【闇の迷宮】地下300階“悪神の深淵”手前
目の前にはただ暗黒の塊が座している。
巨大な闇そのものの塊。
この迷宮そのものが闇に包まれこの最下層まで進んで来たにも関わらず全くどのような構造になっているのか理解できず。
何よりここに到るまでにも様々な闇が姿を持ったモンスターや、闇の神すら居た。
しかし目の前の暗黒はそんな今までの闇など生易しいとでも言う様に、死に満ち、虚偽に満ち、破壊に満ち、欲望に満ち、何より無知に満ちていた。
そう無知。
何もない。
悪徳の限りに満ちながら、まさしく無であるが故の虚ろなる、矛盾した闇。
とはいえ、スレイに言わせればこんなものは真なる白痴たるアレに比べればそれこそ生易しいのだが。
ともかくこの闇の塊こそが、この迷宮の最下層のボスフロアに通じる門であった。
「さて、覚悟はいいかサイネリア?」
「覚悟は、ってあなたねぇっ!!そんな格好で、それに先刻から私を強化したかと思ったら私に全部任せっぱなしにして、シャルロットと夫婦漫才したり、アルファとじゃれたりしておいて、よくも言えるわね!!それはこっちの台詞でしょうっ!?」
スレイの重々しい言葉に、サイネリアはこめかみをふるわせたかと思うと、思いっきりスレイを怒鳴りつけた。
無理もあるまい。
実際言った通りの行動をスレイはとっていたし。
今現在も腕にシャルロットを絡ませ、背中にアルファを背負ったりしている。
だがスレイは不思議そうに尋ねる。
「そうは言うが、そういうサイネリアだって、戦いながらも口説く俺に満更でも無さそうで、それに最後の方はそこそこイチャついた覚えがあるんだが」
「なっ!?」
思わず口ごもるサイネリア。
それにジト目になったシャルロットが言う。
「嫉妬じゃな?」
「しっとだなー!!」
シャルロットの言葉をただ真似して、スレイの頬を引っ張りながら楽しそうに続くアルファ。
「うぅっ」
普段から小言が煩いシャルロットはともかく、アルファに関しては、どうも魔王城にやって来て以来、常日頃からサイネリアに絡んで、懐かれて、サイネリアもアルファを可愛がっているからどうにも弱い。
アルファは特に責めている訳ではないのだが、罪悪感でたじたじになっているサイネリアを見て、スレイは淡々と呟く。
「なるほど、嫉妬か」
「違うわよっ!!」
「嫉妬は今は横に置いておいてだ」
サイネリアの反論を聞き流し続けるスレイ。
項垂れるサイネリア。
「とりあえず必要な事を説明しておくぞ、この先に在る闇の神はだ、闇の中でも相当に高位である事は確かだが、どの世界でも良くある宗教対立の結果として……なんて言ってもこの世界の住人には分かり難いかもしれんが、要はあんた達闇の種族が虐げられた様な事は、他の世界じゃ人々によって崇められる神話の神々にも起こる、というか人々の間での争いの結果として、それが神話の神々の在り方にも影響してくる訳だが。例に漏れずこの神も闇の神というだけでは無く悪神、しかも完全な善悪二元論に於ける最終的な敗北者たる事を定められた悪神として、暗黒に貶められたのみならず、善神が未来を知るのに対し過去しか知らないという在り方を強制され無知の属性が付加され、更には人が想像する悪の形、死、虚偽、破壊、欲望の支配者とされた訳だ。それでだ、当然あんたがここに来た目的は覚えているな?」
「……私を強化する為でしょう?それも闇という属性的な強化で」
口を尖らせふくれっつらをしながらも、そう答えるサイネリア。
サイネリアの態度には頓着せずスレイは頷く。
「そうだ。しかし、このまま闇の神を倒しその闇をモノにしたところで目的は達せられない……いや、強化自体は成るが、それは俺たちの望む方向性の強化では無い訳だ」
「どういう事?」
スレイの言い草に、サイネリアが疑問の表情を浮かべる。
これにはシャルロットも好奇心に満ちた顔をして。
そしてアルファは相変わらず話に興味を示さず、スレイを弄って、今度はスレイの髪をくしゃくしゃと握ったり揉んだりして、スレイの髪で遊びまくっている。
何をされてもスレイの髪型は崩れないので、スレイは気にしないが。
