2003/09/21 [来信返信・反響を追う]ろう学校 授業に手話も生かして
◆「口話法だけでは勉強に遅れがち」
「手話が、教育現場で正当に扱われていないのはおかしいのでは?」――。そんな疑問
を投げかける投書が、札幌市の会社員、林宏志さん(41)から寄せられた。今でも、ろう
学校の授業では、唇の動きで相手の話を読み取る「口話法」が中心となっているため、子
供によっては授業についていくのが難しいという。
--------------------------------------------------------------------------------
以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
私がいたろう学校では、口話だけの授業はあり得ず、異動があまりない時代なので、
若い先生たちは生徒の手話を見て自然に覚えて、授業で簡単な手話を補助的に活用
していました。
最近のあいつぐ異動で、手話を覚える時間的な余裕がなく、口話だけで授業を進めて
いるとしたら、看過できない問題であると思います。
ただし、幼稚部においては、手話の必要はなく、最小限の身振りサインに留めて、
口話(日本語)を母語として獲得させることはいうまでもありません。http://www.yomiuri-you.com/you_c/possibility/news/experience/experi_030921.html
ネットサーフィンしているうちに、両親ともろう者で素晴らしい日本語の文章を
書く難聴者のページを見つけました。
個人の日記ページで、リンクで紹介できないのは残念ですが、この日記によると、
幼児期より口話教育を受けていたこと、手話は生活で自然におぼえたこと、インテ
して大学に進学したこと、成人してから口話でしゃべりながら手話をする人を見て
驚いたことなどが書かれていました。
この日記から浮かび上がっていることは、口話教育で日本語が母語になっていた、
手話を日本語と別の言語として理解していたことで、これこそ本物のバイリンガル
(2言語)といえます。
ろう学校の幼稚部から手話を導入して、コミュニケーション能力と認知能力が向上
したものの、手話から日本語にどうつなげるか行き詰まっている原因は、子どもが
手話と日本語は別の言語であることを理解していないからです。
手話で日本語を教えることは一見して効率的と思われがちですが、かえって手話と
日本語の混同を招いて、助詞の使い方がおかしな文章となって現れます。
最近の「バイリンガル・バイカルチャー教育」は、日本手話を第一言語とし、書記
日本語を第二言語として獲得することを目指していますが、理論はあっても実績が
なければ、ただの「机上の空論」です。
ろう学校にいる間は、勉強を受ける身(学生)ですから、「君の日本語文章は
おかしい」と注意されて、教えてもらうことはできますが、社会に出たら学校
と縁がきれるので、先生も仲間も先輩もだれも教えてもらえません。
仲間から日本語のおかしな文章で書かれたFAXや携帯メールが送られて、意味
がわからなくて返事に困ってしまうことがあります。
どんなに親しい友人のつきあいであっても「文章がおかしい、意味がわからない」
と注意することはできません。
私の妻から「この文章の意味がよくわからない」と聞かれると、手話で「こういう
意味だよ」と教えてあげています。
本人に「文章はおかしい」と注意はできませんが、本人から「自分が書いた文章を
直してほしい」といってきた場合は、赤字を入れて直して教えることはできます。
しかし、こういう人はほんのわずかで、ろう者のほとんどは日本語コンプレックス
が強いために、自分の文章は恥ずかしくて親しい友人以外の他人に見せられません。
ろう者のメーリングリストに、ろう者が書いたメールの文章が集まっていますが、
おかしな文章があっても、だれも「おかしい、わからない」と注意しません。
だれも注意しないので、ろう者はおかしな文章のメールをいつまでも出し続けて
しまいます。
かくいう私も、書いた文章におかしなところがないか、絶えずチェック(推敲)を
していますが、年をとるとますますだれも注意してくれなくなるので、いつも本を
読んでチェック能力を高めていくしかありません。
きょうの午後に、私の母校・石川ろう学校で30年以上の長きにわたって口話教育に
尽力した恩師のところへ訪問しました。
恩師の話によると、ろう学校へ行ったときに、校長が「幼稚部から手話を取り入れて
授業している」と誇らしげに話したので、返す言葉がなかったということでした。
また、ろう学校に赴任する前の口話教育研修のOB会でも、最近の手話導入について
