舞台「ラビリンス」二次創作・後

『アナザー・ラビリンス』第六話

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明るい午後の陽ざしの中、庭園の真ん中に立つ誰かが、美しい歌声を響かせている。

その歌声の主は、弟のジョヴァンニだ。毎日陽が暮れるまで、彼は歌い続けている。

「ジョヴァンニ、歌は少し休憩して、お茶にしよう?」

「マコーレイ兄さん! 僕ね、高いキーが出せるようになったんだよ? すごいでしょ? それにほらこんなにいっぱい綺麗な花を摘んだんだ。これで兄さんの部屋を飾ってあげるね!」

彼は最初の一カ月間、庭中の花を摘んで嬉しそうに走り回っていた。

花束を抱えて、楽しそうに歌を歌っている弟を見た誰もが“天使のようだ”と言った。

摘む花が無くなると、今度は虫や鳥を捕まえて、

「綺麗でしょ?」

とマコーレイに見せて微笑んだ。

虫や鳥を捕える事が出来なくなると、可愛がっていた白い猫を手にかけて、その亡骸を差し出した。

「兄さん、すっごく綺麗でしょう? この百合はね、庭でも一番大きくて綺麗だったんだよ。だから摘む時にテオドールに怒られちゃったんだ。今度会ったら、謝っておかなくちゃね」

「ジョヴァンニ、もうやめよう? もういいんだよ? 俺はもう病気が治ったんだ。だから花を摘んでくれなくても、寂しくないんだよ?」

マコーレイはこんな弟が哀れで仕方なかった。

あの事件のあと、自分が人を殺めようとしたことに耐えられなくなったジョヴァンニは、重い精神病を患ってしまったのだ。

その精神病を治そうと、アロンソが新たに連れて来た、ラカイユ医師による投薬が続けられて行くうちに、ジョヴァンニは正気を失い、自分が何をしているのかが判断出来なくなってしまったのだ。

夕方陽が暮れると、まるで何かが切れたように一言も発しなくなり、目は虚ろのまま、食事さえも取らなくなった。日に日に痩せ細って行くジョヴァンニを何とか救いたいと、マコーレイは毎日教会に出向いて祈りを捧げた。

しかしその願いも虚しく、テオドールが心を無くしたジョヴァンニを抱きかかえて館に入るのを、マコーレイは見守る事しか出来なかった。

そんな事があったからか、マコーレイは兄のアロンソを信用することが出来なくなっていた。

幼い頃から治療を行ってくれていたポール医師も来なくなり、ジョヴァンニを廃人同様にした、ラカイユ医師が代わりに自分の治療を担当すると聞いて、マコーレイは館を飛び出した。

屋根続きの回廊を走り抜けた先に、東の離れがある。そこでは、アロンソの支援を受けた芸術家たちがサロンコンサートを開いていた。

奏でられる音楽に誘われるように建物に入ると、黒いタキシードに身を包んだ参列者たちが、一斉にマコーレイに注目する。

「これはこれは、マコーレイ様、貴方がここに訪れるなんて、珍しい事もあるものですね」

皮肉屋なジェロームが大仰(おおぎょう)な素振りで、マコーレイの手の甲にキスを落としてくる

「今夜は演奏家を招いて、サロンコンサートの夕べを行っているのです。芸術センスが高いマコーレイ様に聴いて戴けるなんて、彼らも光栄に思うでしょう」

声高に話しかけてくるロドリゴを軽い会釈でやり過ごして、建物の奥まで入って行くと、執事見習いのホアンからシャンパンを受け取って、乾いた喉を潤した。

一息ついて周りを見回すと地元の貴族たちやアトリエ主催者等の姿も有り、芸術活動を行う際に彼らが顔を売っておきたい面々が四十名ほど集められているのが分かる。

マコーレイは無意識のうちに、ある人物の姿を探していた。

『……私を呼んで下さい。私は黒い霧となって貴方の寝室に侵入し、慰めて差し上げます』

それはモルグの森で再会した時に、【彼】が甘く囁いた言葉だった。

それなのに、それ以来【彼】は一度も逢いに来てくれなかった。

兄のアロンソには会っていたくせに、自分の元には姿を見せないなんて、【彼】は一体どういうつもりなのだろう?

