こちらでダウンロード出来ます。
http://u6.getuploader.com/kohta/download/645/realsound.html
予備
http://u6.getuploader.com/kohta/download/646/realsound.html
脚本家の坂元裕二と申します。 飯野賢治さんと一緒に作ったゲームの脚本をここにアップします。 1996年、飯野さんと共に壱岐島や尾道に旅行することを経て、 書いたものです。 飯野さんは26歳で、僕は29歳でした。 飯野さんのブログにその当時のことが書かれています。 http://blog.neoteny.com/eno/archives/2008_03_post_328.html
○
列車が走っている。
車内──、
車掌のアナウンスが流れる。
車掌の声「ご乗車誠にありがとうございます。当列車、午後五時
四十二分に東京駅へ到着する予定となっております」
揺れる列車の中、口々に楽しそうに話す乗客たち。
席には、博司と泉水。
博 司「これ手帳、さっきの娘が拾ってくれたんだ」
泉 水「そう──読んだ?」
博 司「ああ」
泉 水「そう──」
博 司「教えてくれないか、どういうことだったんだ?」
泉 水「──彼とは野々村くんと付き合いはじめる前からなの」
博 司「だったらどうして俺と──」
泉 水「彼には奥さんがいるの」
博 司「──そっか──そういうことか──」
泉 水「何度も別れようとしたけど、ううん何度も別れたの。け
ど結局は元に戻ってしまう。彼のところに行けばまたつ
らくなるのはわかってて、それでも他に行くところも無
くて──そんな時だった、野々村くん、あなたと再会し
たのは。小学校の時同じクラスだった野々村くん。あな
たとなら、あなたと付き合えば、きっと彼と別れられる
って思った」
博 司「俺はダシにされたってわけか──」
泉 水「そう思われても仕方ないね」
博 司「だってそうだろ?」
泉 水「ごめん──でも信じて? はじめはそうだったかもしれ
ないけど、だんだん、だんだん、あなたのことを好きに
なりはじめてた」
博 司「だったら、どうして!?」
泉 水「彼とは別れたわ」
博 司「──」
泉 水「家にいたら彼からの電話があって、また元に戻っちゃう
と思ったから、しばらく実家にいることにしたの」
博 司「どうして俺に何も言わずに?」
泉 水「不倫の彼と別れたいからしばらく留守にするわって言う
の? 嘘もつきたくなかった。すっきりした形で帰った
ら、正直に全部話して許して貰うつもりでいたの」
博 司「そんな──」
泉 水「ねえ、信じて、わたし、あなたのこと──」
博 司「駆け落ちの話は?」
泉 水「え?」
博 司「俺が君に、十年前の駆け落ちの話をした時は?」
泉 水「わたしじゃないわ。本当はあなたが何のことを言ってる
のか全然わからなかったけど、そう思ってくれてるんな
らそうしようって──あなたと彼女との思い出を盗むこ
とにしたの」
博 司「──」
泉 水「あなたが一番好きなのは、思い出の中の彼女だって気付
いたからよ」
博 司「それは──」
泉 水「ううん、それでも良かったの。男の人ってそういうもの
だって知ってたから」
博 司「──じゃあ、あの留守電は何だったんだ?」
泉 水「留守電?」
博 司「君が失踪してからも、何度か留守電が入ってた。俺のこ
と、励ましてくれてたじゃないか」
泉 水「野々村くん、わたし、あなたに電話なんかしてない」
博 司「え──」
泉 水「それ、わたしじゃないよ」
博 司「そんな馬鹿な──じゃあ、あれは一体──」
泉 水「どうして? どうしてわたしの声じゃないって気付かな
かったの?」
博 司「──思い込んでたんだろうな──」
泉 水「そう──あの日、一緒に地下鉄に乗ってて、わたし、急
