■職場への帰属意識が薄れ、反省の声も■
このような諸条件があったからこそ、オランダで導入時のワークシェアリングは魅力があったのですが、その条件が全く変わりました。逆転してきました。現在は、労働力が不足しています。企業は、ワークシェアリングを導入したことを実は後悔しています。もちろん、こういうことは公には言わないことになっています。もしそんなことを公言してしまうと、反社会的と思われてしまいますので。
従業員から見ると、ワークシェアリングによって新しい権利が与えられました。労働時間を少なくして仕事をする権利、したい仕事をする権利、そして、仕事をほとんどしなくても、雇用の恩恵は十分に受けられる権利があるのだということが既に行き渡ってしまいました。
そうなると、市民は1つの自然な権利なのではないかと思ってしまうわけです。もちろん、雇用主側から見ると、これはマイナスの1つの結果でしょう。当然ながら、影の部分、デメリットもあるわけです。この最も大きなマイナス部分とは、心理的な面ではないかと考えています。これは、労働者が企業に対して持つ姿勢のことです。
私にも個人的な経験があります。もちろん雇用主ではないわけですが、外部の観察者としての経験です。私は、ほとんど日本で過ごし、6カ月おきぐらいにオランダに帰ります。1980年代か、90年代にちょっと気がついた点があります。オランダの従業員が、奉仕をする、その「献身の精神」が低下してきたのではないかと思い始めたのです。つまり、不平不満ばかり言うことが随分耳に至りました。例えば、ニューヨークや東京に住んでいるオランダ人は、オランダに帰ると、私と同様に感じたようです。ですから、私の主観的・個人的な経験だけではないと思います。
オランダの問題に関して、従業員や経済学者と話すと、同じようなことが口から出てきます。ワークシェアリングは、決定的な形で心理的に個々人の従業員の姿勢を変えたのだということ、献身の精神が少なくなったということでしょう。
日本の文脈で考えると、これは極めて重要な点になるのではないでしょうか。
日本がオランダを見て、そしてオランダのシステムを見て何を学ぶことができるかを問う場合には、慎重にならなくてはならない点としては、企業が1つの家族というこの考え方が、日本ではオランダと比べて時間がかかりながらだんだんと変わってくるということですが、それは変わってくるものとしてとらえなくてはならないということなのです。
つまり、ワークシェアリング導入の1つの潜在的な影響としては、献身ぶりというものが低下し、職場に対しての帰属意識が薄らいでくるということでしょう。
もちろん、分野によっては、非常に大きなマイナスが出ています。教育、そしてヘルスケアでは大きな問題が生じています。この2つの分野はオランダ人でさえ、このシステムは決して導入されるべきではなかった、もう本当に惨めな状況しか、病院や学校にもたらすものでしかなかったという分野なのです。ワークシェアリングを部分的に日本で導入するときには、ぜひこの点に注意していただきたいと思います。
■高齢化で問題が複雑に■
それでは、足早にオランダと日本との比較をしてみたいと思います。既に、企業が1つの家族という考え方は維持しにくくなると申し上げました。同時に、日本の場合、他の先進工業国に比べ大きな問題を抱えています。高齢化問題です。
オランダの事例を見ると、就労人口が高齢化していくことになると、ワークシェアリングは、より多くの問題を予想した以上に発生させるということです。
オランダの企業は、定年退職時に近い年齢の人たちに、残ってもらうように要請しています。そして、一たん定年退職した人たちが再雇用され、時として定年退職前と同じ給与水準で雇われることがあります。しかも、アルバイトもできるということで、生活水準が収入面では退職者のほうがかなりいい場合があります。
そうなると、雇用者側から見ればマイナスになるということでしょう。これもまた日本の中で認識しなければならないことだと思います。ある問題を解決するためにワークシェアリングを導入する、例えば余剰人員があるという問題を解決するためにこれを導入するということであれば、この問題の解決を十分な意識を持たないまま、オランダの例をもってしようとすれば、新しい問題を輸入してしまうかもしれません。
