言葉を奪われた青年(1) 治療するたび状態悪化
「またか!」
2012年10月30日、関東地方の大学病院。精神科病棟に入院中のタクヤさん(仮名)と対面した時、私はここ数年の精神科取材で何度も体験した憤りとやり切れなさに再び襲われた。
タクヤさんは26歳。言葉を話せない。先天的な障害ではなく、深刻な頭部外傷を負ったわけでもない。以前は家族や友人ともふつうに話していた。精神科病院で「統合失調症」と診断され、多剤大量投薬と電気ショック(電気けいれん療法)23回を受けるまでは。
2008年暮れ、私は朝刊連載・医療ルネサンスで統合失調症の深刻な誤診問題を取り上げた。以来、精神科で治療を受ければ受けるほど、状態が悪化した若者たちを数多く取材した。なぜこんなことになるのか。主治医たちの言い分は決まっている。「統合失調症が進み、重症化した」。すべて「患者の症状」のせいなのだ。こうした主治医が、自らの診断や治療を見直すことはない。患者や家族が疑問をぶつけると、意地になって自分の方針に固執したり、逆切れや開き直りを始めたりする。そして最後は、こうオチをつける。「嫌なら出て行け!」
精神科の無責任でいいかげんな「治療」が、重度の障害者を次々と作り出しているのではないか。そうした疑念は強まるばかりだ。そしてまた、タクヤさんという新たなケースに出会ってしまった。
タクヤさんは病棟スタッフに連れられ、面会室に歩いてやって来た。年齢よりも幼く見えるかわいらしい顔立ちで、やさしい目をしている。身長はすらりと高く、健康に暮らせば女性にもてるタイプだろう。だが今は、左の鼻の穴に挿入された管が痛々しい。もうずっと食事を摂れず、鼻から栄養を補給しているのだ。長期服薬の影響で、肩や首が前傾気味になっている。
「初めまして」。あいさつをすると、タクヤさんは私と目を合わせ、人懐こい笑顔を浮かべた。だが、言葉は返ってこない。同席した母親と私が過去の治療について話を始めると、彼は前傾した顔をさらにうつむかせ、悲しい顔をした。しかし、彼が慕う姉のことに話が及ぶと、再び顔をあげて目を輝かせた。そうした様子から、周囲の話はしっかり理解できていると分かる。それでも、言葉が出ない。
10分ほどの面会を終え、部屋を出る時、私は握手を求めた。彼は私の右手を両手で柔らかく包んだ。
「元気になって早く退院しようね」。彼は小さくうなずき、人懐こく笑った。
◆
統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年11月2日 読売新聞)
佐藤記者の「精神医療ルネサンス」 最新記事 一覧はこちら
- ならず者医療(5) 被害者軽視と隠蔽(2013年2月21日)
- ならず者医療(4) 「改宗」が退院の条件(2013年2月8日)
- ならず者医療(3) ゴミ箱診断(2013年1月23日)
- ならず者医療(2) 「それは拉致です」と厚労省(2013年1月16日)
- 被害者の怒り渦巻く 来年は変わるのか?(2012年12月28日)
- ならず者医療(1) 「拉致」された女性(2012年12月21日)
- 薬剤師の責任 戦う門前薬局(2012年12月4日)
- 言葉を奪われた青年(5) 医者の良識はどこへ?(2012年11月26日)
- 言葉を奪われた青年(4) 身の毛よだつ投薬(2012年11月20日)
- 言葉を奪われた青年(3) 「誤診」明かし消えた主治医(2012年11月16日)