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  シーカー 作者:安部飛翔
第6章
2話
【欲望の迷宮】地下49階
 現在、スレイはかつてディザスターが封印されていたというこの未知迷宮【欲望の迷宮】に赴いていた。
 とは言え、これはとてもではないが探索とは呼べないだろう。
 ただスレイが歩む。
 それだけで概念結界により出現したモンスター達は悉く消滅していく。
 経験値を得る事も無い。
 そしてスレイは迷宮内部の構造を調べようともしない。
 理由は単純だ。
 スレイが今回この迷宮に訪れた理由は二つ。
 一つはレベルを50に上げる事。
 これは剣士職の最上級職へとクラスアップして、少しでも己が刀術の技量を高める事を目的としている。
 神々のシステムに染め上げられず、しかし神々のシステムを最大限利用する。
 その最適なレベルが50なのだ。
 現在のレベルとスレイの強さを考え、この迷宮の地下50階に存在するという異世界の戦女神ヴァナディースを倒せばちょうどレベルが50になるという計算でこの迷宮を選んだ。
 もう一つの理由は資金の確保だ。
 なにせこれから先、大陸全土を邪神対策の備えの為に動かさねばならない。
 その為には人脈だけでは足りず、莫大な資金も必要となってくるだろう。
 現在スレイは最低限の金銭しか持っていない。
 だが、わざわざモンスターから換金アイテムなどを集めるのも、また迷宮を正当に探索して隠された宝の類を探すのも時間が掛かる。
 スレイの能力を以ってしても、もはや呪いに近しいこの運勢を覆すのは中々に事だったりする。
 その点、この探索者システムを創り上げた神々の努力は大したものだと感心するが。
 そこで目を付けたのがディザスターより聞いたこの迷宮の存在だ。
 迷宮そのものが豪華に飾り立てられた【欲望の迷宮】。
 そこらを飾る装飾一つとっても莫大な価値になる。
 神々の結界で保護され他の者には手を出せないだろうが、スレイにとってはこの程度の結界紙よりも薄っぺらい。
 つまりそこら中からお宝を取り放題という訳だ。
 現にこの地下49階まで下りてくるまでにあちこちから取った装飾の類の金銭的価値はもはや大国を自由に動かす事すら容易い程だろう。
 まあ、最初はここに来るまでの通路を飾り立てていた装飾の全てを強引に全て剥ぎ取ってやろうかと思っていたのだが、仮にも自分が封印されていた迷宮がそのような貧相な有様になるのを嫌ったディザスターの懇願により、より価値のありそうな物を選別して取るに留まっていたが。
 また、スレイとしてはこれらのアイテムの内換金するのは一つ程度にしようと思っている。
 確かに少々金銭に気を使わな過ぎた所為で、現在の手持ちはあまりにも少なく、稼ぐ必要は感じていたが、現状、今回集めたアイテムの一つも換金すれば事足りる。
 そして、人を動かすには、ただの現金よりも、芸術的価値、また神々が直接創り上げたという付加的価値、本来なら入手も不可能という価値を持つこれらの装飾品を、そのまま使った方が、より効果的だろうという計算がある。
 という訳でここまで下りて来たスレイであったが、莫大な成果を上げながらややもすれば不満とも取れる言葉を発する。
「物足りないな」
 いや、完全に不満な口調であった。
『何がだ、主よ?』
「そうだよ、必要分の宝物は十分に確保できてるんじゃない?」
 ディザスターとフルールの疑問の声に、スレイはただ首を左右に振る。
「いや、そっちじゃない。仮にも未知迷宮、しかもディザスターが封印されていたというこの【欲望の迷宮】でさえ、戦いの一つも起こらない、となると。もう俺にとって、手応えのある迷宮なんて物は存在しないんじゃないか、と思ってな」
『ふむ』
「ああ、そういう事かー。確かに今のスレイにとっちゃもう神々の創った迷宮なんて、子供の遊び場にも足りない、あまりにつまらない場所だよねー」