■政治意識が高い中流階級形成にはプラス■
しかし、潜在的にはワークシェアリングが日本にとって良い点もあると思います。
つまり、政治的な意味を持った中流階級を育んでいく1つのきっかけになるかもしれないからです。先進工業国の中では、日本は大変にまれな存在です。都市部のサラリーマン・中流階級が政治的な物事に対して意味を持っていない。代表されていないのです。例えばサラリーマンの権利を代表する政党もありません。
これはなぜかと言うと、日本は政治的に意味のある中流階級はなかったからです。所得の面では確かに中産階級はいるのですが、政治的な意味での中流階級は育っていないのが現状です。
ですから、企業の中で労働の状況が非常にタイトな場合、つまり転職した場合には同じ収入レベルを維持できない状況でした。また、企業にすべてのエネルギーを傾注してしまって、もうエネルギーがないという状況、つまり、政治的な活動ができる余裕がなかったという意味では、政治的な中流階級としては休眠状態になっていたという気がするわけです。
もちろん、私は政治的な意識を持った中流階級がいるべきだと思います。それは、大きな日本での政治変化をもたらす原動力になり得ると思うからです。まさに、ワークシェアリングは、こうしたことに対して大きな一助となるかもしれません。
■プロのサラリーマンを育成する原動力にも■
もうあと何百と言いたいことはありますが、最後に、1つの重要な点をここで申し上げたいと思います。日本では、個人の従業員の価値を判断するに当たって、仕事外でそれを判断することはできません。社内で初めてそれが判断されるわけです。その意味で、プロフェッショナリズムが確立するのが難しいわけです。つまり、プロとして、自分のサービスを1つの会社からまた別の会社に提供すると賃金の評価も変わるわけで、労働市場がその能力によって、その質を個別に判断するという制度はなかったわけです。
しかし、ワークシェアリングは、このような新しい概念を導入する一助になるかもしれません。派遣社員の場合、異なった会社で仕事をすると、このような評価、つまり労働者として社内以外で評価する場が必要になるということです。
そこで提案ですが、派遣会社は日本ではまだかなり初期の段階にあると思います。つまり、従業員側よりも雇用主の立場に立ちやすいということがあるのですが、ワークシェアリングによって、お互いの競争、つまり労働の質による競争ができるようになれば、労働者の新しい評価の方法ができてくるのではないかと思います。
そうなると、才能豊かな、能力のある、非常に勤勉な日本の個々人の従業員にとってプラスになる状況になると思います。
こうなると、日本の政治経済の未来にもつながってくると思います。ワークシェアリングの議論は、まさに、より大きな全体像の中で見るべきです。長い目で見て、皆さんが何を、国としてなにを求めているのかということです。このビジョン、将来何を求めているのかということ、当然、皆様はより有望な、そして、より個人が満たされる政治経済を求めていると思います。繁栄する未来を求めていると思いますが、ワークシェアリングの導入はこの脈絡でとらえるべきだと考えています。
竹信 どうもお時間を守っていただいてありがとうございました。さすが元ジャーナリストだと思います。今、ウォルフレンさんのお話、非常に簡潔に要点をついて説明していただいたと思っています。
プラスで言えば、女性の参入を促進する。しかも、自分で自分の仕事を差配できる起業家精神を培う。それから、自分の時間は自分で好きなように使える可能性が非常に多くなってきた。しかも、それに伴って派遣社員など「臨時雇用」とかつて言われていた人々、「短時間雇用」の人々の権利が非常に向上して、その人たちも意識が高まったというようなことですね。
それからマイナス面で言うと、「献身の精神」、日本で言えば企業への忠誠心が、たくさんの仕事を1人が持ったり、短い時間しか働かないことによって薄れていったということで、これは日本にとってはどうなのだろうかという疑問だと思います。それとヘルスケアとか分野によっては、ちょっと有害だったのではないかとか。高齢社会の中で退職者の権利が逆に上がってしまったということで、それをどう見るのかということですね。