に降りたでしょ?」
博 司「ああ──何を見たんだ?」
泉 水「見たんじゃない、聞こえたの」
博 司「聞こえた?」
泉 水「あの時、急に電車が揺れたでしょ。乗ってる人たちみん
な倒れそうになって、あなたも後ろにいた人にぶつかっ
たわ」
博 司「ああ──」
泉 水「あなた、ぶつかった人に、ごめんなさいって言って。そ
の人、いえってひと言だけ言ったの。野々村くん、あの
時あなたがぶつかった人が、そうだったのよ──」
博 司「え──君の?」
泉 水「勿論彼もわたしに気付いてなかったし、ただ偶然乗り合
わせただけよ。だけどね、わたし、すぐにわかったの。
彼がこの電車に乗ってるんだって。いえってひと言で、
すぐに彼の声だってわかった。彼だってわかったの」
博 司「──」
泉 水「ひとの思いの差って、そういうところに出るね」
博 司「そうかもしれない──」
泉 水「──やっぱり駄目みたいね、わたしたち」
ため息をつく泉水。
泉 水「だけど、これだけは信じて? あなたのこと、好きにな
りはじめてたのは本当よ」
博 司「──」
泉 水「だってあなたが初恋の男の子だったから」
博 司「──」
泉 水「小学校の頃、ほとんど話したことなかったけど、ずっと
あなたのことが好きだった。遅刻して誰もいない校庭を
走っているあなたを、いつも窓際の席から見てた」
博 司「俺もそうだった。いつも泉水のことを見てた。それは確
かなことなんだ」
泉 水「あの頃どちらかが勇気を出して声をかけてたら、あの娘
が転校してくる前に声をかけてたら、わたしたち、もっ
と違ってたかもね。もっと早く、別の出会い方をして、
別の付き合い方をして──ううん、やっぱり同じことか
な」
博 司「ああ」
泉 水「初恋は初恋でしかないものね」
博 司「ああ」
博司(M)「そのひと言を最後に、東京に着くまで僕らは何も話
さなかったし、それ以上話せるようなこともなかった」
列車が駅に到着し、構内アナウンスが「東京~」と
流れる。
泉水の声「さようなら」
○
通りを歩いてくる博司と菜々。
菜 々「ねえ、見て」
博 司「うん?」
菜 々「空」
博 司「うん?」
菜 々「虹」
博 司「ほんとだ──」
菜 々「何かいいことあるかもね」
博 司「ああ、きっといいことあるよ」
列車の出て行く音が聞こえる。
踏切の音が聞こえる。
駅である。
歩いてくる博司と菜々。
駅員に声をかける博司。
博 司「すいません、東京行くには何時の列車になりますか?」
駅 員「十時五分ですね。成瀬駅まで行っていただいて、そこか
ら乗り換えることになります」
博 司「どうも」
博司、菜々に、
博 司「ちょっと早く来すぎたかな」
菜 々「いいじゃない、そこのベンチで待ってよ?」
博 司「ああ」
菜 々「そうだ、お腹すいたでしょ? そこのスーパーで買い物
行ってくるよ」
博 司「じゃあ俺も──」
菜 々「いいよ、ここにいて。何食べたい?」
博 司「果物とかおにぎりとかそういうのでいいよ」
菜 々「OK」
席を立つと、行く菜々。
菜 々「ねえ、野々村くん」
博 司「うん?」
菜 々「呼んでみただけ」
博 司「馬鹿」
菜 々「(微笑う)」
駆けだしていく菜々。
博 司「(微笑う)」
蝉が静かに鳴いている。
博司(M)「台風が立ち去り、十年ぶりの謎々が解けてしまうと、
途端に町の風景が平和に見えた。おだやかな夏の中、線
路が長く続いている。駅舎の瓦屋根の一枚一枚を数えて
みたくなる。東京に帰ったら、菜々を色んなところに連
れて行ってあげよう。僕はそんなようなことを、うとう
とと考えていた」
欠伸が出る──、
ふいに、背後から女の声がする。
女の声「野々村くん」
博 司「え──?」
博司(M)「僕を呼ぶ声がした。僕は振り返った。一人の女がそ
こに立っていた──」
博 司「泉水──どうして──?」
