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  シーカー 作者:安部飛翔
第7章
5話
【???】???“???”???
 スレイがちょうど故郷であるトレス村へと転移した頃。
 トリニティを解放し終わり次は何をするかと考え、すぐにソレを思いついたロドリゲーニは其処にやってきていた。
 ロドリゲーニの目の前に立ち尽くす人間。
 ロドリゲーニは楽しげにその人間の内心を暴き出し、巧みに誘導し、悪意のままにその思考を誘導していく。
 別に何か特別な力を使っている訳では無い。
 その人間も始めは自らの私室に突然現れたロドリゲーニに驚き、人を呼ぶ為叫びもしたし、防衛本能に従い武器を振るいもした。
 そしてどれだけ声を上げても部屋の近くに居る筈の者達が誰も反応せず、武器を振るってもそれがすり抜け、しまいには逃げ出そうとドアを開けようとしても、窓を壊そうとしてもビクともしないと分かると、その瞳に恐怖を浮かべ、みっともなく失禁すらしてヘタリ込んだ物だ。
 今でもその光景を思い出すとロドリゲーニは笑えて来た。
「ふふん、所詮これが人間って物だよね。全く、スレイはクランドに出逢ってからというもの、人間の可能性とやらに夢を見過ぎだよ。まあ、だからこそ少しばかり面白いちょっかいの掛け方を思いついたんだけど?」
 独りごちるロドリゲーニ。
 その言葉を聞きとがめた人間が問い質してくるも、ロドリゲーニはなんなく言葉巧みに誤魔化してしまう。
 そう。
 完全にロドリゲーニという未知の存在に恐怖していた筈の人間。
 無様な姿をロドリゲーニの前に晒していたこの人間は、ロドリゲーニの甘言に容易く誘導され、今ではその恐怖すら忘れ去っている。
 ロドリゲーニがサービスでちょっとした力で粗相の跡を消してやったら、みっともない姿を晒した事などもう忘れてしまったらしい。
 どうやらプライドに対する自己防衛が働いたらしいが都合の良いものだと思う。
 本当に……これだから人間は面白い。
 そう、これほど楽しい玩具が他にあるだろうか?
 スレイが人間に見出している“可能性”という価値とは全く別の価値を、ロドリゲーニは人間に見出していた。
 大体、これだけロドリゲーニの甘言に乗せられ、調子に乗っていても、もし今ここでロドリゲーニが自らの正体を、名を明かせば、次の瞬間には恐怖の余りに今度はどんな醜態を晒す事か。
 いや、正体や名など明かす必要も無い。
 抑えている力を僅かに垂れ流すだけで充分だ。
 ふと、ロドリゲーニの中にそれを試してみたい欲求が湧き上がる。
 だがロドリゲーニは抑えた。
 折角ここまで隠れて、スレイにバレないように仕掛けをしているんだから、こんな下らない人間で遊ぶのにその苦労を無駄にするのは勿体無い。
 純粋に、ただ目の前の人間とスレイとでは比べる対象にすらならず、故にそんな欲求はすぐに無くなる。
 少し考え事をしていたロドリゲーニにその人間が再び問い掛けてくる。
 ああ、本当に分かり易い人間だ。
 心の奥で嘲笑う。
 ロドリゲーニの甘言に乗せられ、いまやその心は自らの欲求を満たす事しか頭に無いらしい。
 滑稽なものだ。
 自らが甘言でその思考を誘導した事を棚に上げそう思うロドリゲーニ。
 この人間の望みが叶う事など在り得ないのに、と。
 ロドリゲーニとしては、まあスレイに対するちょっかいの為に全力で力を貸してやるつもりではある。
 だがロドリゲーニの全力でも、輪廻の輪へと入り人間に転生した際に手に入れたある意味では反則な術の数々を使っても、本当にちょっかいにしかならないのだ。
 少しぐらいはスレイを誤魔化す事も出来るだろう。
 だが本当に悪戯にしかならない、致命的な事になる以前にスレイの方が全てで上回り防いでしまう。
 せいぜいスレイに“かったるい”とでも思わせられればいい方だろう。
 いや、今回はいくらスレイでも少々解決に時間が掛かる方向に色々と仕掛けたから確実に“かったるい”とは思ってくれるだろうが。
 何にせよ、ロドリゲーニの目的はスレイに対する悪戯でしか無い。
 だからロドリゲーニの目的は叶う。
 だが目の前の人間の望みは叶わない。
 本当に哀れで楽しいなぁ。
 目の色を変えてロドリゲーニと言葉を交わす人間の姿を楽しみ嘲笑う。
 しかし、ふっとロドリゲーニは考える。
 果たして目の前に居たのがあのスレイが死してなお執着しているクランドだったならどうだったろう?