それと、逆にその忠誠心の裏表といいますか、忠誠心が薄れるということは、日本人にも、「会社主義」ではなく、市民として活躍する時間ができてくることはいいことなのではないか、という問題提起もあったと思います。
そういった点で、残りお三方に今からお話を伺ってみたいと思っています。それぞれ、「オランダモデル」について、どこを評価し、また、日本でワークシェアリングをもしやるとするならば、どの辺に着目するのか、問題提起をまず5分ぐらいずつしていただきたいのですが、皆さん、お掛けになったままでお話しいただいて結構です。
まず、久場嬉子さん、龍谷大学経済学部教授で、つい最近までは東京学芸大学の教授ということで、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。専門が「フェミニスト政治経済学」で、オランダについても、女性の参加を可能にしたワークシェアリング、ケア労働を容易にしたワークシェアリングについて、大変関心を持って研究されてきた方です。では、まず久場さん、よろしくお願いいたします。
■冒頭発言■ 久場嬉子氏
失業減らしだけでなく、新しいライフスタイルを
久場 久場でございます。失業率12%から今は2%にまで下げた、大変成功した、成功したがゆえに実は「オランダ型モデル」、「オランダ型モデル」じゃない「オランダモデル」にいろいろと問題が出てきたという指摘は、今、ウォルフレンさんがおっしゃった点とまた別のところから私も聞いています。
まず、失業率が下がってむしろ労働力不足になれば、「せっかく労働時間短縮で働きやすい雇用形態を作り出したのに、また長時間のほうへ戻ってしまうのではないか」。こういった懸念を述べられるのは、実はかなりの女性の方々です。それで私は、こういういわゆる「ジェンダー」という問題から「オランダモデル」、ないしは「オランダモデル」の中に含まれている「コンビネーションシナリオ」、これは男女機会均等と、それからいわゆる正規の短時間労働、すなわちパートタイマーの創出とを結びつけようというシナリオです、そのシナリオの持っている意義と、では日本でそういう、たった今おっしゃったような変化の過程にある「オランダモデル」ないしは「コンビネーションシナリオ」をどういうふうに受け止めたらいいのかといった、その2つの問題をお話ししてみたいと思います。
要するに、「コンビネーションシナリオ」とは、「オランダモデル」そのものというよりも、その中に後になって「平等の視点」から盛り込まれたシナリオなのです。
それが目指す一番大きな問題は、「余剰労働人口」と先ほどウォルフレンさんもおっしゃいましたけれども、まだ労働市場に入っていなかった女性が新しく仕事の場に入っていく。そのときに、女性が今まで負っているいわゆる家事・子育て責任を、一応「ケアないしは家庭内の無償労働」と申しますと、市場の中のいわゆる「有償労働と子育て・介護等の無償労働」とを今までのような性別分与の形ではなく、男女がなるべく均等に公平な形で担い合う、これを目指そうというのが「コンビネーションシナリオ」の1つの大きな狙いなのです。
そうなると、今まで男性の典型的な働き方は、日本でそれこそ私たちが実感していますように、家事労働は女性の典型的な役割として、男性はケアから家事労働ないしは子育てから解放されて、いわゆる仕事人間、仕事一筋の形で働く。これが「男性型ブレッドウイナーモデル」と申しますと、これが成り立たなくなるわけですね。とにかくこれを変えることが大変重要な問題なのだと思います。
そういうふうに、パートタイム労働を導入する意味を失業を減らすという問題だけではなく、新しい働き方を作り出す。しかもそのときに、男性も女性も、あるいは特に女性はまず働きやすい働き方を、あるいはライフスタイルを作り出す、これが大事なのだと思います。
ですから、そういう「コンビネーションシナリオ」は、ただ失業を減らすというだけではなくて、21世紀、新しい働き方はどうあるべきかという、そういった展望の中で出されたシナリオなのです。
