うわさと社会:ドイツ・都市伝説の真相/5止 「ヒッチハイクの女の子が車内で消えた」
毎日新聞 2013年02月22日 東京夕刊
◇どこかで聞いた普遍性
ビール好きのドイツ人。酒場は常に、口コミのうわさ話が行き交う拠点だ。都市伝説の研究家でエッセン大学のヘルムート・フィッシャー元教授(78)=文芸学=は1990年代、テープレコーダーを持ち歩いて西部ケルンの酒場などを回り、人々の会話を録音し、うわさ話の数々を収集した。その成果は「ネズミ犬−現代の伝説」という本にまとめられた。
自ら「足で稼いだ」うわさ話を分析して気付いた。実は既に「どこかで聞いたことがある」話が多いのだ。
ある酒場で、こんな会話があった。
「男性が仕事から車で帰る途中、ヒッチハイクをしている若い女の子を乗せたんだって。女の子は住所を書いた紙切れを差し出したので、男性は車を走らせた。ところがいつのまにか、車内で女の子は消えていた。男性は驚きながらも、住所の家にたどり着いた。家から出てきた女性に事情を話すと、女性はこう答えた。『それは私の娘です。半年前、ちょうどあなたが娘を乗せた場所で、交通事故で亡くなりました……』」
フィッシャー元教授は「ドイツでは既に19世紀の馬車の時代から存在する話なんです。当時は、馬車から人が消えていました」と笑う。
この話は「車社会」の米国でも有名な都市伝説だ。米国の民俗学者、ジャン・ハロルド・ブルンバン氏は著書「消えるヒッチハイカー」の中で「欧州からの移民が広めた」可能性を指摘している。
19世紀に創刊され、日本の岩波文庫のモデルにもなったドイツの老舗文庫「レクラム文庫」は、民俗学用のテキストとして03年に「都市伝説−不可思議な物語」を出版した。この中で「都市の下水で巨大なワニが増殖している」など代表的な15の伝説を紹介したが、いずれも「どこかで聞いた話」が多い。
遊園地などで「子供が消える」といううわさは、日本にもドイツにも存在する。それは「子供から目を離すな」という教訓でもある。フィッシャー元教授は言う。「人は不安を覚える話を誰かに伝えたくなるだけでなく、何気ないうわさ話の中に未来への警告も読み取ろうとする。だから多くの都市伝説は、拡大再生産され続けるんです」【ベルリン篠田航一】=おわり