 そう、クライスターの代わりに自分がクランドを利用しようとしたらどうなっていただろうか。
 それを考えるのはもう何回目だろう。
 そして考える度に、当然今回も不愉快な答えが出る。
 例えロドリゲーニでもクランドという人間を利用する事は不可能だったろう、と。
 探索者ですら無い、たかが生粋の人間がロドリゲーニをしてそう思わせる。
 不愉快な話だ。
 しかし、と目の前の人間を見てまた口元に嘲笑が浮かぶ。
 アレは例外だ。
 これこそが人間の本来の正しい姿だ。
 そう享楽を司る自らを楽しませる為だけの他愛も無い玩具。
 さあ、せめて僕を楽しませる為に面白可笑しく踊っておくれ。
 ロドリゲーニは楽しげに口元を吊り上げた。

【シチリア王国】王都“王城”謁見の間
 一段高い位置にある玉座に座り、冷酷な眼差しで中央に跪く男を射抜くアイス・コルデリア。
 氷王の二つ名に相応しくその瞳は絶対零度を感じさせ、相手の心を凍りつかせる。
 ただ恐怖のあまりにどこまでも凍えるような心地でいながらたっぷりの脂汗を流すという矛盾した状態で震えるばかりの豪奢な服を着た太った小男。
 これでも侯爵の地位にある男だ。
 だが権力を利用し私服を肥やす事ばかりに心を砕いて来た男にアイスのその冷徹な眼差しから感じる、今までの粛清の実績から来る確かな威圧感に抗う術は無い。
 そんな男の様子を、周囲で国の重鎮達が、そしてアイスと王妃、それに王女の周囲に在る宮廷騎士達が冷然とした眼差しで見詰めている。
 例外はその王妃と王女くらいのものだろうか。
 その眼差しに宿るのは糾弾と憐憫の相反する情。
 しかしそれもまた優しい諦めを目の前の男に対しては抱いている証拠だ。
 この光景は決して珍しい物では無い。
 いやむしろ他の国と比べるならば異常に多いとさえ言えるだろう。
 軍の上層部を徹底的に綱紀粛正し、縮小する事で国家の財務を建て直したアイス。
 だが彼はそこで止まる事は無かった。
 軍の上層部という大きな膿を隠れ蓑に、密かに己が私腹を肥やしていた貴族達。
 アイスが次に目を向けた標的は彼等だった。
 しかし幾らアイスがその手で縮小させるまでは軍の上層部が大きな実権を握っていたとは言え、決して個々の貴族達の力も小さかった訳ではない。
 確かに軍事力という意味では貴族達がそれぞれ抱えている戦力は、国軍が大きく幅を利かせていたシチリア王国においてはそれほど大きなものでは無かった。
 だが彼等は、だからこそかつては軍の上層部に擦り寄ったし、そんな中でもそれぞれ独自の方法で利益を上げて、私財を増やす事に長けていった。
 そう、それが民を苦しめ更には国法を犯す事であっても。
 なまじ軍の所為で国の中枢から離れ、それぞれの領地に籠り、独立性を強めていた彼等を処罰する為には時間が必要だった。
 精鋭である宮廷騎士団と宮廷魔術師団の圧倒的な戦闘力で不正のある貴族を叩き潰す事も不可能では無かった。
 しかしそれでは意味が無い。
 如何な悪人だろうとあくまで法に則り、正義という大義名分を以って裁かなければならないのだ。
 そうでなければアイスが築き上げようとしているこれからシチリア王国を遠い未来まで支えていく筈の柱が崩れ去る。
 だから徹底的に証拠を集め、明らかな罪を法の下に明らかにし、その上で裁く必要があった。
 故に、これはそれこそ何度も繰り返し行われている儀式だ。
 そしてそれだけの証拠を集め全てを明らかにし明確な法の下に裁くには時間が掛かり、何より腐った貴族達は多い為、今でも続く儀式。
 ただ違いと言えば今日は宮廷騎士団長にして宮廷魔術師団長たるフェンリルが居ない事であろうか?