思わずマコーレイが薄い艶やかな唇から溜め息を漏らすと、夜会(パーティー)二・三度話したことがあるギヨーム伯が話しかけて来る。

「御機嫌が麗しくないようですね、マコーレイ様。こんな男性ばかりの御屋敷で過ごしておられるからでしょう。今度こちらにお迎えに上がりますから、私の娘たちのお茶会にいらしてみてはどうですか?」

前につき出たお腹を撫でながら誘って来るが、あばた顔の彼の娘なら、さぞかし不細工な娘たちなのだろうと、思わず笑いそうになってしまう。

「いいえ、結構です。兄のアロンソが結婚していないのに、次男の私が先に見合いをするのは、憚られます、丁重にお断り致します」

自分の姿を見ると、色んな貴族達がこぞって見合いの席に引きずり出そうとする事に、マコーレイはうんざりしていた。こんな時、女性に興味を示さないアロンソを引き合いに出して断るのが、マコーレイの常套手段となっている。悔しそうに引き下がるギヨーム伯を横目で見ながら、集まった貴族達の中に、見知った顔をみつけて話しかけた。

「レオナール、今晩は。以前会ったのは確か、お父様が亡くなる前だから……」

「十か月ぶりだよ、マコーレイ」

「そうか、もうそんなに経つんだな。」

同じ家庭教師に習っていた経緯で知り合った、同い年の友人レオナール。

彼の爽やかな笑顔を見ていると、このところ自分の周りで起こった嫌な出来ごとが、まるで夢だったのではないかと思えて来る。

「君、しばらく会わないうちに雰囲気が変わったね。……ここは演奏であまり話し声が聞こえないから、テラスに出ないか?」

マコーレイが頷くと、レオナールはマコーレイの手を引いて、二階へ上がる階段を駆け上がった。

二階のテラスからは庭園越しに、月明かりをキラキラ照り返す湖が一望でき、流れて来るヴィオラの調べも相まって美しい夢の中のようだった。

「レオナール、君の近況を聞かせてくれ」

モルグの外から来た彼から、きっと新鮮な空気を(はら)んだ話題が聞けるだろうとマコーレイは期待を寄せた。

「僕は来月、結婚することが決まったんだ」

「そうか、おめでとう。相手はどんなご令嬢なんだ?」

貴族階級では一番低い男爵だが、彼の家は貿易商売でかなりの富を得ている優良な家だ。

しかもレオナールは健康的な体躯の美男子で、きっと社交界でも引く手数多(あまた)だったであろう。

「子爵令嬢で、見た目は地味だけど、上品で気だての良いピアノが上手な人だよ。……最近の君はどうだった? 少し痩せて、大人っぽくなったように感じるけど」

「俺は……、」

弟が精神を病んでしまい、自分も先ほど兄の呼んだ医師から逃げて来た。とは言えずに口ごもった。

「マコーレイ、僕、本当は今夜、君に会えないかと期待してここに来たんだ」

「わざわざ結婚の報告をしに来てくれたのか?」

「そうじゃないよ。……僕はずっと、君に恋していた。この言葉を告げる為にここに来たんだ」

言われた言葉の意味を理解しようと努めたが、どう答えていいか分からずに、思わず黙りこむ。

沈黙に耐えかねたレオナールがマコーレイを引き寄せた。背の高い彼の腕にすっぽり包まれて、トクントクンという心臓の音を聞いていると、森でシュヴァルツに抱きしめられた時の記憶が蘇ってくる。

シュヴァルツからは、心臓を打つ鼓動の音が聞こえなかった。

その事に気付かされたマコーレイは、思わずレオナールから身を離した。

「ごめん、嫌だよね? 男から告白されるなんて。でも決して君を馬鹿にした訳じゃないんだ。それだけは分かって欲しい。これからもずっと、友人として付き合って行きたいんだ」

「レオナール、君の気持ちは受け入れられないけど、俺は今、君から抱きしめられたことで誰を求めているのか分かったんだ。……告白してくれて、ありがとう。」

友人としてのハグをして、頬に音を立ててキスをすると、マコーレイはレオナールにおやすみの挨拶をして、その場を後にした。

階段を駆け降りて、サロンに戻るとマコーレイはシュヴァルツの姿を必死に探した。

演奏に合わせてダンスを踊る者、ワインに酔いながら談笑する者、自分を必死に売り込む芸術家たち。そんな彼らを掻き分けて、シュヴァルツの姿が無いかと何度も何度も確認する。

