頷くスレイに対しまだ疑わしげな視線を向けるシャルロット。
その時、話が一段落したタイミングを計ったかのように、今まで静かに佇んでいた戦闘用の魔神が動き出す。
危険は感じなかった為、ただ少しばかり訝しげに視線を向けるスレイ。
ディザスターとフルールも同様だ。
だがシャルロットは魔神の動きの意味が分かっているらしく、特に何の反応も示さない。
何事かと尋ねようとするスレイ。
しかしそのまま魔神は門の内側の少しばかり奥まで進むと、そこで客人を通す道は開けながらもそのすぐ横に佇むように落ち着いた。
「なんだ?」
思わずスレイの口から疑問の言葉が零れ落ちる。
「なんだも何も、あれがあやつの本来の待機場所じゃて。入口のガードという役割を考えれば必然じゃろう?」
「そう言われればそうだが」
『まあ、それもそうだな』
「うん、普通だね」
納得するスレイと、それに追従するディザスターとフルール。
言われたとおり、この魔神の役割が城の入口のガードだと言うのならば、あの待機位置は確かにごく自然な物だ。
ただ単に、あんな代物がガードとして待機する城など見た事も無い為、疑問に思ってしまったが。
だが言われてみれば納得は出来る。
「しかしまあ、これが本来の姿、か……」
『……』
「……」
沈黙する1人と二匹。
思わずシャルロットは問いかける。
「なんじゃ?何か言いたげじゃのう」
「ああ、まあ。予想通り随分と変わった城だなと」
『同じく』
「僕もだよ」
「なっ!?」
あまりの言い草に顔を赤くするシャルロット。
「随分な言い草じゃのっ、いったい何処がおかしいというかっ!?」
「ひたすら人の気配が無い」
『無機物ばかりだ』
「あんな物ばっか居るんでしょ?やっぱ変だよ」
「っ!!っ!!」
何か言いたげに口をパクパクするも、結局は何も言い返せないシャルロット。
その様子を哀れに思って、スレイは助け舟を出す。
「まあ、研究者とは得てして変わった物だ、シャルロットが変人なのも、この城が変なのも当然と言えば当然だろう」
「~~~っ!?」
助け舟どころか追い討ちだった。
目に涙すら溜め、顔を真っ赤にしたままスレイを睨み付けるシャルロット。
ディザスターやフルールと言ったペット達も主に反旗を翻すが如く、責めるような視線を向けてくる。
気にせずスレイは悠々と続ける。
「まあ早とちりするな、研究者としては多少変わったところがあるのも、研究の拠点である城が変なのも当然の事だろう?別に馬鹿にしてる訳じゃない。むしろサイネリアの未熟さも考えれば今までこの世界で孤立してたに等しいヘル王国を支えていたのは実質シャルだ。そのコミュニケーション能力も人望も大した物だと思っているさ……、ただ研究者としての業を嘆いているだけだ」
「……それは喜べばいいのか、怒ればいいのか。また随分と微妙な評価をしてくれるのう?」
顔色を元に戻し、落ち着いた態度になるも、本気で困ったように顔を顰めるシャルロット。
実際、手放しに褒めながら同時に変人と呼ばれれば、誰だってどう反応すればいいか困るだろう。
だがスレイはそんなシャルロットの様子も気に留めず続ける。
「まあ実際、例え闇の種族だろうが危険極まりない物がゴロゴロしてるこんな城に誰も常駐させないのは正解だろうさ。とはいえその研究する為だけの拠点をこんな派手な城にする感性はやはりどうかと思うがな?」
「むぅ……」
完璧な正論に黙り込むシャルロット。
だがやはり不満気な様子は消えない。
スレイは肩を竦めて促した。
「それじゃあ城に入るとしようか?何時までもこうしてても仕方あるまい。それとディザスターとフルール、お前達あとでちょっとお仕置きな?」
「確かにのう」
『っ!?』
「っ!?」
スレイの言葉に頷くシャルロットと、露骨に動揺の気配を漂わせるディザスターとフルール。
「?」
動揺するディザスターとフルールを見てシャルロットが胡乱げな眼差しを向ける。
「邪神と時空竜ともあろうものが動揺を周囲に悟らせるとは?」
だがディザスターとフルールは硬直したまま何も答える事は無く、スレイもまた僅かに口に笑みを滲ませるのみだった。
「それじゃあ行くぞ」
「む?うむ」
スレイに促され、共に足を進めるシャルロットとディザスターとフルール。
そして城のロビーに入ると同時。
「ほう」
スレイは感嘆と呆れを滲ませながらもどこか楽しげな声を出す。
入って早々実に見事な内装であった。
飾られた美術品。
その造り。
どれもが一流の芸術家の手を感じさせ、豪華でありながら、決して嫌味にはならない調和の取れた雰囲気を醸し出している。
とても研究の為だけに造られた拠点とは思えない。
感嘆はこの調和の取れた美しさに対する物。
呆れは研究の為だけにこんな城を造ったシャルロットに対する物。
そして楽しげな声はあちらこちらの壁に張り付くこのロビーの調和崩すモノ達に向けられていた。
どこか巨大な昆虫を思わせる姿の、大体全長50センチ程のやはりオリハルコン製の魔導機械。
これが恐らくは清掃用などの生活補助用の魔神なのだろう。
なるほど、ガード用の魔神と比べて戦闘能力は比べるべくもないとスレイには刹那に分かるが、同時に使われている魔導科学の水準は同等と見て取れる。
なるほど見事なものだな、などと呑気に考えるスレイ。
その時、センサーの役割を果たしているのだろう目に当たるだろう部分。
こんなところまでデザインに凝らなくていいだろうにと、スレイは呆れるが。
その目が赤く光り、スレイ達を見据えた。
「スレイッ!!」
警告するようなシャルロットの叫び声。
だが無用の心配と言う物だ。
何故ならもう既に終わった。
この魔神相手というのは、魂の力の流れの吸収を意識して遮断しなくて良い分、倒すのが楽で良いなと思う。
魔神達の赤く光った目が、青い穏やかな光りへと変わった。
「はっ?」
いきなりの事態に意味が分からず唖然としているシャルロット。
どうやらこの反応を見るに、目の色で魔神の状態をある程度の判別は出来るらしい。
全くの無駄な器官ではなかったか、と思いつつ、スレイは理解できてないシャルロットに説明する。
「あのな?こいつらだが、もうとっくに一度斬って再生させたぞ」
「はっ?なっ?どうやって?……ああ、そうか、そういえば先程もそうじゃがスレイが加速すれば妾には見る事など出来なかったの」
「いや、加速なんてしてないぞ?だいたいこいつら光速を超える程度の機能も備えてないだろう。ただ概念操作と魔法を組み合わせてちょっと攻撃しただけだ」
「なっ?……」
勝手に1人で納得したのを否定し、正確な説明をすると、シャルロットは絶句してまたも口をパクパクとさせる。
ふむ、魚みたいなこの動作も美女がやると可愛らしささえ感じられるな、などと思いつつ、スレイは首を傾げてシャルロットのその姿を堪能した。
「ど、どこまでもお主は……」
ようやく落ち着きを取り戻すも、今度は呆れ果てたような視線をスレイに向けてくるシャルロット。
失礼な話だと思いつつもスレイはシャルロットに報告する。
「まあ弄られていた識別機能も当然直しておいた、とこれは見れば分かる話だな。あのセンサーアイが青く光っているのは問題の無い相手だと識別している証だろう?あと猿が色々と余計な機能を追加していたからそれは排除しておいたぞ。しかし分からんな、何で召使代わりの魔神にわざわざ敵味方を判別するような識別機能など元々付けていた?特に相互連携を取るような通信網がある訳でも無い様だし、ガード用の魔神はこの入口とその重要な研究室の手前の二体のみ、という考えで設置してあるんだろう?まあセンサーをわざわざ目のデザインにしてるのはセンスの問題として、そもそも敵性存在に反応する識別機能が必要な理由が理解できん。ただ周囲を把握さえできていれば役割は果たせるだろうに」
「……」
本気で疑問に思い尋ねるスレイ。