 賛同するフルールに対し、先に一つ頷いたディザスターは少しばかり考えるような姿勢を取っている。
『なるほど主よ、確かにこの迷宮を見てそう感じるのは当然であろう。だが、まだこの迷宮都市の迷宮に失望するには少々早いと思うぞ?』
「ほう?」
「へぇ~?」
 興味深げに耳を傾けるスレイとフルール。
 そんな二者にディザスターは滔々と語る。
『未知迷宮の中には、ある程度下層になるとは言え、通常のモンスターが異界の神々、という迷宮もあるからな』
「それは……」
「うそっ!?でもそれってその異界の神々の補充はどうするのっ!?」
 流石に驚愕したようなフルールの声にディザスターは淡々と答える。
『その階層まで行くと、通常のモンスターとして出現するそれらの異世界の神々もまた、ボスモンスターと同じ様に蘇生のシステムで再生させられるようになっているのだ』
「なるほど、それは確かに中々面白くはあるが……たかが異世界の神々程度が俺を満足させられるのか?」
 どこか獰猛な笑みを軽く浮かべて見せながらも、スレイはディザスターに期待するような視線を送る。
 はたして、ディザスターはスレイの期待に応えるように笑う。
『ふむ、かつてこの世界の神々により召喚された異世界の神々は確かに殆どがこの世界の神々と変わらず、我らの敵では無かったが……中には例外も居た。中々面白い連中であったぞ?全知全能、その領域に確かに踏み込んで来ていたのだからな?』
「ふむ、しかしおかしいな。そいつらはお前達邪神に及ばなかったんだろう?」
「そうだよ!この世界ヴェスタの束縛を受け力を制限されたしかも下級邪神にさえ及ばなかった神々が全知全能の領域に踏み込んでいたって理屈に合わないよ!!」
 スレイとフルールの疑問の声に、ディザスターはますます楽しそうに笑う。
『どうも主達は我ら邪神を舐めているようだな。下級とは言え一時的にならこの世界の束縛を無視する方法もある。そしてもう一つ、奴等特殊な異世界の神々もまたこの世界の束縛を受けていた』
「あれ?それじゃあ、どの道スレイは楽しめないんじゃない?」
 スレイが沈黙し考え込む中、フルールは思いっきり不思議そうな顔をする。
 その可愛らしい容姿でそのような動作をするのは実にコミカルで場を和ませる。
 と、スレイが一言漏らす。
「霊穴」
「え?」
『流石だな主、正解だ。まさかノーヒントで解答を得るとは』
「え?え?どういう事?」
 感心するディザスターと、相変わらず疑問を浮かべ続けるフルール。
 ディザスターは仕方無さそうにフルールに説明する。
『アスール火山の不死鳥の特殊個体と同様だ。この世界ヴェスタはあまりに力に満ちている、そしてその力の流れの噴出す霊穴は幾つも存在している。更に言うとこの迷宮都市の未知迷宮にはこの世界の神々により強引に創られた霊穴が幾つも存在している。つまりそれらの未知迷宮に存在する異世界の神々は力を制限されるどころか、その霊穴から噴出す力により強化されていると考えて良い。……最も良い例は【竜帝の迷宮】の最下層のボスモンスターたる黄竜かな?奴は霊穴の中でも特別な竜穴を支配し相当な強化をされている。まあ、あまりに強すぎる力故に理性を失ってしまっているのだが。あの小娘が今の未熟な竜皇にかの迷宮の攻略を勧めたのは、その竜穴の支配権を奪え、という意味であろうな』
「ほう、あの吸血姫、中々面白い事を考えるな」
「それじゃあ、その黄竜が異世界の神々で一番強いのー?」
 フルールの疑問にディザスターは否定の意を返す。
『いや、奴はあくまで元より最も強化されている、というだけだ。そもそも奴は全知全能の領域に踏み込んではいない。それこそ元が奴とは段違いの異世界の神々も何柱か存在している。それらが全知全能の領域に踏み込んだ神々という奴だ。元の世界では全能神だの唯一神だの崇められていた連中だな。どうだ、主?楽しみになったか?』
