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  シーカー 作者:安部飛翔
第7章
プロローグ
 大陸北方の大国シチリア王国。
 その片田舎。
 あまり整備されていない街道の先にはのどかな様子の村が存在していた。
 村の近くにある畑や水田などでは汗を流し働く村人達やそれを手伝う子供達の姿も見てとれる。
 各種農業や狩猟などにより生活を営む平凡な田舎の村ではあるが、流石にここまで畑や水田などが発展しているのには当然理由がある。
 アイスの政策の下、シチリア王国の宮廷騎士団長にして宮廷魔術師団長でもある世界でも数える程しか居ないSS級相当探索者であるフェンリルが、その魔法の才と、他の魔術師達と協力した研究の成果により、このような田舎の村にまで土壌の改善や豊潤な水源などが存在しているのだ。
 ごく一部の地域、絶対凍土をその内に抱える寒冷地帯でも無い限り、このシチリア王国では田舎の村であろうと殆どが生活に困るような事は無かった。
 だが村の外れにやたらと場違いに立派な建物が2つも建っているのは流石にこのトレス村ぐらいだろう。
 シャルロットとアルファと別れすぐにここよりもう少し離れた位置に転移して来たスレイはのんびりと故郷の村に歩いていきながら、首をどこか楽しげな声を漏らす。
「ふぅん?」
『どうした主』
「なんで面白そうに笑ってるの?」
「ん?笑っていたか、俺は?」
 ディザスターとフルールの問いに不思議そうにするスレイ。
 だが確かにその口端は楽しげに吊り上がっている。
 自覚するとスレイは確かに自分が面白いと感じている事に気付いた。
 そしてその理由も理解する。
『ああ、笑っているな』
「スレイの話を聞いていた限り、別に故郷に対して特に思い入れとかがあった訳じゃないと思ってたんだけど?」
「ああ、俺もそう思ってた……つい先刻までな。どうやら俺にも故郷に対し人並みの感慨を覚える程の情緒はあったらしい、それが面白くて笑っていたようだな」
 軽く答えると、ますます笑みを深めるスレイ。
 それは何処か子供染みていて二匹に違和感すら感じさせる。
「まあだが、そんな事はどうでもいいだろう。とりあえずは村に入るとするか」
 軽く告げるスレイ。
 その声に気負いは全く無い。
 故郷でありながら特に村人達と親しい関係は築いた覚えは無いが、別に気にする事では無いと思っている。
 本来今回この地を訪れた用件は2人の師達への頼み事だ。
 だからいっそ、どちらかの家にでも転移で乗り込んでやればいいかとも思ったのだが……。
 まあ、育てて貰った親と世話になった者達への義理は果たすべきだと思い、村長の家への挨拶し、自宅へちょっと立ち寄り、最後にフィノの両親の墓参りしてから、師達の元へ赴こうと考えたのだ。
 実の所、フィノの両親については今となっては少しばかり思う所がある。
 何故なら間違いなく“フィノでもある”ロドリゲーニが躊躇無く殺したからだ。
 間違い無く善良であった。
 自分も良くかわいがってもらった。
 フィノに対しても虐待の気配など欠片も無く、間違いなくそこらの両親より良くしていたと思う。
 だが思い返してみればどこか空虚だった。
 そう、善良な人間であるが故に彼らはフィノに間違い無く与えられる限りの最高の環境を与えたがそこに愛という物が感じられなかったように思える。
 その理由も今では予想が付いてしまう。
 邪神の転生ともあろう物が果たして普通の生まれ方をしたであろうか。
 良く考えて見ればフィノの産婆を務めたというお婆さんもフィノに対しては畏怖の視線を向けていた。
 そう畏怖。
 フィノの両親はフィノを畏怖していたのだ。
 だが恐らくは何かよほどの事があっただろうフィノの誕生、しかしあの小さな村でフィノは普通に受け入れられていた。
 小さな村は閉鎖的なコミュニティだ。
 異物は弾かれる。
 他ならぬスレイがそうだったように。
 それが無かったという事は、決してその何かをフィノの両親は漏らす事無く、産婆にも口止めをしたのだろう。
 人の口に蓋をするなど並大抵の事では無い。
 口止めの為に色々と便宜を尽くした可能性は高い。
 実に善良だ。
 善良ではあっても彼らはフィノに、子供が親に求める最大の物、無償の愛、それだけは与えられなかった。
 無理も無い事だ。
 何せ邪神の転生、誕生時に起こった何かもまた想像を絶する物だったに決まっている。
 あのフィノの過ぎるくらいの活発さ明るさはその反動だったとも今では想像できる。
 だが何にせよもう遅い。
 ともかくロドリゲーニがフィノの両親を殺したのは簡単だ、フィノの両親がフィノをどうしても子供として愛せなかったのと同様に、その所為でフィノもまた両親を親として愛せなかった。
 だから殺した。
 いくら“フィノでもある”と言っても関係無い、邪神たるロドリゲーニにとってみれば人の命など奪っても奪わなくてもどうでも良い物だ。
 例外はフィノにとって間違い無く特別な存在であるスレイとミレイの2人ぐらいの物だろう。
 今のスレイにはこの程度容易く想像出来てしまう。
 フィノの両親に非は無い。
 ただ不運だっただけだ。
 邪神の転生が自らの子としてきて生まれてきてしまったという不運。
 だからスレイにとってみれば間違い無くかわいがってもらい世話になった優しいおじさんとおばさんだ。
 しかし申し訳無いが、優先順位としてはフィノの方が高い為、流石に敵を討ってやるという訳にはいかないが。
 まあそこら辺の謝罪と世話になった感謝を伝える為の墓参りだ。
 ふとスレイは気付く。
 そういえば両親や村長夫婦への土産もフィノの両親へのお供え物も用意していない、と。
 どれだけ頭が良くなろうが俺は俺か。
 そんな事を考えまた少し笑ってしまう。
『主?』
「スレイ?」
 またも不思議そうに問い掛けてくる二匹。
「ああ、なんでもない。……いや違うな、自分の生来の気の利かなさに笑っていただけだ」
 言うと、ディザスターとフルールはどちらも酷く奇妙な表情をする。
「?なんだ?」
『いや、主の気が利かないというのはどうにも賛同できかねるとな……』
「そうだよ、どれだけ女の人に色んな意味で気を遣いまくってるのさ?」
「……言葉も無い」
 思わず絶句し、深く納得するスレイ。
 言われてみればそうだ、そもそも今回だって普段女を口説く時の万分の一でも配慮があれば。
「となると、本格的に俺がどうしようもないだけか」
 くくっ、と笑うスレイを不思議そうに見詰めるディザスターとフルール。
 そして1人と二匹は村の入口へ近付いて行った


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