するとシャルロットはまたも頬を赤く染め黙り込む。
どうも昨日からこっち、自分はシャルロットのこういう姿を見る事が多いなとスレイは思う。
恐らくは他の者達、長らくシャルロットを知る闇の種族の者達でさえ、こんなシャルロットの姿など見た事も無いだろう。
そう考えると自分の立場が特別と言えるので、ここは優越感にでも浸っておこうかと、答えを待つ間ズレた事を考えた。
そうして暫く待つと、ようやくシャルロットは何やら答えを返してくる。
「……虫などを排除するのに付けた機能じゃよ」
「……は?」
ごくごく小さな声で呟かれた言葉。
だがほんの僅かでもそれが空気を振動させたならスレイが聞き逃す筈も無い。
いや空気を振動させずとも唇の動きだけで充分だ。
しかもその動きが崩れて本来なら解読不可能な動きであろうと、スレイはその動きを命じた神経伝達の流れまで読み取り、それが何を意味するか再現して理解できる。
当然目で見る必要も無い。
だからスレイが発した疑問の声は再度尋ねる意味では無い。
ただ少しばかり唖然とさせられたのだ。
精神制御は相変わらず完全であるにも関わらず。
それだけシャルロットが呟いた言葉はシャルロットに不釣合いだった。
しかしシャルロットは聞きなおされたと勘違いしたのだろう。
今度は大声で先程と同じ内容を叫んでくる。
「じゃからっ、虫などを排除する為に付けたのじゃと言っておる!!」
「い、いや。それは分かったが」
睨むようなシャルロットの視線を受け、スレイは少しばかり首を傾げて考え込む。
出てきた言葉は自分でも少しばかり間抜けと思うような物だった。
「虫、苦手なのか?」
「ああ、苦手じゃよっ!!悪いかのっ!?」
「いや、悪くは無いが……」
まあ当然の答えだろう。
苦手でなければそもそも先程のような言葉は出てくるまい。
それでも思わず確認してしまう程に意外だったのだが。
どうやら馬鹿にされたと感じたようで、再び怒鳴られてしまった。
スレイにとっては相手の心理操作とてお手の物の筈なのだが、特定の相手、特定分野となると突然こういうポカをやらかしてしまう。
どうにも上手くない。
内心苦い思いを抱きつつ、話を逸らすように質問する。
「苦手なのは分かったんだが、敵性因子として識別させる必要がある程の事なのか?普通の清掃で排除されそうな物だと思うが」
「それでは足りんのじゃよっ!!」
再び怒鳴るシャルロット。
話を逸らしたつもりが、逆に深く踏み込んでしまっている。
いや、よく考えれば結局は繋がっている内容なのだから、こうなるのも当然予想可能だった筈なのだが。
やはり上手くない。
先程よりも苦い感情を覚えるスレイ。
そんなスレイを余所に勢いづいたシャルロットは怒涛の如く告げる。
「確かに普通ならばそこまですることは無いであろうなっ、妾の造った魔神の性能は完璧じゃからのっ、それが普通のレベルの館などであれば何もそこまでしなくとも虫一匹の存在も許さなかろうてっ!!じゃがのっ、ここまで巨大な城ともなれば別じゃったっ!!虫の存在を敵性因子として認識するように弄る前、一度城の中で虫を一匹見つけたあの時、あの瞬間のあの絶望感っ!!だからそこまでしたのじゃよっ!!そしてそれ以来もうあの悲劇は起きておらんっ!!故に妾の判断は正解じゃった!!分かるかのっ!?」
「あ、ああ。充分に良く分かったから落ち着け」
何とかシャルロットを落ち着かせようと肩に手を置くスレイ。
正直に言うと、こんな無駄に大きな城を造ったシャルロットの自業自得だろうと思わないでもないが、それは言わないでおく。
今度こそ空気を読むべきだろう。
あともう一つ。
恐らくこのヘル王国でなければ、これだけ大きな城であってもそんな事は起きなかったんだろうな、と思う。
シャルロットは気付かなかっただろうが、先程見かけた遠くの地面を這う虫。
なるほど、この国の闇の力の影響か、普通の虫とは違う、魔蟲と呼んでもいい代物であった。
まあ、この国だけでなく、他にも闇や負の力に偏った地であれば似たような生体系かもしれないが。
しかしまあ、女探索者の話なども聞いていて思うのだが、何で巨大な虫型モンスターは嫌悪感を抱いても倒せて、こういう小さな虫となるとそこまで過剰反応するのか。
いや生理的な感覚について知識としては分析し理解は出来るのだが、やはりスレイ個人の感覚としては理解できないところだ。
だが何にせよ、何時までもこうしていても仕方無い。
ここで起きた事態は把握しているだろうに、何故か奥の研究室に居る猿は全く動かないようだが。
いや、何故かなどと考えるまでもない。
シェルノートに与えられた知識と力を過信しているのだろう。
それらは決して自らの物で無く、またシェルノートにしてみれば本気でただの暇潰し程度の遊び、少しでも自らの知識欲や好奇心を満足させてくれる思わぬ事態が起きてくれれば儲け物としか考えていないような無数の試行の一つに過ぎないと言うのに。
自分がシェルノートにとって玩具以下の存在に過ぎないとは猿は気付いていないらしい。
いやそれどころかこの気配。
もしかすると直接対面した際には猿は自分の事をシェルノートの使徒とか名乗りかねない。
恐らくは使徒を作るのは下級邪神だけという事も知らないだろうし。
そう考える、スレイはうんざりとした気分になる。
ほんの僅かでも楽しめる余地はなさそうだな。
だがその時。
どくんっ。
一瞬感じた鼓動。
その猿のすぐ傍、発せられた力。
ほんの一瞬滲み出ただけの欠片なのに、すぐ傍の猿よりも強い。
何よりも何故か親しみすら覚えてしまう。
勿論その力の全てを今測ってみたが、それはスレイからすれば物足りない物ではあるのだが。
これなら楽しめない程ではない。
何よりその素性。
前世の自分の細胞を使われ造られた兵器にして娘、か。
あまりにも曖昧な関係に複雑な感情が浮かぶ。
だがその複雑な感情こそが楽しみとなる。
今まで実感など湧かなかったその繋がり。
それを感じると共にスレイは口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
あれからスレイ達はシャルロットの案内に従い城を目的の研究室へと向けて歩み続けていた。
やはり城中の内装が凝っており、また歩くその足下に敷き詰められた絨毯の感触も上質な物で思わずスレイは呆れ果てた程だ。
他の国の城で見られない珍しい物としては魔導科学の照明器具によるかなりの光量が上げられる。
確かに他の城でも、と言ってもスレイが見たのはまだクロスメリア王国の王城ぐらいのものだが、魔導科学による照明器具は使われていたが、数も少なく光量が足りず、不足分は灯台で補っていた。
独立権を得ているとはいえ、迷宮都市を国内に擁するクロスメリア王国の王城でもその有様だ。
他の国では推して知るべしだろう。
まあ、フレスベルド商業都市国家についてはカイトがかなり熱心に魔導科学の研究を推奨している為、ここまでとは行かなくとも、それなりの水準には到達しているかもしれないが。
それはともかく。
視界に入る前に近寄ってきて攻撃意志を宿した魔神を無効化し、シャルロットの言う元の状態に再現すると同時、溜息を吐く。
暫し歩むとその魔神が見え、また新しい形状をしているのを確認。
先程からスレイ達は実に様々なタイプの魔神に遭遇していた。
床清掃用と思われる床を這う魔神。
壁や天井の清掃用と思われる壁や天井を自在に這う魔神。
恐らくは敢えて照明器具を設置していない部屋などに入る際か、もしくは照明器具が故障した際に使うと思われる、燭台代わりと思われる照明用らしき光り輝く球体を持った魔神。
包丁などの類を振りかざしていたのは料理用の魔神だろう。
そして工具の類を内臓したそれら魔神も含めた魔導科学の産物の修理用と思われる魔神。
他にも様々だ。
