四十五話 ナガミミ達の長い一日 8
案内された部屋にたどり着いた俺達は、さっそく一つの部屋に集まっていた。
わざわざ自分で運んで持ってきたのは、それぞれ自慢の一品である。
これからお土産の品評会をしようというわけだ。
部屋は男女一つずつちゃんとあったが、現在は男部屋に全員が集まっている。
「いやぁ、充実した一日だった。町の中はきれいな人ばっかりだったなぁ。素晴らしいね! とんがり耳、マジファンタジー!」
「まったくじゃな。歳は取る様じゃが体形が崩れとるものはおらなんだ。マジうらやましいのぅ!」
「カワズさんタロの口調移ってるよ? ねぇねぇこれみて! エルフ印の工具! ミスリル製だって!」
トンボがうれしそうに取り出したそれは、きっちり妖精サイズだったりするから驚きだったが、絶対自分の物なのは間違いないだろう。
「そんなのあるんだ、っていうかお土産に工具って……」
「ちゃんと彫刻刀も買ったさ!」
「自分の物以外買う気がねぇ。……セーラー戦士は何買ったの?」
今度はセーラー戦士に尋ねてみる。
「私は……これかな?」
そう言ってセーラー戦士の手に握られているのはインナーのように見えるけど、そうじゃなかった。
揺れるたびにジャラジャラ音がする。
これはいわゆる鎖帷子と言うやつだろう。
これも自分の物っぽいが、考えてみれば、セーラー戦士に限っては土産を買う相手もいないか。
「セーラー服の下に着るんですね、わかります」
「いいだろ? なかなか薄くて軽い防具ってないんだ」
「いやいや、似合うんじゃないか?」
「そ、そうかな?」
少しだけうれしそうにするセーラー戦士だが、それはおそらく服の下に着る奴だから見た目は変わらないと思うのだけれど……。
「いや、結局見た目はセーラー戦士なんですがね」
「まぁそうだね……」
脱力するセーラー戦士に、改めて思う。そんなに嫌なら着替えればいいのに。
セーラー戦士はもう決まりだけども。
しかし、そうしない所を見ると、何かこだわりがあるのだろう。
もっとも俺としてはこういう独自のこだわりというのは、嫌いではなかった。
そんなセーラー戦士はせっかくいい買い物をしたというのに浮かない顔だった。
「でも少し気が咎めるかも。こんな、だまし取るみたいな真似してきたら、色々と都合が悪いんじゃないかな?」
そして心配そうに自分の買ってきたものを見つめるセーラー戦士だが、俺は苦々しい思いでその言葉を聞いていた。
「だまし取るとは人聞きが悪い、あれは向こうから半額って言い始めたんだからね? それにあれでもちゃんと買い物できただけマシだったんだよ? 声をかけた途端、逃げられてもおかしくなかったし」
むしろ俺達の事情を考えれば、あの程度はまだおとなしい方だとも言える。
「そうなの? 私、ちょっと迷惑料とか置いてきちゃったよ」
そんなことをしていたのか、セーラー戦士。
なんという気配り。己の矮小さを思い知った気分である。
「あー、うんまぁ最初からまっとうに買い物が出来るとは思ってなかったからなぁ。というか国のトップは半額で買い物出来るんだね、エルフの里」
なんとなく黒い部分を見てしまったような罪悪感を感じたが、カワズさんも苦笑いだった。
「ああ、エルフは人間と同じような構造のコミュニティーを作っておるらしいの。
魔力が高いものをハイエルフと言って、特権階級だと妖精の女王は言っておった。
そのくせきっちり土産は要求してくるんじゃから、堪らんわい」
そう言ってカワズさんが見せてきたのは、エルフの里のクッキーのようなお菓子だったりする。
「パッケージを写真に撮って竜の長老に自慢するって言ってたよ?」
しっかり自分の分を買ってきていたらしいトンボがそんなことを言いながら、お菓子をかじっているのを一枚もらってみると、それは結構おいしかった。
「……そうなんだ。でもやっぱり洗脳はやりすぎだったんじゃないかな?」
なんとなく脱力しながらも、やっぱり気にしているらしいセーラー戦士に、俺は五円玉を放って渡した。
セーラー戦士はそれをまじまじと見ていたが、大した魔法はかかっていないのは、セーラー戦士ならわからない事はないだろう。
「洗脳じゃなくて催眠だってば。軽い暗示みたいなもんさ。あの人達が店の物を適正な価格で売ってくれるようにしてくれただけ」
俺は俺達の認識を誤認させただけに過ぎない。
まぁ余計な一言のせいで、半額になってしまったが。
ここだけの話、背徳感でゾクゾクしてしまったのは秘密である。
それに俺には普通に会話することも難しいハンデも存在するのだから仕方がない。
「というかエルフも妖精の一種じゃからの、お前さんも見たじゃろ? 町の奴らのあの態度」
「よそ者だから……だと思っていたけど?」
セーラー戦士はわかっていないようだったが、カワズさんが首を振った。
「まさか! それだけであれだけ見事に道は割れんよ。
皆恐れておったんじゃ、この馬鹿をな。恐ろしいモノとは係らないのが一番じゃろ?
