早朝の日の光を浴びながらスレイは目を覚ます。
睡眠、という行為は今のスレイにとってはただの娯楽でしかなく、完全に制御できるものだ。
故にわざわざ通常の時間軸の貴重な時間を使ってまでやるのは傍から見ると無駄に見えるかもしれない。
いや実際に無駄なのだが。
スレイはその無駄こそを大事にして楽しんでいた。
この無駄な娯楽を楽しみ終わるまでは、分身して進める事も可能だった邪神対策も放置して、ただこの睡眠を堪能するぐらいに。
少なくともスレイはそのぐらいには己自身の事を優先する人間だった。
とはいえ、何か致命的な事が起きそうなら、すぐに対応出来る様に。
そういう事態が起きる事前の段階で封印している内の必要分の能力が勝手に解放されて、すぐ行動に移せるようにはセットしてあるのだが。
それに今回ばかりは特別だったという事もある。
何せ新たな下僕、ペットとしてロードが増えたのだ。
不死鳥の特殊個体。
その破壊と創造の炎の感触。
それを存分に堪能したかった。
なので昨日は即行でヴァリアスと共に酒を飲み、語らっていたディザスターとフルールを拉致するように回収して、“止まり木”のもはやスレイ専用と言っても過言では無い部屋で、ロードの片翼を敷布団に、片翼を掛け布団に、ディザスターを枕に、フルールを抱き枕にして、それぞれの感触を存分に堪能して眠ったのだ。
ちなみに、ロードに凄まじく負担が掛かりそうな感じだが、その様な事はなかったりする。
何せロードのその身を構成するのは炎。
象る姿が固定されているとはいえ、割と変幻自在だったりするのだ。
だから、完全にスレイの身を覆う為に、多少肩に乗る時のサイズよりは大きくなってもらっている。
そして今のスレイは実に気分が良かった。
ロードの炎の感触は想像以上。
筆舌し難い程の絶好の感触だったし。
ディザスターの毛並み。
フルールの皮膚。
その二つも既に知っていた事とは言え最高だった。
これら全てを同時に堪能しながら、睡眠という悦楽に浸っていたのだ。
本気で、すこぶるつきに、今までに無い程にスレイの気分は最高だった。
今なら親しく無い男の願いでも、善人でさえあれば聞いてやっても良いと思うくらいにだ。
正直これはスレイとしては異常な程の精神状態と言ってもいい。
『随分とご機嫌だな、主』
「本当、なんかちょっと気味が悪いくらいだよ」
『これは、珍しい状態なのですか?』
スレイが目を覚ますと同時。
当然の様に目を覚ましていたディザスターとフルールとロードから声が掛かる。
フルールが何気に失礼な事を言っているが、今のスレイには全く気にならない。
だからフルールの襟首の辺りを持って持ち上げているのも、ただの気紛れだ。
そうちょっとした朝の準備運動をするだけだ。
スレイはご機嫌なのだから、これからする事は別に仕返しでも何でも無い。
準備運動がてらの、フルールへの信頼を示す、ちょっとした戯れなのだ。
「え?ちょっ、ちょっとスレイっ、満面の笑顔が逆に怖いんだけどっ!!」
何故か必死な声を出すフルールを不思議に思いつつ、窓を開いたスレイはフルールを持った手を思いっきり振りかぶる。
身体全体を用いて、最適より尚効率的に力を溜める。
周囲に被害が出てはいけないので、衝撃を殺す為の魔法をフルールに掛けるのは忘れない。
そして強化はしないまま、しかしもはや本来生物では在り得ない領域に進化したスレイの肉体の全力を以って、最適よりも遥かに効率化した力の運用で、フルールを思い切り投げ飛ばした。
「ちょっ、う、うわーーーーーーーーー…………」
一瞬でスレイの通常の目でも見えない距離まですっ飛んで行くフルール。
ちなみにスレイは通常の目でも、キロ単位の離れた距離から、砂粒一粒一粒の見分けがついたりするのだが。
まあ、何にせよ、強化しないで投げたので物理法則は超えず精々亜光速だが、余裕で一瞬で宇宙空間に飛び出し今頃はまだ減速もせずに飛び続けているだろう。
魔法を掛けておかなければ、その衝撃波だけでとんでもない被害が出たのは間違いない。
「いやー、実にいい朝だ。準備運動で身体も解れたし、言う事は無いな。本当に今日はいい気分だ」
『……いや、主の身体は解れるも何も、常に全開を出せる様になっているだろう』
『……実はスレイ様は短気なのでしょうか?』
「ん?何を言ってるんだロード。俺が短気な訳が無いだろう?そもそも俺がすぐにキレたりするような人間だったら、今頃この世は大惨事だぞ?何せただ“想う”だけで何でも出来るんだからな」
にこやかにそう告げるスレイにディザスターが突っ込む。
『それは己が感情すら完全に意志の元に制御してるだけで、制御してるから好きに感情を外に出しているだろうが』
「それに、まあ」
ディザスターの突っ込みを聞き流しスレイは肩を竦める。
「な、何するのさっスレイ、ビックリしたじゃないか」
「ほらな、こいつなら何の問題も無くすぐに戻ってくる、というかお前等2人も一緒だろうに」
そう言うと、スレイは続くフルールの文句を聞き流しながら、敢えて人間的な手順で身支度を整え始めた。
これもまた、力を使えば幾らでもすぐにすませる方法はあるが、それでは味気無いというスレイの嗜好であった。
身支度を整えたスレイは一階に下りてきた。
そのスレイの姿を見つけたサリアが声を上げながら駆け寄ってくる。
「スレイお兄ちゃーん!!」
ふと。
元々嬉しそうな笑顔をしていたサリアだが、何かに気付いたように目を見開いた。
そしてますます笑みを深める。
実に子供らしい愛らしい笑顔だ。
その丸く大きな碧眼を輝かせてサリアはディザスターとフルールに声を掛ける。
「狼さんとドラゴンさん、お久しぶりです!!」
