早朝。
スレイはわざと生命活動を極限まで低下させていた肉体を活性化させていく。
同時にシャルロットと繋がり合い、心地良さを感じていた魂の同調、接続を緩やかに切り離していく。
僅かばかり名残惜しさを感じながらの擬似的な目覚め。
それに気付いたシャルロットの意識が覚醒していくのもスレイは感じる。
肉体の感覚を取り戻していくと同時、胸の上に乗るシャルロットの頭の軽い重さを感じる。
胸の上に広がる縦ロールなんて髪型でありながら、絹のようになめらかな感触の髪は、くすぐったくも気持ちよい。
目を開くと同時、同じく目を開いたシャルロットの真紅の瞳と至近距離で見詰めあう。
どこか恥ずかしげでくすぐったそうなシャルロットの表情。
それでいてそこにはどこか寂しげな色も含まれている。
「どうした?」
端的に尋ねるスレイ。
あまりにも漠然とした質問だが、先程まで魂まで繋がりあっていた身、当然のようにその意図は伝わった。
「いや、まるで母親の胎内から放り出された赤子のように頼りない心地での。なにせスレイは大きかったからのう」
「ふむ」
スレイは頷き、わざと自らの下半身を見やると、ふざけて笑って告げる。
「確かに俺の物はそこらじゃ見られないような名刀だという自信があるが、女の身でそういうネタを振るのは感心しないな」
「ば、馬鹿者がっ!!」
その白すぎる肌を真っ赤に染め、怒鳴るシャルロット。
同時に両手でスレイを責めるように叩いてくる。
軽く防ぎながら笑うスレイ。
どこまでも余裕のある、まるで子供をあしらうようなスレイの態度にどこか膨れながらシャルロットは告げる。
「そのような物の話である訳がなかろう……。いや、確かにそれはそれで大層立派なおかげで最初は酷く痛かったがのう。……って違うわっ!!魂の話じゃ、魂のっ!!」
「吸血姫殿のノリツッコミとは、これまた珍しい物を見れたな」
どこまでも楽しげなスレイに、シャルロットはますます膨れながら続ける。
「ええいっ、そのような事はどうでも良いっ!!しかしスレイの魂……妾とて5000年を超える時を生きた身、人と比してこの魂大海にも値すると自負しておったが、妾が大海とするならスレイの魂はまるで宇宙の如く、全てが包まれ許されているかのような心地であった。本当に人とは思えぬ存在じゃの」
どこか呆れさえ含まれたその台詞にスレイは軽く肩を竦めた。
「何、俺は特別だからな、そもそも宇宙という程度で例えている事自体シャルにはまだ俺の魂の全てを測る事は出来なかった証拠だ。まあ、何にせよ、これでまだ成長途上だ。この先色々と期待してくれていいぞ?」
「お、お主はっ」
その言葉に含まれた艶のある意味に気付き、ますます顔を赤く染めるシャルロット。
あまりにも赤過ぎるその顔を見てますます楽しげに含み笑うスレイ。
そうしてその日は始まった。
「これは」
「また」
『何と』
スレイ、フルール、ディザスターと呆れたような声が響く。
「この200年程忙しかったのだ、仕方あるまい」
どこか恥ずかしそうにしながらも、胸を張って威張るように告げるシャルロット。
「開き直るな」
頭を抑えてスレイは突っ込んだ。
ヘル王国。
シャルロットの城の前。
あれから軽く宿で朝食を摂った後、すぐに2人と二匹はこの地へ転移していた。
このメンバーにとってみれば軽いものである。
ちなみに朝食時、スレイが姿を見せただけで宿の食堂は騒然とした。
恐らくは既にスレイの情報が知れ渡っていたのだろう。
探索者をやる以上情報に敏いのは当然の事だ。
その日公開されたばかりの情報だろうと、朝すぐに知っていてもむしろ当然の事だ。
だが、フレイヤ目当てに男探索者ばかりが泊まる宿屋の事。
男共なんぞに注目されようが嬉しくないと、スレイは切って捨て、全く気にせず優雅に朝食を楽しんだ。
むしろ闇の種族でありながらシャルロットの方が気にしていたほどである。
何にせよSS級相当探索者、最短到達記録保持者というだけでは無い。
クロウの16歳という前例があるとは言え僅か18歳というのも充分に異常。
ましてやたったレベル50でSS級相当のステータスというのはもはや異常を通り過ぎてあまりに馬鹿げている。
そして止めに神獣二匹を従える神獣使いという情報。
当然ディザスターとフルールの二匹にも注目は集まっていた。
ここまで来るとありえなさ過ぎて逆に驚きも麻痺していたのだろう。
畏怖の感情も見せず、好奇の視線が中心だった。
クロウは生きたまま伝説と呼ばれたが、スレイは生きたまま神話になったに等しい。
尤も実際は神話などまだ温いような化物なのだが。
ともかくそんな調子で朝食を終え、気にしないとは言え煩わしいものは煩わしいので、とりあえず今はすぐにシャルロットの居城にと転移してきた一行。
そして見たシャルロットの居城の姿に漏れた感想が最初の言葉だ。
なんというかあまりにも荒れ果てていた。
いや、城自体はその魔導科学の技術の賜物だろう、全く古びた様子すらない。
ただ周囲の植物や、その他まあ色々と。
お化けでも出そうな雰囲気を醸し出している。
「というか、シャルだったら自律型の掃除道具でも作り出していそうな物だと思ったんだが?」
眉を顰めて尋ねるスレイに、シャルロットは罰の悪そうな顔をする。
「それがのう……確かに掃除用の魔神も多数作っておるのじゃが、ついつい忙しくてそれを起動するのも忘れておった」
「……本末転倒な」
流石に呆れ果てて溜息を吐くスレイ。
だが気を取り直したように再び尋ねる。
「しかし、だ。ここを乗っ取った猿は、そいつらを起動していないのか?」
