がれき広域処理の反対めぐる逮捕・拘留で
憲法学者が「拷問」と告発(5)
2011年3月の東日本大震災で発生した震災がれきを全国各地で受け入れて処理する、いわゆる震災がれきの「広域処理」。現在大阪市が計画している「広域処理」に対して反対運動が続いているが、そうした反対派の逮捕が相次いでいる。2012年12月には関西の広域処理反対運動のリーダー的な存在である阪南大学准教授の下地真樹氏ら3人が逮捕された。下地氏ら2人は20日の勾留後、釈放されたが1人は起訴された。がれき広域処理の反対運動に対する弾圧との指摘もある一連の警察介入の真相に迫るとともに、今年2月から震災がれきの受け入れを本格実施した大阪市の状況を報告する。
獄中の「拷問」を告発
「これは憲法36条違反、つまり拷問です。まさか憲法学者になって36条違反を(世間に)訴えることになるとは思わなかった」
2月19日夕刻、参議院議員会館で開催された院内集会において、龍谷大学法科大学院の石埼学教授(憲法学)が告発する。院内集会は関西の反原発運動やがれき広域処理反対運動で起きた「連続不当逮捕」に抗議し、すでに起訴された6人の即時釈放を求めるものだ。
この間、2012年12月に逮捕された阪南大学経済学部・下地真樹准教授らの逮捕について報告してきたが、集会で報告された状況が深刻なため、順序を入れ替えて現状を伝えたい。
この院内集会でとくに重視されたのが、起訴された1人、象が好きでその鳴き声から「ぱおん」の愛称で反原発やがれき反対にかかわる人たちに知られる、大山裕喜子さんの処遇についてだ。石埼教授が「拷問」と評した状況とはどのようなものなのか。
大山さんは2012年11月13日午後、大阪市が計画している震災がれきの受け入れ処理(現在実施中)についての住民説明会が開催される同市此花区の此花区民ホールを訪れ、そこでほかの2人とともに逮捕された。
このとき区民ホールでは、夜に予定されていた住民説明会のための準備がおこなわれていた。大阪府警の発表によれば、大山さんら2人は「共謀のうえ、此花区でおこなわれる説明会を妨害する目的で大阪市が管理する敷地内に侵入した」という建造物侵入(刑法130条)の容疑で現行犯逮捕された。もう1人は「被疑者逮捕を妨害した」ことによる公務執行妨害(同95条)容疑である。
大阪府警の担当者はこう説明する。
「110番通報があったのは午後3時47分。3時半くらいから約20人が区民ホール1階で抗議活動をおこなっている。出ていってくれというのに従ってもらえないと110番があった。それで現場に行って、さらに4時半くらいに、再三(大阪)市の職員がホールから出ていってくれと警告をしている状況を警察でも確認して、午後5時15分以降の逮捕になった」
ところが、12月4日の大山さんら2人の起訴にあたっては、容疑が威力業務妨害(同234条)に切り替わっている。公務執行妨害容疑で逮捕された1人は処分不要とされて釈放された。
薬を勝手に変更し
「処方箋は見せない」
被疑事実や逮捕の状況をめぐっても重要なことは多いのだが、それらは改めて論じることにし、今回は勾留中の処遇のみにとどめる。
大山さんは逮捕後、布施警察署で約20日間勾留された。また起訴後は拘置所に身柄を移されており、すでに計3ヵ月以上も抑留生活を強いられている。もともとアトピー性皮膚炎やアレルギー、睡眠障害、混合性不安抑うつ障害で皮膚科と神経科の病院に通っていた大山さんは、留置場・拘置所で「ほんとにひどい対応」を受け、病状が悪化したという。そのため1月25日の勾留理由開示公判では被疑事実への反論よりも、むしろ処遇の悪さを中心に訴えたほどである。
その証言によれば、大山さんは11月上旬からリンパ腺がはれて高熱が数日間続くなど体調を崩していた。逮捕当日も「夕方くらいに少し頭が痛み、体がだるく感じたので、少し熱があるのかな」と感じていた。警察によって逮捕されたときも調子が悪く、階段に座り込んでいた。こうした体調の悪さもあったろうが、勾留中の処遇の悪さには驚かされる。公判の意見陳述で大山さんはこう明かした。
