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  シーカー 作者:安部飛翔
第8章
2話
【ヴァレリアント聖王国】聖王都“光神の本神殿”イリュアの私室
「ふぅっ」
「お疲れ様でした聖王猊下」
「ふふ、何もこんな所でまで、そんな堅苦しい言葉遣いをしなくてもいいんですよ?兄さん」
 聖王の部屋、というだけあり豪奢な私室。
 悪趣味な程に光物が多くまた貴金属などの装飾に溢れているが、別にこれは贅を凝らしている訳でも、イリュアの趣味でもない。
 光神の寵児たる聖王は、その力を高め続ける為に、光の媒介となる物を常に身の周りに置く必要がある。
 司祭服の煌びやかさもそれが理由だ。
 そしてそれらの装飾は結局は光を反射するのみに過ぎない為、室内には何よりも光を取り入れる工夫が凝らされている。
 それと同時、神殿に満ちた光神の神力で以って眩い光を発する魔導具のインテリアが多いのもこの部屋の特徴である。
 そんなイリュアの部屋に入ると同時、外では見せられなかった疲れの吐息を零したイリュア。
 普段は部屋の前にそれこそ彫像の如く立ち尽くすなどという、探索者でなければ出来ないだろう人間離れした真似をして、聖王の守護者として職務に忠実な事を尊敬されながらも、密かに常軌を逸したシスコンとしても畏れられているヴァリアスが、そんな妹を気遣い、少しでも話相手になろうと部屋の中まで入って来たというのに、目的から外れた堅苦しい言葉遣いに、思わず笑いながら、口調を崩すように柔らかに告げるイリュア。
「むっ、そうか、そうだな。それじゃあイリュア良く頑張ったな……ってっ!?」
「流石に馴れ馴れしいです、妹とは言え女性の頭に気安く触ろうとするのはどうかと思いますよ?」
 イリュアの頭部に手を伸ばし、撫でようとしたのだろう。
 手を突き出したままヴァリアスは固まる。
 あっさりと躱された上に、にこやかに毒舌が吐き出される。
「だいたい兄さんはシスコン過ぎてどうかと思いますよ?……ええ、何せ神殿中で有名ですからね、今代の聖王の守護者は聖王の兄にして稀代のシスコンだと。妹としても聖王としても、兄が、そして守護者がそのような風評を得ているのは実に迷惑なのですが」
「そ、そんなイリュア、お、俺はただ……」
「ただ、何でしょう?流石に私の事が心配でというのは聞き飽きましたよ?兄としてそして妹を気に掛け、守護者としての職務を全うするのは立派な事ですが、兄さんの場合は行き過ぎてるのでやはりただのシスコンとしか言い様が無いかと。いい加減妹離れしてくれませんと。そうです、恋人でも作ったら如何でしょう?顔も良いし、地位だって高く、実力もあり、私から見ても欠点は度を過ぎたシスコンな事ぐらいですし」
「う……ぐぅ」
 愛する妹の、とても良い笑顔のままに、滑らかに吐き出される毒舌の数々に打ちのめされ、思わず苦しげに唸るヴァリアス。
 何気にこの2人が2人きりになった時の最近の会話は何時もこのような内容だったりする。
「確かにな。俺もここは健全に恋人を作る方が、色々な意味で最善だと思うぞ?」
「っ!?」
「っっ!!?」
 2人しか居ない筈の室内に突然響いた声に、驚愕の表情を浮かべながら視線を向ける2人。
 視線の先にはイリュア専用に造られた豪奢な椅子の上に寛いだ様に座りながら、何やら優雅にティーカップを持ってお茶を啜っているスレイが居た。
 足下には何時も通りディザスターが侍り、右肩の上にはこれまた何時も通りフルールが居る。
「なっ、馬鹿なっ!?」
 あまりの事にただ叫ぶしかないヴァリアス。
 SS級相当探索者である自分に何も感じさせずにそこに存在する。
 そんな事は不可能だとヴァリアスは理解不能な事態に思考を硬直させる。
 ヴァリアスの考えは正しい。
 だがスレイがそんな不可能を可能にする存在だった。
 それだけの話だ。
「あら?女性の部屋に勝手に忍び込むなんて、紳士のする事とは思えませんね。マナーがなってないのではないでしょうか?」
「ふむ、それはすまないな。生憎、田舎生まれの田舎育ちなものでな?」
 そこらの王侯貴族なぞより遥かに洗練された仕草でティーカップを傾けながら告げるスレイに、呆れたような視線を向けるイリュア。
「田舎者ですか……、まあ何を言っても無駄そうですからそれは良いです。あと、この部屋にどうやって入ったか、についても今更突っ込むだけ無駄ですね。ただそのティーカップとお茶は何ですか?ティーカップは私でも驚く程にセンスの良い物ですし、お茶の香りもよほど高級な茶葉を使って、しかもかなり上等な淹れ方をした様に感じますが」
「ふん?流石聖王様はお目が高い、このティーカップはまあ骨董品だが、ちょっとばかり俺の知識を使って、名も忘れ去られた昔の名匠が作った物を探し出して買った物だ。価値が知らん奴が安値で売ってたんでな、そんな奴が持つよりは価値を知る俺が持って使ってやった方がよほどに意味があると思ってな。茶葉に関しては、知る人ぞ知る、隠れ里に近い様な場所で栽培されてる物を、直接行って買い付けて来た。淹れ方については、そもそも魔法であっさり最高の茶を淹れる事が可能だ」
「……色々と能力の無駄遣いですね」
 呆れた様に額を抑え、溜息を吐くイリュア。
 それを軽く無視してスレイは続ける。
「しかしまあ、流石聖王様の御威光は偉大だな、直接出向けばそれだけで外交もへったくれもなく調停は完了する、それに加えて飛翼の首飾りを使っての各国の主要施設への転移……、あんたの威光と飛翼の首飾りの組み合わせは反則にも程があるな、そういうのが無い普通の世界で真面目に外交をやってる連中が可哀相に思えてくる程だ。……ああ、意味が分からんと思うから最後のは無視してくれ、ちょっとばかり俺は色々と“識”り過ぎてるだけなんでな。だがそれでも、肉体的には探索者では無く普通の人間、あれから僅かな時間であれだけの数の調停を終わらせたなら、疲れてるのは確かだろうが」
「あら?私が疲れていると分かっていらっしゃるのに、部屋で待ち伏せまでして、一体何の御用でしょうか?」
「そうだっ、貴様っ!!畏れ多くも聖王猊下の私室に無断で入り込むなど、何のつもりだっ!?」
 激昂のままに聖剣ヴァレリア・ソードを抜き放つヴァリアス。
 眩いばかりに神々しく煌き輝く刀身が周囲を照らし出す。
 探索者にとって距離など在って無きに等しく、またヴァリアスには聖剣技二の太刀“跳躍剣”も存在する。
 だが剣先を向けられたスレイは露ほどもヴァリアスに注意を払わない。
 払う必要も無い。
 そもそもヴァリアスとスレイでは速度のステージが違う。
 いやスレイは速度という縛りすら既に超越した。
 そして“跳躍剣”など今のその気になったスレイの通常の斬撃にも劣る。
 その程度の代物を一々気にする必要も無い。
 だからスレイはそのまま悠然とイリュアの問いに答える様に用件を告げる。
「なに、聖王猊下に於かれては、お疲れの所悪いんだが、早速“戦乙女の試練場”に共に行ってもらおうと思ってな?」
「貴様っ、私を愚弄するかっ!!」
「黙れ」
 完全に無視され、怒りのままに怒鳴りつけるヴァリアス。
 しかしただ一言、スレイのただ一言によっとその身体は凍り付く。
 恐怖を感じられない筈の肉体が、それ以上の何かによって押さえ付けられる。
「行き過ぎたシスコンはどうかと思うぞ?早く妹離れしたらどうだ?」
「確かにヴァリアスは行き過ぎたところがありますが、この場合はシスコンがどうとかは関係無く、先程も言った様にスレイ殿のマナーがなってないのだと思いますが」
「ああ、確かに。実に耳に痛い言葉だ」
 などと言いつつ楽しげに笑うスレイ。