まあスレイにしてみれば今のように特に戦いになる事すらなく、無力化し正常化する事が可能な上、全く力など使ってないに等しいのだから、溜息の理由はそれら魔神達が次々と出てくる事ではない。
「なんじゃスレイ?溜息など吐きよって、もしやこの程度で疲れたのか?だらしのない」
当の原因であるシャルロットにそう言われ、ついにスレイは足を止めると頭を抱えしゃがみこんだ。
「あぁーーーっ、もうっ!!」
「なっ、なんじゃっ!?」
ビクッと跳び上がるように反応するシャルロット。
スレイは立ち上がるとシャルロットに詰め寄る。
「な・に・が、だらしないだっ!!だらしないのはシャル、お前だろう。いくらこの城が広いからと言って、これだけの魔神に頼って暮らすなんて、どれだけお前は生活を魔神に頼りきってるんだっ!?」
「むっ、そ、それは……」
実に的確な指摘に反論できず黙り込むシャルロット。
そう、反論の仕様が全く無い。
何故ならシャルロットがここまでの魔導科学者になった切っ掛け自体が、そのシャルロットの生活能力の欠如だったのだから。
今は自ら造り上げた魔神達の手で安定した生活をしているが、昔は配下の吸血鬼達に頼りきりだったと遠い目で思い出す。
そんなシャルロットの姿を見て色々と悟ったスレイは頭を振って気を取り直す。
「まあいい、今はそれどころでは無いからな。別にこいつらがいくら出てきたところで無力化するのは全く手間ではないし」
「それはそれで、何というか複雑な気分じゃの」
言葉通りに複雑な表情を見せるシャルロット。
「だがっ、だ!!」
「っ!?」
ビシッと指を突きつけられ、再びビクンと反応するシャルロット。
「その内俺が徹底的にお前に生活能力という物を叩き込んでやる!!何せ今の俺は知識も経験も手に入れ放題、料理に掃除に洗濯から何から何まで、はっきり言ってプロ級、いやプロも超える腕前だ。まあ、今は忙しいからこれが終わっても当分は無理だが、いずれ将来覚悟しておけ!!」
「なぁ!?」
愕然とするシャルロット。
だがスレイはそれを無視して再び先へとずんずん進み始めた。
実は城内の構造など既に把握していて、シャルロットの案内など必要なかったりする。
呆然とその背中を見送るシャルロットにディザスターとフルールがエールを送った。
『まあ、頑張るのだな。主はやると言ったらやる男だ』
「うん、まああれでスレイってスパルタだから頑張ってね」
無責任なエールを送るとそのままスレイを追っていく二匹。
シャルロットもまた、呆然としながらも彼らの後を追うのだった。
「ふん、あそこが目的地か」
スレイは巨大な、そこだけ城の他の部分とは浮いた無機質な白い壁と巨大な四角いドアを見てそう呟く。
脇に端末があり、そこで認証してドアは開くようになっているようだ。
そして何よりドアの逆の脇。
そこに身長二メートル程のスマートな魔神が佇んでいた。
そのデザインは今まで見たどの魔神よりも洗練され、全てが一塊のオリハルコンで構成されている事を除けば神話に語られる麗しい騎士の如く。
いや、とスレイは思わず口端を吊り上げる。
「おいおい何だシャルロット、お前オリハルコンに他の金属を混ぜた特殊合金の開発なんて成功させていたのか。オリハルコンはある特殊な条件を満たさないと他の金属と混ぜた場合、その最大の特性である精神感応性を失う為、未だこの世界の何処の国でも実用化されてないってのにな。しかも複数のオリハルコンをメインにした合金を部位毎に最適に組み合わせて、性能を最大限まで引き出しているじゃないか。それでいて内部の魔導科学の機構の回路は完全に一体化している。もうオーバーテクノロジーってレベルで語るのも馬鹿らしくなるな」
「一瞬でそれを見抜き、全てを把握するようなスレイにそれを言われても、正直虚しいのう……」
スレイの褒め言葉に逆に肩を落とすシャルロット。
まあ当然だろう。
だがスレイは肩を竦めて笑う。
「おいおい、俺を基準に考えるなよ?俺はまた特別だ、この世界でも異端……いやそれこそあらゆる世界で俺など異端の存在だろうな。俺を基準にするのが間違いだ」
どこまでも傲慢に言ってのけるスレイ。
流石にこの言い草にはシャルロットどころかディザスターやフルールすらも呆れた視線を向けてくる。
全く気にしないスレイは続ける。
「さて、と。あと五歩、か」
「何じゃそれは?」
シャルロットの疑問にスレイはあっさり答える。
「あいつが反応してくる圏内へ到達するまでだよ。という訳でシャル達はここで待機な、と言ってもどうかな?ディザスターとフルールなら戦い自体は見物できるか。とはいえ少々今は気が変わっていてな、奴との戦いは楽しむ間も無くすぐに終わらせるつもりだ。それより中に居る娘とやらが酷く気になってきたんでな」
「なぬ?」
『ほう?』
「へえ?」
それぞれの反応を見せる三者にスレイは続けて言う。
「まあ、繋がりとも言えないような繋がりを持つ相手、それでいながら何故か親しみを覚えてな。これはとっととご対面と行きたいところだから、そうさな。俺の主観の中でさえ刹那に終わらせる」
告げると同時歩みを再開するスレイ。
「ま、待つの……」
五歩を数えるとシャルロットは静止し言葉は聞こえなくなった。
魔神の目が赤く光り、既に世界から隔離され、動いているのはスレイとディザスターとフルール、そしてその魔神のみ。
加速度を感覚的に測る。
やはり光速の数百倍と言った程度。
だが入口の魔神よりは速いか。
そう考えつつもスレイは相手にほんの僅かな動きすら許さなかった。
刹那に刀人一体と化し、振るわれるアスラ。
真紅の閃光が奔るも、ただ対象の魔神のみ斬り裂き、他は全て透過する。
これもまた簡単な作業だ。
同時、過去のシャルロットが造った時点での魔神の設計図を脳裏に組み上げ、現在のグルスに弄られた状態との差異を確認、刹那で再生と同時に元の状態へと戻す。
そして世界は動き出す。
「……じゃって?もしかして、もう終わったのかの?」
魔神の目が発する青い光りを見て呆然と尋ねるシャルロット。
シャルロットのみならず今回はディザスターとフルールもどこか呆然としている。
スレイはただ口端に笑みを浮かべて答えた。
「ああ、それじゃあ早速このドアを開けてくれるか、シャル」
実に気負いの無い、力の抜けた一言だった。
それから暫し。
端末に取り付いたシャルロットだが、大分時間が経った今もまだ何やら悪戦苦闘していた。
端末の反対側のドアの脇には青く目を光らせた騎士の如き魔神が直立不動で優雅に佇んでいる。
スレイは思わずシャルロットに声を掛けた。
「おい、シャル、まだなのか?」
「ええい、今は黙っておれっ!!くぅっ、このっ、本当にこれをグルスがやったのか!?あやつ程度がこのようなっ!!」
スレイはふぅと吐息し今度は質問を投げかける。
「いったい先刻からお前は何をやっているんだ?」
「見て分からんかっ!?ドアを開こうとしておるっ!!」
「いや、それは当然分かるが……」
スレイは暫し沈黙し再び問いかける。
「で?何でこんなに時間が掛かっているんだ?というかそんなに必死なんだ?」
「ドアを開く為のシステムが大分弄られておる、それに苦戦しておるのじゃと言っておろうがっ!!しかしグルスの奴めにこのような技術がある筈がっ……」
「いや言ってないから」
律儀に突っ込んだスレイはそのまま続けて指摘する。
「大体、その猿は上級邪神“智啓”のシェルノートから戯れに知識と力を与えられていると教えただろう。いくら元が猿でもそこまでされれば軽く神の領域くらいには到達できるさ」
「……い、いや猿と言っても魔猿族の長と言うだけで、本当に猿な訳でなし、この王国の宰相である上、妾に遠く及ばないとは言え充分一流と呼べる魔導科学者だったのじゃがな?」
流石にあまりの言い草に、思わず敵を弁護さえしてしまうシャルロット。
そんな自分に疑問を感じ思わず頭を抱えそうになるも、何とか持ち直す。
