クラスアップを終えたスレイはそのまま待合室へと戻る。
やはり周囲の視線を集めながらもフルールを右肩に乗せ、ディザスターを侍らせそのまま待合室を出た。
一応神殿内で出口に向かいがてら、軽くジュリアの姿を探しては見るが、見当たらなかった為そのまま外へと出る。
そして、やれやれ手間だな、と思いつつ探索者ギルド本部へと向かった。
探索者ギルド本部。
ギルドマスターの個室にて。
普段は受付で話を通してもらうだけでこの個室に軽く通してもらえる程に顔を知られたスレイだったが、今回は違った。
SS級相当探索者になったので申請しに来たと伝えると、受付の職員が顔色を変え探索者カードの提示を求めて来たのだ。
正直探索者ギルド本部の職員とは言え、殆ど知らない他人に探索者カードを見せる事には抵抗があったのだが……。
しかし探索者ギルドでの規則だとまで言われれば仕方無い。
今のところスレイに探索者としての立場を手放すつもりは無かったので、仕方無くカードを差し出しステータスを表示する。
スレイ
Lv:50
年齢:18
筋力:SS
体力:SS
魔力:SS
敏捷:EX
器用:SSS
精神:EX+
運勢:G
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、神殺し(ゴッド・スレイヤー)、虐殺者、双刀の主
特性:天才、闘気術、魔力操作、闘気と魔力の融合、概念操作、思考加速、思考分割、剣技上昇、刀技上昇、二刀流、無拍子、寸勁、寸勁(刀術)、浸透勁、浸透勁(刀術)、化勁、明鏡止水、無念無想、心眼、刀人一体、高速詠唱、無詠唱、多重魔法、融合魔法、炎の精霊王の加護、炎耐性、毒耐性、邪耐性、神耐性
祝福:無し
職業:剣皇
装備:紅刀アスラ、蒼刀マーナ、ミスリル絹のジャケット、ミスリル絹のズボン、牛鬼の革のスニーカー、九尾の腕輪
経験値:4901 次のLvまで99
預金:1000562コメル
カードを見た途端、受付の職員の顔色が劇的なまでに変わった。
赤くなったり青くなったり、忙しいものだとスレイは呑気な感想を抱く。
手を震わせながら慌てて通信する受付の職員。
恐らく相手はゲッシュだろう。
予想通りすぐにギルドマスターの個室へと向かうように告げられる。
正直、これなら余計な手順など要らなかったと思うのだが……。
まあ、そういうお役所仕事も、社会の仕組みとしては必要なのだと理解できる程度の鷹揚さは持ち合わせている。
そのままスレイは悠然と、特に慌てる事も無くギルドマスターの個室へと向かった。
そして今現在に至る。
スレイの目前で机の上に肘を突き、手を組み、顔を項垂れるゲッシュ。
ギルドマスターの個室の扉をスレイがノックした後。
「入りたまえ」
という声に従い室内に入った時からずっとこのままだ。
それからスレイは泰然と立ったまま待ち続けているが、なかなかゲッシュが動き出す様子は無い。
そろそろ声でも掛けてみようかと思った時だった。
「ふぅーーーっ」
ゲッシュが長い長い吐息をし、顔を上げる。
その瞳には疲れが滲んでいた。
「どうしたゲッシュ、仕事のし過ぎか?顔に覇気が無いぞ」
「誰の所為だと思っているのかね?誰の」
心配して尋ねてみるスレイ。
だが不本意な事にゲッシュは眉間を抑えながらまるでお前の所為だとでも言いたげな視線を向けてくる。
スレイは遺憾の意を示す為肩を竦め、眉間に皺を寄せ反論する。
「“今回は”特に何をした覚えも無いが?」
「わざわざ“今回は”と言う辺り、色々と自覚があるようで涙が出る程嬉しいよ」
返って来る皮肉。
またもスレイは眉間に皺を寄せる。
「なんというか失礼な言い草だな?」
「日頃の行いを省みてくれたまえ。……まあいい、今回は関係の無い事だ。とりあえず早速探索者カードを見せてもらえるだろうか?」
ようやく本題に入ったゲッシュにスレイは歩み寄る。
ゲッシュ相手なら殆ど身内のような物なので、受付の職員に対するような抵抗感は全く無い。
そもそも先程の皮肉の応酬も気安さから行ったものだ。
すぐにカードを取り出しステータスを表示する。
スレイ
Lv:50
年齢:18
筋力:SS
体力:SS
魔力:SS
敏捷:EX
器用:SSS
精神:EX+
運勢:G
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、神殺し(ゴッド・スレイヤー)、虐殺者、双刀の主
特性:天才、闘気術、魔力操作、闘気と魔力の融合、概念操作、思考加速、思考分割、剣技上昇、刀技上昇、二刀流、無拍子、寸勁、寸勁(刀術)、浸透勁、浸透勁(刀術)、化勁、明鏡止水、無念無想、心眼、刀人一体、高速詠唱、無詠唱、多重魔法、融合魔法、炎の精霊王の加護、炎耐性、毒耐性、邪耐性、神耐性
祝福:無し
職業:剣皇
装備:紅刀アスラ、蒼刀マーナ、ミスリル絹のジャケット、ミスリル絹のズボン、牛鬼の革のスニーカー、九尾の腕輪
経験値:4901 次のLvまで99
預金:1000562コメル
「……」
表示されたステータスを見たゲッシュは暫し絶句する。
「どうした?」
分かっていて軽くからかうように聞いてみるスレイ。
ゲッシュは眉間を揉み解すようにしながら答えた。
「いや、分かってはいた事だ。……ああ、理屈では分かっていた。だが、こうも目の前で現実として見せられると……」
またも沈黙するゲッシュ。
スレイは楽しげに尋ねる。
「ふふん?どうした、何か問題でもあるのか?」
「……ああ、問題だらけだとも。まずこのステータス。紛れも無くSS級相当に到達している。だが何故たかがレベル50でSS級相当のステータスに到達できるのだ!?」
これで相当の胆力を備えるゲッシュだ。
立場上様々な探索者を見てきたもいる。
それでも尚、声を張り上げずにはいられない彼に、スレイは追い討ちを掛けるように告げる。
「さて?神々の創ったシステムの判定基準までは分かりかねるな。だが一つ言っておくと俺の能力はここに表示されているステータスよりもっと上だぞ?今までゲッシュ自身が見てきた俺の戦歴を思い出してくれれば分かると思うが?……ああ、ついでに先程【欲望の迷宮】で異世界の女神を1人で瞬殺してきた」
「君は、本当に……」
ゲッシュは頭を抱える。
そのまま再び暫しの沈黙が続く。
これでは埒が空かないとスレイは再びゲッシュに問う。
「それで、他にも問題があるのか?」
どこまでも軽く楽しげなスレイの声音。
その調子に、僅かばかり殺意すら覚えつつゲッシュは言う。
「ああ。まず、だ。君は剣士職でありながら、何故これほどに魔法系の特性に質も量も恵まれているのだ!?」
半ば悲鳴に近いゲッシュの問い。
だが無理も無い。
多重魔法や融合魔法などは魔術師職の探索者であっても、極一部の選ばれた者しか習得できない特性だ。
それを剣士職。
しかも18歳でレベル50に過ぎないスレイが身に付けている。
あまりにも異常に過ぎる。
だがそんなゲッシュの思いと裏腹に、スレイは淡々と自らの能力を分析し、あり得そうな答えを返す。
「ふむ、先程も言ったように、神々の創った探索者システムの細かい事までは知らんが、恐らくは俺の魔法に対する造詣の深さが理由だろうな。サクヤ以上に魔導の知識に長けている自信があるぞ?」
不敵に笑い告げるスレイ。
絶句するしかないゲッシュ。
だがスレイの台詞を否定は出来なかった。
なにせゲッシュはスレイがサクヤの魔法を容易く無効化してのけたその現場を眼前に目撃している。
100年近い時を生き、魔術師系の探索者として最高峰の実力を持つサクヤより深い魔導への造詣。
それをこの若さで、しかも剣士職にありながら身に付ける。
異端中の異端。
今までもスレイの異常さは散々見せ付けられてきた。
それでもまだなお、スレイはこちらを驚かせるような何かを見せ付けてくる。
ゲッシュはもはや諦観の念すら抱きつつ続ける。