 やはりイリュアは溜息を吐くが、気を取り直した様に顔を上げ、どこかからかう様に言う。
「しかし意外ですね?私が疲れていると分かっていてそのように強行軍を提案してくるとは。私としては女に甘いスレイ殿はもうちょっと私に優しく、1、2日は休息時間を与えてくれると思ってましたが?」
「あんたの場合そういうスケジュール的な無茶には慣れてるだろうから精神的には問題無いだろうし、体力だったら俺の力で幾らでも回復出来る。それにこれで俺はせっかちだから、とっとと片付けられる問題は片付けちまいたいんでな」
「ど、どこまでも、貴様はっ!!」
 乱暴な言い草のスレイに、憤りのままに凍り付いた身体を動かし、何とか怒鳴り付けるヴァリアス。
「大したシスコンぶりだ、まさかこんなに早く復活してくるとはな……」
 スレイはそれを見てどこか呆れたように溜息を吐く。
「ヴァリアス構いません」
「し、しかし聖王猊下?」
「邪神の問題がある以上、実際力を手に入れるのは早いに越した事は無いでしょう。ただ……」
 ふとイリュアは言葉を濁す。
「うん?ただ、どうした?」
「いえ、ミネア殿が居ないのは何故でしょう。仕事をこなした後、あの会話の内容からすれば合流したのでしょう?ならば出来れば彼女もその迷宮攻略が終わるまではそのまま雇い続けたかったので……、それに、貴方が顔を出したのですし、一緒に彼女が居ても不思議じゃないと思ったのですが」
 イリュアの言葉にやや呆れた表情になるスレイ。
「ふむ、いったいどういう思考経路でそういう結論を導き出したのか分からんが、確かにミネアは“俺”と一緒にいるぞ?」
「は?」
「何を言ってる貴様は?」
 スレイが言い出した意味の分からない言葉に、イリュアとヴァリアスは訝しげな顔をする。
 のみならずヴァリアスはどこか馬鹿にしたような顔さえ向けて来る。
 だがスレイは気にせず、そのまま説明を続ける。
「あんたらにも分かり易く簡単に言うと分身って奴だな、正確に言うと可能性の遍在を利用しての存在の……などとごちゃごちゃとした説明が続くが分かり易く分身でいいだろう。全てを動かすのは一つの思考だがな?思考分割を使える以上同時に存在する複数の肉体を全て一つの思考で統合して動かすのは簡単な事だしな。それでここ暫くの俺は常に分身して、有体に言ってまじめに働きながら恋人達とイチャイチャするのに使ってる訳だが、ミネアに関して言えば、先程ちょっとな。……鉄を鍛えて精錬すれば鋼になるのは知っての通りだが、ミネアの体内のオリハルコンの糸は未精錬の状態だったんでな。俺の力で精錬し質を最高に高めオリハルコンとしての性能を限界まで高めたので、“俺”と一緒に適当な未知迷宮で慣らしをしてるところだ」
「……それは、また」
「……この化物め」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 本気で呆れたようなイリュア。
 苦々しい顔をして吐き出すヴァリアス。
 スレイはヴァリアスに対し、軽口で応じてみせた。

【戦女神の試練場】地下41階
「くっ」
「っ!?光神の祝福ヴァレリア・ブレスッ!!」
「おおぉっ!!斬撃結界っ!!」
 突然襲い掛かって来た大量の梟と蛇。
 ワイズ・オウルとワイズ・スネークの大群に、イリュアを護るヴァリアスはイリュアの元へ敵を通さない為、ただひたすら防御に回るしか無い。
 それでも同じ光速の数十倍の速度域、互いに時系列を無視した存在同士でありながら、その無数の大群を巧みなステップと剣捌きで一匹たりとも通す事無く押し返しているだけ大した物だろう。
 そこにイリュアが援護の為、光神の祝福ヴァレリア・ブレスで以ってヴァリアスの力を一気に引き上げる。
 引き上げられた力で余裕の出来たヴァリアスはそのまま聖剣技四の太刀“斬撃結界”を発動し、あらゆる時空間座標と次元座標と位相座標におけるイリュアとヴァリアスの周囲に無数の斬撃を留め続け、襲って来る敵を全て撃退するまで発動し続ける。
 無数の敵が散るも、ワイズの名を冠するだけありすぐにそのまま襲い掛かるのを止め、“斬撃結界”が止まるその時を待つ敵達。
 だがその無数の敵達は刹那にして消え去った。
 何の前触れも無く。
 それこそ何も無かったかのように。
 そして聴こえて来る拍手の音。
 当然空気の振動では無い。
 この時系列の束縛から逃れ隔離されていても、変わりなく遍く遍在しているエーテルの振動だ。
 それが音としてイリュアとヴァリアスの2人に伝わる。
「お見事」
「貴様っ!!」
 感心したように述べるスレイを激昂したように睨み付けるヴァリアス。
 たった今、無数の敵を何の前触れもなく刹那に消し去ったのはスレイ“達”だ。
 スレイはそもそもヴァリアスには捉えられない程の段階まで速度を引き上げ双刀でもって微粒子の欠片まで敵を斬り裂き尽くし。
 ディザスターはただ睨むだけで存在の根源まで消滅させ。
 フルールは時空間を弄り彼方へと消し去った。
 そんな手段までは理解出来ないが、それでもスレイ“達”がやったという事実だけはヴァリアスにも分かる。
 何故なら襲い掛かって来た敵の内4分の3が、ある程度近付いた刹那ですぐさま消え去ったのを始めに目撃していたからだ。
 あれをやったのなんて、スレイ“達”しかいない。
 つまりわざと敵の4分の1をヴァリアスの分担とでも言う様に残して高みの見物をしていたのだ。
 その上で、ヴァリアスに打つ手が無くなったのを見て敵を全て消し去っておいて「お見事」とは何の嫌味なのか。
 ヴァリアスの怒りも当然だろう。
 【戦女神の試練場】。
 ここは広い神殿の通路の様な道が続く迷宮であった。
 戦女神の名に相応しく色合いは白を基調にした地味なものなれど、しかしそこらに立つ柱や壁に施された装飾は実に芸術性に溢れ、神秘的な雰囲気に満ちている。
 スレイの転移によって迷宮入り口前までやって来た一行。
 この迷宮に、ヴァリアスはスレイの忠告を嫌々ながら聞き入れ始めから最上級の加速魔法を用いて光速の数十倍の速度域へと加速し、またイリュアにも同様に最上級の加速魔法を掛け、そしてそんな2人にスレイとディザスターとフルールは敢えて速度域を合わせるようにして、ここまで一度も加速を解く事無く突き進んで来た。
 つまり体感時間はともかく、通常の時系列に於いては全く時間は経過していないという事になる。
 そしてここに到るまではヴァリアスの実力でもギリギリで敵を守勢に回る事無く殲滅出来ていた。
 しかし敵モンスターの種類は変わっていないにも関わらず、階層が進む事に敵は手強くなっていき、そして遂にこの階層に到り、ヴァリアスの実力では敵を一方的に殲滅する事は難しくなり、そして先程はイリュアの光神の祝福ヴァレリア・ブレスの恩恵を受け、聖剣技を用いても敵の攻勢にただ受けに回るしか無かった。
 そんな自分の不甲斐なさと、まるで遊んでいるかのようなスレイの態度に怒りを隠せないヴァリアスを見ながら、スレイは関係の無い事を告げる。
「ヴァリアス、魔法の袋の口を開けろ」
「だから貴様はっ、くっ!!」
 何か言い返そうとするも、そのまま渋々自らの魔法の袋の口を開けるヴァリアス。
 この場ではそうするべきだと分かっている為、文句は後に回すしか無い。
 そしてヴァリアスが魔法の袋の口を開けると同時、消滅した敵の位置に残っていた、いやスレイ達によって残されていた換金用の部位が、干渉できない通常の時系列から強引に隔離された世界に引き入れられ、同時にヴァリアスの魔法の袋の中へと入って行く。
 スレイの仕業だ。
 スレイ達が倒した敵の換金用部位も同様に、スレイの魔法の袋の中に入れられていた。
