【破壊神の迷宮】地下88階
明らかに迷宮と呼ぶに相応しい整えられた通路。
光源も定かでないのに関わらず、普通の人間にとっても視界を確保するに容易いであろう明るさ。
とはいえ、この迷宮にただの人が入ればすぐに死ぬだけだから、それに意味は無いのだが。
未知迷宮でありながら、実に“らしい”迷宮。
だが迷宮と呼ぶには相応しくない要素が幾つかある。
まずはその異常なまでの広大さ。
ただの通路だというのにとてつもなく大きい。
いや、これを通路と呼んでいいのか。
横幅は優に10キロを超え、高さもまた同じく。
迷宮に入ってすぐ、このあまりの馬鹿げた広さを目にしたドラグゼスは目を丸くして驚いた物だ。
まあ、そのすぐ後に、嫌でもそれを納得せざるを得なかったのだが。
次に、どこまでも一本道である事。
階段を下りる必要こそあるが、本当にただ真っ直ぐ進むだけ。
分岐も隠し通路も何も無い。
これでは厳密には“迷”宮とは呼べまい。
そして最後にその壁や通路や天井を構成する素材。
完全に繋ぎ目などの存在しない、明らかに一つの材質を刳り貫いたかのような見た目。
だがその質感は異常の一言に尽きる。
灰褐色のその素材は、現在やはりスレイ達によってドラグゼスも同等の加速をされ、光速の数十倍の速度域に加速したまま、通常の時系列から隔離されたまま突き進んでいるにも関わらず。
当然のように隔離された事で、通常の時系列に存在するモノに対する干渉は世界の干渉により妨害されているにも関わらず。
明らかにその妨害の力よりも、その迷宮を構成する素材の元々の強度の方が高く、また硬かった。
ドラグゼスが知るどのような物よりも硬い素材。
例え人よりも強靭な肉体を持った探索者であっても、この迷宮内で戦う際、思いっきり床を蹴り付ければ、それだけで脚にダメージを負うだろう。
それぐらいとんでもなく硬い。
尤もスレイはそんな事など全く問題にしていなかったが。
この迷宮の広さをドラグゼスに無理矢理納得させた存在。
迷宮に出現するモンスターの内の一種であるアグニ・ブルの群れが襲い掛かって来る。
とんでもない。
そう、明らかにドラグゼスからみても異常だと分かる質の炎を纏った巨大な紅い牛達。
その全長は一キロにも及ぶ。
そんなモンスター達が大挙して押し寄せてくるにも関わらずスレイ達は落ち着いたものだ。
尤も、今までの道中で慣れてしまったドラグゼスもやはり落ち着いていたのだが。
この迷宮に入ってから、フルールとロードはスレイの肩に乗る事なく宙に浮き続けている。
そしてディザスターも含め三匹ともが、スレイの後ろに付き従うだけだ。
何やら楽しそうなスレイが、わざわざ敵に合わせた速度で、双刀を抜き放ち一気に空中へと跳び上がる。
どうも、昨日何やらあって、昂ぶっているらしいと、三匹に聞いたのだが良く分からない。
分からないが、そのスレイの戦闘があまりにもおかしい事だけはよく分かった。
空中を自在に足場とし、更に全次元座標軸、全時空間座標軸、全位相座標軸、それら全てをあらゆる方向に、自在に巧みに使いこなし、己が肉体を自在に操って、もはや理解の出来ない機動で敵の只中に突っ込んで行くスレイ。
アグニ・ブル達はその巨体も、その力も生かせず、戸惑いながらもただ己が炎を昂ぶらせ、何とかスレイを焼き尽くそうとする。
しかしスレイは涼しげにその炎の只中を突っ切り、やはり意味不明な機動で、もはや何をしているのかも理解できないような動きで、あっさりと敵の只中を突っ切り、その後方へと佇んでいた。
それから暫し。
細切れになり、そのまま消滅していくアグニ・ブルの群れ。
速度は同等の筈。
なのに刹那で全てを細切れに。
しかも相手にも気付かせず、ドラグゼスも見ていて何をしたのか全く分からない。
ただ、スレイの両手に握られた双刀は、何やら満足気に凄絶で妖しいオーラをより昂ぶらせ、悦んでいるかのようだ。
その気に中てられやや気分が悪くなるドラグゼス。
これでもフルールが結界を張ってくれているのだが。
何にせよ、ドラグゼスにも一つだけ分かる事があった。
今のスレイは何やらテンションがおかしい。
時にはこのやたらと硬い素材の迷宮の壁や天井を蹴り付け、世界の隔離と元々の素材の硬質さを無視してあっさりとクレーターを作って強引に方向転換するなどという、今のスレイには必要が無い真似までわざわざしている。
そしてそれだけ暴れながら。
その上あれだけの強敵達を瞬殺しながら。
なおも物足りなげな表情を浮かべていた。
何にせよ、ドラグゼスにも一つだけ得る事があった。
既に以前の会談で分かっていた事ではあったが、ますます強く確信する。
スレイだけは敵に回してはならない、と。
もともと敵に回す理由など無いのだが、それでもそんな事を考えさせられる程の暴れっぷりであった。
【破壊神の迷宮】地下100階“折牙象頭神の祈祷間”門前
カラフルに。
どこか仰々しく。
華美で豊かさを象徴するかの様に飾られ開かれた門の手前。
やはり広大な通路の中。
これで何度目か。
光速の数十倍の速度域の中でさえ轟々と勢い良く流れる水を全身に纏った直径200メートル、全長2キロにも及ぶ巨体の大蛇が十匹以上同時に襲い掛かって来る。
名はガンガー・コブラ。
ここに到るまでにも大量に出現したモンスターだ。