 ディザスターの問いに、スレイは思いっきり獰猛に口端を歪めた。
「ああ、凄く楽しみになったよ……が、まず先にこの神々のシステムの呪縛から、レベルというシステムから逃れなければそいつらと戦う事もままならんな。まあ、この程度のシステム、すぐに超越してやるが」
 更に笑みを深めるスレイ。
『その意気だ主』
「そうそう、スレイだったら神々の思惑なんて軽く超えられるって」
 ペット二匹の激励に、今度は軽い微笑で返すと、スレイは見えてきた次の階層への階段に目を向ける。
「さて、それじゃあとりあえず、異世界の戦女神様とやらを軽く捻ってやるとするか?」
『うむ』
「おー!」
 どこまでも気負いの無いスレイの台詞に、これまた力の抜けるような軽い調子で返すディザスターとフルール。
 そして1人と二匹は、そのまま次の階層へと下りて行った。

【欲望の迷宮】地下50階
 豪奢に飾り立てられた、恐らくはこの階層最奥の広間入り口の手前。
 異世界の戦女神ヴァナディースが待つその広場の入り口付近で、中を覗き込んだりしながらうろうろとしている一団が居た。
 男女合わせて6人組の集団。
 探索者のパーティだろう。
 その内の1人は小妖精だ。
 直接見るのは初めてのその種族に僅かに興味を誘われつつも、その挙動不審な一団に何のためらいも無く近付いていくスレイ達。
 至近距離まで近付くも入り口を注視している一団は気付かない。
 探索者ともあろう者があまりにも無防備に過ぎると見えるが、この場合はその限りでは無い。
 スレイ達が意識する事も無く彼らに感知される要素を全て消し去っているのだ。
 それでいながらスレイの周囲には圧倒的なまでに鬼気迫る妖しい鋭く研ぎ澄まされたオーラが漂っているのだから矛盾だ。
 スレイは一団に対し何の躊躇いも無く無造作に声を掛ける。
「おい」
 途端、ビクンと跳ねるようにして一気に振り返ると同時それぞれが戦闘体勢を取る6人組。
 まあ、これだけ至近距離に近付きながら何も感じさせなかった何者かに対する対応としては妥当だろう。
 だがスレイは失礼な、とばかりに眉を吊り上げる。
 しかしそんなスレイの様子に気付く事無く小妖精の女がディザスターに視線を向け突然大声を張り上げた。
「あーーっ!!あの時の蒼い狼っ!!」
 小さな身体に見合わぬ大した声量だ。
 スレイは僅かに眉を顰める。
 そんな様子には気付かず、小妖精以外の他の5人もディザスターに視線を向ける。
 何とも言えない感情に満ちた視線だ。
 ただ一様にどこか畏れのような物は感じられる。
「知り合いか?」
 軽く尋ねるスレイにディザスターは僅かに首を傾げる。
『いや、覚えは無いと思うが……』
 あっさりと否定してのけたディザスター。
 憤慨したように小妖精の女がまた身体に見合わぬ声量で憤慨の声を上げた。
「って、何よそれっ!!私達の事なんて眼中に無かったって事っ!?ここで!!この広間であのいけ好かない女神を滅ぼして私達の事を助けてくれたじゃないっ!!」
 助けてくれた。
 という割には随分とまあ、大きな態度だなと思いつつスレイは再びディザスターに尋ねる。
「そうなのか?」
『むう……そういえば、封印から解放され主の元へ向かう途中に、そのような事もあったような?』
 何とか思い出そうと首を捻るディザスター。
 その様子にようやく気付いたか、6人組がスレイに視線を向け、途端ただの戦闘体勢から完全な臨戦体勢に移行する。
 その瞳にはディザスターに向けられていた畏れどころでは無い圧倒的な畏怖が満ち満ちていた。
「あ、あんた、何者だっ!?」
 どうやらこのパーティのリーダーらしいとスレイが判断した、平凡なようで中々の物を持っているように感じられる青年が、スレイに怒鳴るようにして問い掛ける。
 スレイを見て、ディザスター以上に警戒を抱く辺り、探索者としてそれなりのレベルにあるのだろうと判断できる。
