舞台「ラビリンス」二次創作・後
『アナザー・ラビリンス』第八話
最初にやるべきことは、教会に描かれたヴァンパイア除けの魔法陣を消すことだった。
マコーレイは、内装作業を行っている者に密かに金貨を握らせて、それを消させることに成功した。
これでシュヴァルツも、再びこの広大な庭や館に自由に出入りできるようになった。
次にマコーレイは、テオドールの父親である庭師頭のグレゴリーに会い、館の中の様子を伺った。
「執事長からお話しは伺いました。……ですがマコーレイ様、どうして戻って来られたんですか? ご主人様はかなりご立腹の様子で、ライフル片手に、館の周囲を巡回なさっておいでですのに。」
「アロンソ兄さんは俺を探しているんだ。俺が戻らなかったら、この館の中で“魔女狩り”を始めるだろう」
「 “魔女狩り”ですか?」
「ああ、誰が俺に援助をしたのか、誰が共謀しているのかと、血眼になって捜しているに違いない」
「それなら尚更、マコーレイ様は安全な所に御身を隠して下さい。私たちはどうなっても構わないんです。……私は、ルクレチア様がお亡くなりになった時からずっと、お力になれなかった事を後悔して生きて来ました」
「どうしてそこまでお母様に忠誠を誓えるんだ?」
「私や執事長やコック長のオーギュストなど、このモルグ出身の者たちは、ルクレチア様に雇って戴いたんです。ルクレチア様がいらっしゃる前には、ガイウス家のお連れになったイタリア人を雇っておいででした。それを解雇して、私たちを雇い入れる事を条件に、このガイウス家に輿入れなさったんです」
「そうか……、それで納得が行った。だから貴方たちは、俺にも親切にしてくれるんだな?」
「はい。私たちはマコーレイ様に誠心誠意を尽くそうと決めたんです。そうは言っても、出来ることが少ないのが、お恥ずかしい限りですが」
「ありがとう、グレゴリー。そう思って居てくれたことに感謝する。何とかアロンソ兄さんと、話し合いをして解決策を考えるから、見守っていて欲しいんだ」
「そんな滅相もございません。感謝を申し上げるべきは私共です。マコーレイ様がいて下さったから、私たちは解雇されずに今日まで働かせて戴いているのです。感謝を申し上げるのなら、ルクレチア様に仰ってください」
「そうだな。でも、それでも……ありがとう」
自分の母が清く賢く、たくさんの人に感謝されていた事を知り、マコーレイは歓喜を感じると共に、身体の中から力が湧いてくるような感覚を感じた。
以前の担当医であるポール医師を戻して適切な治療を行えば、きっと、弟のジョヴァンニも正気に戻ってくれるに違いない。
マコーレイは、雲間に射しこむ【天使の梯子】にかかる七色の虹を見ながら、深呼吸をした。
そして、グレゴリーに“テオドールをモルグの村まで行かせて、ポール医師をお連れするように。”という伝言を託し、馬車代と治療費に充てる為の十枚の金貨を手渡した。
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「先輩、マコーレイ様は、一体どちらにいらっしゃるんでしょうか?」
見習いのホアンに声を掛けられた執事のエンリケは、厨房の片隅で午後のお茶を用意する手を止めると、窓から広大な庭園をみつめ、思い切り溜め息をつく。
「はぁ~、先代のご主人様が亡くなってからというもの、ガイウス家には色んな問題が起こってしまいましたね」
憂い顔のエンリケに対して、若い見習いは嬉々とした表情で噂話を始める。
「あの噂って本当なんすかね? ほら、この館にヴァンパイアが出入りしているっていう噂ですよ! 東の離れに居る芸術家さん達の間では、毎日ヴァンパイアの話しで持ち切りなんすよ!」
「まったく……、芸術家様方というのはつくづく暇な方々ですよね。以前はアロンソ様の恋人の座を狙うゲームが流行っていらしたとか?」
「ああ…そう言えば、三ヶ月前まで皆さん凄い勢いでアロンソ様に迫ってましたよね? そのせいか、あの方達の作品は、同性愛に関するモチーフばかりで……そうゆうの、俺にはよく分からないっす」
「作品の為に話題づくりをして、周りに宣伝したいという魂胆がバレバレですよね。そんな方々の噂話なんて、どれだけの信憑性があるんでしょうね?」
「そう言われると、ヴァンパイアなんて、居ないような気がして来るっすね。」
「ホアン、そんな無駄話をしている時間があるなら、三階の図書室の整理をとっとと終わらせて下さい」
「はぁ~い、分っかりましたぁ!」
「返事は短く、何度言ったら分かるのですか?」
「はい!」
ホアンは気だるげな顔のまま、声だけ威勢よく返事をして厨房を出て行った。
ホアンが出て行くと、無言で料理の下ごしらえをしていたコック長のオーギュストが、人払いをする。
そして彼とエンリケの二人だけになると、しわがれた声をひそめながら訊ねてきた。
「ジョヴァンニ様のご様子はどんなだ?」
「ええ、マコーレイ様がこの館を離れてから点滴の投与をやめて、貴方が作る三分粥を食べさせていますよ。まだ三日しか経っていませんから、すっかり元通りとは行きませんが、時々鼻歌を歌って、ピアノの鍵盤をひく様な素振りをなされます。」
「そうか……、音楽への情熱が少しづつ戻って来ているのなら、そのうち治るだろうさ。……だが、問題はアロンソ様だ。前のご主人様はマコーレイ様の血を用意されるのに、大勢の村人から血液を集めてはいたが、殺しまではしなかった」
「そうなんです。近頃のアロンソ様の行動は、殺す事を目的とされていらっしゃるとしか思えません。マコーレイ様はこの館から姿を消されたのに、“マコーレイが戻って来た時の為に”と仰って、三人も殺めてしまって……遺体を処理する私たちが、どれだけ苦労をしているかなんて、お分かりにならないのでしょうね」
「ああ、俺も今まで食用の肉だと言って処分して来たが、さすがに良心が咎めて来たよ。……本当にアロンソ様はどうなさったんだろうな? 東の離れに居る芸術家の中にも犠牲者が居るんだろ?」
「ええ、彼らがヴァンパイアの噂をするようになったのは、アロンソ様がご自分の殺人行為を隠す為に噂を流したからなんです。詩人のフィリップは自業自得とも言えますが、建築家のティベリオはアロンソ様とベッドを共にしたその明朝に、心臓を抉り出されておりました」
「アロンソ様は、まるで悪魔が乗り移ったみたいになっちまったんだなぁ……、マコーレイ様が無事に逃げられるといいんだが……」
「マコーレイ様には、シュヴァルツ様が付いておいでですから、恐らく大丈夫でしょう」
「だけど、ルクレチア様も守れなかったあの人が、マコーレイ様を守れる保証がどこにあるんだ?」
「二人は深い絆で結ばれた“番”なのだそうですよ。ルクレチア様でさえも“番”にはなれなかったのです。それ程に、マコーレイ様はシュヴァルツ様にとって“特別な存在”なのです」
エンリケは訳知り顔で微笑むと、淹れた紅茶をマグカップに注いでオーギュストに手渡した。
「随分と、あのヴァンパイア男爵にご執心のようだな。そのうちお前もヴァンパイアになっちまうんじゃないだろうな? アッハッハッハ!」
豪快なオーギュストの声が厨房に響きわたった。
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