村に近付いて行く度、スレイに気付いた人間達の反応の変化の顕著な様子は実に面白かった。
最初はこんな田舎の村に訪れる旅人の珍しさ。
次に近付くにつれその足下に従えるディザスターやフルールに対してまだ良く見えないながら、シルエットから、それがただの犬や鳥といったペットの類ではないと感じての疑念。
続いて黒尽くめの服装とシルエットに既視感を覚えてのまさかという感情。
そして完全にその姿が目に映った時に、それがスレイである事に気付いた驚きと、足下へ侍らせた青い狼と右肩に乗った白い小竜に対する畏怖のような感情。
だが一瞬のそれが過ぎると、スレイよりも一回り以上高齢の大人達と子供達は歓声を上げて駆け寄ってくる。
「スレイッ!スレイじゃないか!!随分とまあ久しぶりだなぁ!!」
「何いっとるんじゃお前は、スレイが旅立ってまだ1年にも満たないのじゃぞ?この村と迷宮都市の距離を考えれば随分と早いお帰りではないか」
「うわぁ、スレイ兄ちゃんだーー!!ねぇねぇ、スレイ兄ちゃんって今凄い探索者なんだろ!!」
「すごいお兄ちゃん、格好良い!!」
「まさか旅立って一年も経たずにSS級相当探索者とはな、史上最短記録なんだろ?アースさんやクリスさんも鼻が高いかそれとも悔しいか、いや複雑そうだなぁ」
「まあ何にせよ村の誇りだな、世界中のどこにだって自慢できらあ」
「その子らが神獣って奴かい?確かに存在感からして別物だねぇ?」
もともとスレイは同年代では孤立していたが、その分年長者や子供達との付き合いが多かった。
しかしそれにしてもスレイ達が気配を抑えているとは言え随分と気安い物だ。
ディザスターなどどのような狼よりも峻烈な姿だし、フルールとて愛らしく見えて竜である。
だがまあ、台詞の中で原因は容易に推測できた。
どうやらもはやスレイがSS級相当探索者になり、しかも神獣を二匹も従えているという世界を驚愕させるような情報が伝わっているらしい。
通常、こんな片田舎の村にここまで早く情報が伝わるのは珍しいを通り越してありえないのだが。
まあ、アースとクリスは今でもフェンリルと連絡を取り合う仲だ、ならばその伝達経由で情報が早く伝わるのは当然だろう。
スレイは村人達から掛けられる言葉に明るく、他では滅多に見せない、そしてあの「スレイが戦いの舞台に生まれて始めて上った夜」から決してみせていなかったそれ以前の、年長者に敬意を払い、子供達には優しく笑い掛け、次々と返事を返していく。
そんな様子を珍しそうに触れてこようとする子供達の手を指先一筋触れさせず交わしつつ、ポカンと見詰めるディザスターとフルール。
そのままスレイは村の入口へと近付き、そしてそして村へと入っていくが、仕事もほっぽり出して村人達は付いて来る。
ただしスレイと同年代の者達は皆遠巻きに見ているだけだ。
男達はどこか忌々しそうなそれでいて畏怖の視線を向けて。
少女達はどこか遠慮したかのように。
「子供達はともかくおじさんやおじいさん達、仕事を放り出してきていいんですか?」
子供達の頭を撫でたり、じゃれついてくるのをあやしたりしてやりながら苦笑して尋ねるスレイ。
「何を言う久々に帰って来た村の同胞じゃ、そんな事後回しじゃ」
「それよりお前こそご両親やアースさんやクリスさんのところには行かないのか?」
スレイの歩む方向を見て訝しむように尋ねる壮年の男。
「まあ今回の来訪の目的は師匠達に用事があったからですけど、まず順番としては村長に挨拶をしてからでしょう。次に両親の所に顔を出して、それから師匠達のところには行きますよ」
軽く笑ってみせるスレイ。
「はー、随分とまあ大人になったもんだ」
「いやこやつは昔から大人びてはおったじゃろ。まあ確かにより洗練されたように感じるが、これが都会効果と言う奴かのう」
「ねーねー、にーちゃんめーきゅーとしのモンスターってつよいー?かっこいいー?」
「お兄さん、迷宮都市ってどんなところでしょうか?」
次々と繰り出される質問。
それをスレイは無難な答えで躱しつつ、ふと遠巻きに自分を見ている若者達の1人に目を向ける。
若草色の髪に茶色い瞳の、片田舎の村人としては充分以上に可愛いといえる、いや都会に出ても美人で通じるだろう美少女だ。
まあスレイの場合幼い時からレベルの違う美少女2人に囲まれ、更には今では信じられない程の規格外の美貌も無数に見てきているので目が肥えているのだが。
それでも美人は美人だ。
比較に意味は無い。
充分に守備範囲だ。
だから何か言いたげにこちらを見ている少女にこちらから声を掛ける。
「ん?どうしたシリル?何か用か?話があるなら遠慮無く言ってくれ、美人との会話は何時でも歓迎だ」
「へ?」
一瞬、キョトンと目を丸くしたシリルは、その後少し躊躇した後、スレイの元に駆け寄ってきた。
「あ、あのスレイ君。私の名前知ってたの?」
「ん?当然だろ、俺が美人の名前を知らない訳が無い、ちゃんと村に居た時から気になってたさ」
「っ!?」
真っ赤な嘘である。
大嘘だ。
そもそも昔のスレイは極端に同年代の相手に関心を持っていなかった。
この名前は今“識”ったのだ。
何せ昔はともかく今のスレイが同郷の美人の名前を知らないなど、スレイ自身のプライドが許さない。
だから少しばかりズルをさせてもらった。
「す、スレイ君ってう、噂通り本当に凄い女っ誑しになったんだね、それになんか昔は少しいいかなって感じだったのに、今はなんか見てるだけで凄い惹き込まれる危ういのにどうしても見惚れちゃうような雰囲気。それもSS級相当探索者になったから?」
「まあそんな感じだな、やっぱり死線を幾つも潜れば雰囲気なんてそりゃあ劇的に変わるさ。まあでもだ、女っ誑しなのは否定しないが一つ勘違いを正しておきたいんだが、口が上手いんじゃなくて俺はちゃんとシリルにも本気だぞ?」
「なっ!?」
顔を真っ赤にして硬直するシリル。
とそんな様子を見ていた少女達が堰を切ったようにスレイに押し寄せてきた。
そのパワーに大人達や子供達も思わず引くほどだ。
それからどんどんとスレイに話掛ける少女達。
もはやミーハーなアイドルの追っかけに近い状態だ。
様々な事を質問され、それに淀みなく答えつつ、隙無く1人1人口説いていくスレイ。
もはや匠技の領域だ。
それを見ていた大人達の1人が呆然と呟く。
「いやまあ、本気で変わったもんだ……色々な意味で。まあ娘っ子共もちょっと態度変わり過ぎだと思うが」
「まあ同意する。ただスレイはもともと人気はあっただろ、あの2人に遠慮して誰も近づけなかっただけで。……ただ流石にここまで来ると引くが」
同意の言葉を紡いだ大人も呆れた声だ。
「しっかしスレイお前、度胸があるというか何というか。村を出たとは言えミレイお嬢さんと恋人だったのによくもまあこの村でそこまで堂々と口が回るな。……知ってるか?ミレイお嬢さんどころかアリシアの奴までお前の噂、すっごい女っ誑しで数え切れない程の美女どころか高貴な美姫達にまで手を出してる、ってのを聞いて滅茶苦茶怒ってたんだが、怖くないのか?」
呆れたように尋ねる一回り身体の大きな両親と同じ程度の年齢の男にスレイは軽く笑って嘯く。
「恋人だったも何も、今もまだミレイは俺の女だと思ってますし、アリシアも俺の女にするつもりですよ?だいたい、嫉妬してくれるなんて実に男冥利に尽きますね。一度や二度程度刺されたって構わないと思ってますよ。別にその程度じゃ死にませんしね。しかしここにあの2人が居ないのは残念だな、いたらそれこそ熱い抱擁を交わしたっていうのに。あ、でも俺としてはここにいる可憐な少女達全員にもその気があるなら俺の恋人になって欲しいと思ってますがね」
軽く言ってのけるスレイ。
まあ色々と嘘や誤魔化しもあるが、基本的には全部本気なので問題無いだろう。
ミレイや幼い頃指輪を買ってやった可愛い妹のような少女アリシアがクリスやアースのところに居るのを“識”った上で、このような事を言っているが、実際別に一回や二回刺されてやっても問題無いと思っているのは事実だ。
まあそもそも皮膚すら切れないだろうが、気がすむんならわざと肉体強度を弱めて刃を通してやってもいい。
どうせ回復するし。
なんにせよ、今のあの2人の気持ちがどうだろうと、恋人は居ないようだし口説き直してでも絶対に2人は完全に自分の物にすると既に決めている。
