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  シーカー 作者:安部飛翔
第7章
2話
 スレイの言葉と共にもはやSS級相当探索者であろうと認識する事が不可能であろう知覚外の領域に到った三者はそのままクリスの邸宅へとあっさりと入り込んでいた。
 そして勝手知ったるスレイはそのまま邸宅内に設けられた鍛錬場へと赴く。
『ほぅ』
 感心したようにスレイは鍛錬場の中央を見やりながら、そのまま壁に背を着け腕を組み観戦の体勢へと入った。
 ディザスターとフルールもそれに習う。
 鍛錬場にはスレイ達の他に4人の人間が居た。
 その内の1人はスレイ達とは逆側の壁にスレイ達と同じ様に寄りかかり腕を組んでいる。
 腰までの黒髪に黒瞳の細身の壮年の男。
 スレイの魔法の師であるアースだ。
 他の3人は鍛錬場の中央で戦いを繰り広げている。
 戦いと言っても2人の少女が1人の男を攻め、男がそれをいなしていると言った感じのものだ。
 2人の少女の攻撃をいなしているのは金髪碧眼の筋肉質な肉体を持ったやはり壮年の男。
 スレイの剣技の師であるクリスである。
 まあ、とは言えスレイの場合2人から殆ど何も習わずただひたすらに基礎体力向上と実戦訓練を積んだだけなのだが。
 そのクリスの左側から、腰まであるつややかな金髪に大きく切れ長で釣り目の碧眼で彫りの深い顔立ちをしたスレイと同年代の少女。
 スレイの幼馴染であるミレイが左手にソードブレイカーを右手にダガーを逆手に持ち迫る。
 鋭く振るわれるソードブレイカー。
 同時に豊かな胸が大きく揺れる。
 スレイは感慨深く呟く。
『あの胸は何度も味わったものだが、こうやって戦いの中で揺れる姿を見るのもなかなか赴きがあるな』
『主……』
『スレイ、親父っぽいよ』
『当然分かってて言った』
 念話で交わされる緊張感の無いふざけた会話。
 しかし決して戦いからは目を離さない。
 ソードブレイカーを軽くロングソードで受け止めるクリス。
 ミレイはそのままロングソードを絡め取りダガーで追撃を掛けようとする。
 しかし思惑は外れ軽くクリスはロングソードでそのままソードブレイカーごとミレイを押し飛ばし、攻撃を回避する。
 吹き飛ばされ、長いスカートを翻しながらも何とか無事に着地するミレイ。
 そんな様子を見てフルールが言う。
『ねぇスレイ、あの娘戦ってる割には随分上品でおめかしした服装だけど、あれって戦い難くないのかな?』
『ん?戦い難いとは思うぞ、現に動きが鈍い』
『じゃあ何で?』
 あっさり答えたスレイにフルールが更に質問する。
『まああいつは昔から自分のファッションには異常なまでに拘りを持ってたからな。それに本人は気付いてないだろうがあれはあれで独自の戦闘スタイルを創れて面白そうだ』
『独自の戦闘スタイル?』
 疑問を浮かべるフルールにスレイは続ける。
『ああ、今は全然不完全だが一応はあの裾の長いドレスで戦う為の歩法も試行錯誤してるようだしな、それが完全に出来たら脚の動きを隠す事で知性を持つ敵相手にはトリッキーな歩法によるフェイントが幾つも使える。探索者になれば闘気や魔力でその歩法でも己が最高速度を出す事も可能になるだろうし、先刻言った防具だがオリハルコン製の足下まで隠れるドレスでも作ってやって闘気や魔力の流れさえ隠す効果を付けてやれば上級の探索者やモンスター相手でも充分通用するだろう。しかしまあまさかミレイがあんな暗殺者っぽい戦闘スタイルを選択するとは。とは言え暗器の類は全く習熟して無いようだし、ただ小剣を選んだと考えれば非力な普通の少女としては当たり前の選択になるのか?』
 そのような事を言っている間にミレイを弾き飛ばした直後のクリスの後方に回り込んでいた、足下まであるふわふわとカールした金髪に、大きく丸い煌く宝石のような碧眼の彫りの深い顔立ちの、10代後半に見える美少女が両手で構えた鋼の棒でクリスをまるで槍を繰り出すように突いていた。
 スレイが妹のように可愛がっていた少女アリシアである。
 10代後半に見える容姿だがあれでまだ14歳だ。
 中々に鋭い突きだがクリスはまるで背中に目でもあるかのように軽く躱す。
 しかしアリシアの攻撃はそれで終わらず伸ばした手を僅かに引き戻すと棒の端を両手で握り剣を振るようにクリスの胴を薙ごうとする。
 ミレイとは違い動き易いよう短めなスカートではあるが服に沢山付いたヒラヒラのフリルが風に舞うように踊る。
 それもまたクリスは軽くロングソードで受け流す。
『スレイ、あの娘もまた、動き易くはしてあるけど随分と派手な服装だよね』
『まあそうだな、アリシアに贈る装備もミレイとデザインこそ違えどオリハルコン製のドレスという事になりそうだが、それよりもアリシアの戦闘スタイルは杖術か。「突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも 外れざりけり」ね』
『え?何それ?』
 スレイの楽しそうな言葉にフルールが敏感に反応する。
『何って真紀達の居た世界の杖術の流派の……ああ、そうか、フルールの場合は時空間に関してが専門で、ついでに真紀達と会ったのはアラストリアという別の世界でだったな。まあとりあえず杖術の汎用性を表した言葉だよ。他の世界にも似たような言葉はあるが一番的確だと思ったから使わせてもらった。しかし楽しみだな、闘気や魔力を使えば冗談じゃなく刺すのも斬るのも自在な上、オリハルコン製の杖を持たせれば使い手の技量によって伸縮自在かついくらでも自在に曲げる事が可能な三節棍どころか連接杖とでも言うべき代物になるだろう、実に応用が利きそうな戦闘スタイルだ』
『それは、また……』
 呆れたように反応したのはディザスターである。
 それにスレイはますます楽しそうに続ける。
『しかも、だ。使い手の精神力とセンス次第で本気で何でも有りになるぞ?伸縮自在はそれこそ幾らでも伸ばせるようになる上にその速度も幾らでも速くなるし、自在に曲げる事が可能なのも思いっきりしならせて溜めにする事も出来れば、逆に物理法則なんぞ無視して敵を追尾する事も可能。実に面白いな』
 そんなスレイの言葉に今度反応したのはフルールだ。
『へぇ、それは凄いや。でも使い手の精神力とセンス次第、なんでしょ?扱いこなせるの?』
 対しスレイはただ不敵に笑う。
『問題無いだろう。いや驚いた、アリシアの奴、生まれた環境の問題から充分に発揮できてはいないがパッと“視”た限りあの才能、カタリナ並だぞ?幼い頃から基礎を徹底的に仕込まれたカタリナに対し、まあ俺が連れて行く事になるとするとカタリナよりずっと早い年齢で探索者になる事になるアリシア。そうなると果たしてどちらが先に探索者ギルドに残っている記録上では史上初のSSS級相当探索者になるかな?』
『ぬ?かの王女は既に限界レベルまで到達しているであろう?』
 不思議そうに尋ねるディザスター。
 スレイはただ笑う。
『おいおい、興味無いからってちゃんと“識”っておけ、お前にとっちゃ全く手間なんてかからないんだし。別にレベルに頼らずとも鍛錬によって能力値を上げるのは可能なんだぞ?確かに神々のシステムに頼ったレベルアップに比べれば効率が非常に悪いのは否定しないが、それを差し引いてもカタリナの才能はまだまだ伸び代がある』