 幾らスレイが凄絶なオーラを纏っているとはいえ、ディザスターと比較し、それをより高位にあると感じられるなどなかなかの感覚だ。
 次にパーティの中で間違い無く一番の実力者だろう巨漢が静かに問いかけた。
「その只者では無い気配……それに一体その狼とはどのような関係だ?」
 しかし、幾ら冷静を装おうと、やはり警戒心は隠せず、口調も敵意に満ちた者となっている。
 視線もまた鋭く。
 だがそんな視線を受けながらも、スレイは悠々と相手を観察する。
 この男は獅子のライカンスロープか。
 僅かな特徴のみでそう判断し、実力の程も測り終える。
 他には先程の小妖精の女に、ドワーフの男、人間の女と人間の男と、パーティの構成員を見て取るが、どうやらこの2人以外の4人はスレイを見て声も出せなくなっているようだ。
 思わず肩を竦めつつ、スレイは端的に述べた。
「ディザスター、この蒼い狼と、フルール、この白い小竜、この二匹は俺のペットだ」
 あっさり言ってのけた言葉に6人組は全員目を見開きあんぐりと口を開け。
「そ、その狼がペットぉーーーーっ!?」
 リーダーらしい男が思いっきり絶叫した。

 それから幾らか言葉を交わし、ようやく6人組のスレイに対する警戒が薄れきた頃。
 パーティのリーダーらしい男が互いに自己紹介をしようと言ってくる。
 軽く肩を竦めスレイは淡々と告げる。
「俺はスレイ、まあ不本意だが“黒刃”なんて二つ名が付けられてるらしいな。で、先刻言ったようにこいつらは俺のペットのディザスターとフルールだ」
「そ、それだけぇ?探索者カードを見せたりとかは?」
 何かガックリしたような男に、スレイは悪いな、と告げる。
「俺は秘密主義なんだ」
「……そうか」
 何故かしょんぼりしたような男に対し、今度は獅子のライカンスロープの男が重々しく言った。
「“黒刃”スレイ……その名は聞いた覚えがある。都市に来て数ヶ月足らずで容易くS級相当探索者まで昇り詰め、ギルドマスター含め各国の重鎮とも面識を持ち、様々な功績を残す破格の新鋭探索者……そしてフレイヤさんの恋人」
 最後の一言は凄まじく小声で、聞こえたのはスレイとディザスターとフルールくらいの物だろう。
 眉を顰めるスレイに対し、相手パーティの他の5人は驚いたような表情でライカンスロープの男を見詰めていた。
「そ、そんなに有名なのか?」
「ホーク、お前も仮にもパーティのリーダーならば情報に対するアンテナも張り巡らせろ」
 呆れたようなライカンスロープの男の言葉にホークと言うらしいリーダーの男は頭を掻いて罰の悪そうな顔をする。
「へぇー、それだけ凄いんだったら、その狼をペットにしてるってのも納得できるのかな?」
 まだ不思議そうにしながらも、なんとか納得したような小妖精の女。
 スレイはやはり淡々と告げる。
「ところで、もう行かせてもらっていいだろうか?俺はこれでも急いでいてな……」
「いやいやいや、ちょーっと待った、この先にはヤバイ奴が……ってあんたにはそうでもないのか」
 焦ったようにスレイを止めようとするホークという男だが、ディザスターに視線を移し、語気を弱める。
「ふむ、問題は無いようだな。それでは行かせてもらうぞ?」
「いや、だから待てって、そっちに自己紹介して貰ったんだ、ここは俺達も自己紹介をしなければ仮にもこの迷宮都市でも最高峰の探索者パーティ“鷹の目団”の名が廃る、俺達の事を紹介させてくれっ!!」
「……分かった、手短に頼む」
 正直どうでも良いと思ってしまったが、ここで断っても何となく無理矢理にでも聞かされそうな気がして、頭を軽く抑えつつも頷く。
 そしてスレイは後悔した。
 スレイ達の目の前で披露された“鷹の目団”の自己紹介。
 それは自己紹介というより一種のパフォーマンスに近い物で。