 ここまで、一度も加速状態を解く事無く突き進んでこれたのはこのスレイの力による物も大きい。
 勿論迷宮の宝や敵の換金用部位を無視すれば、加速状態を解く事無く突き進む事も可能だが、このように世界から隔離された状態で、通常の時系列に存在するアイテムに干渉するなどヴァリアスには不可能だ。
 だから宝や換金用の部位も回収しつつ、加速状態を解く事無く突き進んで来れたのはひとえに隔離された世界からでも通常の時系列に在るものへと干渉できるスレイの力によるものだった。
 そして全ての換金用部位が魔法の袋に収まった事を確認し、ヴァリアスはスレイに対し今度こそ文句を言おうとした。
 だがヴァリアスの機先を制しスレイが言葉を発する。
「言っておくが嫌味のつもりはないぞ?実際にこの“眼”で見たいと思っていた以前とは別の聖剣技の一つを直接見て、本当に見事だと思ったから賞賛したんだからな」
「うぐっ、だがっ……」
 言おうとした文句の内容を先回りして潰されて、しかしヴァリアスはもう一つの文句を告げようとする。
 しかしそれもまたスレイに機先を制され黙らされる。
「あと、ギリギリになるまで手を出さなかったのは、あんたの伸び代を直接“視”て確かめてみたかったからだ。成長する余地が残っているかどうかをな」
「ぐぅっ、くっ。……それで、見た結論は?」
 またも文句を潰されて不機嫌な顔をして呻くヴァリアス。
 それでもスレイの評価は気になったようで、苦い顔をしつつも尋ねる。
「そうだな、“識”ってはいたんだが、やはり直接見ても結論は変わらなかったな。あんたは良い意味でも悪い意味でも“完成”してしまっている。これ以上の急激な成長は望めないだろうな。いや、経験や駆け引きなどの部分についてはまだまだ成長の余地がたっぷりあるが、正直敵対する相手がそういうのが通用する相手じゃないってのが問題だな。それに、俺もまだ“未完成”な奴を鍛えたり、秘められた“潜在能力”を引き出したり、より良い武器を与えたりはするが、邪神達みたいに誰かに“力”を直接与えるみたいな真似だけはする気がないんでな。やはり中央の国家郡に居る連中に関しては、イリュアにアテナの力を手に入れてもらって、勝利の神権による加護と、守る為の戦いという事で与えられる“聖戦”の加護による力の底上げを期待するしかないか。いや、武器を、オリハルコンの糸を強化してやったミネアという例外は居るがな。それにアロウンの奴も何やら面白い物を造っているようだし」
「なぁっ!?くぅぅっ!!」
 決して酷評という訳ではない。
 ないのだが。
 それでも伸び代に期待できないなどと言われ、悔しさと怒りに激昂しそうになるも、今の場所、それに状況、そして彼我の実力差と、イリュアからの注意もあり、悔しげな声を上げるだけで耐えるヴァリアス。
 流石にイリュアも妹として少々心配そうな視線を向ける。
 そして話を変える為にスレイに尋ねた。
「あの、ミネア殿のオリハルコンの糸を精練して強化した、という話は既に聞きましたが、アロウン殿が面白い物を造っている、というのは?」
「うん、ああ、俺も偶然“識”ってしまっただけなんでな。流石にそいつを誰かにバラしたりする気はないぞ?ただ一つ言うなら、あいつはただ過去の文明の研究をするのみならず、その技術を使って新しく何かを生み出すクリエイターでもあった、って事だな。少しばかり思考の方向性がシェルノートに似てるか?あいつとは違って全く非道徳的な事はしないが。それでもまあ、完成すれば俺でも面白いと思えるぐらいの物なのは確かだ。もし上手くいけば下手をすると下級邪神ぐらいには対抗できるかもしれん代物だ。いったいどれだけの時間を費やしたのやら、恐らくは得意の時間系魔法も使って、体感時間的にはそれこそありえない程の年月を費やしたんだろうな。“視”ようと思えば完成形も“視”えてしまうんだが、アレばかりはやはり最初は実物をこの目で直接見たいと思うな」
「よ、よく分かりませんが、それ程に凄い物なのですか?」
 話題の変更の為に振った話で、思わぬ反応が返ってきてイリュアは驚きの声を上げる。
 まさか下級邪神に対抗可能な物を人が造り上げるなど、想像の埒外だった。
 ヴァリアスも先ほどまでの様子から一転、驚愕の表情を浮かべている。
「ああ、アレは魔導科学を根本から引っ繰り返す代物、いや或いはその先に足を踏み込んでいる。とりあえずアロウンの奴がシェルノートに目を付けられないように気をつけておかないとな」
「そ、それほどの物を、賢者殿が……」
 やはり愕然とした様子で呆然とした声を漏らすヴァリアス。
 そのヴァリアスにスレイは告げる。
「さて、とりあえず見るべきものは見たし、ここからはあんたを多少強化しようと思う。魔法では無いが強化魔法と同じ様な物だな。先刻も言ったように“力”を与えるのは論外だが、一時的な強化を掛けるぐらいは問題無い。せいぜい経験を積んでくれよ?」
「くっ、感謝する」
 悔しげな表情をしながらも、素直に感謝の意を述べるヴァリアス。
 その様子を見てスレイは笑う。
「いやホント、素直だな。度を過ぎたシスコンさえ無ければ相当モテる性格なんじゃないか、あんた?」
「それは何かの嫌味かっ!?」
 馬鹿みたいに女性を誑しまくっているスレイがそれを言う事に流石に怒鳴るヴァリアス。
「いや、素直な感想なんだが」
 軽く頬を掻きながらスレイは告げる。
「俺の場合の女性を惹き付ける要素は、どちらかというと性格の悪さだからな。危険な物に、スリルに魅力を感じるって奴だよ。それと後は色々な知識を用いた口説く為に努力を費やした結果と、あとは色々なシチュエーションとかを利用したり。これでまあ、相当労力を使っている訳だ」
 そして珍しく素直な微笑を見せると告げる。
「多分外見じゃなくあんたみたいな真っ直ぐな性格な奴に惚れる女は、素直で純情であんたに安らぎを与えてくれるような女だと思うから、妹ばかり見ていて、そいつを逃さないようにしろよ?」
 そんならしくもないスレイの台詞に、ただただ驚きの表情を見せるイリュアとヴァリアス。
 そして内心驚きに包まれるディザスターとフルールだった。

【戦女神の試練場】地下75階
 ことごとく敵モンスターを殲滅し、隠し部屋などの宝も回収し、換金用の部位も全て集めて突き進んできて。
 しかしこの階層でようやく一行はこの迷宮で始めてのボスフロアらしき広間の手前に居た。
 目の前の巨大で荘厳な門。
 そこに掘り込まれた英雄譚を記すかのような絵画。
 ヴァリアスは相変わらずイリュアを護る様に立ちながら、その目を鋭く険しい物にして門を睨む。
 ここまで戦い続けて来たというのに疲労の気配は欠片も感じられない。
 いや当然だろう。
 ここまでの敵モンスターをヴァリアスが問題無く殲滅出来たのは確かにスレイの強化があればこそだが、そもそも戦闘体勢にある超一流の探索者には精神的にも肉体的にも疲労などというものはもともと存在しない。
 そういう意味ではこの場に辿り着いた時に疲労の色を見せていたのはイリュアだが、そのイリュアもスレイから疲労回復の魔法薬を与えられ、疲労は既に回復している。
 その魔法薬をこの加速状態で使えたのもスレイの力があればこそだが。
 そしてスレイはと言えば、目の前の門を険しい目で睨み付けるヴァリアスをやや呆れたような目で見ていた。
 もともとこの門を通常の時系列に外れた今の状態で開けるのはスレイかディザスターかフルールの三者のみだが、それは呆れているのとは関係無い。
 ただ単に、この先に居る存在が何者かを知っているが故に、ヴァリアスが険しい視線を向ける事に少し苦笑してしまう。
