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  シーカー 作者:安部飛翔
第8章
エピローグ
【???】???“???”???
 雑多な見る眼がない者から見ればガラクタにも見える骨董品の山が積まれた部屋。
 本棚に収まりきらずあふれ出す古書。
 それとはアンバランスな最新の研究設備。
 まさしくカオスな広い部屋の中。
 その中心には不可思議な光が溢れ。
 その光を受けて、魔導科学製の眼鏡を掛け、真っ赤なローブを纏った、身嗜みを全く気にする様子の無い、あまりにも無造作な身なりの青年が驚愕の表情を浮かべ、大声を上げた。
「この理論はっ!?……確かにコレがあれば私の研究の集大成である偽神巨神イミテーション・トゥルー・ティターンを完成させる事が出来るでしょう。ですが、いいのですか?」
 光に向かって語り掛ける青年、“賢者”アロウン。
 “この理論”などと言ってはいるが、彼は何も手にしている様子は無い。
 それも当然だろう。
 アロウンの言う“この理論”とは目の前の光……智啓の邪神シェルノートの分体から直接脳に刻まれた物なのだから。
 アロウンは、用心深い表情で、警戒心も露わに問い掛ける。
「私は、かの闇の種族のグルスなどという輩とは違い、貴方に力と知識を与えられようが、貴方に対し忠心など抱きようも無い。むしろその力と知識を用いて、完成させた偽神巨神イミテーション・トゥルー・ティターンを用いて、貴方達邪神を滅ぼしてみせますよ?」
『くくく、それは面白い。出来るのならば私を滅ぼしてみせて欲しいものだ。何せ我が本懐は新たなる智の境地を啓く事のみ、故に神々の手によって改造されたとは言え、未だ人に過ぎぬお前が私を滅ぼす程の何かを創造するというのならば、それはまさに私の全知さえ超えた新たな叡智の創造、即ち私にとっての本望だ。あのグルスとやらは何やら勘違いしていたようだが、そもそも私が望むのは新たな智への探求のみ、私自身も含め、その為の研究材料に過ぎん。忠心など始めから求めてもおらんさ』
 そこに込められた本気。
 飽くなき智への情念。
 それに押されながらも、アロウンは意地を見せ笑ってみせる。
「どこまでも貴方は……誰よりも理知的でありながら誰よりも狂っている。智に狂うですか、面白い。ならばいいでしょう。私が貴方に見せてあげましょう、私達人間の智の可能性と言うものを!!」
『く、はははははっ、いいな、いいぞ、その啖呵は最高だ。期待しているぞ“賢者”アロウン。かの超神の身の全てを賭けて創り出されたこの世界ヴェスタ、ここで“賢者”の二つ名をお前が得たという事にもまた意味はあろう。ならばお前が私の期待以上の何かを見せてくれる可能性も十分にありえると楽しみにさせてもらおうか。しかし、その名称だけは何とかならなかったのかね?偽り(イミテーション)なのに真なる(トゥルー)巨神ティターンとは、また、なんとも矛盾に満ちた呼び名じゃないか?』
 本当に。
 目の前にある分体のその本体。
 智を啓く事のみに傾倒し、善も悪も無い、ただひたすらに探究心のみが力を持って存在を成した。
 そんな“真の神”。
 邪神シェルノートが本気でアロウンに自らを滅ぼせるのなら滅ぼしてみせてほしいと。
 その智の果てを見たいと期待していると理解し、その智への狂気の一端に触れ、恐怖を持たぬにも関わらず思わず背筋を震わせるアロウン。
 しかしそれでも敢えて笑い、挑戦的に答えてみせる。
「それは仕方が無いでしょう?神々ではなく貴方達邪神こそが“真の神”だと言うのならば、貴方達の力を象った巨大なる偽りの神像を言い表すのに他になんと呼べばいいというのですか?」