否定的悲観的な意見が多く出されました。
手話肯定の若い先生たちに対して、意見を言っても「口話教育は古い」と頑として
聞いてもらえず、すれ違いのままで議論できなかったとのことでした。
口話教育の全盛時代をつくりあげてきた、ほかのろう学校教師OBたちもきっと同じ
ように残念がっていることが想像できます。
恩師は「全ろうでも、全く聞こえないのではなく、かすかに聞き取る能力がある」と
先に書いた松沢豪先生と同じことをいっていました。
実際、幼稚部がなかったころに2・3歳の子どもたちに早期口話教育をして、素晴ら
しい日本語・学力の成果で、教育委員会が幼稚部設置を認めてくれました。
幼稚部から地域学校へインテグレーションする子どもが増えたことは早期口話教育の
成果といえます。
口話教育から手話教育に逆もどりしたのは、教師のあいつぐ異動で、口話教育を正しく
伝える専門家がいなくなったことが大きな原因です。
私が「最初におぼえる母語がいちばん大事、母語が思考のもとになる、手話が母語に
なったら日本語がおかしくなる」というと、恩師も同感してくれました。
ろう学校の口話教育とインテグレーション教育を批判する急進的なグループは、ろう
学校の手話導入にも満足しないで、日本手話を強く要求していますが、日本手話と
あきらかに違う日本語をどのように修得させるのか具体的な方法論を出せないでいる
ことは自己矛盾としかいいようがありません。
>私は足が悪いので外に出る事が一人ではできません。
かなこさんのように、体が不自由で手話を勉強したいという障害者の場合は
まずNHK教育テレビの「みんなの手話」を見る、家族に頼んで「みんなの
手話」のテキストを書店で買い求めて、自習することもできます。
>講習会もこのようにインターネットで探すことは可能ですか?
インターネットで手話サークルのページを探せば、講習会の案内が見つかります。
また手話の動画で自習できるページもあります。
しかし、自習だけでは受身になって上達がむずかしいと思いますから、手話で
話し合う相手がほしいものです。
手話関係の掲示板やチャットで仲良くなって、運よく近所の人がいたら自宅へ
遊びにきてもらうといいでしょう。
体が不自由で動けなくても、希望を捨てないで頑張りましょう。
情報提供ありがとうございます。私は足が悪いので外に出る事が一人ではできません。講習会もこのようにインターネットで探すことは可能ですか?
私がろう学校を出て、印刷会社に就職して、落ち着いてきたころに、趣味として
難聴で発明王のエジソンにあやって、発明協会の会員になって本格的に発明の勉強
を始めたことがありました。
発明協会の資料によると、特許庁に出願される一般素人の発明のほとんどはすでに
先願ずみで、審査して許可されても実用化しない、企業に採用されて実用化しても
売れないという「ムダな発明・落第発明」で、発明が成功するのは宝くじに当たる
よりもむずかしいということでした。
店に行けばわかりますが、店頭に新製品が置いてあっても売れないで消えて、いい
ものだけが長く売れています。ダメなものは消えて当たり前です。
ろう教育も、手話・口話で100年にわたる長い歴史があり、多くの教育者が研究
して、さまざまな教育法が出ては消え、すぐれた教育法だけが残って受け継がれて
いました。
しかし、例えば「手話は日本語修得の妨げになる」といっても、それはなぜなのか
科学的に説明できる先生があいつぐ異動と退職で年々少なくなり、しまいにいなく
なって「手話で日本語を修得できるはず」と考える若い先生が出てきます。過去の
失敗を知らないのですから、新しい教育法だと勘違いしてしまいます。
そうすると「歴史は繰り返す」で、また同じ教育法の失敗が繰り返されてしまいます。
「いつの時代になっても口話教育は正しい」というよりも「正しい口話教育を伝えて
いく」ことがいちばん大事なことのように思います。
かなこさん、いらっしゃい。
手話を教えてくれる人をお探しでしたら、まず地元の手話講習会に行って、
そして手話サークルで教えてもらえそうな人を紹介してもらいましょう。
滋賀県に住んでる人で、タダで手話教えてくれる人探しています。知ってる人がいたら紹介してください。
滋賀県に住んでる人で、手話教えてくれる人探してます。できればタダでお願いします。
聴覚障害者の青年、ホームから転落の男性を救助し感謝状
------------------------------------------------------------------------------
今月4日未明、千葉県鎌ケ谷市の北総・公団線新鎌ケ谷駅で会社員の男性(42)が