「おいおい、そんなに真面目になるなヴァリアス。この先に居るボスは一応この迷宮の最下層のボスである異界の女神アテナと関わりの深い英雄にして半神だが、そこまで本気になるだけ馬鹿らしいぞ。どうにもこの世界に呼ばれる神々の元の世界、このヴェスタに最も近い異世界の英雄は、正面から敵を打ち破るより、不意討ち騙し討ち上等のが多いからな」
「なに?それでは幾らまだ迷宮の途中とは言え、これほどの迷宮のボスモンスターとして配されているにも関わらず、そいつは弱いのか?」
「あー……弱くは、ないな」
 頬を軽く掻きながら告げるスレイ。
 ヴァリアスは訝しげな視線で問う。
「ならば何故本気になるのが馬鹿らしいと?」
「んー、まず第一に、半神と言った様にそいつの片親は神な訳だが、父親がその神話体系の主神でな。で、その主神ってーのが色々騙したり強引だったりであちこちで美女・美少女と見たら種付けするような種馬みたいな奴で、しまいには美少年にも興味を持つ様な主神サマでな?だから半神って言ってもその神話じゃ珍しくも何とも無いんでな。とは言え同じ神話体系の同じ様な生まれでも、全て力押しで殆どの問題を解決したような英雄も居たりするんだが」
 一緒に聞いていて流石に呆れたような顔をするイリュア。
 しかし僅かに眉を顰めたヴァリアスは納得いかぬげに問い掛ける。
「親がどうだろうと、強いのであれば関係無いと思うが?」
「確かにな、その主神サマも強さで言えばかなり強い訳だし。しかしまあ、それ以上にここに居る英雄サマの強さってのが神器の補正が大きくてな。神器ってのはその英雄サマが神話における英雄譚を成し遂げた時に三柱の神々から借り受けた物でな、まあ別の説もあるんだが少なくともこの先に居る英雄サマはその三柱の神々から神器を借り受けたって神格だからそっちは関係無いな。そんでもってその借り受けた神器の内の一つは、この迷宮の最下層のボスであるアテナのイージスの盾って訳だが。ああ、ちなみにこの迷宮の最下層のアテナはちゃんとアイギスという解釈のその神器を持っているぞ?別々の神格が同時に同じ神器を持つ、というのは、異世界の神話の存在の召喚をした場合にはまま在る事だ。でだ、とにかくそういった三つの神器でゴテゴテに固めてようやく英雄譚の怪物退治を成し遂げたような英雄サマで、なおかつこの先に居る神格も、その神器の補正と、あと幾つかの神話の補正を受けて、それで神々の領域に在るような奴なんでな。それで本気になるのも馬鹿らしいと言った訳だ。とは言え、俺の基準だから、あんたにとっちゃあまりアテにはならんか」
 そう言ったスレイは何やら驚愕の表情を浮かべているヴァリアスを見て思わず眉を顰める。
「なんだその顔は?」
「いや、貴様にも自覚があったのかと」
 本気で驚いた様子のヴァリアスの言葉に、スレイは軽く鼻を鳴らす。
「当然だ、俺の戦力把握はどこまでも正確だ」
「だが、いやしかし……そうか……」
 何やら言おうとして、しかし黙り込んだヴァリアス。
 しかしスレイはそれには敢えて反応しない。
 言いたかった事は分かっている。
 スレイが自らを常に最強と謳っている事だろう。
 だがこれに関しても事実としか言いようが無い。
 戦力とか何とか関係無く、スレイが絶対の最強だという真理だけは揺るがない。
 しかしまあ、敢えて黙ったのを突っ込んでまで言う事では無い。
 これは感覚として確信している真理で、理屈や理論などといった物で語れる物では無いのも確かだからだ。
 だから代わりに告げる。
 これもまた偽りの無いスレイの本心を。
「しかしまあ、俺としてはこの先に居る様な狡知に長けて成り上がるような英雄サマよりは、ブレイズや、あそこまでは行かないがあんたみたいなどこまでも真っ直ぐに突き進む英雄の方が好きだがな。そういう英雄は誰かに利用されたり陥れられたりして無惨な終わりを迎えるってのが物語などでのオチだったりするが、そんなのは世界の方が間違っているし、第一探索者という他とは隔絶した圧倒的な力を手に入れる手段があるこの世界に於いてはその限りではない。あんた達みたいな在り方も、俺には真似できんが、いい物だと思うぞ」
「は、はぁっ!?」
「あら?」
 思いっきり意表を突かれたと言った風情のヴァリアスが、驚愕の声を上げる。
 黙って話を聞いていたイリュアも目を丸くして驚いている。
 それどころかディザスターやフルールさえ驚きの感情を発しているのが分かり、スレイとしてはやや憮然とする。
 いったい俺をどういう風に見ているのかと。
 そこまで考え、スレイは刹那も掛からず答えを自分で理解する。
 ああ、そうだったな。
 少しばかり虫の居所の悪くなったスレイは、丁度良く、下らない騙し討ちの英雄譚をいかにも荘厳に掘り込んだ目の前の門に、それをぶつける事にした。
「話は終わりだ、行くぞ」
「なっ、ちょっと待てっ!!」
「スレイ殿っ!?」
 告げると同時、虫の居所の悪さをぶつける為に、必要も無いのにわざわざ門に手を着くスレイ。
 刹那の時も無く門は奥に向かって吹き飛ぶ。
 完全に消滅させる事も出来たのに、形を残して吹き飛ばしたのも当然わざとだ。
 そしてスレイの“眼”は、古代の異界の衣装を身に纏った逞しい長身の美形の男が驚愕に目を見開いてる姿を捉える。
 スレイは理解していた。
 その一段高い白亜の玉座に座して悪趣味にも女の頭が飾られた盾を自らの前に翳した男が驚愕しているのは、別にいきなり門が吹き飛んできたからでは無いと。
 その程度で驚くような存在なら此処には居ない。
 男が驚いているのは門が石化も停止もせず、そして盾に触れても尚反射されない事にだとスレイは分かっている。
 だがそれこそ笑止だ。
 スレイが特殊な力を込めてやった物が、どれだけ高位であろうがたかが神器風情でどうにかなるとでも思っているとはしゃらくさい。
 しかしまあこの程度で終わらせるのもつまらないだろう。
 だからスレイは刹那に門を消滅させた。
 またも驚愕に目を見開く男。
 何が起きたのかも理解出来ないのだろう。
 スレイがそう“想え”ば、通常の時系列に在る物だろうが、神々が創った物だろうが、ただそれだけで消滅するなど当然の事なのに、全く以って小物に過ぎんと笑みを浮かべて嘲う。
 そしてヴァリアスがイリュアが。
 更にはディザスターやフルールさえも。
 そして目の前の男もが。
 全員が驚きを以ってスレイを見詰める中で堂々と告げた。
「よう、完全に滅ぼしに来てやったぞ、ペルセウス」
「貴様はっ!?」
 眉を顰め、スレイを睨み付ける男、異界の半神の英雄ペルセウス。
 しかしスレイはただ嘲るような笑みを浮かべ続けるのみ。
 その表情に怒りの形相を浮かべかけたペルセウス。
 だがふと気付く。
 スレイ。
 そしてイリュアにヴァリアス。
 それにディザスターとフルールを見る。
 その上で自らが手に持つ盾を確認する。
 先ほどよりも尚色濃い驚愕の表情が浮かぶ。
「馬鹿なっ、貴様らっ何故石化しないっ!?」
 その言葉に尚表情の嘲りの色を強くするスレイ。
「ふん、メデューサの石化の邪眼だったか?その女には多々同情する面もあるが、それはともかく。邪眼、即ち視覚を通しての力である以上それは光を媒介とする。とは言え貴様も神々と同列の力を持つ者。この時系列を無視した本来の光速の数十倍の速度域でも通常の光と同じ働きをするよう、そのメデューサの邪眼が干渉した光に関しては加速している事は分かっているが、そもそも無駄だ。まずこっちに居るイリュアとヴァリアスってのはこの世界の光神の寵児たる聖王とその守護者。この世界の光を媒介とする以上、光神の加護がそのような不浄な力通す訳もなかろう。そしてこの俺のペットであるディザスターとフルールにはそもそも何らかの力を通用させたければ外宇宙全知全能より二段階は上の力を、そして俺に関しては外宇宙全知全能より三段階は上の力を持ってこなければ、そもそも通用しない。本気で無意味なんだよ、あんた程度の力じゃな」
