舞台「ラビリンス」二次創作・前

『アナザー・ラビリンス』第四話

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仲の良いガイウス家の三兄弟の母親はそれぞれ違い、後妻が迎えられる度に事件が付きまとった。

アロンソの母であるホアニータが病死すると、彼女の喪も明けぬうちに父のチェーザレは新たな妻を迎え入れた。その事は幼いアロンソを深く傷つけたが、華やかで知性に富んだ女流作家のルクレチアと、連れ子の小さなマコーレイを見た瞬間、否応なしに理解させられたのだ。

人間はかくも弱く、悲しみに浸るよりも、美しい者に魅了される時間を優先するのだと。

そして恋に堕ちた者は、どんな手段を講じても、その相手を手に入れようと画策(かくさく)するものだと。

幼いアロンソから見ても、ルクレチアが父のチェーザレに心を開いているようには見えなかった。

父は彼女の心を手に入れる為に、連れ子のマコーレイごと受け入れて、この館に迎え入れたのだろう。

しかし残酷ながら、ルクレチアは最後までチェーザレを愛することは無かった。

だからこそ二人の間には子供も無く、ルクレチアの子供はマコーレイのみとなった。

怒り狂ったチェーザレはルクレチアに作家活動を禁止し、入り組んだ構造の迷宮のような離れを建て、そこに隔離し閉じ込めた。

息子のマコーレイにも会うことを禁じられ、迷宮に閉じ込められたルクレチアはついに発狂し、離れのバルコニーから身を投げて自殺した。

それどころか父は、ルクレチアを隔離している間に新たな後妻を迎え入れていた。

それが三男ジョヴァンニの母で、当時、社交界の花と謳われたオペラ歌手のベアトリーチェだった。ベアトリーチェは高慢で気性の荒い性格だったが、父のチェーザレを心から愛していた。

そのことが災いし、ルクレチアの死因に何らかの関わりがあると疑われて、裁判に掛けられ、裁判所が行った拷問で死んでしまったのだ。

その時すでに十三歳になっていたアロンソは、それらの事件を鮮明に覚えている。そして父の残虐さに心を痛めたアロンソは、血の繋がりのない弟のマコーレイやジョヴァンニを慈しもうと決心した。

自分の母がルクレチアを殺したと思いこんでいるジョヴァンニが、贖罪(しょくざい)の気持ちでマコーレイに尽くしている事を知っていたが、アロンソはその事をマコーレイには黙っていた。

そして、アロンソは父と妻たちの事件に起因したトラウマを抱えることとなり、女性を愛することが出来なくなってしまったのだ。

 昨年の冬、当主であるチェーザレが亡くなった際に、マコーレイはアロンソから自分が父の血を継いでいない事を明かされた。

そして、自分たちが幼い頃に起こった事件について、全てを知らされたのだった。

「どうか、お父様を恨まないで欲しい」

そう頭を下げられて、マコーレイは困惑した。

「何言ってるんだよ? 一番傷ついたのは兄さんじゃないか! 俺は……お父様が憎いよ。俺たち家族を苦しめて、何事もなかったように今まで暮らして来たなんて!」

「恐らく、それがお父様なりの贖罪(しょくざい)だったんだと思う。お前のお母様や、ジョヴァンニのお母様は、世間を賑わすくらいに素晴らしい芸術家だった。お父様はその才能を自分のエゴで奪ってしまったんだ。だからこそ、芸術家への基金を立ち上げて、彼らに支援を行っているんだ」

「兄さん! 芸術家たちがここに一緒に暮らしていて、俺たちはそれを一度も楽しいと感じたことなんか無かったじゃないか。奴らと来たら自分が創り上げた世界観が、この世で一番優れたものだと思い込んでいる。作る作品がどれだけ美しくとも、俺にはあいつらを受け入れる気は、まったく無い」

「まだまだ子供だな、マコーレイ。私たちのような財産を持った貴族階級の者が、文化への資金提供や学校を作らなかったら、この辺境の者たちは落下の一途を辿るだろう。けれど、お前がそこまで嫌だと言うなら、館に住まわせている芸術家たちを東側の離れに移すことにしよう」

アロンソはそう言うと、一冊の古びた赤い皮表紙の本を手渡して来た。

「……これは?」

「お父様の遺言で、お前に譲るようにと書かれていたものだ。恐らく、ルクレチアさんが書いた本だろう。……それから今まで三ヵ月に一度だった検診を、月に一度に増やすから、そのつもりで」

「月に一度だって? そんなの嫌だ! 治療の後は二日は寝込むし、しばらく腕が辛くてペンが握れなくなるんだ。執筆の妨げになるから、もう少しどうにか出来ないのか?」

幼い頃から病弱だったマコーレイは、外で遊ぶことすらままならない事が多々あった。そんな彼に生前のルクレチアは、、眠る前に母が作った“お(とぎ)(ばなし)”を聞かせてくれたものだ。

その影響もあって、マコーレイはいつの日からか、小説や詩を書くことが日課となっている。そしていつの日か『納得出来る作品が書けたら、出版してみたい』という事が、マコーレイの目標になっていたのだ。

「アロンソ兄さん、お願いだ……」

いつになく素直に頼んでくる弟に、心を動かされそうになったが、アロンソは腕を組んで溜め息を漏らした。

「私自身としては聞いてやりたいが、お父様からの遺言だから受け入れて欲しい。それが必要だって事も、お前は分かっているんだろ?」

「……ああ」

彼に施される治療とは透析のようなもので、マコーレイの身体には三ヵ月に一度、点滴を通して8リットルもの血液を入れ替えさせる必要があった。これからはそれを、毎月しなくてはいけないと言う事だ。

しかし、医者から『十五歳まで生きられない』と言われていたマコーレイが、二十歳まで生き永らえて来られたのは、ひとえにガイウス家の資産と最新医療、そして家族の愛情の賜物だった。

「マコーレイ、成人してから何か、身体に異変は無いか?」

「……ああ。相変わらず夜は眠れないし、食べ物の味が分からない」

「そうか。……何かあったらすぐに私に知らせて欲しい。いいな?」

「分かったよ、兄さん」

アロンソは同情するような瞳でマコーレイをみつめてくる。こんな病弱な身体で、ろくに恋愛すら出来ないでいる自分を憐れんでいるのだろう。以前はそんな視線にうんざりし、卑屈になった時期もあったが、成人した今ではアロンソの気持ちを受け入れる強さが備わっていた。
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