「次にだ、また探索者ギルドの歴史を全て知る私でさえ知らないような称号や特性が増えている……これが問題でなくて何だと言う」
どこか疲れたようなゲッシュの言葉。
だが容赦なくスレイは現実を叩き付ける。
「そんなのは単純な話だろう。現実に探索者カードにそれらが称号や特性として表記されている以上、探索者ギルドの今までの歴史では、神々の創り上げた探索者システム、その極一部しか明らかに出来なかった、それだけの事だと思うぞ。恐らく、探索者ギルドの創設前、かつての聖戦時などはまだまだお前達の知らない様々な特性や称号を持つ者が存在しただろうな」
「なっ!?」
笑って言うスレイに、椅子から腰を浮かせてまで驚愕するゲッシュ。
だが、言われてみれば充分考えられる事だ。
かつての聖戦時、職業:勇者を有していたとは言え、邪神達すら封印してのけた探索者達。
彼らが持っていた称号や特性が今の探索者達が持つそれと同じ物だけとは思えない。
納得し、再び椅子に腰を落ち着けるゲッシュ。
探索者ギルドが今まで築き上げてきた歴史。
それにより発見されてきた様々な物。
だがそれより昔に失われた物の方が多かったという事か。
現在の探索者ギルドの代表として、自嘲の笑みを浮かべるゲッシュ。
精神的ダメージは受けつつも、一応の落ち着きを取り戻したゲッシュに、しかしスレイは更に追撃を掛けた。
「ちなみにだ、俺は探索者カードに表示されないような……つまり探索者システムの想定外の能力も持っているんだがな」
「……は?」
顎が外れそうな勢いで口をポカンと開くゲッシュ。
『……主』
「……スレイ」
ディザスターとフルールが意地悪く笑うスレイを呆れたように見て、ゲッシュに気の毒そうな視線を向けた。
「まあ俺は便宜上それらの能力を隠し特性、なんて呼んでる訳だが。加速した思考を尚超えた速度で奔る直感と常軌を逸した刹那の発想の“閃き”や、この目で視た技や魔法等を解析しより高度に洗練した上で己が物にする“進化コピー”などの能力がそれに当たるな」
「……そうか」
静かにただ一言返すと、そのまま何やら机の引き出しを開き、書類を取り出し始めるゲッシュ。
スレイは当てが外れたように疑問の声を上げる。
「なんだ?随分と落ち着いているな」
「君に関しては、もう何が起きても驚くだけ無駄だと分かった。……つまりもう完全に諦めたんだよ」
どこか乾いた笑いを浮かべつつ告げるゲッシュ。
流石にスレイも少しばかりやり過ぎたかと反省する。
もう遅いが。
「それで、その書類は何なんだ?」
話題転換に尋ねるスレイに、ゲッシュは落ち着いて答える。
「君もここに来る前に聞いてきたと思うが、新しいSS級相当探索者の誕生とは、つまり新しい戦略級の兵器が生まれたに等しい……君の場合そんな枠で括るのも馬鹿らしくなるが。まあ、それはともかく。そんな存在が生まれたならば、その情報は全世界で共有せねばならない。君だって、故郷の田舎の村に居た時でさえ、SS級相当探索者の事は普通に知っていただろう?」
「ああ、そういえばそうだな」
かつて、故郷の村でも自分が9人のSS級相当探索者の名前は当然の様に知っていた事を思い出す。
隠棲して元SS級相当探索者になっていたクロウとサクヤの事は書物で知ったのだったが。
「現在存在するSS級相当探索者の数は11人。……まあ、クロウ殿次第では元SS級相当探索者が何人か現役に復帰する可能性はあるが。それはともかく君は現在の12人目のSS級相当探索者として、しかも探索者となりおよそ2ヶ月半でSS級相当探索者となった最短記録保持者としてその存在を世界に公表される事になる。ちなみに今までの最短記録保持者はクロウ殿だった。それと君は18歳だから最年少記録保持者は変わらず16歳でSS級相当探索者になったクロウ殿だな」
「ふむ。クロウは大分若くから探索者になっていたんだな」
どうでも良い事に感心するスレイ。
「ああ、そうなるね。それでだ、これで君は12人目のSS級相当探索者“黒刃”スレイとしてその名を世界に知られる事になる。ちなみにステータスについては年齢とレベル以外は例え各国上層部にとて公開される事は無いから安心していい。その辺のプライバシーは当然配慮されるよ。まあ、逆にこの年齢とレベルだけでSS級相当探索者、という事実はより一層君を謎の……」
「ちょっ、ちょっと待った!!」
淡々と説明するゲッシュに、珍しく心底焦ったように台詞を遮り割って入るスレイ。
「……ふむ、どうしたのかね?」
見た事も無いようなスレイの必死の形相に、若干引きつつゲッシュは尋ねる。
「その“黒刃”というのも、公表されるのか?」
顔を引き攣らせつつ問うスレイに、ゲッシュは疑問顔で頷く。
「ああ、SS級相当探索者はその二つ名と共にその名を知られる事になる。現に、SS級相当探索者全員の二つ名を君は知っているだろう?“黒刃”というのは既にかなり広まっていると思ったのだが……何か希望の二つ名でもあるのかね?」
スレイは一瞬ふらりとよろめくと、最後の希望に縋るように掠れた声で尋ねる。
「二つ名、が無し、というのは無理なのか?」
「ふむ、それは無理だね。何せ探索者ギルド始まって以来の慣習だ」
一瞬本気で眩暈を起こしたように頭を抑えると、スレイはどこか苦悶するような声で呻くように言った。
「分かった……もういい……“黒刃”でいい。好きにしてくれ」
それは今までのどのような敵と戦った後よりも、ずっと疲弊した姿だった。
どこかやり切れない表情でギルドマスターの個室を出たスレイは、そのまま探索者ギルド本部の出口へ向かう。
12人目のSS級相当探索者誕生の情報がすぐに出回ったのだろう。
どこにこんなに居たのかと思うような職員達が現れ、スレイを見物に来たようだが、とても新しく輝かしい地位を手に入れた物とは思えない、疲れ果てたような、哀愁すら滲み出る姿に目を丸くしていた。
スレイのステータスを見て、スレイに対しもはや恐怖心すら抱いていた筈の受付の職員までもがポカンとした表情でスレイのそんな姿を見送る。
そしてスレイは探索者ギルド本部の外へと出た。
出ると同時、すぐにとある事に気付くが、気力の湧かないスレイはどうでも良いと言わんばかりに何も口にしない。
右肩に乗ったフルールも、足下のディザスターも当然その事に気付いているので、それについて何も言わないスレイに驚きの視線を向ける。
そもそも完全な精神制御を誇る筈のスレイのこの姿があり得ない。
いや、今現在も精神の核と言える部分は完全に制御されているのだが、表面上の精神状態でさえ、このような弱ったところを見せるなど、過去の姿を考えればもはや驚嘆に値する。
むしろ今までが人として欠落していて、それだけ現在は人としてあるべき姿に還りつつあると言えるのだが。
ともあれ暫し歩き、スレイが拠点とするフレイヤの宿が近付いて来た頃。
ようやくスレイはその重い口を開く。
「ふぅ、この気分の重い時には正直相手にしたくないな、あのわんぱく小娘は……」
フレイヤの宿の方向に視線を向けたまま、どこか暗い面持ちで告げるスレイに、フルールが驚愕の声を上げる。
「えっ!?スレイが美女の相手をしたくないって!?ちょっと、本気で大丈夫スレイっ!!暫く色々と休んだ方がいいんじゃっ!?それにわんぱく小娘って、彼女ってどう見ても大人の美女だし、実年齢もこの世界の存在としては凄い方だよねっ!?」
『いやあの小娘は幾ら齢を経ようと本質は変わらぬままだろうな。むしろその呼び方が自然と出てくる辺り、主も前世の記憶を本格的に記憶として思い出してきたか?』
「ああ、かもな。……こんな思い出し方は嫌だったが」
相変わらず凄艶なオーラを発しながら、どよんとした暗い雰囲気を醸し出しとぼとぼと歩くスレイの存在はもはや凶器に近しく、周囲を歩く人間をギョッとさせる。
周囲の様子など気にせずそのまま歩き続けるスレイに、フルールが少し驚いたように尋ねた。
「え?彼女ってスレイの前世やディザスターと知り合いなの?」