「……ほう、言っている意味は理解できんが馬鹿にされているという事は良く分かった。ならば私の力が通用しないかどうか、実際に試してみるとしようか?メデューサの石化の能力のみが私の力だと思われては心外だ」
 流石に異界の半神にして英雄たる存在。
 すぐさま落ち着きを取り戻し、そう告げるも。
 しかしスレイは尚続ける。
「はっ、あんたの力、その三つの神器おもちゃの力の間違いだろうが?その力に頼りっきりの英雄様おぼっちゃん風情がほざくな。道具の力を使いこなしてるならそれを自分の力と言っても許せるが、あんたみたいに力に頼ってるだけの奴が言うと本気で笑えるな」
「なっ!?貴様ァッ!!」
 どこまでも嘲り笑い見下す様な表情。
 どこまでも自らを虚仮にした言葉。
 これほどに徹底的な侮辱を受けた経験など元の世界の神話の全ての人生に於いても無かったペルセウスは本気で激昂する。
 その様子を見て殊更に嘲うスレイ。
 スレイのその顔を見たペルセウスは能面の様な無表情になり、そして。
 消えた。
「はっ!?」
「なっ!?」
 驚愕の声を上げるヴァリアスとイリュア。
 特にヴァリアスは今までに無い未知に出会ったかのような驚きぶりだ。
 それも当然だろうと、スレイは思う。
 ペルセウスが被っていた兜を思い出す。
 ハーデスの隠れ兜。
 ペルセウスの姿が消えたのはあの兜の力によるものだ。
 神器おもちゃの力に頼ってると馬鹿にしてやったのに、そこで神器おもちゃの力を使うとは笑止だが。
 神器おもちゃそのものの力は中々大した物だ。
 ありとあらゆる全てを。
 そうエーテルすらをも透過している。
 故にヴァリアスの“眼”を以ってしても見えないのだろう。
 SS級相当探索者ともなれば、敵が自分では捉えられない速度域に加速した、とかでも無い限りこのような経験などは無い筈だ。
 そしてそのような状況であれば、そもそも驚く暇すら無い。
 しかしまあ、本当に神器おもちゃの力は大したものだ。
 スレイにもディザスターにもフルールにもその姿は見えていない。
 そう。
 ただ見えていないだけだが。
 スレイは笑って一歩左足を踏み出すと蹴りを繰り出した。
 普段は蹴りなどという物は使わないスレイだが、相手をどこまでも見下しているという姿勢を貫く為に今回は敢えて蹴りを選択した。
 踏み出した通常の時系列に在りまた神々の結界で護られた地面を窪ませる程の衝撃、とは言えスレイにとってはただの遊び程度の物だが、その衝撃を足の全て、親指の爪先の先の先に到るまでから足首までの全ての筋繊維、通常の人間とは本数も密度もそもそもの桁が違うそれを一本一本全て意識して最適の効率で使いこなし、力を汲み上げる。
 左足の全ての筋繊維をやはり一本一本意識し、通常の人間より力を伝えるのに最適化された関節の全てを完全に利用し、最適の効率で回転させ、力を増幅させる。
 その際に踏み出した左足を爪先立ちにして更に回転させる事も忘れない。
 腰まで伝わった力を、やはり力を伝えるのに最適化された骨格と関節の稼動域、一本一本の筋繊維の全てを意識して最適に利用し、更に力を増幅させる。
 全てを利用し、最大限まで増幅された力で後方に置き去りにしてきた右足を鞭のようにしならせ、着弾点まで素粒子単位で計算し、右足の関節の稼動域と筋繊維の一本一本を全て意識して動かし、最も着弾の衝撃が高まる軌道を計算し、そのまま振り切る。
 そこまで全てはこの光速の数十倍の速度域の領域にあっても刹那の出来事だった。
 すさまじい衝撃音が鳴る。
 同時に壁に深くめり込んだペルセウスが姿を現した。
 その身を包む衣装もボロボロで。
 僅かに身を包んでいた軽装の鎧は全てが粉々に砕け散って地に落ちる。
 口から吐血するペルセウス。
 その目は信じられないとばかりに驚愕に見開かれ。
 そしてイリュアとヴァリアスも、何事かとただ驚きの表情を見せるばかり。
 例外はこの事態を作り出したスレイ。
 そしてちゃっかりスレイの右肩から上空に飛翔していたフルールと、変わらず元の位置で地に侍りつまらない物を見る目でペルセウスを見るディザスターのみだ。
「ば、馬鹿な、ゴホッ!!な、何故?」
「はっ、何が何故なんだ?疑問点ははっきりさせろよペルセウス」
 どこまでも見下した視線でそう告げるスレイ。
 だが今度はペルセウスも激昂どころではなく、ただただ混乱するしか無い。
 その様子に、まともに問いも発せないだろうと察するスレイ。
 思わず大きく溜息を吐く。
 しかし、ヴァリアスやイリュアも疑問の表情を浮かべている事に気付き。
 しかもペルセウス以上に事態を理解していないだろう2人に説明する意味を込めて、スレイはそのまま語りだす。
「ふん、ハーデスの隠れ兜の力で、ありとあらゆる全てを透過し、決してその存在を捉えられないだろう自らにどうやって攻撃したのか不思議か?」
「そ、そうだ。き、貴様には私が見えていたというのか?」
 自分で言っていて信じられないという表情で言葉を口にするペルセウス。
 対しスレイの回答はシンプルだった。
「いや、見えなかったな」
「な、ならば何故っ!?ガハッ!!」
 思わず興奮し、大声を出し血を吐き出すペルセウス。
 だがそれでも凄まじいダメージを受けたにも関わらず既にその傷は急速に回復を始めている。
 まあ、仮にも神々の領域にある者なら、その程度は当然だろうと、驚くにも値しないと、スレイは気にも留めないが。
「別に見えなくても、居る位置が分かれば問題ないだろう?」
「なんだ、それはっ!?」
 今度は大声を出しても全く問題無い程には回復していたようだった。
 そんなペルセウスにスレイはただ薄く笑い告げる。
「見えようが見えまいが、お前の居る位置を“識”る事なんて簡単なんだよ、“全知”ってのはそういうもんだ。尤も?その気になればお前を“視”る事も俺には出来たんだがな」
「なにっ!?」
「“全能”ってのはそういうもんだよ、“出来ない事”など“存在しない”。先刻言っただろう?俺に力を通用させたければせめて最低限、外宇宙全知全能より三段階は上の力を持ってこい、とな?」
 やはりどこまでも見下す物言い。
 だがそこに油断は微塵も無く。
 ただ事実を事実として告げる。
 そんな非情な冷たさだけが存在した。
 故に理解する。
 この黒衣の凄絶なる男の言葉はただの真理なのだと。
 故に理解できない。
 その言葉はペルセウスの理解を超える物であるが故に。
「それは、どういうっ!?」
「ああ、たかが神々の末席に名を連ねる半神の英雄神様には理解が及ばないかな?あんたが属する神話体系の最高神でさえたかが全能にも及ばぬ始末だし。その上あんたの居た異界の別の神話体系の唯一神ですら所詮は単一世界に於ける全知全能や、幾つかの世界の創造程度が精々だ。無限を越える世界を呼吸をするかのように自然に創造し、或いは破壊し、或いは再生する。そんなレベルでさえもほんの入り口に過ぎない“真の神”の領域、それを理解するには存在のステージが違い過ぎるか」
 たまらずペルセウスが上げた叫び声に、どこまでも感情の色無く淡々と告げられる隔絶した論理。
 ペルセウスは勘違いに気付く。
 この男は自分を見下してさえいない。
 そもそもそのような対象にさえ見ていない。
 どうでもいい。
 ただ遊んでいるだけ。
 理解し思考が灼熱する。
 この身は偉業を成し遂げた英雄。
 その偉業を持って玉座に就きし者。
 そして遂には天に召し上げられ神々の末席に名を連ねた身だ。
 それがそもそも眼中にすら無い。