その身を覆う水の流れの激しさは神の域。
とてもではないが通常の攻撃手段でその激しさを超える事など不可能だろう。
だがスレイにそんな事は関係無い。
相も変わらず楽しげに、口端を吊り上げ、楽しくて仕方が無いと言った雰囲気のままに、自ら襲い掛かる敵の中央へと飛び込んで行く。
そして今回は敵が襲い来るその中央にて足を止めた。
怒涛の如く全方位から襲い掛かるガンガー・コブラの群れ。
スレイの姿がブレる。
全くその立つ位置はミクロ単位も変えぬままに。
しかしやはり全次元座標点、全時空間座標点、全位相座標点の、ほんの僅かな、他の者には知覚も出来ぬ境地の精緻にて微細な歩法で以って細かくステップを刻む。
知覚は出来ぬが結果は明確に現れた。
アッサリと深く削れるスレイの足下の床。
そして素粒子の欠片、その更に微細な破片すらも残さず斬り裂かれ、アスラとマーナによってその存在の全てを喰らわれるガンガー・コブラ達。
そのサイズ差を考えれば悪夢の様な光景だ。
笑い話にもならない。
時系列に縛られぬ領域に於いて、そしてその領域を知覚する者にとっても刹那の間に、喰らわれ尽くす単位のおかしい巨体を持った水の大蛇達。
そして次の瞬間には既に双刀は鞘に納められ、スレイは静の美を体現し立ち尽くしていた。
ふっ、と一息吐き、次の瞬間に告げる。
「行くぞ」
ただ一言。
それだけで門に向かい歩き始めるスレイ。
当然の様に後に続く三匹の下僕達。
ドラグゼスもまた慌てて後を追った。
【破壊神の迷宮】地下100階“折牙象頭神の祈祷間”
やはり華美に飾り立てられた広大な、今までの通路よりも遥かに広大な空間。
その飾りは統一性が無く。
しかしただ分かるのは所謂縁起物、と呼ばれるような物や飾りによって飾り立てられているという事。
そしてやはり何処か豊かさを象徴しているのが分かる。
また、人々に祈られるべき対象を飾り立てているかの様だ。
そしてその中央。
最も華美な敷物の上。
大きな突き出た腹に、四本の腕が生え、二本の足で胡坐をかいて座る、片方の牙が折れた象の頭を持った、座っているにも関わらず高さが十メートルを超える異形が居た。
勿論ここに来るまでにスレイが葬って来たモンスター達よりもサイズだけで言うならば遥かに小さい。
だがその神々しさは、ドラグゼスに先程までのモンスター達を遥かに超える巨大さを幻視させた。
それだけではない。
先程までのモンスター達は確かに自分より圧倒的に強く、だからこそ敵わないと感じていた。
だがこの存在は違う。
例え自分がもっと強大な力を得て、目の前の存在よりも強い力を得ても敵わない。
何故かそのような気持ちにさせられる。
「ガネーシャの神格に呑まれたか」
「はっ?」
ポン、とスレイに突然肩を叩かれ、ふとドラグゼスは我に返る。
今まで感じていた絶対的な何かが突然取り払われたような気分になる。
とは言えやはり目の前の異形の存在の強大さは変わらないのだが、根拠の無い絶対的な敗北感は取り除かれた。
「今のはいったい?」
「こいつは財産、智慧、成功などを司る神だからな、その神格に呑まれたんだろう。成功を約束された相手に敵わない、などと感じるのはごく普通の事ではある。まして相手は神。とは言え、この程度の神格に呑まれていては困るな。あんたに得てもらう力はもっと圧倒的なんだから」
そう言うと、ドラグゼスが何を言う暇も無くスレイは消えた。
いやドラグゼスには消えた様にしか見えなかったと言うべきか。
何やらその象頭の口を開き告げようとしていた異形の存在。
スレイの言葉によればガネーシャというらしいが。
ガネーシャの口から言葉が紡がれる事も無かった。
スレイがドラグゼスの視界から消え去ると同時、ガネーシャの巨体そのものが完全に消え去っていたからだ。
そしてその場に佇むスレイがふと現れる。
その両手は双刀に掛けられていて。
しかし双刀は鞘に納められ。
ただドラグゼスは唖然とその姿を見詰めるしかなかった。
【破壊神の迷宮】地下256階
地下100階のボスモンスターであった異界の神を倒して以降。
更に156階も地下に下りたにも関わらず、あれからまだボスモンスターの居る階層には到達していなかった。
ドラグゼスが知る限りではありえない程の深さの迷宮である。
迷宮自体の様子は変わっていない。
相変わらずの広大な一本道の通路。
硬すぎる程の床や壁や天井。
だが出現するモンスターは一変していた。
地下100階まで出現していたアグニ・ブルやガンガー・コブラは全く出現しなくなり、変わりにヒマヴァット・ドゥンという獅子とも虎ともつかぬ姿の、全長3キロには及ぶだろう巨体のモンスターが出現する様になっていた。
明らかにアグニ・ブルやガンガー・コブラよりも狂暴で、遥かに高い戦闘力を持つとドラグゼスにも容易に分かる相手だ。
しかしスレイにとってはアグニ・ブルやガンガー・コブラと何ら変わらない様だった。
その時その時の気分に合わせてか、色々と戦闘スタイルこそ変えているものの、結局はどれだけの群れで現れようと、刹那に葬り去っている。
出現するモンスターが変わった事に意味が全く感じられない。
だが地下101階以降で出現するようになったモンスターはそれだけでは無かった。