「……まあな」
『小娘の年齢を考えれば不思議ではあるまい』
気力無く答えるスレイと、あっさり答えるディザスター。
「まあ、そうかもしれないけど……」
ちらちらとスレイの顔色を伺うフルール。
スレイは過去の、具体的には各国の代表が集まった時の会議の時の自分を思い出し、より暗い声で呟く。
「ああ……、あいつの事をイイ女だとか考えてた過去の自分を消し去りたい」
『い、いや待て主っ!!確かに本質となる部分は変わっていないかも知れないが、積み重ねた経験により蓄積された様々な物はその存在の価値を変える。あの小娘もわんぱくであると同時にイイ女となっている可能性は充分に有る!!』
「そうだよっ!!僕から見ても充分絶世の美女って感じで、ミステリアスな雰囲気だって醸し出してたよっ!?」
慌ててスレイに意見を述べ立てるディザスターとフルール。
何せ今のスレイの場合、過去の自分を消し去りたい、などという戯言も実行可能で洒落にならない。
「ああ、分かってる。理屈では分かってるんだ……。でもこういうのは、そう、理屈じゃなくてな……。ふぅ……、絶対あいつの目的の相手は俺だな。というか他に居ない……はぁ」
もはや現世を儚むようなスレイの様子に、フルールはディザスターに本気で心配そうに尋ねる。
「ねぇ、スレイ本当に大丈夫かな?」
『むぅ……。恐らく、だが、問題はあるまい。何をどう言ったところで今の主は女好き、事に美女美少女には目が無い。あの小娘も性格はわんぱくではあるが、善良な事だしな。……ふむ、今の主なら暫くすれば問題無く女に対する欲望の方が過去の記憶に勝るだろう』
「……それって、大丈夫っていうの?」
『主の場合はそのぐらいの方が丁度良い』
「うーん……そう言われれば、そうなのかなぁ?」
『ああ、間違い無い。今の主は戦闘欲と性欲が最高のモチベーションだ。その2つが満たされてる状態がベストと言えるだろう』
ディザスターが真面目に言うのに、思わず苦笑するフルール。
「なんかもう、それって駄目人間じゃない?」
『……一面では否定できんな。しかしそのモチベーションで容易く神すら殺してみせるというのだから、駄目人間どころか大した漢だろう?』
「うん、それは確かに」
そのようなペット達の、自らに対する失礼な評価すらもどうでも良いと言わんばかりに聞き流しつつ、スレイはフレイヤの宿に歩を進め続けた。
フレイヤの宿。
宿屋“止まり木”。
入り口を開けて入ると同時に明らかに普段とは違う様子が見て取れるも、既に予想していたスレイは気にも留めない。
カウンターに居たフレイヤとその足にしがみ付いていたサリアはスレイを見るとほっとした表情をして話し掛けてくる。
「スレイ、良かった。あのね貴方にお客さんが……」
「スレイお兄ちゃん、あのお姉ちゃん怖い!!」
フレイヤの言葉に被せるように叫んだサリア。
無理もあるまい。
宿に満ちた闇の力に、サリアどころか宿に泊まる探索者の男達ですらビビったように大人しく食事を摂っている。
その力を発しているのが規格外の美女であるにも関わらず、だ。
サリアの不躾な言葉に叱ろうとしたフレイヤを制し、サリアに近付き優しく微笑み軽く頭を撫でてやると、サリアはキョトンとした表情になる。
恐怖を感じなくなったからだろう。
今撫でたと同時に軽く魔法を掛けておいた。
サリアは現在一時的にあらゆる力に対する耐性が大幅に上がった状態にある。
これで問題あるまい。
サリアはスレイに撫でられた事で恐怖が和らいだと思ったのか、スレイを見て嬉しそうに笑っている。
まあ、実際それで間違いは無いのだが。
そんな様子を微笑ましく見つつ、スレイはフレイヤに対し答えを返す。
「俺に客人だろう?分かってる。迷惑を掛けて悪いな。ちょっとばかりお行儀が悪いようだから叱ってくる。すぐに問題無くなる筈だから待ってろ」
先程までのどんよりとした様子はなんだったのかと言いたくなる程の変貌ぶりだった。
その表情には不敵な笑みが浮かび、自信が満ち溢れている。
「ねぇ、ディザスター」
『……主はええかっこしいだからな、自分の女の前で無様な姿など見せる筈があるまい』
「聞こえているぞ?」
軽い、しかし力在る声に、思わずビクリと身を震わせるペット二匹。
その様子をやはり悠然と笑い見やりつつ、スレイはカウンター近くに併設された食堂、その周囲が空いた一つの席へと向かう。
「ふむ、遅かったのう。随分と待ちくたびれたぞえ」
「ふん、久しぶりと言えばいいのかな。だがまあとりあえず、その物騒な闇の力のプレッシャーを引っ込めろ“吸血姫”シャルロット」
そこには吸血鬼一族の長にして、闇の種族の実質上のナンバー2であり、規格外の美貌を持つ齢約5000歳を数える美女、“吸血姫”シャルロットが悠然とした微笑を浮かべ座っていた。
スレイの無愛想な言葉に、そのどこまでも艶かしい真紅の唇の微笑を深めるシャルロット。
わざとらしく勿体ぶったように、その白く指の長い肌理細やかな右手でティーカップを持つと、中に入った紅茶で軽く唇を湿らせる。
そのまま優雅に音を立てずティーカップを置くと、ようやくスレイの要求通り、その闇の力のプレッシャーを収めてみせた。
宿中に充満していた押し潰さんばかりの“重み”が消え去り、フレイヤやサリア、宿の客である探索者達がまるで深海から水上に上がった人間のように呼吸を荒げ、何かから解放されたような顔をする。
「これでよいかの?」
左手をその豪奢な縦ロールの金髪に絡めつつ、切れ長の真紅の瞳でスレイに流し目を送り尋ねるシャルロット。
その妖艶な色香にも、長身で色っぽいスタイルにも、纏ったゴシック調の黒い派手なドレスにも実に似合った仕草だ。
むかっ。
しかしスレイは何故か苛立ちを覚える。
思わず右手が伸び、シャルロットの額の前で親指で中指を抑え。
「はっ、ちょ、ちょっと待ていっ!?」
「えい」
スレイの中指が解放されると同時、人体が発するとは思えない重低音がシャルロットの額から響き渡る。
「っ!!!?」
額を抑え、何も言えずに悶絶するシャルロット。
「ふぅーーー」
『……』
「……」
えらく満足げに、すっきりしたように長い吐息をし、満面の笑みを浮かべて楽しそうなスレイ。
ディザスターはどこか呆れたような雰囲気で頭を左右に振る。
対しフルールや宿中の人間達はあまりの光景に絶句し、ただただ呆然とスレイとシャルロットを眺めやる。
そんな中、ようやく痛みから立ち直ったシャルロットが、その真紅の瞳に涙を浮かべつつ、その妖艶な美女然とした姿からは想像も付かないような、子供っぽい仕草と剣幕でスレイに喰ってかかる。
「い、いきなり何をするかっ!?」
「ふん、小娘が偉そうにしているのがムカついてな」
あっさりと返しスレイはそのままシャルロットの正面の椅子を引き腰掛ける。
あまりの言い草に一瞬絶句するシャルロット。
「こ、小娘じゃと?妾は5000年を……」
言い返そうとするシャルロットだが、言葉はあっさりと遮られた。
「うるさい、黙れ。小娘は小娘だ。無駄な事を言ってる暇があったらとっとと用件を言え。追い出すぞ?」
「……わ、わかったのじゃ」
欠片の容赦も無いスレイの台詞に、しょんぼりとするシャルロット。
フルールが思わずと言ったように呟く。
「ス、スレイが女の人に……しかもあんな美女にこんな態度を!?」
『まぁ、相手が小娘だしな』
対し、わかりきっていたと言わんばかりのディザスター。
「え、えーと?それっていったい」
『まあ、主にも色々あると言う事だ……記憶の有る無しに関わらずな』
ますます訳が分からなくなる言葉が返ってくるが、それ以上何も言う気が無さそうなディザスターに仕方なく沈黙するフルール。
それと同時にシャルロットがぼやくように零す。
「まったく、その様な事では、女にモテんぞ?」
「生憎、これで星の数程の恋人が居るんでね」
星の数は言い過ぎにしても、数多くの恋人が居る事は事実だ。