『……久しいな、娘』
「おっひさしぶりー、サリアちゃん」
無愛想にディザスターが。
明るくフルールが返事を返す。
とは言え、スレイに命令でもされなければ、どちらもスレイ以外の者に軽々しくその身に触れさせる事は無いのだが。
いや、フルールの場合、真紀、セリカ、出雲の3人ともそれなりの付き合いがあるので、あの3人も例外か。
しかしまあ、スレイの前ではそうは見えないのだが、どちらも態度こそ違えど、すさまじく自尊心が高い事には変わりは無い。
サリアがディザスターとフルールを見て目を輝かせ、久しぶりと言った理由は単純だ。
スレイ自身はしょっちゅうこの宿でサリアと遊んだり、フレイヤを手伝ったりなどしていた。
遍在による分身を以ってすればその程度は容易い事で。
そしてどのスレイも分割されているとはいえ紛れも無くただ一つの思考によって動いていたので、スレイにとってもサリアとは昨日も普通に遊んでいた事になる。
記憶の混乱なども起こらない。
この程度の多重の情報の処理。
いやむしろ無限を超えた情報であろうが容易く刹那に処理する事が可能でなければ、全知などを意志の制御下に置く事は出来ない。
だからスレイは傍に立ったサリアの頭を軽く撫でて、優しく微笑むだけに留まる。
同じ笑みでも、戦闘時や女と言葉を交わす時の笑みとは全く異なる。
本当に多面性の激しい男である。
だが今日はそれだけでは無かった。
ふと口を大きく開けてサリアが固まる。
サリアだけではない。
サリアがスレイを呼ぶ声を聞いて、奥の厨房から顔を出したフレイヤも。
宿の食堂に居た他の客達も。
皆が一様に驚いた顔で魅入られたように固まっている。
いや、実際彼等は魅入られていた。
スレイの左肩に乗る存在。
通常の猛禽類と同程度のサイズになったとは言え不死鳥の特殊個体。
その破壊と創造の炎で象られた鳳。
新たなるスレイの下僕であるロードに。
サイズこそ変われども、ロードのその至高の芸術品の如き美しさと気高さは変わっていない。
そのサイズで、そしてスレイに従いながらも、まさに王者の風格を醸し出している。
身を象る炎はまさに幻想の如く。
フルールやディザスターも特別な存在だ。
いや、特別さというなら三匹の中でディザスターが一番だろう。
だがサイズを縮めたフルールはどこかデフォルメされたような可愛らしい小竜の姿。
そしてディザスターもまた美しくはあるが、それは激しく峻烈な、攻撃的な美しさだ。
ロードはその二匹とは毛並みが違っていた。
まさに純粋培養というか、温室育ちというか。
実際、このヴェスタという世界で育まれ生れ落ちた、なんの混ざり物も無い、ある意味純潔と言っていい存在なのだが。
「……うわー、きれーい」
ただただ呆然と声を漏らすサリアに、ロードは心無しか胸を張る。
『ふ、娘御、私の美しさが理解できるとは中々目が高いな』
思念もやや嬉しそうに弾んでいた。
本来のロードなら人間が自分をどう見ようが気にも掛けないが、今回ばかりはこうも嬉しそうなのには理由がある。
何せ昨日はディザスターとフルールに、自分よりも上の力を持つ者と自分と同等の存在に。
スレイの下僕の先輩として、後輩としての心得を文字通り叩き込まれたのだ。
その二匹よりも自分の方が注目されている状況。
しかもこれほどに純粋に見惚れられているという事実。
今ばかりはどことなく心地良い。
『くっ、我とて力の全てを解放すれば!!』
「僕だって真の姿になったら!!」
「止めろ」
ムキになったようなディザスターとフルールを溜息を吐きつつ静止するスレイ。
そもそもディザスターが力を解放したりフルールが真の姿になったりすれば、確かに目は引かれるだろうが、人が感じるのは畏怖の類だろう。
それにフルールの真の姿を解放するなど、宿を破壊する気か、と言った感じだ。
眉間を抑えるスレイに、フレイヤがどこか呆然としたように声を掛ける。
「スレイ、貴方、その仔って……」
何かを察したようなフレイヤに、流石元S級探索者と思いつつスレイは答える。
「そうだな、探索者ギルド風に言うと、俺の従える神獣が二匹から三匹になったってところかな?昨日用事ついでに本部に話を通しておいたから、すぐに広まると思うが」
「ふぅ、本当に貴方は……」
どこか疲れた様に艶めいた息を吐くフレイヤにスレイは笑って告げた。
「それじゃあ何時も通りメニューは任せるから、朝食を頼む」
【晃竜帝国】帝都“皇城”
あれからじゃれついてくるサリアを構いながら朝食を堪能した後。
―実際はもはや食事等は必要無いのだが、それこそ本当にただの娯楽だ。
結局ロードもまたサリアにその身に指一本触れさせる事無く。
膨れたサリアの機嫌をスレイは笑いながら取ったのだが。
スレイがサリアを構っている間に下僕達三匹は密かにその場から姿を消し。
そして外に居た“スレイ”と合流した。
この時再びスレイは遍在を用いた分身を行っていた。
他にも恋人達の今の状況を見て判断し、必要に応じて分身が複数人彼女等の元に現れている。
ここから、更にその時々に応じ、分身を増やしたり減らしたりしつつ、ベストなタイミングで合わせて彼女等の元に現れたり、彼女等と共に過ごしたり、彼女等の元から去ったりなどするのだが、余談だろう。
とにかく、そのように全てをこなしながらも、三匹の下僕達と合流したスレイはすぐさま転移。
晃竜帝国の帝都。
その皇城。
竜皇の居城の近くの人気の無い場所に出現し。
そしてやはり竜化の問題があるのだろう。
今までにないくらいに巨大で頑丈な造りの皇城の、かなり城そのものからは離れた位置にある城門。
そこに立つ門番である竜人族の兵士達に名乗り、入城を願う。
流石は戦闘種族たる竜人族の面目躍如と言うべきか。