 これはかなり珍しい事であった。
 いや、或いは始めてでは無かろうか。
 なのでこれでも場に何時もよりも少しばかり緩みがある事は否めない。
 僅かばかりの囁き声がどこかから聞こえる。
 今日この男をアイスが呼び出し国の司法を司る長の前で全ての証拠を叩きつけ、直々に裁きを下すのは決まっていた事だ。
 だというのにフェンリルは何故か突然仕事の数々を部下達に押し付けると、忽然と消えてしまった。
 そう本当に何時どうやって出て行ったのか、誰も知らないのだ。
 その事についての囁きが聞こえ、アイスも珍しく僅かに考え込む。
 アイスにとっても不思議だった。
 この場にフェンリルが居ない事だけでは無い。
 そもそもフェンリルは、いきなり部下に仕事を押し付けるなどやった事の無い人間なのだ。
 更には誰にも何も言わず完全に何の足跡も残さず姿を消すなど。
 色々とおかしいと言わざるを得ない。
 考え込むアイスだが、そんな事は周囲からは分からない。
 ただ冷然とした眼差しを眼前の罪人に向ける時間が長引いているとしか誰も思わない。
 何人かの者は、今回の罪人はそれほどに王の怒りを買う者だったか、と疑問に思い。
 哀れ罪人自身はその冷酷な眼差しに晒され続け恐慌をきたしかけている。
 だが僅かに、伏せて誰にも見えぬその瞳に、気付かれず不思議な光が宿っている。
 罪人自身も気付いていない不思議な瞳の濁り。
 そんな中ようやくアイスが動く。
 僅かに右手で玉座の肘掛を叩いた。
 ただそれだけ。
 だがそれだけで誰もが姿勢を正し、罪人は恐怖がピークを越え意識を喪いそうにすらなる。
 これは何時もの裁きを言い渡す時のアイスの癖であった。
「それでは、だ……」
 アイスがどこまでも冷酷な声音で目の前の罪人に対する沙汰を言い渡そうとする。
 王妃と王女は、その慈母、慈愛の娘とまで呼ばれる優しさ故に目の前の罪人にさえ哀れみを感じながら、同時にめの前の罪人が行った事で苦しんだ民達の事を考えれば決して許す事は出来ず、ただ目を逸らさずに全てを見届けようとする。
 その時だった。
「くひっ、くひひっ」
 突然罪人が奇妙な笑い声を上げる。
 それはどこか歪で狂った人間に生理的嫌悪感を感じさせる笑い声。
 いきなりの事に顔を顰める重鎮達と身構える宮廷騎士達。
 王妃と王女は僅かに怯えを見せ、アイスはただ言葉を途中で止めると眉を顰めて罪人を強い視線で見詰める。
 と、ガクンと、不自然な挙動で罪人の顔が上がる。
 誰もが息を呑み、アイスもまた表情は変えないままに瞳の力を強くする。
 上げられた罪人の頭。
 見えた顔。
 その瞳は異常な色彩に濁っていた。
 尋常の出来事では無いと誰もが理解する。
 全く予兆の無い突然の変貌。
 人々が反応出来ない内に罪人は突然跳ね起きると、その体型からは信じられない様な素早い挙動で疾走する。
「なっ!?」
 驚愕の声が上がる。
 罪人が“王女”を目掛けて駆け出した事に。
 今までも正気を失いヤケになってこのような行動に出た者はいる。
 だがその標的は今まで全てアイスであった。
 その全ては宮廷騎士団の手によって止められたが。
 当然だ。
 宮廷騎士団でも王族の守護を任されるような人員は当然全て探索者か元探索者だ。
 普通の人間で突破できる壁では無い。
 現に今の男の動きだって当然の様に宮殿騎士達は反応し、問題無く取り押さえ様としている。
 だが罪人が“アイス”では無く“王女”を襲ったのは全くの想定外の出来事であった。
 確かに、多少は武芸を修めているアイスよりはまだ王女の方が組し易く見えるかもしれない。
 しかし、そもそも宮殿騎士達の壁を突破出来ないのだからそんな事に意味は無い。
 正気を失いヤケになったのであればそのような冷静な判断が出来ないと考える事も出来るだろう。
 それならばなお疑問だ。
 なぜ正気を失い何の判断も付かなくなった物が、いったい何を理由に近い距離に居るアイスでは無く王女を狙うというのか?
 正気を失った者の行動に理屈を求めるのがおかしいと言う者も居るだろう。
 正気を失ったからこそ心の奥底にあるなんらかの動機でそのような行動に出たという見方も出来る。
 だがそれでも、やはりそれが不自然な事は間違い無かった。
 そして罪人が宮廷騎士達の壁まで辿り着き、斬り捨てられるか囚われるか。
 そう思われたその瞬間。
「……は?」
 目の前の光景に誰もが呆けた声を漏らす。
 アイスですら声は出さないまでも驚愕に目を見開いていた。
 当たり前だ。
 彼等の眼前から行き成り罪人は消え去っていた。
 その代わりとでも言う様に、一人の黒尽くめの青年と、その青年の足下に侍る蒼い狼と右肩に乗る白い小竜、そしてこの場の者達が良く知る女性が青年に抱かれて忽然と現れていた。
「き、君はいったい何をっ……ここはっ!?」
 抗議するような叫び声を上げた女性……この場に何故か居なかった宮廷騎士団長にして宮廷魔術師団長であるフェンリルが、周囲を見回すと驚愕に目を見開き、そしてすぐさま青年から強引に離れると、アイスの方を向き、膝を着いて頭を下げる。
「も、申し訳ありません国王陛下。謁見の間にいきなり現れるなどという愚挙、この処罰は何なりとっ!!」
 必死なフェンリルの言葉に誰もが反応出来ない中、ただアイスだけは悠然とフェンリルへと言葉を返す。
「いや、構わん、楽にせよ。それよりも久しぶりだなスレイ殿、随分といきなりで不躾な訪問だがまあ構わん。貴殿に対し何が出来る訳でもないしな。……ところで先程まで私が裁く予定であった罪人が行き成り消え去ってしまったのだが、心当たりはないかね?」
「ん?そいつなら俺が存在そのものを消滅させたが。……問題無いだろう?何せただの罪人じゃなく、裁きの場で錯乱して王女に襲い掛かるような大罪人だしな」
「なっ!?王女殿下にっ!?]