どこまでも余裕を持ってスレイは返す。
その堂々とした王者の如き態度に沈黙するシャルロットと宿内の男探索者達。
暫しの静寂の後、気を取り直したようにシャルロットは続ける。
「ま、まあ良い。それでじゃ、お主も先程言っていた通り妾はお主に頼みがあって来たのじゃが……何じゃその手は?」
突然、掌を上に伸ばされたスレイの手をキョトンと眺めるシャルロット。
「お帰りはあちらからどうぞ、と言う事だが?」
何を言っているんだお前は、と言わんばかりのスレイの顔に、頬をひくつかせシャルロットは喰ってかかる。
「おっ、お主っ!!先程は用件を言えと言っておったじゃろうがっ!!」
「いや、話してる内に面倒臭くなった」
「……」
「……」
黙り込み、見詰め合う2人。
「お主、妾とてしまいには泣くぞ?」
「……分かった聞くだけ聞こう」
本気で泣きそうになるシャルロットにスレイは仕方なく折れる。
とは言え。
『まあ、全て主の掌の上、か』
「え?そーなの?」
思わず不思議そうな声を出すフルールにディザスターは頷く。
『ああ、主はただ遊んでいただけだ。あの小娘はいい玩具だからな』
二匹の会話が聞こえていたシャルロットは頭をガクンと項垂れる。
「本気で泣いていいかのう」
「別に構わんが、その代わり用件を聞くのは無しになるが?」
「それは全然構わなくないのであろうがっ!!」
「いや、俺としてはどっちでも構わないしな?」
顔を上げ猛然と抗議するも、柳に風とばかりに軽く返され再び項垂れるシャルロット。
「ねえ、ディザスター。流石に僕、なんかあの女の人が可哀想になってきちゃったよ」
『ふむ、実質小娘の方が主の約300倍近く年上なのだがな』
憐れみの視線をシャルロットに向けるフルール。
対しディザスターはスレイと同様容赦無い。
そしてその言葉を聞き、スレイは思い出したように言う。
「そう言えばそうか。で、何の用だ婆さん?」
「婆さん呼ばわりはやめいっ!!」
「先刻から我侭で煩い奴だ」
軽く肩を竦めて頭を左右に振るスレイ。
やれやれ仕方の無い奴だ、と言わんばかりである。
尤も先程からのやり取りを見ていれば、明らかに非はスレイにあるのだが。
「……うぅ。もう、いやじゃ」
「打たれ弱い奴だ」
泣き言を漏らすシャルロットに追い討ちを掛けるスレイ。
そのあまりの容赦の無さに周囲の者達は一様に震え上がる。
それは先程までシャルロットの闇の力のプレッシャーに押し潰されそうになっていた者達をして、シャルロットに同情を覚える程であった。
「と、ともかくじゃ、お主……」
「スレイ」
何とか気を取り直し続けようとしたシャルロットだが、やはり途中で遮られる。
ただし今度は今までとは違う形であったが。
「ぬ?」
「スレイと呼べ、俺の名だ。以前名乗った筈だと思ったが?お主とか何とかまどろっこしい」
「そ、そうか?わ、わかった。それではスレイ、お主に対する用件なのじゃが……」
「ふぅ、結局お主は使う訳か」
言うと同時、席から立ち上がるスレイ。
「ちょっ、ちょっと待てい!!まさかそんな事で用件を聞くのは無しとか阿呆な事をっ!?」
「何を言ってるお前は?」
どこか馬鹿にしたような目でシャルロットを見やるスレイ。
その強すぎる力の宿った視線の冷たさに、思わずシャルロットは恐怖とも快感ともつかぬ感覚を覚え、慌てて頭を振ってその感覚を振り払う。
そんな様子を怪訝そうに見詰めるスレイ。
慌ててシャルロットは言う。
「何を言ってるも何も、スレイがいきなり席を立ったりしたりするからじゃろうが?」
「そんなもの、どうせお前の用件など厄介事に決まってるから、話の続きは俺の部屋でするぞ。という事に決まってるだろうが?」
思わずシャルロットは叫んでいた。
「そんな事分かる訳無かろうがっ!!というか、それじゃあ今までの会話は何だったのじゃっ!!」
「ただの遊びだ」
悪びれもせず言うスレイに、もはやシャルロットは何も言い返す気力も湧かずテーブルに突っ伏した。
それからスレイはフレイヤとサリアに目礼し、そのままシャルロットを誘い自分が宿泊する一室へと向かおうとする。
だがすれ違い様、フレイヤが顔を近付け囁いてくる。
「彼女、高位の闇の種族でしょ?大丈夫なの?」
流石は元S級探索者でありライカンスロープでもあるだけあって、シャルロットが何者か当たりを付けたらしい。
尤も、実質的な闇の種族のナンバー2とまでは見抜けていないらしいが。
そうでなければこう不用意に囁いたりなどしないだろう。
スレイとフレイヤのあまりの密着ぶりに、2人の関係を知りながらも悲哀の声を上げる男探索者達に混ざり、シャルロットも表情を歪めている。
今の会話が聞こえていたのだろう。
彼女の身体能力を考えれば当然だ。
まあ、それだけが理由でも無い様だが。
スレイは軽く、それでいて凄艶な笑みを浮かべ囁き返す。
「安心しろ、ありとあらゆる世界を全ての始まりから終りまで探したところで、この俺と対等足り得る存在などただ1人だけだ」
答えにもなっていない答え。
だが今までにないどこまでも鋭利でありながら惹き付けられて止まない雰囲気を纏ったスレイが浮かべたその笑みに思わずフレイヤは硬直する。
そのまま悠然とスレイはシャルロットを引き連れ歩を進める。
以前以上に本来ならば年上であるフレイヤ相手にも軽い余裕を持って対処できる様になった、この短期間での自分の変化に内心苦笑しつつ目的の部屋へと辿り着くと扉を開き、スレイはシャルロットを招き入れた。
「適当にベッドにでも座れ」
ぞんざいに告げ椅子を引き寄せ、背もたれを横にし肘を付いてだらしなく座るスレイ。
そのだらけた姿でさえ凄絶なオーラが発せられ、どこまでも人を畏怖させ惹き付けるモノがある事に半ば呆れつつ、シャルロットは言われた通りベッドの中央に座る。
よく手入れされ清潔ではあるが、宿のランクに相応しいごく普通のベッドだ。
ちなみにディザスターは椅子の近くに侍り、フルールは右肩に乗ったままである。
スレイは、何故か呆れたような顔ながらもじっと見惚れるように自分を見てくるシャルロットを眺めて思う。
本気でこの短期間で自分は変わったものだと。
以前の会議の時。
あの時シャルロットを見た時点では、その美貌を楽しみつつも、それなりにその美に凄みを感じていたりしたものだが……。
今となってはかわいらしくさえ見えてくる。
約5000歳の、自分より遥かに年長者と分かってはいるのだが。
どうもからかって遊びたい衝動が湧いて仕方が無い。
先程からの行動もそれが原因だ。
明確に思い出している訳では無いが、恐らくは刺激を受けた魂が前世の感覚を表出させているのだろうと推測する。
ディザスターの態度から、前世の自分とシャルロットとの間に面識があったのは間違い無いと確信もしていた。
とはいえ、別にシャルロット自体に女性としての魅力を感じなくなった訳では決して無い。
相変わらず規格外の美貌を持った絶世の美女だと感じる。
その凄絶な色香も大した物だと思う。
のみならず女として抱きたいという欲望も強く抱いている。
ただ神々に埋め込まれた強大な戦闘欲求もそれと同等の強大さの性欲もどちらも完全に制御できるようになっただけだ。
だからがっつかずに軽く眺めてシャルロットの美貌を楽しめるし、からかって遊びたいという悪戯心も両立する。
それもこれも戦闘欲求の完全な支配に成功すると同時、なぜ転生後の現在戦闘欲求と同等の性欲が存在するようになったのか理由を理解したからだ。
元々戦闘欲求とは攻撃性の現れで、脳に於いては時には性欲と代替できる程に近い位置に存在する。
そしてそれは魂でも同様だ。
更には転生前、スレイの魂は一度砕かれ、ミューズの魂の一部を接着剤のように使いパズルの様に再生された。
恐らくはその際ちょっとした組み間違いがあったのだろう。
そして転生の際にそれまでは継ぎ接ぎのままだった魂が再び完全に一つとなった。