たかが門番に過ぎない兵士達でも、S級の力を持っていた。
竜化すればSS級でも上位、シャルロット並の力を発揮するだろう。
あくまで力だけは、だが。
しかしまあ、スレイのあまりにも偏ったここのところの人間関係からすると、それでも色々と霞んでしまうのだが。
だが、それでもこの様子であれば、一番は竜皇ドラグゼスとしても、兵士達の中でも精兵と呼べる者達は殆どが竜化前でSS級、竜化後はSSS級の力を持っているだろう。
抱える力在る者の数という意味ではやはりこの晃竜帝国は群を抜いている。
しかしまあ、門番達の姿を見ると、軍の兵達の中にはドラグゼスより年長で経験に長ける者も多いだろうが、それでもやはり生来の力に頼った者が殆どだろうと予想出来る。
それについては、昨日偶然、理由は分かったのだが。
何にせよスレイは問題無く場内へと通された。
昨日ディザスターとフルールを回収後、事前に探索者ギルド本部のゲッシュを訪れアポイントを取っておいたのは無駄では無かった。
まあ一日で謁見の約束を取り付けるのと。
またロードの存在を教えた事。
二つものストレスを与えて、またゲッシュの胃痛の原因となってしまったかも知れないが。
思い出して自分が原因な事は棚に上げ、密かに黙祷しつつ、スレイは案内の者に従い場内を歩く。
とまあ、それはともかくとにかく広かった。
ひたすら広かった。
およそ建造物という概念を引っ繰り返すほどに広かった。
いや、昨日スレイが繰り広げた戦いのスケールに比べれば、比較にならないほどに小さいのだが、それはそれ、これはこれ、だ。
まず城門から実際の城に辿り着くまでがありえないほどの距離だ。
城壁は二つ在る。
帝都を囲う城壁、そして皇城の敷地を囲う城壁。
当然のように帝都の規模も馬鹿でかく、その割には人口密集度はそれほどでもなく、やはりそれも竜人族という種族故だろう。
そして当然の様に一般家屋やその他の建造物も馬鹿デカい。
帝都の大きさに到っては、まあまず一都市の規模としてありえない程、と言ってしまってもいいだろう。
というか広大な晃竜帝国の領土で都市と呼べる物は僅か三つしかなく、かと言って別に晃竜帝国の人口が特別少ない訳ではない、と言えば、その特異な在り方が分かるであろうか。
種族差というものの顕著な一例だ。
そして城壁に囲まれた城の敷地内も当然の様にあまりに広大だった。
恐らくは兵士の訓練の為の演習場やその他様々な施設などが存在するのだろうが、やはり人間の物とは全て規模が違う。
おかげで城そのものに辿り着くまでにかなりの時間が掛かってしまった。
いや、これでも相当な速度で歩いていた。
それこそ聖獣の全力疾走並だっただろう。
それでも案内の者にとっても歩いただけ、スレイ達に到っては牛歩の如くのんびりとしてたつもりなのだが。
実際は一瞬で着く事も可能だったろうが、流石に城の敷地内で客人を案内するのにその様な事をする訳にもいかないのだろう。
とはいえ、スレイだったから良かったものの、普通の人間の客人が来たらどうなるのか。
だったらそれこそ人間の客人が来た時用に移動用の乗り物として聖獣に引かせた馬車でも用意しておくべきところだが。
ヘル王国と違い、国交が断絶していた訳では無いが。
やはり国民1人1人が、それこそ赤子でさえも強大な力を持った竜人族の国という事で、その領内に人間の国民さえ抱えているというのに、畏怖され崇められながらも、どこか遠巻きにされ、城を訪れる人間などという者は皆無に近かったのだからこの現状も仕方の無い事だろう。
だがまあ、この前の会談により、他の国との国交が今までよりも目に見えて活発になったので、準備はしているのだが、流石にまだ早かったという事だろう。
しかしまあ、実際訪れたのはスレイが始めてなのだから、特に問題は無いのだろうが。
ちなみに物資や手紙などの運搬は、晃竜帝国の領内では、竜人族の商人の者達が今まで一切を取り仕切っていた。
アッシュからエリナへの手紙も当然そのような商人の一団によって運ばれていたりしたのだが……まあ蛇足だろう。
ふと、スレイは溜息を吐いた。
ディザスターとフルールは苦笑し、ロードは疑問顔。
案内の竜人族の男はどこか焦ったような表情になる。
案内の者が立ち止まった事により、その場に止まる一行。
そこに超音速の黒い砲弾が飛来する。
全く強化もせず。
思考加速も行わず。
ただ立ち尽くしたままのスレイ。
それにますます慌てた案内の者が慌てて動こうとするが、その動きはディザスターによって制されていた。
自らの身が動かない事に驚愕する案内の者。
単純にディザスターがちょっと意識を向けただけなのだが理解が及んでいない。
そしてますます焦る案内の者。
だが次の瞬間更なる驚きに目を見開く事になる。
飛来した黒い砲弾は真っ直ぐにスレイに向かう。
微動だにせずその場に立つスレイ。
視線すら向けない。
まるで気付いていないかのようなその立ち姿。
左肩のロードは流石に困惑しているが、右肩のフルールによって落ち着くように言われ、そして。
黒い砲弾はスレイの一メートル程手前でいきなり軌道を変え浮き上がったかと思うと、そのままの勢いで、いやむしろ更に加速してスレイの上を山なりの軌跡を描き、そのまま地面に突っ込む。
かと思われた。
しかし、地面に激突する寸前何故か動きが遅くなったかと思うと、ふと複雑な動きをして、まったく地面に衝撃を与える事無くそのまま地面に着き。
そしてその場には黒い砲弾、もとい晃竜帝国第一皇女、闘竜皇女イリナ・ドラグネスが仰向けに寝転んでいた。
何が起こったか分からない、と言った風情でその目はキョトンとしていて。