私は、そういう「オランダモデル」ないしは、その中に含まれているこの「コンビネーションシナリオ」、これは90年代の中ごろに出てきて、今日に至るまでその充実がさらに図られているわけですが、これは大変大きな意義を持っていると思っています。特に、日本を考えました場合に、大変身につまされるといいますか、切実な課題を提起しているシナリオだと思うんですね。
このシナリオを、日本でどういうふうに参考にして生かしていったらいいかというのが、まさに今、私たちが日本で様々な雇用をめぐって考えたり、直面したりしている問題だと思います。あとは時間がありませんので、2点だけ。
■「家族責任を持った労働者」の構築へ■
1つは、この「コンビネーションシナリオ」とは、オランダの問題だけではなくて、EU(欧州連合)の現代の福祉国家、これからの福祉国家をどう作るかという現代の社会保護システムに関するシナリオでもあります。それは何かと言うと、今までのように男性だけが外で典型的な形で働いて、家計補助的に女性が出ていくというのではなく、女性も男性も仕事の場に同じように出ていく、それが当たり前という時代に入るわけです。労働者像が今までとすごく変わってくるわけですね。
どのように変わるか。いわゆる「家族責任を持った労働者」、それがワークシェアリングの新しいベンチマークである、こういうとらえ方なわけです。
それを1人ひとりがただ単純に抱え込むというのでは、何のことはない、日本の新性別役割分業、家計補助的主婦の働き方と変わらないわけですけれども、そうではなくて、福祉国家のケア保障、例えば、豊かな最低賃金法で守るとか、保育園を整備するとか、それから労働時間を短縮するといった労働時間政策とか、そういったことを総合的に組み合わせて、そして、だれもが今はケアから離れていても、長いライフサイクルの中でいつかは何らかの形のケアないしは再教育、再訓練に直面する、それらを働き方と一緒にうまく組み合わせて両立させていく。それが、これからの労働者像であり、欧州連合の社会的保護システムなのです。「コンビネーションシナリオ」は、まさにそれを目指しているのだと私は思います。
日本も、いよいよ「ブレッドウイナーモデル」を見直そうと、経済諮問審議会では、ついこの間の会議で、特別配偶者控除の縮小ないしは廃止を考える。第三号被保険者も見直す。これは今の経済構造改革論議の中に入れていこうという、少なくともその検討、話題が出てきているわけです。
これを一言で言いますと、要するに「個人化」を目指していくということなんですね。私は、これは重要な問題で大賛成ですが、その際に、「個人化」の中に今の新しいベンチマークをしっかりと入れていかないと、なし崩し的なというより、もう後がないほど切羽詰まった日本の経済危機、社会制度の変革に決定的に遅れをとって、私はここはウォルフレンさんの先ほどのお話と異なるのですが、高齢社会を乗り切れなくなるのではなかろうかと思っています。
竹信 どうもありがとうございました。久場さんのおっしゃっていることは、これまでは、働くというと会社で働くことだけというイメージがあったのが、実は働くとは家事や育児、生活、介護、いろいろなものを背負った人が働くというシステムに切り替わろうとしている、それをどのようにすればいいかということだと思うんですね。
そのために、オランダは時間を与えるということをやってみた。それで女性も働けるシステムをつくり、男性も育児に参加できるシステムを作り、さらにダブルワークもできてしまうというシステムを作ったということだと思います。これが、果たして高齢社会にとってどうなのかということについては、後ほどまた討論の1つの柱にしていきたいと思います。
では、次に大國さんは経営者でもあり、王子製紙という非常に著名な会社で会長をされてきました。今、日経連副会長で、特別雇用委員会の委員長をされておられまして、雇用の問題、また人材が資源の日本社会でどのようにしてこれから乗り切っていけばいいかにご関心を大変に強くお持ちの方です。