しかも今までとは明らかに格が違うと分かるモンスター。
今まで出現していたモンスターも神獣ではあった。
だがスレイによると確かに異界の神だという存在がモンスターとして出現するようになったのだ。
名はファースト・マトリカスからエイス・マトリカスまでの8種類。
ドラグゼスでも見ただけで怖気を震う様な兇相の女神達だ。
特にエイス・マトリカスはその中でも格別だった。
しかしそんな女神達。
明らかに戦いに特化した神格を持つと分かる女神達でさえも、スレイはあっさりと容赦無く葬りさっていく。
そこに躊躇は無い。
ここに到るまでに、女の姿をした存在を葬る事に躊躇いを覚えないスレイに疑問を覚えて聞いてみたが、モンスターとしてこの地に封じられ、人を襲う事に躊躇いを覚えない存在である以上、幾ら女の姿をしていようと葬るのに躊躇する理由はないし。
何より、明らかに凶悪そうな性格が分かるので守備範囲から完全に外れているのだそうだ。
異界のとは言え、仮にも女神をそういう基準で判断するスレイの感性はドラグゼスの理解を超えたものであったが。
とにかく、その進撃は留まる事を知らず。
全く勢いを減じずに一行は突き進み続ける。
敵を完全に消滅させるスレイに、少し気になったドラグゼスが、換金用の部位などを残さなくても良いのか、と聞いてみたが。
今のスレイには金銭的に余裕があり過ぎる程にあるらしく。
何より、この迷宮に出るモンスターは最低でも神獣。
その身を構成する部位をまともに扱える相手が居ないから換金なんて出来る筈も無く。
またそんな物を世に流通させるのは問題があるからどの道持ち出す気は無い。
そうあっさり言い切られてしまった。
そんな風にスレイが世界の事を気に掛けている事に驚きを覚えたドラグゼスだが。
考えてみればこの迷宮へ挑んでいるのもドラグゼスを強化する為。
邪神の手による世界へのちょっかいに対抗する為だ。
何かスレイにも変化があったのだろうと想像するしかない。
そのまま、笑いながら理解の及ばぬ戦闘を繰り広げるスレイの後を、ドラグゼスは大人しく付いて行くのだった。
【破壊神の迷宮】地下300階“破壊神妃の殺戮場”
地下300階。
ボスが待ち受けていた広場。
そこは、今まで誰も到達した事が無い筈なのに、その広大な広場の全てが無数の骸骨で埋め尽くされ、足の踏み場も無い程であった。
その只中。
中央に、この広場の主が居た。
金色の肌を持つ、穏やかな表情の美しい女神。
相変わらずその身は巨大で、まるで山のような見上げる程の巨体ではあるが、とてもこの場の主人であるとは信じられない程の穏やかさ。
その身から発せられる神気もまた包み込むような雄大な自然の如く。
この広場との落差があまりにも激しい。
戸惑うドラグゼスにスレイが告げる。
「この女神パールヴァティーは、殺戮の女神カーリーや、戦いの女神ドゥルガーと言った別の相も持つ神格だ。神々が多面性を持つのは珍しい事じゃない、そんなに戸惑うな。とは言え、どんな相を持とうが意味は無いがな。戦うのは楽しくはあるが、わざわざ遊んでやる程暇でもないからな」
言葉がドラグゼスの耳に届いている時には既に。
スレイは消え去り、そしてまたもボスモンスターであった異界の女神は完全に消滅していた。
もはや佇む事もなく、何時の間にか広場の先の扉に向かい歩みを進めているスレイ。
三匹の下僕達は当然の様に後に続いている。
ドラグゼスも慌てて後を追いかけた。
【破壊神の迷宮】地下478階
あれから更に178階も下の階層まで下りて来た。
通常の時系列では全く時間の経過は皆無。
だが主観時間に於いては、スレイが悉く敵を瞬殺して歩き続けていて、更に一本道にも関わらず、その通路のあまりの長さに、大分時間が経過した様な錯覚を覚えている。
幾ら加速して時系列すら無視していると言っても、その時系列すら無視した加速と同等に思考も加速しているのだから、ドラグゼスにとってはそのあまりにも長い距離と、深い階層をひたすら進み続けているに等しく。
この迷宮に終りなど無いのではないかと思える程で。
先程スレイに思わず尋ねたところ答えはあっさりと返って来た。
地下500階。
それがこの迷宮の最下層。
そして目的の異界の破壊神が居るボスフロアが在るらしい。
終着点が知れた事で安堵したドラグゼスは、これほどあっさりと教えてくれるならもっと早くに聞けば良かったと後悔したものだ。
尤も、スレイ自身も来た事など無い筈のこの迷宮の最下層を知っているなど予想も出来なかったので仕方が無いとも思ったが。
だが、スレイに関してはそのような常識の枠に当て嵌めて考える事自体が馬鹿らしいと、もはや覚っているのに聞かなかったのはやはり不覚だったと思う。
しかし地下301階以降。
今度は出現モンスターのみならず迷宮の構造も完全に一変していた。
とは言え一本道なのは先程も述べたように変わっていない。
ただ通路の床と壁と天井を構成する材質が更に硬質な物に変わり、そしてより広大になったのだ。
そう横幅と高さのどちらも100キロは超えているだろう。
その理由も明らかだった。
地下301階以降に出現する様になったモンスターの一種。
ナンディンという牛の神獣。
同じ牛の神獣とはいえアグニ・ブルなどとは比較にならず、もはや並の神々と同等以上の力を放っている。