 流石に自覚しているのかホークという男と小妖精の女以外は恥ずかしげに頬を赤らめつつも律儀に付き合い。
 そして全員の名前と仰々しい飾り言葉と探索者カードの内容の全てを見た後のスレイはただ一言こう呟いた。
「お前等、探索者よりも芸人でもやった方がいいんじゃないか?」
 途端、ホークとリリィという小妖精を除いた全員が、もう耐えられなくなったかのように膝から崩れ落ちていた。

【欲望の迷宮】地下50階“最奥の広間”
 ディザスターとフルールに入り口で待つように伝えたスレイは悠然と広間に足を踏み入れる。
 たった1人でヴァナディースに挑むというスレイを“鷹の目団”の面々は散々思いとどまらせようとしていたが、スレイが全く聞く様子が無いのと、ディザスターの悠然とした様子に仕方なく諦めていた。
 それでも入り口から気になったように覗き込んでいる。
 何かあった時には実力が及ばなくとも動こうと思っているのだろう。
 気のいい奴らだな。
 すぐ前までの自分とは大違いだ、と苦笑する。
 そのまま何の緊張も無く進み出た先。
 先程から視認していた異世界の戦女神、EX級ボスモンスター・ヴァナディースを真っ直ぐに見据える。
 流石は美神でもあるだけの事はある。
 タマモには及ばないながら、エミリアやティータ並には美しいなと軽く感想を抱く。
 ちなみにこの場合、美神の属性を持つ女神に美貌で並ぶエミリアやティータの方が異常なのだが。
 だが美貌では同等であっても、その神威と言った物が、ヴァナディースの魅力を惹き立て、魅了の効果を発しているのを感じる。
 まあスレイにとっては何の影響も無かったので軽くスルーしたが。
 とは言え、同じ美神であっても“彼女”に比べれば美は遥かに劣るな。
 ふとそんな考えが自然と脳裏に浮かぶ。
 その“彼女”の事を考える間も無く、悠然とした微笑を浮かべたヴァナディースが鷹揚な口調で、スレイに語りかけて来た。
『ほう、これはまた。人間風情がこの短期間にまた妾の前に訪れるとはな。しかも今度はたった1人、お主のような小僧とはな。ここまで来れたのは褒めてやるが身の程を知れと言おうか』
「ふん、下らんな。ならばこちらこそ言わせてもらおうか?たかが神風情が分相応を知れ」
 一言の下に切り捨てたスレイに、ヴァナディースはヒクリと頬を歪ませる。
『……言いおるの。ならば貴様の無力、存分に味わわせてやろう』
 言うと同時、ヴァナディースから無色の波動が発せられるのをスレイは感じる。
 それだけでなく、その構成から効果に至るまで、全てをスレイは分析し、理解し、その上で正面から浴びて見せる。
『さて、生意気な口ももう叩けまい。夢心地のままに、嬲り、最後に正気に戻して己が愚かさを噛み締めてもらうとしようか?』
「ふむ、俺は既に正気だが、どうやってこれ以上正気に戻すというんだ?」
『なっ!?』
 軽く立ったまま、淡々と綴られたスレイの言葉を聞き、その様子を見て驚愕に今度こそ完全に表情を歪めるヴァナディース。
「ま、とは言えお前がやりたかった事は分かっているんだが、俺を魅了できなくて残念だったな?」
『お、お主、どうやってっ!?』
 叫ぶヴァナディースにスレイは軽く肩を竦めた。
「どうやっても何もそもそもお前の力も魅力も俺には通じない、それに俺は性格の悪い女は割と好きだが、尻軽な女は好みじゃないんだ。……ふむ、女関係が派手な俺が言うと同族嫌悪になるのかな?だが少なくとも男を弄ぶのを愉しむお前と違って、俺は全ての女に対して本気だがな」
 どこかからかうように告げるスレイにヴァナディースはありえないというように首を振る。
『馬鹿な、そのような問題では無かろう。今、お前は何を以って我が魅了を防いだっ!?お主はただ立っておった、それだけであろうがっ!!』
 ふぅ、やれやれと言わんばかりに溜息を吐くと、スレイは聞き訳の悪い子供に言い聞かせるように告げる。
