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 1942年4月



 日本帝国軍がアメリカ西海岸に上陸して1ヶ月、日本帝国軍はカリフォルニア、オレゴン、ワシントンの3州を占領した後に進軍を停止し、破壊した航空施設や軍港など軍事施設の修復や改修を行なっていた。
 てっきりこのまま東部を目指して内陸部へと侵攻するとばかり思っていたアメリカ政府や国民は、とりあえず日本帝国軍の侵攻が停止した事にホッとしていたが、同時に、何を企んでいるのかと不安にもなっていた。



「日本帝国軍は何を考えているのだ?」

 ルーズベルトもその1人であった。

「…分かりません。常識的に考えれば補給線などが限界に達した故の進軍停止でしょうが……日本帝国の国力や戦力を考えるに、それは無いかと…」
「…だろうな……何しろ中国戦線が終結し、我が国一国だけに集中出来るようになったからな…」

 同盟国である中国の降伏の知らせは勿論アメリカにも届いていたが、アメリカ人の反応は微妙だった。何しろ今までロクに役に立った事が無い所か、上海大虐殺によってアメリカ租界に住むアメリカ人のほとんどを中国人や中国軍が虐殺したのだから、良い印象を抱いている筈が無い。同盟国にも関わらず、アメリカ国内では中国はほとんど敵国扱いであり、中華系移民は弾圧の対象である。
 中国が降伏し、領土の大半を日本帝国に割譲された事を聞いた時も、落胆よりも歓喜の声を上げた者も大勢いた。中には「何故中国人を皆殺しにしない」と日本帝国軍を非難するアメリカ人もいた程だ。

「…中国に向けていた膨大な数の爆撃機が、次はアメリカを襲うのだろうと警戒していたにも関わらず、日本帝国軍は西部3州を占領してからはピタリと攻勢を停止した……あの国は何を考えているんだ?」

 中国降伏後、アメリカも中国同様に各地が絨毯爆撃に遭うとばかりルーズベルトは考えていたため、西海岸に近いネヴァダやアリゾナ、アイダホ、モンタナなどの西部や内陸部緒州の国民に対し、東部への避難命令を出していた。
 突然の避難命令に国民も不満に思ってはいたが、中国戦線において日本帝国軍が軍事施設や都市部に限らず、人口が希薄な農村部にさえ徹底的な絨毯爆撃を仕掛けていた事は知れ渡っていたため、仕方なく連邦政府に従い、比較的安全と思われるミシシッピ川以東へと避難した。
 しかし、何時まで経っても日本帝国軍が内陸部への爆撃を開始しないため、故郷への帰還を希望する国民が日に日に増えていた。

「…恐らくは、日本帝国政府は現状での停戦を考えているのでしょう。何しろ中国から広大な領土を獲得しましたから、開戦時と比べて我が国と戦争を続ける余裕は無い筈です。
 その証拠に、再び日本帝国政府からの講和要求が届いています」
「…今回の講和条件は?」
「前回の条件にプラスして、現在日本帝国軍が占領しているオレゴンとワシントン、それにネヴァダの3州の割譲と、パナマ運河の譲渡も求めています」
「…3州はともかく、パナマ運河までもか…」

 既に何度も述べたが、アメリカにとってパナマ運河の存在は大きい。何しろパナマ運河が無ければ太平洋へ船を回すには南米をぐるりと回るホーン岬経由しかなく、パナマ運河に比べれば倍以上もの距離と燃料が必要になるため、必然的に運賃も上がる。
 まぁ……もしもこの講和を結んだなら、アジア利権や太平洋の領土は全て日本帝国のモノになるのだから、アメリカ船が太平洋に出る必要性は激減するが。

「……状況的には、日本帝国と講和を結ぶのも悪くは無い…。完全に敗戦となるが、日本帝国軍と我が軍の兵器レベルを考えれば現状での戦線の巻き返しは絶望的。大西洋や南米で訓練中の新型戦艦が戦力化出来た所で…あの忌々しいロケット攻撃に耐えられるとも思えん…」

 ルーズベルトがここまで弱気になるのも無理は無かった。開戦からアメリカ軍は日本帝国軍に良いようにやられ、一度も勝利らしい勝利が無い。
 今でもアメリカ全土の工場群では兵器を大量に生産こそしているものの、日本帝国軍の兵器に全く敵っていない。戦車戦では、アメリカ軍のM4中戦車は日本帝国軍の2式戦車(T-55)に完膚なきまでに敗北し、航空機戦でも、アメリカ軍のレシプロ戦闘機達は日本帝国軍のジェット戦闘機に叩き落とされる。歩兵戦においても、アメリカ軍はM1ガーランドやカービンで奮戦するも、日本帝国軍の40式小銃(AKM)の掃射によって駆逐されている。
 国民は日に日に講和の機運が高くなっていて、ホワイトハウスの近くでは頻繁に反戦デモが起きている。
 これほどの事が重なれば誰だって弱気にもなるだろう。だが……そう簡単に頷く事も出来なかった。