その身はあまりにも神々しい乳白色で、体長は10キロ以上にも及ぶ。
世界から隔離され。
更には信じられない程頑丈な通路であるにも関わらず。
ただ突進してくるだけで揺れる。
そう明らかに分かる程通路があらゆる方向に揺れ動く。
地震などそんなレベルでは無い。
まさしく天変地異。
時系列すら無視して、時空間や次元や位相のズレにすら対応できる、いやそれらの座標の移動すら可能なドラグゼスの感覚ですら、その揺れに狂わされる程だ。
たった一頭でさえそれなのに。
そんな化物が何十頭と、前方から、広大な通路を埋め尽くし、群れて突進してくる様は、恐怖を感じぬドラグゼスの感性であっても危機感を覚える程だ。
だが先程既に述べた様に変わらない。
そうスレイは変わらなかった。
そんな超質量の塊を。
いや超高密度の神気の塊の様な存在を。
時空を。
次元を。
位相を。
概念を。
法則すらも揺らがすその不条理を。
やはり手を変え品を変え。
楽しみながら。
遊ぶ様に。
それでいながらドラグゼスにはやはり知覚出来ぬ刹那に滅ぼし尽くしていく。
時折煌く真紅と深蒼のオーラ。
スレイが双刀で戦う事を選択した際。
すぐには鞘に納めず敢えて両手に握り、暫し無造作に自然体に無構えで持ったままにしていた時に見えたその刀身が放つ輝きは、まるで歓喜の声を上げる様に鳴動し。
ただその色が目に映るだけで、この迷宮に入ってから見て来た神獣や、ボスであった神々など足下にも及ばないような、絶対的な絶望感をドラグゼスの内に生じさせる。
恐怖は感じない。
感じられない様に戦闘種族として創られた竜人族は生まれつきそうなっている。
だがそれでも。
敵対する物でないとさえ分かっていても。
アレが己が身に触れたなら。
終わる。
そう己が全てが終わる。
ただそれを理解させられる。
それが為に生じる絶望感。
だが何よりも畏怖すべきは。
そんな絶望を振り撒く双刀を、ただの戦闘の一手段としてしか見ず、あっさりと従え振るうスレイという存在だろう。
それだけではない。
更に時々垣間見える糸の様な細い煌き。
見えた時には全てが終わっていて何も分からない。
いや見えていない事すらあるのだろう。
だがそれには双刀とは違う異質な絶対的な何かが。
そう可能性とでも言えばいいのだろうか。
まるでそれに出来ぬ事など無い。
そう主張しているかのような煌きだとドラグゼスには感じられた。
ドラグゼスのあらゆる感覚が麻痺するような猛威が振るわれる相手は何もナンディンだけではない。
そう、当然他にも出現するモンスターは存在する。
例えばリビングウェポンの一種、トリシューラにピナーカ。
トリシューラはやはり直径3キロ以上、全長30キロ以上にも及ぶ巨大な鉾。
ピナーカは10キロ以上の長さを持った弦の張られた弓だ。
どちらもナンディン以上の力を持ち、トリシューラは激しい焔を纏って飛来し、ピナーカは燃え盛る炎の矢を放ってくる。
どちらもアグニ・ブルが纏っていた炎など比較にもならず。
スレイは。
「あれはどちらも、今回の目的である異界の破壊神の持つ神器がリビングウェポン化してモンスター化したものだ。あれらの炎は最高位の火の神々が放つ炎よりずっと強力で、触れるだけで焼き尽くされるから気をつけるんだな」
などと愉しそうに嗤いながら言いつつ、自分は平気な顔をしてその炎に触れてみせる。
凄まじい速度で飛んで来たトリシューラを握ったかと。
そう、直径3キロ以上もある巨大な鉾を握るのだ。
ただ手を添えたようにしか傍目には見えない。
どころか、明らかに全身が炎の中に呑まれていて見えないが、そうと分かる。
何故なら、その直後、その手を添えた。
いや握った部分から皹が入りへし折れ、終いには完全に塵と化すのだから。
サイズ比がおかしく、あまりにも見ていて意味不明な光景だ。
いや、もうドラグゼスの感覚も完全に麻痺していて、慣れてしまったが。
それでも、最高位の火の神々が放つ炎よりもずっと強力だという炎に身を包まれながら、その服の繊維の端にすら、熱に炙られた跡すら見えないのはどういう理屈か。
当然戦い方はそれだけではない。
今までのように双刀で存在の欠片も残さず斬り刻み尽くしてみせたり。
ドラグゼスには見る事も困難な何らかの糸を用いて粉々にしたり。
或いは正面から殴って消滅させたり。
まさにやりたい放題だ。
ピナーカから放たれた炎の矢に関しては。
炎であり実態を持たず、しかもやはり弓に相応しく巨大な矢であるにも関わらず、そのまま掴んで投げ返し、ピナーカを逆に焼き尽くすなどという真似さえしてみせる。
呆れ果ててもはや何も言えないドラグゼスであったが、それは何もドラグゼスだけではなかったようだ。
ディザスターやフルールは勿論。
炎に関してはエキスパートと言っても過言では無いだろう。
それも神々など比較にもならない“真の神”クラスのロードですらもが、スレイの所業には呆れた顔を見せていた。
いや、鳥類の表情を見分けられる様な知識はドラグゼスには無いのだが、なんとなく雰囲気で伝わってきた。
極めつけは直径10キロ程の球体の、いや眼球のモンスター、サード・アイだ。
サイズ自体は小さい。