「いや、起動はしておるようなのじゃが、どうも警備用の魔神と同様の侵入者撃退用の機能を持たせて使っておるようで、本来の用途に使っておらんようでのう。まあ、もともと掃除用とはいえ少し動作に改良を加えるだけでそこらの魔物よりよほど物騒な戦闘能力を持てる代物じゃから、まあ上手い活用法といえばそうなんじゃろうが」
「邪神から力を与えられていながらどれだけ臆病なんだその猿は?」
もはや呆れて物も言えないとばかりに頭を左右に振るスレイ。
「そもそもこんな辺鄙な場所に本来の主であるシャル以外のどこのどいつが好んで侵入しようとするんだ?……ああ、その猿自身がその変わり物か」
「辺鄙な場所とは失礼なっ!!確かにヘル王国の王都からは大分離れておるし、妾が統べる吸血鬼達の街からも離れてはおるが、それは研究の為にと、後は妾の立場を考慮してじゃの……」
「わかったわかった」
言い募るシャルロットを無碍にあしらうスレイ。
むぅ、とばかりに膨れるシャルロット。
「なんにせよ、だ。城に突入、猿を倒してその研究成果を保護。基本方針はこれで問題無いな?」
「……うむ、それで問題は無い」
不服げながらも渋々と頷くシャルロット。
「なら話は単純だな。さて、先にも言ったように俺はこれで忙しい。とっとと片付けてしまうとするか」
そのまま城へと歩み寄ろうとしたスレイは、ふと足を止め振り返る。
「だがまあ、見事な物ではあるな」
淡々と呟かれた言葉。
それは遥か彼方に見える黒い巨大なドームへ向けられた物だった。
「闇の種族の中でもシャルが統べる一族、日光を弱点とする吸血鬼達の為に創られた都市。魔導科学の産物か。中々の代物だ……まあある程度の力を持つ者なら日光を浴びても多少力を落とす程度で済むらしいが。まあ、その中でも全く影響が無いシャルは更に特別と言えるな」
ドームに対する評価を語るスレイ。
最後についでのように吸血鬼としてのシャルロットの優秀さを褒めるような言葉も付け加えた。
どこか、教師が生徒のテストの出来を評価するかのような、あくまで上から目線の言い草に、シャルロットは頬を引き攣らせる。
「ま、まあ、一度は魂まで繋がった仲じゃからの。今更、何も言わずともアレが何なのか知っている事には驚かんが、その上から目線はどうにかならんのか?」
ひくひくと頬を震わせるシャルロット。
スレイは肩を竦めて告げる。
「それこそ一度は魂まで繋がった仲だ、俺の全てを“識”る事など絶対に不可能ではあるが、それでもあの程度は俺の基準からすればどの程度の物かは予想くらい付くだろう?この世界の現在の基準で考えれば破格だが、俺が“識”り得る全てと比較すれば、まあただの児戯だ」
バッサリと切り捨てるスレイに、もはやこめかみに青筋まで浮かべるシャルロット。
その肌の白さ故に、それがまたよく目立つ。
「い、言いおるの……っ、大体じゃ、魂まで繋がったと言ってもそれこそ圧倒的なまでに優劣があって、スレイの知識になど妾は欠片も触れられんかったじゃろうがっ!!」
「そうだったか?」
怒鳴るシャルロットに、飄々と返すスレイ。
既に視線は城に戻されている。
柳に風とばかりに受け流され、行き場の無い怒りに苛まれるシャルロット。
そんな事は気にせず、スレイは何故か思い直したように再び城を観察していた。
城自体は何度見てもやはり綺麗な物だと思う。
城の建材、それに塗装、何もかもが新品の城のようにさえ見える。
やはり素材が違うのだろう。
魔導科学の知識を用いて創られた特殊な合金が惜しげも無く用いられている。
城の巨大さも、以前訪れたクロスメリア王国の王城と比べてもなんら遜色は無い。
あくまで、ヘル王国という闇の種族の国の中の一種族の長の城に過ぎないと考えると過剰と言える規模だろう。
ましてシャルロットが留守にするだけでこれだけ荒れ果てるという事は、基本的にはシャルロット1人で住んでいたという事だろう。
先程掃除用の魔神を起動するのを忘れていたからこうも荒れ果てたと言ったからには、別にシャルロット1人しか住まずとも、その魔神達を使って問題無く生活できてはいたのだろうが。
しかしあまりに無駄だ。
無駄に過ぎる。
まあ、結局は人の手により作られたかの城と違い、それこそこの城も建築用の魔神とやらで建築したのだろうから、手間など全く掛からなかったに等しいのだろうが。
だからと言ってわざわざこんな規模にする必要があったのだろうか。
思わずスレイはシャルロットの顔をまじまじと見る。
「な、なんじゃ?」
たじろぐシャルロットにスレイはズバリと言った。
「シャル、お前、派手好きだろう?」
「なっ!?」
過剰な反応を示すシャルロット。
これは図星かとスレイは……。
いや、よく考えてみればその服装を見ただけで一目瞭然だったかと思い直す。
しかし……。
「こ、今度はなんじゃ?」
再びスレイに視線を向けられたじろぐシャルロット。
「いや、シャル。お前寂しい奴だな」
「な、なんじゃそれはっ!!」
怒鳴るシャルロットだが、スレイは相手にしない。
これだけ巨大で派手な城を造りながら1人で住むなど、あまりにも寂しい物がある。
まあ、シャルロットの立場的に、彼女に仕え様とした者はそれこそ山ほど居た筈だ。
だとすると敢えて1人での生活を選んだと言う事だろう。
まあ理由はそれこそ彼女の闇の種族内での立場や、なによりまあスレイが“識”る限りでも相当危険な研究をしていた魔導科学者だという事から誰かを巻き添えにしない為など色々と考えられるが、それにしてもやはり無駄だし寂しい物だと思う。
思わず同情すら湧く。
だが、今はそれは置いておく事にする。
さて、そんな巨大で派手な城だが、今は草は伸び放題、木々も好き勝手に立ち並び、壁に蔦さえ這い回り、酷い有様だ。