 そのような事が許されるか。
 いや、許される筈が無い。
 己が上に立つオリュンポス12神の名誉の為にも。
 この男にはせめて一矢報いねばならない。
 完全に回復したその身を起こしペルセウスはイージスの盾を前方に突き出し構える。
 イリュアとヴァリアスは困惑の表情を浮かべる。
 その盾の力が通じないのだと既に知った為にペルセウスの行動が理解出来なかったから。 そしてスレイとディザスターとフルールは、ただ興味の無さげな視線を向けるだけ。
 そのスレイの。
 ペルセウスにとっては許し難き黒衣の男の視線に、ペルセウスは怒りを覚えると同時、油断を見たと思った。
 それが一矢を報いる機会だと、ペルセウスは一気に勝負を掛ける。
 確かにイージスの盾の力は通じなかった。
 だが今回はイージスの盾の絶対防御の力を利用するだけだ。
 ヘルメスより借り受けた今もペルセウスが履く天翔けると言われるヘルメスの靴。
 確かに空を飛ぶ力も在る。
 だが神器ともあろうものがただそれだけの力の訳があろう筈も無い。
 ヘルメスの靴にはもう一つ、光速の数千倍の速度域へと加速する力が在る。
 とは言え、あくまで一直線に突っ込むだけ。
 思考の速度は元のままなので、決して制御出来はしない。
 もしそこまで完全であればもっと圧倒的な力を持った神器として奉られたであろう。
 だがそれで十分。
 絶対防御の力を持つイージスの盾を突き出しただ一直線に突っ込む。
 ただの速度に任せた突撃。
 だがそれだけで絶対の必殺となる。
 刹那。
 ペルセウスはヘルメスの靴を発動させ一気にスレイへと突撃しようとした。
 そして世界が停止する。
『は?』
 驚愕のあまり間の抜けた思考が支配する。
 声は出せない。
 ヘルメスの靴は間違い無く発動しているのだから当然だ。
 光速の数千倍の速度域ではヘルメスに出来るのはただ突撃するだけ。
 そもそもこうやって思考できている事がおかしい。
 いやそれ以上に何故その光速の数千倍の速度域で動いている筈の己が身が静止して感じられるのか。
 理解の範疇を超えた出来事に、突然背後から聞こえた怨敵たるスレイの声が答えをもたらす。
「不思議か?何故ヘルメスの靴が発動した状態で自分が思考出来ているのか、そして何故ヘルメスの靴が発動したにも関わらず自らの身が静止しているのか。答えは単純だ。俺がお前の思考を光速の数万倍の速度域まで加速してやってるんだよ、思考だけをな」
『なっ、き、貴様っ!?』
 あまりの事に声が出ない事も忘れ驚愕と激怒の念を飛ばすペルセウス。
 だがスレイはそれを当然の様に読み取り答えてみせる。
「は、貴様、貴様ね?それを言いたいのは俺の方だよ英雄サマ。結局最後まで神器おもちゃ頼りは変わらずか。俺は神器そいつを使いこなして見せろ、と言ったつもりだったんだが、まあいい。もうあんたは“終わり”にしよう。それじゃあサヨウナラ、英雄サマ?」
 ペルセウスには最期まで何も理解出来なかった。
 光速の数万倍の速度域の思考。
 それでも捉えられぬ双刀の乱舞が自らを構成する素粒子の欠片までをも斬り刻み完全に消滅させたなどと、例え捉えられても理解出来なかったであろう。
 そしてスレイはイリュアとヴァリアスと同じ光速の数十倍の速度域へと自らのステージを戻す。
 イリュアとヴァリアスはいきなりの事に困惑の表情を見せる。
 先ほどまで居たペルセウスが消え去り、そのペルセウスが居た位置のすぐ近くにスレイが何時の間にか移動しているのだから当然だろう。
「あ、あのいったい何が?」
「ん、ああ。あの出来損ないの英雄サマは俺が消滅させた、それだけだ。他に語るべき事など何も無い。さて、とっとと行こうか」
 イリュアの問いに軽く答えるスレイ。
 イリュアとヴァリアスはまだ何か聞きたそうにするも、スレイと共にディザスターとフルールもこの荒れ果てた玉座のある広間の出口へと黙って歩み、何も語る気配を見せない為、そのままスレイ達の後を付いていく。
 この荒れ果てた広間も本来ならば神々の力によってすぐに修復されるのだが、現在スレイ達が光速の数十倍の速度域にある以上、スレイ達の体感時間に於いては、少なくともその加速を解くまでは広間が修復を開始する事は無いであろう。
 スレイ達が立ち去りただ残されるのは、広間の主の残滓すらも残らぬその無惨な光景のみであった。

【戦女神の試練場】地下150階(最下層)“戦女神の闘技場”
 勝利の神格を付与され、神々しい後光を引き連れながら、信じられない程の機動性を見せる全長二メートル程、翼を全開で広げた時の大きさは十メートル以上に達するだろう白い梟。
 ニケ・オウル。
 それが急襲して来たと思ったら、すぐに消え去る。
 そうイリュアとヴァリアスには見えただろう。
 実際はただ単にスレイの間合いに入ると同時、光速の数十倍の速度域に居て時系列にも捉われていないイリュアやヴァリアスにも全く知覚できない速度で、素粒子の欠片、存在の根源に到るまで双刀で斬り刻み尽くしただけなのだが。
 あれから。
 ペルセウスを消滅させ、その後方にあった出口からすぐの階段を下りてからも、スレイ達は相変わらず加速を解く事無く突き進んで来ていた。
 だが変わった事はある。
 ペルセウスを倒した階層の次の階層。
 つまり地下76階からは出現する敵が変化したのだ。
 相変わらず種類としてはたったの二種類。
 変わらずにアテナの聖獣である梟と蛇の姿のモンスター。
 ニケ・オウルとニケ・スネーク。
 ニケ・オウルは前述した通りの姿、ニケ・スネークはニケ・オウルと同じくやはり神々しい後光を引き連れながら空中を伸縮自在にその身をうねらせ、やはり圧倒的な機動性を見せる、直径一メートル程、全長二十メートル程に達する巨大な白い蛇だ。
 そしてどちらも共に赤い瞳をしている。
 ニケ・オウルは賢者の如き赤い瞳。
 ニケ・スネークは狡知な赤い瞳。
 そして何よりも大きいのが勝利の神格の付与だ。
 アテナの随身である勝利の女神ニケより与えられたのであろうその勝利の神格。
 世界の理を捻じ曲げる程の勝利への補正。
 ただでさえ神獣クラスの力を持った敵がそのような補正を受けているのだ。
 この世界ヴェスタに於いてたかが神々の神権程度がそれほど絶大な影響力を持つ事は無い。
 また超一流の探索者ともなれば、当然世界の理に抗う事すら可能。
 だがそれでも、素の能力差にその補正が入れば、幾ら強化しようとヴァリアスでは荷の勝つ相手になる。
 強引にそこまで引き上げる強化も出来なくもないが、そこまですればヴァリアスにとって経験にも何にもならず意味は無い。
 その為、この最下層に到るまで敵の全てはスレイとディザスターとフルールが葬り去って来た。
 イリュアやヴァリアスにはその方法すらも理解出来なかったであろう。
 とはいえ。
 ふとスレイはヴァリアスを見やる。
 唇を噛み締め、悔しそうに手を握り締めながらも、一度もヴァリアスが蛮勇を起こす事は無かった。
 激情に駆られ易いタイプという先入観があったが、状況を冷静に判断できるだけの理性の強さも持ち合わせているらしい。
 もともと悪くは無いと評価していたが、更に評価を上方修正しておく。
「さて、と」
 スレイは眼前を見て薄く笑う。
 今のでこの階層の敵モンスターの気配は無くなった。
 あとはこの先に居る女神達だけ。
 そう思いつつ、少しばかり呆れが声に混じる。
「しかしまあ、無意味にデカイもんだ。いったいどんな巨人が通る事を想定してるんだ?」
 そう言って見上げるのは幅が1キロメートル、高さが3キロメートルにはなるであろう、門扉を持たない門だ。