「簡単な事だ、敗北を定められたような属性の闇で、しかも様々な負の属性を付加された闇で以って強化しても、とてもじゃないが邪神の悪戯にさえ対抗できないぞ?それでは意味が無いだろう」
「……」
黙り込むサイネリア。
だがその瞳は明らかに続きを話せと催促している。
シャルロットはただ好奇心に目を輝かせていた。
スレイにはそれを何とかする算段はあるからこそ、ここまで連れて来たのだろうと、そのくらいの予想は付く。
その態度に、可愛げが無いななどと嘯きつつ、スレイは続ける。
「サイネリア、あんたは闇の巫女、この世界の闇の神アライナの寵児だ。そしてアライナの闇とは全てに公正であり、ヴァレリアの光と対を成し、人に安らぎを与える清浄なる闇。協力はしてやる、この先の闇の神の穢れた闇の神を浄化し、己に相応しい清浄なる闇とした上で、その闇を吸収しろ。それであんたの強化は完全に成る」
「随分とあっさり言うのね。そんなに簡単な事なの?」
「そんな訳が無いだろう」
拍子抜けしたようなサイネリアの言葉。
それにスレイは眉を顰め容赦無く切り捨てる。
「って、あなたが如何にも簡単そうに言ったんでしょうがっ!!」
「そんな上っ面に囚われてどうする。常識的に考えろ。いいかこれから対峙する闇の神は即ち純粋な闇と、その神が所属していた異界の人間の、いやもはやそれすら超えたあらゆる知的存在の集合的無意識が抱いていたあらゆる負の概念の二つが融合した存在だ。あんたはそこからそのあらゆる負の概念を、一つの世界の全ての知的存在が抱いた負へのイメージそのものを全て浄化しなければならないんだぞ?それが簡単だと思うのか?……俺なら欠片も苦労しないが」
スレイの言葉に思いっきり項垂れ暗い雰囲気を醸し出すサイネリア。
これは言い過ぎたかとフォローしようとしたスレイだが、サイネリアがぶつぶつと呟いた内容を聞き、すぐさまその気を無くす。
「常識的に……スレイに常識とかって言われたら私もう色々と終わりじゃない?それに俺なら欠片も苦労しないって小さな声だけど言ってた、確かに言ってた。何よ、それならあなたが全部やりなさいよって感じじゃないの。それをまあ……」
延々と続く愚痴のような独り言。
スレイは眉間を抑える。
「こいつ、俺の事をなんだと思っている。俺だって常識の一つや二つくらい……えーと一つや二つくらい?……」
「一つもないのかえっ!!」
「ないのー?」
楽しげに見物していたシャルロットが思わず突っ込んだ。
相変わらず今はスレイの服の中に手を入れて背中をすりすりしていたアルファがシャルロットの言葉を楽しげに繰り返す。
「い、いや違うんだぞアルファ。そう、常識が無い俺が悪いんじゃない。常識などという小さな物が無ければ成り立たないようなちんけな社会が悪いんであってだな」
「……あなたねぇ」
「……お主は」
アルファ相手には父としての威厳を何とか保とうと、社会批判から、自分の常識の無さを正当化しようとするスレイに、サイネリアは独り言を止めジト目で、シャルロットは頭を抱えるようにして、どちらも呆れた声を出す。
「そうだ、そんな事よりとっとと行こうじゃないか、そうしよう。大丈夫、簡単じゃないとは言ったがそれは俺が居なければの話だ。俺が手伝ってやればあんたの力が幾ら弱っちくてもすぐに終わる。いいかアルファ、パパは凄いんだぞー」
「うん、パパすごーい!!かっこいーい!!」
そうして闇の塊の形をした門へと近付いていくスレイ。
アルファの前で格好付ける為にあっさりと前言を翻したスレイに呆れつつも、仕方無いとばかりに溜息を吐き、サイネリアとシャルロットの二人はスレイとスレイに背負われたアルファの後に続いた。
【闇の迷宮】地下300階“悪神の深淵”
闇の塊を湧き上がる嫌悪感を押し殺して通ると同時。
サイネリアとシャルロットは自分達が前後左右も分からぬまさに負に染まりきった暗黒の中に居る事に気付いた。
何とか地を踏みしめている感触はある。
光景自体も闇の種族として。
戦闘種族として創造された事で生まれ持った“眼”を以ってすれば全て“視る”事は出来る。
だが、確かに全て“視えて”いるのに、やはり全容が判然としない、そのボスフロア全体の形。
いや、捉えるもなにも無い。
これはこのボスフロアそのものがそもそも不定形なのか?
