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  シーカー 作者:安部飛翔
第7章
エピローグ
「しかし、まあ、あれだな」
 もはやただの生きた人形と化したフェイノルートを連行しながらフェンリルは呆れた様に尋ねた。
「ありとあらゆる美女・美少女をモノにする、などと堂々とほざいている君が、いったい何をあそこまで腹を立てたんだ?同族嫌悪かい?」
「失礼だな、そんな塵と一緒にするな。そいつは女に惚れられる為の状況を借り物の力で作り上げようとした。俺の場合はただ“識”っているだけの元々そうなるのが必然の状況を利用するだけだ。自分でしかもたかが借り物の力で作り上げたマッチポンプと、元々在る状況を利用する俺とじゃ全く意味合いが違ってくるだろう。それにそいつは終いにはその借り物の力でメルトを洗脳しようとさえしたが、俺の場合洗脳なんて無粋な真似はしない、女自身の本心から惚れさせてなんぼだろうが。そんな事も弁えないからそいつは塵なんだ」
「なんとも、まあ」
 スレイの苛烈な言い草にやはり呆れたように肩を竦めるフェンリル。
「否定はしないが、君が言うべき事とは思えないな。始めからどんな事でも思い通りに行く絶対的強者として在る君と、所詮は限り在る人間たるフェイノルートとではあまりにも前提が違いすぎる。君がそのように否定するのは酷というものだろう」
「その点は自覚してるし否定しないがな、俺が最も腹を立ててる部分はそこじゃない」
「なに?」
 スレイの言葉に疑問の声を上げるフェンリル。
 スレイはどこか憧憬すらその瞳に宿し、強く語った。
「俺はな、ただの人の身で、決して抗えぬ力に強い意志を以って抗った男を知っている。そしてその男は自らの限界を越え、人の可能性の極限に到り、ついには絶望の邪神クライスターすら滅してみせた。あの男が見せた人の可能性の極限、それに魅せられたその時から俺は人の無限を越えた可能性を愛してさえいる。だからだ、その人の持つ可能性を負の方向に貶める下らない人間が、安易な力に縋り、借り物の力に頼る、そんな心の弱い下らない人の可能性の輝きを汚す人間が、絶対に赦せない……それが俺がそいつの存在そのものを否定する理由だ」
「……」
 フェンリルは何も言い返せなかった。
 いや、人という種族はその心の弱さを含め、だからこそ人間なのだろうと、理屈では言える。
 だが、まるで何かに魅入られたかのようなスレイの瞳の前に、何か言葉を発する事すら憚られたのだった。