その大國さんには、先ほどウォルフレンさんから「企業への忠誠心の兼ね合いが非常に難しいのではないか」「これまで日本がやってきた会社員の意欲の持たせ方・持ち方が変わってくるのではないか」という問題提起があったのですが、そういった面を含めてワークシェアリングをどうお考えになるか、お話しいただきたいと思います。
■冒頭発言■ 大國昌彦氏
少子高齢化の加速で、多様性の中核に
大國 大國でございます。今日のテーマはワークシェアリングということが基本ですけれども、「ワークシェアリング」という言葉は、私も昨年初めて知ったような状態で、おそらく国民の皆さんも「ワークシェアリング」という新しい言葉にはいろいろな見解をそれぞれお持ちだと思います。
この論議をするときに一番の基本は何かというと、まず自分の足元を見つめることであろうと思います。日本の経済、あるいはそれがどういう経過をたどってここに来て、今混乱に陥っているのかを見なければいけないと思います。
戦後80年代まで、日本の経済は世界の脅威と言えるような、あるいは驚きというか、そういう奇跡的な発展を遂げました。これは、明らかに私たちの年代の意識でありましたが、欧米の豊かさに追いつこうという気持ち、これによってキャッチアップのコンセンサスはみんなが言わず語らず持てたということではないかと思います。
その結果、都合のよいやり方、やや軍隊的な感じもありますけれども、男性は職場に行く、女性は専業主婦の人が非常に多いというような状態で、人口問題についても努力を結果としてはしたということになりますが、その経済発展は世界も注目しているということであり、また、そのときのやり方ということに日本が考え出したことについては、それなりに、その時点として我々は誇りに思うべきだと思います。
しかしながら、この10年というほど、バブルがはじけまして日本は惨めな状態になっている。自信も喪失しているのが一般的ですが、これは分析をしていけば、そんなに自信を落とすような問題ではないのだ、時代が変わりつつあるのだと意識すれば「分かった」ということになるのではないかと思います。
ITの発達、情報化社会の進歩、つまり、情報とお金は電子のスピードですぐ動いてしまうということや、航空機にしても船舶にしても大量輸送できるようになり、人も自由に動けるようになったということです。それに伴って、「グローバル化」という言葉も出ていますが、社会システムもどんどん変わっていった。しかし、変わらないというか、人々の心に非常に残っているのは、従来の日本的経営による労使の関係でした。
今、これから我々がやらなければいけないことは、その日本独特のものからのいいものを残し、脱却するものは脱却する努力ではないかと思います。今までの成功体験は確かにあるけれども、それに足を引っ張られてはいけないということです。日本的経営のよかったこと、だから残さなければいけないことは何か。
経営の長期的な視野がまず第1です。最近のグローバリズムという感じでは、社長の任期の期間中だけ頑張るというような形になりがちですが、これでは従業員の幸せ、あるいは社会に対する貢献が果たせないと思います。したがって、企業は長期的視野を持つべきです。
また、従業員との信頼、これは長い時間がかからなければ従業員との信頼──先ほどウォルフレン先生のおっしゃった忠誠心はわいてこない。短期間でころころ経営が変わるようなことではできない。だから、日本的経営とは長い時間をかけてできてきていることを意識しておかなければいけない。
そこへ持ってきて、最近、特に大きな問題になってきたのが、少子高齢化という高齢化社会の到来です。2005年からというお話ですが、労働人口は確実に減り始めるということです。一方、高齢者はどんどん増えてくる。一体だれがその高齢者を養うのか。まだ、確たる路線が見えていないのが日本の不安の一番大きなものではないかと思います。
そこで、ワークシェアリングの問題に入る前に、これは特に日経連(2002年5月28日に経団連との統合で日本経済団体連合会に)として考えているわけで、これはワークシェアリングも含むわけですが、「ダイバーシティー」という、これも新しい言葉ですけれども、「多様化」ですね。生活の多様化もありますし、労働の多様化、技能者あるいは人々が持つ意思の多様化、働き方とかそういうものを自由にやらせるようなふうに企業も社会も切りかえていかなければいけないということになるのではないかと思います。