結果元々根源が近い戦闘欲求と性欲が繋がり、スレイの性欲は神々によって与えられた強大な戦闘欲求と根源を一にするようになった。
まあ、大雑把に言ってしまえばこのような経緯だと理解するに到った。
故に今のスレイは、今までどこか振り回され気味だった強大過ぎる戦闘欲求と性欲をどちらも支配・制御し、それらの欲望を楽しみながらも余裕を持ってその感覚を味わう事が出来る。
そんな不躾でありながら、どこまでも悠然とした視線を向けられ続ける沈黙に耐え切れなくなったシャルロットが口を開こうとした時だった。
扉がノックされる。
「フレイヤか、どうした?」
既に相手も目的地がここである事も察していたスレイは軽く返事をする。
用件自体も半分は予想が付いている。
その中身までは不明だったが。
対し、フレイヤの気配には気付きながらも、目的地がこの部屋とは思っていなかったのだろうシャルロットは、開こうとした口を閉ざし、再びの沈黙を余儀なくされる。
「……お話中ごめんなさい、スレイに探索者ギルド本部からの遣いが来て、密書を預けられたんだけど」
フレイヤなりに、中の様子が気になっていたのだろう。
軽く気配を消したりなどしていたので、あっさりと返事を返されたのに驚いたらしく一瞬の沈黙の後返事が返る。
内容は予想通りだった。
探索者ギルド本部から恐らくは子飼いの探索者だろう人間がこの宿に向かっているのも気付いていたし、先程フレイヤと接触したのにも気付いていた。
この部屋の中からであってもその程度軽く把握できる程に感覚は研ぎ澄まされている。
不明な半分というのは、その渡された手紙の内容だ。
先刻の今で、何を伝える必要があるのだろうか。
必要な事なら先刻直接ゲッシュが伝えれば良かったと思うのだが。
そんな事を思いつつ立ち上がると、スレイは扉を開けフレイヤからその密書を受け取る。
特に遠慮無く全開で扉を開けたので、中の様子は丸見えだ。
何もあった様子の無い室内に、フレイヤは安心したような不思議そうな微妙な表情を浮かべつつ、そのまま軽く挨拶し立ち去っていく。
まあ、色々あるようだが、ケアは後々だ。
今はシャルロットと密書の事だろうと、立ったままスレイは密書を開ける。
そして中の文章を読み。
「くっ、はははははっ!!」
「っ!?」
『?』
「?」
突然笑い出したスレイに、シャルロットがビクッとし、ディザスターとフルールは不思議そうな表情を向ける。
そんな不思議そうな二匹に向けて、いきなりスレイは意味不明な台詞を告げる。
「おい、ディザスター、フルール。面白い事になったぞ?今日からお前達二匹は神獣なんだそうだ」
「ぬ!?」
『は!?』
「へ!?」
ディザスターとフルールのみならずシャルロットまでが驚きの声を漏らす。
まあ何せ二匹は邪神と時空竜。
意味が分からなくて当然だろう。
「なに、新しいSS級相当探索者になった俺へのゲッシュの粋な計らいって奴だよ」
そう言ってまたひとしきり楽しそうに含み笑いを漏らすスレイ。
唐突に手に持っていた密書が消え去る。
「なっ!?」
『!?』
「!?」
シャルロットどころか、ディザスターやフルールさえ驚愕の気配を漏らす。
スレイが消したのだとは分かる。
だがどのように、何をしたのか分からない。
その事に三者共に愕然とする。
それを知りながら敢えてスレイはズレた事を言う。
「うん?どうした。もう内容は読み終えて必要ないので処分しただけだが?」
また軽く笑いつつ、無造作に椅子へと戻ってしどけなく椅子へと座る。
それがまた、凄絶に鋭利な刃物の様なオーラと相まって、壮絶な色香すら醸し出している。
男の癖に似合っているところが、どこか腹立たしい。
そんな格好のまま、未だ驚愕の気配覚めやらぬ三者に対し、スレイはゲッシュの意図を説明する。
「なに、流石にSS級相当探索者ともなれば俺に対する世間からの注目は今までの比じゃない。そして喋る獣を従えるとなれば俺は“魔物使い(モンスター・テイマー)”と勘違いされ、ディザスターやフルールは高位の魔物・魔獣辺りと勘違いされるのが関の山だろう?」
「それは確かにのう」
『……』
「ぶぅっ」
納得したように頷くシャルロットと、流石に無言で不機嫌そうなオーラを醸し出すディザスターに、明らかに不機嫌だという意思表示をしてみせるフルール。
また軽く笑うスレイ。
疑問げにシャルロットが問う。
「それで?先程言ったこやつらが神獣だというのはどういう事になるのかの?」
「なに、簡単な話さ」
軽くスレイは肩を竦める。
「ごらんの通り、今の話を聞いて誇り高いとまでは行かなくても、自らの力に自負のあるこいつらはご立腹だろう?」
『……』
「……」
スレイの言葉に沈黙を以って返すディザスターとフルール。
その様子を見てシャルロットは納得の頷きを返す。
「確かにそうじゃのう」
「だろ?」
やはりスレイは余裕綽々に笑う。
その仕草一つとっても今のスレイは危うい色香を孕んでいた。
以前とはあまりに違うその在り様に、シャルロットは僅かに眉を顰める。
それに気付きつつも、スレイは気にも止めずに続ける。
「で、だ。仮にもこいつらは邪神とそれに匹敵する存在。そんな高位の存在を毎回の如く何も知らない馬鹿共に刺激されていたんじゃゲッシュとしても気が休まらない。だからこそ、これはディザスターとフルールに対してのご機嫌取りさ。流石に邪神や時空竜などと、そんな本当の事を明らかにする訳には行かない。だけどせめて公に認められる最高位の存在である神獣という扱いにするので気を納めてくれ、というな」
「ほう、流石は探索者ギルドマスター殿、中々に上手いところへ持って行くのう」
『ぬ……う……』
「むむう……」
感心したように頷くシャルロット。
何処か納得いかない様子だが、納得するしかないと理解出来てしまい、複雑な様子のディザスターとフルール。
「おいおい、ディザスターもフルールもここらで納得しておけ。これとてかなり破格の扱いだぞ?探索者ギルドの歴史上神獣を使役した探索者など1人も存在しない。どころか確認されてる神獣そのものが数える程。それを新たな神獣としておまえらを認めた上で、俺をその史上初の神獣を使役する存在として公に認めたんだからな」
「何ともまあ豪気な話じゃ」
『……納得するしか、ない。か』
「複雑だけどねぇ」
大げさに頷くシャルロットと、渋々と言った様子で納得した様子を見せるディザスターとフルール。
対しスレイは頭を左右に振り、またどこか楽しげな笑みを見せる。
「だいたいだ、お前達以上に俺の方が大変なんだがな?」
「ほう?それはどういう事じゃ?」
『そう、か』
「……ああ」
楽しげに尋ねるシャルロット。
明らかに分かっての事だろう。
先程の仕返しかと勘繰るも、まあどうでもいいとスレイは切り捨てる。
ディザスターとフルールは単純に理解を示す。
「何せ史上最速のSS級相当探索者到達記録保持者というだけで注目されるだろうに、史上初の神獣を、それも二匹も従える言わば神獣使い、いったいどれだけの注目が集まることだろうな?」
言葉と裏腹にどこまでも楽しげなスレイ。
「しかもこの情報は世界中に公開される。明日から俺は、世界一の有名人と言っても過言じゃないかも知れんな」
笑って言うスレイ。
やはりその様子はどこまでも楽しげで。
だからこそディザスターとフルールは疑問を投げかける。
『良いのか、主?』
「うん、何がだ?」
「いや、だって、ゲッシュの所で嫌がってなかった?」
「……ああっ!!別に目立つのが嫌って訳じゃないぞ?昔は嫌だったが、今なら女を引っ掛けるのに便利だな、ぐらいに思えるし。俺が嫌がってたのは“黒刃”って二つ名が広まる事だ」
あっけらかんと言い放つスレイ。
「……」
『……』
「……」
そのあまりの内容に絶句する三者。
だがスレイは気にせず続ける。
「いや、だけどしかしそうか。あのこっ恥ずかしい二つ名はもっと有名になる訳か、それは最悪だな」
やっと表情を歪めたスレイに、三者はそれぞれ呆れたように零した。