ただまあ、旅立ちの時に弟子入りしたという話を聞いていたミレイはともかく、何でアリシアまでがクリスやアースのところで訓練してるのかまでは“視”なかったので知らないが。
まあそれは後で確認できるだろう。
どの道、村に入った後もスレイに集まって来た村人達はそのまま付いて来ているし、ついでに村に入ってから騒ぎを聞きつけた他の村人なども集まってきている。
村人達は実に物見高く、スレイの噂も相当広まっているのだろう、わざわざ自分がこの場を離れて他に知らせに行こうなどという者も居ないようだし、何より情報を聞き付けてもクリスやアースが訓練を途中で投げ出すのを許す訳が無い。
何にせよ2人との再会はクリスやアースの元を訪れた時という事になる。
それはともかく、大人達は実に懐かしい顔ぶれだし、麗しい少女達や幼く可愛らしい子供達が増えるのは楽しいし、結構な事だ。
口説いていた少女達はミレイやアリシアの名を聞くと怯むように引きかけるが、それすらも牽制するようにスレイはふざけた口説き文句を掛けてやる。
だが今やスレイの纏った妖しい凄絶なまでのオーラの吸引力は一介の村娘風情が抗える物ではない。
あっさりと頬を上気させ、そのままスレイの近くに留まり続ける。
一定距離を空けてスレイを嫉妬と畏怖の視線で睨んでいる同年代の青年達は、スレイの言葉にますます暗い感情を募らせているも正直どうでもいい。
『主よ……』
『何だ?嘘は言って無いぞ。あいつらが「この場に居れば」俺は間違いなく熱く抱擁していたし、あいつらになら刺されても良いってのも事実だし、あいつらがここに居なくて残念なのも本当だ。まあただあいつらが「ここには居ない」事を既に知っていたってだけで』
ディザスターの呆れたような指向性の念話に飄々とやはり念話で返すスレイ。
「おいおいスレイちゃん、あんたハーレムでも作る気かい?」
「ん?もちろん俺はその気だが?」
呆れたようなおばさんの声に平然と答えて見せるスレイ。
流石にそれを聞き唖然とする村人達。
そしてついに耐えかねたようにスレイと同年代の青年達の1人がスレイの前に進み出て、SS級相当探索者の威名と、その圧倒的なオーラに膝を震わせ恐怖しながらも怒鳴りつけてくる。
「ふざけるな、お前っ。SS級相当探索者だか“黒刃”だかしらないが、無様に何もできずフィノに庇われて、フィノを死なせておいて、何をのうのうと」
フィノの名前が出た事で場が静まり返る。
ただしスレイの沈黙は青年がフィノの名前を呼び捨てにした事への不機嫌さであり、村人達の沈黙は気まずさだ。
「お、おいダ……」
「気に入らんな、お前誰の許しがあってフィノの事を呼び捨てにしたりしてる?俺とミレイ以外にそれが許された奴は居なかった筈だが?」
止めに入ろうとした男の言葉に割り込むように、スレイが不機嫌そうに言葉を発する。
空気が張り詰め、誰もがプレッシャーで指一本動かせなくなる。
「まあ確かにあの時の俺が無様で何も出来ない小僧だった事は認めるよう、フィノの事も俺が足手纏いになって殺したような物だ。だからといってお前達に何か出来たとも思えんがな?そもそもあの時の俺は教師を目指してたただの本好きの少年だ、そもそも人生の中で戦いという舞台にすら立っていなかった、何も出来ないのが当然、意志さえあれば何でも出来るなんていうのは戦いの舞台に立っている者だけの理屈だ、弱い奴は何もできず強者が常に勝つ、まあそれが大体のこの世の真理だな。まあ今の俺ならそもそも出来ない事なんて存在しないし、出来ない事もやってのけるが?何にせよ、フィノを殺された時点ではまあ俺も償いとして一生独身のまま彼女の墓でも守っていくかと思ったものだが……何せ復讐する相手すらもうとっくに師達に殺され居なかったんだからな。だが、あの夜、あの夜全ては変わった、俺の所為で死んだフィノが魔物と化し彼女の両親を殺した、彼女を止めなければならない、それは俺の贖罪であり義務ですらあると罪悪感が俺を駆り立て、俺は戦いの舞台に立った。そして俺は決めた魔物と化したフィノを止めるこんな下らない運命も世界も何もかも全て叩き潰す、それが俺に出来る贖罪であり復讐だとな。だから今の俺がある。そして今の俺に敗北は一度も無い、そしてこれからも無限を超えた果てまで続く勝利への道だけが俺の前には続いている。お前程度が何を言ったところでただ弱い犬が吠えているだけにしか聞こえんな」
「そ、そんな自分勝手なっ!!どこまでフィノの事をっ!!」
朗々と己が生き方を価値観を述べたスレイに噛み付く青年。
他の者達はただただ唖然とするばかり。
だがスレイは眉を顰めるだけ。
「だから誰の許可を得てフィノを呼び捨てにしてる。まあいい、お前風情に構うのも無駄だ。それに幸い探索者になって俺は良い情報を手に入れてな。あの夜見たフィノの姿、あの姿からフィノを生き返らせる手段がある事が分かった。皮肉な事にあの魔物は特殊な部類で、あの魔物になった事でフィノは新鮮な肉体と魂を保持したままでいるから、あの状態からなら、特殊な方法を使えば魔物化を解いた上でフィノを生き返らせる事も可能だとな」
「な、何っ!?」
青年の叫び声と共に、村人達が一斉にどよめき始める。
『主よ……』
『スレイ……』
『なんだ、少々色々と脚色してはいるが結果としては一緒だろ?ロドリゲーニを倒した上でよりフィノの面が強くなるように強調すればいいだけだ』
今度はディザスターとフルール二匹揃っての呆れた念話に、やはり飄々とスレイは笑って返した。
「フィ、フィノが生き返るだってっ!!ほ、本当なのかっ!?」
真っ先に声を上げたのは先程スレイに突っ掛かってきた青年だ。
スレイは僅かに記録を“拾”って、昔自分に最も突っ掛かって来て、フィノに最もちょっかいを出していた青年だったと“識”る。
つまりフィノに対し過剰な好意を抱いていた相手だと。
名前や詳細はどうでもいいので“拾”っていない。
だがまあ、この様子を見れば今でもまだフィノに対する想いはそのまま、どころか募らせてさえいたのだろう。
粘着質な奴だ。
さして興味も無くスレイはそう思う。
そうとなれば一々呼び方について指摘するのも面倒臭くなり、事実を折り混ぜた適当な作り話を周囲の村人全員に聞こえるように話す。
「ああ、まあな。限られた高位の探索者のみになるが、死した直後、未だ肉体もほぼ無事で魂も肉体から離れていない状態であれば蘇生が可能な最上級の回復魔法と時間魔法の融合魔法がある。詳しい説明は省くが“奇跡的”に“あの夜”フィノが成った魔物はその高位の探索者が肉体と魂を保持した状態とほぼ同じ状態に近い存在である魔物である事が分かった。だからまあ、条件は揃っている。確実とは行かないがフィノの蘇生は多分可能だろう。フィノが成った魔物を倒せるような存在は極限られているし、仮にも俺はSS級相当探索者だ、その限定的蘇生魔法の使い手に心当たりがある。あとは俺がフィノを捕まえてその上で魔物化を解除、これもまあその魔法の使い手なら可能だ、そして蘇生してもらえば十中八九フィノは生き返るだろうさ。今の俺の目的の一つはそれだな」
肩を竦めて笑ってみせるスレイ。
「ほ、本当に……」
「お、おいそいつぁマジかよ」
「ふぃ、フィノちゃんが?」
途端戸惑ったような喜んだような微妙な感情でどよめき始める周囲の村人達。
先の青年などは涙さえ流している。
まあ、過去のフィノの村での人望を考えれば当然か、と考えつつスレイは続ける。
「まあ、何にせよSS級相当探索者の俺なら実現可能だろう。何時になるとは言えんが期待して待ってろ。どの道あいつも俺の女にするんだ、全部俺が責任を持つさ」
「な、なんだ……っ!?」
何やら激昂しかけた先の青年だがスレイの笑みを見て何も言えず黙り込む。
スレイは一見笑っているだけのように見える。
だがその目を見た青年だけが得たいの知れない何かの感覚に襲われた。
恐怖や畏怖やそんな物など比較にならない何か。
青年のみを対象にしつつ、スレイはそれでも青年が正気を失わないように調整し、そのまま歩を進める。
周囲の者達が徐々に騒ぎ始め、怒涛の如くスレイに言葉を浴びせてくるが、全て軽く躱す。
『主よ、随分とまあいい加減な事を言う物だ……』
『本当、スレイって口が上手いよね』
『だから嘘はフィノが魔物なんかじゃなくて邪神に成ったという事と、フィノを生き返らせる訳じゃないって事と、そんな都合の良い魔物はこの世界には居ないって事だけだろ?実際そういう魔法はあるじゃないか……ジンやサクヤでも使えるかどうか“識”ろうとしてるか分からないって事を別にして……昔使い手が居た事とそれで助かった高位探索者が居た事は事実だろうが』
