飯野賢治企画監督作品「風のリグレット」の脚本

脚本家の坂元裕二と申します。 飯野賢治さんと一緒に作ったゲームの脚本をここにアップします。 1996年、飯野さんと共に壱岐島や尾道に旅行することを経て、 書いたものです。 飯野さんは26歳で、僕は29歳でした。 飯野さんのブログにその当時のことが書かれています。 http://blog.neoteny.com/eno/archives/2008_03_post_328.html

飯野賢治企画監督作品「風のリグレット」の脚本

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風のリグレット14後半2

             ○

     

           列車が走っている。

           車内──、

           車掌のアナウンスが流れる。

     車掌の声「ご乗車誠にありがとうございます。当列車、午後五時

         四十二分に東京駅へ到着する予定となっております」

          揺れる列車の中、口々に楽しそうに話す乗客たち。

          席には、博司と泉水。

     博 司「これ手帳、さっきの娘が拾ってくれたんだ」

     泉 水「そう──読んだ?」

     博 司「ああ」

     泉 水「そう──」

     博 司「教えてくれないか、どういうことだったんだ?」

     泉 水「──彼とは野々村くんと付き合いはじめる前からなの」

     博 司「だったらどうして俺と──」

     泉 水「彼には奥さんがいるの」

     博 司「──そっか──そういうことか──」

     泉 水「何度も別れようとしたけど、ううん何度も別れたの。け

         ど結局は元に戻ってしまう。彼のところに行けばまたつ

         らくなるのはわかってて、それでも他に行くところも無

         くて──そんな時だった、野々村くん、あなたと再会し

         たのは。小学校の時同じクラスだった野々村くん。あな

         たとなら、あなたと付き合えば、きっと彼と別れられる

         って思った」

     博 司「俺はダシにされたってわけか──」

     泉 水「そう思われても仕方ないね」

     博 司「だってそうだろ?」

     泉 水「ごめん──でも信じて? はじめはそうだったかもしれ

         ないけど、だんだん、だんだん、あなたのことを好きに

         なりはじめてた」

     博 司「だったら、どうして!?」

     泉 水「彼とは別れたわ」

     博 司「──」

     泉 水「家にいたら彼からの電話があって、また元に戻っちゃう

         と思ったから、しばらく実家にいることにしたの」

     博 司「どうして俺に何も言わずに?」

     泉 水「不倫の彼と別れたいからしばらく留守にするわって言う

         の? 嘘もつきたくなかった。すっきりした形で帰った

         ら、正直に全部話して許して貰うつもりでいたの」

     博 司「そんな──」

     泉 水「ねえ、信じて、わたし、あなたのこと──」

     博 司「駆け落ちの話は?」

     泉 水「え?」

     博 司「俺が君に、十年前の駆け落ちの話をした時は?」

     泉 水「わたしじゃないわ。本当はあなたが何のことを言ってる

         のか全然わからなかったけど、そう思ってくれてるんな

         らそうしようって──あなたと彼女との思い出を盗むこ

         とにしたの」

     博 司「──」

     泉 水「あなたが一番好きなのは、思い出の中の彼女だって気付

         いたからよ」

     博 司「それは──」

     泉 水「ううん、それでも良かったの。男の人ってそういうもの

         だって知ってたから」

     博 司「──じゃあ、あの留守電は何だったんだ?」

     泉 水「留守電?」

     博 司「君が失踪してからも、何度か留守電が入ってた。俺のこ

         と、励ましてくれてたじゃないか」

     泉 水「野々村くん、わたし、あなたに電話なんかしてない」

     博 司「え──」

     泉 水「それ、わたしじゃないよ」

     博 司「そんな馬鹿な──じゃあ、あれは一体──」

     泉 水「どうして? どうしてわたしの声じゃないって気付かな

         かったの?」

     博 司「──思い込んでたんだろうな──」

     泉 水「そう──あの日、一緒に地下鉄に乗ってて、わたし、急

         に降りたでしょ?」

     博 司「ああ──何を見たんだ?」

     泉 水「見たんじゃない、聞こえたの」

     博 司「聞こえた?」

     泉 水「あの時、急に電車が揺れたでしょ。乗ってる人たちみん

         な倒れそうになって、あなたも後ろにいた人にぶつかっ

         たわ」

     博 司「ああ──」

     泉 水「あなた、ぶつかった人に、ごめんなさいって言って。そ

         の人、いえってひと言だけ言ったの。野々村くん、あの

         時あなたがぶつかった人が、そうだったのよ──」

     博 司「え──君の?」

     泉 水「勿論彼もわたしに気付いてなかったし、ただ偶然乗り合

         わせただけよ。だけどね、わたし、すぐにわかったの。

         彼がこの電車に乗ってるんだって。いえってひと言で、

         すぐに彼の声だってわかった。彼だってわかったの」

     博 司「──」

     泉 水「ひとの思いの差って、そういうところに出るね」

     博 司「そうかもしれない──」

     泉 水「──やっぱり駄目みたいね、わたしたち」

           ため息をつく泉水。

     泉 水「だけど、これだけは信じて? あなたのこと、好きにな

         りはじめてたのは本当よ」

     博 司「──」

     泉 水「だってあなたが初恋の男の子だったから」

     博 司「──」

     泉 水「小学校の頃、ほとんど話したことなかったけど、ずっと

         あなたのことが好きだった。遅刻して誰もいない校庭を

         走っているあなたを、いつも窓際の席から見てた」

     博 司「俺もそうだった。いつも泉水のことを見てた。それは確

         かなことなんだ」

     泉 水「あの頃どちらかが勇気を出して声をかけてたら、あの娘

         が転校してくる前に声をかけてたら、わたしたち、もっ

         と違ってたかもね。もっと早く、別の出会い方をして、

         別の付き合い方をして──ううん、やっぱり同じことか

         な」

     博 司「ああ」

     泉 水「初恋は初恋でしかないものね」

     博 司「ああ」

     博司(M)「そのひと言を最後に、東京に着くまで僕らは何も話

         さなかったし、それ以上話せるようなこともなかった」

           列車が駅に到着し、構内アナウンスが「東京~」と

           流れる。

     泉水の声「さようなら」

     

風のリグレット14後半1

             ○

     