『でも、史上初のって昔の勇者とかはそのくらいだったんでしょ?それにスレイはとっくにそんなの超えてるんじゃない?』
 楽しげに笑って好奇心いっぱいに尋ねるフルール。
 スレイはただ肩を竦めるだけだ。
『まあな、だから探索者ギルドの記録上と前置きしただろう?それと俺に関しては称号と特性はそのまま表示しておくが、能力値は適当にカードを弄って誤魔化すと言っておいただろう』
 そして鍛錬場を見ながら続けるスレイ。
『しかしまあ、驚いたな。カタリナに匹敵する才能をアリシアが秘めている事もそうだが、やはり軽く“視”てみたらミレイの奴もシズカに並ぶくらいの才能じゃないか?俺やフィノに加え、ミレイやアリシアと、こんな片田舎の村に、少しばかり才能を持った人間が揃い過ぎじゃないか?』
『それは主の所為だろう?』
『それはスレイの所為でしょ?』
 驚いたと言いつつ全く驚いた様子の無いスレイにすかさずディザスターとフルールが突っ込みを入れた。
 それにスレイは笑って返す。
『ふん、やはりフィノ、つまりロドリゲーニの奴は別にして、ミレイとアリシアの場合は幼い頃から俺と頻繁に接していた所為で影響を強く受けたという事か。まあ予想通りではあるが、ただ傍に居るだけじゃなく精神的な繋がりも重要なんだろうな。魂レベルでの影響な訳だし』
『まあ、そうだろうけどロドリゲーニも一応スレイに関係してるんじゃない?スレイが居たから引かれてここの村の娘に転生したんじゃないかと思うんだけど』
『ふむ、まあそうかもな』
 ディザスターやフルールの意見を肯定しつつ、鍛錬場を眺めながらスレイは言う。
『しかし才能があるというのに情け無いな。2人掛かりでクリス師相手に容易くあしらわれてる。俺は弟子入りしてすぐにクリス師とアース師2人相手に1人で勝てるようになったもんだが』
『主……何もかも主基準で考えるのはどうかと思うぞ?』
『そうだよスレイ。そもそもただの人間が探索者に成った者とやり合ってる時点で充分異常だから、スレイの場合はもう例外中の例外だよ』
『まあ、俺が特別なのはとっくに知ってる。というか俺と並ぶ奴なんてあらゆる世界とあらゆる世界の外まで探しても未来永劫過去永劫クランドただ1人だけだ』
 笑うスレイに溜息を吐くディザスターとフルール。
 その目の前でクリスに猛攻を仕掛けていたアリシアが軽く吹き飛ばされるも、空中でその身を捻りかなり離れた位置でなんとか着地する。
『ふむ、白か』
『……主』
『……スレイ』
『何、ただの冗談だ』
 スレイのセクハラ発言にディザスターとフルールが呆れた視線を向けるのを軽く流しつつスレイは訓練の続きを見守る。
 先程からアリシアが時間稼ぎをしていた間に呪文を唱えていたミレイが魔法で水の塊を高速でクリスに向かって飛ばす。
 軽く斬り裂くクリス。
 同時に肉薄していたミレイの二刀を使った二連撃を軽く一本の剣で連続で弾くとかるく額を押すようにする。
 それだけで回転しながら吹き飛んで行くミレイ。
 上品な服が風で乱れる中、やはり何とか無事に着地してみせるミレイ。
 そして今度はその間に呪文を唱えていたアリシアが雷撃をクリスに向かって飛ばしていた。
 それすらも何の影響を受ける事も無く斬り裂いてみせるクリス。
 闘気と魔力により剣が触れても電流がクリスに流れる事は無い。
 それを見て呆れたように告げるスレイ。
『やはり軽く“視”たところ2人共魔法は初級魔法、しかも一種類だけしか使えないか。俺の場合あの程度は書物を読んだだけで誰の教えも受けずに使えるようになったがな。アース師に魔力の増やし方と使い方だけ学んだ時には独学で最上級魔法の理論も覚え、独自の魔法理論も開発していたし。まあ魔力量の関係で使える魔法は限定されてたが、それでももっと無数に使えたものだ』
『それは主がおかしい』
『そうだよ、そもそもシズカもそうだけど探索者になる以前から魔法を使えてる人間なんて環境に恵まれた極一部だよ?それでも初級魔法が精々だ。あの娘達の魔法を習い始めてからの期間を考えたら充分異常だってば』
 そんなディザスターのフルールの言い草に、スレイは意地悪く笑って言った。
『ふふん、先刻も言った様に俺が特別なのはとっくに知ってる。今のは分かってて敢えて言っただけだ』
『……』
『……』
 楽しげに笑うスレイに呆れたように沈黙するディザスターとフルール。
 やはり人間として価値観がズレている。
 なのでジョークの類もどこかズレた物になっていると感じざるを得ない。
 とは言え普通の人間の感性に合わせたジョークなどもその叡智故に状況に併せて使いこなす事も充分可能なのだが。
 それもまた尚更スレイの人間離れに拍車を掛けている。
 とは言え最近のスレイの雰囲気からは余裕さえ伺え、どこか温かみのあるところさえ感じられるのだが。
 同時に凄絶で妖艶な触れれば切れると言わんばかりの危険だからこそあらゆる者を惹き付けて止まない隔絶したオーラも併せ持ち、実に矛盾した存在となっている。
 しかしその矛盾を内包するどころか、その矛盾を自然と調和させている。
 それが現在のスレイであった。
 内心舌を巻くディザスターとフルールであるが、スレイはただ楽しげに続ける。
『さて、そろそろ決着が付きそうだ。ミレイとアリシアがどれだけやれるかじっくり見させてもらおうじゃないか?』
 スレイの言葉に鍛錬場の中央に意識を戻すディザスターとフルール。
 そこではスレイの言葉通り戦闘が最終局面へと移っていた。
 電撃を放つと同時にクリスへと突撃していたアリシアがクリスに肉薄する。
 体勢を立て直すと同時、アリシアが飛ばした電撃をクリスが斬り裂いている間にクリスの背後にミレイが回り込んでいる。
 アリシアは鋼の棒、いやじょうを変幻自在に用いてクリスを攻撃する。
 それにわざと付き合い全て剣で受け止めるクリス。
 そのクリスに背後から回りこんだミレイが身体を右後ろに捻り、逆手に持った左手のソードブレイカーで刺突を、同じく逆手に持った右手のダガーで斬撃を同時に繰り出す。
 実に息の合った連携である。
 思わずスレイは感嘆の吐息を零す。
『ほう、ほんの僅かな期間で随分とまあ息の合った連携が出来る様になった物だ。こればかりは真似できそうにないな』
『いや主なら簡単に出来るだろう、その為の知識も経験もある筈だし、それを活かす事も容易な筈だ』
『うん、ただスレイが徹底的に単独戦闘に拘る性格なだけだよね』
 スレイの台詞に思わず突っ込みを入れるディザスターとフルール。
 スレイは肩を竦めて同意する。
『まあ、否定はできんな』
 そしてまた戦いへと意識を戻す。
 先程からスレイとディザスターとフルールは、念話で以ってかなり長い会話を行っているが戦いの推移を見逃すような事は無い。
 念話もまた超加速され互いの間でやりとりされているからだ。
 思考や肉体の加速を行っていない現在でさえ、全ての会話にコンマ1秒も掛かっていない。
 普通の人間どころか最上級の探索者でも不可能な真似だ。
 脳が対応できない。
 そもそもの存在の格が違う。
 スレイは笑う。
『しかしまあ、幾ら優れた連携とは言え、あれじゃあクリス師には通用しないな、というかそもそもの立っているステージが違う』