「シュヴァルツ……、シュヴァルツ……、お願い、逢いに来て!」

思わず声に出して探し回っていると、人ごみの中からマコーレイの腕を強く引く者が現れた。

呼んだら、本当に彼が来てくれたのだと嬉しくなったマコーレイは、その人物に抱きついた。しかし、

「マコーレイ、こんな所に居たのか」

それは兄のアロンソだった。医師の治療も受けずに飛び出した弟を連れ戻しにやって来たのだ。

「……アロンソ…兄さん」

絶望的な気分で、マコーレイは兄の名を呟いた。

「一緒に帰るんだマコーレイ。血を入れ替えなければ、お前は生きられないのだよ。お父様も亡くなって、ジョヴァンニもあんな風になってしまった今、お前だけが私に残された希望なのだから」

口では優しい言葉を並べていたが、アロンソの指はマコーレイの手首に血が滲むくらいきつく握りしめている。

アロンソに強引に手首を引かれて館へ戻る道すがら、マコーレイが母から受け継ぎ、大切に育てていた【ブラッドヘブン】が植えられた、花壇の前に差しかかった。

月光を受けて、見事に咲き誇った深紅の薔薇を見たアロンソは、マコーレイの手首を離すと、長い足で次々に薔薇の幹をなぎ倒し、美しい花弁を踏み散らかしていく。

マコーレイは自分の母が踏みにじられているような感覚を受け、悲痛な面持ちで叫んだ。

「兄さん、やめてくれ!」

「この薔薇は、悪魔の薔薇だ! 魔女の呪いが掛けられた薔薇がこの家にあるから、我がガイウス家は次々と災難に襲われるのだ!」

「アロンソ兄さんだって、一緒にその薔薇を育ててくれたじゃないか!」

「それはお前が魔女の息子だって、気付かなかったからだよ。あの女が“モルグの魔女”だったなんて、私たちは騙されていたんだ。その証拠に、ジョヴァンニはお前を助けようとした挙句、狂ってしまった」

全てはお前のせいだと責められると、マコーレイは言い返す言葉を失ってしまう。

「……やめてくれ、兄さん。」

「ルクレチアは、“モルグの魔女”だったんだよマコーレイ。だからお前にはこんな呪われた身体が与えられたんだ。……今までお前を生かす為に、お父様がどれだけの人間の血を集めて来たのか分かっているのか? 今だってそうだ! お前の治療の為に、私が村人を何人手にかけたと思う?」

「まさか、俺の治療の為に……村人を、殺しているのか?」

初めて明かされた秘密に、マコーレイは驚愕(きょうがく)して気を失いそうになる。

「金で買い取った人間たちの血で、お前はなんとか生きていられるのだよ。まるで、ヴァンパイアだな。……フフフフ、アッハハハハ! そうか、お前はヴァンパイアの子孫なんだな、マコーレイ!」

「兄さんが何を言ってるのか……まったく理解できない」

「モルグの森で、あの男に会ったんだろう?」

「あの男って?」

「ヴォルフガング・アーガトン・シュヴァルツ! この私を誘惑しておいて、パートナーに出来ないとつき離した、冷徹なヴァンパイアさ」

「ヴァンパイア……? シュヴァルツが?」

マコーレイは無意識のうちに自分の首筋に手をあてると、記憶の底からシュヴァルツの言葉を必死に思い出そうと試みた。

しかし、それを思い出す時間も与えられないまま、アロンソがとどめを刺して来る。

「あの男が言っていた、お前があの男の血を継いでいると……つまり、お前は魔女ルクレチアとヴァンパイアの掛け合わせ。大金を注ぎ込んで、恐ろしい異形の怪物を育てさせられていたなんて、お父様が知ったらどんなに嘆き哀しむだろう?」

「アロンソ兄さん、正気に戻ってくれ! 俺はマコーレイ・ガイウス。兄さんの弟じゃないか!」

「お前は私の弟などではない! この化け物め、裁判にかけてじっくりお前を破滅に追い込んでやる!」

マコーレイにとって、これほどの恐怖は今まで体験したことが無かった。

これまで信じていた家族や、彼らに与えてもらった温もりが、すべて霧のように消えてしまう。

「兄さん……!」

だがとにかく今は、理性を失った兄から、身を守らなくては。

マコーレイは震える手をギュッと握りしめると、その場から逃げるように、一心不乱に走り出した。

「待てッ! マコーレイ!」

兄が叫んだ言葉も無視し、夢中で階段を駆け上がり、乱れる息遣いで自分の部屋に逃げこんだ。

「はぁ、はぁ、……はぁ、……お母様の……赤い本……!」

ベッドの下に隠した真鍮の箱から、母の唯一の形見である赤い皮表紙の本を取り出すと、それだけを抱えて、廊下を挟んで斜め向かいにある弟の部屋を訪れる。すると、

「マコーレイ様、どうなさったのですか? お顔が真っ青ですね。」

ジョヴァンニの部屋に、弟が手を付けない食事の盆を下げに来ていた執事のエンリケが、尋常じゃない様子を感じ取って声を掛けた。

「エンリケ、アロンソ兄さんが正気を失ってしまった。俺は兄さんに命を狙われているから、しばらく身を隠す必要があるんだ。だからエンリケ、ジョヴァンニの面倒を見てやってくれ、頼む」