「まずアトピー、アレルギーの薬は逮捕後10日間ほど処方されず、いくら症状を訴えても何もしてもらえませんでした。ようやく出してもらった塗り薬では逆に全身がかぶれてしまい、顔がはれ、目が開かず、全身真っ赤かで、ひどい状態になりました。処方した医師は皮膚科の専門医ではありませんでした。
私と弁護士からの再三の要求で11月末に警察病院へ診察に連れて行ってもらい、そこで出た薬でようやく治まりました。初めて経験する症状でしたし、人相が変わっていましたから、さすがに留置係もやばいと思ったと思います」
勾留中の「ひどい対応」はまだ続く。
「不眠、うつの薬に関しても、こちらに断りなく一部の薬の種類を変えていました。私が飲む前に色が違っていることからわかったのですが、何を飲まされているかわからないという不安感、不信感でいっぱいになりました。こちらも何度も要求して元の薬に戻させましたが、元に戻せるならそもそもなぜ変えたのかいまだに疑問です。私に処方されている薬なのに処方箋は見せられない、渡されない、渡せないという警察の言い分の意味がいまでもまったくわかりません」
病状は「はっきりいって最悪」
こうした処遇は起訴後に拘置所に移ってからも変わらなかった。
「2日間、薬はいっさいなにも出ませんでした。おそらくストレスやうつ症状からくるものだと思いますが、食事が摂れず、眠れず、何か飲んでは吐き、めまいや幻聴があり、片方の耳が聞こえにくくなったりしました。症状があまりにもひどいので弁護士から拘置所あてに内容証明郵便を送って抗議してもらったりしました」
するとようやく薬が処方されたが、いまだ状況は良くないという。
「アトピー、アレルギー、うつの薬はもらいましたが、とても軽い薬らしく効果は薄いのです。とくにうつの薬は以前飲んでいた薬の離脱症状(薬物接種を急に止めることで起こる不快な身体的・精神的症状)のようなものが出ているので、いま現在も改善を求めていますが、変わりありません。睡眠障害の薬は一度も出ていません」
そして現在の体調を聞かれてこう答えた。
「はっきりいって最悪です。薬の副作用とか離脱症状と思われる症状と、薬が必要である症状が、ごちゃごちゃ出ています」
前出の耳が聞こえにくくなる、めまい、吐き気のほか、急に不安を感じて呼吸が荒くなる、発作的にパニックを起こし過呼吸になる過換気症候群が起こるなど、むしろ悪化している。
「一番困るのが物忘れや思考停止です。ようするに考えごとができなくなります。どうしても今日の日付を思い出せなかったり。どれも過去には一度治まった症状です。診察の申し出をしても、数週間も専門医の診察はなく、拘置所に置いてない薬はないから出せないと言われるばかりです。いままでとても長い年月をかけて主治医とともに、症状と投薬のバランスに気をつけながら治療をがんばってきたのに、ここ何年かの治療は無駄になってきている気がします」
医師も病状悪化と診断
大山さんの処遇について、19日の院内集会で石埼教授はこう批判した。集会では大山さんのことは「ぱおん」の頭文字から「P」さんとされている。
「そもそも拷問というのは不必要な精神的苦痛を与える。(大山さんは)非常に重要な薬を与えられていない相当苦しい状態です。まさに生理的な苦痛を受けている。これは憲法36条が禁止する拷問以外はない。まさか憲法学者になって、36条違反だと批判しなくてはいけない日が来るというのはびっくりですが、これは明らかに36条違反です。
救急車が必要なのに放置したとか、医学上も許されないが、憲法上も許されない。ほかのかたもふくめて、何ら勾留する理由はないと思っているが、Pさんについては、ますます悪化して、裁判になったときに自分のことを主張できないんじゃないかと危惧される。
被疑者勾留のときに、自白しないなら薬あげないよとうその自白をうながすことなんて簡単です。Pさんは捜査機関には自白してないからその問題は生じないが、これが許されるなら捜査機関が薬を与えないことで嘘の自白をさせることは容易である。これは憲法学者として絶対許されない」
大山さんの処遇による病状悪化については、接見した医師と主治医の2人がいずれも指摘し、外部での治療を求める意見書を提出している。