安定しない足場の感触。
変容する在り方。
それらからそう判断する二人。
まさしくボスフロアすらも文字通りの暗黒そのもの、例えでも、暗黒が集まっている訳でもなく本当に闇そのものな訳だ。
そう笑う闇の種族二人。
だが闇の種族である二人であっても、やはりこの闇は不快に過ぎた。
力が増すどころではない。
逆に不快さのあまりに調子が悪くなる。
彼女等とて、闇に対する好みがあるのだ。
そんな彼女等の様子を無視して前方でまるで遊びに来た父娘の様に戯れる、スレイとアルファの二人。
思わずサイネリアとシャルロットは力が抜ける。
だが次の瞬間に思わず怒りが湧き上がる。
いったいこの二人の緊張感の無さはなんなのか。
いや、どうもこの闇にすらなんら感じるところが無いらしいが。
それにしてもあまりに場を弁えなさ過ぎる……。
そのように考えかけ、サイネリアとシャルロットの二人は思い出す。
かつての会談時のスレイの様子を。
そしてアルファは実年齢はともかく精神年齢は見た目通りの子供だと言う事を。
アルファに関しては、この場に何も感じるところが無い以上、子供らしく振舞うのは当然だろう。
そしてスレイは、そもそも常に自然体で、何にも左右される事はありえない。
そう思い至り頭を抱える二人。
二人を見て呆れたような声を出すスレイ。
「おいおい、よくもまあ最高位の悪神の目の前で頭を抱えたりできるな?その緊張感の無さには一つの世界全ての邪悪の権化たる悪神―アンラ・マンユでも呆れてるんじゃないか?」
「お主が言うなっ!!」
「あなたには言われたくないわっ!!」
「ふぁっ!?」
自分の事を完全に棚に上げたスレイの発言。
しかも在り得ないと分かっていながら、ここのボスである邪悪のみで構成された悪神でさえ引き合いに出して二人を揶揄する。
更にそんな台詞の中でさりげなく始めてその悪神の名を明かしていた。
どこまでも性質の悪いスレイ。
その性格に散々突き合わされているシャルロットや、この闇の迷宮を訪れてから散々からかわれたサイネリアだったが。
それでも耐え切れず思わず突っ込みを入れる二人。
二人の剣幕に驚きの声を上げるアルファ。
「アルファを怖がらせるな。大丈夫だぞアルファ。怖いお婆ちゃん達からはパパが護ってあげるからな?」
「あなたが悪いんでしょっ!!あ、ち、違うのよアルファ?アルファには怒ってないからね?」
「自分の事を棚に上げてよくも言えたものじゃのぅ!?それと妾もアルファには怒っておらんからな?」
「ふぇ?パパ、わたし怒ってたりしてないよ?だからまおーへーかもママも謝ったりしなくていいよ?」
「そうかー、アルファは良い子だなあ」
「スレイ?」
「お主……」
スレイの発言に思わず激しく突っ込む二人。
続けてどちらもアルファへは笑顔を見せて謝罪する。
しかしただキョトンとするアルファ。
当然、アルファが怒ったなどというのはスレイが二人を更におちょくる為に告げたブラフだった。
楽しそうに笑って二人を見た後、アルファの頭を撫でる。
二人はスレイを恨めしげな視線で見て、おどろおどろしい声を上げる。
勿論、いきなりボスフロアに入って来たと思ったら、こんな漫才を繰り広げる四人に対し、闇の主たる悪神アンラ・マンユは全てを無視してただ邪悪な闇を叩きつけようとしていた。
