うわさと社会:ドイツ・都市伝説の真相/4 「ビーレフェルトに行ったことは?」「ないはずだ。実在しない町だから」
毎日新聞 2013年02月21日 東京夕刊
◇「影が薄い」ネットで拡散
そのうわさ話はまず、こんな質問から始まる。「ドイツ西部の都市ビーレフェルトに行ったことはある?」
もし「ない」と答えると、「そのはずだ。実在しない町なんだから」と言われる。「ある」と言えば、「何者かの陰謀にだまされている。それはビーレフェルトに見せかけた偽物の都市だ」と言われる。どちらにせよ、それは存在しない都市なのだ−−。
1990年代、ドイツの若者の間で流行した都市伝説だ。もちろん同市は実在する。だが「今でも市役所に、実在を確かめる電話がかかってくるんですよ」と市広報課のディートマール・シュリューテさん(57)は言う。この話の人気は根強く、2010年には「ビーレフェルトの陰謀」という映画まで製作される社会現象になった。
話の火付け役とされるのが、独北部キール在住のエンジニア、アヒム・ヘルト博士(43)だ。「93年、学生だった私はパーティーの席上、ビーレフェルト出身の学生と出会い、『そんな町あるの?』とからかったのがきっかけです。存在感が薄い都市ですから」。ヘルト博士はその話を、当時世に出たばかりのインターネット上に投稿すると、予想外に広まった。
背景には、博士の言うように、ビーレフェルトという町の絶妙な存在感の薄さがある。戦後の旧西独の復興を支えたルール工業地帯と、ハノーバーやブレーメンなど比較的有名な都市の間に位置し、「通過するだけ」の人も多い。人口30万人とそれなりの規模はあるが、第二次大戦で激しい爆撃を受けたため歴史的名所にも乏しい。こうした条件が重なって、「実在しない町」という都市伝説が生まれた。
昨年11月には、メルケル首相までが講演で「私はビーレフェルトに行ったことがある。もしそれが、本物のビーレフェルトだったらの話ですが……」と発言して、爆笑を誘った。
鉄道でビーレフェルトに行く途中、同市在住の50代女性と隣席になった。「いい気はしない。バカにされてるんだから」と少し怒り気味だったが「でも、きっと日本にも、同じように存在感の薄い町はあるでしょう」と尋ねられた。返答に困ったが、いくつかの地名が浮かんだ。【ビーレフェルト(独西部)で篠田航一】=つづく