「だから言っただろう、単純にお前の力も魅力も俺の力の前では無力だというそれだけの話だ。格が違うんだよ」
『人間風情が何をほざくっ!!』
 取り乱した様子のヴァナディースに、スレイは追い討ちを掛ける。
「それじゃあその人間風情の力を分かり易く見せてやろうか?」
 告げると同時、スレイは抑え込んでいた力を解放する。
 膨れ上がる力。
 空間すら軋ませる圧力。
 神々の結界すらがその力の波動に触れただけで悲鳴を上げる。
 入り口付近の外に居た“鷹の眼団”の面々すらがその力に当てられ悲鳴を上げていた。
 とはいえその悲鳴にも気付かない程の驚愕にヴァナディースは包まれていたが。
『ば、馬鹿な?なんだと言うのだこの力の波動は?……人風情が持てるようなものでは……』
 途端、スレイは眉を寄せ不機嫌そうな顔をする。
 それによって吹き上がった力の圧力により、ヴァナディースはヒッと悲鳴を漏らす。
「馬鹿はお前だ。所詮枠に囚われた力しか発揮できない神風情が何をほざく。無限を超えた可能性を持つ人間だからこそ、これだけの力を持てるのさ」
 どこか怒りを感じさせるそのスレイの台詞に、悲鳴のようにヴァナディースは反論する。
『ならばっ、ならば何故人は弱いっ!!このような力を持つ人間など妾は知らぬっ!!』
「それはお前の知っている人間が、己が可能性を切り拓く事さえ出来ない三流というだけの話だ。少なくとも俺は1人、人の可能性の極限まで辿り着いた男を知っている」
 どこか嬉しそうな笑みを浮かべてのスレイの言葉。
 だがヴァナディースはもはやそれどころでは無かった。
 必死に命乞いをするように告げる。
『ま、待てお主、名は何と言う?どうじゃ、妾のこの美貌とこの肢体好きにしたいとは思わぬか?お主が望むのならば、妾はお主の物になっても……』
「ふん、俺がお前を本当の意味で完全に消滅できると悟ったか。腐っても神と言う事か。だが、まあ先刻の俺の言葉を聞いていなかったか?俺は男を弄ぶような尻軽な女は好みじゃない、と言った筈だがな」
『ひっ!?』
 どこまでも冷たいスレイの声音にまたも悲鳴を上げるヴァナディース。
 だがスレイは肩を竦めて告げる。
「だがまあ、安心しろ。俺がお前を完全に消滅させる事は無い」
『……な、なんじゃ驚かせおって。やはりお主も妾の……』
 途端力の圧力が強まりヴァナディースの言葉は強制的に止められる。
「勘違いするな、少なくとも俺はお前以上のイイ女を何人も知ってる。お前程度に魅力を感じるなどありえない。お前を完全に消滅させないというのは、お前にはそれだけの価値も無い、と言っているんだ」
 淡々とした気負いの無い、それだけに真実味のある台詞。
 恐怖に竦んでいたヴァナディースだったが、流石にこの台詞には己が矜持を刺激され、激昂し恐怖を忘れる。
『ふ、ふざけるなっ!!たかが人間風情がっ……』
「その台詞は聞き飽きた」
 背後から聞こえた声にヴァナディースは驚愕する。
 何時の間にか眼前からスレイの姿は消えていた。
『い、何時の間に?』
 振り返ろうとするヴァナディースだが、その前にスレイはあっさりと言い放った。
「お前の最高速でも、俺がちょっと本気を出した速度には及ばない。光速を超えた時に縛られぬ世界でも同じ事だ。お前に俺の動きは捉えられない。そしてもう全ては終わった」
『なんじゃと?』
 言うと同時、振り返ったヴァナディースの眼には、余りにも妖しく凄絶で美しい紅と蒼のオーラが見えた。
 同時、ヴァナディースの意識は闇へと消える。

 素粒子の欠片、いやその存在の情報の根源まで双刀の連撃で斬り裂き尽くしたスレイは、瞬時に無に帰すヴァナディースを見て、何の感慨も無く双刀を鞘に納める。
 戦いにもならない、ただの消化作業だった。
 ふとそんなスレイの元に入り口からディザスターとフルール、そして驚愕覚めやらぬ様子の“鷹の目団”の面々が駆けて来るのが見える。
 スレイは僅かに口元を緩めると、彼らの方へ向かい悠然と歩き出す。