もちろんジェンダーの問題もあります。今、厚生労働省が中心で私も参画してやっておりますが、「ポジティブアクション」といって、女性の活躍推進協議会ができ上がって活動し始めていますが、ジェンダーの問題ばかりではなく、あらゆる人材、いろいろな人材が社内外には、多彩な人がいるのだということで、それらを使えばいろいろな活性化ができてくると思います。
一方、日本の経済システムを構成し、今まで一番強かった、世界の中でも強かったのは製造業でした。製造業は、日本は世界の先進国のあらゆる国と比べても、資源も土地もない、そういう中で日本がこれだけの高度成長をしたのは、やはり製造業が非常に頑張り、貿易黒字をしっかり稼いだ。それによって、食料の輸入もエネルギーの輸入も先進国にないぐらい輸入比率が高いわけですが、可能にしてきたということでして、まず製造業がしっかりと今までの地位をさらにもっと高める努力をしなければいけないわけです。
一方で、ごく最近また言われています「空洞化」の問題。実は、これは「オランダモデル」を非常に参考にしなければならないわけですが、オランダの場合には、周りに高額所得の各国がいる。日本の場合はそれと全く逆で、しかも、中国との対比で言いますと、20倍、30倍というような賃金格差がある。もう容赦なく空洞化が進んでいます。特に、労働組合もないような零細企業では、そういうことが非常に大きな波になっています。私も、商工会議所のメンバーでもありますので、そこら辺でそういう声も聞いています。
一方、産業については、単なる製造業の時代からサービス産業がどんどん発展していく。そういう中で、先ほどの「ダイバーシティー」ということで、人間の個性の回復は著しく進むことでしょうし、また、働く分野が出てくるということです。
そこでワークシェアリングですが、ワークシェアリングとは「ダイバーシティー」の変形としてますます中心的なものになってくるだろうと思います。これは、日本が高齢化してくることで労働人口がなくなってくるという、世界と全く違う状態の中で、日本は何としてもいろいろな人が働けるようになければならない社会がもうすぐそこに来ている。
ところが、今はまだ失業率が高い。この数年間を大勢雇うということで済ませたら、労働者が足りない時代がすぐ来る。そこではどういうふうに取り扱うかが大きなテーマになるのではないかと思います。
■労働改革は、変化に合わせて慎重に■
また、ワークシェアリングとはパートタイマーと同じ時間給というようなことをオランダではやっているように聞いていますが、日本が本当に全部そうなるかというと、これはとてもできない。ある部分は積極的にやるべきでしょうけれど、先ほど申しましたように、日本の高度成長を支えたのは日本の労働者でした。これらの主力は裁量労働をやっている人たちです。現場の作業員といえども、知恵を出す仕事を一緒にやっている。そういう人たちを簡単に時間給で割り振ってだれかを入れてくるなんてことはとてもできない。教育の問題もありますし、日本の立場ということも考えながらこれからの問題を検討していかなければならないと思います。
今、新たな転換の時代が来たことはもう間違いありません。従来の企業は、正規従業員だけを見ていればよかった、労働組合も正規従業員だけを見ていればよかったという時代は過ぎ去っていく。パートあるいは下請けというような人たちにも社会のシステムで何か保護をする、あるいは一緒に考えるものができなければいけない。しかし、日本の社会は非常に大きなインナーシェアを持っている。すぐ明日から変わるなどということはあり得ないので、社会の人々も企業の経営者も、あるいは労働者も、うまずたゆまず次のステップに向かって少しずつ少しずつ動いていくことがこれからも重要なことではないかと思います。以上であります。