線路に転落する事故があった。2人がホームに助け上げた。うち1人、千葉県印西市
木刈4丁目、伊賀崎俊さん(22)は感音性難聴のため、生まれつき音の聞こえない
大学生。「今まで多くの人に支えられてきた。世の中に一つ、恩返しができた」と
話している。
----------------------------------------------------------------------------
以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。
スポーツで鍛えた体力と精神力が、この勇気ある行動になったと思います。
「幼稚園では遅すぎる」(ソニー名誉会長・井深大著)という古い本を手にしました。
そのなかで「難聴児でも、早期教育によっては聞こえるようになる」という目次の
タイトルが目にとまったので読んでみると、NHK教育テレビ「テレビろう学校」
で有名な松沢豪先生が次のように述べたことが書かれています。
---------------------------------------------------------------------------
赤ん坊が正常か異常かをいち早く発見できるのは母親である。赤ん坊は生後1週間
もすると大きな音には手足をピクッとさせる。1ヶ月、2ヶ月を過ぎると、母親の
声を聞き分け、4ヶ月で自分の名がわかるようになる。1歳近くたって、名まえを
呼んでも音をたてても無関心でいるなら、聴覚に障害があると考えられる。この時
期こそ、耳の悪い子がことばの習得をするために最適である。耳が聞こえないから
といって、親が音を遠ざけるのはいちばんよくない。全聾といわれる子でも、まる
っきり聞こえないのではなく、音をくり返し聞かせれば、”音を聞き取る能力”を
増すことができる。
--------------------------------------------------------------------------
>全聾といわれる子でも、まるっきり聞こえないのではなく、音をくり返し聞かせ
>れば、”音を聞き取る能力”を増すことができる。
これは、0歳から3歳までのろう・難聴児は<カン・感受性>が非常にいいので、
この時期に口話教育を行なうことが良い結果を生んでいます。
難聴学園のモニター家庭でも、0歳から訓練を始めて3歳までに言葉を話せるように
なったという、うれしいリポートをいくつもいただいています。
お蔭様で、ろう者の日本語についての難しさが解りました。
ネットやパソコン通信は、声に頼らないので、彼らにとって使いやすい良いメディアかと思っていたのですが、とんでもない誤解だったのですね。私たち健聴者には解らないハードルが彼らにはあるのですね。彼が少しでも日本語に慣れ、みんなとやり取りできる日がくる事を祈っております。
日本には外国から多くの若者たちが留学にやってきます。
アメリカ・イギリス・ロシア・中国・韓国など多くの母国語がありますから、
それぞれの母国語でいちいち日本語を教えることは物理的に不可能なことです。
ある留学生を受け入れる学校では、すべて日本語で生活・授業しています。
留学生は最初のうちは日本語がわからなくて戸惑いますが、そのうちに慣れて
日本語をおぼえるようになります。
それぞれの母国語で日本語を教えるのではなく、最初から日本語で日本語を
教えるわけで、効果が上がっています。
手話講習会でも、日本手話のろう者が講師で、横に音声日本語で通訳する人が
ついているところが一般的ですが、日本語通訳がいないところもあります。
日本語通訳がいないところでは、受講者は講師の手話がわからないので戸惑い
ますが、目とカンがいい人は講師の顔の表情・身振り・手話の動きをよく見て
意味をつかんで手話をおぼえていきます。
この思い切った方法で、ほかの講習会よりも早く手話を読み取る力がつきます。
日本語は日本語で、手話は手話で教えることがいちばん難しいようで効率的な
教育法です。
ですから、ろう学校で「手話で日本語を教える」ことは大きな誤りであって、
「日本語(口話・文字)で日本語を教える」ことが正しい教育法です。
日本語を獲得したうえで、対応手話で授業内容の理解を補うというわけです。
言い方が曖昧に聞こえましたか?すみません。
人から聞いたことは「・・・だそうです」と言う言い方で
人から聞いた情報だと言う表現を、ついしてしまいます。
あらためて。。。。。
宮本さんは、コーダです。お母様がろう者だと話してくださいました。
そして、私の住んでいる県の通訳士です。
チコさん、久しぶりのご投稿をありがとうございます。
>今日の「懲悪障害の時間」で司会を勤めていた方、ご覧になりましたか?