           通りを歩いてくる博司と菜々。

     菜 々「ねえ、見て」

     博 司「うん?」

     菜 々「空」

     博 司「うん?」

     菜 々「虹」

     博 司「ほんとだ──」

     菜 々「何かいいことあるかもね」

     博 司「ああ、きっといいことあるよ」

           列車の出て行く音が聞こえる。

           踏切の音が聞こえる。

           駅である。

           歩いてくる博司と菜々。

           駅員に声をかける博司。

     博 司「すいません、東京行くには何時の列車になりますか?」

     駅 員「十時五分ですね。成瀬駅まで行っていただいて、そこか

         ら乗り換えることになります」

     博 司「どうも」

           博司、菜々に、

     博 司「ちょっと早く来すぎたかな」

     菜 々「いいじゃない、そこのベンチで待ってよ?」

     博 司「ああ」

     菜 々「そうだ、お腹すいたでしょ? そこのスーパーで買い物

         行ってくるよ」

     博 司「じゃあ俺も──」

     菜 々「いいよ、ここにいて。何食べたい?」

     博 司「果物とかおにぎりとかそういうのでいいよ」

     菜 々「OK」

           席を立つと、行く菜々。

     菜 々「ねえ、野々村くん」

     博 司「うん?」

     菜 々「呼んでみただけ」

     博 司「馬鹿」

     菜 々「(微笑う)」

           駆けだしていく菜々。

     博 司「(微笑う)」

           蝉が静かに鳴いている。

     博司(M)「台風が立ち去り、十年ぶりの謎々が解けてしまうと、

         途端に町の風景が平和に見えた。おだやかな夏の中、線

         路が長く続いている。駅舎の瓦屋根の一枚一枚を数えて

         みたくなる。東京に帰ったら、菜々を色んなところに連

         れて行ってあげよう。僕はそんなようなことを、うとう

         とと考えていた」

           欠伸が出る──、

           ふいに、背後から女の声がする。

     女の声「野々村くん」

     博 司「え──?」

     博司(M)「僕を呼ぶ声がした。僕は振り返った。一人の女がそ

         こに立っていた──」

     博 司「泉水──どうして──?」

     泉 水「ずっと実家に戻ってたの。さっき、園川くんから聞いた

         から、あなたがこの町に帰って来てるって──(と、涙

         声)」

     博 司「泉水? 泣いてるのか──?」

     泉 水「わたし──わたし──!」

           駆けだす泉水。

     博司(M)「泉水が真っ直ぐ僕の胸に飛び込んできた。きっと他

         人から見れば、駅で再会した恋人同士のように見えたこ

         とだろう──いや、つい昨日までなら実際にそうだった

         し、何よりそれが僕が一番望んだことだった」

     泉 水「ごめんね──ごめんね──(と、泣いている)」

     博 司「泉水──」

            激しく沸き起こる蝉の鳴き声。

            ふいに、何か物音がする。

            蝉の声が途切れる。

            何かが地面に落ちた。

     博司(M)「振り返ると、地面に落ちたスーパーの袋から、こぼ

         れたりんごが僕の足元に転がってきた。綺麗な真っ赤な

         りんご。僕を見ているのか見ていないのか、菜々はただ

         ただ地面に落ちたおにぎりを袋に戻そうとした。菜々、

         そんなことしなくていいんだ、いいんだよ、勘違いする

         なよ、僕は何も──」

           駆けだす菜々。