『ふ、はははははっ。なるほど確かに。これは一本取られたな。我らをモデルにしたからこそトゥルーの名を冠し、しかし我らをモデルにした偽りだからこそイミテーションの名も冠する。確かに道理だ。ゴッドではなく巨神ティターンなのは、巨大なる神の像だからか。いや実に理に適った名称だ。これは私の不明だな。謝罪しよう』
 どこまでも愉しげに、笑い続けるシェルノートの分体。
 全く以って智に狂っていると再度思うアロウン。
 しかし、とアロウンは笑う。
 それは自分も一緒だと。
 例え魂までは売り渡さないにしても。
 敵対心を持ったままだとしても。
 いや、敵対心を持ったままだからこそ。
 敵である相手から与えられる知識を、理論を、当然の様に受け入れ利用する。
 新しい智が啓けた事に歓喜する。
 自分もまた智に狂った一人なのだと嫌でも理解する。
「く、くくく、あーははははははっ!!」
『ふむ?ふ、ふふふふ、はははははっ!!』
 だから笑う。
 そしてアロウンのそんな心境を理解しシェルノートの分体もまた笑いを強める。
 人と邪神。
 世界を護る者と世界を破壊する者。
 敵対する者同士。
 しかしそれでも彼等の在り様は近しく。
 親近感すら覚えながら。
 そこには智に狂った者達の哄笑が響き渡り続けた。

【黒曜巨人の岩窟】地下50階“黒曜巨人の台座”
 中級迷宮である【黒曜巨人の岩窟】
 その名のまま、黒曜石で構成された岩窟の様な迷宮。
 黒い岩系モンスターばかりが出現したこの迷宮の最下層。
 それなりに大きな、磨きぬかれた黒曜石が四角くくり貫かれた広間。
 その広場で、この中級迷宮のボスモンスターであった黒曜巨人を打ち倒した、アッシュ、ルルナ、エミリアのパーティは、疲れすら忘れて中央にある巨大な台座を凝視していた。
 彼等パーティがこの広間に入ってくるまでは黒曜巨人が静かに佇んでいた台座。
 黒曜巨人は、名前通り黒曜石で出来たかのような見た目とは裏腹に、その身体は頑強そのもので、アッシュのアダマンタイト製のバルディッシュによる全力の一撃も容易く弾き返し、その動きも巨体に似合わず素早く、魔法に対する耐性も高かった。
 恐らくは何らかの特殊な処置が神々によって施されていたのであろう。
 それでも所詮は中級迷宮のボスモンスター。
 神々の処置もそれほどのレベルではないし。
 それにこの後も何度でも湧いて来る、所詮は無数に存在するモンスターの一個体に過ぎない。
 それでも今のアッシュ達にとってみれば強敵だった事には変わらず。
 3人はそれぞれが全力を出し尽くし。
 その上で最高の連携を見せ。
 ひたすら時間を掛けて。
 ギリギリでやっと倒したのだ。
 最初などは、まずこういった鉱石系のボスモンスターに時々居る、身体に刻まれた文字を消せば倒せるという類の相手である可能性を考え。
 文字が無いか探す為に、エミリアの拘束系の魔法で足止めしつつ、周囲から上空から、あらゆる方向からその姿を確かめ。
 更には足下を拘束系の植物の強靭な蔦で縛りつけた状態で、上体を、アッシュの今の限界まで狂化した上でのアダマンタイトのバルディッシュでの徹底的に威力を高めた一撃と、ルルナの魔闘術を用いたアダマンタイトのガントレットを纏った拳による連撃で、何とか転ばせて足の裏まで確認した。
 その上で、文字が無い事が分かり無駄足に終わっても、なおも意志を衰えさせず、他に考えられる可能性。
 即ち体内に核となる部分がある。
 或いは本当に、せめて相手が動けなくなる程破壊する必要がある。
 倒す手段として考えられるのは、少なくともアッシュ達にはこの2つに限定され。
 その上で、これだけ硬く、しかも核の場所を探り当てる手段の無いアッシュ達の場合、どこにあるかも分からない核を狙うのはただの偶然に任せるしか無い為、結局は徹底的に相手にダメージを累積させて、黒曜巨人のその強固な身体を破壊するしかなく。