竹信 ありがとうございました。日本にとって、長期的な雇用、それから忠誠心を担保する雇用の方法はとても重要だという気持ちと同時に、これからはパートタイマーや違った形の雇用者も使っていかなければいけない、そういう時代に入りつつあるという、大変悩ましい認識を示されたのではないかと思います。
次は龍井さんですが、龍井さんはこれまでそうした中小企業とかパート労働者についての取り組みをいろいろやってきた連合の総合労働局長ですが、日本の雇用問題、それから、最後に出たパートタイマーについての労働をどう評価するかといった問題についても、いろいろお考えがあるのではないかと思います。
■冒頭発言■ 龍井葉二氏
3つのアンバランスで「社会はもたない」
龍井 まず導入として、オランダの話が出ましたが、私は「モデル」という言葉が嫌いなんですね。なぜかというと、今まで日本はいろいろなグループが外国にいろいろなモデルを求めて、必要以上に思い入れ・思い込みで像を描いて、今、ウォルフレンさんがおっしゃったように、ちょっとでも陰りが見えると突き離してしまう。もうこういう繰り返しはやめたほうがいいのではないか。やはり、持続的に対話をちゃんとし続けていくことが大事だと思うんです。
その場合、私ども労働組合の立場から見て、オランダに何かヒントなり刺激を受けるものがあるとすると、2つあって、1つは、今まではいろいろな生産方式のモデルがありましたが、これは今、久場さんも指摘されたように、再生産モデルだということですよね。「社会の生き方・暮らし方のモデル」。「モデル」とあえて使いますが、そういう像を喚起してくれる。
もう1つは、これはちょっとお話しにならなかった点ですが、いわゆる「合意システムモデル」だということ。これは「労使」「政労使」と一口に言ってしまうと、簡単に「ワッセナー合意」とかと言われますが、そこに行きつく歴史的な伝統も含めて、政府主導ではなくて労使がきちんと合意システムを作っていく、それが結局、わが国の場合を振り返って考えると、なかったわけではないが、あまりにも企業内合意に収斂し過ぎていて、「社会合意」が見失われていた。結果的に広がっていただけの話で、作ってこられなかった。
昨年10月、連合と日経連はそういう問題意識で「社会合意宣言」を結んだのですが、それはそういう手始めの一歩だと思っています。その場合、ではなぜ、そういう連合・日経連が遅ればせながらこういう議論に踏み込んだかと言うと、「もうこれ以上もたないぞ」という非常に危機的な状況の共通認識があったわけです。
「もたないぞ」というのは、冒頭ご指摘になったような失業率や失業者の数字で表れる雇用問題ではなく、実は社会そのもののアンバランスが進んでしまっている。
私どもは、これは3つ提起しています。
1つは、これは連合の調査でもそうですし、他の統計でも出ていますが、人員削減された職場ほど実は労働時間が長く、サービス残業も含めて長く、仕事の負荷も高い。言ってみれば、「労働時間を短縮して人を増やそう」というのがワークシェアリングだとすると、まさにその逆ですね。人が減って時間が延びている。
2つ目、これは指摘されたように、「正社員」と言われている典型労働者が絶対数で減り続けて、特に残念ながらコストを優先した形で非典型雇用労働者だけが増え続けている。同じ仕事をしていたのがどんどん劣化している。そういうアンバランス。
3つ目が、これもお二方がご指摘になりましたように、長時間労働と関係するわけですが、「仕事と家庭の両立」などと言ってきましたが、もうどの統計をとっても共働きの女性の家事・育児・介護負担は5年前と比べて各段に増えている。女性の長時間労働、週60時間以上働く女性の比率も増えている。
ということで、何のことはない、「男女雇用機会均等」と言っていながら、仕事と家庭のバランスはアンバランスのほうに向かっている。もっと広がってしまっている。そういう問題は個別の企業労使だけではとても解決できない。それが先ほど言った社会的な、社会とは別にナショナルだけではなく、業界とか地域とか、要するに個別共同体ではない所でそういう問題を解決していかないと、もう社会も企業も持続可能ではない、そういう所に来ているというのが私どもの危機感だったわけです。
その場合に、ワークシェアリングですから、だれとだれが何を分かち合うか。