>忍足さんと一緒に出演されていた方ですが・・・。
>彼女が、通訳士の「宮本真紀さん」です。
はい、見ました。彼女が宮本真紀さんでしたね。
「通訳士さんだそう、コーダだそう」とあやふやにしないで、
調べて確認してみて下さい。
うしこさん、いらっしゃい。
>聾唖の方は手話で日本語が出来る訳ではないのでしょうか?どうも、その方の文章を
>読むと、単語は間違えていないようなのですが、「てにおは」がおかしい。動詞が入
>る位置も少し日本語のバランスとずれている感じです。その結果、HPそのものを馬鹿
>にしている印象さえ与えています。私は、”手話は日本語を、手で話している物”と
>想像していたのです。話せなくても、本を読んだり、文章を書いたりの理解は出来、
>それを手話でしているんだと。でも、彼らにとって他人に理解できるように書き込む
>事は、難しいのでしょうか?
一般に、ろう学校で勉強(日本語)を教えているから、手話も日本語に合わせて話す
ものと思われがちですが、実際は手話と日本語は全く別の言語です。
幼児期に早く口話で日本語を獲得すれば、聞こえる子どもと同じで問題がありませんが
口話よりも先に手話でコミュニケーションをおぼえてしまうと、なかなか正しい日本語
が身につきません。
手話で日本語の単語や文章の意味を教えることはできますが、文章の「てにをは」だけ
は使い方をいくら教えても、手話の思考でいっぱいになった大脳が受け付けません。
本をたくさん読めば、正しい文章をおぼえるようになるはずですが、言語の臨界期を
過ぎると、手話の目で文章の意味をおぼろげに理解するだけで、進歩できません。
日本語と英語ははっきりとちがう言語とわかりますが、手話と日本語は単語が同じで
ありながら語順や助詞・動詞などが合わないので、ややこしく難しい問題です。
>彼の書き込みはHPで「荒し」とまでは行きませんが、かなり敬遠されているようです。
>本当に聾唖者で、日本語が苦手な人だとしたら、少し可哀想だと思う扱い方なので
>キチンと「その日本語はおかしいよ」と教えたいのですが、解ってもらえるのでしょうか?
>又、聾唖者に「あなたは聾唖者ですか?」と聞くのは失礼に当たるのでしょうか?
>アドバイスをお願いいたします。
聾唖者でなくても、おかしな文章の書き込みが続いていれば、敬遠されるのはしかたが
ありませんが「その日本語はおかしいよ」と注意すれば感情を害するかもしれないし、
「あなたは聾唖者ですか?」と聞くと、プライバシー侵害で失礼になると思います。
本人には可哀想ですが、こういう場合は無視して、ほかの話題に切り替えたほうが無難
に思います。相手にされていないとわかれば、消えていきます。
今日の「懲悪障害の時間」で司会を勤めていた方、ご覧になりましたか?