ディザスターとフルールの呆れた声に相変わらず飄々と返すスレイは続ける。
『それにこれでロドリゲーニとなったフィノをフィノ側に偏るように調教後、村に連れて来ても問題無い下地は作った。まあ本題のついでに別の目的も済ませちまうんだから流石俺だな』
『主……』
『スレイ……』
呆れたようなディザスターとフルールの反応など無視し、自画自賛して悦に入るスレイの足取りは軽い。
そして余裕を持って懐かしい、のどかで変わらない故郷の村を見終えたスレイはそのまま村長の家へと辿り着くと周囲に向けて告げる。
「それじゃあ俺は村長に挨拶しますから、皆さんがここに居ても村長と奥さんに迷惑を掛けるだけかと思いますから仕事に戻っていただければと。何か話があれば村長の方からあるでしょうし……、まあ勿論可憐な女の子達との会話は何時でも歓迎なんで気軽に声を掛けてくれれば。俺は先刻も言った様にこのまま村長に挨拶した後、家に顔を出してそのまま師達のところに行きますので」
軽く、しかし誰にも強く通る声で告げたスレイに唖然とする村人達を無視し、そのままスレイは周囲の騒音に負けないようやや強めに村長宅の玄関のドアをノックする。
「はーい」
奥から明るい返事が聞こえたかと思うとそのまま暫くしドアが開かれる。
そして腰まである金髪に碧眼の色気のある大人の美女が現れた。
「えーと、ミレニアムさん?」
スレイは唖然とまではしなかったが、流石に少しばかり意表を突かれた。
いや、本気で変わっていない。
探索者からすれば珍しくも無い話だが、ただの人間であるミレニアムにはもう少し変化があると思っていたので少々予想外だった。
いったい幾つだったろうかと少しばかり女性に失礼な疑問を脳裏に浮かべる。
「あら、あらあらあら?スレイくんじゃない、本当に久しぶり何時帰ってきたの?ああ、そういえばSS級相当探索者に成ったんですって?凄いわね、もう大出世じゃない。敬語とか使った方がいいのかしら?」
「いえ、別にそんな大層なものじゃないですから、昔どおりでお願いします」
全く動じた様子の無いミレニアムにスレイはやや苦笑を浮かべて返す。
「そう?それじゃあそうさせてもらうわね。息子みたいなスレイくん相手に敬語を使うのってどうかと思ってたから良かったわ。それで、後ろの皆さんはいったいどうしたのかしら?」
うれしそうに笑うと、そのまま周囲に集まっている村人達に不思議そうに視線を向けるミレニアム。
その柔らかくおっとりとした視線に、しかし村人達はやや慌てたように何やら色々と言い訳しようとするが。
「ああ、彼らも久しぶりの俺の帰還が珍しいらしく色々と話を聞かれてたんですけど、流石にもうそろそろ『仕事に戻らないといけない』らしいので気にする必要は無いですよ。それより俺は久しぶりの帰還なので村長に挨拶に来たんですが上げてもらっても?」
「あら、そうだったの。そうよね、久しぶりな上に迷宮都市まで行って帰って来たスレイくんの話を聞きたい人達は多いわよね。それじゃあ皆さん、何時も通り頑張ってくださいね。それとスレイくん、そんな他人行儀に遠慮しなくていいのよ?」
「いえ、流石にそういう訳にも」
ミレニアムのにこやかな笑顔に、集まっていた村人達は何時もの仕事を行うべく次々と散っていく。
ただ子供達だけは明るくスレイに声を掛ける。
「それじゃあ兄ちゃん、後であそんでよー」
「お兄ちゃん、またあとであえるよね?」
「なあなあ、ひさしぶりにあそぼうぜー」
「はは、用事が終わったら久しぶりに遊ぼうか。すまないけどそれまでは俺も忙しいんで後でな」
ぐずるような子供もいたが、じゃれ付いて来る子供達を皆なだめて散らせていくスレイ。
「あらあら、相変わらずスレイくんは子供に人気ね?」
「いや、子供しか遊んでくれる相手が居なかったってだけなんですけどね」
苦笑して答えるスレイ。
村人が去り静かになった中ディザスターとフルールがやはり呆れた声でスレイに語りかけていた。
『主よ、相手によって対応が変わりすぎだ』
「もう別人だよー」
スレイはただ笑みを浮かべて黙殺した。
しかしミレニアムはそうはいかない。
キョトンとした目をするミレニアム。
まあ明らかに今のディザスターとフルールの会話は聞こえているのだから当然だろう。
しまった、などとは思わない。
ディザスターもフルールも彼女がこの程度何の問題も無いと“識”った上でわざとやったのだろうから。
ただ……。
「あらあらまあまあ、その狼ちゃんと小竜ちゃんが噂で聞いた神獣なのね?可愛いわねぇ、触っても大丈夫かしら」
この反応には少々戸惑っていたようだが。
“識”る範囲を限定的にしたのだろう。
自業自得だ。
目を輝かせるミレニアムにディザスターもフルールも明らかに引いている。
だが仮にも主としてはフォローしてやるべきだろうと思い、申し訳なさそうに断りを述べる。
「すみません、こいつらは俺以外に触れられるのを非常に嫌がるもので、勘弁してあげてくれませんか?」
「そう……、残念だけど神獣だものね。主以外に触れさせないっていう誇りや矜持とかあるんでしょうね。ごめんなさいね狼さんに小竜さん、私はミレニアム、この村の村長の妻よ」
ディザスターとフルールがスレイに感謝の視線を向けてくる。
鷹揚に頷くスレイ。
それを見てディザスターとフルールはそれぞれミレニアムに挨拶を交わす。
『ふむ、いや我らの意思を尊重してもらえるのであれば問題無いご夫人。我はディザスター、主に仕える者だ』
「うん、ちゃんと分かってるなら全然問題無いよー。僕はフルール、やっぱりスレイに仕えてる立場だね」
軽い返事にミレニアムは微笑む。
「ご丁寧にありがとう、ディザスターさんにフルールちゃん。でも本当に神獣を、しかも二匹も従えてるなんて、スレイくんやっぱり凄いのねぇ」
「いえ、そんな事は、色々と幸運に恵まれた結果ですし。それで申し訳ありません、村長にご挨拶したいのですがいいですか?」
「あら、ごめんなさいね、ついつい脱線しちゃって。それじゃあ付いて来てもらえるかしら」
そう言って家の奥へと歩いていくミレニアム。
スレイもまたその後に続く。
簡素なだが間違い無くこの村ではクリスとアースの家を除けば一番広く内装や家具の質も良い室内。
とはいえ昔見た時のような感慨は感じない。
今まで見てきた王城などに比べれば遥かに劣ってしまう。
だが別の意味での感慨はあった。
やはりこれも郷愁の一つだろうか。
ミレニアムに導かれるまま二階へと上がるスレイ。
ミレニアムはそこにある扉をノックし中へと声を掛ける。
「あなた、お客さんなんだけどいいかしら?」
「ミレニアムか、しかし来客?特に予定は無かったと思ったが」
片田舎の村の村長ではあっても、何か話したい事がある村の大人やあるいは村の外部からの来訪者を来客に迎える事がある。
しかし来訪者に関しては元々交流のある相手やあるいは国の役人などで事前に予定が知れている者か、もしくはこれはごく珍しいがただ立ち寄った旅人ならば大体はわざわざ挨拶に来る事も無いし挨拶に来るにしても面会の約束を取り付け一泊した後訪れるのが通例だ。
中からの疑問の声は当然の物だろう。
だがミレニアムは気にした素振りのなくあっさりと告げる。
「それがねぇ、今日突然スレイくんが帰って来たのよ。それであなたに挨拶したいそうだから」
「なにっ!?」
何やら物音が鳴り、僅かに驚愕したような声が聞こえる。
しかしまあこの程度普通の事だろう。
変化に乏しい村で行き成りの事だ。
小さな村の村長では流石に動揺は隠せまい。
「……分かった、入ってもらいなさい。それとミレニアムお前はお茶を」
「はい、それじゃあスレイくん入って待っててね」
そう言うと1階へと下りていくミレニアム。
スレイはそのまま中へと声を掛け扉を開く。
「失礼します」
扉を開いた先にはやはり簡素な机に腰掛け軽い書類を処理していたのだろう村長が何やら慌てて立ち上がろうとするのが見える。
肩までの金髪に碧眼の見た目通りに40代半ば程のそれでもやはり美系の男だ。
しかしミレニアムが昔から余りに変わらない為、同年代であるにも関わらず少しばかり年の差が開いているように見えてしまう。