気にせずスレイは続ける。
「ふぅん、まあどうでもいい。で?実際ドアを開くのはどうにかなるのか?」
スレイの問いかけに、シャルロットはまるでスレイのお株を奪うかのように不敵に笑ってみせるとその立派に実った胸を張り、堂々と言ってのける。
「当然に決まっておろう。いかにあやつめが邪神より授けられた知識を誇ろうと、妾とてこの世界で最も魔導科学を極めた者と自負しておる。この程度何とかしてみせるわっ!!」
「そうか、それは何よりだ」
うっすらと笑うスレイに嫌な予感を感じたシャルロットは、思わずスレイに問い掛ける。
「待て、それはどういう意味じゃの?」
「いやなに、どうしてもドアを開けないようならぶち破ればいいだけの話だと思ってな。なるほど確かにオリハルコンを使った合金の中でも最も硬度を重視した合金を用いて、その上大量の精神力を生み出す機関から供給してその強度を高めてはいるが、この程度俺には楽勝だ。それに壊しても魔神達のように直せばいいだけの話しだしな?」
「そ、それは……?」
言われてシャルロットは始めて疑問を持つ。
「それならば何故そうしなかったのじゃの?」
「簡単な話だろう、シャルなら開けられると信じてるからさ」
「っ!?」
真っ直ぐにぶつけられた恥ずかしい言葉に頬を染めるシャルロット。
「開けられるのか、と聞きはしたが俺は始めからシャルなら開けられると信じている。まあ時間が掛かっているのは確かだが、この程度なら問題はないからな。しかしそれより気になるのは……」
ふと、そこでスレイは自分に問い掛けるように呟き始める。
「ここでもドアが開かないように細工?ここまで魔神達に任せ放置していながら?しかも戦闘用の二体の魔神をどうにか出来るような相手にこのドアに細工したところで意味など無いと分かるだろうに。……邪神の知識と力を与えられながら、いや与えられたからこそか?器に見合わぬ知識や力、故にその行動はチグハグになる。ならば何故シェルノートはその程度の器を玩具以下扱いとは言え選んだ?いや、だからこそなのか?知識と力に対する器の齟齬、そのチグハグさ、そのアンバランスさこそが逆にシェルノートの好奇心を刺激するようなナニカをやらかす可能性を僅かでも期待できると考えたという事か。だとすると……」
1人、深く自らの世界に沈みこむスレイ。
シャルロットはあまりに深く思索する余りに何処か触れ難くなったスレイに配慮しそのままドアを開く作業に戻る。
スレイの思考をそれなりに理解しているディザスターとフルールは呑気に互いの意見を交換していた。
「で、どうなのディザスター?シェルノートって奴を知る身としてスレイの予想はさ?」
『ふむ、なかなか的を射ている考えだとは思う。アレは確かにそういうモノだ』
そしてついにドアのシステムが作動する。
「できたぞっ!!」
シャルロットの言葉と共に中央から開き出す巨大なドア。
別にそれほど仰々しくゆったりと開いたりはしない。
実に先端技術の産物らしくあっさりとスムーズに開き、中の様子が覗く。
「ほう?」
思わず声を漏らすスレイ。
今までもギルドや職業神の神殿などで魔導科学の産物は見てきている。
だがここはそれらを更に洗練させた上で、それでいながら詰め込みすぎた所為でカオスになったような場所だった。
様々な魔導の産物や機械類、それらの融合が見て取れる。
そしてその中央。
巨大な端末の前にまるでスレイ達を出迎えるかのように大きく両手を広げた猿に似ただが毛深くはあるが確かに人により近いまさに魔猿族の男が立って目を向けてきていた。
男は楽しげに口を開く。
「ようこそ、と言っておこうか、シャルロット殿、そしてそちらの人間がシェルノート様の言っていた“天才”殿かな?それに下級邪神に時空竜と。実に錚々たる面子だ、ここまでやって来たのも必然と言えるだろうな」
「何がようこそ、じゃグルスっ!!ここは妾の城であるぞ!?」
「確かにその通り、だがしかしもはやここは私の拠点と、そしてこのヘル王国の王城となるべき城だ。私は貴女より遥かな高みへと到った、そして私はこの叡智を持って今こそ闇の種族の王となる、人に阿る魔王など不要、我ら闇の種族は人に復讐すべきなのだから」
怒り怒鳴るシャルロットに落ち着いた声音で答える“魔猿王”グルス。
その姿に更なる怒り以前に違和感を覚えるシャルロット。
あまりにも落ち着き過ぎている。
以前のグルスはもっと余裕が無く、はっきり言ってしまえば小物だった。
だが今は少なくともシャルロットからすればまるで大物のようにさえ感じられた。
その身から発せられる圧倒的な波動もそれを裏付けるかのようだ。
しかしそのグルスの表情が困惑に歪んだ。
「貴様?いったい何処を見ている?」
言葉の向く先は完全にグルスを無視して周囲の一点を熱心に見詰めるスレイ。
その視線の先には巨大な培養槽が存在している。
中身は……。
スレイは淡々とグルスの言葉に答える。
「いや、何、俺にとってはここで一番重要な物をな?」
答えながらもスレイの意識は全くグルスには向いていない。
腰までの煌くような黒髪。
そして目は閉じられているがその瞳の色は真紅とスレイには容易く“視”てとれる。
培養槽の中では外見年齢は5歳程に見えるあどけない少女が裸でその身を母親の羊水の中に居るかのように丸めていた。
前世の自分の遺伝子とシャルロットの遺伝子を掛け合わせてた上で様々な機能を向上させて創られた娘。
真紅の瞳は紛れもなくシャルロットの遺伝子の賜物だろう。
しかしはて。
黒髪は自分の遺伝子だろうか。
前世の自分の容姿を思いだせず首を傾げる。
だが何にせよこの少女を見ていると胸が温かくなるのが分かる。
なんとも言えない保護欲が湧いてくる。
もしかしてこれは父性という物だろうか。
そもそも今生の自分とは繋がりが無い相手なのだが。
しかしそんな事とは関係無く泉の如くこんこんと湧きあがる温かい感情の清浄な流れを感じ優しい笑みを浮かべるスレイ。
あいつめ、と思う。
ここまで俺の人間性を修復していったか。
人とは掛け離れた精神性を体現していた筈の自分がここまでごく普通の感情を抱きそれを楽しいと思う。
あとは奪われた恐怖心さえ取り戻せば完璧だろう。
人としてのスレイは完全になる。
そして人の無限を超えた可能性を取り戻す。
だがその事すらどうでも良いと思える程に今はただ温かい心境で少女を眺めていた。
そこへ無粋な声が掛かる。
「ええい!!何時まで私を無視している。そのような物を何時までも見ていないでこちらを向かんか、ヘル王国の宰相にして未来の魔王たる私に失礼だろうが!!」
ふぅっ。
あまりに自己顕示欲の強い台詞に溜息が零れる。
なるほど、これは駒にしやすそうだ。
シェルノートが気紛れに知識と力を与えた理由の一つにはそれもあるのだろう。
しかしまあ、無粋に過ぎる。
スレイは僅かばかり怒りを抱きつつようやくその男、“魔猿王”グルスに向き直る。
そして口端を吊り上げ何処か馬鹿にするように言った。
「おっとこれは失礼、猿など見ているより美しくあどけない少女を見ていた方が心が癒されるのでな、ついついと。やはり人間身体は正直なようだ。しかしまあ驚きだな?最近の猿は宰相から魔王までこなすのか、実に芸達者な事だ」
「ちょっ、待てい!!」
『くっ、くくくっ』
「ぷっ、あははっ」
どこまでも悪意に満ちたスレイの馬鹿にしたような台詞。
シャルロットは一応今はまだそのグルスが宰相を務めるヘル王国の重鎮として、流石に愛国心からその言葉は聞き逃せず突っ込みを入れる。
ディザスターとフルールは思わず笑いを零した。
「なっ、貴様!!……いや、姿で相手を見下すその狭量、将来の魔王としてはただ笑って受け流すべきでしょうな」
激昂しかけるも、堪えて皮肉を返し、笑みを浮かべるグルス。
これはまあ、思っていたよりはまともな人格をしているのか。