 全員でダメージを与え続け。
 そして遂に何とかダメージが通って、黒曜巨人の身体を破壊し、倒す事が出来たのだ。
 だが今の3人には戦いの疲労も、大金になるだろう換金アイテムである黒曜巨人の身体を構成していた莫大な未知の鉱石も全く気にならなかった。
 黒曜巨人を倒すと同時に台座に現れた、台座に突き刺さった巨大な斧。
 漆黒の輝きを放つそのひたすらに巨大で既存の斧の形状に当て嵌まらない大斧に3人共ただ魅せられていた。
 ―究極アルテマ級シークレットウェポン、破壊之大斧デストロイヤー・アクス
 それを目にした3人の頭の中に、瞬時に情報が浮かび上がる。
 究極アルテマ級シークレットウェポンの中でもあの勇者王アルスの絶対王剣エクスカリバーや姫勇者カタリナの聖十字斧槍ホーリー・クロスストライクに匹敵するだろう最上位の武器型シークレットウェポン。
 何故そのような物がこの程度の迷宮に出現するのかという疑問が湧くも、すぐに歓喜にその疑問は押し流される。
 特にアッシュは狂喜していた。
 分かるのだ。
 自らがあのシークレットウェポンに選ばれたのだと。
 厳かに台座に歩みより、破壊之大斧デストロイヤー・アクスの柄に触れ、重さすら感じずにあっさりと抜き放つアッシュ。
 破壊之大斧デストロイヤー・アクスが漆黒の輝きを放つ。
 アッシュの心はひたすらに昂ぶっていた。
 当然だ。
 本来称号:勇者専門である筈の究極アルテマ級シークレットウェポン。
 ノブツナという例外は居るが、彼はあくまで剣神に愛された家系に生まれ、しかもSS級相当探索者になったからこそ降神刀フツノミタマを、剣神の最高傑作を手に出来た。
 偶然だろうが、幸運だろうが何だろうが、間違いなくこのシークレットウェポンの主となった、ただそれだけですぐにアルスから一代男爵に叙勲される事が出来るだろう。
 アッシュの夢である公爵位でさえ今にでも手が届く位置にある。
 アッシュはただ歓喜に酔いしれる。
 その偶然の、幸運の裏側にある意図など想像も出来ずに。

「ふふ、これで良い、これで舞台は整う」
「恋人の叙勲式、なればあの娘も当然参列するであろう」
「なればあの哀れで憎らしい職業:勇者の男も少し突けば容易く動こう」
「そうすれば」
「我らの復讐の舞台は」
「整う」
「楽しみだ」
「待ち遠しい」
「待っているがよい」
 そう、全ては三位一体の意のままに。

【???】???“???”???
 圧倒的な力に“狭間”が揺らぐ。
 ただ力を抑えずに“在る”だけでも外宇宙など無限を超えて容易く消滅させるだろう力が。
 収束され。
 洗練され。
 指向性を与えられ。
 ただただ破壊に特化し。
 一点へと集中して振るわれる。
 それは恐らくは、“無限を超えた超々×∞無限次多元外宇宙”と虚無で満ちた、果てなき果てたる最外層までをも全て貫きギリギリ届くだろう一撃。
 しかしそれほどの攻撃を。
 これまで時系列の縛りすら超えて。
 それでいながら通常の時系列でさえ悠久の歳月が過ぎるだけの間どれだけ繰り返し続けても。
 それでもこの“狭間”はなお“彼女”を閉じ込め続ける。
 その事実に、この“狭間”でさえも力の一部でしか無かった、この世界の元となった“真の神”の、超神ヴェスタの力の強大さを痛感する“彼女”。
 尤もその力の一端に囚われている立場でありながら、その力の痕跡を感じるのは“彼女”にとっては悦びなのだが。
 “彼女”は想う。
 あの“天才”は。
 その超神の一部から生み出され、超神すらをも超える可能性を得たあの“兵器”はいったいどこまで“到る”のであろうか、と。
 そしてそんな“天才”に傅く未来の自分の姿を想う。
 昂ぶりは更なる力を生み、無限に繰り出される無限速の連撃は、どこまでも“狭間”を揺らし続ける。
 “彼女”は感じていた。