いや、他のモンスターがあまりにも巨大な所為で基準がおかしくなってるだけで、十分以上に大きいのだが。
ともかく他のモンスターと比べれば小さいが、感じられる力は他のモンスターと比較にならない程大きい。
そしてこの光速の数十倍の速度域の中でもドラグゼスの目では追えない程の速度で、時系列も無視して自在に飛び回り。
更には、極めつけの、トリシューラやピナーカの炎が可愛らしく思えるような凶悪な力を感じる炎をレーザーの様な収束率で放ってくる。
あまりの事に唖然としていれば、スレイ曰く。
「これは、異界の破壊神が持つ第三の目の、言わば縮小版。劣化コピーだぞ?それでもあの炎はやろうと思えば宇宙の一つや二つなら容易く燃やし尽くすけどな。尤もその程度の破壊力なんかより、威力の調整も可能な辺りが俺的には一番の能力だと思うがな」
「……とんだ移動砲台だね」
思わず返したドラグゼスの言葉にスレイは何故か面白そうに笑う。
その笑いに嫌な予感を感じるドラグゼス。
だがスレイはただ不吉な響きの一言を残して再び戦いに身を投じていった。
「移動砲台か、なかなか良い呼び方じゃないか。それじゃあ差し詰め俺達の今回の目的は、晃竜帝国の固定砲台の獲得って事かな?」
「は?どういう……」
尋ねるドラグゼスの声は当然の様に無視された。
そしてスレイは当たり前の様にその宇宙の一つや二つは焼き尽くすという炎が収束された、レーザーのような砲撃を、掴んで曲げたり。
投げ返したり。
殴り返したり。
蹴り返したり。
或いは丸めて固めて投げたり。
もしくは触れただけで掻き消してみせたり。
そもそも何もする暇すら与えずに。
双刀でサード・アイを悉く斬り尽くしたり。
やはり謎の糸で刻み尽くしたり。
とにかく容赦無く。
そして欠片も苦戦する事無く葬って行く。
相手がどんなモンスターだろうとスレイにとっては関係無いようだった。
ただ、力が在るモンスターだというのを間違い無いと示すのは。
双刀の、質の良い力を啜れた事に歓喜する妖しく凄みのある輝きぐらいな物だった。
【破壊神の迷宮】地下500階“破壊神の間”
漆黒の巨大な門を潜り抜けたと同時。
ドラグゼスはいきなり宇宙の只中に居た。
そのまま言葉通り、どこまでも広がる“眼”を以ってしても見通せない程に圧倒的に広大な宇宙。
煌く星々。
無重力と真空への突然の環境の変化。
漆黒の門には膜が掛かったかのようにただ薄暗く、ドラグゼスでは“眼”を以ってしても先が見通せず、完全な不意討ちだったが、戦闘種族として生み出された思考と肉体は刹那で状況に対応し、虚空に立って、竜気を以って環境にも適応してみせる。
前を見れば、当然の様に虚空を歩き進み行くスレイと、その後に従う下僕達。
やはりというか、なんというか、この程度ではスレイにとってはいきなりとも感じないらしい。
いや、とっくに分かってすらいたのだろうか。
何にせよ、スレイが当たり前の様に宇宙空間を歩き向かう先。
そこには巨大な者が虚空に胡坐をかいて座して居た。
そうその大きさも。
何よりその存在そのものが巨大だった。
恐怖心を持たぬとはいえ、ただただ気圧されるドラグゼス。
正確な大きさは分からない。
“眼”を以ってしても測る事ができなかった。
青黒い肌をした、四面四臂の人型。
右手の一つにはトリシューラが。
やはり正確なサイズを測る事が出来ず、そして先程までモンスターとして出現していたトリシューラなどただの劣化品に過ぎぬと明らかな程圧倒的な力を放ち握られている。
もう一本の右手にはピナーカがやはり同様に握られている。
左手の一本には片手サイズの両面太鼓を持っていた。
とは言えこの巨大な存在の片手サイズという時点で異常なのだが。
首にはガンガー・コブラなど比較にならぬ大蛇が巻き付き、鎌首をもたげている。
四つある内の正面の顔の両目の間には第三の目が、モンスターのサード・アイなど比較にならない程巨大で、圧倒的な力を持った瞳が開き、全てを見通しているかの様な圧迫感を与えてくる。
傍らにはやはり正確なサイズを測る事の出来ない先程までのモンスターは偽者に過ぎなかったと嫌でも分かる様な力を放つナンディンが乳白色の皮を光らせ侍っている。
ただ圧倒されるドラグゼス。
しかし前方で立ち止まったスレイが、周囲を見回すようにしたかと思うと、つまらなさげに、ふんと鼻を鳴らす。
「なんだ、子供の粘土あそびじゃあるまいに、無節操に数え切れない程宇宙を創ったりして。こんな事をしても、この世界から出るどころか、封術程の拘束力も無いちょっとだけヴェスタの力を利用して作られたこの迷宮の呪縛から抜け出す事も出来ないってのに、無駄な事をするな」
「はっ?スレイ君、宇宙を創ったとは?」
エーテルを震わせ問いかけるドラグゼスに、スレイはやはり退屈そうに答える。
「そのままの意味だよ。こいつ、シヴァは破壊神としての側面が一番強くはあるが、世界の創造も軽く行える程度の力は持ってるからな。この迷宮のこの封じられた広間でそれこそ囚われ続けて来た時間、数え切れない程に宇宙を創造しまくったみたいだな。創りまくれば飽和するとでも思ったのかね?この世界の器に限界など無いってのに、まったく」
呆れたように返された言葉は、ドラグゼスの理解を超え。
しかし紛れも無く目の前の存在、シヴァを刺激したのだろう。