〈2~3時間しか眠れず、動悸が激しくなり、息苦しくなり、「死んでしまいそうな」不安、恐怖にさいなまれています。過換気状態になってしまうというパニック発作が起こっています。救急車で搬送されるような状態になっても、じっとがまんをしていないといけないという悲惨な状況が続いています〉
〈このような状態が続けば、大山さんはさらなる状態不安定を呈し、不安抗うつの増大、パニック発作の出現、睡眠障害の悪化、身体化症状の増加などを生じる可能性があります〉
拘置所や刑務所の処遇の悪さについては時おり、耳にすることがあったが、救急車で搬送されるような病状でも放置されているとは許しがたいことである。
1995年から拘置所、刑務所の処遇改善を訴えてきたNPO「監獄人権センター」の桑山亜矢さんはこう指摘する。
「大阪拘置所は関西では一番大きな拘置所で、医療設備やスタッフは重点的に配置されています。常勤の医者は8人いて、ほかと比べてハードではひけをとらない。にもかかわらず、こういう事態が起きているということは、医師不足とかではない。そうなると(大山さんの処遇が悪いのは)やはり構造的な問題になってくるのかなと思います」
眠らせない拷問
石埼教授ら6人の憲法学者はこの日、こうした大山さんに対する「憲法違反」を指摘し、保釈を求める声明を出したことを発表した。声明にはこうある。
〈私たちが、P(大山)さんの保釈を求める最大の理由は、彼女に対する逮捕留置、被疑者勾留および被告人勾留の全期間を通じて、大阪府警布施署および大阪拘置所が彼女に対して必要とされる医療を施さないことにあります。このような措置は、憲法で保障されている生命や身体の健康に対する個人の権利(日本国憲法13条)を侵害するものであり、捜査機関や検察による取り調べがこのような状況において実施されることは、日本国憲法36条が「絶対に」禁止している「拷問」に該当する疑いがきわめて強いものです。したがって、このような違法な措置が継続されることは、憲法研究者として到底見過ごすことはできません〉
声明は勾留が不要との理由も指摘している。
〈P(大山)さんは、現行犯逮捕されており、起訴の時点までに捜査機関の証拠収集等は概ねなされているものと思われ、さらに2013年1月25日の勾留理由開示公判の際には、此花区民センターにおける自らの行動を堂々と説明している以上、そもそも何ら勾留する理由はない〉
大阪府警は筆者の取材に対して、大阪市職員が当初からビデオ撮影をしていたことを明かしている。このことからも、声明による指摘には説得力がある。
ちなみに石埼教授が「非常に重要な薬」といったのは、集会では明かされなかったが、睡眠障害のための睡眠導入剤である。
大山さんの弁護を担当する小谷成美弁護士は「睡眠障害の薬はいまに至るまで一度も処方されていない」と話す。
集会後、石埼教授は改めてこう断言した。
「睡眠障害を持ったうつ病の患者にとって、睡眠導入剤が処方されないというのは『眠らせない』ということです。これはどうみても拷問です。このまま(拷問が続く状態)では自分の主張がきちんとできず、公平な裁判にならない可能性が高い。裁判を公平におこなうためにも保釈すべきです」
眠らせないという拷問は昔からあるが、ごく最近でも報告例がある。たとえば、イラクのアブグレイブ刑務所で米軍が捕虜に対して、組織的に虐待や拷問をしていたことが2004年に内部告発され、国際的に大きな問題となったが、そこでも捕虜に「眠らせない」拷問をしていたことが報告されている。国際問題となったアブグレイブ刑務所でのような拷問が日本で、いま現在も続いていることになる。
憲法36条にはこうある。
〈公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる〉
また日本は1999年6月、「拷問及びその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰を禁止する条約(拷問等禁止条約)」に加入している。よって、拷問など絶対に許されない。
20日、弁護士が大山さんの保釈請求をした。裁判所による決定は22日夜に出ることになっている。石埼教授は言う。
「このままだと国際社会からも問題になるんじゃないか」