理解の及ばぬ出来事に固まっている。
案内の者も同様に硬直し。
その場は静寂に包まれようとする。
だがスレイの一言が静寂を破った。
「ご挨拶だな、イリナ?この竜人族の皇族には客人に襲い掛かるなんて常識でも存在しているのか?」
飄々と。
あっさりと告げられた言葉に、硬直が解ける竜人族2人。
「い、いえそのような常識は!?い、イリナ殿下!!」
慌ててイリナに責めるような目を向ける案内の者。
だがそれを無視してイリナは跳ねるように起き上がると、目を輝かせてスレイに詰め寄る。
「なあなあ、いったい今のどうやったんだ?思いっきり襲い掛かって、ちゃんと自分の動きも制御してた筈なのに、まるで何かに絡め取られたみたいにいきなりすっ飛ばされたかと思うと、最後はなんかふわって感じで全く衝撃無く地面に寝てたし」
「どうやったも何も、お前が勝手に寸前で反省して俺を避けて地面に寝ただけだろう?」
軽く笑ってそう答えるスレイに、イリナが口を尖らせる。
納得のいっていないその様子に、スレイは少しばかりネタバラシをする事にした。
「しかし、少しばかり変な空気を感じた俺は、自分の周囲のエーテル濃度の分布をちょっとばかり弄りはしたが、そのぐらいのもんだな」
「……むぅ」
スレイを睨み続けるも、それ以上の回答は引き出せないと理解したのか、口を尖らせ唸るイリナ。
案内の者はスレイとイリナが一触即発の様に見えていたのだろう。
客人と自国の皇女。
どちらも粗略に扱えぬ相手がぶつかり合わなかった事に安堵の吐息を零している。
この様子を見ると、イリナも襲い掛かる相手を選んでいる、という事だろうか。
多少の常識は持っていたらしい事に感心するべきか。
それとも相手は選ぶと言え、いきなり襲い掛かるようなやはり非常識に呆れるべきなのか。
本来ならば紛れも無く呆れ、怒るべきなのだが。
イリナの事を良く知り、また女に甘いスレイとしては迷うところだ。
何より女に、特に美女・美少女に甘いスレイだからこそ、最後の瞬間、地面に叩きつけるような事はせず、衝撃を完全に吸収して、そのまま地面に横たえたのだから。
種明かしをすれば、今のは超高度な空気投げのようなものだ。
使ったのはエーテルの濃度操作。
しかも本当に僅かな物。
とは言えエーテルを操作できる存在そのものがそもそもまず居ないのだが。
とにかく超音速で迫るイリナに対し、スレイは思考加速する必要もなくその姿を容易く捉えていた。
目を向ける事も無く、だ。
それでもあまりにゆっくりと感じたのは、それだけスレイが成長したという事だろう。
かつての迷宮都市に向かう旅の途上でのイリナとの邂逅を思い出し、あまりに開いた力の差に……とりあえず自分の成長の非常識さを実感して呆れておく事にする。
何はともあれ視線を向ける事もなく、身体を動かす事も無く、気を向ける事さえせずに、そういったフェイントの類での崩しさえ全く使わず、本当にただのエーテル濃度の操作によって行われたイリナの動きの制御。
本当に空気投げ、いやエーテル投げと呼ぶべきかもしれない。
スレイ自身にとってはほぼ何もしてないに等しい技だ。
最後にイリナにダメージを与えないようにするのが一番気を遣っただろうか。
それにしても力なぞ使ってないに等しいが。
何はともあれ、変わらぬイリナの気性は楽しく思いつつも、少しばかり力を引き出したり制御する訓練でもさせた方が良さそうだ。
スレイと比較するのは無駄にしても、それを除いてもあまりにも“荒い”イリナに対し、スレイはそのような事を考えていた。
とはいえ、とスレイは思い直す。
どうやら以前の会談で刺激を受けたからだろうか。
あれから僅かな期間に人間の姿であっても竜気での強化を行えるまでには成長したらしい。
そこは素直に賞賛するべきだろう。
少しばかり感心するスレイ。
先程自分との差は開きすぎた。
自分とは比較にならない。
などと考えたが。
そもそもにして自分が異常過ぎるだけだろう。
あの会談の時点で人間の姿では竜気の強化を行えていなかった事を思えば十分以上にイリナの成長は速い。
成長のスパンが長い竜人族として考えればこれも十分異常と言ってもいいだろう。
スレイの成長が頭がおかしいレベルなだけなのだ。
そうスレイはこの僅かな期間で思いっきり狂った自分の価値観を冷静に俯瞰し修正して整える。
自分は自分、他は他。
きちんと一般的な価値観というのも保ったままでなければいけない。
どうやらロードとの戦いや、外なる神々や旧支配者や旧神達を滅ぼした際、弾け過ぎた所為で、色々と頭の螺旋が飛んでいたようだ、とスレイは反省した。
まあそれでもイリナに力の制御を学んで貰う予定は変えるつもりは無いのだが。
頭の中でその為の教師役を選別しつつ、スレイはイリナの姿を見る。
立ち上がったイリナは身体を手で払っていた。
まあ地面に転ばされれば当然なのだろうが……。
しかし、どこまでも人間臭い。
竜気で強化したというならば、当然地面に寝かせられた程度で衣装が汚れる筈も無いのだが。
流石に皇女ともあろうものが、城でまで武術着を着る訳にはいかないのだろう。
イリナが身に纏うのはスレイが今まで見た事の無い晃竜帝国様式のドレス。
オリエンタルな雰囲気で、イリナのその容姿には良く似合っていたが、しかし行動が行動だけに、どうにも締まらない。
そしてイリナはスレイを睨みつけてつまらなそうに言う。
「ちぇっ、しかしあの会談の時も思ったけど随分と差が付いちゃったな。あれからオレも必死に鍛えたってのに、もっと差は広がってるみたいだし。最初の時は引き分けたし、それに竜化すればオレの方が上だったのに」
「……ふむ」
ふと、イリナの言葉に、スレイは片眉を引き上げる。