 スレイの言葉に僅かに眉を顰めるアイスと驚愕の声を上げるフェンリル。
「ほう、どうやら貴殿は私よりもよっぽどこの件について知っているようだ」
「いや、そんな事はないぞ。何せ幾ら気を配ってなかったとは言えギリギリまで気付かなかったぐらいだ。流石ロドリゲーニ、こういう誤魔化しは上手いな」
「ほう、何と?先程の男はかの享楽の邪神ロドリゲーニの駒だったと?」
 アイスの問いに答えたスレイの言葉。
 周囲の者は気付かないが今までに無い程の驚愕を刻んだアイスの視線がスレイに向けられる。
 だがスレイは否定した。
「いや、違うな。今俺が消した奴はロドリゲーニの駒の更に駒ってところだ。それでも全知の隙を突いて来るんだから、まあ邪神の魂と人間の肉体という矛盾により生まれた奴の特殊な術は、実に小細工向けだ」
 僅かに眉を顰めてのスレイの言葉。
 全ての者が何を言っているのか理解出来ず混乱しながらも、ただようやくこの場で悠然と立ち尽くしたままアイスにタメ口で話すスレイの無礼に気付き、剣呑な雰囲気を発っし始める。
 そして代表するかのように宮廷騎士の1人がスレイへと怒声を発する。
「貴様っ!!何者か知らんが先程からの無礼な振る舞い、ここが何処でこの方が何方と心得ているっ!!捨ておけんっ!!」
 その宮廷騎士が剣の柄に手をかけ構えると同時、他の宮廷騎士達も全員がスレイに鋭い視線を向け身構える。
 それが暴挙としるフェンリルが慌てて顔を上げ静止しようとするが、その前に。
 ただ1人、相も変わらず冷然とした表情を保ったままのアイスが一声で場を治める。
「よい、お前達、その者に手を出すな」
「なっ!?へ、陛下っ!!ですがっ!!」
 主の言葉に思わず反論しようとする最初に動いた宮廷騎士の男。
 他の者達も誰もがアイスの言葉に疑問を顔に浮かべている。
「私は無駄に我が配下を失う気は無いのでな。その男はこのシチリア王国出身のSS級相当探索者“黒刃”スレイ、あの刀神クロウのSS級相当探索者最短記録を超えた男であり、その刀神クロウに勝った男。そして以前私がクロスメリア王国の王城に訪れた際我が目の前であの“勇者王”アルスに圧勝してみせ、更にはあの“鬼刃”ノブツナが敗れたという邪神の使徒クランドという男すら倒してみせた男だ。ディラク島の情勢については皆も聞き及んでいるだろう?つまり、この場に居る中で、いや我が国において最強であるフェンリルでさえ遠く及ばない圧倒的な強さを誇る男だ。お前達が戦った所で敗北は必定、無駄な血を流す必要はあるまい。それにそれだけの圧倒的な力を持つSS級相当探索者だ、私の前で対等の態度を取るだけの資格はある」
「おいおい、少し酷い言い草だな。まるでそれじゃあ俺が血に飢えた見境の無い男みたいじゃないか。別に大した罪も無い人間が仕掛けて来たからと言って殺したりせずに無力化するさ。さっきの奴みたいな罪人なら容赦なく消すがな」
「ふむ、そうかすまない。謝罪しよう」
 アイスの説明に、誰もが硬直し驚愕を露わにする。
 それ程に衝撃的な内容であった。
 確かに色々な話を聞き及んではいる“黒刃”スレイという探索者。
 目の前の男がそうだと言うのなら……。
 誰かがごくりと喉を鳴らす。
 しかしスレイは僅かに不本意そうに軽くアイスに文句を付けた。
 それに悠然と謝罪するアイス。
 あまりにも落ち着いた様子で目の前の化物に対応するアイスに頼もしさを覚え、徐々に落ち着きを取り戻して行く人々。
 アイスは気にも留めず、相も変わらず落ち着き払ってスレイに質問した。
「ところで貴殿は先程奴をロドリゲーニの駒の更に駒と言ったな?それにその駒の駒とやらが全知の隙を突いたとも。どういう事だ?全知とは文字通り全てを知るという事、隙などある筈もあるまい、隙を突くなど不可能だろう?それに例えそれが可能として、それを駒の更に駒に過ぎぬ者が為せるものなのか?」
「ん?ああ、ロドリゲーニとシェルノートなら全知の裏も掛けるだろうさ。ロドリゲーニは先程も言った様に邪神の魂に人間に肉体というズレによってうまれた不思議な力の小細工の術は全知の範疇からも外れるという矛盾故に、そしてシェルノートは全知ではその好奇心は止まらず、なお全知を超えた新しい知を啓く事にその全てを掛け続けている生き方故にその圧倒的な知からな。ついでに奴らより遥かに格上の最上級邪神イグナートは全てを正面から叩き潰す奴なんでそういうのとは無縁だな。それで、今回の場合はロドリゲーニがその術で直接力を与えた駒が更にさっきの奴を駒として操ったんだろうが、まあそこまで間接的な干渉であっても術の特異性は消えない、というより力を直接与えられた駒も力こそ圧倒的に劣れど特異性は受け継いだってところか」