まあ、これもその掃除用の魔神とやらを起動すればすぐに綺麗になるのだろう。
だからそれも気にしない。
城に歩み寄るのを思い直した理由である詳細な観察を終えたスレイは、一つ頷くと今度こそ城へと向かって歩みを再開した。
そのまま無造作に城へと近寄って行く。
「ちょっ、ちょっと待てい!!」
シャルロットが呼び止めるも気にせず歩みを進め、そのまま巨大な門の前へと辿り着いていた。
後から追いかけるように飛んできたフルールが右肩に止まり、足下にはディザスターが歩み寄る。
「……は?」
思わず目を点にしているシャルロット。
「え?いや?何故?」
手に取るように混乱が伝わってくる。
勿論スレイはその混乱の理由を知っている。
動体感知式のセキュリティ。
城の周囲には満遍なくそれが張られていた。
生命だろうと無機物だろうと関係無く反応するそれ。
それに全く引っ掛かる事無く門前へと辿り着いたスレイに驚いているのだろう。
何せ、今のこの城のセキュリティは、本来の主であるシャルロットにさえ牙を剥くのだから。
そこまでスレイは“識”っている。
だがそれでも思わず呆れた声が出る。
「おい、何をしているシャル。とっとと来い」
「は?い、いやじゃが、しかし」
スレイは吐息し首を左右に振ると告げる。
「俺を誰だと思ってる、そもそもどんなセキュリティだろうと透過も出来れば無効化も簡単だ。とりあえず適当に無効化しといたからとっとと来い」
「……なんと」
思わず、といった様子で驚いた声を出したシャルロットはおっかなびっくりスレイ達の元へと歩み寄る。
当然、セキュリティが作動する事は無かった。
ちなみにセキュリティの内容もスレイは“識”っている。
思わず天を振り仰ぐ。
「星の自転に合わせ、常にこの城の上空にある魔導衛星か、まあ別に撃たれても俺達は問題無いんだが……シャルだって平気だったんだろう?」
「あ、あれはめちゃくちゃ痛いんじゃぞっ!!」
涙目にすらなりながら詰め寄ってくるシャルロットをどうどうと宥めるスレイ。
ふと、シャルロットは真顔になり、どこか怖い表情で聞いてくる。
「ところで、セキュリティを無効化したというのは、感知用のセンサーに何かしたのか?それとも衛星に?どちらにしても……」
「安心しろ、別に壊しちゃいない、一時的に機能を停止しただけだ」
「そうか……ふぅ」
安心したように胸を撫で下ろすシャルロットにスレイは、だが、と続ける。
「別に壊しても、後で簡単に再生も出来たんだがな」
台無しである。
「ま、まあ良い。それでは門を開くぞ?」
シャルロットが近付くと同時、門の中央の辺りの表面が明滅し、操作パネルの様な形になる。
「ん、なんだ?門を開くようなシステムは特に弄られてないのか?折角思いっきりぶっ壊してやろうかと思ってたのに」
「……ああ、そうじゃろうと思っておったわ!!ふん、どうやら城を乗っ取った輩、スレイの言うところによるとグルスか?奴めは妾を余程舐めておるようでな。システムを弄っておったり、そのままにしておったりと実にいい加減なものじゃよ。とは言え門を開けばすぐに罠が作動するじゃろうな。どうする?スレイならばこの門を透過して罠をやり過ごす事も出来るのじゃろう?いっそそうするか?」
憤慨したように怒鳴ると、その後はどこか不貞腐れたように言い捨てるシャルロット。
だが、スレイは何時もの如く軽く笑い告げる。
「いや、その罠とやらに興味がある。もうとっくに把握してるが、正直シャルじゃ対処できない相手だな。……だが、特に猿の手が入ってる様子は無し。自分で対処できないような物を造ってどうするんだお前は?」
「何を言う、自らを超える力を生み出せずして何が魔導科学かっ!!が、しかし妾で対処できぬ物となると種類が限られて来るの。ガード用の魔神じゃろうが、2種類在る内の果たしてどちらか」
考え込むシャルロット。
だが容易くスレイは解答を与える。
「ん?2種類の内というなら弱い方になるな。もっと強いのは奥の方、猿とお前の言う研究成果の近くに居るぞ?……しかしまあ、複雑な気分だな」
苦い顔をするスレイ。
そんなスレイにシャルロットが突っ込む。
「妾の方が余程複雑じゃわ!!自らが造った傑作が、そのように、あっさりと全て把握され、しかもスレイお主、遊べる玩具程度にしか思っておらんじゃろう!?」
涙目で叫ぶシャルロットに、軽く肩を竦めて答えるスレイ。
「まあな、当然だろ?そもそもにして如何にお前が魔導科学に精通していようが、今この世界のこの時の限界という物がある。まあその枠から少しばかりはみ出しているのは認めるが、結局はその程度だ。どだい俺の相手になる訳がないんだよ。大体だ、複雑な気分ってのはもっと深い話だ」
「なぬ?」
自分の技術のレベルをはっきりと低いと言われ、頭に血が昇りそうになるも、思いの他真剣なスレイの言葉にシャルロットは疑問の声を上げる。
「だってそうだろう?前世の自分の肉体の細胞を使われ、シャルの遺伝子と掛け合わされ造られた娘なんて、いったい俺にとっては何になるんだ?魂の繋がりも肉体の繋がりもない、かと言って全くの無関係でもない。あまりにも複雑過ぎるぞ?というか幾ら研究者とは言え倫理観が無さ過ぎだろう、シャル」
呆れたように頭を抑えるスレイ。
シャルロットは思わずむぐっ、と黙り込む。
しかし次の瞬間猛然と反論していた。
「別に、あの娘は研究として生み出した訳では無いわ!!確かに使った素材が特別な上、その素材の扱いが非常に難しく、そこから上手く育成する為に色々と行った結果一種生体兵器のような存在になってはしまったが、元々の目的は本当にただ妾の娘が欲しかっただけじゃ!!」
「……前世の俺、オメガとのか?」