『 』
刹那、ドラグゼスには理解も出来ぬような圧倒的な情報量が込められた、それ故に全く何も読み取れない思念が発せられ。
同時、シヴァの第三の目が輝いたかと思うと、宇宙が崩壊し、周囲全てが虚無となる。
恐らくは、第三の目どころか、その前に響いた思念ですらまともに受けていればドラグゼスは完全に消滅していたであろう。
何時の間にか、目の前にフルールが現れ、障壁を張ってくれたからこそ無事だったようだ。
しかしそんな圧倒的な力の発露を前に、スレイはただ退屈そうに溜息を零し告げた。
「おいおい、自分で創った宇宙を全部破壊するとか、また無駄な事をするな。しかし、これは順番を間違えたな。ロードを下僕にする前にやっぱりこっちに来るべきだった。あれだけの戦いをした後じゃあ、この程度の規模の力を見せられても、逆に半端でフラストレーションが溜まる」
言葉通り。
何時の間にか、ここに来るまでの道程では楽しげだったスレイの表情が、しごくつまらなそうな、平坦な物へと変わっている。
そしてスレイは、その苛立ち全てをぶつけるかのようにシヴァを睨んだ。
ただその眼光だけで、シヴァが、ドラグゼスからすれば圧倒的で全く理解の及ばぬ存在が、怯んだのが分かる。
「もういい、終われ」
一言。
ただ呟いた刹那。
全ては消え去った。
「……は?」
ただドラグゼスは呆然と声を漏らすしかない。
そう、本当に全てが消え去ったのだ。
シヴァも、ナンディンも、そして宇宙の消滅した跡たる虚無でさえもが。
そして何時の間にか、スレイ達とドラグゼスは、ただ広い、広間の中に立っていた。
やはりあまりの唐突さに理解が追いつかないドラグゼス。
そんな彼を余所に、もはや全てが終わったとばかりにフルールとロードがスレイの両肩に、ディザスターがスレイの足下に。
定位置へと収まる。
その様子を目で追っていたドラグゼスはふと気付いた。
スレイがつまらなそうに何かを掌の上で転がしている。
球体の、小さな直径三センチ程の球体だ。
何時の間にあんなものを持っていたのか。
いや、スレイが何をしていようともはや驚くには値しないのだが、ただ何故か酷く気になった。
思わず尋ねる。
「スレイ君、それは何かね?」
「ん?今回の目的のブツだよ。シヴァの第三の目」
「いや、いやいやいや。ちょっとそれはサイズが違いすぎないかい?」
先程あっさりとスレイの手で葬られたシヴァという名の異界の破壊神。
その両目の間にあった第三の目はもっと圧倒的に大きかった。
それがモンスターとして出現していたサード・アイどころか、スレイの掌の上で転がされているものをそうだと言われても、俄かに信じられる事ではない。
思わずスレイに歩み寄って、その掌の上の球体を覗き込もうとする。
すぐにドラグゼスは、そんな自分の軽率な行動を後悔した。
いきなりスレイの掌の上にあった球体がドラグゼスの顔に向かって飛んで来る。
避けようとするも、その速度はドラグゼスの反応速度を遥かに超えていた。
そして確かに球体はドラグゼスの額の辺りにぶつかった、と思われた。
だがドラグゼスは思わず首を傾げる。
全く何かがぶつかったような、それどころか触れた感触すら無かったのだ。
何か幻でも見たのかと思わず疑う。
だがふと気付いた。
“視界”が広がっていた。
そう“視え”過ぎる程に良く“視える”。
今まで“視えて”いなかっただろうモノが“視え”、しかもそれが何なのか理解出来てしまう。
思わず狼狽した声が出る。
「これは!?」
「んー、だからサイズも含めて色々と調整したシヴァの第三の目だよ。一応は神々の中では最高神クラス、しかも唯一神教の唯一神と同等の力を持った奴の最も力を持った器官だ。良く“視える”だろう?それでも大分抑えてはあるんだがな」
「いや、待ってくれたまえ!!それはどういう!?」
「だから、それが目的のブツだって言ったじゃないか。元々この迷宮に潜ったのはそいつであんたを強化するのが目的だったんだよ。一応、その第三の目で晃竜帝国内の事なら全て“視える”だろうし、脳の加速度も強化されてるから、直接邪神と対峙するんでもなきゃ国内の事態には大抵対処できるだろうさ。尤も、肉体までは脳の加速に付いて来ないから、まさに固定砲台、だけどな」
スレイの言葉にドラグゼスは、サード・アイと対峙した時の会話を思い出す。
「あれはそういうっ!?」
「ああ、安心しろ。それこそ自身の肉体すら透過して額からの炎はどこへでも飛ばせるし、その上威力も必要最低限しか出ないから余波で被害が出る事も無い。調整は万全だ」
「そういう問題じゃっ……」
「悪いが俺としてもそこがギリギリでな。幾ら唯一神クラスの力とは言え、邪神、即ち“真の神”相手じゃ全く通じないから、邪神のちょっかいそのものを防ぐのは無理で、邪神がちょっかい出した後の対症療法。つまりやはり邪神の誘惑で堕ちた奴を滅ぼして、事態に対処するぐらいしか出来ないのは勘弁してくれ」
「……いや、そういう話でも無いのだが」
案外スレイが真面目に考えているらしいと分かり、自分の身に起きている異変への混乱にいっぱいいっぱいだったドラグゼスの声は思わず弱くなる。