 アイスの質問に淡々と答えるスレイ。
 しかし周囲の者達の顔は蒼白になっている。
 元々以前の会議で国のトップ達の間では共有された情報だが、そもそも邪神に関しての情報など他の者達には明かされていない。
 突然出てきた荒唐無稽な、彼等にとってはもはや現実の存在とは思えない邪神について、現実の事のように言葉を交わし合うアイスとスレイに、彼等の頭の中は真っ白だ。
 その様子を見たアイスは殊更に冷酷な視線を周囲に向けて冷たい声音で告げる。
「皆、分かっているとは思うが、この場で見聞きした事は他言無用だ。例え私的な場であれほんの僅かでも漏らす事があれば、知った相手と共に消えてもらう」
 その言葉に、アイスの実行力を知る人々は誰もが顔を蒼白にして首を縦に激しく動かした。
 そんな様子に目もくれず、アイスはスレイに尋ねる。
「ところで、そのロドリゲーニの駒の駒とやらが私の娘を襲ったのは何故だと思う?正直貴殿が現れずとも何も起こらず奴は取り押さえられたか殺されていただろう。実に無意味だと思うが、ロドリゲーニから直接力を与えられた駒とやらは何を考えているのかな?」
「ふむ、見当は付いているだろうに態々聞いてくるか」
「何、より多くの人間の考えを聞く事は有意義だろう。何より今回の事について把握しきれているのは私と貴殿、それに犯人ぐらいのものだろうしな」
 アイスの質問に呆れた声で返すスレイ。
 だがアイスは平然と理論だった理由を返す。
 スレイは感心したように頷くと答えた。
「まあ、俺が消した奴が王女を襲った、という状況自体が犯人の目的だろうな。その後の動きで色々な利益を得る事は出来るだろう?だから幾つか犯人が描いていたシナリオは予想できるが、何にせよこれだけで犯人はある程度絞り出せる」
「ふっ、やはり同じ考えに行き着くか。つまり犯人はこの場に居る者の誰か、という事だな」
「そうだろうな」
 スレイの言葉に冷然とした表情のままながら軽く口を緩めて答えを口にするアイス。
 スレイは肩を竦めて軽く同意した。
「なっ!?」
 誰もが驚愕の声を上げ困惑し同時に猜疑と保身に満ちた態度が伝染していく。
 静まり返りながらも、重苦しい空気が立ち込める謁見の間。
 その時だった。
「貴様っ!!我らの中に邪神に魂を売った者が居るなどと侮辱するかっ!!このような侮辱捨て置けんっ!!」
 宮殿騎士の1人が激昂しスレイに怒声を浴びせる。
 それと同時、その声に同調するように徐々に他の者達もスレイに対し非難の声を浴びせ始めた。
 段々とざわめきを強める人々。
 だがスレイは呆れ返った表情で肩を竦めて、特に大声を出している訳えも無いのに全ての者にはっきりと聞こえる声で指摘する。
「おいおい、犯人はここに居る誰か、と直接言い出したのはお前達の国王陛下様だぞ?そういう発言こそ無礼じゃないのかね?」
「ぐ、ぬぅ」
「そ、れは」
 スレイの指摘に唸り黙り込んでいく人々。
「ち、違うのです国王陛下っ!!我々はそのようなつもりではっ!!」
「そ、そう我々はただ、その……」
 誰もがアイスの顔色を伺い、畏怖の視線をアイスに向けて言い訳をし始める。
 一部の例外は居るが、殆どの者達が言い訳による自己保身に走り、それによりまたざわめきを強める謁見の間。
 その時またも宮廷騎士の誰かがスレイを糾弾するように怒声を上げた。
「ふざけるなっ、それもこれも貴様が邪神の名を出したり、今回の事が邪神から力を与えられた者による仕業だなどと言い始めたからだろうがっ!!そもそも何を根拠にそのような事をっ!?」
「そうだ、その通りだ。“黒刃”だかSS級相当到達最短記録保持者だか知らんが、行き成り現れたかと思えばいい加減な事をっ」
「だいたい、このような都合の良いタイミングでの登場。貴様の方が怪しいではないかっ!!」
 賛同するように再びスレイを責め始め、ざわめきを強める一部の例外を除いた殆どの者達。
 流石にフェンリルが捨て置けぬと立ち上がろうとした時だった。
 立ち上がろうとしたフェンリルはアイスに目線のみで制される。
 そして。
「静まれ」
 ただ一言。
 アイスが告げた言葉により場に静寂が戻る。
「先程から聞いていれば見苦しい、客人の前で無様な姿を見せてくれるな?」
「きゃ、客人ですとっ!?しかしこの者は突然現れた侵入者のようなもので……」
 重臣の1人が告げようとした台詞をただの一瞥で遮るアイス。
「スレイ殿は紛れも無く客人だ、それだけの力と立場を持つ者だ。そして娘の恩人でもあるな。無礼は許さん」
「なっ、お言葉ですがこの者が居なくとも我らが居れば……っ!?」