そして重々しい声で告げた。
「確かにあの時は引き分けで手を打ったし、あの時点のポテンシャルでは竜化したお前の方が上だった事も認めるが、それでも最後までやれば勝ったのは俺だ」
「はっ?いや何言って……負けず嫌いにも程があるだろ?」
「負けず嫌いとかそういう問題ではなく、単純に事実として俺が戦って決着を付けたなら、そこには勝利しかありえない。それが真理だ」
「……」
あまりにも堂々と言ってのけるスレイに、流石のイリナもあんぐりと口を空け、案内の竜人族の男も呆然とする。
ディザスターとフルールは何時もの事だと溜息を吐き。
ロードは昨日見せ付けられた圧倒的な力からスレイの言葉を当然の物として受け止めていた。
スレイとしてはこれは譲れない事だ。
自らの在り方を自覚したその時からの当然の認識。
勝利とは常にスレイと共に在る物。
いやスレイ自身が勝利そのもの。
いや違う、勝利とはただスレイの為だけに存在する物。
そう言っても過言では無い。
スレイは紛れも無くただそれを当たり前の真実として認識していた。
だから周囲の反応など気にもならない。
故に別の思考を進める。
たしかにイリナが人の姿で竜気を操れるまでに成長したのは大した物だ。
先程も述べたようにその成長速度は驚異的だ。
だが、そこまでは出来て当然だという側面もある。
イリナにはそのくらいの才能がある。
今までそれを身に付けていなかったのは、必要が無かったから、やはり才能がある分生来の力に頼っていたという理由が大きい。
別に努力をしていなかった訳ではないが、その努力の方向性が、収束していなかった。
だから結実しなかった。
それだけだ。
そしてあの会談においてあれだけの戦いの数々を見れば独力で容易くここまで到るだけの切っ掛けにはなっただろう。
しかしまだもっと成長速度を上げる事は可能だ。
イリナはスレイとは違う。
いや、スレイが他のどの存在とも違うというべきか。
全くの未開拓の荒野を当然のように切り拓いていくスレイ。
通常そこには試行錯誤が必要で、普通は成長速度としては遅くなるものだが、スレイはどのような存在よりも速い成長速度で、未知の領域を、全くの新しい力を手に入れて行く。
これはスレイだから、スレイだけに出来る事だ。
イリナがより効率的に、より速く成長する為には、その身の力の操作を教える先達、より洗練された力の使い手に導かせるべきだ。
残念ながら竜皇も、ドラグゼスもイリナに似たタイプで、生来の力に頼ってる部分が大きい。
そして、スレイは大陸西の戦力の底上げの為、ドラグゼスには一気に大きな力を獲得させるつもりでいる。
なにせ当てにしていた竜人族の長老達には頼れないと昨日分かった。
だから竜皇とイリナとでは成長の方向性が全く違ってくる。
そしてスレイはイリナを指導するのに最も適切な相手を思い付いた。
だがそれは口に出さない。
とりあえず優先順位としては後の話だ。
刹那の間に思考を終え、スレイは催促する。
「それより、竜皇陛下を待たせているのだろう。とっとと行くべきじゃないのか?」
その言葉に案内の者は慌てて案内を再開し、その後に続くスレイ達に、イリナも不満そうにしながらもまた後を追った。
【晃竜帝国】帝都“皇城”謁見の間
そこは通常の城の謁見の間とは異なっていた。
いや、謁見の間の装いそのものは、晃竜帝国様式のオリエンタルな装飾なところが違うだけだ。
趣味が悪くなりすぎない程度に豪華に飾り付けられたその様子自体は、その装飾の違いを除けば他の国の城の謁見の間と然程変わらない。
ただあまりにもスケールが違った。
竜が千匹入ってもまだ余裕があるだろうその広さ。
いや、実際竜が入る事を前提に作られているのだろう。
現在この場に集いスレイを眺めている城の高官達は皆人間の姿をしている所為で、その広さがどこか滑稽に見えてしまうのだから。
一段高い壇上の玉座に座すドラグゼス。
その壇上もあまりにも広い。
そして玉座は固定されていない。
おそらく竜人族の者の謁見の際には、あの玉座は運び出され、あの広い壇上にドラグゼスは竜の姿で在るのだろう。
そして当然謁見する者も高官達も皆が竜の姿になるに違いない。
それならばこの謁見の間の広さが丁度良く感じられる。
しかし、それだけの竜が集う姿というのは、想像するだけで中々壮観だが。
とりあえず、壇上に在るのはドラグゼス1人。
晃竜帝国に於いて、竜皇との謁見の際には、どうやら皇妃達は同席しない、もしくは高官達と同じ様に周囲に在るのだろうか。
まあ、ドラグゼスは確か10人以上の竜人族の妻を娶っていたので、席次などの問題や、何よりもし全員が壇上に在ろうとしたら、竜の姿では幾らあの広さでも絶対に不可能だ。
だからあの壇上には竜皇のみが在ると自然と決まったのだろう。
しかし、とスレイは周囲で物珍しげに自分を眺める晃竜帝国様式の文官や武官の衣装を身に纏った者達を見て思う。
殆どの者がドラグゼスやイリナに実に似ている、と。
まあそれは当然の事なのだが。
竜人族は寿命が長い。
そして徹底した実力主義だ。
そして当然の様に竜皇と近い血筋の者の方がより強い力を持つ。
故にここに集まる者達はドラグゼスやイリナにとっては近い親戚の様な物で、竜人族の平民というのは少しばかり遠い親戚のようなものだろう。
僅かに混じっている毛色の違う容姿の者達は、恐らく竜人族の亜種たる龍人族の者達に違いない。
つまり竜人族が興した西の大国晃竜帝国とは、最も強い竜人族を竜皇に据えての、親戚達が集まって作った国と言ってしまっても過言ではない。
皇城だというのにどこか気楽で砕けた様子からもそれが伺える。
