得したルールのもとで雇用調整をするということはアメリカの組合は受け入れているわけですよね。それから、当然、その間の一定の賃金保障もしなきゃいけない。

 ですから、大事なことは、男性と同じような形で女性を働かせるということは無理である。女性が働き、男女の均一待遇をするためには、男性の働き方も変えなければいけない。それは過去のような厳格な雇用保障、年功賃金というルールを変えなければ、オランダのようなフラット賃金であり、ある程度の雇用調整を受け入れるという仕組みにしなければ、同一価値労働同一賃金というのは達成できないと思います。そういうことで、最初の私のプレゼンテーションを終わりたいと思います。

 竹信 ありがとうございました。冒頭に言い忘れましたが、このセッションでもご質問をお受けします。後でまた紙が回りまして、それをもとにして、また先ほどのようにご質問を各パネリストの方に聞きたいと思いますので、回りましたら、ぜひ振るってご参加いただきたいと思います。

 今の八代さんの非常に明快で分かりやすいご主張だったと思いますけれども、基本的に雇用保障をやめるしかないと、こういうことですよね。中野さん、いかがですか。

 ■冒頭発言■中野 麻美
 低賃金・長時間労働の実態は深刻

 中野 私は、雇用保障というのを切りかえて、短期の雇用で繰り返し更新して働くという人たちが増えてきた場合に、職場がどう変わるかということを本当に真剣に考えなきゃいけないなと思いますね。

 この問題というのは、ワークシェアリングをめぐる問題と非常に密接に絡んでいまして、自分自身を取り戻すという労働時間短縮、これがワークシェアリングの基本的な哲学だとすると、日本の労働市場は解決しなければならない2つの大きな問題を抱えるんじゃないかと思います。

 1つは、何かと言いますと、短時間労働であることによる低賃金、これはもう生きていけないほどの低賃金というのをどういうふうに解決できるのかということですね。パートタイム労働の低賃金が象徴しているわけですが、家計補助的な労働であるとか、仕事も家庭もということで、企業との結びつきが弱いということで、パートの労働者の賃金が非常に低位に抑制されてきたということであるわけです。

 現在の平均的な時給は890円ですが、親子3人、母子世帯で9歳と4歳の子供、そういった世帯に支給される憲法25条に基づく生活保護給付というのは月間20万5000円、年間にして246万円。平均的な時給である890円でこの収入を得ようと思ったら、年間何時間働かなきゃいけないだろうか。2700時間ですよ。

 政府の労働時間短縮目標が1800時間。どうしてパート労働者であるのに1000時間も長く働かなきゃいけないのか。そして、母子世帯ですから、家族的責任はどっと彼女の肩にかかってきます。働いても働いても、本当に睡眠時間を削って働いても、ぎりぎりの生活しか運営できない。

 こういうパート労働というものをどう改善していくか。これは、私は均等待遇しかないと思うんです。何との関係で均等待遇を形成するのかということが大きく問われるわけですけれども、私は、第1部の龍井さんが言われていたこと、仕事と賃金が二極分化しているという社会の中で、失業が発生しているわけです。この二極分化しているものをどう公正に再配分するかという、職場と社会における新しいルール作りが求められているのではないかと思うんです。それが1つですね。

 それと、もう1つは、長時間働いていることによって企業や社会により多く貢献できるという、この物の考え方ですね。こういう物の考え方に基づいて長時間労働をやってきた。それをどう改善するのかということです。つまり、正社員の労働時間をどう短縮できるかという目線で私たちの足元を考えてみたときに、とても深刻な実態があるんじゃないでしょうか。

 私はよく労働組合の人たちの学習会に呼ばれて行きますけれども、最近は学習会に集まる人たちがとても少ないです。私の人気がないのかとか、私の話がつまらないのかと、これもあるんじゃないかとは思いますけれども、実は構造的な問題がありまして、それは仕事が忙しいからです。

 そして大体は、5、6年前には、学習会を終わって、じゃあ、終わったから1杯飲みに行くかということで、近くのおでん屋さんなんかに行って飲んだりしていたんですけれども、そういう時代ではもうなくなりましたね。また職場に帰って仕事をするという。それでいてなおかつ、ただ働きがとても多い。政府の統計にはそういったただ働き残業というのは表れてこないんですよ。

 この前、ある自己啓発セミナーのテキストを拝見させていただきましたら、私の考え方というのはとっても少数派だということで、孤立感を味わいました。どんなことが書いてあるかというと、「8時間を超えたときに割増賃金を支払わないのは、会社のせいだと思うな、あなたの働きが悪いからだと思え」と書いてありました。

 私は法律家ですから、8時間を超えて働いたときに割増賃金を支払うというのは当たり前のことであって、むしろ8時間を超えて働かせるというのは労働者の自由を奪う、人権を侵害したということですから、それに対する経済的な制裁、割増金というものを支払わせるというのは当たり前のルールだと思うんです。それがもう職場の中で息づいていないという中で、ものすごい際限のない長時間労働というのが行われて、その半面で失業が出ているというわけですよ。こういうのをどう改善できるか。

 それから、この前、ある県の自治体で働いている人たちの所に行きましたら、その組織している自治体全部の年次有給休暇が何日失われてしまったのかというのが統計データで出ていました。十何万日損なわれているわけです。その分だけ正当に権利を行使して、そして、その分だけだれかをそのポストに充てたら、どれだけの雇用が創出できるかというふうに思うんですけれども、こんな矛盾というのをどう解決できるかということも問われるわけです。

 現在の改革の方向というのは、こういう矛盾を解決するものではあり得ないと思うんです。なぜならば、低賃金労働、不安定労働を拡大して、正社員との間で競争原理にさらして、正社員を駆逐するというものだからです。低賃金労働と不安定雇用というものを拡大することによって、正社員労働が削減されてきた。

 そのことは、先ほど第1セッションの中で、正社員の170万人の失業に対して200万人の不安定雇用の増大ということが言われましたが、こういった事態は、先ほど八代先生が言われた「バッファー説」ですよね。不安定雇用労働者は正社員の雇用を守るんだと。これが間違いであったということを統計データが実証しているわけです。この問題にどう挑んでいくのかということが最大の課題だと私は思います。

 竹信 ありがとうございます。のっけからぶつかり合ってしまったので、争点がはっきりして、よろしいかと思います。八代さんもきっと後できちんとした反論が……。今にも言いたそうにされているのですが。中野さんは、ちょっとご紹介が遅れましたが、弁護士で、派遣労働ネットワークというNPOの理事長さんもされていて、不安定雇用については、ご自身も活動されているという方です。そういった領域に非常お詳しい方です。

 さて、最後に辛さんですが、辛さんも皆さんよくご存じの方だと思います。この案内にも書いてありますけれども、在日コリアン3世で、人材育成コンサルタント会社を作り、民族差別、女性差別、移民労働者の差別問題などについても非常に詳しい。最近は、「ワークシェアリングなんかしなくても、表から人をたくさん連れてくればいい」という意見もかなり出てきています。そういった問題についても、いろいろご意見もあるかと思います。辛さん、よろしくお願いします。





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