 アイスの言葉に反論する宮廷騎士の1人だが、彼もまたアイスの一瞥で黙り込まされる。
「確かにスレイ殿が居なくとも娘に危険は無かっただろうが、先程も言ったようにそれでは事を企んだ者の思い通りの展開になっていたであろうな」
「陛下は、このような者の言う事を全面的に信じておられるのですかっ!?」
 叫ぶように尋ねる宮殿騎士の1人にアイスは当然とばかりに首肯する。
「ああ、事、邪神関連の事柄に関して詳しく知り得る者も、そして対処できる者もこの者だけしか居らぬと私は以前この身で実感させられたのでな。それだけでは無い、そもそもお前達、この場に居る重要人物をもう1人忘れていないか?」
 そう言うと共にフェンリルへと視線を向けるアイス。
 フェンリルはアイスの視線の意を汲み、颯爽と立ち上がる。
「特に宮廷騎士達。スレイ殿はお前達の長であるフェンリルと共にこの場に現れたのだがな?先程からフェンリルの事を忘れた様に騒いでいるのは何事だ?その不自然さに私はお前達に疑いを向けなければならないのかな?」
「なっ!?そっ、そのようなっ!!」
 宮廷騎士達が狼狽し、動揺を露わにする。
「さて、それでフェンリルよ。どうやら此度のこの場にお前が居なかったのはスレイ殿と何かしていたからのようだが、いったい何をしていたのか証言してくれないか?」
「はっ、今日私はスレイ殿の力により迷宮都市アルデリアの未知迷宮、【欲望の迷宮】へと共に転移し、そして大陸北方の邪神に対する備えの戦力を整える、という事で【欲望の迷宮】最下層に居た神すら殺す魔獣を一体捕獲し我が国の永久凍土へと転送、またその魔獣と共に居た同格の魔獣一体と更にはその魔獣達の父たる異界の神の1柱をスレイ殿が瞬殺し、その後色々と後始末を終えたところでスレイ殿が突然何かに気付いたように反応され、またスレイ殿の力によりこの場へと共に転移して参った次第です。突然の事で私には事情が分かりませんでしたが、今までの話を聞き得心致しました」
 フェンリルの返事を聞き、満足そうに頷くアイス。
 それに対し、あまりにも荒唐無稽な内容にざわめく人々。
 アイスは告げる。
「ふむ、どうやらこのようにスレイ殿はフェンリルと共に我が国にとって、まあスレイ殿自身の目的としては世界そのものにとって益を齎す為にだろうが、ともかく動いていてくれたらしい。そしてこの場へ現れたのもフェンリルの話を聞けば寸前に悟っての事であろう。さて、これ以上下らぬ疑いを彼に掛ける者はいるか?」
 アイスの言葉に黙り込む人々。
 ただ言葉の上だけでは。
 例え証言するのが王であろうが、宮廷騎士団長と宮廷魔術師団長を兼任する者であろうが、到底納得は行かない。
 そもそも彼等にとってみれば根拠に乏しい、どころかそもそも話の真偽自体も疑わしい内容だ。
 だが、それでもアイスの言葉は彼等にとって絶対だった。
 それほどの畏怖と敬意をアイスは今までの行動で誰からも受けるようになっている。
 このまま場が治まりそうだと見て、アイスが本題に入ろうとした時。
「し、しかし、その様な事を言われても到底私達が納得出来るだけの根拠はありませんっ!!」
 またも宮廷騎士の1人が話を混ぜ返す。
 しかし今度ばかりは周囲の反応は芳しくない。
 何を余計な事をという視線がその宮廷騎士に突き刺さる。
 その時だった。
 その場に居た者全てがまるで世界が崩れ去ったかのような感覚を覚える。
 あらゆる感覚が狂い混乱し叫ぼうとするも、自らがどうやって声を出していたかすらも忘れそれも叶わない状況。
 人々が五感の全てが消え去ったと思い、また探索者である者達も他の改造され増えた全ての感覚までが消え去ったと思う中、彼らの五感にただ二つの存在だけが捉えられる。
 何も見えない筈の眼に映るそれは蒼き峻烈な美しい狼と白く愛らしい小竜であった。
 何も聞こえない筈の耳に声が聞こえてくる。
『お前達、これ以上我が主を侮辱しようというのなら、流石に気の長い我と言えど抑えが利く自信は無いが……覚悟はあるのか?』
「そうそう、温厚な僕も今ちょーっとばっかり本気で苛ついてるんだけど、その辺分かってるのかな?」
 神獣。
 誰もがその言葉を脳裏に浮かべた。
 僅か前に彗星の如く現れたSS級相当探索者“黒刃”スレイ。
 彼はSS級相当到達最短記録保持者でありまた二匹の神獣を従えるという。
 彼らの知るスレイという男についての情報。
 にも関わらず先程まで彼らはこの二匹に全く意識を向けていなかった。
 その事に気付き背筋が凍る心地を覚える。
 これほど目立つ存在に気付きながらも意識しない。
 つまりそれは彼らの意識が意図的に……。