「随分とまあ、欲望に正直なことだのう」
『……気にしてるのはそこだけか』
「今のスレイらしいといえば、らしいのかな?」
そんな三者の言葉に、スレイは不敵に笑って返す。
「まあ、今の俺は世界の為になる事をしつつ、なおかつ俺も得をしようという、徹底的な利他利己主義だからな。こういう考えになるのは必然さ」
笑って言うと最後に告げる。
「だからまあ、ゲッシュの粋な計らいには感謝するさ。何せこれだけでもゲッシュはまた苦労が増えただろうしな。……今度、特製の良く効く胃薬でもプレゼントしてやるかな?」
どこかずれた気遣いは、三者をますます呆れさせた。
ふとディザスターが気になったようにスレイに尋ねる。
『ところで主、主特製の良く効く胃薬とは……。いったいどれほどに良く効くというのだ?』
スレイのあまりにも常識から外れた在り様を理解しているが故のディザスターの質問であった。
はたしてスレイの答えはあまりにもとんでもない物だった。
「そうだな、胃痛が治まるどころか、鋼の胃袋ならぬオリハルコンの胃袋ぐらいにはなって、ストレスで胃が痛む事など金輪際無くなるだろうさ」
『……』
「……」
「……」
またも絶句する三者。
スレイはその反応に不満気な様子で告げる。
「何だ?何か問題があるか?鋼ならともかくオリハルコンの胃袋だ。精神感応金属だからな、ちゃんと胃としての機能は備えたままだぞ?」
『主、絶対それを送るのは止めておけ』
「いや、まさかとは思ったけど、本当の意味で胃をオリハルコン製にする胃薬なんて……スレイらしいというか何というか」
どこか諦めたようなペット達。
遅れて、どこか理解が追い付かない様子で、それでもシャルロットは嘆息した。
「……なんともまあ、ずれた気遣いもあったものじゃの。せめてギルドマスター殿に掛かるストレスを軽減させてやる、といった常識的な気遣いをすれば良かろうに」
全く以って正論である。
反論など仕様も無い。
だがスレイはそれでも反論してのけた。
「仕方無いだろう?そもそも俺という存在が常識外なんだ。常識外の出来事に対処する度にゲッシュにストレスが溜まるというのなら、俺が行動する度に、いやむしろ俺が在るだけでゲッシュにストレスが掛かるのは避けられんさ」
「……なんとも、それはまあ。ギルドマスター殿も気の毒なことだの」
スレイの言葉に対し、言い返す言葉を思いつかず、ただゲッシュに対する同情の言葉を投げるシャルロット。
そんなシャルロットにスレイは心外そうに告げる。
「これでも今の俺は超越者としての自負を持って、世界への過干渉は避ける事に決めたんだがな?俺が世界に大きく干渉するのは邪神に関係する事と惚れた女に関する事だけと決めて、後は少しばかり大きな問題に手を貸す程度にしようと思ってる。まあ、この考え方はある男の影響なんだがな。それはともかく今俺が活発に動いているのは、封印から解放された邪神達に対する備えを世界中に敷く為だ、決して遊んでいる訳じゃない。……ただ、まあ、俺は惚れっぽいので、惚れた女に関しては少しばかり自信が無いが」
シャルロットに対し強く主張していたスレイだが、最後に自分自身の性質を思い出し、小声でどこか罰が悪そうに呟いた。
それを聞いたシャルロットは疑惑の表情を浮かべ、色々な意味の篭った大きな溜息を吐いた。
「ふぅ、まず聞きたいのじゃが、お主にそれほどの影響を与えた男とは何者だ?先程再会した時から以前とはあまりに様子が違っておって気になってはいたのじゃが」
「ふん、俺とただ1人対等の相手だ。それ以外に語る事は無い、それだけが全てだ」
笑い告げるスレイの表情はどこまでも楽しげで嬉しげでありながら壮絶で、シャルロットはそれ以上の追求を阻まれる。
これに関してはこれ以上触れるのは不可能とすぐに判断し、シャルロットは次の質問を投げかける。
「それでは邪神達に対する備えとは何じゃ?何を備えたところで邪神達相手に有効な備えになるとは思えんがのう?」
「別に、邪神そのものに対抗する備えじゃないさ。邪神達は徹底的な快楽主義者だ、あいつら自身の力で世界に干渉すれば愉しむ暇も無く全てが終わる……まあ、俺が居なければの話だが。あいつらは全て俺の獲物だ。あいつら自身が出張ってくるなら全て俺がこの手で討つ。だがまあ、基本的にはあいつらは間接的な手段で世界を混乱させるような真似をしてくるだろうから、それに対する備え。戦力の充実などだな」
「ふうむ、思ったよりもまともな答えだのう。……邪神達を己が獲物などと表する所を除けば、じゃが」
「思ったよりとは失敬な、これで俺はお前よりずっと智謀にも長けている。それに邪神共とて俺にとってはただの通過点に過ぎん」
「……智謀の問題では無く、常識の点から言ったのじゃが。その証拠に邪神達が通過点などと、やはりお主はとっておきの非常識としか言い様が無いわ」
「ふん」
呆れたようなシャルロットの言葉に、今度は大した気分を害した様子も見せずスレイは軽く鼻を鳴らしただけだった。
既に己が確信を持っている事に何を言われようと気にする必要は無い。
故に今回のシャルロットの言葉もスレイにとっては気にする価値の無い言葉であった。
そんなスレイの様子を見て、更に気圧されつつもシャルロットは更に続けて質問する。
「で、じゃの?惚れた女に関して世界に干渉するとは何なんじゃの?どうして女程度で世界に対する干渉が過干渉になる?」
「言っただろう、俺は惚れっぽいと。まずだ、俺は俺の女の為なら世界を動かす事も厭わん。そして惚れた女を振り向かせる為にも同様だ。簡単な話だろう?」
「……色狂いじゃの」
ただポツリと呟くしかないシャルロット。
スレイはニヤリと凄艶に笑い胸を張った。
「光栄だな」
また溜息を吐くしかないシャルロット。
だが頭痛を堪えるようにしながら最後の質問をする。
「それで、最後じゃが大きな問題には手を貸すとはどういう事かの?」
「何簡単だ。確かに俺達超越者の域に達した者が世界に不必要に干渉するのは世界にとっては良い事とは言えん。正誤善悪各々含め、全てぶつかり合い発展していくのが世界の進歩という物だ。とは言え俺自身過剰な力を手にしたとはいえ結局この世界の住人である事に変わりは無い。ならばあまりに大きな問題ならば手を出してしまうのは仕方ないだろう?」
悪びれなく告げられるスレイの言葉。
言ってる事は正論だ。
正論ではある。
だがこの何とも言えない納得の行かない気持ちは何であろうか。
シャルロットは自らの感情に整理の付かないままに言う。
「なるほどのう。お主の考えは分かった。まあどこか納得がいかないのじゃが、正論は正論じゃな。ギルドマスター殿には今しばらく我慢して貰うしかあるまいか。だがディザスター殿の言ったようにギルドマスター殿に得たいの知れない薬を送るのはやめておくのじゃぞ?」
「……分かった」
今度はスレイがどこか納得行かないように渋々と頷いた。
だがオリハルコン製の胃袋を持ったただの人間など、例え機能的には問題無くとも笑い話にもならない。
そんな冗談みたいな真似を未然に阻止できた事に安心するシャルロット。
安心すると共に今度は別の問題に頭が働く。
「しかしまあ、世間的には神獣二匹を従えたSS級相当探索者……明日には世界中に情報も広まるだろうし、それはまあ世界も動くじゃろうの」
「まあな、だが問題無い。そんな表向きの情報だけでも、懐柔策を取ってくる連中は居ても、強硬策を取ってくる馬鹿はまずいないだろうさ」
「じゃろうな」
納得したように頷くシャルロット。
ただのSS級探索者でさえ戦略兵器扱いなのだ。
神獣二匹を従えたSS級探索者ともなればもはや世界中にとって未知の存在に等しい。
そんな爆弾を望んで爆発させるような刺激をするのはよほどの馬鹿だけだ。
そんな馬鹿はまずおるまい。
それに、とスレイは続ける。