ドラグゼスも、最も力が強いから竜皇の地位に就いたとはいえ、ここではどこかやり難そうな雰囲気を醸し出している。
確かに最も力が強いのはドラグゼスかも知れないが、ここに集まる者の殆どはドラグゼスより僅かに力が劣る程度。
そして経験ではドラグゼスを上回る者が多い。
何せドラグゼスは竜人族としてはまだ若い。
それを考えれば年長の親戚達に囲まれているようなものだ。
やり難いのは当然だろう。
とは言え、本当に老成した竜人族達はここには居ないのだが、いやそれどころかこの国、いやこの……。
その事をスレイは昨日偶然知った。
それは置いておくとしても、竜人族というのはその寿命の長さ故に、実は総数がかなり少ない。
なので、晃竜帝国は竜人族の国と言っても、実は人口に占める竜人族、そして龍人族の比率はかなり少なかったりする。
しかもその殆どは帝都に住んでいる。
それでも帝都でさえ人口に対する竜人族と龍人族の比率は少ないのだが。
帝都の外に居る竜人族や龍人族というのは、広大な領地を治める領主達ぐらいのものだ。
晃竜帝国の実態を正確に言うならば竜人族と龍人族とそれを崇める人間と亜人達の国といった方が良い。
竜人族と龍人族達が自らの国を興す際、それに従った力在る竜人族や龍人族を崇めていた人間や亜人達が集まったからこそ、晃竜帝国は大陸西の大国と呼ばれる程の国となったのだ。
幾つもの領地の領主を除けば、帝都の外に竜人族や龍人族はおらず、町や村といった物は人間や亜人だけで構成されている。
そして彼等は当然の様に竜神ドラグノスを信仰し、その眷属として竜人族や龍人族も崇拝している。
だが、晃竜帝国の国民であり、竜人族や龍人族を崇拝していながら、生涯一度も彼等の姿を目にする事無く一生を終える国民は多い。
そして晃竜帝国の外でさえ彼等を畏怖し崇拝する者は数多く居る。
それこそ己が身を改造し力を手に入れた探索者であってもだ。
だから以前ドラグゼス達が会談に向かった際。
ドラグゼスやイリナやエリナ。
3人の正体を覚った者達が取った態度は大袈裟でも何でもなく、割と普通の事なのだった。
さて、謁見の間の人の姿で在る時に座る為の玉座。
当然人の姿でそこに座したドラグゼスはどこか居心地が悪そうに。
……まあ、晃竜帝国の皇城に於いて、実質全くの部外者の謁見など久しぶりの筈だ。
というよりドラグゼスが在位してからは始めての事だったと思う。
つまりドラグゼスにしてみれば、客人に、身内だけの集まりの中に入ってこられたような物で。
そして最も強い力を持ち最も高い地位に在りながら、年齢や、皇位に就く前の幼い頃からの自分を知られて……いや、それどころか赤子の頃から面倒さえ見てもらった親戚に囲まれてどこか肩身が狭い立場に在るところを外部の者に見られているという事で。
実際、見られたくない所を見られてる気分なのだろう。
内心、せめて今だけは余計な事をしてくれるな、と周囲の自らの親戚でもある高官達に懇願しているのではないだろうか。
そんな冷静な分析をしながら右肩にフルールを、左肩にロードを、足下にディザスターを侍らせ、堂々と、まるで自分がここの主であるかのような存在感で立つスレイに対し、ドラグゼスが声を掛ける。
「やあ、久しぶりだねスレイ君。あの会談の後も君の活躍は良く耳にするよ。本当にあちこちで色々とやらかしているようだね?そして、その君の左肩に居るのがかのフェニックスの特殊個体、なのかな?始めまして、いと気高き炎の鳳の方」
ドラグゼスの言葉に、色めき立ち、ますます物珍しそうな視線を向けて来る竜人族と龍人族の高官達。
スレイが呆れた声音で言う。
「ふむ、随分と耳が早いな。昨日の今日でか」
『礼儀を弁えた挨拶痛み入る、今代の若き竜人族の皇帝よ。私の名はロード、今はこちらのスレイを主と仰ぎ仕える身だ。しかしまあ、本当に礼節を弁えた態度には感慨を覚えるな……何せ昨日の主と来たら……』
いきなり自分を下僕にすると言って、殆ど殴りこみを掛けて来たに等しい昨日のスレイの事を思い出し。
その後のあまりにも無茶苦茶な“話し合い”を思い出したロードは、その鋭い猛禽類の、それでいて美しい炎の瞳で、どこか遠いところを見るような目をする。
「ははは、……相変わらずのようだねスレイ君は」
「どういう意味だ、それは」
不機嫌そうにドラグゼスを睨み付けるスレイ。
先程から、この国の皇帝たる身にあまりにも不敬な態度を取っているのだが、スレイを咎める様な者は1人も居ない。
それどころか誰もが面白そうにそんな様子を眺めている。
ドラグゼスは思わず頭を抱える。
だが仕方の無い事だろう。
あの会談の後、各国の有名人物が集まったという事で、これで好奇心旺盛なドラグゼスより年長とはいえまだまだ若い竜人族や龍人族の者達はドラグゼス達を質問責めにした。
教えてはいけない部分は隠したとは言え、スレイの規格外さに関してはもはやこの場に居る者達にとっては周知の事実だ。
あの時一番気を揉んだのは、イリナがうっかり何か口を滑らせないかという事だが、基本的に強者の事を楽しげに語るだけのイリナの場合、邪神という強者の事を語らせない事だけ注意すれば良かったのが幸いだ。
そしてイリナが語ったのも殆どがスレイに関する事であった。
だから昨日スレイから探索者ギルドを通し謁見の申し込みがあった時から、この場に居る者達は皆スレイに対して興味津々だ。
というかイリナの破天荒さや、エリナの一見お淑やかでいながら奔放なところがあるのは、全てこの親戚達の影響だと断言できる。
そしてその中に自分の妻達も含まれるのが頭の痛いところだった。
そんな家庭の悩みを一先ず置いておき、ドラグゼスは本題へと入る。
「それで、スレイ君。今回の謁見の用向きは一体何かね?」