暫し沈黙した後、やはり肩を竦めて尋ねるスレイ。
僅かに頬を赤らめつつシャルロットは頷く。
「そうじゃ、もうとっくに分かっておるじゃろう。妾はスレイお主に、オメガに惚れておった。が、今こうして生まれ変わってここにスレイは居るが、その様な事200年前の妾が知るはずもあるまい。せめてオメガとの間の娘が欲しいと思うのも不思議はなかろうが?」
「……ふぅ」
吐息するスレイ。
そして湧きあがった疑問を口に出す。
「だが、何故200年前なんだ?」
「魔王陛下が、サイネリア様が生まれたすぐ後だからじゃよ」
「?」
思わず疑問を顔に浮かべるスレイ。
「確か、サイネリアが生まれたからこそ、その娘を解放する事なく放置しなければならなかったんじゃないのか?」
当然の疑問に、だがシャルロットは停滞無く答える。
「確かにの、サイネリア様の後見をするのに忙しかった故にあの娘を解放できなかったのは事実じゃ。じゃが同時にサイネリア様が生まれてそれまでよりはまだ楽になったのじゃよ。何せそれまではいずれ生まれる魔王の代理とは言え妾が闇の種族の頂点の立場にあったも同然じゃったからの。故にサイネリア様誕生のどさくさに紛れ、一時的に研究に精を出し、結果生み出したのがあの娘というわけだのう」
しみじみと語るシャルロット。
その言葉には歳月の重みが感じられた。
なるほど、とスレイは納得する。
「ふむ、なるほどな。事情は分かった。だがまあ、俺は結局どういうスタンスを取ればいい?」
流石のスレイでもこればかりは困惑を覚えざるを得ない。
別に前世の自分が実際に作った子供という訳では無い。
だが遺伝子的には前世の自分の娘という扱いになる。
しかし現在のスレイとは遺伝子的に繋がりも無ければ当然魂の繋がりなどという物も無い。
実に複雑な関係だ。
だがシャルロットの答えは簡潔だった。
「そんな物、自分で決めるがよいぞ」
「無責任な、シャルが勝手に造ったんだろうに」
思わず顔を顰めるスレイ。
それでもシャルロットは表情一つ変えない。
「まあ妾に責任がある事は認めるが、だからと言ってスレイ、お主の思考にまで妾は干渉できんし、何よりお主は自らの考えは全て自らで決める筈。他の物に何を言われようと気にも留めないじゃろう。違うか?」
「……確かにな。これは一本取られたか」
渋い顔になるスレイ。
全く以ってシャルロットの言うとおりだった。
あまりにも色々と想定外の事態に思わず張本人であるシャルロットの意見を求めてしまったが、そもそも何と答えられていたとしても、自分のスタンスは自分で決めていたであろう。
スレイという人間の生き方はそういう物だ。
他人の意見などに左右される物では無い。
それを他人に指摘されるとはな。
思わず自嘲に笑みを零す。
「全く俺とした事がヤキが回ったか?どうやら俺の変化は全てが良い方面に働いている訳でも無いようだな、ある程度の弱さみたいな物も生まれているようだ。それが人間としての欠落を埋める、という事なのかも知れんが」
「?」
スレイの独白に疑問を浮かべるシャルロット。
「ああ、いや気にするな。ただの独り言だ」
スレイは苦笑する。
「まあ、その娘に対するスタンスはその時に決めれば良い事か。さて、それじゃあ門を開けてくれるかシャルロット?お前のご自慢の魔導科学の産物、味わってこの手で壊してやるよ」
「って、わざわざ罠を発動させるのは妾の魔神を壊す為か!!」
怒鳴るシャルロットを抑えるよう両手を上げてみせるスレイ。
「まあ、そう興奮するな。先刻も言ったが壊してもすぐに再生できるんだ、問題無いだろう?」
「気分的に思いっきり問題があるわ!!」
やはり思いっきり怒鳴るシャルロット。
その勢いに、仕方無いとばかりにスレイは告げる。
「まあまあ、それじゃあどうだ?再生するだけじゃなくちょっとばかりサービスしてやるから、それで勘弁してくれないか?」
「サービスじゃと?」
シャルロットは思いっきり嫌な予感を感じて顔を顰めた。
「ああ」
そんなシャルロットの様子など素知らぬ風情で大きく頷くスレイ。
「とっておきの兵器をオプションで付けてやろう、こいつは凄いぞ?完全にオリジナルじゃない、エルフのグラナダ氏族の長老の1人ジンの魔法をインスパイアした兵器というのが少しばかり俺のプライドを傷つけるが、まあこの兵器の凄さを考えればその程度何の問題も無い。何せ“無限を超えた超々×∞無限次多元外宇宙と虚無で満ちた果てなき果てたる最外層”内外の全ての存在の情報を内包した“系統樹”……まあ、存在感に繋がりの無い独立して存在する単一の存在の情報まで無数に含んでいるから本来“系統樹”という呼び方は正しく無いんだが、新しい言葉を一々作るのも面倒臭いから便宜上そう呼ばせてもらおう。その“系統樹”を材料に創り上げるそれこそありとあらゆる存在を触れるだけで殺す“ジェノサイド丸太ドリル”を実装しようじゃないか!!」
「な、な、な、なんじゃそのダサい兵器わーーーっ!?」
得意満面と言った表情で胸を張ったスレイに、顔を怒りで真っ赤にしたシャルロットの怒声が突き刺さる。
一瞬キョトンとするスレイ。
すぐさま苦虫を噛み潰したような表情になると、自らが考案した兵器がどれだけ凄いのかを熱弁し始める。
「何を言う!?こいつは本当に凄いんだぞ!!流石に中級邪神以上の“真の神”や俺やクランド並の存在までは殺せはしないが、それこそそこのディザスターやフルールだって完全に殺せるんだ!!これがどれだけ凄いかシャル!!お前に分からない筈が無いだろう!?」
「なっ!?ディザスターやそこの時空竜までじゃと?……」
『……なぬ?』
「……へ?」
流石に呆然とするシャルロット。