「強硬策を取ってきてくれるというなら、そちらの方がよほど対処しやすい。たとえどれだけの神算鬼謀を巡らそうと、どれだけ悪辣で卑劣な手段を使おうと、力尽くで叩き潰すだけの話だからな」
何の気負いもてらいもなく。
軽い表情で告げられたその言葉に、確かな確信を感じシャルロットはむしろ背筋が凍るような凄みを感じた。
つまりスレイはたかが人の取り得るどのような方法も、自分の前では何も考える事も無く潰せる物でしか無いと言ったのだ。
悪辣で卑劣な手段、というのも含めるからには当然自分の周囲、それこそ軽い知人の類までも含めて利用しようとしても無駄だと暗に述べている。
想定としての敵が世界全てと考えた上でのその発言は、もはやこの世界でも有数の力在る者であるシャルロットでさえ想像の埒外にある物であった。
そこにまったく嘘が含まれてない事が分かるだけに恐ろしい。
シャルロットは、“かつて”と比べてすらもはや比較にならない力を付けた目の前の黒尽くめの危ういが故の魅力を湛えた男に掠れた声で告げた。
「……本当に、とんでもないの」
「ふん、今更の話だろう?」
鼻で笑うスレイ。
本気で今更何を言っているのかと態度で示している。
それほどに今のスレイの自らの力への確信は絶対的な物であった。
ごくり、と唾を飲むシャルロット。
暫し沈黙が続く。
耐えられない程の緊迫感の中、それでもシャルロットが口を開く事すらできないでいるのを見て、スレイが吐息すると、仕方無さげに口を開いた。
「それで、だ。これで俺は忙しい。まあ、こいつらの事で時間を取ったのは俺の都合とは言え、これ以上黙り込んで無駄な時間を掛けるようなら、話を聞くのは無しにさせてもらうぞ?」
「ちょっと待ていっ!!確かに今、妾は思わず黙り込んでしまっておったが、忙しいというなら何故お主は最初妾で遊んだかっ!?あれこそ時間の無駄じゃろうがっ!!」
「……それで、結局お前の用件は何だ?」
自分にとって都合の悪い事は聞き流し、続けて話を促すスレイ。
思わず憤りに身を震わせつつも、何を言っても無駄と悟り、シャルロットはようよう用件を語りだす。
「実は、恥ずかしながらお主の力を借り受けたく、尋ねて参った」
「そうか、分かった」
「は?も、もう分かったのか?」
「ああ、その話を俺は断る、という事が分かった。先程も言ったように俺は忙しい。さっさと帰れ」
「って、事情も聞かずにそれはなかろうが!!」
思わず怒鳴るシャルロット。
だがスレイが顔を俯け肩を震わせている事に気付き、ハッとする。
「お、お主、謀ったなっ!?」
「ん?ああ、まあな。いやまあ、実際に本来ならお前の話を聞いている時間も惜しいし、大陸東方の備えを整えるついでならともかく、一番優先すべきは大陸北方なのでな。これがただのお前の都合なら断ったところなんだが……今回ばかりは話が別だ」
スレイの言葉にシャルロットは今度は訝しげな表情をする。
「何じゃと?お主の力を借りたいのは確かじゃが、これは紛れもなく妾の都合じゃぞ?いったい何を……」
「まあいいから、まずは用件を話してみろ。話が進めばすぐに今俺が言ってる意味も分かるさ」
シャルロットの疑問を軽くあしらい、話の続きを促すスレイ。
それにまだ疑問の視線を向けつつシャルロットは仕方無く話を続けようとするが、ふと思い出したように別の事を告げる。
「そうじゃ、先程から言おうと思っておったのじゃが、お主、その妾の事をお前と呼ぶのを止めよ。シャルと呼ぶがよい」
唐突な言葉にスレイは僅かに瞠目するも、すぐに余裕の笑みを取り戻し、軽く答えを返す。
「ん、分かったシャル。それじゃあシャルも俺の事はスレイと呼べ」
「む、分かった。しかしスレイ、お主随分とあっさりしておるの?」
シャルロットの疑問にスレイは意味深に告げる。
「なに、実際こっちの方が慣れている。意味はシャルの方が良くわかっていると思うが?」
「……」
思わず沈黙するシャルロット。
軽く顎をしゃくるスレイ。
「ほら、早く続けろ」
「むう、どこまでも偉そうに……。まあ、よい。それではスレイの力を借りたい用件なのじゃが。この前の会議でサイネリア様も力を付け、そろそろ妾もお守りを外れて個人的な時間を取れると感じてのう、約200年前に完成させ封印しておった妾の研究成果を、妾の城に解放しに戻ったのじゃが……」
途端、スレイがこれみよがしに溜息を吐く。
そのどこか呆れたような仕草に、思わずシャルロットは戸惑いを覚える。
「な、なんじゃいったい?」
「いや、これで自分自身で抑えてはいるんだが、それでもなお今の俺は必要以上に色々な事を“識”ってしまうんでな、その研究とやらの内容が大体分かった。それはちょっと倫理的に問題があるだろう……情状酌量の余地はあるが」
「むぐっ」
スレイの言葉に思わず呻くシャルロット。
実際、倫理的に問題があると分かっていて、感情的に行わずにはいられなかった研究の成果だ。
スレイの言葉は本当にそれを理解している事を示していて、同時にその行わずにはいられなかった心情をも悟られている事も示している。
羞恥に思わず頬を染めるシャルロット。
「まあ、過ぎた事をぐだぐだ言っても仕方無い。続けろ」
「……本当に、どこまでも偉そうじゃのう。まあよい、それでじゃな、久方ぶりに城に戻ったは良いのじゃが……どうも、何者かに城を何時の間にか乗っ取られてしまったようでの。セキュリティが妾に対し作動し、中に入る事もできん。仕方なくそのセキュリティを突破できそうな唯一の相手であるスレイに力を借りに来たと言う訳じゃの」
スレイは暫し沈黙し、眉間を抑えて静かに尋ねる。
「一つ聞くが、そのセキュリティとやらはシャルが作った物だな?それを突破できないとは、その侵入者にセキュリティが強化されていたりしたのか?」
「いや、そもそも最初に製作した時点から、妾が作ったセキュリティを担う魔神達には妾よりも強力な力を与えてある。製作者よりも力の弱い製作物など意味が無かろう?」
スレイは音も無く静かに立ち上がる。
かと思うとシャルロットが何も認識できない内に目の前に立っていて、シャルロットの額の前に右手が突き出されていた。
「!?や、やめっ!!」
スレイのデコピンが炸裂し、生身が発するとは思えない重々しい重低音が響き渡る。
悶え苦しむシャルロット。
それを無視してあっさりと再び椅子にしなだれかかったスレイは呆れたような表情でシャルロットに言った。
「シャル、お前馬鹿だろ?」
「馬鹿とは何じゃ、馬鹿とはっ!!研究者として間違った事は言っておらんっ!!」
涙目で返すシャルロットに、スレイはただ溜息を吐く。
「どうして研究者って奴はこうも……」
眉間を抑える仕草。
しかし頭を左右に振り、気を取り直したように告げた。
「まあ、話は分かった。いいだろう、力を貸してやろう」
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるシャルロット。
スレイは訝しげに尋ねる。
「どうした、その為に来たんだろう?」
「あ、ああ。そうじゃが、しかしスレイは忙しいと」
「ん、ああそうだったな、まだ今回が例外という理由を話していなかったか」
言うと不敵な笑みを浮かべてスレイは言った。
「なに、今回シャルの城を乗っ取っていい気になってる馬鹿は、邪神の玩具にされてる事にも気付いてない滑稽な猿なのでな。邪神が関係するなら放っておく訳にもいかんさ」
「……は?」
『ぬ?』
「へ?」
突然思いもしなかった単語が出た事に、しばしの沈黙を挟みようやく反応するシャルロット。
それほどではないが、やはり意外そうな反応を見せるディザスターとフルール。
「邪神……じゃと?何故ここで邪神が出てくる?」
心底からの疑問を浮かべたシャルロットの質問に、スレイは何て事のないように軽く答える。
「そんなもの、先刻も言ったが俺ぐらいになると別に知ろうとしなくても“識”ってしまうって事が頻繁にあるんだよ。だから分かった、単純だろ?」
「ぬ……う」