忍足さんと一緒に出演されていた方ですが・・・。
彼女が、通訳士の「宮本真紀さん」です。
以前、ご存知ないと書かれていたことを思い出し、書き込みをしています。
彼女には、いつも読み取り通訳が付くので、ろう者だと思っていたのですが
通訳士さんだそうです。気さくで品のあるすてきな方ですよ。
コーダだそうですから、声を出さないほうが、手話が自然なのかもしれませんね。
はじめまして。あるHPに聾唖な方と思われる書き込みがあり、その日本語についてお伺いしたく
書き込ませていただきました。検索でたどり着き、ここが一番適切ではないかと勝手に判断し、いきなり書き込みましたが、よろしくお願いいたします。
あるHPにどうも日本語がおかしい書き込みがあり、不思議に思っておりました。管理者の話もどうも読み取れないで居る様なので、最初は外国人が翻訳しながら書き込んでいるのかと思っていたのですが、ある時、「小学校時代=聾学校」と書き込んでいたので、たぶん聾唖の方だったのだと思うのです。
私は、健聴者なので、解らなかったのですが、聾唖の方は手話で日本語が出来る訳ではないのでしょうか?どうも、その方の文章を読むと、単語は間違えていないようなのですが、「てにおは」がおかしい。動詞が入る位置も少し日本語のバランスとずれている感じです。その結果、HPそのものを馬鹿にしている印象さえ与えています。私は、”手話は日本語を、手で話している物”と想像していたのです。話せなくても、本を読んだり、文章を書いたりの理解は出来、それを手話でしているんだと。でも、彼らにとって他人に理解できるように書き込む事は、難しいのでしょうか?
彼の書き込みはHPで「荒し」とまでは行きませんが、かなり敬遠されているようです。本当に聾唖者で、日本語が苦手な人だとしたら、少し可哀想だと思う扱い方なのでキチンと「その日本語はおかしいよ」と教えたいのですが、解ってもらえるのでしょうか?又、聾唖者に「あなたは聾唖者ですか?」と聞くのは失礼に当たるのでしょうか?
アドバイスをお願いいたします。
日本語対応手話と日本手話のどちらがいいかといえば、優れた人材がよく使う
日本語対応手話のほうが知的レベルが高くていいように思います。
最近は手話サークルのなかでも、日本手話が注目され、ブームになっている
ところがあります。私から見れば日本手話は文化的で面白いかもしれないが、
知的レベルの低さを感じます。
先に書いた大家善一郎(元連盟長・故人)のような知的レベルの高い日本手話
はもう二度と見られず、だれもマネができないものです。
どこかの親のページで「ろう学校の先生が日本語対応手話ではわからない、
日本手話でやるべき」と主張していますが、それは子どもたちの日本語能力が
ないからとはっきり断定できます。
ろうあ協会で、全日ろう連の幹部を招いて講演会を開くとき、日本語対応手話
で話していることが多いですが、日本語能力があるろう者ほど講演内容をよく
理解しています。
日本語能力のないろう者は、講演がむずかしくて、わかったようでわからない
顔をしたり、居眠りをしたり、途中で退席したりします。
講演上手で人気がある幹部講師は、そのことをよく心得ていて、幹部研修会は
日本語対応手話で、一般が集まる講演会は日本手話でと使い分けています。
日本手話はろう者のだれが見てもわかりやすいですが、日本語対応手話をどの
程度理解して使えるかどうかで、知的レベルをはかることができます。
大都市圏で、日本語対応手話が通じないと相手にしないというエリートろう者
の話をよく聞きます。
ろう者社会では、日本語対応手話派と日本手話派、どちらも使える中間派の
3つに分かれていますが、中間派のほうが最も人気を集めます。
全日本ろうあ連盟の各種大会・会議に参加して思い返してみると、優れた人材ほど
口話(日本語)を母語にしている人ばかりで、日本手話を母語にする人は連盟長の
大家善一郎(大阪市立ろう学校教諭)ぐらいで、若い世代にはいませんでした。
口話を母語にしている人の手話はほとんど日本語対応手話ですが、一部に日本手話
を使うこともあります。
また同じ口話を母語にしている人でも、生まれつき聴力がなかった人は口話の動き
がぎこちなく感じられ、声はあまり明瞭ではありません。
6歳以降に聴力をなくした人は、聴者と同じように口話が滑らかに動き、声がよく