 一点に集中させ続けた無限を超えた攻撃が。
 一心不乱にひたむきに、どこまでも真摯に与え続けたダメージが。
 “狭間”に施された術法の経年劣化による綻びも合わさり、遂にはほんの僅か。
 そう、微かな兆候に過ぎないが、世界の表への穴を開き始めていると。
 それでも通常の時系列に於いてはあと少し。
 だが時系列の縛りから逃れた“彼女”にしてみれば、永遠すらを超える遥かな先に、ようやく“狭間”から出る為の穴をほんの刹那開く事が出来る、と。
 “彼女”は、上級邪神たる“真の神”求道のジャガーノートは笑う。
「さあて、“天才”くん?君はいったいどこまで成長したかな?あれから早く君に逢いたくて会いたくて、わざわざ全ての分体を回収し、ここに全ての力を集めてただここから出る事に力を注いでいたから、君がどれだけ成長したのか“視れて”も“識れて”もいないんだ。本当に楽しみで愉しみでならないよ。ああ、本当に、ボクの期待のぞみに応えてくれよ!!」
 力がなお昂ぶり、そして焦がれる様にジャガーノートは想いを告げた。

【???】???“???”???
「さて、と。始めようか」
 とある未知迷宮の最奥の深奥。
 神々を蹴散らし辿り着いた封印の地。
 ロドリゲーニは“狭間”から特殊な術で以って封印を解き取り出した自らの過去世の邪神としての肉体。
 いやこれを“肉体”と呼ぶのは果たして正しいのだろうか?
 形すら定かでは無い、ただ集まり固まった純粋なる力の塊を前に厳かに告げる。
「スレイの成長がまさかあそこまで速いとはね。いやあ、あの戦いを“視た”時と、そしてヴェスタの外の外宇宙全てをあっさりと分解して再構成……あの“門”の要素を完全に廃して浄化した時、そして外宇宙の外から飛来したあの知性すら喪い本能のままに動く力の塊に過ぎなかった敗北者とは言え、あのレベルの力の持ち主を瞬殺した時には本当に焦ったよ。このままの僕じゃあもう相手にもならないってね。だからまあ、過去世の邪神としての僕自身と融合する必要がある訳だけど。しかしまあ、まさか奪った“恐怖”を返す前にあそこまで成長しちゃうなんて……想定外に過ぎるな。あれは“天才”としてもイレギュラーの塊だろう」
 本気で困ったように呟き肩を竦めるロドリゲーニ。
「ふぅ、融合には通常の時系列でも多少の時間が掛かるからなるべくならもっと余裕を持ってと思っていたけど、スレイがあまりにも異常だから予定が狂ったな。融合中に他の連中がどう動くか……。あそこまでスレイの成長が異常だと、イグナートももう安全牌じゃないしな。でもまあ仕方無い。ここはスレイ自身の幸運に賭けてみるとしようか。流石に僕が奪った“恐怖”を返さなければイグナート相手は無理……な筈だし?」
 最後に思わず疑問形になってしまい、もはやそこまでスレイに関しては読めなくなったかと苦笑するロドリゲーニ。
「本当にまあ、困ったものだな。でも、だからこそ面白いか。享楽こそ僕の全て、ならばこの事態も楽しまないとね」
 笑い嗤う。
 そう、それこそが自分の全てだと自身に刻み込むかのように。
「さあ、昔の僕、おいで」
 呼びかけると同時、不定形の力の塊が、強い光と力の波動を発しながらロドリゲーニの内へと入って来る。
 顔を顰めるロドリゲーニ。
 流石に、本来の自身の力とはいえ。今の人間の身体には多少負担が掛かる。
 だがこの身体も、融合が終われば変質しているだろう。
 そう考えたのを最後に、ロドリゲーニの思考は閉ざされる。
 そしてその身体から飛び出た光の糸が繭を構成し、ロドリゲーニの身体を包み込み、絶対堅固の、それこそ上級の“真の神”以上の力でなければ干渉も不可能な光の繭が全てを包みこんだ。


+注意+
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