     博 司「菜々!」

           追いかけようとする博司。

     泉 水「野々村くん!」

           泉水の声に臆し、一瞬立ち止まる博司。

     博 司「──あとで話そう」

           再び走り、菜々を追う博司。

     

              ○

     

           海岸。

           駆けてくる菜々、追いかけてくる博司。

     博 司「待てよ!」

     菜 々「待たない!」

     博 司「待てったら!」

     菜 々「離して!」

           博司に引き止められ、止まる二人。

           息が荒い。

           寄せては返す波の音。

           淡々と流れる時間。

     博 司「──菜々?」

           黙っている菜々。

     博 司「俺は──」

     菜 々「おめでとう」

           明るく言った。

     菜 々「良かったね。彼女、見つかってさ」

     博 司「違うんだ」

     菜 々「頑張った甲斐があったね」

     博 司「そんなんじゃないよ、誤解だよ」

     菜 々「誤解だよ、だって。安っぽい言葉。浮気した男が彼女に

         言ってるみたい」

     博 司「なあ、聞いてくれよ」

     菜 々「何をよ。おかしいよ、わたしに何を話すのよ、素直に喜

         びなよ? 彼女、戻って来てくれたんだから。あんな手

         帳なんか見なかったことにしてさ、ね?」

     博 司「──」

     菜 々「わたしとも会わなかったことにしてさ、ね?」

     博 司「──」

     菜 々「彼女のところに戻りなよ。そのためにこんなとこまで来

         たんでしょ?」

     博 司「──」

     菜 々「どうせわたしなんかじゃ就職のお世話だって出来ないし

         さ?」

     博 司「そんなこと関係ないよ」

     菜 々「今度こそ! 今度こそ、ぎゅって捕まえて、彼女のこと

         離しちゃ駄目よ?」

     博 司「僕はちゃんと君と──」

     菜 々「何がちゃんとよ?」

     博 司「だから──」

     菜 々「勘違いしないで?(と、冷たく言う)」

     博 司「え──」

     菜 々「それこそ誤解よ。わたし、別に君とちゃんととか、そん

         な風に考えてなかったんだから」

     博 司「どういうことだよ──?」

     菜 々「からかってただけよ? だって君、純情だしさ、好きと

         か言うと、本気にしてさ、面白かったんだもん」

     博 司「冗談だろ?」

     菜 々「そう、全部冗談だったの。あーあ、笑っちゃうなあ」

     博 司「菜々──」

     菜 々「──どうしたのよ? 何でそんな悲しそうな顔するの?」

     博 司「俺は本気だったから。冗談なんかじゃなかったから」

     菜 々「──あ、そう。それは良かったね」

     博 司「菜々!」

     菜 々「わかったでしょ? わたしはそういうことなの。だから

         早く──早く行って!」

     博 司「菜々!」

     菜 々「行って!」

           動かない博司。

           深く深呼吸をする菜々。

     菜 々「じゃあわたしが行くわ。じゃ、ね」

           歩きだす菜々。

     博司(M)「そう言って菜々は小さく微笑むと、背を向けた。僕

         はただ、滲んで行く風景の中で菜々の後姿を見送ってい

         た。僕のハンカチはひどくくしゃくしゃで、しわを伸ば

         してる間に、彼女の目から涙が落ちてしまった」

           海鳥が激しく鳴いている。

     

 

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