「ああ……」
ドラグゼスの問いに、スレイは珍しく一瞬考え込むも、すぐに思い直したように告げる。
「ここの所の俺の動きを耳にしているというなら予想は付いてるだろうが、今俺は大陸各地の戦力の底上げをしていてな。邪神自体には対抗できんが、そのちょっかいぐらいには対処できる様にしようというのが目的だ。それで、最初は竜人族の先代竜皇や長老達の居場所でも聞こうかと思ったんだが……」
「そうか悪いが父や他の長老方の事については私も、それどころかこの国の誰も把握していなくてね」
「いや、それはもういいんだ。彼等の事は昨日偶然見つけて、どうやら戦力の底上げには使えないと分かったんでな」
「なにっ!?」
スレイの言葉に思わず驚愕の声を上げるドラグゼス。
周囲の高官達も皆驚いたようにざわめいている。
当然だろう。
彼等の血を引く。
いや、ほぼ一代しか違わない直系と言っていい自分達が知らぬ事を目の前の人間としても若い青年が知っているという。
しかも昨日偶然知ったなどと。
驚かずにはいられない。
ドラグゼスの妻達やイリナやエリナでさえ、驚きの表情に目を見開き唖然としている。
ざわめきの収まらぬ中。
だがドラグゼスはこれでは埒が明かないと大声で告げる。
「静まれっ!!」
途端、静寂に包まれる謁見の間。
あまりに広大な空間にその静寂は耳に痛い。
いくら、周囲の高官達が皆近い親戚で、色々と知られているとは言え、いざという時に竜皇として威厳を以って彼等を従える事が出来る。
そうでなければ竜皇の地位になど就けない。
その上に立つ者としての資質を見せたドラグゼス。
静まり返った謁見の間。
誰もが息を呑み見守る中。
ドラグゼスは重々しく響く声でスレイに尋ねる。
「スレイ君、君が今言った事は本当かね?」
「今言った事?」
深刻な。
どこか険しささえ感じさせる表情で問い掛けるドラグゼス。
だがスレイはそんなドラグゼスや周囲の様子に訝しげに首を傾げる。
激情に支配されて怒鳴りそうな所を心を落ち着けるドラグゼス。
スレイという青年がどこまでも自分達とは完成を異にしているのは、もう十分に思い知っている。
だからドラグゼスは深く息を吐くと、そのまま静かに、明確な言葉で以って再度問い直す。
「つまりだ、私達が今までどれだけ手を尽くそうと、その痕跡さえ見つけられなかった私の父を含めた竜人族や龍人族の長老達の所在を君が昨日、偶然見つけたなどというのは事実なのか、と聞いているのだ」
「ああ、それか。本当に決まってるだろう。そんな事で嘘を吐いてどうする」
「ではっ、父達はいったい何処にっ!?」
僅かに玉座より腰を浮かせ、思わず声を昂ぶらせるドラグゼス。
周囲の者達も身を乗り出すようにスレイを凝視する。
だがそれも無理も無い事だ。
数十年前。
突如としてその姿を消した先代竜皇と長老達。
今、この場に居る竜人族や龍人族とは比べ物にならない程長い歳月を生き。
その悠久の時で膨大な力を育んだ者達。
彼等は力もまたその生きた年月と同じく、ここに居る者達とは比べ物にならない程の力を誇っていた。
とは言え、何故か彼等は常に人の姿を取り。
竜もしくは龍の姿を取った時の真の力は終ぞ見られないままだったのだが。
それでも。
人の姿のままでも、その圧倒的な力は誰もが知る所であった。
ただ、問題が無かった訳でも無い。
何故か彼等はとことん無気力で怠惰であった。
過ごす時の殆どを眠りに付く彼等。
ドラグゼスは父の、竜皇たる身の怠惰である事を許せず、本気で問い詰めた事もあったほどだ。
その答えは実に単純だった。
生きる事に飽いたのだと。
そして刺激の無い生が退屈で仕方が無いのだと。
ドラグゼスには理解出来なかった。
当然だ。
ドラグゼスは竜人族としてまだ若い。
桁が2つは違う時を生きた者達の考えなど理解できる筈も無い。
そんな彼等が数十年前突如として姿を消し。
そして残った者達の中でもまだ若年ながらも、先代竜皇の息子であり、残った者の中では最も強い力を持っていたドラグゼスが竜皇位に就く事となった。
だが対外的には特に問題は起こらなかった。
何故なら、既に怠惰な先代竜皇や長老達に代わり、とっくの前から他の者達が実務を執り行っていたからだ。
というより年がら年中寝て過ごしているような者達に、政務など執り行える訳が無いのだから当然だ。
そして国内でも特に問題は起こらなかった。
人口の大半を占める人間や亜人にとって、竜人族や龍人族は皆等しく畏怖し崇める対象であり、先代竜皇や長老達を特別視していた訳ではないからだ。
しかし、残された竜人族や龍人族は、ただ寝て過ごすだけだった先代竜皇や長老達の存在がどれだけ大きかったか思い知らされた。
彼等の強大な力は、彼等がこの国に在る、ただそれだけで若い竜人族や龍人族に安心感を与えていたのだと。
故に、彼等は今でもまだ先代竜皇や長老達の捜索を続けていた。
それでも何も掴めないでいたのだ。
それが、目の前の、20年も生きていない人間の青年が、ちょっとそこらで珍しい物を見た、というようなノリで、昨日あっさり見つけたという。
この場に居る者達の興奮と困惑は当然の事だろう。
とはいえ、そんな事、スレイにとってはどうでも良い事なのだが。
ドラグゼスや周囲の者達のあまりの興奮に、眉を顰めつつ、スレイは右手を上げて天を指した。
フルールが窮屈そうに身を縮こませる。
「あそこだよ」
「はっ?」
素っ頓狂な声を上げ、謁見の間の天上を見詰めるドラグゼス。
周囲の者達もどこか間抜けな顔をしてそれに続く。
「あそことは、いったい何を……」