マコーレイは言葉少なに説明をすると、エンリケはいつになく真剣な表情になって頷いた。

「分かりましたマコーレイ様。ですが、この館を出る前に、執事長(アンタンダン)のフランシスに会って下さい。」

マコーレイは頷くと、寝ている弟の額に口づけを落として、部屋を後にする。

四階に上がり、住み込みの執事やメイドの部屋が並ぶ廊下の一番手前の角部屋が、執事長の部屋だった。

コンコンとノックをすると、すぐにドアが開かれ、中から白髪に眼鏡をかけた執事長が顔を覗かせた。

「マコーレイ様、どうなされましたか、こんなに汗を掻かれて、とにかく中にお入り下さい。」

幼い頃、母に仕えていたフランシスの顔を見て安心したせいか、マコーレイの頬に涙が流れ出した。

「フランシス……助けてくれ。アロンソ兄さんが……正気を失ってしまったんだ。」

涙声のマコーレイを抱きしめるようにして、部屋に迎え入れると、ベルベッド張りのソファに座らせてくれる。

フランシスは老いた事を理由に現役を引退し、執事やメイドたちの教育を任されていたが、実質上、この館の全てを知り尽くしている“生き字引”のような存在だった。

「とうとう、この日が来てしまいましたか。」

僅かに震えるマコーレイに、ウールのひざ掛けを掛けてやると、フランシスは文机の抽斗(ひきだし)から茶色の革袋を取り出し、マコーレイに手渡した。その革袋は中身がたくさん詰まっていて、ずっしりと重い

「これは?」

「この中には金貨が二百枚入っております。それは、ルクレチア様が、マコーレイ様の為に遺したお金でございます。お金はいくらあっても困らないはずですから、どうぞお持ち下さい。」

「フランシス、もしかして、モルグの森の中に【ブラッドヘブン】を植えたのは、貴方なのか?」

「はい。私はルクレチア様が亡くなられる前に、この森の維持とマコーレイ様のお命をお守りするようにと、ご依頼を仰せつかりました。マコーレイ様、貴方の身に何かあれば、このモルグの森は消滅してしまうのです。」

「それは、どういう事なんだ? お母様はアロンソ兄さんが言っていた通り“モルグの魔女”なのか?」

「厳密に言えば、違います。しかし、村人たちに伝承している“魔女伝説”の元になった一族の生き残りであらせられました。ですが、ルクレチア様は正真正銘の人間でございます。」

母の正体が人間であったと断言されて、マコーレイは安堵の吐息を漏らす。しかし、フランシスはマコーレイが抱えている赤い本を見て、にわかに表情を濁した。

「どうした、フランシス?」

「その赤い御本は、ルクレチア様からご主人様が奪われたもの! マコーレイ様は、その御本の中身を全てお読みになりましたか?」

「ああ、お母様が書いた小説だろう? 短編集で、『白い狼の先祖を持つ淑女』、『緑の指先を持つ剣士』、『迫害を受けたヴァンパイアの赤い涙』『黒薔薇の交配と種の保存』と言うタイトルだ。どれも奇抜で、発想力豊かなお母様らしい物語だった」

この文章の中に母の息遣いが感じられて、幸せに包まれたことを思い出し、マコーレイは本を抱きしめて微笑んだ。

「マコーレイ様、その本に書かれているお話しは、創作物ではございません」

「フランシス、馬鹿を言うな。このお話しに出て来る人間の言葉を話す白い狼や、枯れた木を再生する能力を持つ剣士が、実在したとでも言うのか?」

「はい。……マコーレイ様はモルグの森で、シュヴァルツ様にお会いになられたでしょう? あの方こそ、『迫害を受けたヴァンパイアの赤い涙』の主人公なのです。」

「そんな……!」

「……古の時代、人間にも不思議な能力を宿らせた者たちが居りました。その能力が最も高い“ブリュショルリー家”がこのモルグ一帯を治めておりました。白い狼に姿を変えることが出来たブリュショルリー家の女主人と、その狼を退治に来た剣士が恋に堕ち、異種交配が繰り返されて行ったそうです。しかし近年になり、道具を使う事に慣れた人間たちは徐々にその能力を失って行きました。……ですが、このモルグの森には《ブリュショルリー家の者が途絶えると消滅する》という【絶対の掟】があるのだそうです」