「あ、レイルさんはそのままで。お久しぶりですレイルさん、今回は用事があり村に帰って来たのですがまずはレイルさんに挨拶するのが筋だろうと思いこちらへ訪問させて頂きました」
スレイにとってはレイルも昔世話になった親しい人物だ。
だがミレイの事などもあり村を出る前はやや疎遠になっていたし、元々村長という事でやや立場を弁えて接していた。
だから今回も丁寧な礼などしてしまう。
しかしまあ少しやりすぎたようだ。
スレイの洗練された仕草に、レイルは少しばかり呆然としたようになり、その後気を取り直し返事をする。
「ああ、本当に久しぶりだね。しかし仮にもSS級相当探索者とまでなった者が、たかが片田舎の村長相手にそのような礼など尽くさなくても」
「いえ、昔世話になった身ですし、何より俺がこの村で育った事に変わりはありません。呼び方も昔のように気軽にスレイと呼び捨てて頂ければ」
軽く答えるスレイの発する大分抑えてはいるがやはり凄艶なオーラに、やや気圧されつつもレイルはスレイに席を勧める。
「そうか……。それより早く座りたまえ、流石にそうは言っても君に何時までも立たれていては私が落ち着かない」
「はいそれではお言葉に甘えて。あ、レイルさんはそちらの机に着いたままで構いませんので、今回は突然挨拶に立ち寄った立場ですし」
「……ああ、分かった。お言葉に甘えさせてもらおう」
そう言ってスレイは来客用の、レイルが相手と対面して話す為のテーブルに一言断りを入れ静かに座る。
当然のようにスレイに従うディザスターとフルール。
ディザスターとフルールを見たレイルはミレニアム程には平然としておらずどこか畏怖の視線さえ向けていた。
「で、そちらが噂に聞く君が従えたという神獣かね?」
『うむ、我はディザスターと言う』
「僕はフルールだよー」
スレイの足下にリラックスして侍るディザスターとスレイの右肩に鎮座するフルールの軽い挨拶に唖然とした表情になるレイル。
始めて接する念話に対する驚きもあるが、それはそれほどでは無い。
現在ディザスターやフルールも常人に影響を与えない程度にその力を抑えている。
故に気圧されはしないが、確かに感じる圧倒的な存在感に対しそのどこかコミカルな様子のギャップに驚いたのだ。
しかし気を取り直すとレイルはスレイに向き直る。
「しかしまあ、この村を出てから1年も経たずにSS級相当探索者になり、しかも神獣を二匹も従えるとは、とんでもないにも程があるな。正直君に対しては幼い頃からの付き合いからの親しみと、ミレイの事についての複雑な感情があって再会して困惑しているのだが、その点ばかりはもはや感嘆すら通り越して呆れを感じているよ。よくもまああのアース殿の家に引きこもり本ばかり読んでいた君が、とね。しかもフィノ君が殺された後……いや違うな、あの時はまだ君はフィノ君の死を悲しみそして同時に罪悪感を抱いてはいたが以前のままの君だった、変わったのは魔物となったフィノ君にフィノ君の両親が殺された晩、あの後か。あの時一気に変わり果てた君だが、今の君は村を出た時と比べて更に変わり果てている、ただ驚くばかりだよ」
「はは、まあSS級相当探索者やこいつらについては俺は特別ですからね。そしてまあ、確かに色々と変化した、という自覚はあります」
首を左右に振るレイルに苦笑し答えるスレイ。
そして表情を真剣な物に変えると続ける。
「そしてミレイについてはまあ、レイルさんの希望に添える形にはなれないと思いますが、今でも真剣に考えていますよ」
「それはどういう……」
スレイの言葉にレイルが問い掛けようとした時だった。
ドアがノックされ開かれると、ミレニアムがティーセットを持って入って来る。
「あなた、スレイ君、お茶を持ってきたわよ」
にこやかに言うとそのまま執務用の机と来客用のテーブルにカップを置きお茶を注ぐミレニアム。
礼を述べるスレイと労うレイル。
一通りの作業を終えるとミレニアムはレイルに告げた。
「それと、丁度来た時に話されてたから偶然聞こえちゃったんだけど、ミレイの事についてはあの娘自身の問題だから、あまり詮索したり干渉したりしないでほどほどにね?あの娘だってもう子供じゃないんだから」
「む、う……」
妻に諭され呻くレイル。
そして首を振り溜息を吐くと一つ頷きミレニアムに言った。
「分かった、親が子の心配をするのは当然の権利だとは思うが過度な干渉はするべきではないのだろうな、感情的にはやや納得できんが。それではこれから少し重要な話があるからミレニアムは退出していなさい」
「ふふ、分かりましたあなた。それじゃあスレイ君、また後で」
ミレニアムはレイルの言葉にあっさりと頷き、スレイに言葉を残し、室外へと退出していった。
レイルは溜息を吐く。
「さて、それでは今言ったようにミレイの事については多くは述べまい。代わりにこの村の村長として問わせてもらおう、今回の帰還の目的は何かね?」
「ええ、アース師とクリス師達に用事がありまして」
アースとクリスという名に僅かに苦々しげな表情を一瞬浮かべるレイル。
それを目ざとく捉えたスレイは、まあ娘が探索者になる為の鍛錬を積んでいるなどというのは村長としても男親としても公私ともに望まぬ事だろうと理解する。
理解はしてもそれ自体はなんとも思わないが。
一瞬で気を取り直したレイルはスレイに問い掛ける。
「それで、アース殿とクリス殿に対する用件とは?」
これはレイルにとってみれば聞いておかなければいけない重要な問題だ。
何せこの村の出身とはいえSS級相当探索者ともあろうものが、帰郷という訳ではなく、明確な用件があって村を訪れているのだ。
村長として事態を見極める必要がある。
同時に質問を拒まれたならそれを聞きだす事も、そしてその用件を止める事がそもそも不可能なのも分かっていたが。
「いえ、簡単な用件ですよ、少しばかりアース師とクリス師にフェンリルに繋ぎを取って貰いたいと思いまして。フェンリルともアイス王とも面識はありますが、だからと言って何のアポイントメントも無しに突然王に押しかける訳にもいかないでしょうし」
「なっ!?」
驚愕の声と共に思わず腰を浮き上がらせるレイル。
自国の宮廷騎士団団長兼宮廷魔術師団長とお国王その人を気軽に呼んでみせたスレイに驚愕したのだ。
だがすぐに落ち着きを取り戻し再び腰を椅子に落ち着ける。
別に冷静に考えれば不思議な事では無い。
何せスレイは今やSS級相当探索者。
例え大国の王にタメ口を叩いても誰に咎められる事も無いだろう。
しかも歴史に例を見ないような神獣二匹を従えるという存在でもある。
目の前の幼少期から良く知る筈の成年の規格外さに、レイルはこめかみを痛そうに抑えた。
レイルがこめかみを抑え頭痛を堪えている間に、スレイはゆったりとお茶をすべて飲み干していた。
仮にもミレニアムが入れてくれた茶だ。
多少作法を曲げても残す訳にはいかないという考えからだ。
そんなスレイにようやく落ち着いたレイルが声を掛ける。
「フェンリル様とアイス国王陛下に対する用件とは何か聞いても?」
「流石に細かい所までは話せませんが、この国の国防に関する事とだけ」
スレイは軽く答えた。
レイルはまたも頭痛を覚え追求を諦める。
目の前の子供の頃から良く知る少年があっさりと自国の国防に関して国のトップに意見するという話に現実感が湧かず。
しかしスレイのSS級相当探索者という肩書きを思えばむしろそれは当然だという思いが湧き。
何より国防に関する話など自分には手に余ると理解したからだ。
レイルは結局のところ片田舎の村の村長に過ぎない。
アースやクリスといった過去に王宮に仕えた事のある村人がいるから多少は国の事情に明るいがその程度だ。
思考を切り替えスレイに問い掛ける。
「それではこの後すぐにアース殿とクリス殿の元へ?」
レイルの問い掛けにスレイは、いえ、と軽く否定した。
「まずは家に寄ろうかと。流石に帰郷したのに実家の両親に挨拶しないなど薄情にも程があるでしょう」
「なるほど、確かにそうだな」
スレイの言葉に納得したように頷くレイル。
ようやく自分にとっても理解が容易い話が聞けて安心している。
しかし、だけど、とスレイが続けた。
「父と母の場合挨拶に寄ればそれは喜んでくれるでしょうけど、別に寄らなくても気にしない人達ですからね。まあ、これに関しては本当に久しぶりに俺が会いたいと思っただけです」
「……確かに、あの2人はそういう人間だったね」
レイルはまたも頭を抑え、溜息も零す。