同時にディザスターやフルールも突然引き合いに出され、間抜けな声を出す。
かと思うと次の瞬間にはその物騒な言葉の内容を理解して、ゾッとしたように恐怖の気配を滲ませた。
スレイが言った以上、それが本当だと理解したのだ。
「下級といえども邪神……いや“真の神”とそして汎次元存在たる時空竜ともなれば、そもそも他の存在と情報的、いやもっと深奥の意味での繋がりすら欠片も存在しない単一の真に独立した存在じゃぞ?その存在の情報を内包する“系統樹”?触れただけで完全に殺す事ができる兵器?矛盾じゃろう?」
どこか混乱したように確認するシャルロット。
スレイは顔を顰めて答える。
「だから便宜上“系統樹”と呼ぶと言っただろう。単一の真に独立した存在の情報すら無数に内包したそれを素材にするが故に、それらの存在すら触れただけで完全に殺せる兵器“ジェノサイド丸太ドリル”。どうだ?俺のような例外は除いて、まさに考え得る限り究極の兵器だろうが!!」
興奮したように自慢げに語るスレイ。
ふらり、っと頭を抑えたシャルロットは眩暈を感じたようによろける。
それと同時、ディザスターとフルールがどこか恐る恐る尋ねる。
『あ、主よ?その様な物を創ってどうするのだ?』
「ぼ、僕達に使ったりしないよね?」
3人の反応に、スレイは首を傾げ、不思議そうに言う。
「どうしたシャル、そんなよろけたりして。あとディザスターにフルール、お前達、俺をなんだと思ってる?可愛いペット達にそんな物騒な物を使わせる訳無いだろう。ただ単に漢の浪漫の追求として究極の兵器を創りたい、ただそれだけだ」
ふと、ふらふらしていた状態から立ち直ったシャルロットは思いっきりスレイを睨み付け、怒涛の如く言い募った。
「ええいっ!!そんな物騒過ぎる物創ろうとするでないっ!!正直、あまりに規格外に過ぎて妾でさえその威力が想像できんが、ともかく物騒に過ぎるのは分かるわっ!!だいたい性能がどれだけ凄かろうとダサい物はダサいっ!!まずはセンスを一から磨き直してくるがよいっ!!」
あまりの勢いに、思わず後ずさるスレイ。
そしておそるおそる尋ねる。
「……じぇ、“ジェノサイド丸太ドリル”がダサいと言うのか?」
「ああ、ダサい、ダサすぎる。もう話にならんわ」
「……そ、そんな。漢の浪漫なのに」
どさり、と膝から崩れ落ちるスレイ。
両手を地に突く主を見ても、今回ばかりはディザスターもフルールも擁護しない。
というかフルールなどはちゃっかりスレイの右肩から離れ中空に浮かんでいる。
何せ自分達さえ殺し尽くすような物騒な兵器を漢の浪漫で創ろうとしていたのだ、同情の余地は無い。
「ふ、ふふ。漢の浪漫……。いや、違う。そう、天才とは何時の世もその時代の人間には理解されぬ物なんだ」
ぶつぶつと呟き自らを慰めるスレイ。
暫しそんなスレイを1人と二匹が胡乱な眼差しで眺めるのだった。
そうして自分で自分を慰め何とか立ち直ったスレイはようやく立ち上がる。
またしてもちゃっかりスレイの右肩の上に戻るフルール。
スレイはまだ何処かショックを隠せない様子ながらも、何とか平然を装いシャルロットに問いかける。
「そ、それじゃあシャル?いったいどんなサービスを付ければ納得してくれる?」
そんなスレイを見たシャルロットは、何処か生暖かい眼差しをしている。
「いや、サービスは良い。正直、何をされても怖くてならんわ」
「そ、そんな!?」
またしてもショックを受けよろめくスレイにシャルロットは優しく、しかし実質的な追撃を掛けた。
「まあ、なんというか可哀想になったしの。再生さえしてくれるならもう壊してくれても構わんぞ?実際の損害は無い訳じゃしのう。妾も納得する事にしたわ」
完全な同情に満ちた言葉。
崩れ落ちる事こそ無かったが、その言葉はスレイの胸を確実に抉っていた。
危うく完全な精神制御の奥の核の部分にさえ届き掛ける。
……こんなアホな事態で危うく世界の危機に陥る寸前となっていた。
しかし何とか自分を立て直したスレイは、深く自己に埋没し徹底的に精神制御を強化する。
思考を加速し、他を置き去りにしての、無数に重ねる徹底的な自己の精神強化。
そうして何とか平常の状態にまで立ち直ると、思考の加速を解き、ごく自然に言葉を発する。
「そうか、すまないな。分かった、まあ完全に元通りに直すからそこは安心してくれ」
「あ、ああ?」
『?』
「?」
いきなり完全に立ち直り、通常の状態に戻ったスレイに流石に違和感を感じる1人と二匹。
だが理由までは理解できない。
まさかこんな馬鹿な事で、それこそ最上級邪神と戦うのに等しい自らとの戦いを繰り広げていたなどと想像しようもない。
だが立ち直ったスレイは、そんな1人と二匹の疑問など気にする事も無く続ける。
「それじゃあシャル、早速でなんだが、門を開いてくれないだろうか?いや、俺でも既に開き方は“視”て把握したから開けるんだが、やはりここは城の本来の主の手で開けるべきだろう?」
「というか見ただけでもう既に開け方が分かるとか、お主は反則過ぎるじゃろう?何でもアリじゃな本当に」
違和感を忘れ、今度はスレイの異常な能力に呆れを見せるシャルロット。
だがまあこれは当然の感想だろう。
この門の構造さえ、この世界のこの時代の技術で言えば異常な位に進んだレベルにあるのだ。
本当の意味でこの世界にスレイに出来ない事など無いようにさえ思える。
やれやれと首を振ると、シャルロットは出現したパネルを操作する。
軽い操作の後、音を立てて巨大な門が開く。
門が開ききると同時、世界が静止した。
いや逆だ、スレイが加速していた。
当然の如く世界から隔離される。
だが果たしてどれほどだろう?