「しかもまあ、あの英雄サマと違って、門扉も無しに常時開放されてるってのは、来るなら何時でも来いって挑発してるのかね?たかが神風情が」
 唇を歪めスレイは笑みを深める。
 どこまでも傲然と己こそが全ての中心であるとそう主張するが如く。
「さて、それじゃあ行くか」
「あの、お待ち下さい」
 スレイが歩を進めると同時、肩に乗ったままのフルールは当然、足下のディザスターも続こうとするが、イリュアとヴァリアスは立ち止まったまま。
 そして戸惑い気味にイリュアが問い掛ける。
「これから、この先に居るアテナという異界の女神の力を私が得るという事ですが、いったいどのような手段で?」
「そうだ、確かお前は言っていたな。お前は人に直接力を与えるような事はしないのだと」
 ヴァリアスが続けた言葉に、スレイは思わず頬を掻く。
「ああ、良くそんな細かい事覚えているな」
「細かくは無いだろう。そのような制限が無ければ、おそらく私の、そしてこの世界の住人の戦力は大幅に上がるのだろうからな」
 スレイは思わず肩を竦める。
「はぁ、確かにな。俺自身の力でないとは言え力を直接与えるのはアウトだな。だからまあ、俺はアテナの奴を幾つかのアイテム化しようと思ってる。とはいえ、既に一つ、アイギスは元々盾の形な訳だが。ともかくだ、アイテム化した上で一応イリュア専用という事で、他の者には触れられなくはするが、使いこなせるかどうかはイリュア次第って事だな。まあこれなら俺的にギリギリセーフなんでな」
「異界の神のアイテム化っ!?」
 驚愕の声を上げるヴァリアスに、スレイは振り返り今度こそ足を踏み出しつつ最後に一言告げた。
「そも、全能に不可能なんてものは存在しない」

 広い、どこまでも広大な白亜の闘技場。
 その色合いと、決して人が立ち入る事も無いであろう観客席も合わせ、信じられない程に整った外観と広大さが寧ろ寂寥感を助長させる。
 その中央。
 一つの槍が地に突き立てられ、そのすぐ傍に傲然と立ち尽くす人影があった。
 甲冑に身を包んだ長い髪に白妙の肌のキツイ顔立ちの絶世の美女だ。
 甲冑の左手側には盾が取り付けられ、圧倒的なまでの波動を放ち。
 その両目は今は閉じられている。
 その人影の右手には有翼の小さな美女が乗っていた。
 有翼の小さな美女はやってきた一同を物憂げに見るも、スレイに目を留めると同時、驚愕に目を見開く。
 と、その時になり傲然と立ち尽くしていた美女はその両の眼を悠然と開いた。
 開かれた瞳に籠った力にイリュアは怯み、恐怖を感じないヴァリアスまでもが思わず一歩後ずさる。
 美女の瞳はただ悠然と立つスレイとその肩で気楽に顔を掻くフルール、そして足下で毛繕いするディザスターへと向けられ固定される。
 そして美女は傲然と言い放った。
「ほう、どうやら大した勇士の様だ。勇士は歓迎しよう、ようこそ我が闘技場へ」
「ふん、流石は知恵と戦略を司るだけはある。如何に傲慢で嫉妬深く性格が悪くても、相手の力を測るのは中々のようだな?異界の戦女神アテナ殿。尤も、それでもなお足りぬと今回ばかりは言わざるを得んがな」
 スレイのアテナ以上に傲然とした態度と言い草に、アテナは眉を顰める。
「言葉を慎むが良い。我は勇士は好むが、蛮勇で傲慢な輩にまでそれが適応される訳ではないのだからな。我には礼節を以って接するのが重畳だと思うぞ?」
「はっ、いや大した傲慢さだ。だがまあそれも仕方が無い事か?なにせもし女の身に生まれなければ本来は主神を父神より簒奪する運命にあった神、いやもっと言えば母神を主体とする信仰から父神を主体とする信仰へと飲み込まれた女神だからな。或いはその神話上の性悪さも……。とは言えこの世界に召喚されここに在るのはあくまでアテナという神格。神話の変遷などは関わりの無い事だ。あくまで“お前”は傲慢で性悪な戦女神様、でしかないな」
「貴様っ!?……いったい何を知り何を語る?」
 険しい表情でスレイを睨み付けるアテナ。
 しかしやはり飄々とスレイは答える。
「何でも“識”る事は出来るが、別に必要以上に“識”ろうとも思わんし。俺は俺の語りたい事を語るだけだ」
「何をっ」
「アテナ様っ」
 突然、アテナの右手の上の有翼の美女が大声を上げる。
「ニケ?」
「お気を付け下さい、あの男、得体が知れませんっ!!」
 困惑の表情で有翼の小さな美女、ニケを見るアテナ。
 対しニケは始めスレイを見た時の驚愕の表情から、今は敵意に満ちた表情になりながらも、変わらずスレイを見続けている。
「得体が知れない、とはどういう事だ?」
「アテナ様、アテナ様もご存知の通りこの身は勝利を司る神格、故に分かります、あの男の勝利のかたち、あのような在り方など、在り得ないッ!!」
「在り得るから在るんだろう、視野狭窄だな勝利の女神殿?」
 アテナの問いに大声で答えるニケに、スレイが馬鹿にするように告げる。
 そんなスレイを睨み付けるアテナと、なおも何かを告げようとしたニケ。
 だがスレイは何も言わせる事無く続けた。
「さて、戦女神殿には悪いが、今回俺はわざわざあんたらと戦ってやるつもりが無くてな、とりあえず、勝利の神格、貰い受けよう」
 言うと同時ニケの身体が光に包まれる。
「なっ!?」
 驚愕の声を上げるアテナを余所にそのまま光に包まれたニケは何を言う事も出来ず、完全に光となって、突如イリュアの胸元へと飛び込んだ。
「なっ!!」
「えっ!?」
 反応が間に合わず声を上げるヴァリアスと、ただ驚きの声を上げるイリュア。
 光が消えると、イリュアの司祭服の丁度突き出た胸の上部で曲線を描き胸を強調するかのように、一対二翼の翼の意匠が中心から広がるように現れていた。
 スレイはその様子をやや楽しげに眺めると告げる。
「おいイリュア、その司祭服大事にしろよ?何せ勝利の神格をそのまま付与したんだからな。とは言え、もう決してその司祭服が傷む事も汚れる事も無いし、その司祭服を着るどころか持てるのもイリュアか、後はそもそも勝利の神格さえ相手にしないような相手ぐらいだから心配は無いだろうが」
「は、はい……」
 どこか呆然としながらも頷くイリュア。
「き、貴様ッ、ニケに何をっ!?」
 激昂の声を上げようとしたアテナだったが、またも起きている異常に気付き声は驚愕へと変わる。
 今度は左手の盾が、アイギスが発光していた。
「さて、次はアイギスを貰い受けよう」
 告げると同時、またも光と化したアイギスがイリュアの左腕へと飛び込み、今度は変わらず盾の形を取る。
 二度目の事なので、今度は冷静に事態を受け止めるイリュアとヴァリアス。
「貴様ぁッ!!」
 もはや怒りのあまりに形相すら変えるアテナに、しかしスレイは冷酷に告げた。
「残念、もう遅い。最後に“聖戦”の証たるその身を貰い受けるぞ」
「え、あ?」
 アテナは気付く。
 今度は自ら自身が発光しているというその事実に。
 そしてアテナは最期の声すら残す事無くそのまま光と化し、イリュアの右手へと飛び込んで豪奢なる錫杖の姿となっていた。
 ただ呆然と自らの右手の錫杖を見詰めるイリュア。
「さて、もうここに用は無いな。帰るとするか」
 刹那、スレイ達の姿は消え去る。
 そして広大な闘技場のその中心、ただ一本の槍が突き立てられたまま、その場に残されたのだった。

【ヴァレリアント聖王国】聖王都“光神の本神殿”イリュアの私室
 無人の室内に唐突に現れた人影。
 転移してきたスレイ達だ。
 悠然と壁に寄り掛かり腕を組むスレイと、その肩であくびなどするフルールに、足下で丸まるディザスター。
 三者に対し、スレイの力によっていきなり転移させられ、状況が掴めないイリュアとヴァリアスは呆然とする。
 だが流石にSS級相当探索者の1人。
 ほんの僅かにも時を置かずヴァリアスは現状を理解し、僅かに緊張を解く。