村の中でも殊更特徴的な性格をしたスレイの両親を思い出した為だ。
いや善人だ。
善人ではあるのだ。
親としても問題は多分無い。
いや少々あるが補ってあまりある程の愛情を注いでいたのを知っている。
ただ、なんというかまあ、本当に個性的な2人だった。
おかげで過去に起きた騒動を思い出し、またも深い溜息を吐く。
「その様子だと相変わらずみたいですね。すみません、父と母が迷惑を掛けます」
「いや、迷惑と呼ぶ程では無いのだが。やはり少しばかりなんというか」
「いえ気にしなくていいですよ、子供の俺からみてもあの2人は変人ですから」
言い惑うレイルに逆にスレイがあっさりと言ってのける。
そんなスレイにまたも溜息を吐くとレイルは言った。
「流石に子供が親をそのように言う物では無いよ……まあ否定の出来ない話ではあるのだが」
「事実は事実ですしね」
苦笑を交わし合う2人。
そしてスレイの腰に目をやったレイルは何気無く尋ねる。
「それはディラク刀かい?そういえば君はディラクの物にやたらと目が無かったがそれも両親の影響かな?」
「いや、両親は関係ありませんよ。俺が興味を持ったのはディラクの物の中でもディラク刀だけですし、しかもそれもクリス師に師事してからの話です」
「そうか、そう言えばそうだったね。村を出る前の君があまりにもディラク刀に傾倒していたから忘れていたよ。それに君の両親はどちらもディラク島と縁が深い訳だし」
「それに関しては偶然としか言い様が無いですね」
レイルの疑問を軽く否定するスレイ。
それに納得したように頷きながらも、やはりどこか疑問を残すレイルの問い掛けにスレイは苦笑し返す。
だが実際昔のスレイは両親など関係無くディラク風の物にそれほどの興味を持った事は無かった。
自分で剣を振るう様になるその時までは確かに書物で見かけたディラク刀の図を見て美しいとは思っていたが、そこまで入れ込んでいた訳でも無い。
クリスに師事し、その中で書物で読んだ知識からディラク刀のその極限の機能美と言った物や鍛冶師達の匠の技、そしておそらく自分に最も適している武器だろうという想像から酷く傾倒したのだ。
そして実際振るう様になった今、その時の考えが間違いでは無かった事をスレイは実感している。
「それでは、そろそろ」
そう言って立ち上がるスレイ。
「もう行くのかね?」
首を傾げて尋ねるレイル。
分かり切っている事ではあるし、一応の問い掛けに過ぎない。
「ええ、レイルさんに挨拶するという目的は果たしましたし、それに用件の事もありますので」
「そうだったね」
そういうと立ち上がるレイル。
「レイルさん?」
「いや、何。玄関までは見送らせてもらおう」
そう告げるレイルにスレイは苦笑しつつ告げる。
「いえ、村長であるレイルさんがそこまでしなくても」
「何を言う、仮にもこの村出身のSS級相当探索者。まあ今はあまりに早すぎて世間には広まっていないようだがそれも時間の問題だろう。君のおかげでこの村にも人が増える事になるだろうさ。まあ色々と問題も起きるだろうが、差し引きで考えれば明らかに村にとってはプラスの話だ。何より一国の国王ですら尊重せざるを得ない君をたかが片田舎の村の村長に過ぎぬ私が蔑ろにする訳にはいかないだろう」
スレイの言葉にレイルが理路整然と反論する。
スレイは苦笑しながら頷きつつも、すこしばかり遠い目になる。
「この村には、あまり変わって欲しく無いんですけどね……」
どこか寂しさすら漂わせるその言葉にレイルは述べる。
「世の中に変わらぬ物など無いよ。まあ君程一気に劇的に変わる例は流石にそう無いだろうが」
「いえ、分かってはいるんですが。まあ、少しばかりの未練です」
レイルの言葉に苦笑して答えるスレイ。
スレイ自身、自分がこのような感慨を抱いた事に驚いていた。
そんなスレイの様子には気付かずレイルがスレイを先導するように扉に向かう。
「それでは玄関まで送ろう」
「はい」
後に続くスレイ。
1階まで下りて来た2人に気付いたミレニアムが声を掛ける。
「あら?スレイくん、もう行っちゃうの?久しぶりに何か手作りのお菓子でも振るまいながらお話しようと思ったのに」
どこか残念そうなミレニアム。
「ミレニアム、スレイ君も忙しい身だ、そう我侭を言う物では無い」
「また今度寄らせて頂きます、その時には是非」
ミレニアムを嗜めるレイルと、ミレニアムにお辞儀するスレイ。
「そう、それならその時はミレイも一緒にね」
「はは、まあお手柔らかに」
スレイは苦笑すると、玄関の扉を開き振り返る。
「それではこれで失礼します、またいずれ」
優雅に一礼するスレイにレイルとミレニアムの2人がそれぞれ声を掛けた。
「ああ、また何時でも寄ってくれたまえ」
「絶対また来てね、色々と聞きたいこととかもあるし」
スレイは軽く笑いながら頷きそのまま踵を返した。
村長の家を後にした後、スレイは自分の家に向かい歩き出す。
今度は仕事に戻ったのだろう村人達は寄って来なかったが、それでもまだ若い少女達や子供達が結構な人数集まってきて、適当に少女達を口説いたり、子供達と遊んでやったりしつつのんびりとスレイは実家へと向かっていた。
まあスレイにしてみればこの村からシチリア王国の王都までも一瞬で転移できるのだからこの程度は問題無い。
ただ相変わらずディザスターやフルールは絶妙に力を使いスレイ以外の誰にも指一本触れる事を許さなかったがそれも問題無いだろう。
それよりもスレイは実家に近付くにつれ、少しずつ足取りが重くなるのを感じる。
両親の事を思い出す。
親として過不足なく愛情を注いでくれた相手だ。
自分も親として家族愛を普通に抱いている。
だがその性格と教育方針は少しばかり変わっていた。
いやかなり変わっていた。
まず性格だが大らかと言えば聞こえが良いがあまりにも大雑把。
本当に器が大きいというより底が抜けている感じだ。
今もきっとスレイがSS級相当探索者になった事や神獣という事に公にはされているディザスターとフルールを連れて帰っても昔通り何ら普段と様子を変える事は無いだろう。
そして教育方針。
こちらはなんと言えばいいのか分からない。
家の中では両親揃って親馬鹿と言って良い程で、スレイに対する構いっぷりは半端無い物だった。
ところが家の外の事となると全くと言って良い程気にしない完全な放任主義。
家の外でスレイが何をやっても、そう例えば昔森の奥にゴブリン達が住みついた時、スレイ達が森の中に入った事で他の大人達が酷く叱る中、スレイの両親だけは大らかに笑って、まあ男の子は少しぐらいヤンチャな方が良いと言って済ませた。
他の大人達がそんな両親に命の危険だったと言って聞かせても、そりゃあ死んだら無理矢理生き返らせてでも殴って泣いて思いっきり怒ってとてつもなく悲しかっただろうけど、無事だったんだから問題無いと言ってのけた。
その時の他の村人達の反応は見物だったが。
何はともあれ、ともかく酷くズレている。
それだけはスレイも子供の頃から分かっていたようなそんな両親だ。
多分今回帰っても、昔何時も家に帰っていた時のように何て事もなくただおかえりなさい、とだけ言われるのだろう。
今のスレイにとってみても分からない存在だ。
だから少しばかり足取りも重くなる。
まあ両親がどんな精神構造をしているのか今のスレイならば“識”ろうと思えば“識”る事は出来るのだが、流石に両親相手にそれをする気にはならない。
それもまた足取りが重くなる理由だった。
とは言え特に広い訳でもない村の中。
すぐにスレイは実家の前へと辿り着く。
在る場所は本当に何の変哲も無い場所で、両隣や向かいにも他の村人の家々が建っている。
建物自体も他の村人の家と全く変わらないごく普通の物だ。
なんら変わった事の無いこの家に住む両親だけがかなりの変わり者。
昔は家の中では自分だけが常識人だなどと思っていたが。
……流石に今では自分が一番の非常識か。
スレイはそう自覚し苦笑いする。
軽く頼んで周囲に集まっていた少女達や子供達には去ってもらう。
そうしてスレイは家の扉をノックする。
「はーい、どなた様ー?」
家の奥から若々しい女の声が聞こえてきた。
「俺、スレイだ」
端的に告げる。
あまりに端的な台詞だがあの両親ならこれで充分なのだ。
「あら、スレイ?お帰りなさい、早く入ったらー?」
軽く掛けられた予想通りの言葉に、少しばかり脱力しつつスレイは扉を開き家の中へと足を踏み入れる。