光速の数百倍か数千倍か、はたまた数万倍か?
とりあえずシャルロットもまた世界に置き去りにしたが、ディザスターとフルールの二匹が付いてきている事を考えるとその程度の範疇に収まるとは思うのだが。
正直面倒臭いので細かくは把握しない。
ただ、確かなのは今開いた門の奥から飛び出してきたやたらと仰々しい角ばったスタイルの二足歩行の甲殻的な全長3メートル程の人型のオリハルコン製の人形、シャルロットの言うところの魔神、真紀達の世界ならロボットと呼ばれるだろう物と戦うのに最適な速度に無意識に調整しているという事だろうか。
何せ既にスレイは“速度”の概念も“時空間”の概念すらも超越し、それらの縛りを破っている。
遍く全てに偏在する事すら可能なスレイの身にとって、ごく一部の例外の相手を除けば、もはや戦いというのは手段では無くただの目的に過ぎない。
勝つのは決まりきっているのだからただその過程を楽しむ、それだけの物なのだ。
ディザスターやフルールでさえそのごく一部の例外には含まれない。
今回ディザスターとフルールの二匹がこの戦いのステージに立ち入れたのは、まあ相手のレベルがその程度に過ぎなかったという幸運に過ぎない。
スレイが戦いを楽しむつもりが満々なのを察したディザスターとフルールは既にスレイから距離を取り、見物に回っている。
ヴェスタによって隔離された世界において、ごく一部の例外に当たらないこの相手がシャルロットを傷つけられる可能性はまず無いが、一応念の為にシャルロットを守るような位置に陣取っているあたり、優秀なペット達だ。
スレイはまずは悠然と相手を観察する。
先程刹那に見て取った通り材質はオリハルコン製。
しかも完全にだ。
繋ぎ目の一つも存在しない。
それでいて人型を取りながら稼動域は人以上だろう。
魔神を動かす制御系が凄まじいまでに強靭な意志を宿している事を感じ取る。
どうやらシャルロットの研究は精神を解明し、それを利用する領域にまで到っているらしい。
自分では無い自分の記憶の中のシャルロットからの成長を想い思わず笑みが浮かぶ。
だが繋ぎ目の一つも無い完全な一連なりのボディでありながら、やはり先程見て取ったように甲殻的で仰々しい形をしている、真紀達の世界の価値観で言っても先鋭的で、それでいて重厚感に溢れているデザインだろう。
これについては機能というよりシャルロットの美意識上の拘りだと予想する。
内部も完全なオリハルコンの塊。
傷一つ存在しない。
つまりこの魔神はそこだけを見るならばオリハルコンを掘り出した彫刻に等しい。
だが先程も述べた強靭な意志すら宿した制御系に加え、様々な魔導科学的な繊細な機構を、そのオリハルコンの彫刻の内部に刻み込み機能させる事で、真紀達の世界で言うSF小説に出てくるような最新鋭のロボットなどよりも余程に複雑かつ高度な構造を確立している。
物体として見るならばただのオリハルコンの彫刻に過ぎないこの魔神が、実質は数え切れない程の高度な機能と絶大な威力の兵器を内臓した戦闘用の代物だなどと、それこそこの世界の存在には見抜けまい。
あまりにもシャルロット1人の魔導科学の水準が、この世界で逸脱した領域に到達していた。
ふん、まあ猿がシェルノートの知の誘惑に屈するのも分からなくはないな。
そんな知の水準など嘲笑うであろう、全知ですらまだ物足りぬと、更なる叡智の革新を求め、その為だけに在り続ける上級の“真の神”を思い浮かべ、そしてその神のほんの戯れにすぎない好奇心の玩具になったであろうヘル王国の宰相“魔猿王”グルスに多少の同情を覚える。
だがまあ多少に過ぎない。
幾ら“真の神”とは言え、シェルノートもまた知の探求という悦楽に興じた邪神。
世界の大敵。
その誘惑に乗るとは即ち自らの弱さに負け堕ちたという事だ。
そしてこれはただのスレイの個人的な感情だが、やはり美女ならともかく猿に対しては同情も覚え難い。
だからその下らない企みを打ち砕くのに何ら躊躇いはないが。
さて、とスレイは迫る魔神を見ながら思う。
魔神の大体の水準を把握すると共に、それ以上の情報は遮断した。
あまり“識”り過ぎては戦いを楽しめない。
何せスレイにとっては戦いこそが手段ではなく目的なのだ。
まあ、今のスレイには世界の安定を図るという大きな目的も、邪神共を討つというより大きな目的も、いつか帰って来るあの男と再び戦うという最終的な目的も存在するが、それはそれだ。
今この時はこの戦いを楽しむ事が目的で間違い無い。
敵の機能については把握する前に“視”るのを止めた。
さあどう来る。
口元に笑みを浮かべその時を待つ。
ふと魔神の右手が淡い輝きを放つ。
同時、右手が長大な刃へと変形する。
ちっ、と思わずスレイは舌打ち。
滑らかで全く無駄の無いスムーズな変形だ。
だが“現在”のスレイにはあまりに遅く見え過ぎていた。
無意識に任せた速度の調整がどうやら僅かにズレていたようだ。
少しばかり速過ぎた。
思考が容易く魔神の動きを置き去りにしている。