 自分達が相手にしていた存在について、知ってはいても理解していなかった現実を嫌でも実感させられる。
 そしてこのままどうなるのかと恐怖が込み上げる中。
「わざわざ下らん輩の相手は止めておけ」
 その声と同時、彼らの五感は全て解放され、人々は皆その場に崩れ落ちる。
 例外はアイスと王妃に王女、そしてフェンリルだけだ。
 彼らはスレイが突然発した言葉と目の前の者達が突然崩れ落ちた事に困惑の視線を向けていた。
 そう、彼らが感じていたあの感覚、あの時間は切り取られたもので、世界はほんの刹那とて時を進めてはいない。
 ただ囚われた彼らと囚えたディザスターとフルール、そして二匹の力をも超越したスレイのみがあの時を感知していた。
 だが足下にディザスターを侍らせ右肩にフルールを乗せた、先程の声の主であるスレイを見て人々は一様に理解する。
 アレは敵に回してはならないものだと。
「おい、お前達、いきなりどうした?」
 本気で疑問に思っているらしいアイスの誰何に誰もが理解する。
 スレイを除いた今この場で立っている者達は今の事など何も知らないのだと。
 ふと、ディザスターとフルールの姿を僅かに見て、心を恐怖に支配された人々は一斉に立ち上がりアイスに向けて口々に何でもないと言い募る。
「そうか?」
 行き成りの事態、そしてその後の人々の口を合わせたかのような、恐怖を瞳に宿し何でも無いと繰り返す様子に、流石に困惑して疑問を覚えるアイス。
 僅かにスレイ達の方に視線を向ける。
 涼しい顔で視線を返すスレイだが、紛れも無く彼等が何かをしたのだろうと推測し、しかし触れない事にするアイス。
 では、と周囲を睥睨し人々の気を引き締めると同時、先程述べようとした本題を続ける事にする。
「理由は知らぬがどうやら文句は無くなったようだな、それではスレイ殿、貴殿に問うが、先程犯人をある程度絞るのは難しく無いと言っていたが、完全に特定するにはどれほど掛かる?」
「ふむ、そうだな。まあ今回王女を襲わせた事から功績と王女の信頼を得て何時でも王女に対してアクションを取れる立場になる事が目的か、それとも王女自身が目的か、他にも幾つか動機は考えられるが何にせよ王女が重要なファクターなのは間違い無い。こうやって推測を話すだけでも圧力になってるだろうし、犯人の性格が短気ならばすぐに次の行動を起こすかもしれん。そうでなくても時間があれば幾らロドリゲーニの術が特異だろうと俺なら多少時間を掛ければ割り出す事は出来る。まあそれ程長くは掛からないと思うぞ?但しこの城にその間滞在させてもらう必要はあるが」
 スレイの言葉に何かを言おうとするも、何も言えない人々。
「分かった、それで内憂が取り除かれるのであれば問題あるまい。貴殿が居れば我らの安全も完全に保障されるだろうしな。準備をさせよう、今日から城に滞在して貰えるだろうか?」
「まあ俺としても今回は多少都合が良いし是非もない」
 そしてスレイの王城への滞在が決まった。

「だいたい君はだ、人の話は聞かない、好き勝手に動く、終いには色々とやらかしてくれて……」
 王城の中。
 やたらと広いながらも質実剛健を旨とするアイスの嗜好に合った無駄な装飾などがない通路はどこか寂しくアンバランスだ。
 まあ幾らアイスが無駄を嫌うと言っても、城を改装してまで広さを変えるなど無駄な話だ。
 そちらの方が金が掛かる。
 だから城の構造はそのままに、装飾や維持に手間が掛かる様な代物はあらかた売り尽くし、その結果この様なアンバランスな城が誕生したのだろう。
 だが広い城をそのままにしていては結局のところ維持費が掛かり無駄だ。
 何より人が生活しない空間はより速く痛む。
 そして在る物を活用しないなどそれこそアイスにとってはありえない話だったという事だろう。
 先程から良く人と擦れ違う。
 その殆どが宮廷騎士や宮廷魔術師で、侍女などの割合が少ないのが実にアイスらしいと思う。
 シチリア王国中の少年少女が憧れる宮廷騎士団に宮廷魔術師団。
 勿論大人とて憧れている。
 当然それに相応しい実力を持ち、相応の名声と給料も保証され、戦争時に於ける活躍に魔物や野盗達との戦いなど華やかな面は多い。
 だが同時に城の中の自らの生活空間や他の必要な空間を自ら保持しなければならないという地味な面も持つ集団だった。
 これを知る者は民衆には少ない。
 そのような事を先程から好奇の視線に晒されながらスレイは考える。
 先導するのはフェンリル。
 引き締まった後ろ姿も野性味のある色気を感じていいものだ、などと灰色の髪をぼんやりと眺めながら思う。
 ふとフェンリルが足を止め振り返る。