スレイは疑問に思い少しばかり会話をしてみる気になった。
「これは失礼、俺は正直過ぎるのが玉に瑕でな。だがしかし、自らの主に叛意を翻し、王位を簒奪せんとする者に狭量と言われるのは不本意だな」
「ふむ、貴方はこちらを見もせず話も聞いていなかったのかも知れませんが理由は先程も述べましたよ?人に阿る者が魔王を名乗るなど笑止千万。我ら人に虐げられてきた闇の種族は人に復讐せねばならぬのだと」
勿論スレイは聞いていた。
というより聞くも何も、およそ己が知覚範囲内の情報など完全に把握できる。
だがやはり思わず首を傾げる。
「なるほど、復讐心か。しかしお前ぐらいの世代であれば自らが虐げられる理由が自らにある事も理解しているだろう?そして確かに今尚偏見は残っているが時と共に薄れつつあるのも確かだ。それに今ヘル王国が他の全ての国と戦争したところで闇の種族が終わりを迎えるだけの話だろう?サイネリアのやり様は一国の王として充分正しい物だと思うが?」
「ええ、なるほど。確かに我ら闇の種族は理由があるとは言えかつての聖戦において全く力を貸さなかった、我らが差別される理由を私は確かに知っている。だがしかし、今この王国に生きる若き闇の種族達にはそのような事は関係ないでしょう、それでもまだ尚待てと貴方は言うのですかね?そして闇の種族の終わりはありえない、今のこのシェルノート様の使徒となった私が居れば!!」
スレイの疑問に律儀に返すグルス。
その答えが思ったよりもまともな事にスレイは少しばかり驚く。
どうやら宰相という立場は決して飾りでは無かったようだ。
ただ一点を除けば、まあ同意はできないまでも、積極的に否定するような思想ではないだろう。
その一点をスレイは告げる事にする。
「なるほどな、お前の考えにも頷けるところはある」
「スレイっ!?」
悲鳴のような声を上げるシャルロットだがスレイは無視。
その容貌から分かり難いが笑みを深めたらしいグルスに対し事実を突きつける。
「だがしかし前提が間違っているぞ、お前はシェルノートの使徒などではない、ただの玩具以下の存在だ」
「なにっ!?」
驚愕の声を上げるも、すぐに噛み付いてくるグルス。
「馬鹿を言うな、私はこれだけの知識と力をシェルノート様から与えられたのだぞっ!!それが使徒でなくてなんだと言うのだっ!?適当な事をほざくなっ!!」
「そもそもだ、上級邪神は使徒を持たない。そしてその程度の知識や力、シェルノートにとっては遊び以下に過ぎん」
スレイは淡々と事実を告げる。
「くっ、何の根拠があってそのような事をほざくかっ!!」
現在の自信の根拠となる知識と力。
それが所詮は張りぼてに過ぎないと宣告されたグルスは、激昂してスレイに喰ってかかる。
だがスレイは全くと言っていい程表情を変えない。
やはり淡々としたまま逆にグルスに質問する。
「では問うが、お前、シェルノートから一度でも使徒などという言葉を聞いたのか?」
「ぬぅっ……っ!?」
絶句するグルス。
思い当たったのだろう。
まあすぐにそれを理解できる程度には冷静な訳か。
内心呟くスレイ。
しかしグルスは苦しそうな表情ながらもなおも食い下がるように問い掛ける。
「確かに、私は一度もシェルノート様から使徒という言葉を頂いた事は無い。しかしこうやって知識と力を与えられたのも事実。ただそれだけでは私がシェルノート様の使徒である事を否定する材料にはならんぞっ、だいたい上級邪神は使徒を持たないなどと、そのような知識をどこか……っ!?」
どうしても認めたくない事実に、必死に否定の言葉を述べていたグルスだが、自ら気付いたように言葉を止め、はっとただ一点を見詰める。
そう、そこには“下級邪神”であるディザスターが居た。
「気付いたか」
知識や力以外の部分でもそれなりに優秀ではあるようだな、とスレイはグルスに対する評価をやや上方修正する。
ディザスターが厳かに告げる。
『かつて、決して交わらず仲間とは呼べぬ仲ではあったとは言え、紛れも無く近しくはあった我が断言しよう。決して上級以上の邪神は使徒を持たない、これは厳然たる事実だとな』
「ぬ……ぅ」
表情を苦しげに歪めるグルス。
その瞳には複雑な無数の感情が過ぎる。
だが最後に、グルスはやはり不敵な笑みを浮かべ胸を張り言った。
「なるほど、確かに私は道化だったようだ。まさか戯れに与えられた知識と力を以って己をシェルノートの使徒と名乗っていたとは。だがしかし、与えられた知識と力は確かにここに在るっ、ならばこの身が成す事に変わりはない」
慇懃な調子に戻るグルス。
そこに迷いは無く。
ならば……。
ふぅ、と吐息しスレイはグルスの言葉を否定する。
「悪いがそれは無理な相談だ、俺がこの手で阻止させてもらうからな。先程確かに俺はお前の考えにも頷ける所はあると言ったが、結局の所それは一面から見た真理に過ぎん。視点を変えればまた違う真理が見えてくる。まあ争いもまた世界の必然なのかもしれんが、少なくとも邪神の力を借りたお前が起こすのでは道理が通らんな。何より大きな戦が起これば俺の大事な者達に累が及ぶ、そして戦争で世界が疲弊すれば邪神を討つ俺にとって後顧の憂いになる。以上の点を以って俺はここにヘル王国の内紛への干渉を宣言させて貰おう。とはいえ?未だこの城の中だけの話に過ぎんがな」
ニヤリと笑いグルスを見据えるスレイ。
グルスは唖然とした表情で思わずと言ったように問い掛けてくる。
「邪神を討つ、だと?正気か?」
「おいおい、お前は俺が何なのか知っているんだろう?」
楽しげに笑い答えるスレイ。
表情を引き締め強くスレイを睨むグルス。
「確かに知っている、しかし所詮はかつて下級邪神を一柱滅ぼしただけの存在、それがまるで……」
「当然全ての邪神を討つさ、最上級邪神イグナートも含めてな。力なんて関係無い、必要ならば成長すればいいだけだ、何より俺が戦う以上常に勝利は俺の物だ」
「……」
ニィッ、と僅かに今までより強く口元が吊り上がる。
同時にグルスは圧迫感を感じる。
力とは違う、もっと異質な何か。
シェルノートと対面した時、ただ這い蹲るしか無かったあの時でさえ感じた事の無い得体の知れないモノ。
背筋に何かが這うような心地になるも、冷静を装い告げる。
「なるほど?本当に出来るかどうかはともかく、ただのハッタリという訳では無さそうだ。しかし我が理想が一面の真理に過ぎないと?そして貴様はただの貴様の都合の為にそれを邪魔すると?そういうのだな、“天才”殿?」
「ああ、世界とはそういう物だろう?それが分からぬ訳でもあるまい」
「……」
再び沈黙するグルス。
ふとシャルロットが愚痴を零す。
「ここは妾の城で、妾の国の話なのに、すっかり蚊帳の外じゃのう……」
「何を下らない事を言っている、そういう話じゃないだろう」
思わず溜息を吐くスレイ。
同時にグルスが沈黙を破る。
「なるほど貴様の言う事もまた正しい。ならば私が我が理想を私の正しさを通す為には貴様を討ち破るしかないという事だな」
「ほう、俺が何者か知っていながら出来るつもりか?」
「その為のこの城だ、理由までは知らないがシェルノートは貴様が私の邪魔をするのを知っていた、故に貴様に対抗し得る唯一の手段のあるこの場所を私は占拠したのだ」
胸を張り述べるグルス。
その表情には強い自信が漲っている。
「俺に対抗し得る手段?」
疑問の表情を浮かべるスレイ。
グルスは力強い表情で告げる。
「そう、先程貴様が見ていたその娘、魔造“天才”製造計画の結晶、個体名アルファ、だ」
「なに?」
スレイは二重の意味で疑問の声を上げる。
まずスレイにはそのアルファという名を持つらしい娘に自分に対抗できるような力があるように感じられなかった。
確かにあの外見年齢で神に匹敵する力を秘めているのは感じる。
だがそれだけだ。
スレイの力には程遠い。
