舞台「ラビリンス」二次創作・前

『アナザー・ラビリンス』第一話

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 吸血鬼を指す『ヴァンパイア』の語源は、リトアニア語の『Wempti(飲む)』とされている。

ヴァンパイアにおける、ごく一般的な定義として、

    ヴァンパイアを傷つけられるのは、銀の武器のみである。

    初めて訪問した家には、家人に招かれなければ侵入出来ない。

    ヴァンパイアは人間に対して、一時的な暗示をかける魔眼を持っている。

    血を吸われる相手には性的な快楽がある。

と、(まこと)しやかに伝えられているが、そのどれもが不確かなものであり、信じるに値しない。

また、ヴァンパイアと人間の間に生まれたハーフを『ダンピール』と呼ぶ。彼らは一見人間と変わらないが、不死のヴァンパイアを殺せる力を持つと言われている。だが、大抵の者は身体が弱く、成人を迎える前に死亡してしまう。

運良く成長できた少数の者は、(おおむ)【ヴァンパイアハンター】を生業(なりわい)とするが、死亡するとヴァンパイアになってしまうと云われている。

 

 

フランス西部ブルターニュ地方にある、モルグの森では古の時代から「魔女伝説」が伝えられていた。その魔女は人間の記憶を好んで食べると云われていたが、魔女に出会って生きて帰れた者は皆無だったため、事実は不明とされている。

しかし「魔女伝説」に恐れをなしたフランス貴族たちはこの土地からこぞって転居し、暫くの間はこの土地を治める者は現れなかった。

時代は流れ、1465年にイタリアから移住して来た貴族の【イル・ボスコ・モルグ侯爵=ガイウス家】の血族により、その領地は治められている。

約220平方 を誇るモルグの森の一部は開拓され、中心にはゴシック様式で建てられた館と、新しいルネサンス様式の離れの建物がある。そして、それを取り囲む人口の湖を湛えた荘園は、貴族達の間でも有名になるくらいに荘厳(素晴らしいものであった。

 

昨年の冬、四代目当主のチェーザレ・ガイウスが四十八歳の若さで他界し、1543年現在では二十七歳になる長男のアロンソが、五代目当主となり家督を継いでいる。

またガイウス家には他に二人の兄弟があり、二十歳の次男の名はマコーレイ、十七歳の三男の名はジョヴァンニと言い、三兄弟は貴族間でも群を抜いて美形だった為、社交界で衆目を集めている。

中でも一番美形のマコーレイは、男女問わず浮名を流し「放蕩(ほうとう)息子」や「美貌の享楽(きょうらく)主義者」と揶揄(やゆ)されていたが、実際はそのどれもが単なるであった。彼は幼い頃から身体が弱く、社交パーティーから途中退場をする際に適当な理由をつけていたのが裏目に出てしまっていたのだ

マコーレイは誰をも()きつける匂い立つような魅力を持ちながら、彼自身は誰にも興味を持てなかった。

再び『その男』と出会うまでは……。

 

************************

 

濃い霧の立ちこめる、陽が昇りきらない早朝の森は視界が利かず、いくらも進むことが出来ない。

地表を(おお)(つた)も足元に絡みついて来るようで、どうして気まぐれモルグの森になど来てしまったのだろうと、マコーレイは少しだけ後悔していた。

「はぁ、はぁ、はぁ……、息苦しい」

肩で息をするほどに呼吸が乱れて、マコーレイはその息苦しさから逃れようと、黒いベルベットのリボンタイの結び目を解き、襟元をくつろげた。その途端、彼の背後でカラスがけたたましい鳴き声を上げて飛び立った。

「わぁっ!」

驚いたついでに倒木に足を取られて、マコーレイは思い切り前のめりに倒れてしまう。

「痛い! ……え? こんなところに【ブラッドヘブン】が何故? 自生する筈が無いのに……。」

【ブラッドヘブン】とは、彼の亡くなった母親が育てていた、血のように紅く美しい薔薇だが、何故こんな人気のない森の中に咲いているのだろう? 森の中で誰かが育てたのだろうか?