だがエルフには知性がある、そして天井知らずのプライドがそれを表に出すことを許さん。
恐怖の対象が人の形ならなおさらじゃよ。
結局どうしようもなく虚勢を張って、あの態度という所じゃろう。
とにかく卑屈な態度を取らん当たりは尊敬するべきかもしれんな。
いっそ獣じゃったら楽じゃろうよ、その場で逃げだせるんじゃから」
「あんたなんか全然怖くなんかないんだからね! って感じ。それで考えたのがこれ、催眠術の五円玉。門前払い対策だ。俺達が滞りなく品物が買えて。ちょっとだけ魔法の力も借りているけど、そんなに強力でもない。
じゃなきゃこんなもの、わざわざ用意してこないって」
こんなものでも魔力を背景に恐喝するよりはいくらかましだろう。
話し合いが出来ればよかっただろうが、それも無理そうだったし。
最悪、半狂乱になって逃げだすくらいのことは考えていただけに、会話出来ただけ上等だった。
悪乗りの部分があったことは否定出来ないけど。
暗示と言えば五円玉でしょう。
「……まぁ、あのままだと買い物できたかどうかも怪しかったけど」
あの時の状況を思い出したんだろう、しぶしぶだがセーラー戦士も頷いていた。
「こやつは、いろんな意味で普通ではないからの。まぁ波風立てたくないなら大人しく宿に行けばよかったというのは置いといてな」
「そ、それは確かに」
カワズさんが余計なひと言を付け加えたおかげでセーラー戦士が余計な事に気が付いたじゃないかカワズさん。
しかし、俺としてはそこは譲れなかったのである。
「いやいやいや。自分達だってノリノリで観光してたくせによく言うよ! 仮にも旅日記つけてる男が、宿に直行はないだろう? ただでさえランキングの底辺うろうろしてるのに。スケさんあたりにまた叩かれる……」
「……なにやってんだよ、本当に」
ああ、セーラー戦士の視線が冷たい。
全く自分でもそう思いますけどね。
しかしおかげで素材はたっぷりゲット出来たので良しとしよう。
ただ少しばかり誤算だった事もあったのは確かだった。
それはナイトさんがらみの事だ。
町の人達は俺達以上にナイトさん達を嫌っている節さえあったからである。
交渉役がナイトさんじゃなければ、最初の店主だってもう少し態度を軟化させていたかもしれないと思えたほどに、それは露骨だったのだから気が付かないわけがない。
ひょっとしたら、あの五円玉も使わずに済んだのかもしれないのだから相当だった。
「カワズさん達はわかってるんだよな? あのナイトさんの扱い。なんなんだあれは? 俺達に負けず劣らず嫌われていたみたいだったけど」
ナイトさん達もいないし、状況を理解していると思われる面子に尋ねてみたら、あのカワズさんさえ言い淀んでいた。
「ああ……まぁそれはなー」
「ダークエルフだからでしょ? あんなに露骨とは思わなかったけどねぇー」
「それってやっぱりまずいの?」
カワズさんとトンボの渋い顔から、なんとなく気分のいい話ではないことは察することが出来る。
俺にだって差別云々の知識は多少あるのだ。
向こうにだって、そういった類の話はどこででも聞いたし、それはダークエルフとエルフほどわかりやすくもなかった気がする。
カワズさんは、いつにもまして難しい顔をしていた。
「今のうちに話しておくかの。エルフが純血を好むのは説明したかの?
つまりエルフにとってダークエルフは最も忌むべき者なんじゃよ。
わしも初め見た時は驚いた。本来ならダークエルフがエルフの里になどおれるわけがない」
「そんなに? 素晴らしいじゃないダークエルフ? 美人は次元の壁も超えるよ?」
俺があくまで一般論を口にすると、カワズさんはやはりどうでもよさげに、俺の言葉を切って捨てた。
「……なんか壮大にぶっ飛んだことを言っておるが、皆がお前さんのような単純にはなれんということじゃろ?」
そう言われてしまうと返す言葉も無いが。
それはそれでトラブルが起こること前提の人選ってことになるのは問題があるんじゃないだろうか?