『それは当然だろう主、探索者となった者と人間とではもはや存在のステージが違っている』
『そうだよ、ただの人間が探索者に勝つとか無理だよ。……まあ探索者に成り立てかつ元々弱い奴相手に複数で掛かるならなんとかなるかもしれないけど、あのクリスって人元A級相当探索者でしょ?』
 スレイの評価に呆れたように返すディザスターとフルール。
 スレイはただ笑う。
『俺は探索者になる前にクリス師とアース師2人同時相手にして勝っていた……、と俺は元々普通の人間では無いんだったな。しかし俺みたいな特別な存在を除いても一応それを可能としただろう人間に心当たりはあるぞ?かの伝説に謳われる邪悪な魔術師、あいつはただの人の身にありながら、しかも探索者システムなど無い時代に神々すら幾柱も滅ぼしてみせた訳だしな』
『……確かに、しかもそいつは今は……』
『うーん、それって本気で規格外の天才だったんじゃない?人間でも特別中の特別だったとしか』
 スレイの言葉に納得するディザスター。
 納得しつつも言葉を濁すフルール。
 そんなフルールに追い討ちを掛けるようにスレイは続ける。
『まあそれよりだ、あんな奴以上に遥かに格上の特別で、ただの人の身でありながら神々どころか真の神すら越えてみせた実例がごく最近にあるだろう?』
『……クランドか』
『ああ、クランド。本当に凄かったよね、まさかスレイと互角の成長速度なんて』
 スレイの言葉に思い出したように頷くディザスターとフルール。
 スレイはどこか自慢の親友でも誇るかのように告げる。
『まあ当然だな、あいつはただ1人この俺と対等たる好敵手ともだ、唯一独力で人の無限を超えた可能性の極限に到った者だ、これまでもこれからもあいつ以外に俺と対等の存在など現れない。かの邪悪な魔術師などクランドに比べればただの塵だ、比べるにも値しない。クランドだけはあらゆる意味で特別だ』
『……』
『……』
 あまりに熱の入ったスレイに思わずまたも沈黙するディザスターとフルール。
 そんな様子などどうでも良いとばかりにどこか遠くを見るような、それでいて熱の籠った熱い瞳をしながらスレイは続ける。
『まあ俺とクランドと他の存在を比べる事自体が間違いだな。とりあえずは戦いの決着を見るとしようか』
 そしてスレイは口元に微かな笑みを浮かべた。

 決着は一瞬だった。
 変幻自在なアリシアの杖の攻撃を捌きつつもクリスは背後に目が付いているかのようにあっさりとミレイの動きに合わせて動く。
 いや元上級探索者ともなれば必然だろう。
 そもそもの知覚領域が人とは違う。
 アリシアの杖を剣で容易く絡めとるなどという真似をあっさりとしてみせるとクリスは僅かに身をズラす。
 クリスに勢いを後押しされ杖を思いっきり前方に突き出すアリシア。
 クリスに躱されるも勢いを殺しきれずそのままソードブレイカーの刺突とダガーの斬撃を繰り出すミレイ。
 互いに驚愕に瞳を見開きながら危うく同士討ち。
 となり掛けたところで僅か横にいたクリスが下から軽く剣を跳ね上げた。
 同時、アリシアの杖とミレイのソードブレイカーとダガーが容易く跳ね飛ばされ、上空で回転し鍛錬場の床へと落ちて何度か跳ね、そのまま静止した。
 クリスは軽く剣を振り鞘に納める。
 ミレイとアリシアは暫し唖然としていたかと思うと、両手の痺れに気付き顔を歪め両手を振りながら苦笑し合う。
 そしてミレイがクリスに言った。
「また負けてしまったわね」
「うー、完全に遊ばれてるよ」
 アリシアもまた膨れた顔をして不機嫌そうに言う。
 クリスは肩を竦める。
「当たり前だ、それよりとっとと自分の武器を拾って来い」
 クリスに言われ、慌てて自らの武器を回収する2人。
 ミレイはソードブレイカーとダガーを鞘に納めつつクリスに尋ねる。
「当たり前、ね。それは私達みたいな未熟者ではまだまだクリスさんから一本取ろうと思うなんて早いって事?」
「いや、そんな事は言ってねえよ。未熟というのは否定しないが、もう基本は完全に修めたと言って問題無いレベルだしな」
「でもでも、絶対完全に手を抜かれて遊ばれてるよね?」
 アリシアが杖を床に着きつつ不満顔で述べる。
 クリスは呆れた顔になる。
 そして頭を抑え左右に振るとそのまま呆れた声音で告げる。
「そんなの当然だろう。そもそもまだ探索者にもなっていないお前達が幾ら基本を修めたからと言って、元上級探索者である俺から一本でも取ろうと考えるのがおかしい。探索者に成った者と成っていない者とではそもそも存在のステージそのものが違うんだ。上級にまで到った俺にしてみれば幾ら鍛えようと探索者にも成っていないお前等は赤子みたいなもんだ」
 本気で呆れたと言うようなその言葉にミレイとアリシアが反論する。
「あら、でもスレイは探索者に成ってもいなかったのにそれをやったのでしょう?」
「そうそう、お兄ちゃんが本気で鍛え始めてすぐに、クリス先生とアース先生の2人掛かりでもお兄ちゃんに勝てなくなったんだよね?」
「あー、あいつはそもそも別格だ。アレを基準に考えると色々な意味で危険だぞ。ちゃんと普通の基準ってのを理解しておけ」
 顔を顰めたクリスの言葉。
 しかしそれに納得していないような2人に、やれやれとクリスは続ける。
「そもそもだ、あいつはまともに基本さえ修めていないぞ?俺はただ初歩的な剣の握り方と振り方を教えた程度だし、アースに到ってはちょっとだけ魔力の増やし方と効率的な操作の仕方を教えただけだ。それだけであいつは速さだけで俺を圧倒し、元々本を読んで考えていたらしいオリジナルの魔法理論での魔法を展開できるようになってアース以上の魔法を使えるようになってみせた。剣技なら俺の方が上だったがあいつはただ速さでそんな物無視してみせて、アースの方が魔力も上で上級魔法なども使えたのにあいつはオリジナルの魔法理論による初級魔法と中級魔法の運用でアースを圧倒してみせたんだ。2人掛かりでもすぐに手に負えなくなったし洒落にならん。精々アースが強引に魔法は派手であるべきだ、って自論を押し付けて多少影響を与えた程度か?俺達は切っ掛けになっただけだ。あいつはそもそも元々化物みたいに強かったんだよ。探索者でも無いのにあの強さは異常としか言い様が無いな、お前達も俺やアースよりは才能はあるが結局は人間の範疇に納まる、あいつとは比べるだけ無駄だ」
 不機嫌そうに口を尖らせるミレイ。
「それじゃあ何時まで経っても迷宮都市に行けないじゃない」
「そうだよ、ただでさえお兄ちゃんのあちこちでの女っ誑しっぷりの噂を聞いてこっちは焦ってるのに」
 アリシアもまた頬を膨らませる。
 額に手を当て天を仰ぐクリス。
「あー、それなんだがな。別に行ってもいいぞ迷宮都市」
「は?」
「へ?」
 唖然とするミレイとアリシア。
「まあ勿論両親の許可を得た上で、スレイの様な徒歩で迷宮都市まで最短距離を突っ切るなどという阿呆な真似はせず、一度馬車で王都まで行ってから、また馬車を何度も乗り継いでいくという正規のルートを通るなら、じゃがの」
 そこへ何時の間にか近付いてきていたアースが補足するように告げる。
 クリスと同じくまだ壮年に見える男だがその言葉遣いは実年齢に則して年寄り染みている。