刹那に現在の自らの速度域を把握。
光速の数百倍程度と瞬時に理解すると、その速度域での微調整を施す。
僅かに自らの速度域を落とすと途端体感速度を増す魔神。
口端を吊り上げて笑いながら、自らに向けて振り下ろされる長大な刃をスレスレで躱すスレイ。
ぶぅんという音ですらない振動を感じる。
そして空間が裂けた。
どこまでも暗き深淵。
空間に開いた裂け目から得体の知れぬ気配が漏れだす。
どうやら次元や時空間を切り裂いてしまったらしい。
超次元振動ブレードと言ったところか。
そう魔神の刃を推測するスレイ。
本来ならそう悠長に笑って観察していていいような代物でもないのだが。
体感における次の瞬間。
あくまで体感における、だ。
いまこの世界には時系列など存在しないに等しい。
ともかく次の瞬間には裂け目はあっさりと消え去っていた。
まあ、当然だろう。
何せかつての最強の“真の神”超神ヴェスタ。
ヴェスタの遺骸より創られ、その力を遺したこの世界。
その力により閉ざされ世界より隔離されたこの空間だ。
たかが次元や時空間の裂け目程度、どれほど深かろうが、それこそ得たいの知れないモノ達の気配が漏れ出てくる程に深いところに繋がろうが、片手間に修復されるに決まっている。
ことこの世界に於いてはこの程度の力、話にもならない。
そう思考しつつ、スレイはしまったと思う。
中々に見事なその技術に気を取られ、身体を自然に動くに任せた結果、予定外の事が起きていた。
既に魔神のそのオリハルコンの身体の半ばまで何の抵抗も感じずに徹った真紅の刃。
まだまだ楽しむつもりでいたスレイは思わず自らの失敗を嘆く。
次の瞬間、スレイの右手で振るわれたアスラによって魔神の身体は両断され、内臓されていたそれこそ本来なら素粒子単位まで破壊しなければ瞬時に元に戻る筈の再生機能さえも殺され、完全に機能を停止していた。
暫しそのまま静止し続ける魔神。
完全に刃が通ったにも関わらず、その気になれば軽く素粒子の一粒さえ見れるスレイの目で見てもその胴体には欠片の線も存在しない。
或いは斬った刀がこのアスラで無ければ、これほど見事な切断を成したならば、完全に胴体を刃が通り抜けたにも関わらず、斬ったという事実すら無かった事になったかも知れない。
それほどの斬撃であった。
しかしアスラを用いてスレイが斬った。
である以上もはやその結合は完全に殺され機能も停止している。
既に終わっているのだ。
あまりに見事さに感嘆の吐息をするディザスターとフルール。
対しスレイは少しばかり無念を滲ませた溜息を吐きつつゆったりと優美な曲線を描きアスラを納刀した。
軽く涼やかな音が鳴り響く。
同時、隔離が解かれ動き出す世界。
シャルロットもまた目の前を認識し、悠然と立ち尽くすスレイと何時の間にか現れ動かず停止している己が製作物である魔神を見て困惑する。
彼女には状況が分からなかった。
スレイが自らの理解の及ばぬ程の高みに在る事も、また自らの製作物の機能が自身を超えている事も理解はしている。
だが何故スレイは悠然と立ち尽くし、そして自らの造り上げた魔神はただそこに停止しているのか。
自らが認識できない領域で何が起こったのか。
それが分からない。
だが答えはすぐに示された。
全く切れ目など見えなかった魔神の胴体がズレ、上半身部分が斜めにずり落ち、そのまま地面に鈍い音を立てゆったりと落ちていく。
覗く断面はあまりに滑らかで。
一瞬、シャルロットは何が起こったのか全く理解できない。
しかしすぐに状況を把握すると自らの造った魔神の機能を知るが故にシャルロットはスレイに思わず警告の言葉を投げかける。
「待てっ、油断するでないスレイ!!そやつには再生機能が……」
「問題無い」
端的な言葉でシャルロットの警告を遮ったスレイ。
静かな迫力に思わず口を噤むシャルロットになんでもないように続ける。
「その再生機能も含め、あらゆる機能を停止した。専門家だろう?そいつの内部の構造まで含め良く視てみろ」
「むぅ?」
淡々と告げられた言葉通り、シャルロットは視覚を魔導的に強化し、真っ二つになり上半身は地面に落ちながら、下半身は未だに直立したままの自らの製作物である魔神の内部の構造に到るまで全て確認する。
そして驚愕する。
胴体を断ち切った一閃以外、魔神に損傷は無い。
内部の魔導科学的な精密な構造に到るまで同様だ。
そして本来、魔神の機能は一部が損傷したところで他の部分が独立して機能し、損傷部分さえも補完し、再生機能により完全な機能を取り戻すようにシャルロットの手で造り上げられている。
それがどうやったのか全く理解不能だが、胴体を断ち切ったただ一閃により、ありとあらゆる機能が完全に殺され停止していた。
形は完全に残っている。
なのに動作する気配が全く無い。
唖然とするシャルロット。
異常だった。
あらゆる理を無視していた。
ただ強いというだけならシャルロットとて今更驚かない。
スレイの異常な強さについては事前に理解していたつもりだった。