そこにはテーブルに座る2人の男女が居た。
当然スレイの両親だ。
まずテーブルの上で何やら手作業で籠を作っている、黒髪黒瞳の20代後半にしか見えないようなどこかディラク風の整った顔立ちをした柔和な表情の優男。
これがスレイの父親であるシリュウ。
ディラク人とシチリア人のハーフで、ディラク風の様々な工芸品を作り、それを村人や時折外から来る商人に売って生計を立てている。
ここらの田舎ではその珍しさもありかなりの売り上げで、スレイの家はそれなりに裕福であった。
今もテーブルの上には現在作っている籠以外にも色々な完成品や材料が並び埋め尽くしている。
シリュウは軽くスレイの方に顔を向け優しい表情で述べる。
「おかえり」
そしてそれだけでまた籠作りに戻ってしまう。
全く以って昔通りの通常営業だ。
スレイはやはり苦笑してしまう。
そして仕事の邪魔にならないよう少し離れた席に座り、ここらでは珍しいディラク風の湯のみで間違い無くディラク風の茶を飲んでいるだろうやはり黒髪黒瞳の背中まで伸ばした長髪のそれこそ20代半ばにしかみえない大陸風の顔立ちの美女。
スレイの母のリンだ。
彼女はディラク人の祖父を持つディラク人とシチリア人のクォーターだ。
血は薄いがやはりディラク風の作法などに詳しく、村の母親達の会合などでもなかなかの人気を誇っている。
リンはスレイ達の方を向いてにこやかに笑って言った。
「あら?その仔達がスレイが飼っているって噂のペットちゃん達なのね。可愛い狼さんとドラゴンさんね」
ディザスターとフルールの事をただそれだけで終わらせる。
流石に驚いた様子のディザスターとフルール。
彼らもまたスレイの両親について“識”る事など容易かった筈だが、重要なのはスレイの魂なので、血縁など気にしていなかったのだろう。
しかし自らの両親ながらこの若々しさはやはり可笑しいと再認識する。
何にせよスレイの大陸では珍しい黒髪黒瞳はこの両親から引き継いだ物で、スレイの大陸風の顔立ちはディラク人としての血の薄さを考えれば必然だろう。
だがスレイも慣れた物なので何も気にせずたった一言返した。
「ただいま」
これがスレイの久しぶりの両親との再会だった。
それからスレイが席に着くと同時。
リンが折角息子が帰ってきたのだからとシリュウを嗜め、籠作りを中断させる。
のみならずテーブルの上に在った作業道具を素早く片付けてしまった。
そんな様子を見ながらただ穏やかな笑みを浮かべているシリュウ。
思えばスレイの両親は昔からこんな感じであった。
どちらも柔らかい物腰で優しい雰囲気だがタイプが違う。
シリュウは無口でいつどんな時でも優しく笑っているようなそんな男だ。
しかし数少ない口にする言葉は常に的確で、そして必要と思った事は果断に実行する。
リンは穏やかな口調ながら口数が多く、そして何よりも常に行動が早い。
拙速を尊ぶを日常で地で行っている感じだ。
正直このような両親からスレイの様な子が生まれたというのは不思議極まりない。
過去のスレイであっても現在のスレイであってもだ。
とはいえスレイの場合魂の影響がかなり大きいのでそれが原因なのだろうが。
そんな2人だがこれで結婚した時にはかなり情熱的な物語があったらしい。
唯一ディラク島と交易を持つシチリア王国。
そのディラク島との交易をメインに発展した港町の豪商の家に生まれた娘が母リンだったらしい。
逆にシリュウは、シチリア王国との交易を行うディラク島の港町で、シチリア王国へと輸出するディラク伝統の工芸品を作っていた家の息子だった。
2人が出会ったのは丁度シリュウが家を継ぐのを認められる程の腕前を持ち成人した時期。
リンもまた成人し、豪商の娘という事で家をより発展させる為に会った事も無い相手を許婚に決められた時だったらしい。
そんな時、豪商の家と直接取引し商品を卸していた職人であるシリュウの父親に連れられ、シリュウは挨拶の為にシチリア王国の港町の豪商の家へと訪れた。
職人の家を継ぐ前の顔見せの意味だったらしい。
そして2人は出会った。
互いに一目惚れ……だったそうだ。
正直シリュウの性格からは信じられないが、何がなんでももう一度、しかも今度は2人きりでリンと会いたいと。
例え無意味と分かっていても片思いだろうと自分の想いを伝えたいとシリュウはリンの部屋に忍び込んだらしい。
いったいシリュウのどこにそれほどの情熱があったのか。
何より豪商の邸宅に忍び込むなどという無理をどうやって成し遂げたのか。
聞くと帰って来るのは照れの欠片も無い、「愛の力だ」という言葉のみ。
だが輪を掛けてリンは凄かった。
リンもまた一目惚れしたシリュウに再会する為、何より顔も知らぬ婚約者との婚約の解消とそしてシリュウと結婚する為に、それはもう口にするのも躊躇われるような悪どい事を考えていたらしい。
幸い豪商である父の後ろ暗い所など知り尽くしている。
後はどうやってシリュウに惚れてもらうか。
そんな事を考えていたところにシリュウが彼女の部屋へと忍び込み、そして想いを伝えて来た。
歓喜したリンの行動は実に拙速にして大胆不敵だった。
彼女はシリュウに対しすぐに駆け落ちを持ちかけたのだ。
流石にいきなりの展開に困惑するシリュウを余所に、彼女は父を脅迫する為の証拠を掻き集め、それを証明できるだけのいくつかの物と同時に、シリュウの実家との繋がりを切ったらそれを公開するという手紙を残し、あっという間に旅支度を整えシリュウと共に駆け落ちしたらしい。
まあシリュウからすればあまりに怒涛の展開すぎて、まるで自分が誘拐されたかのようだったと苦笑して言っていたが。
男と女の立場が全く逆である。
何はともあれそのままあっさりと2人は逃亡に成功し。
これもまたシリュウが言っていた事だが、旅などした事も無い自分に対し、リンは豪商の娘にも関わらず実に手馴れていて、しかも追っ手さえもあっさりと撒いてみせ、いったい何時何処でそんな経験を積んだのかシリュウにも未だ謎らしい。
リンは謎が多い方が女は魅力的でしょう、とにこやかに言うだけで決して何も語る事は無い。
そしてそんな2人が辿り着いたのがこの、まず追っ手からも見つからないだろうと思える本当に片田舎の村、トレス村であった。
リンは村長との交渉であっさりと居住権を得たばかりでなく、持ってきた様々な資金源となる物を使い生活基盤を整え、そしてその話術であっさりと村人達に溶け込んでしまったらしい。
今でも村長の家との繋がりがそれなりに深いのはその時の名残だ。
そんなリンばかりでなく、村の収入源としてはかなり大きな役割を果たすディラク風の工芸品を作れ、温和な人格者であるシリュウも村では慕われるようになる。
故にシリュウとリンは村長以外では村の者達に非常に頼りにされている。
だからスレイとミレイも親しくなった。
実はフィノがミレイと親しくなったのはスレイ経由である。
ディラク風の工芸品を商品とするなど、かなり目立ってリンの父親に見つかりそうな物であるが、駆け落ち後もこんな交通の便も限られた村から、いったいどうやってか散々父親に脅しを掛けたらしく、問題は無いと言っていた。
本当にリンは謎に満ちていた。
何はともあれ、そのような経緯で大恋愛の末に結ばれた2人の仲は今でも良い。
というか今でも新婚夫婦そのものだ、馬鹿ップル丸出しである。
昔から見てきては居るが流石にこれは、とスレイは出されたお茶を飲みながら、目の前の2人を見て呆れを隠せない。
どうやらスレイが村を離れてからも2人の仲は変わっていないようだ。
片付けたテーブルに並んで座った2人は見ていて目の毒になりそうな程にイチャイチャとしている。
何やら足下のディザスターと右肩のフルールが唖然としているがスレイは気にしない。
繰り返すがスレイにしてみれば生まれた時から見慣れた光景だ、耐性がある。
何より両親が仲が良いというのは子にとってみれば喜ぶべき事だろう。
そう考え、スレイはゆったりとお茶を啜った。
「ところでスレイは何時まで村に居られるのかしら?あ、そうそうミレイちゃんやアリシアちゃんには会った?あの娘達ったらスレイを追いかけて探索者になるってクリスさんやアースさんに弟子入りしちゃったのよ?」
シリュウの腕に抱きつくようにしていたリンがにこやかに問い掛けて来る。
シリュウは妻の接触を受け止めつつ、スレイに対しただ問い掛ける様な柔らかな視線を向けてきた。
そんな様子を半ば呆れて見つつもスレイは答える。