「それはどういう?」
「え?え?」
 思いも寄らぬ師2人の言葉。
 冷静に問い掛けるミレイと困惑気味のアリシア。
 クリスは頭を掻きながら吐息して述べる。
「まあはっきり言うとだ、そんだけ基本が出来てれば別に探索者になるのはもう問題無いんだよ。そもそも全く何も知らず戦い方も欠片も知らないまま探索者になるような奴だっているぐらいだ。まあもっともそこまで行くとよっぽど切羽詰った日々の生活にも困った奴等な訳だが、少なくとも俺達はお前等にまともに探索者になれるだけの物は叩き込んだつもりだぞ」
 どこか自信ありげなクリスの表情。
 アースもどこか満足げに頷きつつ続ける。
「うむ、それにじゃ、探索者になる者はアリシア程の年齢でも珍しく無い、どころかもっと幼い者もおるの。それもまあ必要に駆られての話じゃが。何にせよじゃ、この村でも当然の様にアリシア程の年からでも親の仕事を手伝い一人前と認められる者も珍しくはない。じゃから親の許可さえあれば既に探索者になっても問題は無いと言う事じゃの。危険はあるがそれは当然の事じゃし、何より迷宮都市にさえ着けばスレイの奴が何とかしてくれるじゃろ」
 最後の最後でスレイに全部押し付けるような発言。
 静かに見守っていたスレイだが僅かに眉を顰める。
 確かにスレイにしてみればミレイもアリシアも既に自分の大事な女だ。
 面倒を見るのは当然と思っている。
 というより既に迷宮都市に連れて行った場合の事すら考えていた。
 シズカとパーティを組ませる。
 そして2人の才能を見て既に基礎を完全に修めているのを確認して、それはほぼスレイの中で確定事項になっている。
 シズカとこの2人なら、前衛に偏ってはいるが全員魔法も使えるし、それに何より3人共が天才と言って良い才能だ。
 互いに刺激し合い高め合うという意味でも良いだろう。
 まあ、勿論2人が両親から許可を得たらの話だが。
 しかし本人不在の所で勝手に責任を押し付けられるのは少々不愉快だ。
 いや、実際スレイはここに居るのだが、気付かれていない以上居ないのと同じ事だ。
 とはいえ昔からあの2人はスレイによく無茶振りをしてきた物だが。
 ほんの僅かな弟子入り期間を思い出し遠い目をする。
 いや、最初はそんな事も無かったのだ。
 クリスもアースもごく普通の指導をしようとしていた。
 フィノという弟子の前例もあるし、そのフィノでさえ充分以上に天才と呼べる才能を有していたのだから、むしろ優しく教えようとしていた節がある。
 ただ、剣の握り方と振り方を知っただけのスレイがクリスが軽く胸を貸すつもりで行った模擬戦で勝利した。
 同様に軽く効率の良い魔力の操作法と魔力の高め方を習っただけで中級レベルとは言えアースでさえ見た事の無いしかも威力だけなら上級と言っても良い前々から考えていたオリジナル魔法の一つを披露した。
 弟子入り初日からそんな真似をしたのが原因なのだろう。
 クリスとアースのスレイに対しての指導方針は一気に変わったらしい。
 近郊で発生したという魔物の巣に放り込まれる。
 街道近くに住み付いたという盗賊団のアジトを探して潰して来いと言われる。
 しかもトレス村近郊だけではない。
 結構遠出もさせられた。
 流石にかなり高い難易度の物には2人も付いて来たが……。
 ともあれ思い出してみるとあれはもう師弟関係と呼ぶのが正しいか自信が無くなってくる。
 どちらかというとただ試練を与えられまくっただけの様な。
 それをこなしてしまった自分も自分なのだがとスレイは溜息を吐く。
 だが特に困ったのはアースの嗜好だ。
 スレイに付いて来た時には必ずと言って良い程魔法の使い方について色々と指図してきて、とにかく派手に、とにかく格好良くと洗脳じみた密度でアースの持論を聞かされ続けた物だ。
 おかげで魔法に変な癖が付いてしまった。
 まあ、今となってはそんな階梯は超えたので修正されているが。
 スレイが過去を思い返す中4人の会話は続いていた。
「何時もお2人にあしらわれてばかりなので実感が無いのですが、本当に私達は基本が出来ているのですか?」
「そうだよ、2人に全く手も足も出ないし、魔法だって得意な属性の初級魔法を一つ使えるだけだし」
 2人の台詞にクリスとアースは顔を見合わせて同時に肩を竦める。
「それが普通なんだよ、先刻も言ったが探索者に成っているのと成っていないのとじゃもう存在そのものの格が違うと言っていい。本当の意味で探索者の肉体は人の物とはもう根本から構造が違っているんだ。まあそれでもそのポテンシャルを活かせない下級の上にド素人な連中相手なら技術でなんとかなるが」
「そうじゃ、それにそもそも探索者になる前の段階で魔法を使える者の方が少ないわい。それこそそういう物を学ぶ環境に恵まれた連中だけじゃな。こんな片田舎の村で1年にも満たない間に一つでも魔法を使えるようになったという時点で他の者に比べて充分以上のアドバンテージがあると言って良い」
 そう言ってミレイとアリシアを見て軽く笑うクリスとアース。
「でも、それじゃあ……」
 ふとミレイが表情に陰を落としクリスとアースに尋ねる。
「フィノもあの時まだクリスさんにもアースさんにも勝ててはいなかったけど、少なくとも今の私達よりはずっと、それなりにクリスさんと打ち合えていたと言っていたし、魔法だって複数使いこなしていたわ。スレイみたいに馬鹿げたレベルじゃないにしても、フィノも探索者になっていない身としてはかなり高いレベルにいたんでしょう?それなら何故フィノはあの日野盗などに殺されてしまったの?」
「……フィノお姉ちゃん」
 悲しげな表情をしながらも、強くクリスとアースを見据え答えを求めるミレイ。
 ミレイが出した名を聞き落ち込んだように俯くアリシア。
 クリスは頭を掻き、アースは顎を撫でる。
 2人は顔を見合わせ、互いに示し合わせるように頷き合った。
 そしてクリスが口を開く。
「あー、まあ、それはしょうがねえよ。まず野盗の連中は元探索者だったしな」
 その言葉に噛み付くようにミレイが強く問い詰める。
「やっぱりそうだったのねっ!!あの時そんな情報は公開されなかったけど、フィノがただのそこらの野盗にやられる筈が無いものっ!!」
「まあ、そこは色々と複雑な事情でのう。あの時はまだ残党もおったし、残らず狩り尽くすまではそのような情報を公開してしまえばこの村だけでなく近辺の村も含め恐慌状態に陥りかねんかったから情報は伏されたのじゃ。勿論判断はフェンリル様によるものじゃ。お主の父親、村長も知らぬ事じゃろう。そして残党を一掃した後も情報を伏せたままにしたのは、今度は情報を隠していた事に対する不満が爆発するのを防ぐ為じゃな。なにせか弱い村人達は圧倒的な力の前に冷静な判断が利かん……まあ、一部例外はおるが」
「ああ、スレイの親父さんやお袋さんとかな。あの2人ばっかりは一般人の癖に度胸が据わってるつうか、そもそも思考の仕方が普通の人間と違うつーか。まあ、あのスレイの両親だけあって大したもんだ」
 ミレイの勢いを軽く受け流しながら、事情の説明を行うアース。
 途中スレイの両親の話など脱線するが、ミレイは追求を止めない。