 スレイは疑問の声を上げる。
「うん、どうした?このまま俺の宿泊する客室まで連れて行ってくれるんじゃなかったか?」
「君は……」
 こめかみをひくつかせながら、眉間を押さえるフェンリル。
 いったい何事かと実に不思議そうな表情をしてみせるスレイにフェンリルは怒鳴っていた。
「先程から私の話も聞かずに何をしているっ!?」
「なに、どうも先刻から好奇の目を向けられ続けてな。シャイな俺としては緊張のあまり説明を聞くどころでは……」
「何がシャイだっ!!」
 またも爆発するフェンリル。
 軽く肩を竦めてみせるスレイ。
 怒りに任せてフェンリルは続ける。
「先程から宮廷騎士だろうが宮廷魔術士だろうが侍女だろうが、美女と見れば見境無く声を掛けてっ、それがシャイな人間のする事かっ!!」
「うん、なんだ、嫉妬か?いや、すまないな、俺は美女・美少女に関しては博愛主義者なもので、見かけたら口説かずにはいられない性質なんだ。勿論あんたの事も愛しているぞ?何せ戦場で共に戦った仲だしな?」
「ぐっ、どこまでも君はっ!!いいっ、ともかくきちんと話を聞けっ!!」
 なお声を上げるフェンリル。
 その姿に通り過ぎる者が驚いたような視線を向けながらも、物見高く足を止めたりする事が無い事に良く教育されているとスレイは感心する。
 フェンリルのこのような姿など見た事無いだろうに、それでも自らが為すべき事を優先する様徹底されているのだろう。
 アイスとフェンリルの薫陶はよほど行き届いていると見える。
 それはそれとして、スレイは肩を竦めおどけたように返す。
「問題無い、口説きながらでも全て話は聞いて記憶している。その程度あんたでも出来るだろう?ならば俺なら出来て当然だ。分かるだろう?」
「むぅっ!?」
 フェンリルは一瞬目を見開き黙り込むと、そのまま肩を落とし振り返ると再びスレイを先導し始める。
「……もういい、ともかく私の話を聞きながら付いて来い」
 どこか疲れたような声で今度は文句ではなくこの城に滞在するに当たっての注意事項などを説明しながら。
 その背中にはどこか哀愁が漂う。
『哀れだな……』
「相手が悪かったとしか……」
 哀れみの視線を向けるディザスターとフルール。
 そんな周囲の視線など気にせず、結局自身が泊まる客室へと着くまでスレイのナンパは続いた。

「それでは、これで失礼させて貰う」
 着いた客室は広いながらも簡素、しかし清潔に整えられていた。
 生活空間として必要な物も準備されている。
 それだけ城に仕える者達が優秀だという事だろう。
 行き成りの滞在だというのに、僅かな間にすぐに対応したらしい。
 そのようにスレイが感心していると、フェンリルが疲れたようにしながら部屋を辞そうとする。
 スレイはふっと、フェンリルに反応すらさせずフェンリルの懐に立った。
 困惑の視線を向けるフェンリル。
 そして。
「ほい」
 気の抜ける声と共にフェンリルを自らのベッドの上へと放り投げていた。
「なっ!?」
 空中で姿勢を立て直そうとするも、その様な“簡単極まりない事”が出来ず、そのままベッドの上に仰向けに落ちるフェンリル。
 その上には何時の間にかスレイが伸し掛かる様にしている。
「何のつもりだ?」
 僅かに手が添えられているだけなのに身体が動かないという不条理に遭いながら、フェンリルは冷静に自らに伸し掛かるスレイに尋ねる。
「いや、報酬が欲しいな、と思ってな」
「報酬?」
「ああ、大陸北方の守りを固め、この国の王女を、というよりはこの国を邪神の陰謀から守った訳だ。ご褒美ぐらいあってもいいと思うが?」
 そんなスレイの台詞に悟ったような顔をするフェンリル。
 ふと見ればディザスターとフルールの二匹は何時の間にか消えている。
 本当にこいつらは、と疲れた顔をするフェンリル。
「で?どうだ?俺としては十分その価値がある働きをしたと思うんだが、まああんたがこれっぽっちも俺に好意が無いってんなら止めとくが、少しでも脈があるなら抱かせてくれ」
 実にストレートな物言いに苦笑する。
「本当に君は……。まあ良いだろう、確かにそれだけの働きはした、それに愛とまでは言わんが君の戦いを見てそれなりの好意は感じている。抱きたければ抱け」
 返事もまたストレートだった。
 しかしスレイは気にしない。
 そのままフェンリルに顔を近付け唇を奪う。
「んっ」
 どこか困惑したようなフェンリルの声音。
 しかし気にする事無く、そのままスレイは自らの働きに対する報酬へと手を付けていった。


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