「しかし……今講和を結べばアジア方面の権益は一切無くなり、アメリカの凋落は避けられない。更には今後は日本帝国に逆らう事など不可能になり、もし日本製品に対する関税の撤廃でもさせられれば……モンゴルのように何もかもを日本帝国に支配されるだろう…」

 現在、アメリカは勿論、世界各国の国々が自国の産業保護のため、日本製品に対して高額な関税をかけている。これのおかげで高品質な日本製品は富裕層などの金持ちにしか買えない価格になっているため、自国産業にダメージはあまりない。
 しかし、もしここで日本製品に対する関税をゼロにしてしまえば、高品質の日本製品が手軽に買える価格で大量に流入するようになり、アメリカ産業は崩壊する。自国の産業がほぼ無かったモンゴルに比べればまだマシだろうが、それでも高品質低価格の日本製品が市場を席巻する事は避けられない。



「…原子爆弾の開発はまだなのかね?」

 ルーズベルトにとって、唯一の希望が原爆だった。原爆が完成して日本帝国軍にそれなりのダメージさえ与えられたなら、後の講和会議においてもそれなりに優位に交渉を進められる。

「…残念ながら。幸いにも日本帝国軍の侵攻が停止したおかげで移設による研究の遅れこそありませんでしたが…それでも開発には後2年はかかるとの事です…」
「クソッ! それでは全然時間が足りんっ、2年も待てば日本帝国軍が侵攻を再開するだろう。
 …ならば東西から挟撃するためにソ連を参戦させられないか?」
「…無理でしょうね。現在ソ連はドイツとの戦争の真っ最中ですが…戦況は思わしくありません。むしろ援軍を求められるかと…」

 史実に比べてソ連軍の兵器レベルは進歩し、更にはシベリアという逃げ場が無い背水の陣なので将兵の士気も高いのだが、ドイツ軍に押されていた。何しろこの世界では日本帝国が三国同盟を結んでいないのでアメリカは対独参戦しておらず、ドイツを阻む者がいない。緒戦こそソ連軍も粘ってはいたのだが、徐々に押されて劣勢になり、今では首都モスクワが陥落しかねない程だった。
 スターリンは最早形振り構っていられなくなり、女性や老人は勿論、子供までもを積極的に徴兵するよう命じていた。
 しかし、兵士は増やす事は出来ても、小銃や軍服、軍需品の生産は全く追い付いていなかった。史実でも小銃の生産が追い付かなく、二人一組に1丁しか支給されない事もあったが、シベリアが無いこの世界のソ連では三人一組に1丁、悪い時には四人一組に1丁しか支給されなく、足りない分は敵から奪うしかなかった。
 小銃だけではなく、徴兵されたばかりの新兵達は軍服すらロクに与えられないので私服のまま戦わなければいけなく、更には武器の支給もほとんど無いので自分達で調達しなくてはいけないため、大半が自宅から持って来た包丁やナイフ、猟銃といった武器しかなく、民兵以下の水準でしかなかった。
 史実同様にレンドリースはあるものの、アメリカは本国向けの軍需品生産で一杯一杯なため、他国向けの軍需品の生産をする余裕など無かった。

「…イギリスも同様にドイツとの戦争中だから対日参戦は望めなく、フランスは亡命政権でしかないので論外……希望はないのか?」
「………」

 唯一の希望である原爆開発はまだまだ先で、頼りになる味方もいない。
 ……いや、仮にいたとしても、対日参戦してくれる望みは限りなく薄い。日米戦は圧倒的に日本帝国が優位であり、このままいけば確実に日本帝国が勝つ。オマケに日本帝国はまだまだ戦力に余裕があり、その気になれば列強諸国全てを相手にしても負ける事は無いだろう。……こんな状況では日本帝国をあからさまに敵視しているソ連でさえ、日本帝国に戦争など仕掛けないだろう。



 客観的に見れば完全にアメリカの敗けが確定しており、一番賢い選択は早期講和を実現させて一刻も早く国力や戦力の回復に努めるべきなのだが、アメリカ史上初の対外戦争に敗けた大統領として永遠に名が残るだろう事と、白人としてのプライドからか、ルーズベルトは決断出来ないでいた。
 幾ら「日本人は異世界人なのだから例外」という風潮が広まっていたとは言え、白人達の根っこの部分では日本人も黄色猿の一種でしかなく、「神に選ばれた白人が黄色猿に膝を屈するなどしてはいけない」という、何処から来るのか分からない使命感を感じていたのだ。

 後に、この時ルーズベルトが講和に応じていたなら、後に起こる大惨事を避ける事が出来ただろう、とアメリカ人達はルーズベルトを呪うのだった。









「……アメリカ政府から講和要求に対する回答はあったか?」
「いいえ、恐らく黙殺する気なのかと」
「…そうか」

 北郷は笑う、いや、嘲笑う。ルーズベルトは自らチャンスを逃してしまったからだ。
 今まで日本帝国政府が要求していた講和条件に比べ、今回の条件はやけに軽かったにも関わらず。これがもしも普段通りの日本帝国なら、最低でもミシシッピ川以西の割譲ぐらいは求めたはずなのに、何故か今回は西部4州とパナマ運河のみ。
 このあまりの変貌振りに、当初アメリカ政府でも様々な憶測が飛び交ったのだが、最終的には「日本帝国は停戦したがっている」という自分達にとって都合の良いように解釈してしまった。……これが最後通告だったとも知らずに。