「でもおかしいわよね?先刻クリスさんは探索者のポテンシャルも活かせないような者達なら技術で何とかなると言ったわ。シチリア王国は大陸北、つまり迷宮都市より離れた位置に在る。だから元探索者と言ってもおそらく全員そのポテンシャルも活かせないような落ち零れが落ち延びて来たとしか思えないし、迷宮都市から遠い事を考えれば人数も少ない、野盗達の中でも極一部だった筈よ?あの時のフィノだったら勝てたと私は予想するんだけど?」
「ほわ~」
 今度は冷静に疑問点を挙げて行くミレイ。
 先程の会話でクリスが出した情報も既に整理し、論理的に問い掛ける。
 そんなミレイの様子を感心したように口を開けて見るアリシア。
「ちなみに、スレイという足手纏いが居たから、というのはあまり現実的じゃないわよ?少なくともスレイならあの時でさえ自分の身の程を弁えて邪魔にならないように立ち回るくらいは出来た筈だもの。あの時から逃げ足だけは異常に速かったしね」
 まるで先回りするように、逃げ道を潰すように問い詰めるミレイ。
 クリスとアースは苦笑いする。
「何を笑ってっ!?」
「まあ、待て」
 激昂しかけたミレイをクリスが制する。
 そして何とも言い難い表情で言う。
「まあ正直言うとだ、あの時の事は俺達も疑問に思ってるんだ。色々と不自然な点が多かったからな」
「え?」
 まさかあっさり認めるとは思わなかったミレイは、暫し呆然とする。
「そうじゃな、何せあの時は現場からしておかしかった。何故フィノがあのようにスレイに覆い被さるようにして滅多刺しになっていたのか、どう考えてもあの状況は不自然じゃ。そしてスレイは何故全くの無傷だったのか。野盗達がフィノばかりを刺してスレイを狙わないなど、身体の大きさなどから考えてもおかしい事この上無い。それに普通生かしておくなら男より女じゃろう」
「極めつけはスレイの部分的記憶喪失だな、というかあれは記憶喪失っていうのか?正直なんかの記憶操作を疑ったんだが」
「記憶喪失?記憶操作?なんですかそれはっ!?そんな事私は聞いていないですっ!!」
「私もだよっ!!」
 明かされた事実に興奮して詰め寄るミレイとアリシア。
 だが動じる事も無くアースがクリスの言葉を継ぐように続ける。
「じゃが幾ら魔法で調べたところで記憶操作の痕跡など見受けられなかったしのう……。ちなみにじゃ、スレイの記憶の不自然な点というのは、自分の所為で自分を庇ってフィノが死んだと信じている、なのにどのような展開であのような状況になったのか前後の細かい事を全く覚えておらずただ強い罪悪感だけを抱いている。そういう状態じゃった」
「なっ!?それはあまりに不自然でしょう。その後のフィノの遺体の魔物化と言いあまりに色々とおかしな点が多すぎるわ、捜査はしなかったの!?」
「えーと、細かい事はわからないけど確かに変だよっ!!」
 ミレイとアリシアの2人の言葉にクリスとアースは顔を顰める。
 そして再度顔を見合わせると代表してクリスが口を開いた。
「はっきり言うとだ、調査は行われた。しかもフェンリル様直々にな。だが何も分からなかった。確かにおかしい事ばかりなんだが、フェンリル様が調べても何も分からない以上どうしようも無く、結局はあのままお蔵入りしたって訳だ」
「フェンリル様が、直々に?」
「は~」
 呆然としたようなミレイとアリシア。
 目の前で交わされる会話を他人事の様に聞きながら、ただ悠然と腕を組み壁に背中を預けるスレイにディザスターが問い掛ける。
『主、今の話は?』
『ん?おおよそお前の予想通りだな。まあ、俺のついこの間までは気付いても思い出してもいなかったが、あのフィノの死はフィノの中のロドリゲーニによって演出されたものだ。全く以って俺も良いように踊らされたようなもんだな』
 肩を竦めてみせるスレイ。
 そんな様子にフルールが尋ねる。
『随分と冷静だね?』
 僅かに片眉だけ上げて吐息するスレイ。
『それはまあ、なぁ?フィノがロドリゲーニの生まれ変わりであった以上必然だったとも言える事だし、まあ実質あの場で犠牲になったのは元々実際野盗だった連中だけだ。例えそれがロドリゲーニに誘導されてあそこに居て俺達に手を出したんだとしてもな?ついでに俺自身の罪悪感に関して言えば、あの時点では結局俺は俺の中で整理を付けていたしな。その後のおじさんとおばさん、まあフィノの両親が殺された時点でやっと贖罪の意識が生まれて結局は奴に踊らされた訳で、まあ癪に思わん事も無いし、おじさんとおばさんに関しては思う所もあるが。……まあ結局今こうして俺が在る切っ掛けだと考えれば、必然だったとも思うし、おじさんとおばさんの件に関しては俺個人としては好きな相手だったが、ロドリゲーニに完全に支配されたとは言えフィノの意識も紛れも無く持っている奴が2人を殺せたのは、ロドリゲーニを宿したフィノを無意識に畏れて、親としての責務は果たしても、親子の絆までは築けなかった、まあフィノも含めた3人の家庭の問題だから、俺に口出し出来る事じゃないしな』
『……そういう問題かなぁ?』
『まあ、割り切り過ぎだとは分かってるんだが、俺の価値観だとそういう問題になってしまうな』
 どこまでも淡々と冷静なスレイ。
 それに思わず疑問を呈するフルール。
 だがスレイはあっさりとその疑問を受け流す。
『しかし、ロドリゲーニが目覚めたのは、その主の幼馴染が死んだ後では無かったのか?』
 今度はディザスターが、過去の話から疑問点を告げる。
『まあ、俺の過去回りを“視”ないようにしてくれてる配慮には感謝するが、そこまで気にしなくていいぞ。結局だ、フィノの死は完全にロドリゲーニの奴が発現する為の切っ掛けに過ぎなかったって事だな。何せ上級邪神、真の神の中でも高位に在る魂。如何に人の身に堕ちたとは言え、生まれ変わったその時点から意識はあったんだろうさ。流石に輪廻転生のシステムに囚われたが故の色々な制約で外に対する影響力は発揮できなかったんだろうがな。あの日までにどんどんと自らの制約を解除して行って、あの日アレを起こして、死んだフィノと融合したんだろ。流石真の神、幾ら特別製とは言え一応は人間の俺とは違って切っ掛け無しでも生まれ変わって来た最初から、完全に己を保って行動していた訳だ』
『そう、か……それは……』
『スレイ……』
 ディザスターの気遣いに感謝の言葉を述べつつ、やはり淡々と事実を告げるスレイ。
 その内容に思わず言葉を濁すディザスターとフルール。
 だがスレイは軽く笑う。
『ふむ、気を遣わせたか?なに、あいつが始めから居たんだとしても、フィノもまたフィノとして在った事に変わりは無い。別に俺達の幼少時代は紛い物でもなんでも無く本物さ。まあ、フィノが結局はロドリゲーニの生まれ変わりである以上、完全に融合した今もはや不可分だというのだけは気に喰わないが、まあ余計なロドリゲーニの部分は徹底的に躾けるだけだ、問題無い』
『む、う。それはそれで……』
『スレイって本当に気儘で大物過ぎるよね』
 あっさり言ったスレイに、今度は呆れたようなディザスターとフルール。
 その言葉にただスレイは不敵に笑う。
『まあ、これが俺なんでな』
 どこまでも揺らがず、ただ己を通す。
 “現在”のスレイとはそういう“人間”だ。
 信念とか何とか、別にそんな拠り所は必要としない。
 ただ“己が在りたいように在る”。