「それってガイドにこれ以上不適格な人はいないってこと? エルフってバカ?」
「だから、観光は予定外にわしらがごり押ししたんじゃろ? 本当ならあのまま宿に直行のはずじゃったんじゃよ。深読みするなら、上下関係をはっきりさせるためだったのかもしれんがな。
あっちが上でこっちが下、お前ら程度にはこいつらで十分だ的な」
「あー、なるほど……」
知らない間にそんな心理戦を仕掛けられていたとは知らなかった。ただそのおかげで得した事もあったのだから、大して気にする事ではないのかもしれない。
「でもそのおかげでナイトさんと知り合えたんだから悪くはないか」
「……まぁ気にならんならその程度の話じゃよ。とにかく反応は今日見た通りじゃ。それとあの二人が呪いの品を身に着けておったのは気が付いたか?」
そういえば気にかかっていたことをカワズさんが話題に出してきたので、丁度いいので俺は頷いた。
「ああ、首と足にあったね。さすがに聞けなかったけど」
「お前にしたら上出来じゃわい。あれは隷属の証じゃ」
「……私のしてたやつと同じってこと?」
カワズさんの言葉に不愉快そうに反応したのはセーラー戦士である。
そりゃぁ因縁があるセーラー戦士は過剰反応してしまうだろう、しかしカワズさんは軽く笑って付け加えた。
「ああ、似たようなもんじゃ。だが捕えられてなんてことはないはずじゃよ。
エルフはダークエルフをそのような理由で里に入れはせんだろうからな。
どういう理由があるかは知らぬが、何かの事情で自分からそうしておるんじゃろう。
うかつに踏みこんでいいことではないぞい?」
カワズさんが最後に釘を刺してきたので、俺は肩を落として頷いた。
ナイトさん達にも色々とあるということか。
そうまでして里にいなければならない理由というのも思いつかないが、それこそ俺には関係のない話なのかもしれない。
「ふーん。まぁ事情は色々だからなぁ。でも理由はなんとなくわかるかも。彼女、出てきた兵隊の中でも飛びぬけて強かったし」
「そうなのか?」
「魔法で見た」
珍しく魔法使いっぽい魔法の使い方をした俺に、カワズさんからもお褒めの言葉をいただいた。
「……大分使いこなしてきたようじゃのう、ええことじゃ。それで? スリーサイズはどうじゃった?」
「それがだね! あれは……もうミラクル超えたね! むしろドリーム? あんなのゲームくらいでしかお目にかからない数値だ……と」
「……」
「……」
「……えーっと」
ちらりと視線を感じて、そちらに顔を向けると無言で胸元を隠す女性陣。
しまった、俺はどうやら引っ掛けられたらしい。
「図ったな! カワズさん!」
「引っかかる方が馬鹿じゃろ。っていうかまさか本当にやっとるとはなぁ」
嘆かわしいと頭を振るカワズさんはニヤニヤしていている。
俺の背中にはびっしりと冷や汗が滲んでいたことだろう。
いや、今回は特別なんだよ! 魔が差しただけ!
必死に説明しようとしたが、いい言葉なんて結局出てこない。
「出来心だったんだ! 毎回やってるわけじゃないんだ!」
しかしどんな言葉を重ねようが、言えばいうほど不信の目がきつくなるだけである。
「最悪だ」
「女の敵だね」
はっきり言って泥沼だった。
結局俺は低く頭を下げて、許しを請うことしか出来ないわけだ。
「本当にすいませんでした!」
その後二人からこってり絞られたわけだが。
カワズさんが笑いを堪えていたのを俺は確かに見たぞ。
最初の手紙の台詞を覚えてるんだからな! カワズさんも絶対やったことあるだろう!
side ナイト
宿泊施設のすぐ近く。
薄暗くなってきていた町中を、待機場所に私は急ぐ。
人目につきにくいその建物は今回のためにわざわざ作られたものだと聞いていた。
「任務完了しました」
たどり着いた、宿泊施設からは完全に死角になる建物に入ると、数人のエルフがすでに中に待機している。
敬礼すると、私を一瞥した隊長殿は忌々しげに吐き捨てた。
「うむ、まったく嘆かわしいことだ、あのような輩に下手に出ねばならんとはな」
隊長も自分達との力の差を理解しているからこそ苛立っているのだろう。
一日間近で接した彼らは、魔力だけでも震えが走るほどだった。
しかし、やることは突飛だが敵意というものは全くと言っていいほど感じなかった。
こちらから手を出さなければ、何もしてこないのではないか?
私は自分の右手を見て、思わず口に出していた。
「……隊長、彼らは?」
「このまま、長老会にて封印を施されるであろう。いかに強大な魔力を持っていようとも、エルフの秘奥に不可能はない。お前はこのまま彼らを誘導すればよい」
隊長が告げたのは、事実上死刑宣告に近い。足元がぐらりと揺れたような錯覚を味わいながら、私は言ってしまっていた。
「しかし……そのようなことをする必要があるのでしょうか?」
そう口にした途端、隊長の表情が険しくなる。
そして私の頬を強かに打ち据えた。
口の中に鉄の味が広がる。
隊長は感情の籠らない冷淡な目を私に向けていた。
「何を勘違いしている。ダークエルフ風情が意見できると思うな。貴様は我らの命に犬のように従っておればよい」
「……っぐ、申し訳……ありません」
「わかればよい。そうすればお前の罪も許されよう。せいぜい励むのだな」
こんなことはいつものことだ。
わかっている、自分はこの里にいていい存在ではないということなど。
しかし、私にはしなければならないことがある。
それと同時にエルフという存在は、誇り高いものであって欲しいと私は思っていた。
何も知らぬ者を里に招き、罠に嵌めるようなまねが、エルフのすることだと思いたくない。
「……これでよかったのでしょうか?」
自分のやっていることが正しいのかわからない。
いや、正しくないとわかっているからこそ、そうせざるを得ない自分に違和感を感じる。
「母様……」
よくわからない感情のわだかまりを吐き出すように。
私は小さく呟いた。
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