出ています。手話に力が入ると、声がトーンダウンします。
生まれつきのろうで口話があまりできないにもかかわらず、手話と日本語文章力が
素晴らしい人がいましたが、あとで聞くと地方のろう学校出身で、本を多く読んで
努力して日本語をおぼえたとのことでした。
先に独力で大学を卒業した難聴者で、全日ろう連の幹部になった人の例を書きました
が、あの時代は今のような情報保障(手話通訳・ノートティク)がなかったので、
すごくえらいことだと感心したものです。
「全国ろうあ青年研究討論会」に参加したときに、分科会で私が書いた研究論文を
発表することになっていましたが、座長が時間を気にして省略しようとしました。
大阪の人が「石川は田舎だから、発表させてあげるべきだ」といってくれたので、
発表させてもらえました。
大阪の人にお礼をいいましたが、あとで「田舎」という言葉がずっと頭の中で
ひっかかりました。田舎に対する配慮とも差別とも受け取れるので、何とも複雑
な思いでした。
たしかに、京都・大阪・東京の大都市圏から見たら、北陸の石川は田舎といえる
かもしれません。田舎という言葉は地域的な意味のほかに「情報がおくれている」
という意味がこめられているようです。
大都市圏から離れすぎているから、情報がおくれるのはしかたがないことです。
しかし、そのまま「田舎だから」といわれるのは悔しいので、全日本ろうあ連盟の
新聞や本を読んだり、会議に出たりして、情報のおくれを挽回しようとしました。
この努力で、自分の発言が最高幹部の目にとまって、かわいがってもらったときは
うれしかったでした。
仕事や家庭の事情などで、長く活動から離れたブランク(空白期間)がありましたが、
今はインターネットのおかげで必要な情報がすぐに入手できるので「田舎だから」と
いわれることがなく、逆に相手が「田舎なのによく知っている」とびっくりします。
また、うちの会社でも「聞こえないのによく知っている」とびっくりします。
インターネットはまさに「情報の玉手箱」です。
先に、北陸地区ろう学校親善体育大会で、富山・長岡・新潟の各ろう学校の生徒会長と
知り合い、後にかけがえのない旧友になったことを書きましたが、それ以上に驚いた
ことは、20代の初めにろう協の役員になってから、京都で開かれた「第1回全国ろうあ
青年研究討論会」に参加したときでした。
京都府ろうあ協会の主催、全日本ろうあ連盟の後援で開かれた討論会に全国各地から
青年が300名以上集まってきました。
北陸地区からは石川県の3名だけで、それ以外は全く顔も名前も知らない人ばかりで
同行の先輩についていくのがやっとでした。
開会式や討論会の分科会で、口話と手話が見事に一致した「日本語対応手話」を見せ
つけられて、すごい秀才ぞろいで討論の輪に入っていけず、ただびっくりして眺める
ばかりでした。
地元に帰って、ろう協の報告会で「参加してびっくりした、自分は『井の中の蛙』
だった」と率直な感想を述べると、同行した先輩にほめてくれました。
今思うと、あの時代はろう学校の全盛で、インテがまだ少なかったでしたが、東京・
京都・大阪の大都市圏に独力で大学を卒業した秀才が何人も出てきました。
これらの秀才たちは、後に全日本ろうあ連盟の最高幹部となって、運動の歴史に残る
活躍をしましたが、あとで聞くと6歳以降に聴力を失った難聴者が多かったでした。
6歳以前に言語(日本語)を獲得しているとはいえ、ろう学校であきたらずに独力で
大学を卒業したことは、私にとって強いカルチャーショックになりました。
たまをさん、いらっしゃい。
言葉が聞き取れないで、手話の方が先に母語になることはよくあることですが、
>日本語対応手話と口話で会話をしています。簡単な言葉なら読話も慣れて来ました。
といいますと、口話(日本語)が母語になっているかもしれません。
インテを考える場合は、日本語できちんと言葉を話せるか、読み書きができるかどうかが
ポイントになると思います。
小学校入学までに、日本語ができていなければ、インテはおすすめできません。
もし日本語の心配がなくて、インテを決心された場合でも、ろう学校へ時々遊びに行く
ようにすることが、難聴児の「心」をバランスよく育てるものと思います。
ろう者弁護士で有名な松本晶行先生は、インテしながら土日の休みに、よくろう学校へ
遊びに行って「心」を癒していたそうです。