 それが“現在”のスレイの確固たる自己を形成する強さであった。
 そしてディザスターとフルールが知っているスレイとは始めからこうだった。
 だからディザスターとフルールは変わらぬスレイに苦笑する。
 それと同時に変化した部分にも気付いているが故に、スレイを変えるというそれを成し遂げたたった1人の“人間”に対する畏怖すらも覚える。
 そんなディザスターとフルールの心中を悟っているだろうに、そんな事は知らなげにスレイは続ける。
『まあ、何にせよだ。全部終わった事だし、どうやってケジメを付けるかも決定済みであとは実行するだけだ。今更大した問題じゃない』
 告げるスレイにやはり呆れたような眼差しを向けるディザスターとフルール。
 それを実行する事の困難を思えば当然だ。
 本来ならこんなにもあっさりと言えるような事では無い。
 だがスレイならそれを実際に、一桁の足し算を解くより簡単に成し遂げてしまうだろう。
 自分達の主がそういう人間なのだとディザスターとフルールは当然のように知っていた。
『さて、と』
 ふっ、と何の前触れも無くスレイは前へと歩を進める。
『ぬっ?』
『スレイ?』
 不思議そうなディザスターとフルールにスレイはただ笑う。
『いや、何。見たい物はもう見れたしな。少しばかり懐かしい話が出たんでお前達に説明したが、そろそろいいだろう?』
『そういうことか』
『というか、このまま行くの?』
 納得するディザスターと僅かに疑問を唱えるフルール。
 スレイは笑みを悪戯っぽいものへと変える。
『ああ、少しばかり驚かせるような再会の方が面白いだろう?』
『主はどうもそういう悪戯が好きでいかんな』
『なんというか、本当に人生自由に楽しんでるよね』
『生きるってのは本質的にそんなもんだ、楽しまなくてどうする?方向性こそ違えど結局のところ“欲望”こそが“在る”という事の本質だろう?なあ、ディザスター』
 楽しげなスレイはミレイの背後に立つ。
 だがミレイどころか、アリシアも、そしてスレイが視界に入っている筈のクリスとアースも気付かない。
 まあスレイが“そう”しているのだから当然だが。
 そして何も気付かないミレイはクリスとアースに言い募る。
「フェンリル様が調べて何も分からなかった?間違い無くこの国で魔法においても最高の力を持つフェンリル様が調べても何も分からないという事は普通に考えれば何も無いという事。でも状況は明らかに何かがあると言っている。それはどういうこと!?」
「さてなあ、だからお蔵入りなんだしな」
 呑気に言うクリスを睨み尚も何か言おうとするミレイだが、それはアースの言葉によって遮られる。
「まあ仕方あるまい、話に聞く“星読”ならば何か分かるのかもしれないが、遠く離れた国のこんな片田舎の村の事件に探索者ギルドが“星読”を動かす訳も無かろう?フェンリル様が直々にお調べ下さったのだって、まあ言っては何だが儂等のコネがあったからじゃしの、情け無い話じゃが、結局はあの事件についてあれ以上何も分かる事など無いと言う事じゃ」
「まあ過去の事だしどうでもいいだろう?それより俺はちょっとそのコネに用が有るんだが?」
 スレイが掛けた突然の声に全員が驚愕し、刹那で戦闘体勢を整える。
 クリスとアースはともかくミレイとアリシアの反応は探索者でもないのに大したものだ。
 スレイは、振り返りざま後方へと跳び退り、構えようとしたが跳ぶ寸前にスレイに腕を掴まれただ1人戦闘体勢を取る事も出来ず自らの腕の中に抱きかかえたミレイの温もりを感じながらそう思う。
「っ!?っ!?」
 何も状況が理解できず、しかも身体を動かす事も叶わないミレイはただ絶句し困惑するのみ。
「スレイっ!?」
「お主っ!?」
「お兄ちゃんっ!?」
 他の3人もいきなり現れたように見えるスレイにただ愕然とする。
 そんな反応も気にせずスレイは軽くミレイを引き離し顔を覗き込むと行き成り口付ける。
「んんっ!?」
 何の反応も出来ぬまま咥内を蹂躙されるミレイ。
 そしてスレイは唾液の糸を垂らしながら唇を離し、ようやく手も離してミレイを解放すると笑って言った。
「よ、待たないも何も、お前が迷宮都市に来る前に、俺の方が帰ってきたぞ?SS級相当探索者になるって手土産付きでな」
「え?え?」
 未だ混乱から回復しないミレイにスレイは続ける。
「そうそう、あの時の別れるだの何だのアレ無しな。お前は俺の女で、結局手放すつもりなんて無いって自覚したんでな。まあ他にも俺の恋人はいるけど色々上手くやってくれ。それとだ、先刻の試合はミレイもアリシアも見事だった」
 そう言って手を叩き賞賛するスレイ。
 そんなスレイに険しい目を向けるクリスとアース。
「お前っ、いったい何時からっ!?」
「それよりも本当にお主はスレイかっ!?」
 スレイはそんな視線も軽く受け流し肩を竦めてみせる。
「まあ、現れ方が唐突過ぎたのは認めますが、ただのサプライズでそんなにピリピリしないで下さいよ。俺は間違い無く貴方達の弟子のスレイですって。自分の弟子も分からない程にクリス師とアース師は耄碌したんですか?ほら、証拠の神獣二匹も」
 そう言ってディザスターとフルールを示してみせる。
 ディザスターとフルールを見たクリスとアースは、確かに噂話に聞く、“黒刃”と呼ばれる最も新しいSS級相当探索者と成ったスレイが連れていると聞き及ぶ“神獣”と全く同じ特徴の2匹を見るも警戒を緩めない。
 自分の弟子も分からない程耄碌したのか。
 そんな台詞を言われたが冗談では無かった。
 確かに目の前にいる青年の姿は多少服装や装備こそ変われどスレイそのものだ。
 だが“違う”。
 あまりに“違う”。
 どこまでも凄絶でどんな存在だろうと惹き付けられずにはいられない圧倒的なオーラを纏った青年は、姿はそのままでも2人が知るスレイとは全くの別人にしか思えない。
 警戒を解かないクリスとアースに困ったように頭を掻くスレイ。
 実に緩んだ一見隙だらけに見えるたわいも無い動作。
 だがそんな姿でさえクリスとアースには堅固な刃の結界を想起させ、その身を震わせる物だった。
 ますます困った顔になるスレイ。
 そんな状況を打ち破ったのは可愛らしい少女の一声だった。
「お兄ちゃん、ずる~いっ!!」
 突然のあまりに場違いなアリシアの一声に、スレイ以外の者達はキョトンとしてアリシアを見やる。
 アリシアは何やら頬を膨らませて不機嫌そうな表情をしている。
 そのままアリシアは続ける。
「ミレイお姉ちゃんにだけキスするなんてずるいっ、私もっ!?……んっ」
 最後まで続けさせずスレイはフッと何時の間にかアリシアの目前に立つと、その唇に触れるような軽い口付けを落としていた。
 そして優しくアリシアの髪を梳るように撫でる。
 気持ち良さそうに目を細めるアリシア。
 そんなアリシアに優しげにスレイは言う。
「まったく、アリシアは本当にせっかちだな。そんな急かさなくてもアリシアも俺の女だ、当然キスぐらいしたさ」
「な?な?」
 何やら驚いたように口を開けているミレイ。
 そんな様子を珍しいと見やりながらもスレイは推測する。
 まあ俺の女癖の悪さは噂で聞いていて許容していても、流石に身近でしかもこれだけ年下のアリシアにいきなり目の前でキスするのは予想外だったか?