「すっっごぉおーーーいっ!!何っ!?今の何っ!?どうやってあの性悪ババァぶっ倒したのっ!!」
 始めに興奮したように喚きたてたのはリリィだった。
 超スピードで突っ込んできて身体にぶつかった彼女に、微かにも揺らがずスレイは苦笑する。
 後に続いてやって来た他の“鷹の目団”の面々も興奮した様子は変わらない。
 スレイと同じく剣士職であるレイナが苦笑いする。
「同じ剣士として悔しい……とか言いたいところだけど、そもそも剣筋すら見えなかった。ここまで実力が違うといっそ清清しいね」
 続けて闘士職にあるクルトが言う。
「僕は畑違いの人間だけど、それでも見えていた範囲だけでのその姿勢・歩法だけでもモノが違うと分かった。剣士だろうが闘士だろうが、基本を極めれば行き着く先は同じなんだな。勉強になった」
 ドワーフのダインは今はもう鞘に納められた双刀に視線をやる。
「ふむ、簡素な拵えに囚われ本質を見抜けないとはな。その二刀の刀身、シークレットウェポン、しかも究極アルテマ級だとしても異常に過ぎる。優れた武器はまた優れた使い手を選ぶ……か」
 続いて“鷹の目団”でも最高の実力者であり、迷宮都市でも有数と言っていいだろう力を持つオグマが唸る。
「これでも俺はそれなりに自分の力に自信を持っていたのだが、まさか動きを追えないどころか、その動き出しすら捉えられんとはな。……流石はフレイヤさんの恋人と言う事か」
 後半は当然誰にも聞こえない小声で呟かれる。
 最後にリーダーのホークが明るい声で軽く言う。
「いや、本気でとんでも無いな。どうだいあんた、俺達のパーティの仲間になってくれたりは……」
「すまないが断らせてもらう」
 にべも無い返答。
 しかしホークは軽く苦笑する。
「まあ、そりゃそうだな。これだけ実力差があるんだ。俺達のパーティに入る理由なんかないわな」
「まあ、それもあるが……」
 分かっていた上で一応聞いただけ、という潔いホークの態度。
 軽く感心しつつ呟いたスレイの言葉に、ホークが興味を示す。
「へぇ?他にも理由が?」
「まあ、俺は元々性格的にもソロでの探索が向いてるんでな……まぁ、今はこいつらが増えた訳だが」
 軽く竦められた肩の右側にフルールが飛んで来て掴まり、足下にディザスターが侍る。
 不本意そうにフルールが言う。
「酷い言い方だなぁ、それじゃあまるで僕達が邪魔みたいじゃないか?こんなに愛らしい癒しを与える存在になんて言い草だい」
『ふむ、少しばかり傷ついたぞ主よ』
 ディザスターも追随するのにやはり苦笑を浮かべ告げる。
「いや、お前達の存在には助けられてるし、ありがたいと思ってるさ……愛らしい云々は自分達の物騒さを考えろと言いたいところだが」
 そんな1人と二匹の掛け合いを見て、唖然とする“鷹の眼団”を代表してホークが言った。
「はぁ~~、本当にその狼をペットにしてるんだなぁ。まあ、あんたの実力ならむしろ当然なのかもな。で?そっちの小さな白い竜もやっぱその狼みたいに化物みたいに強いのか?」
「ん?ああ、まぁな」
「ふふん、当然だよ。僕を誰だと思ってるんだい?時空間の支配者たる汎次元竜、時空竜のフルール様だよ?」
 ホークの質問に軽く頷くスレイ。
 調子に乗るように小さな身体で胸を張ってみせるフルール。
「はぁ、ただの仔竜にしか見えないのになぁ……」
 ホークの疑いは無いが、どこか不思議そうな顔。
 それに同意するように女性陣はリリィとレイナはあんなに可愛いのにね、などと言いあっている。
 特に疑われた訳でも無いのだが、少しばかり自尊心が刺激されたらしいフルールは翼を広げた。
「よーし、それじゃあ僕の本当の姿を……イテッ」
「馬鹿、やめとけ。迷宮が壊れる」
 フルールのテンションから本当にやりかねないと思ったスレイがフルールにデコピンし、フルールは恨めしげにスレイを見やる。