泉 水「ずっと実家に戻ってたの。さっき、園川くんから聞いた
から、あなたがこの町に帰って来てるって──(と、涙
声)」
博 司「泉水? 泣いてるのか──?」
泉 水「わたし──わたし──!」
駆けだす泉水。
博司(M)「泉水が真っ直ぐ僕の胸に飛び込んできた。きっと他
人から見れば、駅で再会した恋人同士のように見えたこ
とだろう──いや、つい昨日までなら実際にそうだった
し、何よりそれが僕が一番望んだことだった」
泉 水「ごめんね──ごめんね──(と、泣いている)」
博 司「泉水──」
激しく沸き起こる蝉の鳴き声。
ふいに、何か物音がする。
蝉の声が途切れる。
何かが地面に落ちた。
博司(M)「振り返ると、地面に落ちたスーパーの袋から、こぼ
れたりんごが僕の足元に転がってきた。綺麗な真っ赤な
りんご。僕を見ているのか見ていないのか、菜々はただ
ただ地面に落ちたおにぎりを袋に戻そうとした。菜々、
そんなことしなくていいんだ、いいんだよ、勘違いする
なよ、僕は何も──」
駆けだす菜々。
博 司「菜々!」
追いかけようとする博司。
泉 水「野々村くん!」
泉水の声に臆し、一瞬立ち止まる博司。
博 司「──あとで話そう」
再び走り、菜々を追う博司。
○
海岸。
駆けてくる菜々、追いかけてくる博司。
博 司「待てよ!」
菜 々「待たない!」
博 司「待てったら!」
菜 々「離して!」
博司に引き止められ、止まる二人。
息が荒い。
寄せては返す波の音。
淡々と流れる時間。
博 司「──菜々?」
黙っている菜々。
博 司「俺は──」
菜 々「おめでとう」
明るく言った。
菜 々「良かったね。彼女、見つかってさ」
博 司「違うんだ」
菜 々「頑張った甲斐があったね」
博 司「そんなんじゃないよ、誤解だよ」
菜 々「誤解だよ、だって。安っぽい言葉。浮気した男が彼女に
言ってるみたい」
博 司「なあ、聞いてくれよ」
菜 々「何をよ。おかしいよ、わたしに何を話すのよ、素直に喜
びなよ? 彼女、戻って来てくれたんだから。あんな手
帳なんか見なかったことにしてさ、ね?」
博 司「──」
菜 々「わたしとも会わなかったことにしてさ、ね?」
博 司「──」
菜 々「彼女のところに戻りなよ。そのためにこんなとこまで来
たんでしょ?」
博 司「──」
菜 々「どうせわたしなんかじゃ就職のお世話だって出来ないし
さ?」
博 司「そんなこと関係ないよ」
菜 々「今度こそ! 今度こそ、ぎゅって捕まえて、彼女のこと
離しちゃ駄目よ?」
博 司「僕はちゃんと君と──」
菜 々「何がちゃんとよ?」
博 司「だから──」
菜 々「勘違いしないで?(と、冷たく言う)」
博 司「え──」
菜 々「それこそ誤解よ。わたし、別に君とちゃんととか、そん
な風に考えてなかったんだから」
博 司「どういうことだよ──?」
菜 々「からかってただけよ? だって君、純情だしさ、好きと
か言うと、本気にしてさ、面白かったんだもん」
博 司「冗談だろ?」
菜 々「そう、全部冗談だったの。あーあ、笑っちゃうなあ」
博 司「菜々──」
菜 々「──どうしたのよ? 何でそんな悲しそうな顔するの?」
博 司「俺は本気だったから。冗談なんかじゃなかったから」
菜 々「──あ、そう。それは良かったね」
博 司「菜々!」
菜 々「わかったでしょ? わたしはそういうことなの。だから
早く──早く行って!」
博 司「菜々!」
菜 々「行って!」
動かない博司。
深く深呼吸をする菜々。
菜 々「じゃあわたしが行くわ。じゃ、ね」
歩きだす菜々。
博司(M)「そう言って菜々は小さく微笑むと、背を向けた。僕
はただ、滲んで行く風景の中で菜々の後姿を見送ってい
た。僕のハンカチはひどくくしゃくしゃで、しわを伸ば
してる間に、彼女の目から涙が落ちてしまった」
海鳥が激しく鳴いている。