そしてもう一つは『魔造“天才”製造計画』という名称にだった。
思わずシャルロットに尋ねる。
「研究として生み出した訳じゃなかったんじゃないのか?」
「ええい、ちゃんと自分の娘と思い愛情を注いでおったわっ!!ただ、その、何というか、素材が素材だけにやはり研究者としては少しばかりのう……」
「ふぅ……」
呆れたように溜息を吐くスレイ。
慌てたようにシャルロットは続ける。
「じゃが、その計画は失敗に終わっておるぞ?とてもではないが遺伝子からでは“天才”のポテンシャルを再現するなど不可能じゃった。何せ“天才”の本質とはその魂にあるのじゃからの?とてもではないがスレイに対抗するなど不可能じゃぞ?ヤキが回ったかグルス?」
今度はどこか可哀想な物を見るような目でグルスを見詰めるシャルロット。
それにグルスは笑みを浮かべて答えてみせる。
「ええ、確かにその通り。“天才”の本質とは超神ヴェスタの遺骸の一部より改造され創られたその魂にこそ在る。故に私は遥か過去にアライナ様が砕いた他の“天才”の魂の欠片を探し出し、それを使っての強化を施したのだ」
「ふぅ……」
自信満々に告げるグルスに今度はシャルロットが溜息を吐いて告げる。
「その方法なら妾も既に試したぞ?」
「なにっ!?」
流石に表情を変えるグルス。
「結論は意味が無い、じゃ。超神ヴェスタの原型を残した遺骸を使ったならば別じゃが、そのような物は最早残っておらぬ、神々が“天才”を造るのに全て使い尽くしたからのう。そして結局は既に改造され完成してしまった“天才”の魂の欠片を使っても、全く素材としての意味を成さない事が分かっただけじゃった。どうやら“天才”の魂もまた不可逆な物らしいの。実際“天才”の劣化コピーにすらならなかったわ。お主、気付かなかったのか?」
「なっ、馬鹿なっ!?」
完全に愕然とするグルスにスレイは淡々と予想を述べる。
「まあ、性能テストも何もする暇も無くぶっつけ本番のつもりだったんだろう。それに確かに知識も力もかなりの物を与えられてはいるようだが、肝心の感覚が鈍い。それでは見ただけじゃあ実験が成功したかどうかなど分からなかっただろうな。特に魂の分野などシャルの計器でも測れる水準ではないようだし」
「悪かったのう、到底そこまで及ばぬ水準で」
スレイの言い草に拗ねたように口を尖らせるシャルロット。
思わずスレイは苦笑する。
「何を拗ねている、俺が言っている水準というのはそもそもがこの世界の技術と比較するのが間違いのレベルだ。だいたいそういう意味で言えばシャルの技術とてこの世界に本来在ってはならない水準だぞ?それにまあ、魂の領域まで完全に把握した文明なんて物はだいたいが他ならぬ自分達の手でそのまま破滅を迎えるのが相場だ。肉体の限界程度ならともかく、自らの本質とも言える魂の限界まで知ってしまってはその文明に意味は無くなるからな。とは言え更にその先の可能性に気付く者達も居ないでもないが、その者達も結局は挫折を迎える……とこれは余談だな」
何時の間にかシャルロットどころかグルスまでがスレイの話に聞き入っていっている事に気付き、咳払いして場の雰囲気を一新させるスレイ。
ハッとしたようなグルスは、暫し呆然としたように視線を彷徨わせるも、すぐに強い意志を込めた眼でスレイの睨み据えて来る。
その様子に無駄と分かりながらもスレイは提案する。
「さて、どうする?切り札が通用しないと分かった今、まだ抵抗するか?もし首輪、まあこれは例えで要はお前が反抗できなくする措置だが。それを受け入れるというならまだヘル王国の宰相を続けられるように口利きしてやるぞ?」
「スレイっ!?」
「何を驚くシャルロット、こいつが使徒でないという事は逆に考えれば与えられた知識や力を自由に扱えるという事だ。使える駒が増えるなら好都合だろう。まあ、ロドリゲーニ辺りなら遊びであっても性質の悪い仕掛けをしている事も考えられるが、全知を超えた先の新たなる知識を求め続ける事のみがその本質たるシェルノートならば、わざわざ多少の好奇心と一縷の奇跡を願っての遊び程度にそんな仕掛けなどわざわざ施してはいないさ」
「むぅ……」
スレイの提案に驚愕するシャルロット。
だがスレイの理路整然とした説明に黙り込むしか無くなる。
しかしグルスは違った。
「は、はははっ、これは随分とまあお優しくも傲慢な台詞だ。私を手駒にか。しかし勝手に話を進めて貰っては困る、私は人間風情の軍門に下る気は無い」
「この話を飲んでも、お前が仕える事になるのは結局今まで通りサイネリアだが?」
眉を顰めたスレイの言葉をグルスは一笑する。
「ははっ、何を言う。今の私はもはや魔王とて超えた存在、例え魔王に仕え続けるのだとしても貴様の言う首輪あっての事、つまりは貴様の軍門に下るに等しかろう?」
「……なるほど、否定はできんな」
肩を竦めて認めるスレイ。
実際、突き詰めて考えれば、そういう事になるのだろう。
だが、とスレイは尋ねる。
「まあ、降伏の意思が無い事は分かった。だがどうするつもりだ?俺に敵わないという現実は理解できた筈だが?」
「くくく、どこまでも傲慢だな、そしてその傲慢が許される力を持つ、ある意味で私は貴様が羨ましいのかもしれんな。だが、舐めて貰っては困る。最後まで己が目的を諦めるつもりは、勝負を捨てるつもりは無い。確かにアルファでは貴様に及ばぬのだろう、しかし私の補助があればどうか?何せ私が与えられたのは知識と力、特に知識にこそその比重は偏っている。何せあの“智啓”の邪神シェルノートがその与えた主だからな、故に私は我が全ての知識を以ってアルファをサポートし、貴様を打倒しようではないか!!」
スレイは首を傾げてみせる。
「理解できんな、まあシャルはともかく、こちらにはディザスターもフルールも居るのを忘れるほど記憶力が悪いのか?」
「妾はともかくとはなんじゃっ!?」
思わず突っ込むシャルロットだが、スレイもグルスも意に介さない。
グルスは笑って告げる。
「それこそまさかだろう。“天才”、貴様が何よりも己が強さに、己が勝利に重きを置いている事は良く知っている。そんな貴様が私とアルファの2人程度を相手にするのに、欲望の邪神や時空竜の力を借りるなど在り得ないだろう」
「……本当によくご存知だ」
肩を竦めてみせるスレイ。
「だがその言い草、己達を“程度”とは、勝機など無きに等しいと理解しているように思えるが……考え直す気は無いのか?」
「ふっ、本当に小憎らしいまでに冷静だ。認めよう、確かに勝機が薄い事を誰より私自身が良く理解している、それでもなおだ、まだ僅かな光明はある」
自嘲したような表情ながら答えるグルス。
ちなみに蚊帳の外にされたシャルロットは拗ねたようにしゃがみ込みディザスターとフルールに慰められていた。
そんな場違いな光景に呆れの視線を僅かに向け、スレイは尋ねる。
「ほう、光明ね?そもそも俺が戦う以上は勝利しか在り得ないのだが、一応参考までに聞いておこうか?」
「本気で傲慢すら通り越した自信家だな。まあ、いい。何、簡単な事だ。貴様が先程私を無視してアルファを見入っていた視線、あの視線を思い出し今更気が付いただけの事だ」
面白そうに片眉を上げて見せるスレイ。
「ほう、何に?」
「貴様がどうやらアルファに対し保護欲、恐らくは父性などと呼ばれる物を抱いている事にだよ。前世とは言え貴様の遺伝子が使われているのが理由かな?何にせよ貴様はアルファ相手に本気で敵意を向ける事は出来ないだろう、そこを突かせてもらう。とはいえ、それでもなお分の悪い賭けなのは承知だが」
自嘲しながらも炯々と眼を光らせスレイを睨むグルス。
まあ、気概は大した物だとスレイもそればかりは認めざるを得ない。
力の差を理解しながら、勝利の可能性をなお模索するか。
知識や力が所詮は与えられた物だというのと、結局は目的が種の差別意識から生まれているという事、何より邪神との戦いの邪魔になるという三点が大きな減点だが。