「ああ、あんたの今の状態に関しては、俺の考え方の問題でな。直接誰かに力を与えるような真似はしないと決めているんだ。だからそれはあくまで道具だ。で、当然道具なら扱いこなせるようになればいい。あんたの修練次第じゃ、そいつを完全に制御出来るようにも、肉体の方にその力を活かせるようにもなるぞ……完全に扱いこなそうと思ったら通常の時系列で一万年以上掛かるだろうけどな」
「おいっ!!」
最後にボソリと小さな声で呟かれた言葉を聞き逃さず、ドラグゼスは思わず声を荒げる。
だがスレイは呆れたように肩を竦めてみせた。
「おいおい、何が不満なんだ」
「いや、何が不満って。そんな使いこなすのに一万年以上掛かるって……」
スレイがやれやれと言った様子で溜息を吐く。
「なあ、宇宙空間で眠っている先代竜皇を含めた竜人族の長老連中だがな、数万年生きて、精々神々と同等レベルの力しか持っていないんだぞ?それが一万年かそこらで、神々どころか、最高神すら超えて、唯一神クラスの力を得られる可能性があるってのは、随分と破格だと思わないか?」
「それは……」
思わず口ごもるドラグゼス。
確かに言われてみればドラグゼスは他の竜人族と比較して破格のポテンシャルを持ったと言える状態だ。
これで文句を言うのは筋違いなのかも知れない。
スレイはそんなドラグゼスの様子を見て納得したのか、最後に一言続ける。
「それに、そんなに不服なら死ぬ気で努力すればいい。そうすれば扱いこなせるようになるまでの時間も短縮できるだろうさ。本当に死ぬ気でやらなきゃ無理だろうけどな」
「……おい」
あまりに物騒な言葉に思わず顔を引き攣らせるドラグゼス。
それを無視してスレイはそのままドラグゼスごと転移して迷宮を脱出した。
【晃竜帝国】帝都“皇城”後宮
【破壊神の迷宮】の最深部、“破壊神の間”からスレイは晃竜帝国の帝都。
皇城。
その後宮。
ドラグゼスの無数の妻達と娘であるイリナとエリナの2人がお茶会を丁度開いていた庭園へと直接転移した。
当然、転移した時には既に通常の時系列へと回帰しており、いきなり現れた夫であり父であるドラグゼスと、昨日いきなり謁見の約束を探索者ギルドのギルドマスター経由で取り付け、実際今日訪問し、先程ドラグゼスを連れて消えた珍客であるスレイ。
とは言えイリナとエリナからすれば既知の相手であり、ドラグゼスの妻達にしてみてもイリナが良く話している相手なので知ったような気になって、ある程度親しみを感じている相手であり、今も先程の謁見の事で話題に上っていたのだが。
それでも出て行って然程時間も経たずに、あまりにも唐突に現れた事には妻達も娘2人も周囲で働いていたお付きの侍女達も誰もが驚きを隠せないでいる。
ドラグゼスとしては頭痛を抑えきれない。
そもそも何故来た事も無い筈の後宮に転移出来るのか、とか。
何故こんなお茶会を開いている絶妙のタイミングなのか、とか。
いや、今更スレイ相手にそのような事を気にするだけ無駄だとは分かってしまっているのだが。
それでも文句を言いたくなるのは当然だろう。
何せ予想通り、ほんの僅かの間を置きすぐに落ち着いたその場に居た者達は、皆ドラグゼスの額に突然現れていた第三の目に、驚いた視線を向けて来ている。
何の心の準備もしない内からいきなりこのような目を向けられると。
などと考えていたドラグゼスは、ふと違和感に気付く。
ドラグゼスが考えていたような、ギョっとしたような驚きの視線を向けて来ているのは侍女達だけ。
妻達やエリナは驚いてはいるが面白そうな視線を向けて来ているし。
イリナに到っては、何と言うかこう、まるで男の子が新しい玩具でも見つけたかのような好奇心いっぱいの視線を向けて来ている。
そこに到り、ドラグゼスは自らの家族達の性格を思い出していた。
そういえばそうだった。
彼女達はこういう竜人だった、と。
たちまちの内に姦しく騒ぎ立て、面白そうにドラグゼスに集ってくる妻達と娘2人。
思わずドラグゼスはスレイに文句を言う。
「おい、スレイ君、いきなりこんな所に転移するから何の対処のしようもなかったじゃないか。この事態どうしてくれるっ!?」
「いや、そもそもその第三の目だが、瞼を閉じれば、まず気付かれないと思うんだが」
「へ?」
妻達や娘達に揉みくちゃにされながら文句を言ってきたドラグゼスに対し、呆れたように告げるスレイ。
相変わらず揉みくちゃにされながらも、言われた通り第三の目の瞼を閉じてみるドラグゼス。
不思議な事に、新しい器官だというのに、動かし方は元々自分の身体の一部であったかのように良く分かった。
「あら、あなた?これどうなってるの?」
「本当、不思議ね。全く今までと変わりないみたいに見えるわよ」
「でも、間違いなくここに眼があったわよね」
「っていうかずりーよ父様。オレもそんな格好良い目が欲しいっ!!」
やはり姦しく騒ぎ立てる妻達。
ただ一人イリナだけは、ズレた羨望の言葉を述べていたが。
「……スレイ君、こういう事は早く言ってくれないかね?」