 別にこの世界の今の時代、アリシアぐらいの年齢でも結婚するのも珍しくないぐらいだが、まあ、流石に身近な相手で、しかも俺の場合再会したばかり、以前最後に会った時の年齢などを考慮すれば驚くのも無理はないか。
 そのようにスレイは結論を出すも、特に何を言うでもなくそのままアリシアの髪を撫で続ける。
 気持ち良さそうに目を細めたままだったアリシアだが、突然はっ、としたように目を見開くとスレイに向けて叫ぶ。
「ってやっぱりずるーいっ!!なんでミレイお姉ちゃんには大人のキスで私には子供のキスなのっ!!それにミレイお姉ちゃんの方に先にキスしたし」
「ん~、まあ俺の主義でな。18歳未満には深い行為はしない事にしてるんだ。まあ所謂自分ルールって奴だが、ちゃんと根拠はあるぞ?何せ妊娠や出産は女の身体に負担を掛けるからな。まあ10代半ばでもそれなりに身体は出来ているんだが、完全に負担を軽減するとなると18歳以上ってのが俺の考えだ。好い男ってのは自分の女を大事にするもんだからな。まあ、探索者や人外の種族に関してはそこら辺の負担は考えなくてもいいんだがそれでも18歳以上になるまで手は出さん、自分の女は公平に扱うってのも好い男の条件だからな」
 軽く肩を竦めて笑ってみせるスレイ。
 自分の女、という発言に一瞬嬉しそうな顔をみせるも、またもスレイを睨むアリシア。
 そんな顔をされても可愛いだけなんだがな、と思いつつ何を言うのかとスレイは興味深く待つ。
「それで、どうしてミレイお姉ちゃんに先にキスしたのっ!?まだ答えてもらってないよっ!!」
 ああ、そういえばそんな質問もされていたな。
 そう思いつつ気楽に答える。
「それはまあ、ミレイの方が先に俺の恋人になった訳だしな。それにアリシアには俺のファーストキスをやったんだからその位我慢してくれ。まあ野郎のファーストキスなんぞにどれだけの価値があるかなんぞ知らんが」
「え?……えへへ、あ、あれってお兄ちゃんも初めてのキスだったんだ。初めてのキス同士……えへへ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいっ!?」
 何やら嬉しげに妄想に入ったアリシア。
 代わりにミレイが厳しい口調で割って入る。
「アリシアとは、初めてのキスっていったい何時の話っ!?どう考えてもその時この娘は今以上に子供でしょっ!!」
「んー、ほら、その指輪をねだられて買ってやった時だよ。それにキスって言っても本当に軽い、子供の戯れみたいなもんだ。そんな目くじら立てるような事じゃないさ」
「それにしたって……はぁ~~~っ」
 アリシアの首に鎖に繋がれ掛けられた玩具の指輪を示してやはり軽く答えるスレイ。
 ちなみにそのようにしているのはサイズが合わなくなったのだろうとあっさりと推測している。
 そもそもが子供用の玩具の指輪だ。
 今でもこのように大事にされているのは素直に嬉しい。
 対し何か言おうとするも、途中で額に手を当て疲れたように溜息を吐くミレイ。
 そして疲れたようにこう言った。
「昔っから変わらないわね、スレイ」
「ん?そうか?そんな事言うのはお前ぐらいなもんだが」
 流石にどこか不思議そうに尋ねるスレイ。
 当然だろう。
 どこからどう見ても今のスレイに容姿以外では子供の頃のスレイのほんの片鱗すら見出せるとは思えない。
 だがミレイはただ頭を振る。
「そうね、変わらないっていうのは違うかもね。ただ隠れてた本性が丸出しになっただけだし」
「本性?」
「そう、私が一時期貴方から距離を置いていた理由。あの時は表面上の穏やかさに隠されて誰も気付いてなかった貴方の本性。超肉食獣男子、ってところかしら?」
 あっさりと言い放たれた言葉に流石にスレイも驚きを隠せない。
 確かに昔ミレイには距離を置かれていた事があったが、あの時からこんなスレイを予期していたというのか。
 だとすれば随分とまあ獣じみた直感だ。
 そんな感想を抱くスレイにミレイは肩を竦めてみせる。
「まあ、結局は避けても何をしても無駄だったんだけどね」
「ん、んーっ、ごほんっ!!」
 ミレイの言葉と同時、随分とわざとらしい大きな咳払いが聞こえた。
「何です、いったい?」
 スレイはそのわざとらしい咳払いをした人物。
 アースに対してどこか白けた目を向ける。
 しかしアースは怯まない。
「何です、じゃなかろう。いきなり現れたかと思えば、儂等の事を放置してイチャイチャと。そういう事はもっと時と場合を弁えてやるがよい。そんな事よりも儂等のコネに用があるとはどういう事かの?それに丁度良い、どうやら先程の儂等の話を聞いていたようじゃが、全く動揺した様子が無いの?となれば、あの時の事実、お主、思い出しておるんじゃろう?」
「そ、そういや行き成り出てきて幼い頃からの知り合いの女2人にいきなりキスするなんて真似されて驚いて頭が回らなかったが、俺達でさえ気付けない程の完全な気配遮断はSS級相当探索者ともなれば当然かも知れねえが、先刻の話を聞いてやがってそんだけ落ち着いてるって事は……。おい!あの時何があったか教えろ!!」
 クリスもまたアースの言葉に気付いたようにスレイに詰め寄り尋ねる。
 気配遮断なんてちんけな代物じゃないんだが。
 これまたズレた事を考えつつも、スレイは肩を竦めて淡々と返す。
「確かに記憶は取り戻してますが……。まあ、いずれ機会があれば話しますよ。教えても大した意味は無いですし、今はそれ程重要な事でも無いので。それより先程言ったように師達のフェンリル殿に対するコネに今は用がありましてね」
「大した意味が無い、じゃと?」
「てめぇ、あいつ、フィノだって俺達の弟子だったんだぞ!?その死の事実を俺達が知るのに意味がねえとはっ!?」
「まあ、知ったって実際仕方の無い事ですし。後はまあ、それに関しちゃ全部俺がどうにかするんで、詳しい事は後程村の人間にでも聞いてもらえれば」
 険しい顔になり、尖った気配を醸し出すアースとクリス。
 だがスレイは柳に風とその気配を受け流し一顧だにせず言い放つ。
「どうにかするじゃと?」
「村の人間に聞けってぇのは?」
「そんな事より、まあ俺はもうアイス王ともフェンリル殿とも面識はあるんですが、流石にいきなりアポも無しに王城に強引に押し掛けたりしたら、俺はともかくこの村に悪い影響があるんじゃないかと思いましてね。フェンリル殿にコネのあるお2人に訪問のアポを取ってもらいたくて来たんですが」
 相も変わらずクリスとアースの言葉は聞き流し、ただ自分の要求のみを告げるスレイ。
「お主という奴は……」
「……方向性が陰から陽になったような気はするが、自分勝手なところは変わってねぇか」
「……」
「ほぇ~」
 昔とは変わり果てた中に、昔と同様の在り方を見出し、思わず眉間に皺を寄せるアースとクリス。
 見た事も無いような自らの師達の姿と、傍若無人にも程があるスレイを見て思わず絶句するミレイと気の抜けた声を発するアリシア。
 だがスレイに気にする様子は無い。
「で、どうなんです?と言っても形式上尋ねてるだけで、無理にでもアポは取ってもらいますけど」
 仮にも自らの師へと掛ける様なものとも思えぬ、半ば脅しのような言葉に、思わずこめかみを押さえるクリスとアース。
「ちっ、本当にお前は。まあアポを取るのはいいが、いったいフェンリル様に対する用事ってのは?」
「特に教える必要を感じませんね」
 飄々と嘯くスレイにアースが苦々しい声で問い掛ける。
「儂等には何も話さず、ただお主の言うがままにフェンリル様に話を通せ、と?」
「ええ。それにもともと教えるのが面倒臭いって理由もありますが、そもそも師達の立場程度では知るべきでは無い範疇の用件になりますので」