「さて、それでは今回は時間が無いので正規の手続きは省略させてもらいましょう。アルファッ!!」
グルスの呼びかけと共に培養槽の中に丸まっていた少女の瞳が開く。
ぼんやりとした真紅の瞳。
それが次第にはっきりとすると共に圧倒的な力の波動が少女から噴出す。
「ほう?」
少しばかり見誤っていたか、とスレイは少女、アルファに対する評価を上方修正。
なおかつその瞳には相当色々と“視”えているらしいと理解する。
グルスの命令は続く。
「構わんっ、培養槽を突き破りすぐに出て来いっ!!」
言葉と共に、身を奮わせたアルファは、一瞬で培養槽を突き破り、床に溝を刻みつつスレイ達の方を向いてグルスとスレイ達の間に立ち塞がっていた。
「ああ~っ!!妾の研究室がっ!?このような事をせずとも正規の手順を踏めば普通に出てこれるのにっ!!」
「あー、シャル、ちょっと煩い。あとで直してやるから黙れ」
嘆くシャルロットを一蹴するとスレイもまたアルファに向き直る。
そしてその瞳を、幼いながらも妖しいまでの艶を宿す、それでいて無垢な真紅の瞳を見て違和感を覚える。
これは。
スレイが思考を巡らせようとした時。
ほにゃ。
そのような擬音が似合いそうな程に嬉しさ満面と言った様子でアルファが破顔する。
途端、アルファのその幼いながらに整いすぎていた容貌が崩れ、その幼さに相応しい稚気が滲み出て、故にその全裸の格好が痛々しく見える。
有体に言うと今スレイは父性を全開で刺激されていた。
アルファの視線はそんなスレイとシャルロットの間を行き来し、その後ますます笑みを深める。
そしてそのいかにも柔らかそうな瑞々しい幼さにみちた唇が開かれる。
「ママーッ、パパを連れて来てくれたんだねっ!?」
いかにも場違いな、実に子供らしいその声音と内容に、場が凍り付いた。
とはいえスレイの思考は停滞する事は無い。
一瞬にしてその瞳の色合い、そして声音、行動、また奥の魂に到るまで探り、どうやらグルスによる洗脳は全く無いと把握。
その事に疑問を感じるも今は放棄。
次にパパとママと呼ばれる相手について考えるも、アルファの視線からスレイとシャルロット以外にあり得ないと理解する。
シャルロットについては理解できる。
自らを生み出し、遺伝子提供者でもあり、恐らくはアルファの意識を覚醒状態にしている時は話相手にもなっていたのだろうから当然だ。
むしろ自ら母親を名乗っていた可能性すら高い。
だがスレイを父と呼ぶのはどういう事か。
遺伝子提供者はあくまでオメガ、スレイの前世だ。
シャルロットが話したという線も無い、この200年程忙しくて放置していたという本人の証言がある。
ならばアルファはただスレイを見ただけで自らの父と断じたという事になる。
前世の遺伝子提供者。
魂の面でも殆ど在って無きが如しの僅かな繋がり。
それを瞬時に見抜いたというのか。
アルファの眼力に思わず舌を巻くスレイ。
自らもアルファに対し父性などという物を覚えたとは言え、スレイの場合その感覚自体が反則に等しい。
アルファの感覚は純粋にアルファ自身だけの物だ。
或いはその幼さ故の純粋さがその感覚をより研ぎ澄ませているのだろうか。
だがそれはどうでもいい事だろう。
ここまで思考するのも刹那。
スレイはすぐに柔らかい笑みを浮かべ、膝を着いてアルファの視線に合わせるようにして呼ぶ。
「アルファ、おいで?」
「はーいっ、パパッ」
途端流石と言うべきか、凄まじい速度で一瞬でスレイの胸元に飛び込んでくるアルファ。
普通の人間であれば身体が爆発間違い無しだろう凄まじい衝撃を軽く受け流しながら、スレイは腰の魔法の袋へと手を伸ばす。
そして空色の大きなカッターシャツを取り出すと、アルファに被せて着せてやった。
何故か驚愕の表情を浮かべるシャルロットとディザスターとフルール。
シャルロットはともかく、何故ディザスターとフルールは驚いていると眉を寄せるスレイ。
アルファは、わーいパパの匂いだー、などと言いつつご満悦である。
「お主、何故魔法の袋にただの服なぞ入っておる」
「探索や戦闘用の服装はこれ一張羅だが、それ以外の日常生活、特にデートなどに関する服装は女達が煩くて山ほどあるから、下手な収納家具を使うより、こいつを使った方が好きな物を好きな様に取りだせる上、汚れる心配も無いから便利なんだよ」
何より、ただの服など探索者用の装備品と違い、探索者にとってみれば二束三文だから、女達の注文にも楽に応えられて、ついつい買いすぎてしまうという側面もある。
まあ当然目が飛び出る程高い高級な服も探せばあるのだが、これは余談だろう。
いかにも面倒臭そうに答えるスレイに、今度はディザスターとフルールが呆然としたように漏らす。
『主が、黒……以外の服……だと?』
「え?スレイって黒以外の服なんて着る事あったの?」
驚愕の理由は分かるも、その内容に思わず額に手をやるスレイ。
そして苦々しい声で答える。
「元々俺が黒い服を着るのが多いのはただの趣味だ、まあ探索や戦闘時の装備には必ず黒を選ぶが、それは何となく気が引き締まる気がするからだな。まあ日常でも黒の方が趣味だが女達の注文に応えてそれ以外を着る事もあるさ。黒ばっかりだと辛気臭いとか評判が芳しくないのでな……格好良いと思うんだがな、黒」
「うん、パパは格好いいよ!!」
最後に1人寂しそうに呟いたスレイに、満面の笑みで肯定してくれるアルファ。
思わずスレイはかるくアルファを抱き締めていた。
「わ、わわっ!?パパ?……えへへ、あったかーい」
「ん、俺も温かいぞ」
心がな、などと柄にもなく内心続ける。
実際今のは心に来る物があった。
奥底から温かい感情が滾々と湧き出て来るのを感じる。
「あ、勿論ママも綺麗だよっ!!」
「む、そうか?それは光栄じゃな」
慌てたようにシャルロットに必死に告げるアルファ。
その様子にやはり和んだ表情で笑うシャルロット。
そんな場違いな家族の団欒風景に、グルスの叫び声が割って入る。
「き、貴様等っ!?何だ、そのだらけ切った雰囲気は!!だいたいどういう事だアルファッ!?貴様には何重にも重ねて私に服従する洗脳を施した筈っ!?」
「ああ、あれ?」
いかにも煩いなぁと言った表情でアルファはグルスに向き直り答える。
「あんなの自力で全部解除したよ、だいたいあのてーどでわたしを縛ろうなんて笑止千万だねっ!!」
どこかスレイに着せられた空色のカッターシャツを誇るようにえっへんと胸を張って、稚気に溢れる自慢げな表情を浮かべるアルファ。
「そんな、馬鹿な……?」
本気で愕然とし崩れ落ち掛けるグルス。
しかし何とか立て直すとグルスはスレイ達全員を睨み言った。
「は、はははっ、なるほど、どうやら天は完全に私を見放したようだ。まあ邪神の手を取った時点で当然の帰結とも言えますが。因果応報ですか……」
「そんな大したもんじゃないと思うがな?天などと言っても神々なんて一部を除けば禄なモンじゃないぞ?」
肩を竦めてみせるスレイ。
「ははっ、本当に貴様はどこまでも傲慢だ。ならばせめて私としても貴様に一矢は報いてみせようか」
スレイを睨み据えるグルス。
さて、少しは楽しめるかな、とスレイが立ち上がろうとした瞬間だった。
「あ、パパとママは休んでていーよ。この煩いおサルさんはわたしが消すから」
「は?」
「なぬっ?」
「貴様っ!?」
唖然とするスレイとシャルロットに激昂するグルス。
「……シャル、お前アルファにちゃんと情操教育は施してるんだろうな」
「馬鹿者っ!!忙しかったと言ったじゃろうっ!!ちゃんと外に出してからそういう教育は施すつもりだったんじゃっ!!」
「……そういう教育って事は別の、例えばお前の場合特に知識面の教育は既に終わっている訳だな?」
「ぬぐっ」
「馬鹿かっ、情操教育こそ子供の教育で最も重視すべき物だろうがっ!!」