初めての書き込みです。よろしくお願いします。
私の息子は今聾学校に通っています。両耳とも115デシベルの感音性難聴です。
大きな声や音は聞こえます。言葉は聞き取れないと思います。
私と主人は健聴です。ですので,本当は口話で育てたかったのですが,落ち着きの無い子で手話の方が先に母語になっていきました。今は,日本語対応手話と口話で会話をしています。簡単な言葉なら読話も慣れて来ました。周りにデフファミリーが多く,子供たちの会話も殆ど手話になっています。そこで,インテが頭をよぎるようになり,インテをしている方からも勧められ,考えるようになりました。ただ,インテも難聴児の全てに良い結果が出る訳ではないので,二の足を踏んでしまいます。
日本のろう教育のさきがけをつくった人は「長州5傑」のひとり山尾庸三で、
イギリスに留学したときに、造船所で働くろう者を見たのが始まりです。
-------------------------------------------------------------------------------
[1] 山尾庸三:1837〜1917. 長州藩士の子として生れ、急進的な攘夷の行動にも加わる。
文久3(1863)年、井上馨、伊藤博文ら5人で、国禁を冒してイギリスに渡り、工学・
造船技術等を修得した。実習先のグラスゴーの造船所で、指話などを使って働いている
聾者を実際に見るなどして、イギリスの盲聾唖教育にも感銘を受けた。
維新直後に帰国して、明治政府の工部省に入り、工学頭、工部卿となって、工業技術の
導入や技術者の養成に努めた。一方、イギリスで実見した盲聾唖教育を踏まえて、列強
に引けを取らないような盲聾唖教育を確立すべく、その推進に尽力した。
楽善会訓盲院の設立にもかかわり、さらにその後、この学校が経営困難に陥ると、楽善
会会長として、文部省への移管に努め、明治18(1885)年官立東京盲唖学校として、日本
の指導的な盲聾唖教育機関とした。
------------------------------------------------------------------------------
以下、歴史に興味がある方は下のリンクでご覧下さい。
山尾庸三の写真は、http://wownets.net/yamasa/top.htm でご覧下さい。
ろう学校の交流試合で、生徒会長のあいさつは口話だけですから、よほど読話能力
がなければ、話していることはほとんど理解できませんでした。
試合の合間に各校の生徒会長に会って雑談するときは、口話といっしょに手話を
つけながら話してくれるので、かなりレベルの高い話題になりました。
氏名・住所を書いたメモを交換して、文通しましたが、いずれも日本語の文章力
は素晴らしいものでした。中には、大学進学を夢みた人もいて、いい刺激になり
ました。
口話は、日本語の音韻構造によく合っていますから、口話に優れた生徒は日本語
の文章力にも優れ、高い知能をもっていました。また手話も使っていましたから
同じ仲間から外れることなく、社会性とリーダーシップを持ち、ろう者組織の
役員として活躍する人が多くいました。
今も彼らに会うと、お互いに「かけがえのない旧友」として、手をあげて再会を
喜び、握手するたびに人間的な温かみと幸せを感じます。
私がろう学校の高等部1年のときに、初めて県外のろう学校と交流試合をしました。
場所はとなりの福井ろう学校で、校長は元石川ろう学校の教頭をつとめた石黒先生で
口話教育の熱心な推進で有名な先生でした。
交流試合は、男子ソフトボール・女子バレーボール・男女卓球で行なわれました。
福井ろう学校は、グラウンド(運動場)が石川ろう学校の倍以上も広くて、とても
うらやましく思いました。
試合の前に、両校の生徒代表があいさつをするのですが、福井ろう学校のほうが
口話が上手に感じられました。
試合の結果はいずれも、福井ろう学校が勝ち、石川ろう学校のレベルが低かった
ことを思い知らされました。あとで聞くと、福井ろう学校は京都へ遠征試合をして
レベルを上げていたようです。
次の年(2年生)は、石川ろう学校で「北陸地区ろう学校親善体育大会」が開かれ
富山・新潟・長岡の各ろう学校を迎えて、4校で野球・バレーボール・卓球の試合
が行なわれました。