だがこれはそういう物ではなく、そもそも何もかもが違っていた。
もはや言葉も無いシャルロットにスレイがどこか不貞腐れたような子供っぽい声音で告げる。
「さて、ただ普通に元通りに戻せばいいんだったな」
何を言われたのか理解できないシャルロット。
その前で一瞬にしてそれは起きた。
気が付くと目の前に存在する、直前まで真っ二つになっていた気配など、そして機能が停止していた事など感じさせない、完全に動作している魔神。
僅かに一歩踏み出したその魔神に、シャルロットは思わずビクリと身を竦ませる。
「ふぅ、問題無い。猿が弄る前の時点に遡り再生しておいた。今のそいつはきちんとシャルを主と認識している。とりあえず、俺とディザスターとフルールがお前の客人だと言い聞かせてくれるか?音声認識で充分なんだろう?どうやら俺達の事を探ってるようでな。まあ、攻撃されたところでどうとでもなるんだが、そんな余計な手間を掛けるなど馬鹿らしいだろう?」
軽く肩を竦めるスレイ。
視ると確かに魔神はスレイとディザスターとフルールに対し、軽く魔導的なソナーによる探知を行っている。
この本当に微細な魔力の欠片の意味さえ読み取ったというのだろうか。
スレイの力に思わず畏怖さえ覚える。
しかし何時までもこうしている訳にも行くまい。
高度な知能を持つとまではいかないが自律意志を持つ魔神が、探知しようとしてそもそも理解のできない反応が返ってくる三者に困惑し、攻撃的な意志を持ち始めているのが分かる。
本来ならば、主であるシャルロットの近くに在り、敵対的な関係では無いと見える相手に対しそんな反応を示す事は無い筈なのだが。
恐らくは得体の知れないモノに対する恐怖が、本来の役割さえ超えた暴走を引き起こそうとしている。
シャルロットはこの魔神をそういった事が起きてしまう程に高度に造り上げてしまったのだ。
慌ててシャルロットは静止の言葉を発する。
「待てい。こやつらは妾の客人じゃから何の問題も無いぞ」
シャルロットの言葉に、困惑し暴走しかけていた魔神が、明確な方針を与えられ、そのまま静かに佇む。
そんな様子を余所に、フルールは飛翔しスレイの右肩へと止まり、ディザスターもまたスレイの足下に駆け寄っていた。
そしてシャルロットが魔神を静止するのを興味無さげに眺めていたスレイは、事が終わったのを見計らいシャルロットの元へと歩み寄ってくる。
「さて、そいつに関してはリクエスト通りにした、門も開いた、問題無く中へ進める。さぁ行こうか、と行きたいところだが……」
小憎らしい程に冷静に言葉を連ねていたスレイだが、軽く鼻を鳴らして思わせぶりに間を置く。
「なんじゃ?何かあるのか?」
「ああ、まあな。中に入ってからの基本方針を確認しておこうと思ってな?」
「基本方針?」
キョトンとして返すシャルロット。
「基本方針も何も、グルスの奴とあの娘が居る所に行くだけじゃろうが?」
「ふぅーっ」
シャルロットの台詞に吐息するスレイ。
その態度にシャルロットは思わずこめかみをひくつかせる。
「……何じゃ?何か文句でもあるのかのう?」
少しばかり詰め寄るようなシャルロットに、スレイは軽く両手を広げ抑えるようにしながら淡々と答える。
「何、簡単だ。先刻少しばかり探った時に、恐らくはお前が言った掃除用の魔神とやらを含む複数のそいつよりは構造が単純だが同一の技術体系で造られた、恐らくはお前の生活補助用の召使みたいな役割を果たしてた魔神達か?それらが動いているのを察知してな」
「何じゃと?グルスの奴の仕業か?しかしならば何故城はこんなに荒れたままなのじゃ?」
疑問の声を上げるシャルロット。
「だからそれが本題だ。どうも猿の奴はそれらを本来の目的で使用せずに、少しばかり改造して侵入者撃退用として使ってるようでな」
「なっ!?奴め、妾の魔神を勝手にっ!!」
「どうどう、落ち着け」
両手を上げて宥めるスレイ。
「まあ、怒るのも分からんでも無い。そもそもだ、こいつを突破できた侵入者相手に、そんな本来は生活補助用の魔神を多少改造した程度の物をぶつけたところで何の意味も無いだろうにな?幾らシェルノートから知識を与えられたと言っても、使い手がヘボくちゃ宝の持ち腐れだな?」
「そ、そう言われてみれば、確かに意味がないのう」
納得したように頷くシャルロット。
「という訳で、少しばかり戦闘用に改造されてるそれらの魔神だが、こいつみたいに壊した後再生しようと思うんだが、その時取り付けられた戦闘用の機能はそのままにするか、それ以前の完全な生活補助用のただの召使用の魔神に戻すかを聞いておこうと思ってな?」
「そんな物考えるまでもないわ!!グルスの奴などに取り付けられた機能など不要じゃ!!本来の妾が造ったままの状態に戻すがよい!!」
「はいはい、了解したよお姫様」
怒りのあまり命令するように告げてくるシャルロットに、スレイは苦笑して頷いた。
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