「お主はどこかの教育パパかっ!?」
スレイとシャルロットがまるで本当に子供の教育方針を話し合う父母のような会話を交わす中、身体を慣らすように大きく動かしていたアルファはニッコリと無邪気に笑いグルスに告げた。
「それじゃあ、邪魔だから消えてね?」
「なっ!?」
それがグルスの最後の言葉だった。
シャルロットが静止し、触れていた部分が弾かれる。
それと同時自分が世界から隔離されたと理解する。
アルファに引き摺られたのだろう。
そしてシャルロットが付いて来れなかったという事と大体の感覚から光速の数百倍の領域だろうと当たりを付ける。
その中でも一瞬でグルスに詰め寄ったアルファ。
グルスは時空間や次元に施した様々な仕掛けを発動させようとする。
それらを見て、グルスがシェルノートに与えられた知識は、少なくともスレイをしても感心する程の物だと理解する。
“智啓”の邪神は伊達では無いという事だろう。
だが遅い。
圧倒的に遅い。
それらの仕掛けが発動する前にアルファは既にグルスを間合いに捉えていた。
咄嗟に反応しようとするグルスだが、その前にアルファの手が僅かにグルスの肉体を捉える。
それで終わりだった。
刹那の消滅。
素粒子の欠片も存在の痕跡も残さず消え去るグルスの肉体。
浸透勁に似ているが、それより更に高度な術理を備えた技だ。
今のアルファの攻撃を見る事で自らの浸透勁と浸透勁(刀術)がその技術を取り入れ進化した事をスレイは感じる。
それと同時、世界は動き出す。
「はっ、なっ?グルスは?」
キョトンとして周囲を見回すシャルロット。
そこにアルファが再びスレイとシャルロットの2人に抱き着いて来る。
「えへへー、パパー、ママー、わたしあの煩いおサルさん邪魔だから消したよー?偉いー?」
無邪気に残酷に告げるアルファに事態を理解し息を飲むシャルロット。
ディザスターとフルールもその精神の無邪気さと残酷さ、そして力の強大さのアンバランスさに苦い顔をしている。
スレイはどうしたものかと頭を悩ませる。
教育とは難しそうだ。
ただ一つスレイが確信したのはそれだけだった。
だがまあ、教育について考えるのはそこのやたらとしぶとく未練がましい猿を片付けてからでいいだろう。
スレイは腕を透過しアルファの身体を無視してマーナを抜き放つと同時そのまま中空へと突き立てる。
「ふぇ?」
「す、スレイ?」
刹那の出来事に反応もできず呆然とアルファとシャルロットが声を漏らした瞬間。
まるで空間を引き裂くような断末魔が響き渡る。
脈打ち精神を喰らいその力を増す気配を伝えてくるマーナ。
「まったくしぶとい猿だったな?本体は別次元に、しかもアストラル体で保存してあって、討たれたと見せて奇襲か。まあ、ただのアストラル体ならアルファの一撃で終わっていただろうが、別次元に在っては瞬時に見抜くには今のアルファは未熟、以前に幼いか。何にせよ俺の前ではただの悪足掻きだな。マーナの糧となり消えろ」
口端を吊り上げ呟くと、自らに対する魂の力の流入は強引に遮断、レベルシステムが神々の創り上げた物だろうが今のスレイにとっては介入も容易い、そしてマーナが完全に相手を喰らい尽くした事を確認し、再びアルファを透過し納刀する。
まあ先程散ろうが、今散ろうが、どの道最期の言葉も残せないのは同じだったな。
心中皮肉るスレイ。
と、突然の断末魔に黙り込んでいたシャルロットが疑問の声を上げる。
「い、いったい今のは何じゃっ!?」
そんな驚いた様子のシャルロットに対し、アルファはすぐに理解したらしい、顔に満面の笑みを浮かべるとスレイとシャルロットの2人にますます強く抱きつく。
「そっかー、あの煩いおサルさんまだ生きてたんだ。変な気配はあったけど良くわかんなかった。えへへ、やっぱりパパは凄いなー」
無邪気にスレイの凄さを喜ぶ子供らしいアルファ。
と、ようやく事態に気付いたシャルロットがスレイに詰めよる。
「ま、待て、もしや今の断末魔はグルスの物かっ!?」
「ああ、そうだが?さっきあそこでぺちゃくちゃ喋ってたのは有機体とは言え良く出来た人形だったんだが、気付かなかったか?」
軽く肩を竦めてみせるスレイ。
シャルロットは形相を変えてスレイに掴みかかるようにますます詰め寄る。
「スレイッ、お主、ちょっと探索者カードを見せてみよっ!!」
「ん、ああ、構わないが」
シャルロットの様子に疑問を感じ、ああそういえばレベルシステム以外のシステムは放置してたな、とシャルロットの懸念にようやく思い当たる。
スレイ
Lv:50
年齢:18
筋力:SS
体力:SS
魔力:SS
敏捷:EX
器用:SSS
精神:EX+
運勢:G
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、闇殺し(ダーク・ブレイカー)、神殺し(ゴッド・スレイヤー)、虐殺者、双刀の主
特性:天才、闘気術、魔力操作、闘気と魔力の融合、概念操作、思考加速、思考分割、剣技上昇、刀技上昇、二刀流、無拍子、寸勁、寸勁(刀術)、浸透勁、浸透勁(刀術)、化勁、明鏡止水、無念無想、心眼、刀人一体、高速詠唱、無詠唱、多重魔法、融合魔法、炎の精霊王の加護、炎耐性、毒耐性、邪耐性、神耐性
祝福:無し
職業:剣皇
装備:紅刀アスラ、蒼刀マーナ、ミスリル絹のジャケット、ミスリル絹のズボン、牛鬼の革のスニーカー、九尾の腕輪
経験値:4901 次のLvまで99
預金:1000562コメル
“闇殺し(ダーク・ブレイカー)”とは闇の種族の各種族の長クラスを殺した者に与えられる、闇という概念そのものへの絶対殺戮権を獲得できる称号である。
「なるほど、シャルの懸念はこの“闇殺し(ダーク・ブレイカー)”の称号か、そういえば確かにあの猿は魔猿族の長だったな。レベル以外はどうでも良くて魂の力以外は遮断しなかったが」
呑気に呟くスレイ。
アルファはカードをただ好奇心に満ちた瞳で眺める。
ただ1人シャルロットは愕然とした表情で叫び声を上げた。
「どうでも良いではないわっ!!その称号は我ら闇の種族にとってみれば天敵のような物なんじゃぞっ!?」
「とは言ってもな、ほら見てみろよ、それ以上にヤバイ称号や特性が幾つもあるだろうが。特に概念操作なんて直接概念に干渉できる特性がある時点で今更って感じだしな」
何より、こんなカードじゃ表示不可能な能力も複数ある事だし、と内心嘯く。
スレイのその言葉に、ふとシャルロットもどこかもう疲れ果てたような表情になり、静かになった。
「言われてみればそうじゃの、お主の場合もう存在そのものが反則じゃった。確かにその称号を手に入れたところで今更か……お主が闇の種族に敵対する事が無い事を祈るしかないの」
「安心しろ、種族云々なんて俺にとっちゃあどうでもいい、ようはその個人を俺が気に入るかどうかの問題だからな」
スレイの言葉にシャルロットは苦い顔をする。
「それはそれで、実に安心しようが無いと思うが」
「どうしてだ?」
「どうしてー?」
純粋に疑問に思い尋ねるスレイ。
スレイを真似て楽しそうに続けるアルファ。
シャルロットは苦い顔のまま呟く。
「お主ばかりは気紛れで本当に読めんからの。何よりもあらゆる面で好き嫌いが激しいじゃろう?」
「まあ否定はしないが、これでも大分改善されてると思うんだがな?」
「確かに、以前会った時と比べれば大分変わったが……」
思い返すように頷くシャルロット。
「何よりだ、この国にはシャルも居ればアルファも居る、そしてトップの魔王様、サイネリアも美人で性格も悪く無い。まあ心配無いだろ?何せ俺は無類の女好きだしな」
「堂々と子供の前で自慢げに言うでないわっ!!」
シャルロットの強烈な突っ込みが入った。
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