「いや、村からは今日中に出るつもりだし、ここに居られる時間も長くないかな。もともとクリス師とアース師に大事な用件が有っての一時的な帰郷だし。あとミレイやアリシアにはまだ会ってないけど師達のところで会えるんじゃないかな?」
スレイのその言葉にシリュウもリンも僅かに残念そうにしつつも表情はにこやかなままだ。
ただリンは名残惜しそうにしつつシリュウから腕を離し立ち上がる。
「そう、残念ね。折角今晩は豪勢な夕食にしようと思ったのだけど、用事があるんなら仕方無いわね。それじゃあ作り置きのお菓子があるからせめてそれは食べていきなさいな。昔のスレイの好物よ。そちらの狼さんとドラゴンさんも食べられるのかしら?」
「ああ、問題ないよ」
『ふむ、主の好物か。それは興味があるな』
「あー、僕も僕もー」
「あらそう?それじゃあたっぷり有るからいっぱい食べて頂戴ね?」
ディザスターの念話にもフルールが喋った事にも全く驚きを見せず、すぐさま厨房の方へと赴き、保存場所からお菓子を本当にたっぷりと持ってきてテーブルに並べるリン。
まあ、今のスレイならそれこそ幾らでも食べられるので問題無いのだが。
ところで、とリンは切り出す。
「スレイはミレイちゃんとアリシアちゃんのどっちが好きなのかしら?それとも別な女性?色々と噂も聞くし。浮気は駄目よ?」
にこやかに言ってくるリンにスレイは無意味な自信を以って胸を張り告げる。
「勿論ミレイもアリシアも好きだし、他の女達も大好きだ。浮気じゃなく全員に対して本気だよ」
あまりにも堂々とした馬鹿げた宣言。
瞠目したリンはしかし落ち着いた声であっさりと言う。
「あらまあそうなの、本気なら問題ないわね」
その答えに、それぞれ床とテーブルの上で皿に入れられ出されたお菓子を食べていたディザスターとフルールがポロッと食べかけのお菓子を落とす。
「大きくなったな」
何やら目を細めてスレイをみやりやわらかく頷くシリュウに、ディザスターとフルールは口を開けて固まる。
いやそれが普通の両親の反応なのか。
さしものディザスターとフルールを以ってしても、力を意識的に抑制している現在、驚愕を隠せずにいる。
「まあ何せ俺の夢の一つは全ての美女・美少女を、勿論他の男の女は除くけど、全員俺の物にする事だからね」
リンは両手を打ってにこやかに笑う。
「あら、それは孫がとても沢山で楽しそうね」
シリュウは目を細めた。
「大きくなったな」
いやいや違うだろう、とディザスターやフルールが心の中で突っ込んでいる間にも、ズレた親子の会話は続く。
「そういえば他の夢ってなんなの?」
何気なく聞くリン。
するとスレイはどこか自慢げに胸を張って答えた。
「最強、あとはただそれだけだよ。神だろうと邪神だろうと何もかも全てを敵に回そうと俺が勝つ、絶対の勝利者さ」
子供のように、いや実際シリュウとリンにとっては実の息子なのだが、どこか幼い、普段スレイが浮かべる事など有り得ない表情で宣言された夢に対する両親の反応は実にあっさりとしたものだ。
「あら、それは凄いのね。大変そうだけどスレイなら絶対に大丈夫ね」
にこやかにあっさりと肯定してみせるリン。
「大器だな」
柔らかくそれだけ告げるシリュウ。
どちらも全く否定の姿勢を見せない。
むしろ当然の様にそれが叶うと肯定してみせる。
「だろう?」
スレイもただ楽しげに笑うだけだ。
その後もお茶を飲みお菓子を摘みながら、色々な話題が続く。
その全てがディザスターやフルールをして思いっきり突っ込みたい衝動に駆られる程にズレた物だった。
そして山ほどあったお菓子を食べ終わったスレイ。
リンは驚いたように言う。
「あら、スレイってば凄く大食いになったのね」
「まあ、身体が資本だからね」
「確かにそうだな」
リン、スレイ、シリュウの会話にディザスターとフルールはやはり心の中で突っ込みを入れる。
大食いとかいうレベルでは無いだろうと。
既に身体と食事は関係無いじゃないかと。
何故そこで穏やかに肯定するのかと。
そんな二匹の心の声は届かず。
いやスレイには届いていても無視される。
そしてスレイは椅子を引き立ち上がりながら告げる。
「それじゃあそろそろ師達のところへ行くよ。結構重要な用件だし、それに何よりミレイやアリシアとも会いたいしね」
僅かに残念そうにリンが言う。
「あら、残念ね。もっとお話したかったんだけど。また何時でも帰って来なさいね」
残念そうではあるがちっとも寂しさは感じられない言葉。
また会えるのが確定しているかのような調子だ。
「またな」
シリュウに至ってはただこの一言だけ。
そのままスレイは扉へと向かっていくが、2人は椅子に座ってイチャイチャしながら優しい瞳で見送るだけだ。
慌ててスレイを追いかけるディザスターとフルール。
「ああ、それじゃあ行ってきます」
スレイもまたそれだけ言うと、軽く本当にそこらの近場に出掛けるだけのような調子であっさりと家を出た。
家を出たスレイは流石にまた村人の相手をするのも面倒臭くなったので完全に誰にも己を知覚出来ないようにした上で、人の居る場所を避けて通る。
ディザスターやフルールもスレイの意思を汲み取り、同じく完全にどのような存在からも知覚外の状態へとなっていた。
しかし、とスレイは呟く。
「父さんと母さんは気付いてなかったみたいだが、俺も9ヵ月後には兄になる訳か。そうなるとちょくちょく妹の様子は見に来ないとか」
『うむ、めでたい事だな』
「あのお母さんからなら可愛い娘になるよね」
スレイに追随するディザスターとフルール。
3人共、家の中に入った時点で既にリンの中に新しい命が芽生えている事に気付いていた。
まあ、妊娠して1ヶ月にも満たず、更には妊娠を判別するような方法など魔法か魔導科学の装置に頼るしか無い文明進度だ。
こんな片田舎の村にそんな装置がある筈も無く、またアースもそんな細かい魔法も身に付けてなどいない。
そして調べようとすればそれこそ王侯貴族や大商人か一流の探索者でもなければ出せないような値段になる。
2人が気付いて無かったのも当たり前の話だが。
「しかしまあ、ふと気付いたんだが、母さんの胎内なんだが、俺の影響かやたらと濃い闘気と魔力が満ちていたな。とりあえず軽く“視”て妹に悪影響は無いと判断したから深く“識”ろうとはしなかったんだが、いったいどんな娘になるんだろうな」
『まあ所謂天才という奴になるだろうな、しかも規格外の。まあ主のような特殊な“天才”とは全くの別物だが、かの伝承に残る我らがこの世界に来訪する前に暴れた邪悪な魔術師ぐらいの才能をあらゆる分野に発揮するんじゃないか?』
「規格外、って奴だね。まあスレイに比べたら話にならないけど」
スレイは今回リンを見て気付いた、リンが自分を生んだ事による影響に気付き、それについて口にしていた。
とりあえず未来の妹に悪い影響が出ないかぐらいは調べたが、それは問題無かったので詳しくは調べていない。
ディザスターやフルールは口々に間違いなく規格外の存在になるだろうと告げる。
「ほう、なるほどな。まあ俺の魂に混ざる美神の魂の波動の残り香みたいな物もあったし、とびっきりの美人になるといいんだが」
『……主は実の妹も守備範囲なのか?』
「流石に節操無いんじゃない?」
呆れたようなディザスターとフルールにスレイは肩を竦める。
「何を言う、禁断の関係というのもそれはそれでいいだろう。まあ相手がとびっきりの美人で、なおかつ本気で自分を異性として慕ってくれている場合に限るが。何よりしょっちゅう会いに来て自分好みに育てられそうというのは大きい。だからまあ、とっとと邪神共の問題は終わらせちまわないとな」
『ついでのように言われては同じ邪神として立場が無いな』
「というか本気でスレイって何でもアリだよね」
もはや諦めたようなディザスターとフルールの台詞だがスレイは気にしない。
スレイにとって重要なのは自分が楽しいか否か。
あとはそれが世界にとっての利になるかだ。
しかもその世界というのはこの星のみならず、ヴェスタに存在するあらゆる星々、いや無数の宇宙。
更にはヴェスタの外、無限を超えた超々×∞無限次多元外宇宙と虚無で満ちた果てなき果てたる最外層に到るまでの全ての世界の事だ。
世界によって価値観から倫理観その他様々な理が異なるから一概に考えるのは問題に感じられるが実は問題無い。
スレイは場合によっては戦争も謀略も許容する。