「失礼します」
 深夜。
 事件があった事を考慮しすぐさま移し変えられた王女の個室。
 その日の内にすぐさま形が整えられた部屋の中、一日に二度も心が痛む出来事があり、また信頼していた者に裏切られたという疲労、そして何故想いに応えてやる事は出来ないにしても、せめて気付いて何とかしてやれなかったのかという後悔に苛まれ、ベッドの中で身を起こし窓の外を見ていたメルトは、突然のその声に思わず悲鳴を上げてしまう。
 だが声の聞こえた方に視線を向けると、そこにはスレイが忽然と現れ跪いていた。
「す、スレイ様!?」
 窓はメルトが見ていた。
 ドアが開かれた様子も無い。
 あまりの事に驚くも、そういえば今日突然現れたこの客人は謁見の間にも忽然と出現したのだと思い出し、それと同時に自らが上げてしまった悲鳴に人が集まるのではと心配し、忠告しようとする。
 しかしそれを先読みしたようにスレイは告げた。
「ご心配無く、防音の魔法をこの部屋に掛けさせてもらいました」
「!?……スレイ様、いったい何の御用でしょうか?幾ら貴方が恩人と言えど、女性の、まして王女の部屋にこのような時間に忍び込むなど、どれだけの罪か知らぬ訳ではないでしょう?」
「承知しております、その上でメルト殿下、貴女のお心をお慰め出来ればと思い、一命を賭してこの場に参上させて頂きました」
「な、なにを?」
 思わず声が震えるも、頬が上気するのをメルトは自覚する。
 今日一日。
 そうたった一日で二度も命を救われた青年。
 メルトが今まで感じた事も無いような惹き込まれ魅了されるような妖しいどこか凄絶なオーラを放つ男。
 何時の間にかあっさりと自らの内に生じていた想いをメルトは自覚する。
 しかしメルトはこの国のただ1人の王女。
 その立場を考えれば。
「メルト殿下、私はご存知の通り“黒刃”の二つ名で呼ばれ、最短記録でSS級相当探索者になり、また神獣を従え、そしてディラク島の統一にも貢献した身です。これから先もまだまだ功績を打ち立てるつもりでおります。今、懸想する貴女をお慰めしたい。そして私であれば王女としての貴女の価値にも見合う相手と自負しております。後はメルト殿下の想い、ただそれだけを答えて頂きたい。もし私などには何ら想いは無いと仰るなら、また他に想いを寄せる男が居ると言うのなら私は大人しく身を引かせて頂きます。しかし、そうでなく、もし私に、出会ってまだ一日にも満たぬ身ですが、この私に対し異性としての情を抱いてくれるなら、私に貴女を慰める、その栄誉を与えて頂けないでしょうか?」
「スレイ様……」
 思わず甘い声を出し、誘う様に手を差し出してしまう。
 理論武装が、スレイを受け入れる為の理論武装が他ならぬスレイ自身の巧みな話術によって、メルトの中に構築されてしまった。
 故にメルトは拒めず、受け入れる事しか出来ない。
 緩やかに身を起こし、優しい笑みを浮かべ、メルトの元へと歩み寄るスレイ。
 優しく、どこまでも繊細にメルトを抱き寄せると、そのままメルトへと口付ける。
「ん……」
 メルトは瞳を閉じそれを受け入れた。
 閨の作法は王族の女性の嗜みとして知識だけは存在している。
 だが経験は無い。
 それゆえに経験豊富で巧みなだけでなく、魂の同調などという反則染みた性技を使うスレイの前では、メルトは荒波に流される一本の枝の様なものだった。
 どこまでも翻弄され、流される。
 そしてメルトはスレイによって徹底的に女の悦びというものを教えられた。

 早朝。
 初めての行為により疲れ果て、深い眠りに就くメルトを魔法で癒し、またその身と周囲を完全に清め行為の痕跡を消したスレイは、その後この後向かう先で必要になる代物を散々【欲望の迷宮】で集めたオリハルコンのほんの一部を使用し、刹那で創り上げると、メルトの頬にキスを落とし、手紙を残して、そのまますぐに転移する。
 転移した先はアイスとシャイニーの寝室であった。
 そしてスレイはシャイニーを起こさずアイスだけが起きるように魔法を掛ける。
 目覚めたアイスは起き上がりスレイを見るが、突然の事態だというのに冷静そのものだ。
 それどころかいきなり尋ねてくる。
「ふむ、責任は取るんだろうな?」
 流石にスレイも感心した。
 メルトとの事に気付かれたのだろう。
 スレイ自身の姿には気付かれる材料などは存在しない。
 もし気付くとすれば、昨日からの一連の流れから全てを推測してみせたという事だ。
 想像以上に優秀だ。
 昨日のフェイノルートにより人の可能性が貶められ汚されたような気分になっていたのが、人の可能性の煌きの片鱗をまた目にして気分が良くなるのを感じる。
「ああ、当然だ。なにせ俺は最強で最高で最優で完全で究極で絶対だからな、俺の女は全員他の誰よりも幸せにするさ」
「ほう、それは楽しみだ、その言葉違えてくれるな」
 氷の表情を崩しどこか楽しげに笑ってみせるアイス。
 やはりまたも驚かされるスレイ。
 本当に楽しいな、と口端が吊り上がる。
「それで、こんな早朝に何の用かな?」
「ああ、今からすぐに出させてもらおうと思ってな。客人がいきなり王城から消えたんじゃ問題だろう?だからあんただけにも伝えておこうと思ってな」
「そうか、分かった。城の者達には私から伝えておこう」
 戸惑いすら無くあっさりと答えるアイスにスレイは本当に楽しくなってくる。
 何とか笑いを堪え、スレイは今頃外で待っているだろうディザスターとフルールの元に転移した。
 最後にこんな言葉を残して。
「ああ、それじゃあまたな、義父とうさん」
 流石のアイスも氷の表情を今度は複雑な表情に崩していた。


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