「だから宇宙空間で丸まって漂ってるんだよ、それこそ惑星級のサイズで。だから戦力の底上げには使えないって言ったんだ。あんたらは人型と竜や龍の姿とを自在に変化する事は出来ても、竜化や龍化した状態のサイズを変える事は出来ないだろう?あのサイズじゃ流石に地上に降りて来て戦力になって貰う訳にもいかないし、かといって人の姿で出せる力じゃ神々のレベルには僅かに及ばず不足だ。だから彼等の事は諦めたんだよ」
「……」
再び、謁見の間は静寂に包まれた。
暫くし。
脱力したように玉座に腰を落とすドラグゼス。
ようようと言った感じでスレイに尋ねる。
「……それは……間違い無いのかね?」
「ああ、昨日こいつ……ロードを宇宙の彼方までぶっ飛ばす前に直接“視”たから間違いないぞ」
「……は?」
またも間抜けな声を出してしまうドラグゼス。
周囲の反応も同じ様な物だ。
無理もあるまい。
自らの肩に乗せている相手を、昨日ぶっ飛ばしたなどと。
しかも宇宙の彼方までなどと。
あまりに意味不明過ぎる。
そんな雰囲気を感じ取ったスレイは言い訳するように告げる。
「いや、あれだ。こいつを下僕にするのにな、所謂男同士が殴り合って最後に友情を築くって、あのノリをやったんだよ」
『主よ、お言葉ですが、はっきり言って昨日の主はいきなりやってきて私を見るなり下僕になれ、などと言いますし、挑発的な態度だった上、本気で宇宙の彼方、どころかもっとヤバイ処までぶっ飛ばされましたし……あの清浄なる輝きをこの目で“視”ていなければ、忠誠を誓う事はなかったかと』
「……ここは主人を立てとけよ」
『申し訳ありません、如何に主の言葉と言えども、事実は事実ですから』
スレイとロードが繰り広げるやりとり。
その雰囲気はどこか滑稽で。
しかし内容はどこまでもぶっ飛んでいて、物騒極まりない。
というかもはや想像を絶する。
理解を放棄したドラグゼスは、とりあえず自分達にとって重要な疑問を独りごちた。
「しかし宇宙空間に漂っているだと?いきなり消えたと思ったら、父達は何をやっているのだ」
「いや、羽を伸ばしてるんだろ?実際は丸まってるけど」
「……」
独り言のつもりが、スレイから答えが返って来て黙り込むドラグゼス。
スレイは構わず続ける。
「前々から寝てばっかだったんだろ?今の世の中に飽きたってのは本当だったんだろうさ。だけどまあ、あのデカさじゃ、この星の上じゃあ人の姿で居るしかない。人の姿も確かにあんた達にとっては真の姿の一つだが、それでも窮屈だったんだろうさ。だからいくらデカくなっても問題無い宇宙空間で、あの姿で伸び伸びと眠ってるんだろうさ」
またもや耳に痛い程の静寂に包まれる謁見の間。
もはや何を言えばいいか分からない、と言った感じだ。
そんな居た堪れない空気を気にも留めず、スレイはドラグゼスに言う。
「そんな訳でだ、代わりにあんたに一緒に迷宮に来てもらって力を得てもらおうと思うから頼む」
「それは、シャルロット殿の言っていた【竜帝の迷宮】に挑むという事かな?」
「いや、シャルはあれで抜けているからな。五行思想に於ける中央を統べ、時に四神の長とも呼ばれ、皇帝を象徴する神格を持った霊獣である黄竜でさえ制御出来ず狂ってしまったこの世界の龍脈の中心を、あんたが支配するってのは無理がある。神々の領域にさえ届いていない身では狂うどころか下手したらそのまま破裂して死ぬな。だから今回俺と一緒に挑んでもらうのは【破壊神の迷宮】だ」
「……随分とまあ、侮られたものだ」
頬をひくつかせつつ、表面上は穏やかに告げるドラグゼス。
スレイがシャルロットの事を愛称で呼んだ事も気にしていない。
如何にスレイの圧倒的な力を見せ付けられたとは言え、力こそを是とする竜人族の皇帝である竜皇として、己が侮られるのは流石に気に障る。
だがスレイは頓着した様子も見せず、ただ一言。
「事実だ」
透徹したその言葉の響きに強引に思考を冷やされる。
その様子を見て取ったスレイはドラグゼスに告げる。
「それじゃあとっとと済ませちまいたいから、何とかすぐに都合を付けて、出かけられる様にしてくれ。あんたの立場なら多少の無茶は利くだろう?俺は客室ででも待たせてもらうから……」
「オレも行くぞ!!」
そこに、ドレスを着たイリナが飛び出してくる。
重苦しい雰囲気から一転、楽しげな表情になる周囲の者達。
エリナだけが頭が痛そうに手を額に当てている。
「そんな面白そうな事、仲間外れにされるなんて冗談じゃないからな」
「イリナ……」
「駄目だ、お前じゃあ足手纏いだ」
ドラグゼスが何か言おうとしたのを遮り、スレイが容赦無く切り捨てる。
「なっ!?オレが足手纏いだとっ!!」
「自分の実力は先程理解しただろう?」
「ぐっ」
やはり無慈悲なスレイの言葉に黙り込むイリナ。
その表情は悔しげな物になり、そしてどこか拗ねた物へと変わっていく。
それに思わず溜息を吐くスレイ。
「そんな表情をするな……迷宮から戻って来たら、お前を鍛えてくれる相手を紹介してやる」
「スレイ君、イリナもこの国の皇女なんだ、あまり勝手な……」
「本当かっ!?」
スレイの台詞に苦言を呈そうとする物の、当のイリナに遮られ疲れた表情で溜息を吐くドラグゼス。
エリナもますます頭が痛そうにしていた。
しかし他の者達はただ楽しそうにするだけだ。
昔から、イリナのお転婆を許して楽しんできた者達だ。
当然の反応だろう。
「絶対だぞっ、嘘だったら許さないからなっ!!」
「ああ、嘘なんぞ吐かん、だから大人しく待ってろ」
スレイの言葉に喜色満面の笑顔を浮かべたイリナ。
ドラグゼスはこれから挑まねばならぬ迷宮と、イリナの事で、二重に頭を痛めるのだった。
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