 それを無視して、さてっ、とスレイは息を吐いた。
 先程、一同が駆け寄ってくる前に、探索者カードを軽く見て、望み通りのレベル50に成った事は確認してある。
 山ほど魔法の袋に詰め込んだ神々の創り上げた装飾品と合わせ、今回の目的は達成したと言っていいだろう。
 最後の仕上げの為に先に進む事にする。
 だが、踵を返し歩き始めたスレイは立ち止まり背後を振り返る。
「おい、何で付いて来る?」
 それはスレイの背後に続いて歩き始めた“鷹の目団”の一同への誰何の為だった。
 “鷹の目団”の面々は罰が悪そうに顔を見合わせながら、ごにょごにょと呟く。
「いやー、そのー、ねぇ?」
「ええ、そうよ、ね?」
「うむ」
「まあ、僕としてはどうかと思うんだけど」
「不本意ながら」
 ぶつぶつと意味不明な事を呟く他の団員達を差し置き、リーダーのホークは堂々と言ってのける。
「いやあ、正直ここのあのおっかない女神さんが復活したら俺達じゃあ先に行けそうにないんで、次の階層にマーカーしておこうかと思ってな。何せ前回そこの狼に助けられた時は精神的にそれどころじゃなかったし」
 全く悪びれないホークに、軽く頭を抑えつつ、スレイは言う。
「ヴァナディースをパスしたとして、その先の階層を攻略できるという根拠はあるのか?」
「うん?俺達もそれなりに経験を積んでるしな。幾ら強いボスモンスターがいても、次の階層からの通常のモンスターがそれまでの通常のモンスターよりいきなり急激に強くなる訳じゃないって事は知ってるぜ?後はそうだな、ボスモンスターの危険がありそうな地下75階の広間に入らなければ問題ないだろう。まあもし突発的にボスモンスターが居たとしても気配で分かるし、そうしたらそもそも挑むような馬鹿な真似はこの迷宮じゃあもうしないさ」
 お気楽に見えて、それなりに考えているらしいちゃっかりとしたホークに感心すればいいのか呆れればいいのか悩みつつ、スレイは溜息を吐く。
「ディザスター」
『この迷宮に関して言えば、後残っているボスモンスターは地下100階に居る者達だけだな。そしてその者達の言う通り、通常のモンスターはそこまで異常に強いという訳では無い……尤も地下70階を超えた辺りからはその者達の実力ではギリギリになると思うが』
 その言葉を聞き、ホークは目を輝かせる。
「おお、サンキュー。そいつは逆に丁度良いな!!より効率的に成長できる上、ここの迷宮のモンスター達は酷く金目の物を持っているし、宝の数も多い。こいつは最高だ!!」
「ふぅ、勝手にしろ」
 呆れたように嘆息し、スレイはそのまま歩みを再開した。

【欲望の迷宮】地下51階
 次の階層へと下りたスレイは、“鷹の目団”と同様に階層の始まりの地点にマーカーすると、飛翼の首飾りを取り出す。
 正直今のスレイであれば使う必要も無いのだが、まあ見ている者もいるし、何より迷宮においては探索者の流儀に従う方がスレイの主義にも合う。
 その様子を見て、驚いたようにホークが尋ねてくる。
「おいおいスレイ、あんた、もう帰っちまうのかい?」
「ああ、とりあえず今回の目的は達したのでな……まあ、ここの地下100階のボスモンスター三匹の内の一匹には近い内に用があるから、先刻聞いたあんたらの予定なら、また会う事もあるかもしれんな」
「はぁー、そいつはまた淡白な……まあ、またあんたに会えるのは楽しみにしてるよ。それにまあ、同じ探索者同士、別に迷宮じゃなくったって都市内で会う事だってあるかもしれないだろ?」
 どこまでも明るく裏の無い様子に、これはこれで才能だな、とスレイは内心で笑う。
「まあ、そうだな、それじゃあ縁があればいずれ」
「ああ、またな」
 そうして、“鷹の目団”の面々の別れを惜しむ声を聞きつつ、スレイは【欲望の迷宮】から脱出した。


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