迷宮に入ってから既に光速の数十倍へと加速し続けている為、この暗黒の中に入る前も入った後も全ては同じ速度域であり、全ては連続している。
入った瞬間には既にアンラ・マンユの姿を。
この負に満ちた暗黒の中ですら尚禍々しく漆黒に浮かび上がる肌と服装の美青年の姿を補足していたスレイは軽く対応する。
ただ見ただけで、アンラ・マンユが創り上げた攻撃的指向性を持った最高位の負と闇の概念の塊は消え去る。
スレイの視線を追って、ようやくアンラ・マンユの姿を捉えた二人もまた、スレイが絶対に何とかするという確信があったが故の余裕である。
とはいえスレイに振り回されたのは事実だが。
アンラ・マンユの姿を見たサイネリアは困惑したようにスレイに問う。
「ねえ、なんで悪神なのに美青年なのかしら?」
「そんな物、神々の神話における神格の姿など、人がそう規定したからに決まってるだろう。理由なんて在って無いような物だ。善なる神を醜く語る事もあれば、悪の神を美しく語る事もある、逆もまた真なり。そもぞもの善悪すらも神話のどの神格かによって同じ神でも変わるのに比べれば、全然大した事じゃないだろう?とはいえこの神格には普通に醜悪な蛇や蛙に蜥蜴等の姿も存在しているが、だがまあ……」
通常ならば、幾ら神々の1柱だろうとスレイ達の呑気な様子に困惑を見せるところだろうが、負のみに染まりあがった闇そのものである悪神たるアンラ・マンユは、ただ様々な負の感情を混在させ、スレイ達に再び攻撃しようとする。
それを気にせずスレイは軽く告げる。
「それらの姿を見る機会は無いだろうけどな」
「……」
「!?」
言葉と同時、やはり困惑すら見せる事無くしかし確かに動きを束縛されるアンラ・マンユと突然、アンラ・マンユやその周囲の闇と同調させられ困惑の表情を見せるサイネリア。
闇と接続した事で、そこに満ちた全ての負の概念にも接する事になるが、しかしそれは何かに遮られたかのように不確かな感触で、確かにそれにまともに接触していればサイネリアの精神が危険だったと分かるが、これならばサイネリアでもどうにか出来る。
それら全てがスレイの言った手助けだと理解するサイネリア。
そんなサイネリアにスレイは笑って告げた。
「さて、お膳立ては整えた。全ての負の概念とアンラ・マンユの核となる思念をも浄化し、ここにある闇を、アンラ・マンユを構成するそれすら含め、全て己が物にしてみせろ。あのどこまでもお硬くて融通が利かず、でも確かにどこまでも公正で自らにすら厳しかった、そして実は優しさに満ちていた闇の神たるアライナの神子なら、その程度やってみせてくれよ?」
「っ!?その言い方、アライナ様の事を直接見知っているかのようね。本当にあなたはどこまで……いいわ、見せてあげる。こんな悪神などではなくアライナ様の寵児たる魔王たる私こそが、真の闇の支配者に相応しいと言う事をね!!」
不敵に笑って答えるサイネリア。
そして同時に、全ての闇にどこまでも眩き黒き清らかな輝きが満ちた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。