『しかし主、我は今確かめようとしているが、一向に邪神の関与の気配を掴めないのだが?』
「僕だってそうだよー?」
黙り込んだシャルロットに代わり、今度はディザスターとフルールがスレイに疑問を投げかける。
だがスレイは軽く肩を竦めるだけだ。
「それはそうだろう。クライスター亡き今、もはや下級邪神はディザスターお前だけだ。必然今回関与している邪神はディザスターやフルールよりも格上となる。ならば感知できずとも当然だろう?」
『それは……しかし、以前にも言ったが使徒などという物を作るのは下級邪神くらいのものだ、故にクライスターの遺した残り滓かと思ったのだが……』
「まあ、そうだな。普通はそう考えるだろうな」
スレイは頷き、ディザスターの推測の正当性を認めてから、しかし、と続ける。
「俺は邪神が関係していると言っただけだ、しかも邪神の玩具にされているとも言ったぞ?確かに中級以上の邪神は使徒などという物は作らないが、馬鹿に余計な力や知識などを与えて玩具にして遊ぶのは良くある事だろう?」
『……なるほど』
納得したように頷くディザスター。
理解が得られたと確認したスレイは、シャルロットに告げる。
「それで、だ。以前シャルは魔導科学の研究者という話を聞いた、そして先程は研究成果、などという事も言ったな。ついでに言うと魔神というのも魔導科学の産物だろう?」
「そ、そこまで分かるのか?」
「だから言っただろう。別に知ろうと思わなくても色々と“識”ってしまうんだよ、俺は」
どこか疲れたように溜息を吐きながらスレイは言う。
そして続けた。
「で、だ。今回シャルの城を乗っ取った猿は魔導科学によるセキュリティを破り、明らかにそのシャルの城の魔導科学の産物を利用してる。つまりその猿に与えられたのは過ぎた知識。今回関与している邪神は間違い無く上級邪神“智啓”シェルノートだな」
「なんじゃとっ!?」
『ほう』
「へえ」
驚愕に声を荒げるシャルロット。
ディザスターとフルールはどこか物騒な光を瞳に宿す。
「まああいつは自ら新たな知識を切り拓くのみならず、無知な誰かの知を拓く事も悦びとする性質の邪神だ。故に猿に知を与えたのだろうし。まあ基本は放置だが、猿がもし思いもしないような成果を出せばそれはそれで儲け物とさえ思うような、なかなかしたたかな奴でもある。ある意味上級邪神で最も厄介なのはあいつだと俺は思ってる」
言葉とは裏腹に、楽しげに口元を歪めるスレイ。
それにどこか呆れたような視線を向けつつも、シャルロットはふと疑問に思ったように尋ねる。
「ところでスレイ、先程から妾の城を乗っ取った相手を猿猿と呼んでおるが、何故じゃの?最初はただの悪口かと思ったが、これほど繰り返すとなると……」
「ん?文字通り猿だから猿と言っているだけだが?シャルも知っている相手だろう。というかシャルの方が良く知っている相手だろう?ヘル王国の宰相、魔猿王グルス。そいつが犯人だよ」
「なっ!?」
またも驚愕の声を上げるシャルロット。
スレイは続ける。
「元々あいつも魔導科学の研究者だろう?しかも常にシャルに及ばず後れを取っていた、な。それに最近のヘル王国の他の国との歩み寄りの方針にも反対していたようだし、邪神の誘惑に乗る動機は充分だろう」
「スレイはいったいどこまで我が国の情報に精通しておる」
頭を左右に振って吐息するシャルロット。
スレイはニヤリと笑った。
「さて?少なくとも人間としては誰よりも詳しいのは確かだな。何せ俺は特別だ。まあ、安心しろ。別に他の人間にその情報を漏らすような事はせん。各国のバランスは保たれていた方が俺にとっても都合が良い」
「……」
もはや沈黙するしかないシャルロット。
代わりにディザスターとフルールがスレイに尋ねた。
『それで、結局どうするのだ主よ?』
「うん、力を貸すって言ってたけど具体的にどうするの?」
「まあ、俺達が直接出向くしかないだろうな」
肩を竦めるとスレイは続ける。
「たかが乗っ取られた城の片付け程度、最近流行の特殊な探索者の戦闘メイドや戦闘執事などのイロモノを送りたいところだが、恐らくはこの世界では最高の魔導科学の研究者であるシャルの製作物相手じゃ力不足だろうし、何より邪神が関係しているなら俺以外は相手になるまい」
『ふむ、まあそうなるか』
「確かにねー」
納得したように頷くディザスターとフルール。
スレイは胸を張っていかにも偉そうに告げる。
「という訳でだ。この俺がわざわざ直接手を貸してやろう、存分に感謝しろ」
「どこまで偉そうなんじゃっ!!」
思わず突っ込むシャルロットに、スレイは、だが、と続ける。
「今述べた様な理由で、力を貸すのは吝かじゃないが、当然無料で、という訳にはいかないな。俺とて探索者だ、そのくらいは分かるだろう?」
「……ふむ、それは当然じゃな。それで、何が望みじゃ?」
わざと露悪的に笑うスレイに、僅かに沈黙するも当たり前の事と頷くシャルロット。
少々拍子抜けしつつ、スレイは要求を告げる。
「まあ報酬として求めるのは2つだ。まあごくごく一部で構わないから世界各国へのシャルの魔導科学の技術の提供。あとはシャル自身だな……まあ、俺については有名だろうから意味は分かるだろう?」
「……う、む。分かった。その要求呑もう。じゃが恥ずかしいからスレイのペット二匹は……っ!?」
意外な事にあっさりと要求を呑んだシャルロットは、その行為の為ディザスターとフルールの退出を求めようとして、既に二匹の姿が無い事に気付き驚愕する。
「ああ、あの二匹ならすぐ先刻この展開を予想して転移したぞ?」
「馬鹿な、いくら転移とは言えアレほどの存在が二匹も消えて気付かない筈がっ!?」
「それがまあ、存在の格の差って奴だ。当然あいつらが居るといないとでは感じられる全てに違いが生まれる。しかしその違いすら認識すらさせない事があいつらには出来る。まあ当然俺にもな」
「……本気で格が違うの、っ!?」
ごくり、と唾を飲んだシャルロットは、またも認識できない内に自らがスレイによってベッドに組み敷かれている事に気付き驚愕する。
「まあ、こうやってやる訳だが……しかし、不意打ちしても拒否する様子が全く無いな。いや、俺を通して誰かを見ているシャルの視線を見れば理由は分かるが。まあそいつと俺は紛れも無く同一人物だと俺は断言してやるが、変わり果てているのも事実だから、シャルにとってもそう認識できるとは限らないぞ?」
スレイの淡々とした現状確認の言葉にシャルロットは首を左右に振る。
その顔は赤く染まり、瞳は潤んでさえいた。
白磁の肌にその色合いは絶妙な艶を与え、真紅の瞳は輝きを増し色香をより凄絶にする。
ベッドに広がったその縦ロールした金髪はさながら金の敷物の如く。
「いや、妾とてこれで闇の種族でも高位の存在。魂そのものを感じる事が出来る。……驚くべき事に昔より遥かに強大にさえなっているが、スレイは間違いなくあやつじゃよ。5000年、約5000年じゃ。叶わぬと思っていた我が純潔を捧げるという想い、叶うというのなら、スレイに対する報酬どころかむしろ妾に対しての褒美とさえ言える。この要求で本当に良いのか?」
「……ふん、馬鹿な事を言う。シャル程のイイ女の初めてを奪えるというのに、それが男にとって報酬にならない訳が無いだろう?」
「んんっ」
それだけ言うと、シャルロットの豊かな胸を優しく揉みしだきながら、唇を重ね、咥内を蹂躙していくスレイ。
シャルロットを愛撫し、身体の熱を高めつつ、同時に魂すら共鳴させ繋げていくスレイ。
重なり合って行く全て。
暫く続け、高まり切ったシャルロットにスレイは告げる。
「それでは、行くぞ」
「ああ……来てくれい」
求めるように手を伸ばすシャルロットに応え、スレイはそのまま身体を重ねて行く。
そしてどこまでも深く強い肉体と魂の交感が始まった。
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