お気づきの点ありましたら指摘いただけますでしょうか。
スマートフォンなどで見ると改行ずれたりするようですね。考えます。
脚本家の坂元裕二と申します。 飯野賢治さんと一緒に作ったゲームの脚本をここにアップします。 1996年、飯野さんと共に壱岐島や尾道に旅行することを経て、 書いたものです。 飯野さんは26歳で、僕は29歳でした。 飯野さんのブログにその当時のことが書かれています。 http://blog.neoteny.com/eno/archives/2008_03_post_328.html
○
地下鉄のホーム、電車を待っている乗客たち。
駅のアナウンスが流れている。
博司が来る。
博司(M)「人が昔を思い出して、ついつい笑顔になるのはどう
してだろう。笑顔になって、いつか涙がひとつ落ちるの
はどうしてだろう」
かすかに鳥が鳴いている。
通りすぎていく博司。
○
軽快な音楽が流れる中、コンビニで買い物をしてい
る博司。
バイトの青年がレジを打っている。
青 年「七百六十二円になります」
博 司「──」
青 年「お客さん?」
博 司「はい?」
青 年「七百六十二円になります」
金を出す博司。
博司(M)「思い出はいつもセピア色で、近づけば遠ざかる逃げ
水のように、もう二度とこの手には戻ってこない」
店を出て行く博司。
青 年「いらっしゃいませ」
鳥が鳴いている。
○
通りを歩いている博司。
傍らの車道を車が行き来している。
博司(M)「ただ、ひとつ確かなことは、この世界には、かけが
えのないものがあるということ。とりかえしのつかない
ことがあるということ」
鳥が鳴いている。
通りすぎていく博司。
○
博司(M)「果たせなかった約束が引き出しの中に、郵便受けの
中に、留守番電話の中に、ただ積もっていく。ただ降り
積もっていく」
公衆電話のテレカの返却音が鳴っている。
歩いてくる博司。
立ち止まり、電話ボックスの扉を開け、中に入って
行く。
受話器を取り、かける。
呼び出し音が鳴り、博司の留守電が出る。
留守電の声「もしもしただいま外出しております。御用の方は発
信音のあとでメッセージをお願いします」
留守電の発信音が鳴る。
留守電の声「伝言、一件です」
菜々の声「もしもし野々村くん──菜々です」
博 司「菜々──」
菜々の声「おかえりなさい。まだ家に帰って来てないのかな。わ
たしはさっき戻ってきたところです。野々村くん? 今
どうしてますか?」
博 司「君の留守電聞いてるよ」
以下、留守電の菜々の言葉に合わせ、話す博司。
菜々の声「何となく話がしたくて、電話しました。でも留守じゃ
しょうがないね」
博 司「馬鹿、もっと早く電話しろよ」
菜々の声「別に何が話したいってわけじゃないけど──ただ、な
んかさ──なんかね。なんか、なんかね──なんかさ、
話したいなって」
博 司「なんかな」
菜々の声「野々村くんってさ、歯磨き粉何使ってるのかな?」
博 司「そんなことか」
菜々の声「この間安売りでホワイト&ホワイト買い過ぎてさ、あ
あいうのって腐るのかな?」
博 司「知るかよ、そんなこと」
菜々の声「夜、何食べた?」
博 司「これからコンビニの弁当だよ」
菜々の声「風邪ひいてない?」
博 司「大丈夫」
菜々の声「卵酒飲んだ方がいいよ」
博 司「だから、ひいてないって」
菜々の声「食べ物、何が好き?」
博 司「オムライス」
菜々の声「どうせオムライスとかだろうな」
博 司「(ぷっと吹き出す)」
菜々の声「それじゃあ──」
博 司「おい、待てよ」
菜々の声「あ、そうそう、ひとつ大ニュースがあります」
博 司「何何?」
菜々の声「ライカが見つかりました。あのあと、ふらふらお散歩
してたら、見つけたんです」
博 司「良かったな」
菜々の声「実を言うと、ちょっとした大冒険があったんですよ。
屋根の上に登ったりとか、散髪屋さんに虫取り網を借り
たりとか」
博 司「(笑う)」
菜々の声「でも今は無事にわたしのポケットの中で眠ってます」
博 司「そうか──」
菜々の声「けど、またいつかどっか行ってしまうかもしれない」
博 司「大丈夫だよ」
菜々の声「その時は──ねえ、野々村くん、覚えてる? 忘れて
るだろうな。はじめて会った時のこと」
博 司「思い出したよ」
菜々の声「もし、もしもさ、この鳥がいなくなってしまったら、
そしたら野々村くん、またあの時のように──」
博 司「ああ」
菜々の声「わたしの星になってよ」
博 司「ああ、なるよ」
菜々の声「なんてね、嘘よ」
博 司「なるってば」
菜々の声「けど、もしそうなったら、わたしね、すごくわがまま
言うと思うんだ」
博 司「言っていいよ」
菜々の声「遅刻したら許さないし」
博 司「しない」
菜々の声「待ち合わせ場所にはわたしより、十分早く来て欲しい
し」
博 司「ああ、これから先、十分ずつ遅刻した十年を返すよ、だ
から──」
菜々の声「あとね、夜中に寂しい時は電話してくれる?」
博 司「飛んでいく」
菜々の声「毎日ちゃんと好きだって言って欲しいな」
博 司「──好きだ」
菜々の声「名前付けて言って欲しいな」
博 司「好きだ、菜々」
菜々の声「そんなこと言えるわけないよね」
博 司「言えるよ」
ふいにテレカ切れの発信音が鳴る。
博 司「あ──」
菜々の声「いつか、そう、また十年して、会えるといいね」
博 司「十年なんて言うなよ、今会いたいんだ」
菜々の声「それでもときどきは、電話とか」
博 司「電話じゃなくても」
菜々の声「手紙とか」
博 司「手紙じゃなくても」
菜々の声「わたしのこと」
博 司「呼び続けるよ、君の名前を呼びつづけるよ」
菜々の声「わたしね、あのね、野々村くん、君に会えて、よかっ
たって思う」
博 司「ああ、君に会えてよかった」
菜々の声「好きよ」
博 司「菜々」
菜々の声「好きです」
博 司「菜々」
菜々の声「野々村くん、好きよ」
博 司「菜々──!」
ぷつんと切れる電話。
切れた受話器からプープーとだけ鳴っている。
博 司「──俺も──菜々、俺も君のことが好きだ」
間。
受話器を置く。
かすかに鳥の鳴き声が、聞こえる。
だんだん近づいてくる。
博司、扉を開けて、出て行く。
ひとりつぶやく。
博 司「また会えるよな──」
鳥の鳴き声が大きくなる。
主題歌が入る。
余韻を残しながらも、放課後の校庭ではしゃぎ回る
子供たちの声が聞こえる。
博司(M)「僕らは歩いていく。すべては長い長いひとつの時の
流れの中にあって、どんなことも引き返すことなく、た
だ前へ前へと進んで行く。僕らは歩いていく。過去と未
来を繋ぐ線路に耳をあてながら旅を続ける」
END