何故なら戦争も謀略も何もかも、知的生物が行う試行錯誤、進化への道程だからだ。
そこに過剰な干渉をするなど超越者としては有り得ない。
それは人間という種族が持つ「無限を超えた可能性」を阻害する行為に他ならない。
とは言え、自らにとっての大事な者達が危険に晒されるようなら当然全てを捨て置いて大事な者達を守る。
或いは自分の嗜好で問題にならない程度の多少の干渉はする事もある。
なにはともあれそういう例外を除けば世界にとって問題になるような干渉ならば自重する。
それが“現在”のスレイが考える超越者というモノだ。
という訳で逆を言えばその範疇を超えない範囲に置いてはかなり好き勝手するつもりな訳だが。
「とは言えこの調子なら妹は星暦11111年生まれとなる訳か、ぞろ目とは幸先が良い。っとそういえば星暦について“識”って分かったんだがこの星の産みの親は星母神ライアと言うのだな。他の神々が創造して放置していた様々な種族を保護し、文明を与えたのもこの女神だとか。ついでに言えば今は眠りに付いて誰にも知られず欠番なだけで消滅もしていないんだな」
『む、ふむ。確かにそのようだ』
「へー、面白そうな神様なの?」
スレイの言葉に興味を示し早速“識”って納得するディザスターとどのような神なのか尋ねるフルール。
「どうやら相当包容力のある女神らしいな、神々としては職業神ダンテスと並ぶ人格者だろう。眠りについた原因がこのヴェスタ中に存在するあらゆる宇宙の星々の生物にその力を注いだ結果だから推して知るべしだな。この星の星暦の始まりもその女神の降臨からだ、面白そうだからその内復活させてみるか」
『ふぅ、主の事だから理由は分かり易いが』
「また自分の女にするつもりなんだ」
肩を竦めて笑みを浮かべるスレイ。
「何にせよダンテスと言いライアと言い相当に人間寄りな価値観を持った人格者だな。俺としては好みだが。癒神イアンナも人格者ではあるのだが慈愛が深すぎてどんな者にも情を掛けるからな。他の神々は超越者の常としてあらゆる存在に平等だし、ミューズはオメガつまり俺にしか興味を持たない、オルスとギルスは逆に性根が歪み切ってる、人格だけならシェルノートやトリニティの方がオルスやギルスよりよっぽどまともだ。特に裏の組織が大きな勢力を持てないのはダンテスによるところが大きい、何せ裏の人間が探索者の人材を量産しようとしても、探索者になるのは誰にでも出来るが裏の人間をクラスアップさせる事はダンテスが許さない。だからライナやミネアの師匠みたいなドロップアウト組しかトップクラスの探索者は裏の組織には居ない訳だ。まあ当然ミネアは表に出てきた時には既に探索者でレベルも高かったがクラスアップはしてなかった訳だが、裏から抜けた事で一気に転職した訳だ」
『どうした主、いきなり長々と講釈を垂れて、何かあるのか?』
「うん、特にダンテス辺りの話が長かったけど、探索者について何か?」
自らの知識を整理するように述べ立てたスレイは、ディザスターとフルールの疑問にニヤリと笑う。
「いや、そう言えばミレイやアリシアの才能ってんはどの程度のモノだろうな?と思ってな」
敢えて全く“視”ずに、想像を膨らませて楽しみにしているその事について言及してみる。
『む、どうしてだ?』
「何かあるの?」
当然の様に疑問を口にするディザスターとフルール。
「いやな、もし既に基本が出来てて問題無い様であれば、この大陸北方の備えを終えたら、ついでに迷宮都市に連れて行ってシズカ辺りとパーティを組ませるのも良いんじゃないかと思ってな。シズカもソロでやっていけるぐらい才能豊かな奴ではあるんだが、当然パーティを組んでいた方が無茶はしなくなるだろうし。俺の知り合いで一番まだ低レベルなのはあいつだしな。まあ当然ミレイやアリシアの装備は俺が特製の物を造って更に安全には気を配るが。それにシズカの奴も武器は良いが防具の方は多少こちらで弄らせてもらうかな」
軽く自分の考えを口にするスレイ。
『なんとまあ』
「ほえー」
しかし唖然としたようなディザスターとフルールの反応に眉を顰める。
「何だその反応は?」
『いやまあ、主も常識的な範囲での気配りというのを出来たのかと』
「うん、スレイの場合気配りは出来ても、ちょっと人の規格からは大きく飛び出してるイメージだったし」
「ほう」
スレイには常識が無いと思ってたと言う意味の事を述べるディザスターとフルールに軽く片眉を吊り上げるスレイ。
だが特に睨む事も無くニヤリと笑ってみせる。
「まあ残念だが常識の範囲外での気配りになるかもな?とりあえずシズカのディラク刀の小太刀を基準に考え、シズカの戦巫女の装束にはオリハルコンの操糸術の応用でオリハルコンの糸を無色透明にした上で万遍なく縫い込むつもりだし、リリアにプレゼントした指輪と首飾りの両方の機能を魔法付与するつもりだしな。当然ミレイとアリシアの武器も最初からオリハルコン製にするつもりだし、防具に関しては全てオリハルコンで造り上げてやはり同じ魔法を掛けるが」
『……確かに常識の範囲外だな』
「過保護だよ」
「自分の女に対して過保護になるのは当然だ」
スレイはディザスターとフルールの言葉を逆手に取って皮肉って見せ、更にはあっさりと笑ってみせる。
『しかし素材のオリハルコンはどうするのだ?主がその手で創造するのか?』
「他にも別の物質から変換させるとか、ある場所から召喚するとか幾らでも方法はあるだろうけど、どっちにしても今のスレイの方針からすると、それってあまり良くないんじゃないの?」
心配げなディザスターとフルールに軽く笑うスレイ。
「そんな物、直接採って来るに決まってるだろう。オリハルコンが採掘出来る誰もしらないレアポイントも俺は“識”っているし、採掘も軽い物だ。或いはオリハルコンで身体を構成したモンスターやオリハルコン製の武具を装備したモンスターが出る特殊な未知迷宮で狩りでもするって手もあるし。まあ今回の場合は時間と手間も考えて前者にするつもりだが」
『ほぅ』
「なんだ、ちゃんと考えてたのか」
スレイの言葉に感心した風なディザスターとフルール。
それに呆れたようにスレイは肩を竦めてみせる。
「当然だろう、俺を誰だと思ってる」
『……凄まじい自信だな』
「でもそれが実を伴ってる辺り逆に性質が悪いよね、スレイって」
スレイの絶対の確信を込めた台詞にどこか呆れたようなディザスターとフルールの反応。
スレイは軽く片眉を上げる。
「心外だな、この程度の事に自信も何も持つ必要は無い、出来て当然なんだから」
『……』
「……」
あっさりと言い放たれた言葉に流石に沈黙するディザスターとフルール。
スレイは気にせず続ける。
「まあしかし、武器についてはミレイとアリシアの戦闘スタイルを見てからだな。いったいどんな戦闘スタイルを選んだんだろうな?まあ師達も仮にも元A級相当探索者、自分達の専門外の戦闘スタイルであろうと基本程度は軽く仕込めるだろうから問題無いが、わざわざ“視”ないようにして楽しみに残してあるんだ、早く見てみたいな。それに基本が完全に出来てなければ迷宮都市に連れて行く訳にもいかないしな」
『それよりも主、アリシアというのは迷宮都市に連れて行っても問題無いのか?』
「そうそう確かスレイよりも年下なんでしょ?」
軽くミレイとアリシアがどのように戦うのか思いを馳せていたスレイに、ディザスターとフルールが疑問を投げかける。
「ああ、今14歳だったな。だが問題無いだろう、探索者になるものならもっと幼い者もざらに居るし、この村でもその年頃から大人の仕事を当然のように手伝い既に成年扱いだ。後はアリシアに来る気があるかと、来る気がある場合はアリシア自身でアリシアの両親を説得する必要があるくらいだな」
なんだそんな事かと軽く肩を竦めるスレイ。
「それよりほら、あれがクリス師とアース師の家だ。丁度良い事にどうやら今2人はクリス師の家で師達と模擬戦をしているようだな。気付かれないよう入り込んで観戦させてもらうとするか」
『よいのか?』
「いくらなんでも勝手に忍び込むって」
「問題無い、あの2人の家はそもそも何時でも完全に誰にでも開放されてる。とは言え村人の方が恐れ多くて寄り付かないらしいが。ともかく誰にも認識されないように完全に知覚外の存在になれ、行くぞ」
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