「愚かな。唯一のチャンスを自らドブに捨てるとは。…まぁ、こちらとしてもそれの方がありがたいがな。
 準備は整っているのか?」
「はっ、西海岸の航空基地の修復や滑走路の延長も無事終了し、準備は万端です」
「良し良し、では遂にお披露目といくか。
 アメリカは未だに分不相応にも自分達こそが最も優れていると勘違いしてしまっているが…それが間違いなのだと骨身に刻み込んでやろう」



 こうして、アメリカは自らの首を絞めるどころか、猛毒を飲んだ後にショットガンを口にくわえて引き金を引いた事に値する程、愚かな選択をしたのだった。









「……奴等は何を考えているのだ?」

 ルーズベルト同様に、ドイツ総統のヒトラーも日本帝国軍の進軍停止に疑問を持っていた。

「…主に航空設備の整備を行っているようなので…恐らく中国同様にアメリカにも猛爆を加えて焦土とする気なのかと…」

 空軍元帥であるゲーリングが答える。

「ふむ…確かにそれが妥当だろう……何しろ日本帝国軍は徹底的な無差別爆弾を行ってからでないと地上軍を出さない軍隊だからな」

 嘲笑しながらヒトラーは言う。
 徹底的な爆撃を加えて敵地上軍を壊滅させてから地上軍を派遣して占領するという、石橋を叩いて渡る慎重な日本帝国軍の戦略パターンはヒトラーにとっては臆病者にしか見えない。
 ……最も、日本帝国のように千機以上の大型爆撃機を湯水の如く使う国力はドイツには無いため、それに対する僻みも含まれているが…。

「それよりも…このままいけばアメリカは確実に日本帝国に敗北し、次は連合国側に参戦して我がドイツを狙いかねん。
 何とか日本帝国を枢軸国側へと参戦をさせられないかね?」
「…………わ、我が国と日本帝国の関係からして…難しいかと…」

 外務大臣であるリッベントロップは恐々と答える。
 何しろ日本帝国とドイツの関係が悪いのは、ヒトラーの著書である「我が闘争」内において、日本人を散々扱き下ろした事が原因だからだ。更にはその我が闘争の作者であるヒトラーがドイツの国家元首を務めている限り、日本帝国との友好関係などあり得なかった。

「…我が闘争の件か…」

 ヒトラー自身もその事は理解しているため、頭を抑える。
 我が闘争の執筆当時はこんな事に発展するとは思わず、ただ第一次大戦の恨みや異常なまでの発展を続ける日本帝国への恐怖から、日本人を散々に貶めてしまった。
 ヒトラー自身でさえ「まさかアレがこんなことに波及するとは」と何度も何度も悔やみ、何度かその件についての謝罪や修正を行おうとも思ったのだが、異世界人と言えど有色人種に頭を下げるなどヒトラーのプライドが許さなかった。



「…ならば日本帝国とは敵対する可能性が高いが……我がドイツ軍は日本帝国軍に勝利出来るのかね?」
「「「…………」」」

 空軍元帥であるゲーリング、海軍元帥であるレーダー、陸軍元帥であるカイテルは一様に黙りこくる。勝てる筈が無いからだ。
 日米戦を見る限り、日本帝国軍の兵器レベルは他国の2世代は先を進んでいて、今までの常識はまるで通用しない。しかし、そんな事を目の前の独裁者に言えばどんな目に遭わされるか分からないので、黙るしかない。

「…まぁ、そうだろうな…」

 普段のヒトラーならその弱気な態度に叱責しただろうが、流石に日本帝国軍相手に強気になれとは言えなかった。
 ヒトラーの目から見ても日本帝国軍の兵器レベルは異常であり、とてもではないが敵う相手ではない。自国も世界に先駆けて実用ジェット戦闘機など様々な兵器を開発していたのだが、日本帝国はほぼ全ての分野において10年は先を行っている。これではまともに戦っても勝てる筈がなかった。

「…ならば取れる手はただ1つ、日本帝国が連合国側に参戦する前に勝利するしかない。日米戦が後どれだけかかるのかは分からんが、アメリカもそう簡単に屈する筈はないから最低でも半年は保つだろう。その間にソ連を落とし、憎きイギリスを蹂躙すれば我々の勝利だ。日本帝国の出る幕は無くなる」

 原爆の有効性どころか実現性すら疑っているヒトラーは核兵器の事を考慮していないため、日本帝国軍はこのまま通常戦力でアメリカを落とすだろうから、長期戦は避けられないと判断したのだ。

「対ソ戦は何時終わる見込みなのかね?」
「…このまま行けば間もなくモスクワも陥落しますから…後2、3ヶ月程度で確実に勝利出来ます」

 カイテルの言葉にヒトラーは頷く。

「宜しい。ならば速やかにソ連を落とし、イギリスとの決戦を行う。今の内にイギリス上陸作戦の準備を整えるのだ」
「「「ハイル、ヒトラー!」」」


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