舞台「ラビリンス」二次創作・前
『アナザー・ラビリンス』第三話
「兄さん! ……兄さん、大丈夫?」
悪夢から目覚めると、弟のジョヴァンニが心配そうに灯りを向けて覗きこんで来る。
「……ジョヴァンニ……、俺は一体……?」
「マコーレイ兄さんは今朝、モルグの森で倒れていたんだよ。庭師のテオドールがみつけて、家まで連れ帰ってくれたんだ。……ひどい熱。僕が兄さんの病気を肩代わりしてあげられたらいいのに」
純真な瞳でみつめる弟の白い頬を撫でると、マコーレイは青白い貌で弱々しく微笑んだ。
「ジョヴァンニは、小さい頃からいつも俺の看病をしてくれたよな。……ありがとう。」
「いいんだ。僕が兄さんの面倒を見るって、亡くなったルクレチアさんに誓ったんだから。……ねぇ、兄さんが悪夢を見ないように、聖歌を歌ってあげる」
天使のような無垢な微笑みを向けて来る弟を、マコーレイは家族の中で一番愛しいと感じていた。
それはジョヴァンニも同じようで、何かと甲斐甲斐しくマコーレイの面倒を見てくれていた。
声楽を学ぶ弟の美しい歌声に聞き惚れながら、今では自分よりも背が高くなった弟の姿に目を細めていると、部屋のドアが“コンコン”と、ノックされる。
それによってジョヴァンニの歌が途中で止められてしまい、マコーレイがその事を残念に感じていると、ドアが開かれ、長男のアロンソが入ってきた。
「マコーレイ、どうしてモルグの森になんかに行ったりしたんだ?」
その問いかけに、アロンソとのマコーレイの間に立ちはだかるように、ジョヴァンニが割り込む。
「アロンソ兄さん、質問する前にマコーレイ兄さんの様子を気にかけてあげるほうが先だろ?」
「お前たちは何も分かっていない。私たちガイウス家にとって、あの森がどんなに危険な存在なのかを。これからは絶対に森には行かないと約束して欲しい。」
上から押さえつけるような言い方は、アロンソの秀逸さと自尊心の高さから来るものだが、当主となり父から継いだ家を立派に切り盛りしている長男を、マコーレイは密かに尊敬していた。
しかし彼は秘密主義者で、弟たちでさえも心を開いてくれないのだ。
マコーレイはベッドから上半身を起こして、アロンソの心の中を探ろうと、下から覗きこんだ。
「分かっていないと責めるのなら、その理由くらい教えてくれてもいいんじゃないか? それを聞いた上で、森に行くかどうかを俺たちが判断する。」
「マコーレイ、お前が倒れていた所には【ブラッドヘブン】が咲いていたそうだな。あの薔薇が自生しないことは、お前が一番よく知っている筈だ。……なら、どうしてあんな場所に【ブラッドヘブン】が咲いていたのか、よく考えてみろ」
「俺たちガイウス家以外の者が、あの森に薔薇を植えて育てていたってことなのか?」
「あるいは、この家の中に反乱分子が潜んでいるのか、……とにかく、危険であることに変わりは無い」
アロンソはそう言うと、マコーレイの額に手を当てて熱を計る。
マコーレイの腕には、いくつもの注射針の痕が痛々しく残されていて、アロンソはそこに消毒液を染み込ませたガーゼをあてがった。
その様子を大人しく見ていたジョヴァンニは、マコーレイの髪に櫛をあてて、寝乱れた髪を整えながら兄二人に問いかけた。
「あの森の魔女は、今でも存在していると思う?」
その問いに、アロンソは深いため息をつきながら
「本当に恐ろしいのは、モルグの魔女ではなく、私たちの中に存在する【悪魔】だ。そして、どんな美しい薔薇にも鋭い棘があり、容易く扱うことは出来ないものだ」
と、答えた。
マコーレイはどこか悲しげな兄の表情を見て、彼は苦しい恋情に捕らわれてしまったのだと悟る。
厳しい口調とは裏腹に、いつでも兄はマコーレイの病気に関して、最善の手を尽くしてくれていた。
そんなアロンソを気遣う素直さは、マコーレイの中にも存在している。
「兄さん、心配させて悪かった。もう、モルグの森には行かないと約束するよ」
背の高いアロンソを下から首をかしげてみつめると、不器用な彼らしい微笑みを浮かべて、マコーレイの両手を包むように手を握ってくれた。
「マコーレイは優しいルクレチアさんに、ますます似て来たな。……今になって、お父様が母を忘れてルクレチアさんに夢中になった気持ちが理解できるよ」
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