 それと同時、ヴァリアスは全員の加速状態が解除され通常の時系列に回帰している事に気付く。
 しかしこれもまたスレイの仕業だろうと、もはや諦めの境地で何をしたのかまでの理解は放棄し、ただその事実を受け入れる。
 ヴァリアスと違い、光神の寵児とは言え、その身は只人であるイリュアは呆然とした表情のまま近くにあったベッドに腰を落とした。
 ヴァリアスはこの位置関係もまたスレイが意図したものだろうと当たりを付ける。
 僅かな時を置き、イリュアは思いっきり長く息を吐き出すと、その身体を弛緩させ緊張を解いた。
 無理も無いとヴァリアスは思う。
 最後の戦いにすらならない一方的なスレイの行い。
 あれにはヴァリアスであっても衝撃を受けた。
 如何に相手が邪悪な存在であるか、という説明を受けていたとは言え、流石にアレは容赦が無さ過ぎる。
 いや。
 思えば自分が知る限りのスレイという男の情報から考えれば、スレイとは自らが価値が無いと判断した相手にはどこまでも無慈悲になれる存在だ。
 完全な善も悪も存在しないと言い、善悪の二元論で物を測る事を愚かしいという者達が居るが、スレイはそれに対し、二元論で測れないのなら、それこそミクロ単位で両方を評価し総合的に判断すればいいだろう、などと言い出すだろう男だ。
 そして全知であるというスレイ自身の申告が事実であれば、それも可能なのだろう。
 ただ人でありながらあまりに人の価値観と掛け離れている。
 だがそれはどうでもいい。
 スレイという男の事などはヴァリアスにとっては些事に過ぎない。
 重要なのはイリュアがどれだけ衝撃を受けたかだ。
 認めたくない事実だがヴァリアスは知っている。
 イリュアがどうやら出会う以前からさえスレイという男に好意を寄せていたらしいと。
 好意に気付いたのは会談でイリュアがスレイに出会った時。
 そしてそれ以前からと気付いたのは、イリュアが神事に於ける光神ヴァレリア様との交感の時に時折見せていた見知らぬ誰かに対する慕情の目とスレイに向ける目が同じだったからだ。
 だからイリュアがスレイに対し好意を抱く様になった理由はヴァレリア様が原因なのだろうと思うが、ヴァリアスは光神の神殿騎士にあるまじき事に、その理由もどうでもいいと思う。
 あくまでヴァリアスにとって一番重要なのは自らが聖王に仕える聖王の守護者であり、イリュアという妹を護る兄であるという事だ。
 だからヴァリアスはスレイに問う。
「おい、貴様。最後、あの女神に対し随分と容赦が無かったが何故だ?」
「ん?そんなのはあいつが俺の価値観で悪としか呼びようの無い邪悪極まりない存在だったからだが?」
 スレイがヴァリアスの強気な態度にやや不思議そうにあっさりそう答える。
 予想通りの答えに続けてヴァリアスは用意していた別の問いを投げかける。
「それでは、貴様にとって、貴様の恋人達とはどういう存在だ」
「また唐突な……、何があっても絶対に護るべき大事な存在だ、これでいいか?」
「ああ、十分だ」
 言うと同時、ヴァリアスは身を翻しそのまま扉へと向かい、部屋から出て行く。
「は?」
「ふふ、どうやら兄には気を遣わせてしまったようですね」
 いきなりの事に珍しく唖然とした表情を浮かべるスレイに対し、イリュアは何やら表情を緩ませ楽しげに笑っていた。
「何を言って、とディザスターとフルールまで何時の間にか消えているな。なんなんだ?」
 スレイはただ困惑の声を上げた。

「くっ」
 イリュアの私室を出てから広く豪奢な通路を歩きながらヴァリアスが唇を噛み締め、手を握り締める。
『ふっ、兄だな』
「ただのシスコンじゃなかったんだ、見直しちゃった」
「なっ!?」
 そこに唐突に掛かる声。
 振り返ると宙に浮かぶフルールと通路を歩むディザスターが背後に居た。
「き、貴様ら」
『ふっ、何。愚痴なら付き合ってやろう。最近の主の無軌道っぷりには我もやや愚痴りたい気分でな』
「そうそう、スレイのお金で買ったすっごい高いお酒が沢山あるんだけど、スレイって、というより探索者って酔ったりしない癖に、スレイはあまりお酒を飲みたがらないから余りまくってるんだよね、一緒に酒盛りでもしようよ」
 ヴァリアスは思わずふっと口元を緩め、返事を返した。
「そうだな、相伴に預かろう」

「きっと兄だけでなくスレイ殿のペット達も気を利かせてくれたんですよ」
「……ああ、そういえばあんた、最後、大分ビビってたみたいだからな。だが分からんな、何故そこで俺とあんたを2人きりにするのが気を遣う事になるんだ?逆効果じゃないのか?」
「それはまあ、私が始めて会った時からスレイ殿に好意を抱いていた事くらい、スレイ殿なら気付いていましたよね?」
 言われ、なんのてらいもなく頷くスレイ。
「ああ、それはな。理由は知らんし、“識”ろうとも思わなかったが」
「ええと、まあ、理由はヴァレリア様が関係してるんですけど、そこは秘密にしておきますね。その方がスレイ殿としても嬉しいでしょう?」
「ああ、そういうのは知らない方が面白い」
 大きく笑うスレイに苦笑するイリュア。
「で、先ほどのスレイ殿には恐怖を感じてしまいましたが、私がスレイ殿の事を好きな事には変わりないので、整理を付けろと言う事かと。ですので、抱いて下さい」
「……そいつはまたいきなりで大胆な台詞だな。というかそれで解決になるのか?」
「あら?スレイ殿と繋がれば、魂レベルで互いの事を知り合えるのでしょう?」
 眉を顰めるスレイ。
「そいつもまた、ヴァレリアから?」
「はい」
「……少し、ヴァレリアについては“識”る必要があるか?」
 難しい表情になるスレイに、イリュアが拗ねる様に告げる。
「あの、目の前にあんな恥ずかしい台詞まで言った私が居るのに、他の女性の事を考えるのはどうかと」
「……女性、女性か。いや確かに女性ではあるのか。……そうだな、俺が無粋だった」
 そう言ってベッドに近付いていき、イリュアの肩に手を掛けるスレイ。
 イリュアはビクリと肩を竦ませ、潤んだ瞳で、弱々しい表情で告げる。
「あ、あの、私、こういう事は始めてですので、優しくして下さいね」
 ふっ、と肩に掛けた手とは逆の手で顔を覆うスレイ。
 何やらスレイの肩が震えていた。
「あ、あの?」
「いや、ちょっとそういう普通の反応が久しぶりで新鮮でな」
「な、なんですかそれっ!?失礼ですよっ!!ちょっと特殊な立場ではありますけど、私だって普通の女の子です」
 その言葉に顔を覆っていた手を離すと滅多にないくらい優しく微笑んでスレイは言う。
「ああ、そうだな。何やら始めて会った時から色々と意味深な態度ばっかり取ってきてたからついつい忘れてた」
「あ、あれはっ」
「分かってる、ヴァレリア、だろう?」
 スレイの言葉に黙り込むイリュア。
「大丈夫だ。精一杯優しくする、痛みの欠片すら感じさせないし、身体に負担なんて全く掛けない、その上で魂の全てまで交わり尽くそう」
「な、なっ」
 ストレートで、情熱的というのも生温いスレイの言葉に顔を赤く染めるイリュア。
 なにせその言葉が何の装飾も無い言葉通りの意味だとイリュアは知っている。
 そんなイリュアの顔に自らの顔を近づけるスレイ。
 唇が重なり合う。
 そしてスレイはそのまま本当に優しく、どういう原理かベッドに僅かにも負担が掛からないような力加減で、イリュアをそのまま押し倒す。
 そしてそのまま宣言通りに、そのままの力加減で、あらゆる手段を使ってイリュアに全く負担を与える事無く、イリュアとの肉体と魂の交感へと没入していった。


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