端的に言って、普通はこれは働いている人、仕事に就ける人が、仕事に就けない人と分かち合うことを言うわけですが、日本の場合は、今申し上げたように、働き過ぎの人と仕事に就けない人との分かち合い、そういう事態なわけです。
ですから、入り口としてまず我々自身の働き方自身を見直さないと、そこを放っておいたまま、片や不安定パートしかないという選択肢では展望は開けてこない。そういう意味で、私どもは、まず、サービス残業の問題は、この間、オランダの労働組合の人と話をしたときに、「何で労働組合のある職場で、そんな違法行為があるのか」と言われてしまって、答えに窮してしまったことがあるのですが、まずそこから我々は手を着けなければいけない。
もう1つ、今、「ダイバーシティー」という話が出たのですが、では、だとしたら今進んでいる非典型労働者が増えているのが「多様化」であり、ワークシェアリングかというと、全然違うだろうと思います。これは、残念ながら使う側にとっての選択肢の拡大、使う側にとっての選択肢の自由であって、働く側にとってでは全然ありません。
そういう意味で言うと、オランダの場合にはよく言われますように、「働き方の就労形態による差別」ではない、労働時間による差別は時間比例のみに限定すべきだということです。
厳密に言うと、オランダだけではなく、いわゆる「同一価値労働・同一賃金」というルールがある所であれば当たり前のことなのですが、それがない。そういう意味では、社会的インフラがあまりにも違うわけで、同じ「パートタイマー」と呼ばれて皆さんに誤解されては困るのは、オランダの場合は「正社員が短時間で働いている人のこと」を言うわけです。それ以外の人は「フレックスワーカー」と言うわけですよね。もう概念が全然違うわけで、まずそこのインフラを整えていくことが我々の仕事だろう。これは、要するにルール化しかないと私どもは思っています。
詳しい話は後に譲りますけれども、ということはどういうことか。我々、労働組合自身が、大國さんご指摘のように、もうそういう正社員中心、企業労使中心という枠から組合自身がどれだけ自己改革を図っていくか、そこに我々自身が問われているのだろうと、そういう認識でとらえています。
竹信 ありがとうございました。かなりいろいろな柱が出てきた気がします。論点を3つぐらいに大きく絞りますと、1つは、「多様な人が参加できる社会のためのワークシェアリング」というのだけれども、日本でそれをやった場合、下手をすると細切れ労働で、龍井さんがおっしゃったような安い労働力に変わっていくだけということだってあり得るという問題ですよね。
それと、「女性の参加を高める」と言いつつも、ケア労働、家事、育児の方は、相変わらず男性への移譲ができていないため、二重負担が逆に日本では強まっているのではないかという問題意識もあったかと思います。
もう1つ、高齢社会に向くか向かないかという点も、久場さんとウォルフレンさんはちょっと違っている。ほかの方もご意見あるかとは思いますが、そういった1つの
柱は、多様な人の参加をめぐってどんな問題点があり、何ができるかということだと思います。
もう1つは、「企業の生産性・忠誠心」というものとワークシェアリングはどうなのか。これからの経営としてはどういうことができるのかということですね。一方で、企業中心社会の解消にも役に立つというメリットもあるわけですから、その折り合いをどうつけるかがもう1つの柱かなという気もいたします。
もう1つは、どなたからも出たように、短時間労働者や臨時雇用者、いろいろ日本には働き方があるわけですが、日本の女性の半分は、はっきり言って非正社員です。しかも、その時間給は非常に安い。しかも、社会保障の恩恵にもあずかりにくい立場にある。そういう状況ですが、そういった短時間労働者の労働の価値は、日本ではどうやってはかればいいのか、こういった3つぐらいの問題点に集約されてくるかなという気もしています。
まず、では最初の「多様な参加」ですが、久場さん、先ほどウォルフレンさんが高齢社会には向かないかもしれないと言われたことに対して、ちょっと違うかもしれないと自分は思っていると言われましたが、それはどういう論点でしょうか。