「お主、相変わらず師を師とも思わん態度じゃの……」
 呆れ果てたように首を左右に振るアースにスレイは不本意そうな表情で告げる。
「そうですか?俺がこれほど丁寧な言葉遣いで話す時点で相当特別だと思うんですが?何せどんな地位の相手だろうと、タメ口で話すのが普通ですし」
「お前のそれは慇懃無礼ってんだっ、……おい、お前アイス陛下やフェンリル様とも面識があるって言ってたが、まさかアイス陛下やフェンリル様にも……」
 思わず激昂するクリスだが、突然顔色を蒼くし、恐る恐るスレイに問い掛ける。
「ええ、まあ。どこの国のお偉方だろうが、特に区別する必要を感じなかったので、普通にしましたが」
「……ふぅ」
「……な、な、な?」
「え?え?え?」
「ほわぁ~」
 眩暈を感じたようなアース。
 流石にもう何を言っていいか分からないと言った風情のクリス。
 混乱しているミレイ。
 ただただ感心したようなアリシア。
 そんな四者四様の反応をどこか楽しみながらもスレイは一方的に告げる。
「それじゃあ俺は明日王城に訪問しようと思うので、今日中にフェンリル殿に話を通しておいてもらえますか?直通の魔導通信機があるんでしょう?ああ、あと正面から行くのは面倒臭いので、フェンリル殿の執務室に直接跳ぶ、と伝えておいて下さい」
「王城には古代から存在する強力な守護結界が……」
「そんな物、俺にとっちゃ無いのと同じです」
 アースの言葉をあっさりと遮り言い切るスレイ。
 言葉を遮られたアースはただ口をパクパクさせるのみだ。
「つーか、お前の事だから、今すぐ連絡を取れ、すぐに押し掛ける、ぐらい言うと思うんだが。今日中に連絡を取ればいい、明日行く、か。何を企んでやがる?」
 クリスの中々に鋭い、自分の事を良く分かっている質問に、スレイは楽しげに笑うと嬉しそうに告げた。
「いや、ちょっと今から素材でも集めてこようと思いまして」
「素材じゃと?」
 思わずと言った様に尋ねたアースにスレイは軽く口端を吊り上げて返す。
「ええ、まあ。ちょっとミレイとアリシアに装備でも造ってプレゼントするのに、オリハルコンでも、と」
「オリハルコンだとっ!?」
「そんなそこらの木の実を取ってくる、みたいなノリで集められる物ではなかろうっ!!」
 流石に驚愕に声を荒げるクリスとアース。
 しかしスレイは飄々と嘯くのみだ。
「別に、今の俺にとっちゃオリハルコン程度大した代物とも思いませんがね。大体未知迷宮の下層に居るオリハルコン製のリビングメイルやリビングウェポンの類から宿っている魂を喰らい尽くせば幾らでも手に入りますし……」
 と、そこまで言ったスレイは、自分の言葉に微妙そうな表情になっているミレイやアリシアに気付き言葉尻を濁す。
 まあ、当然の反応だろう。
 自分達にプレゼントする装備の素材として、例え消し去るとは言え、元々は何かが憑いていた物を使うなどと言えば、女の子としては生理的に嫌悪感を感じても仕方無いところだ。
 ましてや2人共、未だ探索者になっても居ない、正真正銘ただの人間の女の子なのだから。
 なので安心させるように続ける。
「とは言え今回はそんな代物は使いませんがね。ちょっとばかり力の強いレイライン沿いの鉱脈から採掘してくるだけですよ」
「……そもそもが未知迷宮の下層の敵の、しかもその系統の敵から魂だけを消し去るなんてのを軽く言ってのけるのが例えSS級相当探索者だとしても規格外だと思うんだが」
「それに、レイライン沿いの鉱脈なんぞ、そう簡単に見つかる物でもあるまいに。自分だけしか知らない場所を軽く知っておるようじゃしの」
 もはや呆れ果てたと言わんばかりのクリスとアース。
 その反応にただスレイは楽しげに笑う。
「まあ俺の場合、実際SS級相当探索者としても規格外ですし?」
 そもそももはや一般的な探索者、という枠で括る事すら間違いだ、などと言う考えはおくびにも出さず、飄々と言ってのける。
「で、だ。ミレイとアリシア」
「え?なに?」
「どうしたの?」
 いきなり声を掛けられキョトンとした様な2人にスレイはあっさりと言い放つ。
「クリス師とアース師が言ってた様に、2人共両親の許可さえあるならもう探索者になっても問題無いんでな。フェンリル殿への用事が終わった後、またここに寄るから、もしすぐに探索者になる覚悟があるならこの家で待ってろ。その時には先刻言ったオリハルコン製の装備も造っとく。ただまあ、俺の指定する相手とパーティを組んで貰うのが条件だが」
「そんな片手間にオリハルコン製の装備を造る、とか」
「しかもお主自身の手で造るのか。もはや探索者として規格外、とかそういう話ではないのう」
 ただ首を左右に振るだけのクリスとアース。
 アリシアはただ無邪気にスレイの言葉に頷くだけだが、ミレイは何かに気付いた様に眉間に皺を寄せスレイを睨む。
「ねえ、そのパーティを組む相手って……」
「流石にミレイは鋭いな。まあ、その娘も俺の女だよ。シズカというが、まああの鬼刃ノブツナの娘って言った方が通りが良いか?つまり今じゃ実質ディラクのお姫様だな。丁度探索者になってすぐだし、才能も有ってお前達とパーティを組むのにはピッタリだからな。まあ、もし探索者になるなら、俺の女同士仲良くしてくれ」
「なっ、ちょっとっ!?」
 スレイの言葉に何やら怒鳴ろうとするミレイを無視してスレイはクリスとアースに告げる。
「それじゃあ今日中にフェンリル殿への連絡は宜しくお願いしますね?連絡無しにいきなり行って迷惑が掛かるのはこの村なんで。それじゃあ」
 言いたい事を言うと同時、ミレイの言葉も、クリスとアースの反応も無視してスレイはすぐに“跳”んでいた。
 眼前の光景は、先ほどまでのクリスの邸宅の鍛錬場から一気に何も無い荒野へと変わっている。
 そして当然のようにディザスターとフルールもスレイに全く遅れる事無く付いて来ている。
「……」
 何も言える事は無いと言わんばかりにただ無言で首を振るディザスター。
「スレイ……、その内刺されるよ?」
 呆れ果てたと言わんばかりにジト目で見ながら言ってくるフルール。
「ああそれは心配無い、そもそも俺を刺す事の出来る存在などあらゆる世界と世界の外を探しても、クランド・イグナート・シェルノート・ジャガーノート・ロドリゲーニ・トリニティ・失われし名持ちの邪龍ぐらいだろう。それもあくまでも刺せるというだけだ。何せ最上級職にクラスアップした後も俺の肉体は進化し続けているからな。いや進化が環境適応の為の必要な物を得て不必要な物を捨てる取捨選択である以上、俺のコレはあらゆる可能性を拾い上げて成長し続けている以上進化とは呼べないか。まあ適当に“真化”とでも呼んでおくか?なんにせよおかげで先にも言った様に、探索者カードで称号や特性はそのまま表示しているが、ステータス部分は強引に改竄しなくちゃいけない羽目になってるがな」
「いや、出来る出来ないの話じゃなくて」
「分かってる、冗談だ」
 思わず突っ込むフルールに、軽く肩を竦めて返すスレイ。
 もはや何も言えずにディザスターと同様無言で首を振るフルール。
 そんな反応すら楽しげに見ながらスレイは告げる。
「まあ、そんな事よりとっととオリハルコンを採掘してミレイとアリシアの装備を造ってしまうか。とはいえその程度今の俺にとっちゃ時間なんて掛からないに等しい訳だが……ふむ、明日まで暇だな。だからと言っていきなり今日行くよう連絡すれ、というのも無茶だったろうしな。装備を造り終えたら適当に鍛錬でもするから付き合え」
 そうディザスターとフルールに告げると、スレイは刹那に地中にあるレイライン沿いのオリハルコンの鉱脈を認識していた。


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