「それで、お父様は“ブリュショルリー家”の生き残りであるお母様と俺を、ここに連れて来たのか。」

「はい。ご主人様はこの領地を守る目的で、ルクレチア様をガイウス家に迎え入れたのです」

それを聞くと、父のチェーザレが大金をつぎ込んで自分を生かして来た理由が、ストンと()ちる

それは愛情などではなく、あくまでもこの領地を退廃させないために、彼には、マコーレイを生かす必要があったのだ。

「フランシス、この事はアロンソ兄さんは知っているのか?」

「恐らくご存知ないかと思われます。マコーレイ様、一番重要な秘密は『黒薔薇の交配と種の保存』にあると、ルクレチア様が申されておりました。私が想像するところ、成人を迎えたマコーレイ様には血を入れ替える治療行為は必要ないかと。……老いぼれの仮設ですが、聞いて下さいますか?」

「ああ、是非聞かせてくれフランシス」

「ルクレチア様と不死の存在であるシュヴァルツ様が愛し合った結果、【ダンピール】であるマコーレイ様が産まれました。マコーレイ様が病弱であったのには、こういった理由が当てはまります。……そして、“ブリュショルリー家”の血筋を絶やさない為に、万が一、マコーレイ様が命を落としたとしても【ヴァンパイア】として再生する事で、このモルグの森は半永久的に守られることになるのです」

「そう言えば……シュヴァルツが、俺には彼の血を飲む必要があると言っていた。俺が彼の血を欲して仕方なくなると言っていたのは、……俺にヴァンパイアの血が流れているからなのか?」

「ええ恐らく。マコーレイ様、ついにルクレチア様は、不死の子孫を残すことに成功したのです。……まぁ、あくまでも私の仮説ですが」

「では、お母様はどうして自殺なんて事を……、賢いお母様の選択とは思えない。」

「マコーレイ様とシュヴァルツ様の秘密を守る為に、ルクレチア様は精神を病んだ演技をして『白い狼に変身する!』と触れまわったのです。その結果、ご自分に皆の興味を集めることに成功しましたが、隔離されマコーレイ様と会うことも禁じられ、さぞかし寂しい思いをされたことでしょう。三階のバルコニーからマコーレイ様のお姿をよく見ようと乗り出し、そこから落下されました。自殺ではなく、あれは事故だったのです」

フランシスはその当時を思い出したのだろう。痛ましいという表情をして、眼鏡を外した。

「フランシスは、お母様の秘密をずっと守ってくれたんだな。……心から感謝するよ、ありがとう。」

「いいえ、これはモルグの地で育った私たちの義務でもあるのです。肥沃(ひよく)なモルグの森がもたらす恩恵によって、この地の者は発展を得ました。ですから、森の消滅は私たちの消滅をも意味します。」

「アロンソ兄さんが、この家には反乱分子がいると言ってたが、お母様の味方になってくれた者は、フランシスの他にも居るのか?」

「はい、勿論でございます。エンリケ、テオドールと父親のグレゴリー、コック長のオーギュスト、他にも十数名、この館の外にも、モルグ村長とその血族の者たちが居ります。姿をお隠しになるのなら、まずは村長のところを訪ねて下さい。」

幼い頃、母と自分に良くしてくれた執事長は、血の繋がりこそないが、深い【絆】を再確認させてくれた。

フランシスと会話をしている内に、マコーレイの体調は回復したかに思われた。しかしアロンソから受けた恐怖を再び思い出すと、身体じゅうが熱を帯びて、酷い眩暈(めまい)に見舞われる

まるでたくさん走った後のように鼓動が乱れて、マコーレイはソファに突っ伏してしまう。

喉が渇いて、肺が焼けつくように苦しい。

「フランシス、……胸がすごく苦しいんだ。テオドールを呼んで、俺を森に連れて行ってくれ。」

森に行けば、シュヴァルツに会えるような予感がした。

マコーレイは点滅する視界に耐えられずに瞼を閉じると、そのまま意識を失ってしまった。
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