野球だけは、石川ろう学校が不参加でしたが、それは運動場がせま過ぎて野球が
できなかったからで、男子生徒はくやしく思いました。
大会の前日夜に、金沢市内の寺で「前夜祭」がありました。ろう学校でなくて寺と
いうのは不思議ですが、寺は県外校の宿泊にあてられていたようでした。
この「前夜祭」で、私が司会に立ちましたが、口話で無事にこなして、あとで先生
たちにほめてもらいました。
大会の結果は、いずれも石川ろう学校の完敗で、体育後進校を思い知らされました。
さらに次の年(3年生)は、長岡ろう学校に遠征で、初めて野球試合に参加しました。
第一試合で富山ろう学校に勝ち、第二試合で新潟ろう学校に負けましたが、4校の
トーナメントで準優勝になって、大喜びでした。
この大会前の前夜祭は、長岡ろう学校の体育館で開かれ、私は石川ろう学校の生徒
会長として挨拶に立ちました。前年の司会に続いて2回目なので、各ろう学校の生徒
会長をはじめ多くの知り合いができ、社会に出てからも長い交流が続きました。
この3年間の交流試合で感じたことは、まず口話ができること・そしてスポーツが
できることが羨望と人気の的で、口話・学力・スポーツ・ハンサムの4拍子そろった
男生徒は、女生徒にすごい人気がありました。
今のろう学校は、口話よりも手話のほうが羨望と人気の的になっているようで、本当
に残念と思います。
先のリンクで「障害児教育」の文章中に
>手話が得意な子が、ほとんど使えない子を見下すような面が見られた。
とありましたが、少し前に書いたように、ろう学校で小学部低学年の「手話の
天才児」がクラスのボスとなって、手話が使えない子どもを見下して、子分の
ように手話で「おい!じゃまだ!」「あれを持ってこい!」と乱暴な調子で
指示・命令することも珍しくありません。
先生が教室に入ってくると、サッとみんなおとなしくなるので、先生は子ども
たちの本当の姿が見えません。
ろう学校にいる間は、手話が強力なコミュニケーション手段になりますが、
卒業して社会に出ると、周囲は聞こえる人ばかりで手話が通用しません。
またクラス生がバラバラになるので、FAXや携帯メールで連絡をとるために
日本語が強力なコミュニケーション手段になります。
「ろう学校でまじめに勉強すればよかった」と悔やんでも、あとの祭りです。
ろう者のコミュティ(ろう協会・同窓会・同好会など)は、人数が多いうえに
先輩後輩のタテ構図がはっきりしているので、若い者がちょっと生意気なこと
をいうと、すぐにたたかれます。
また同じ手話でも、日本語ができない手話と日本語ができる手話の違いは歴然で
日本語ができるほうが情報収集力と表現力が圧倒的に有利で「見込みがある」と
たちまち先輩と周囲に注目されます。
ろう学校で「手話の天才児」といわれた子どもが、社会に出て日本語がまともに
できなければ、相手にされません。
ですから、手話を先におぼえてはいけない、日本語を先におぼえなさい、手話で
日本語を教えるムダなことはやめなさい、といつも警告しています。
2003/09/08 [第52回読売教育賞から](7)障害児教育
◇「子どもの表現で教材文を作成し、言語指導をする試み」 神奈川県立平塚ろう学校
佐渡雅人教諭
◆絵を介し表現力高める
平塚ろう学校小学部二年一組の一日は、児童たちが描いた絵日記の発表から始まる。
美容院で髪を切ってもらった時のことを、口を大きく開き、身ぶりをつけて懸命に伝え
ようとする女子児童に、佐渡(さわたり)雅人教諭(44)が助け舟を出した。「髪を、
ドライヤーで、乾かして、終わりました」。声を合わせて繰り返しながら、女の子は、
はじけるような笑顔を見せた。
聴覚障害者のコミュニケーションの手段は手話が一般的だが、わずかながら聴力が
あって発話できる子や、相手の口の動きを読む子、言葉で表現しきれない部分をジェス
チャーで補う子もいる。子どもたちが身につけているコミュニケーションの方法や能力
はまさに千差万別だ。
------------------------------------------------------------------------------
以下、くわしい情報は下のリンクでご覧下さい。http://www.yomiuri-you.com/you_c/possibility/news/human/human_030908.html