しかも自分の周りを、たくさんの紅い薔薇が取り囲んでいる。

その薔薇に気を取られていると、今度は目の前に突然、青白い手がスッと差し伸べられた。

「マコーレイ、大丈夫ですか?」

「……誰だ? ……人を脅かすなんて悪趣味だな、アンタは一体、何者なんだ?」

マコーレイは彼の手をパシッと叩くと、自分の力で起き上がり、目の前の人物を軽く睨みつける。

自分より頭一つ分高い長身のその男は、黒いローブ姿で嫌味なくらいに美しい笑顔を向けている。

「……名乗らない方が、貴方の興味を引くことが出来そうですから、後ほど、と言うことで」

「だが、この森に居るって事は、アロンソ兄さんの客人なんだろ? それとも、亡くなったお父様が支援していた芸術家か……どのみち“ろくでもない連中”に変わりは無いな」

勿体ぶった態度を取る男に対して、マコーレイは皮肉な言葉で仕返しをしたが、それに一切腹を立てる様子もなく、男は嫣然(えんぜん)微笑んだ。そして、マコーレイの周りに咲く紅い薔薇に手を伸ば

「とても綺麗な薔薇ですね、こんなに深い赤色は珍しい。この薔薇の名はなんと言うのですか?」

「この薔薇の名は【ブラッドヘブン】。この花は育てるのがとても難しいのに、こんな所に自生しているなんて、俺も驚いていたんだ。」

「【ブラッドヘブン】ですか、とても(かぐわ)しい香りですね。……痛っ!」

男が薔薇の香りを近くで嗅ごうとした際に、鋭い棘で指先を傷つけたようだ。男の指先から滴り落ちる血液から不思議な引力を感じて、マコーレイは思わず彼の手を自分の方に引き寄せる。

「……深く傷つけたのか?」

男はそれに対し、血が滴る指先をマコーレイの唇に近付けてくる。

「ええ、そのようです。私の血を、舐めて戴けますか?」

「は? アンタ、何言ってるんだ? 到底理解できないな……」

唾液に(わず)かながら治癒効果が含まれることは知っていても、今出会ったばかりの他人の指を舐めるような事は出来ない。

マコーレイは男の手を振り払おうとしたが叶わず、男は指先の血をマコーレイの唇に塗りつけて来た。

「いいえ、この誘惑に貴方は耐えることが出来ない筈です。マコーレイ……髪が腰まで伸びて、貴方は母親のルクレチアにますます似て来ましたね。とても美しい」

男の瞳はピジョンブラッドのように明るく光り、マコーレイは指先すら動かすことが出来なくなる。

唇に塗られた血液が、純度の高いアルコールのように熱い痺れを伴って、マコーレイは薄く唇を開いた。

男の指先に光る紅い血が、甘い蜜のような香りを漂わせている。とたんにひどい喉の渇きを感じて、ゴクリと喉を鳴らすと、男はその指先をマコーレイの歯列を強引に開けさせて挿入してくる。

「……止せッ」

言葉では抗うことが出来ても、男の血は蜂蜜のように甘く、挿しこまれた指を吸い上げてしまう。

「美味しいでしょう? 貴方はそのうち、これが欲しくて欲しくて仕方なくなります。そんな夜には私を呼んで下さい。私は黒い霧となって貴方の寝室に侵入し、慰めて差し上げます。」

「ふ…ざ…ける…な…ッ!」

指先を挿入されたまま痺れる舌で悪態をつくと、指を引き抜かれて腰を引き寄せられてしまう。

「貴方は“渇き”を自覚出来ていないのですね、なんと未熟で純粋な……まるで、処女のようだ」

男はニヤリと艶めいた笑みを浮かべると、マコーレイの唇を奪い、いきなり舌を差し込んで来る。

流しこまれる唾液にも抗えない痺れを感じて、マコーレイは不本意ながらも受け入れてしまう。

自分が知り合ったばかりの男と、深い口づけを交わしている状況が、まったく理解できなかった。

しかし、男の紅い光を帯びる碧い瞳はどこか懐かしく、自分を抱く腕も優しすぎて拒めない。

次第に仰向けに身体を反らされて、マコーレイの白い首筋が男の視線に(さら)される。

「シュ…ヴァルツ……?」

「ようやく私を思い出して下さったのですね、マコーレイ。……貴方を迎えに参りました。さぁ、私と共に果ての無い暗闇に堕ちて行きましょう。」

男の赤い舌がマコーレイの白い(はだ)辿(たど)ると、薄い膚の下の血管が光りを帯びて浮き上がる。

その血管に狙いを定めた男の牙が、深く突き刺さった瞬間、マコーレイは歓喜の嬌声(きょうせい)を上げた。

「あぁぁッ! はッ……あああぁぁぁ!」

どこかで知っている、身体が解放されるような感覚にマコーレイは腰をのけ反らせ、男にしがみ付いた。

「貴方のその美しい旋律(せんりつ)は、どんな音楽よりも甘美だ……マコーレイ、愛しています」

自分はこの男を知っている。

知っているどころか、ずっと待っていたのだ。

それは、遺伝子に刻まれた記憶であり、母から受け継いだ“(にえ)”としての因縁だった。

マコーレイには同性から愛していると言われて喜ぶような性癖は無いが、このシュヴァルツという男に逆らうことが出来なかった。

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