「いや、聞かれなかったしな。とは言えそれじゃあ納得出来無そうだから、聞かれない内に他にも幾つか教えておこうか。気付いてるとは思うが瞼を閉じた状態でも視界は変わってないだろう?当然だな、たかが瞼風情で視界が閉ざせる程度の眼なら始めから必要ないしな。いや、本来の持ち主のシヴァの瞼だったら視界も閉ざせたんだろうけど。って訳でだ。瞼を閉ざしたままでも破壊の炎も自在に扱える……当然今のあんたの扱える限界相応で、ちなみに俺の調整で無駄な破壊は起こらないようにしてあるから、それ以上に扱えるようになるには先刻も言ったようにあんたの努力次第ってところだ。注意としてはこんなもんだが、とりあえず瞼は何時でも閉じといていいんだから、特に困る事はないだろう?」
「……それはそうかも知れんが」
何処か不服そうに頷くドラグゼス。
ふと、そんなドラグゼスから離れたイリナがスレイの元へとやって来て告げる。
「おいスレイ、父様にあんな格好良い物をやったんだ。オレとの約束も果たせよ」
「……ああ、そういえばそうだったな。おい、ドラグゼス。イリナを暫く借りるぞ」
「なっ、ちょっと待っ……」
止める暇も無くイリナと共に転移するスレイ。
伸ばした手をやりばの無いように彷徨わせるドラグゼスに、妻達とエリナから容赦無く突っ込みが入る。
「もう、あなたったら、何時までも娘を束縛するような態度はどうかと思いますわよ」
「そうそう、娘の恋愛の自由ぐらい認めてあげないと」
「はっ?いや、そういう話では無かっただろうっ!?それにイリナは仮にもこの国の第一皇女でだなっ!!」
「いえ、お父様。確かに口実はお姉様らしい内容でしたが、明らかにそういう話だと思います」
「え、エリナっ!?」
妻達どころかもう一人の娘からまで駄目出しされ、情けない声を上げるドラグゼス。
「そーそー、ああいうのは若い二人に任せてさー」
『うむ』
『私も、これは父としての威厳と寛容を示す良い機会かと思いますが』
そこで。
ドラグゼスは思わず硬直して視線を今の声と思念の主達に向ける。
「君達、フルール殿にディザスター殿に……ロード殿、だったね?君達は何故ここに残っているのかね?」
「いやー、やっぱり邪魔をしちゃ悪いと思ってさ」
『我とて空気は読める』
『それに、私を早急に下僕に加えたのは、そちらのエリナ嬢の守護の為とスレイ様より聞いておりますので、暫くはエリナ嬢のお傍に付くべきかと』
「それは、どういう事かね?」
ドラグゼスの声色が重く変わる。
それに合わせて姦しかった女性達もまた静かになっていく。
ただ一人、自らの名前が出た事で困惑するエリナ。
全員の視線が向かう中、代表してフルールが口を開く。
「それは……」
【クロスメリア王国】迷宮都市アルデリア“宿屋止まり木”スレイの個室
「で、いきなりこんな所に連れて来て、いったいどういうつもりだ?そのオレを鍛えてくれる相手っていうのは?」
「そう慌てるな、お前を鍛えてもらう相手はとっくに決めてある。ここから程近い孤狼の森に棲まう神獣、天狼だ」
「天狼ぉ?」
明らかに不満そうな声を上げるイリナ。
スレイは口端を吊り上げて挑発的に告げる。
「不満そうだな?」
「そりゃあ、まあ。確かに神獣でオレより強いってのは分かるけど、それでもSSS級だろう?こう、スレイが従えてるような奴等と比べちまうとどうしてもなぁ……」
「ふむ」
スレイはおもむろにイリナに近寄ると、イリナをベッドの上に押し倒す。
「なっ、いきなり何をする」
「さてイリナ、お前、この状況から俺から逃れられるか?」
「なっ、そ、そんなのっ!!くっ、え?ちょっ、ちょっとスレイ、ズルいぞ、お前の方が圧倒的に強いんだから無理に決まってるだろっ!!これに何の意味があるんだっ!?」
「やはり無理か」
スレイはそう告げると、暫し黙り込む。
そして重々しく告げた。
「悪いが、今の俺はお前と全く同程度の力しか発揮しないように調整している。今お前がこの状況で俺に抵抗できないのは、単純にお前の力の使い方が下手だからだ。それがお前の指南役に天狼を選ぶ理由だな。あいつはお前とそれほど隔絶した存在ではなく、だがお前よりも圧倒的に力の制御が上手い」
「え?」
「それと、だ」
そう告げると、スレイは思いっきりイリナの顔に自らの顔を近づける。
「前々から知っていた事ではあるが、はっきり聞くぞ?お前、俺の事が好きだろう。それもあの最初の出会いの事件の時からな?」
「なっ!?」
顔を真っ赤に染めて、動きを止めるイリナ。
「直接孤狼の森に跳んで、天狼にお前との格の差を見せつけてもらっても良かったんだが、ここに跳んだのは、そろそろお前の始めてを奪おうかと思ってな?勿論嫌なら抵抗しても構わないぞ?」
「……分かってて聞いてるんだろ、ズルいぞスレイ」
「つまり良いって事だな」
愉しげに笑うスレイ。
そのままイリナのドレス。
そう晃竜帝国様式とは言え珍しくドレス姿のままのイリナを連れてきたのだ。
スレイは首を傾げて呟いた。
「そういえば、天狼のところに連れて行く前に、晃竜帝国様式の武術着も調達しないとな」
「お前、そういう……んっ」
文句を言おうとしたイリナの唇を強引に奪うスレイ。
「悪いな、それじゃあここからは雰囲気重視で行くとしようか」
そう告げると、スレイは巧みにイリナのドレスを脱がせながら、身体を愛撫していく。
そしてスレイは、イリナの強靭でいて柔らかいという矛盾を内包した肢体を思うままに貪り尽くしていくのだった。
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